第一章 第一話 赤坂の怪人

皇紀ニ五九五年
昭和十年――春

突如とつじょ赤坂あかさかに姿を見せた怪人かいじん
その力、およ尋常じんじょうならざるは、
新聞紙上を大いににぎわせた。

あの騒動から2か月余り――
万朶ばんだ桜花さくらばなもと
春を謳歌おうかする帝都ていと大東京市。

怪人どももまた、
動きを見せ始めていた。

山王さんのうホテルまえ

山王さんのうホテル――
赤坂あかさか溜池通ためいけどおりめんして建つ、
帝都でも有数のこの高級ホテルの、
地下100メートル
その組織はあった――

陸軍第一連隊だいいちれんたいに所属する、
特務機関とくむきかん山王機関さんのうきかんである。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうまよ、このところにわかに、
怪人かいじん騒動が持ち上がっている――
怪人とはかれ、
尋常じんじょうならざる存在となる、
言わば超人だ。
怪人には兵らもが立たん。
なにせたまやいばかんのだからな!
元は普通の市民であったはずだ。
それが怪人になるや豹変ひょうへんして、
周りの者をおそい始める――
憎しみや恨みの深い者ほど怪人になる
そう言われるが、真偽しんぎは不明だ。
力をほっして怪人化することもあろう。
喪神もがみ梨央りお
でも……怪人の力は仮初かりそめのもの。
その人の本当の姿ではありません。
そんな力を手に入れたって……

喪神もがみ梨央りお
山王さんのう機関で通信兵を務める。
喪神もがみ風魔ふうまの妹である。
正規兵ではなく、
軍属として参加している。

帆村ほむら魯公ろこう
人というのは真理など深く考えずに
生きておるのだよ、梨央りお
だからこそ、わしらは
帝都治安ちあんのために
怪人に備えねばならぬ。

帝都の治安維持――
それが山王さんのう機関に
課せられた使命であった。
事実、怪人の出現は
市民の人心じんしんを乱していた。

喪神もがみ梨央りお
そうそう、隊長、兄さん、
もうじき第一連隊だいいちれんたい九頭くず中尉ちゅうい
お見えになるはずです。
帆村ほむら魯公ろこう
何!ユキ坊がか!
歩一ほいちに任官になって
調子よくやっておるみたいだな!
九頭くず幸則ゆきのり
失礼します。
歩兵第一連隊だいいちれんたい九頭くず中尉ちゅういであります。

喪神もがみ風魔ふうま如月きさらぎ鈴代すずよとは
尋常じんじょう
小学校の同級生。
風魔ふうまとは中学も同じ。
卒業後、士官学校へ進み、二年前に
歩兵第一連隊だいいちれんたいに任官した
九頭くず幸則ゆきのりだ。

帆村ほむら魯公ろこう
おお、ユキ坊じゃないか!
今日は何の用だ?
連絡事項れんらくじこうでも?
九頭くず幸則ゆきのり
先生、帆村先生、
ユキ坊は勘弁かんべんして下さい!
帆村ほむら魯公ろこう
そうか、すまん、すまん。
では九頭くず中尉ちゅういあらたまった顔して、
何用かな?
九頭くず幸則ゆきのり
用は用ですが、公務ではないです。
喪神もがみ兄妹きょうだいにおさそいですよ。
鈴代すずよ野点のだてを開くことになり――
帆村ほむら魯公ろこう
そうか、鈴代すずよ女史じょしが、野点のだてを?
で、場所はどこなんだ?
九頭くず幸則ゆきのり
すぐそこです、清水谷公園しみずだにこうえんです。
お二人を連れ出して、
よろしいでしょうか?
帆村ほむら魯公ろこう
ああ、今日は大丈夫だろう。
中尉ちゅうい鈴代すずよ女史じょしによろしくな、
頼んだぞ。
九頭くず幸則ゆきのり
承知しょうちしました。
一ツ木通ひとつぎどおり錦屋にしきやで菓子でも調達ちょうたつし、
清水谷公園しみずだにこうえんへ向かいます。

喪神もがみ風魔ふうま梨央りお、それに九頭くずは、
山王さんのうホテルを後にして、
一ツ木通ひとつぎどおりに向かった。

一ツ木通ひとつぎどおり

赤坂あかさか一ツ木通ひとつぎどおりは、
黒塀くろべいを立てた料亭街りょうていがいだ。
この日中、まだ訪れる人も少なく
通りは人気ひとけもまばらである――

九頭くず幸則ゆきのり
今日はお花見日和びよりで何よりだ、
そうだよな、梨央りおちゃん!
喪神もがみ梨央りお
――ですね……
九頭くず幸則ゆきのり
なんだ、きょうが乗らないねえ。
せっかく君らを、変人の巣窟そうくつから
救い出してやったってのにか?
喪神もがみ梨央りお
別に、救い出して欲しくないです。
それに……
喪神もがみ梨央りお
ちゃん付けはやめてください。
れしい……
九頭くず幸則ゆきのり
え?え?どうして?
だって、俺たちおさななじみじゃない?
喪神もがみ梨央りお
もう子供ではないのです。
大人の男女の機微きびというものを
備えてしかるべきです。
九頭くず幸則ゆきのり
ひえええ!
梨央りおちゃん、どうしちゃったの?
昔はもっと素直すなおだったのに!
ユキノリ兄さま~とか
時にはユキニイ~とか
言って甘えてきたのに!
喪神もがみ梨央りお
や、めてくださいっ!
そんな尋常じんじょう小学校時代の話――
九頭くず幸則ゆきのり
あははは、わかった、わかった……
――しかし、みんなで集まるのも
久々だよなあ……
喪神もがみ梨央りお
そ、そうですね……
九頭くず幸則ゆきのり
それにお前たちが山王さんのう機関に入って
鈴代すずよ蚊帳かやの外に置かれたみたいに
なっちまったもんな。
喪神もがみ梨央りお
ええ?幸則ゆきのりさん――
そんなふうに思ってるんですか?
九頭くず幸則ゆきのり
だってそうじゃないか。
帆村ほむら流が山王さんのう機関に制式採用されて、
鈴代すずよ東雲しののめ流は外されたんだよな?
九頭くず幸則ゆきのり
今日、帆村ほむらの先生が外出許可したのも、
鈴代すずよへの罪滅ぼしなんていう意味合いもあるんじゃないのか?
喪神もがみ梨央りお
でも東雲しののめ流を閉じるのは、
鈴代すずよさんがご自分で決められたこと。
それを帆村ほむら隊長が受け継いで――
帆村ほむら流は怪人をしずめるのに、
より適した流派なんです。
だから、陸軍の特務機関に……
九頭くず幸則ゆきのり
俺には帰神きしん法の流派は分からんが、
鈴代すずよ疎外そがい感を覚えてるとしたら…
喪神もがみ梨央りお
そんなはずないです!
鈴代すずよさんも幸則ゆきのりさんも兄さんも、
尋常じんじょう小学校の同級生じゃないですか!
九頭くず幸則ゆきのり
俺達の間にわだかまりはないと信じたいが。
この野点のだて鈴代すずよが講師になって、
初めて開く野点のだてなんだろ?
あいつ、去年七月に講師になった――
披露ひろうまで随分時間が経ってるよな。
何か思うところ、あるかもな。
喪神もがみ梨央りお
鈴代すずよさんがそんな……
……でも……

九頭くず幸則ゆきのり
なんだ?何の音だ?
喪神もがみ梨央りお
セヒラ探信儀たんしんぎが反応したんです!
九頭くず幸則ゆきのり
セヒラ?
たんしん……
――何だそりゃ?
喪神もがみ梨央りお
兄さん!

喪神もがみ梨央りお
やっぱり!
怪人かいじんです、兄さん。
九頭くず幸則ゆきのり
か、怪人って、こんな昼間っから!?
【破産した男】 ん?私を連行しようってのか?
お前には無理だ、無理だぁぁぁ~
私はなぁ、力を得たんだぁ!!
喪神もがみ梨央りお
このままでは市民に被害が及びます。
私は機関本部に戻り、
近辺のセヒラ観測します。
兄さ――黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
怪人を鎮定ちんていして下さい!
【破産した男】
株屋の口車くちぐるまに乗せられて、
高利こうり貸しの借金だけが残った!
私は……死んだも同然どうぜん!!

《バトル》

【破産した男】
ううう……
頭が……割れるようだ……
省線しょうせん新橋しんばし駅で……
死のうと思って……ホームに立って、
それからが思い出せない。
……ウゲポッ!何か出そうだ!

【モガ】
春なのかしらね。
なんだかおかしな人が
増えてきた気がしませんこと?

【目付きの鋭い男】
無闇むやみに騒ぎを起こすのが増えたな。
特高とっこうは何をしているんだ?
奴らの目は節穴か!

【芸者・千代菊】
のんびり花見でもだなんて!
一体、どのつら下げて言うんだ!
あいつ――

【着信喪神もがみ梨央りお
こちら、梨央りお
気を付けて下さい。
まだ怪人かいじんがいるようです。

【芸者・千代菊ちよぎく
ウチの旦那だんなったら、
金の無心むしんばかりで、
返す気なんぞちっともありゃしない。
清水谷しみずだにで花見だぁ?
フン!ふざけんじゃないよ!
どうせ金せびるにきまってる!!
ああ、憎ったらしい!
そうさね、あんなの、
あいつの商売なんぞかたむけばいい!!

《バトル》

【芸者・千代菊ちよぎく
いったい、どうしちまったのさ――
やけに身体中が痛いよ、
あああ、頭もうず!!
ああ、そうだった、清水谷しみずだに
旦那だんなが待つんだ、金の無心むしんだろ……
誰かに相談でもできないなねぇ~
九頭くず幸則ゆきのり
風魔ふうま、今、何をしたんだ?
お前がにらみを効かせたら、
途端とたんにへたり込んだぜ――

【着信 喪神もがみ梨央りお
幸則ゆきのりさん、今のが審神者さにわの術です。
わかりましたか――
怪人かいじんにはいています。
憑依ひょういが深いとはらっても、
怪人は人間には戻れません。
かれて間無まなしの怪人なら、
はらうと正気に戻ります。
参謀本部では廓清かくせいと呼んでいます。
廓清かくせいって手術で悪い部分を取り除く、
そんな意味だそうですよ。
今の女の人、廓清かくせいできたんですね!
九頭くず幸則ゆきのり
あれ?風魔ふうま、お前の持つ機械から、
梨央りおちゃんの声がしたぞ!

【着信 喪神もがみ梨央りお
これは、指揮盤しきばんといいます。
九頭くず幸則ゆきのり
まじん……指揮盤しきばん
無線の改良版なのか……
軍のとは型式かたしきが違うな!
その改良無線で何かしたんだな!
俺にはにらんだようにしか見えない、
だがそうじゃないんだな?
【着信 喪神もがみ梨央りお
確かに相手に眼力がんりきは送ります。
でもそれだけじゃないんです――
審神者さにわがその力を使うと、
時間が止まるんです。
そして別の空隙くうげきが開くんです――
空隙くうげき……隊長はそう言いました。
でも、その戦い、
はたから見ている分には、
一瞬の出来事です。
九頭くず幸則ゆきのり
うーん……
審神者さにわってそんなことしてるんだ。
俺には皆目かいもくだけどな!
まじんとか、空隙くうげきとか――
審神者さにわにはそういうのが
見えているんだな?
【着信 喪神もがみ梨央りお
そうです。
審神者さにわ素養そようを持つ者だけが
見ることが出来るんです。
九頭くず幸則ゆきのり
昔からお前ら兄妹、それに鈴代すずよも、
霊異りょういがどうしたとか言ってたしな!
俺はいつも置いてけぼりだったぜ。
でも梨央りおちゃん、そんなときいつも
君が教えてくれたんだよな。
世の中、見えないものもあるって。

山王さんのう――鬼門を封じ、王城を守護する山という意味である。その名は、京都の比叡山ひえいざんたんを発する。
帝都・東京にある日枝神社ひえじんじゃの日枝も比叡山に由来するといわれている。
その山王さんのうの名を戴き、災禍さいかより帝都を守護する役目を担い、事件あれば、これを人知れず解決する組織があった……帝国陸軍特務、山王機関さんのうきかんである。