第一章 第二話 春、山王ノ宴

紀尾井町清水谷公園きおいちょうしみずだにこうえん

【紙問屋の旦那】
千代菊ちよぎくさんは遅いね。
またなんか、あれかね…… 道を迷ってるとか。
置屋おきやから何度かたずねられたな……
三日も開けて、千代菊ちよぎくはどこだって。
ときに五日も開けることもあった……

【鈴蘭女学園の教師】
色はにおえど散りぬるを、と。
桜をでるたびにいろはうたを思い出す。
そして妙な不安に駆られます――

【商家の下女】
新聞じゃ怪人かいじん騒動のことばかり。すっかり春なのに……嫌になりますわ。

書生しょせい
いや、僕はもうめませんよ先生。
堪忍かんにんしてください。
【スーツの男】
先生……いろいろおありでしょうが、ここは花見の席です。
お気を確かにしてください。
【酔漢先生】
うるさい! 貴様きさまぁ!
書生しょせい分際ぶんざいえらそうなことを言うな!

九頭くず幸則ゆきのり
遅れてしまいましたか……
お待たせしちゃいましたか?

月詠つくよみ麗華れいか
ええ、待つも待たないも、ですわ。
――風魔ふうまさんも……
ようこそおいで下さいました。

月詠つくよみ麗華れいか鈴代すずよの一番弟子である。
といっても東雲しののめ流のではなく、鈴代すずよが講師をつとめる茶道久遠くおん流を習う女学生である。

九頭くず幸則ゆきのり
いやぁ、俺が油売ってたわけでは、決してないんだが――
茶菓子でも買おうかと思ってね……
月詠つくよみ麗華れいか
あら、いつになくお気遣いを?
そんなの無用むようですわ。
いつも通りで構いませんのよ。
さぁ、風魔ふうまさんも――
九頭くず幸則ゆきのり
かしこまりました!
ははは、帝国軍人も、
麗華れいかさんの前では形無かたなしであります!
如月きさらぎ鈴代すずよ
あら、梨央りおちゃんは?
ご一緒じゃないんですか?
九頭くず幸則ゆきのり
それが……道中どうちゅう、急ぎの用事を思い出して、本部に戻ったんだ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
そうでしたか。
今日はいいお日和ひより、残念ですね。

神降ろしの秘術として長い歴史を誇る、東雲しののめ帰神法きしんほう
如月きさらぎ鈴代すずよは、その第十六代宗家そうけ、故如月きさらぎ宗達そうたつの娘である。
昨年夏、久遠くおん流の講師となり、今日がはじめてもよおす茶会であった。

如月きさらぎ鈴代すずよ
梨央りおちゃんも通信のお仕事、板に付いたようですわね。
制服もさまになって?
九頭くず幸則ゆきのり
うん、似合ってる、とってもね!
まるであつらえたみたいだ――
歩一ほいちの中には浮足うきあし立つ奴らもいる。
月詠つくよみ麗華れいか
あら、それは聞き捨てなりません……
ウフフフフ――
九頭くず幸則ゆきのり
梨央りおちゃんを歩一ほいちの士官食堂に連れて行った時はたまげたなぁ……
如月きさらぎ鈴代すずよ
まぁ、幸則ゆきのりさん!
そんなこと、していらしたの!

気のおけない仲間たちと繰り広げる屈託くったくのない会話―― 春のうたげはまさにさかりであった。

如月きさらぎ鈴代すずよ
これは……瘴気しょうき?近いわ。
【怒鳴る声】
貴様らぁ~天誅てんちゅうだぁ! 天誅てんちゅうを下す!
九頭くず幸則ゆきのり
花見に無粋ぶすいな客だぜ。
ちょっと文句を言ってくる。
如月きさらぎ鈴代すずよ
あ、幸則ゆきのりさん、危ないことは……

書生しょせい
うちの先生、同僚が首席訓導くんどうに昇進して、爾来じらい、虫の居所いどころが悪いんです――
【スーツの男】
いや、せっかくの花見の席でうちの先生が申し訳ないです。
【酔漢先生】
どけ!ええい、そこをどかんか!
九頭くず幸則ゆきのり
おい、お前!
ここは花見の席だ、しずまれ!
【酔漢先生】
何ぃ?貴様ぁ、軍人のくせに生意気な!
九頭くず幸則ゆきのり
公務と言ったらどうする?
【酔漢先生】
公務だとぉ~
はん! 修身しゅうしん訓導くんどうに通用するか!
【酔漢先生】
貴様ぁ、天誅てんちゅうだ、天誅てんちゅうをくだす!
九頭くず幸則ゆきのり
うわぁ!!

酔客すいきゃく九頭くず幸則ゆきのりを突き飛ばした。ありえない程の力で――

書生しょせい
申し訳ありません!
軍人さん、大丈夫ですか?
怪我けがはありませんか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
こちら、梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聴こえますか?
紀尾井町きおいちょうでセヒラ反応を検知しました。
セヒラ探信儀たんしんぎを使ってください。
【酔漢先生】
貴様ら、国賊こくぞくどもめ!
天誅てんちゅうだ、天誅てんちゅうくだす!
私を何だと思うか!!

《バトル》

【酔漢先生】
ふぅ、ふぅ、ふぅ……
一旦緩急いったんかんきゅうあれば、義勇公ぎゆうこうほうじ!
臣民しんみんちゅうこうにぃ~
皇祖こうそ皇宗こうそうくにはじむること宏遠こうえんに~
書生しょせい
先生、こんなところで教育勅語ちょくごを……
おそれ多くも内容が間違ってます!
――お体にさわります、戻りましょう。
九頭くず幸則ゆきのり
はぁっくしょん!
まだ、泳ぐには早かったな。
いきなり、すごい力で突き飛ばされて
もしかして、あいつも怪人かいじんなのか?
一体全体、この帝都はどうなっちまってんだよ……

【花見客】
おい、今度は向こうで、女の子が……
【花見客】
女の子が?何だそりゃ、見に行ってみよう!
九頭くず幸則ゆきのり
向こうでって、まさか……

如月きさらぎ鈴代すずよ
そうは言っても……
かぁ様にご相談はできないのかしら?
ねている少女】
母様ははさま姉様あねさまばかりを見ているのです!
私のことは目に入らない……
だから、相談なんてしません!
如月きさらぎ鈴代すずよ
そのお着物だって、
とても良くお似合いよ。
ねている少女】
知りません!これも姉様あねさまのおふる…… 姉様あねさまろしたてのをおめしです!

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん!
如月きさらぎ鈴代すずよ
(私、感じるんです……
瘴気しょうきかたまりを―― )
如月きさらぎ鈴代すずよ
(さっきも強く感じました。
今また、この少女からも……)
月詠つくよみ麗華れいか
鈴代すずよさん、どうなすったの?
なんだかご様子が変ですよ。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし!セヒラ反応です!
ねている少女】
アタシのことが邪魔じゃまなのね…… 母様ははさま姉様あねさまも―― みんな死んでしまえ!

《バトル》

ねている少女】
嫌いだ、嫌いだ、みんな嫌いだ、
消えて無くなれ……無く……なれ……
月詠つくよみ麗華れいか
これは……何ですの!!
いったい……何が……
如月きさらぎ鈴代すずよ
あの子が……瘴気しょうきに……
瘴気しょうきのなすがままに……
如月きさらぎ鈴代すずよ
今の子のように、かれて間がないと、強い瘴気しょうきを感じます――
けれど、私には、もう霊異りょういを現すことはできません。
帆村ほむら先生に相談して、東雲しののめ流を継いでいただきました。
風魔ふうまさんの帆村ほむら流――
美しく整っていたように、お見受けしました。

風魔ふうまさん……私……風魔ふうまさんに――

九頭くず幸則ゆきのり
それで、もう大丈夫なんだな?
怪人は出ないんだな――
お茶の会、再開といこうぜ!
月詠つくよみ麗華れいか
はい、中尉殿!
私にお茶をてさせてくださいな。
さあ、鈴代すずよさんも風魔ふうまさんも……
如月きさらぎ鈴代すずよ
もう瘴気しょうきは感じられません。
幸則ゆきのりさん、お風邪かぜをおめしにならないようにしてくださいね。
九頭くず幸則ゆきのり
熱いのが一杯でもあるとなぁ……
銘酒めいしゅ忍野八海おしのはっかいとかさ。
ある? ないよね、茶会だもんな――
如月きさらぎ鈴代すずよ
ふふふ……忍野八海おしのはっかいはありませんが、
他のならご用意がありますわ。
九頭くず幸則ゆきのり
おお! そうでなきゃ!
これで風邪かぜ引かずに済むな!
──風魔ふうまは公務中なんだっけ?
【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さ――
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしは、公務を継続してください!
【着信 喪神もがみ梨央りお
現在、セヒラは観測されませんが、
念のためです!!


咲き誇る桜は帝都の栄華えいがを物語る。しかしやがて散るその運命もまた、こわれるもものはかなさを暗示するようであった――