第一章 第十話 帝都満洲

はらえの

帆村ほむら魯公ろこう
さて、風魔ふうまよ。
いよいよ異界におもむく時ぞ。
最初の試練はゲートをくぐることだ。
現世と異界とを結ぶ場所の存在は、
以前から知られておった。
それをゲートとしてほうずるのだよ――
帝都の異変、そのいんなすは異界だ。
異界から湧出ゆうしゅつするセヒラが、
帝都の瘴気しょうきとして怪人かいじんを生む。
実は、これまで多くがゲートを抜けた。
そして誰一人として戻らんかった。
人がゲートを抜けた途端、
セヒラが不安定になり、
ゲートが閉じてしまったのだ――
参謀本部がゲートの研究を進め、
少しは制御できるようになった。
まだ完全とはいかないがな……
そういうことじゃな、新山にいやまの。
新山眞にいやままこと
はい。元々このあたり、
異常にセヒラが濃い特異点でした。
ゲートによってその制御が可能に――

軍ではセヒラの研究進めるべしとなり、新山にいやまら優れた無線技師が集められた。
その拠点が麻布あざぶにある飯倉いいくら技術研究所である。

新山眞にいやままこと
セヒラを波形に変えることで、
電気的に扱えるようになりました。
霊式れいしきヘテロヂンという技術です。
市内に設置したセヒラ探信儀たんしんぎも、
山王さんのう機関の携行式けいこうしきセヒラ探信儀たんしんぎも、
同じ技術を用います。
帆村ほむら魯公ろこう
技術は確かなようだ。
よし、風魔ふうま、まずはゲートをくぐる、
そいつを試すぞ。
喪神もがみ梨央りお
すぐに戻れるよう、ゲート周囲の
探索にとどめてください。
新山眞にいやままこと
喪神もがみさん、ご安心ください。
ゲートの状態はすこぶる安定しています。
帆村ほむら魯公ろこう
準備は良いかね、新山にいやま君。
異界との無線通信も試す。
新山眞にいやままこと
喪神もがみさん、それではゲートの方へ。
くぐりの要領ですが、
一度、くぐるだけで向こうへ行けます。
帆村ほむら魯公ろこう
よろしい。
では、風魔ふうま、もう一度言うぞ。
任務は行って帰ってくるだけだ。
無理はするな。
喪神もがみ梨央りお
兄さん……どうかご無事で。

喪神もがみ風魔ふうまゲートの前に立つと、
霊式れいしきヘテロヂン変調器へんちょうき
うなりを上げた――
やがてゲートの中心に光のうずが現れ、みるみるあたりを包み込んでいく――
あらゆる物質がばらばらに分解され、再び元の姿に整えられる。
それはまるで誕生のようであった――

風魔ふうまゲートの前にいた。
しかしそこははらえの間ではなかった。
赤坂あかさかですらないようだった――

〔???〕

あたりに人の気配はなかった。
赤坂あかさかはらえの間にあったのと同じ扉がある。
表に通じているようであった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聞こえますか?
――帥士すいしのこと、ちゃんと
確認できていますよ。
皆はまだゲート前に残っています。
私だけ通信室に戻りました。
隊長はまもなくここに来るでしょう。
慎重に周囲を
探索してください。

表には異様な光景が広がっていた。
近代建築の並ぶ街並みは帝都のようだが、炎に焼かれる煉獄れんごく様相ようそうていしていた。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・南〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
周囲を確認してください。
こちらでも監視かんししています。
セヒラの上昇があれば
連絡します。
【バール】
よっとせっと!
――喪神もがみ風魔ふうま、その人だにゃ!
我輩はのバールだにゃ!
ここにはセヒラがたくさんあるにゃ。
なので我輩わがはいも出て来られるにゃよ!
現世の赤坂あかさかした街なんかにゃぁ~
似てるようで似てないにゃ、
似てないようで似てるにゃ!
この世界は満洲まんしゅう由来ゆらいすると
されてるにゃ。ここは赤坂あかさかの下、
なお満洲まんしゅう哈爾浜ハルピンにあたるにゃ!
だから――
ここは赤坂あかさか哈爾浜ハルピンにゃ!
実にいい名だにゃ。
風魔ふうまも気に入るにゃ。
我輩わがはいも濃厚セヒラのおかげで、
べらぼうに居心地いごこちがいいにゃ!
【バールの帽子】
ゲロゲロ、冗談じゃないゲロ。
こんなクッサイ場所、
オレ様ゲロ吐いちゃうよ。
【バール】
お前は黙ってるにゃ。
【バールの帽子背後】
そうじゃ、黙っとれ。
頭の後ろがムズムズしてかなわん。
【バール】
びっくりしたにゃか?
我輩わがはいは三つの部分でできている。
それらが合わさって一つだにゃ!
まぁ、家族みたいなもんだにゃ。
人間もまったくのひとりだと、
不安だし、不安定だし、
何をしでかすやも知れんにゃよ!
風魔ふうまひとりじゃにゃいんだにゃ!
――ちょいと説教臭くなったにゃ。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
今、誰と話していましたか?
もしかして、ですか?
――が姿を見せたのですか?

【着信 帆村ほむら魯公ろこう
が出たのか?
――なんと、異界では可能なのか……
うむむむ……
想定をはるかに超えた場所だな。
――あまり長居、するんじゃないぞ!

【心中アストラル】
浜田山はまだやまの心中にあやかって、
品川しながわ富士ふじで心中したんだ――
二人で昇汞水しょうこうすい飲んでね。
その刹那せつな、肉体から思念が飛んだ。
ここにいるのは生きている僕なのさ!
正しくは死ぬ直前の僕ってことさ!
ところで、一緒に相方は……
ぜんたい、どこ行ったんだい?
――まぁいいや、忘れよう!
ここは希望の地なんだ!
方々ほうぼうから思念が集まってくる。
なんたって、帝都満洲ていとまんしゅうだからね!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、今度はアストラルと
会話していたのだな?
――アストラル……
無数の人間の息吹いぶきが、心の願望が、
肉体の匂いが、あつまって
おぼろな命によみがえったものであろう。
アストラルはセヒラを集めておる。
がいるかも知れんぞ、
気を付けるんだ――

【満洲浪人アストラル】
最後にいたのは虹口ホンコウ外れの阿片窟アヘンくつだ。
次に気付いたら、ここにいた……
俺を連れて帰ってくれ! 頼むよ!!

《バトル》

【満洲浪人アストラル】
ここで人間……
肉体のあるやつを見たのは、
お前で五人目だ……

【風来坊アストラル】
あの日、俺は仕事もなく、霊岸島れいがんじま
ジメジメした長屋で寝ていた――
昼前だ、ドーンと突き上げ食らって、
身体が天井までぶっ飛んだ。
それっきり、記憶が無い――
頼む、思い出させてくれ!!

《バトル》

【風来坊アストラル】
駄目だ、繋がらない……
あの震災の朝以来、
俺は途切れたままだ――
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、充分だ。
もう戻ってくるのだ。

はらえの

喪神もがみ梨央りお
お帰りなさい!
兄さん!
良かった、ホントに無事で……
帆村ほむら魯公ろこう
本当にアストラルに会ったのだな?
わしが求めてやまないアストラル……
――はぁ……
おぼろな命はあやうくも美しい――
だがそうとばかりも言っておられん。
今後、深刻な事態も予想せねばな。
喪神もがみ梨央りお
――隊長……大丈夫ですか?
兄さん、今日はお疲れ様でした!