第一章 第十二話 帝都満洲鉄道

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

山王さんのう機関本部に戻った風魔ふうまの報告に帆村ほむら魯公ろこう怪訝けげんな表情を浮かべた。

帆村ほむら魯公ろこう
柴崎周しばさきあまね――
確か独逸ドイツ駐在の外交官、
一等書記ではなかったか。
九頭くず幸則ゆきのり
ご存知でしたか。
何とも捉えどころのない……
それに異界だの満洲まんしゅうだのと――
帆村ほむら魯公ろこうは事情を知らない九頭くずに、
帝都満洲ていとまんしゅうの出現について話した。
魯公ろこうとてまだ全てを知るわけではなかった。
帆村ほむら魯公ろこう
梨央りおや、市ヶ谷いちがやではずっと
セヒラを観測し続けたんだよな?
喪神もがみ梨央りお
はい……
怪人かいじんしずめた後も、すごく微弱な、
セヒラが観測されていました。
帆村ほむら魯公ろこう
柴崎しばさきか……
一体、その人物は何を知ると――
ふむ、情報は集めておこう。
満洲まんしゅうが現れた――
わけ知りに言う柴崎しばさきの言葉、気になる。
風魔ふうま、もう一度行ってくれるか?
九頭くず幸則ゆきのり
帆村ほむら先生、それなら俺も同行します。
その、帝都満洲ていとまんしゅうとやらに!
帆村ほむら魯公ろこう
それは無理だ。
審神者さにわ以外のゲート通過は
まだ試行錯誤中だ。
九頭くず幸則ゆきのり
じゃあ、
自分がその実験台になります。
帆村ほむら魯公ろこう
失敗すると、お前さんの体が残り、
念やら何やらが向こうにただよう――
そんな事態を招きかねんぞ。
九頭くず幸則ゆきのり
う……
いや、それでも――
帆村ほむら魯公ろこう
まあまあ焦るな幸則ゆきのり
ちゃーんと方法は検討中だ。
今回は諦めておけ。
九頭くず幸則ゆきのり
そうですか……承知、しました。
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま、準備をしろ。
帝都満洲ていとまんしゅうへ出動だ。

はらえの

帆村ほむら魯公ろこう
準備は良いかね、新山にいやま君?
新山眞にいやままこと
いつでも大丈夫です。
帆村ほむら魯公ろこう
今回の探索は帝都満洲ていとまんしゅう
市ヶ谷いちがやに相当する場所まで行き、
セヒラ増大の原因を調べることだ。
では、健闘を祈る!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし

〔赤坂哈爾浜ハルピン・南東〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
市ヶ谷いちがやは北西方面です。
警戒しながら進んでください。

【バール】
にゃあ、喪神もがみ風魔ふうま
また来たんだにゃあ。
今度は市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハル
行きたいみたいだにゃ。
斉斉哈爾チチハル
市ヶ谷いちがや照応しょうおうする
帝都満洲ていとまんしゅうの地名だにゃ。
そこには帝都満洲ていとまんしゅう鉄道を使わないと
行けないにゃ。
この異界は帝都の街が、
満洲まんしゅうの街に
重ね合わされているにゃ。
満洲まんしゅうはとっても広いにゃ。
だから帝都満洲ていとまんしゅう鉄道を使わにゃいと
移動できないにゃ~
まずは駅に通じてるどこかを
探すことにゃ。
【バールの帽子】
ゲロゲロ、そんなテキトーな指示で、
目的地に辿り着けるか、ゲロ?
【バール】
大丈夫にゃ。
物事はなるようになるにゃ。
【バールの帽子背後】
風魔ふうまよ、アストラルに話しかけろ。
こいつらは帝都から落ちてきた思念、
何を知るかは保証だにせんがな!
【バール】
思念は生きている人間のもあれば、
死んだ奴の古い思念も残ってるにゃ。
何百年前とかのもあるかもにゃ!

【メカノフィリアアストラル】
真新しい発動機モートルを手に入れたんだ。
嬉しくて嬉しくて、一晩中、
そいつをでいたよ――
気が付くと、ここにいた――
いや、目覚めれば大丈夫なはず。
発動機モートルを側に感じるからな!
それで、お前は何が好きなんだ?
俺みたいな機械好きは少数派だ。
だが、ここには仲間がいる――
満鉄の機関士だ。
そいつ、ちゃっかり職を見つけて、
こっちで暮らすみたいだ。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・南〕

【ピアニストアストラル】
思うんですけど、
満洲まんしゅう帰りの演奏家、
演奏のスケールが大きくなって、
腕前が上がったように感じます。
私も真似まねてみようと……
必死ひっしに思い描いていたら、
ここに来てしまいました。

【ペシミストアストラル】
絶望だ……絶望しかない!
最早もはや、死だけが救いだ――
そう思い、両国橋りょうごくばしの上に立った。
自失じしつして気付くと下宿館の前に……
部屋でふて寝をしたら、
ここに来ていたんだ――

【満鉄車掌】
うちは省線常磐しょうせんじょうばん線のすぐ近く。
夜中に汽笛が聞こえて、貨物列車が
延々と抜けていくんです。
僕はその最後尾にある車掌車に、
乗る仕事がしたくて、
毎晩、思い描いていたんです。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・東〕

【プロレタリアートアストラルM】
草稿を書いている最中、気を失った。
次に気付くとここにいた――
私はただようだけの存在なのか?
希望、それは飼い馴らした欲望だ。
野生の欲望は去勢きょせいされしずまるのだ。
――ここまで書いて、私は、飛んだ!
ここははたして夢の中なのか?
あんたは夢の住人なのか?
――目覚めたくもあり、たくもなし。

【満鉄機関士】
あいつ、俺のこと、友達だなんて……
俺は機関車が好きなんじゃない、
機関士になりたいだけなんだ。
汽車の音を口で真似しながら帰る夜、
横丁を曲がった途端、気を失った――
気付いたらここにいたんだ。
もっとも、はちゃんと
生きているよ。抜け殻みたいに、
ぼんやりしながらね!

〔赤坂哈爾浜ハルピン駅〕

【満鉄車掌】
ここでも決して順調ではないです。
汽車の運行を邪魔じゃまする奴がいます。

――どいてくれ、邪魔じゃまなんだ!
僕には列車運行の責任がある!
車掌しゃしょうとして当然の責務、
さぁ、どいてくれ!

【満鉄車掌】
――あなたは、生身の人間ですね。
だったら、なんとかなりませんか?
邪魔者じゃまものをどかしてください。

【プロレタリアートアストラルS】
我々は、全国労働者の
ルサンチマンに共振きょうしんする!
むむ……お前は……
この感じ、さては特高だな!
ここでは私のほうがまさ!!

《バトル》

【プロレタリアートアストラルS】
資本家の手先め!
お前達もやがて我々の側に付く、
その日は……ち、か、い――

【満鉄車掌】
邪魔者がいなくなったんですね。
これで列車を動かせる……
ところで、機関士は……
どこへ行きましたか?
機関士がいないと、
列車は動かせない!

〔赤坂哈爾浜ハルピン・西〕

【満鉄機関士】
……
本当にどかしてくれたんだな?
いやぁ、大したもんだ。
この先、満鉄路線は、
斉斉哈爾チチハルに伸びている。
そうだよ、市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルだ!

〔赤坂哈爾浜ハルピン駅〕

【満鉄車掌】
どうしました?
早くしないと、
また邪魔が入るかも知れません。
帝都満洲ていとまんしゅう鉄道、あじあ号、
出発進行です!

【満鉄機関士】
そうだな、出発進行!
向かうは、市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハル

〔市ヶ谷斉斉哈爾チチハル・北〕

【バール】
ここが市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルだにゃ。
哈爾浜ハルピンと同じく、現実の斉斉哈爾チチハル
亡命露西亜ロシア人が多く住んでいるにゃ。
同時に露西亜ロシア人の南下を防ぐ、
拠点でもあるにゃ。
斉斉哈爾チチハルの先は、
海拉爾ハイラル満洲里マンチュリにゃ。
そこから先は西伯利亞シベリアにゃ!
これが本当に満鉄が転写したものなら
鉄路はまだまだ伸びるにゃ。
開拓し甲斐があるにゃ!

【憂国烈士アストラル】
日本人か?
ここに来て随分になるが……
我が神国の栄光、いまだ及ばずだ!

【ボルシェビキアストラル】
鉄さえ溶かすボルシェビキ運動、
なぜここには及ばないのだ?
ありの一穴さえ許さない、
るぎなき共産主義よ、
この無意味な世界に型を成すのだ!

〔市ヶ谷斉斉哈爾チチハル

【バール】
感じるかにゃ?
猛烈な霊気、セヒラがアラヤ界から
上がってきているにゃ。

五感、意識、末那識まなしきのさらに下層に
位置する第八の識域、――阿頼耶識あらやしき
考えたり語ったり行ったり……
人の為す事がすべて蓄えられている
唯識論ゆいしきろん的な領域である。

【バール】
あのでっかいアストラルが、
阿頼耶識あらやしき、うんにゃ、アラヤ界から、
セヒラを地上に送ってるにゃ!
喪神もがみ風魔ふうまはあれを倒すにゃ?
放っといてくれるってコトは
にゃいのかにゃ?
セヒラが満たされれば
きっと吾輩も現世うつしよ
実体化できるにゃ。
それって楽しくにゃいかにゃ?
ダメかにゃあ……やっぱり……
そうなると現世は大混乱だしにゃ~
しょうがにゃいか……
喪神もがみ風魔ふうまに付き合ってやるにゃ。

目の前にいる大きなアストラルからは強いセヒラの流れが立ち上り、どこまでも上へ上へと伸びている。

根塊こんかいのアストラル】
私の中には憎しみしか無いんです。
許しをうにしても、そのことが
また私の憎しみを増長してしまう。
人が寄せるなぐさみの情は、
私には、憐憫れんびん、いやさげすみに思え、
また憎しみをたぎらせる――
マトリョーシャを苦しめ、
挙句には自死に追いやり、
今、彼女の幻覚が私を苦しめる。
救いを求めて街に出ると、
そこには私を嘲笑あざわらう者共が構え、
私を一人にはしてくれない。
同じような人間はいくらでもいる。
なのに彼らはこの苦しみを知らず、
暖かなペチカの前にいる――
許しはどうすれば得られるのか、
私には皆目わからない。
――さて、君もまた連中の同類だろ!!

《バトル》

根塊こんかいのアストラル】
許しはどこで得られるのだ?
――同じことの繰り返しだ、
それが私を更に苦しめる……

【バール】
今のがセヒラというセヒラを集め、
それを帝都に送っていたにゃ。
まるでセヒラのかたまりに、
思念が宿ったみたいな、
そんな面倒な奴だにゃ……
【バールの帽子】
ゲロゲロ、まるで引力を持つセヒラ、
面倒なやつだったゲロ。
ゲーロゲロゲロ~
今はセヒラがあちこちに散じて、
気持ちいいゲロよ~
【バールの帽子背後】
わしらはセヒラがないと、
とてもやってられんが、
ものには限度があるのじゃな。
【バール】
それじゃあ、喪神もがみ風魔ふうま……
今後ともよろしくだにゃ。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聞こえますか?
市ヶ谷いちがやセヒラ急激に低下!
作戦成功、帰還してください!