第一章 第十一話 怪人、満州を欲す

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

ゲートを抜けて向かった先は、帝都満洲ていとまんしゅうであった。帝都の下層に満洲まんしゅうが形成されている――
にわかに信じがたい現象が現に起きているのだ。

帆村ほむら魯公ろこう
アストラルは確かに、
満洲まんしゅうと言ったのだな。
帝都にして満洲まんしゅう
やはりそうなのだ!
――今から三年前、
大陸では満洲国まんしゅうこくの建国が成った。
五族協和ごぞくきょうわ王道楽土おうどうらくど――
高い理想を掲げ、満蒙まんもうの地は、
島国日本にとり、まさに新天地だ。
建国への途上、血で血を洗う動乱を
何度もくぐり抜け、今では
民は平和と繁栄を享受きょうじゅしておる。
積極的な殖産しょくさん政策のおかげで、
経済基盤も盤石ばんじゃくになりつつある。
大陸の地平に沈む夕陽を眺め、
日本人はこころざしを一層高く持ち……
――そうか、この高揚感と、
震災復興の希望の光とが――
それらが合わさり、
一つの実体を得るに至った……
喪神もがみ梨央りお
まさに、帝都満洲ていとまんしゅう……
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……きっとそれなのだ!
しかし其処そこにいったいいかほどの
意味があるのかは、分らぬ。
九頭くず幸則ゆきのり
失礼します。
第一連隊だいいちれんたい九頭くず中尉であります。
帆村ほむら魯公ろこう
おぅ、どうしたユキ坊。
九頭くず幸則ゆきのり
帆村ほむら先生、ですからその呼び方は……
帆村ほむら魯公ろこう
そうだったな、もう立派な青年将校。
いつまでも昔のままじゃないな!
それで、どうかしたのか?
九頭くず幸則ゆきのり
市ヶ谷いちがや怪人かいじん情報です。
セヒラは観測しますか?
喪神もがみ梨央りお
いけない!
ただちに確認します!

【着信 喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷いちがや、セヒラ濃度急速上昇中!
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま、出動準備。
九頭くず幸則ゆきのり
待ってくれ、俺も一緒に行くぜ。

市ヶ谷見附いちがやみつけ

外堀沿いに山桜が咲き残っていた。
お堀の向こうには、省線しょうせんの中央線が走っている。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、セヒラ上昇は
止まりましたが、高い水準を
保っています。警戒を!
九頭くず幸則ゆきのり
さあ、頼むぜ。
俺にできるのは、お前に直接
襲い掛かる奴をぶん殴るくらいだ。

牛込うしごめの少女】
最近新発売のお薬、脳楽丸のうらくがん
うちの兄が飲み始めたんですけど、
この一週間、行方知れずなんです。
九頭くず幸則ゆきのり
脳楽丸のうらくがん、聞いたことある。
ラヂオでやってるよね、
脳がラクラク、ノーラクって。
牛込うしごめの少女】
お薬の作用、発売元に尋ねようと、
探すんですが……刀圭とうけい堂薬局です、
四谷見附よつやみつけ電停前のはずなのに……

【日満毛織の社員】
会社をクビになって戻ってきたんだ……
日満毛織は、奉天ホウテン一の会社なんだ。
奉天ホウテン駅から伸びる平安通に面してね、
白亜はくあのビルヂングの憧れの会社!
そこで働くのは自慢だった。
なのに……不正を嗅ぎ付けたら――
九頭くず幸則ゆきのり
不正! そんなことがあったのか!
一体、誰が何をしたんだ?
【日満毛織の社員】
副社長が羊毛を横流しして、
自分のふところやしていたんだ。
――あの坂木の野郎!!
九頭くず幸則ゆきのり
落ち着け!
――おい風魔ふうま、様子が変だぞ!

【日満毛織の社員】
お前らも同類だ!
俺は組織の人間など信用しない!
みんな、殺してやる!!

《バトル》

【日満毛織の社員】
……平安通、千代田通、浪速なにわ通……
奉天ホウテン神社を過ぎて練兵場へ……
嗚呼ああ、もう一度、散歩がしたい……

【若隠居】
満洲まんしゅうあなどれません、なにせ広いです。
大連ダイレンから新京シンキョウまで十時間三十分、
急行でそれだけかかりました。
私はね、さらに新京シンキョウから哈爾浜ハルピンへ、
列車を乗り継いだんです。
それが五時間二十分。
いやはや、行けども行けども広野ひろの
広野ひろの広野ひろの広野ひろの
九頭くず幸則ゆきのり
満洲まんしゅうか……
日本人にとって希望の新天地だな!
【若隠居】
まさに!
また計画して年内にも渡満とまんします。

【夢見るような若者】
今日限りですよ、脳楽丸のうらくがんの徳用売出。
これ飲み始めて、毎日、気分爽快。
脳がラクラク~
――宿願達成、本邦最初に
腎胞じんぽうホルモン合成!
一回三錠、一日三回――
脳楽丸のうらくがん奉天ほうてん医科大学神経科教授、
田中一郎博士の研究より生まれた!!
――脳がラクラク~だ!
九頭くず幸則ゆきのり
おい、大丈夫か……
何か変だ……
【夢見るような若者】
脳内明快のうないめいかい心身爽快しんしんそうかい見通抜群みとおしばつぐん

【夢見るような若者】
今日は特別!
君もどうだい、一緒に飲もう!!
脳がラクラクだぁ~

《バトル》

【夢見るような若者】
飲むのやめると……
一気に落ち込むんだ、
奈落ならくに転落するような気分になる……
九頭くず幸則ゆきのり
その薬も売ってる薬局も、
なんだか怪しいな……

うつろな目の男】
はぁはぁはぁ……
あんたら、軍の人ですか?
僕、僕は、怪人かいじんになる夢を見た。
突然、力が湧いてきて、
こぶしで壁を突き破った!
九頭くず幸則ゆきのり
――こいつ、怪人かもしれないぞ。
うつろな目の男】
僕は無敵だった。
ひ弱な僕が、あんなになれるなんて!
そして目が覚めた――

うつろな目の男】
くやしかった、憎かった、
みっともない自分を殺したくて、
柱に何度も頭をぶつけたのさ!!

《バトル》

九頭くず幸則ゆきのり
息はあるようだな。
よかった……
【着信 喪神もがみ梨央りお
依然いぜんセヒラ高いままです。
警戒を続けてください。

乗用車が、静かに停止した。
運転手がドアを開けると、立派なりの優男が現れた。

【スーツの優男】
帝都はめくるめく光の中ですね。
いやぁ、実に美しい!
交響曲シンホニーの調べが聞こえるようです。

九頭くず幸則ゆきのり
あなたは……
【スーツの優男】
ああ、申し遅れました。
私は柴崎しばさきという者です、外交官です。
九頭くず幸則ゆきのり中尉、それに喪神もがみ風魔ふうま中尉。
柴崎周しばさきあまね
独逸ドイツ国在勤帝国大使館に勤める
一等書記です。
今は帰国中でしてね。
九頭くず幸則ゆきのり
その書記官殿が何か……
柴崎周しばさきあまね
貴方あなたたちが愛してやまない
私もいたく興味がありましてね。
魔の力というものは純粋そのもの。
九頭くず幸則ゆきのり
あなたは……
帝都で起きていることを
ご存知なのですね!
柴崎周しばさきあまね
独逸ドイツではナチがセフィラを求めた……
ですが思うに任せませんでした。
この帝都には素晴らしいセフィラが
いているようですね。
山王機関さんのうきかんでも掌握しょうあくされていますね?
先ほど、満洲まんしゅうを語る声もしました。
もしや、
満洲まんしゅうが姿を見せましたか……
ふふふ、そこまで進んでいるのですね
異界の解明が。
帝都には資源が豊富ですね!
九頭くず幸則ゆきのり
満洲まんしゅうが?
おっしゃることの意味がわかりません。
それにしても、お詳しいですね――
柴崎周しばさきあまね
すべてはセフィラ、それが元です。
いまだ人には扱いきれないようですが、
無尽蔵むじんぞうの可能性を秘めています。
そのセフィラが安定的に供給される、
こんな場所は世界中どこにもない――
異界を抱えるだけのことはあります。
九頭くず幸則ゆきのり
異界? それはどこですか?
――でもまぁ、お仕事柄ですか、
世界を知り尽くすような物言いは。
柴崎周しばさきあまね
外交官などつまらぬ商売ですよ。
情報という海をぎ続けているだけ。
それもあえぐようにです、まさにね。
それでは御機嫌ごきげんよう。
またお会いすることでしょう。
お楽しみはこれからですしね。

柴崎しばさきは謎めいた微笑みを残し、去って行った。

九頭くず幸則ゆきのり
何ともとらえどころのない人物だな。
異界だの満洲まんしゅうだの、何なんだ、一体。
職業柄、知っているという風でも
なかったよな、そうだろ、風魔ふうま
まずは赤坂の本部に戻るとしよう。