第一章 第五話 市ヶ谷騒乱

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

妖怪ようかい騒動がしずまってほどなく、
山王さんのう機関本部に
めずらしく来客があった。
法律家のような厳格げんかくな表情であり、
それでいてロイド眼鏡の奥には、
まるで少年のように
好奇こうきに輝く瞳があった。
その初老の男は興味深そうにあたりを
見回していたが、
やがて風魔ふうまに気がつくとその
しぼられた口元を、わずかにだがほころばせた。

つた博士】
ここがアジトで、君が工作員と。
ふむふむ、お膳立ぜんだては万全ばんぜんじゃな!

――喪神もがみ風魔ふうま君!
この極東きょくとうの地が、はるか西亜細亜アジア
亜剌比亜アラビアまでをつらぬく一本の竜骨りゅうこつの、
その起点となる日が近い――
帆村ほむら魯公ろこう
博士のご高説こうせつ
よくたまわっております。
今日はご足労そくろう頂き、感謝します。
つた博士】
全然、構わんのだよ。
むしろ興味を持っておった。
亜細亜アジアの始まりはここにある!
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま、こちらの方が昨晩話した、
帝大の先生だぞ。
古代オリエントの歴史や宗教の権威、
洋の東西をつなぐ亜剌比亜アラビア
歴史や文化にもおくわしい――
古書の鑑定、解読において、
博士ほどの適任は他にない――
どうかよろしくお願いします、博士。
つた博士】
うむ、実に美しい本だ。
まずは慎重に鑑定を行うとするか。
解読はその後じゃな――
帆村ほむら魯公ろこう
それでは博士、お待ちしています。
解読が終われば、お知らせください。
梨央りお、帝大の博士の研究室に、
専用の電話を手配してくれ。
参謀本部にはわしから具申ぐしんしておく。
喪神もがみ梨央りお
承知しました、隊長。
あの……今、大丈夫ですね?
帆村ほむら魯公ろこう
どうしたんだ、何があった?
喪神もがみ梨央りお
隊長、
歩兵第一連隊だいいちれんたいからの要請ようせいです。
帆村ほむら魯公ろこう
歩一ほいちから……
何だ一体?
喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷いちがや刑務所けいむしょで暴動です。
怪人かいじん絡みではないかと
いうことでした。
囚人しゅうじん達は鉄格子てつごうしを折り曲げ、
舎房しゃぼうから表に出たそうです。
――すごい力です!
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、風魔ふうまよ。山王さんのう機関出動だ。
今回はわしも同行しよう。
留守は頼んだぞ、梨央りお
喪神もがみ梨央りお
承知しました。
市ヶ谷いちがや方面、継続して探信たんしんします。

市ヶ谷刑務所前いちがやけいむしょまえ

市ヶ谷いちがや刑務所――その前身は東京監獄かんごくである。
明治末期のアナーキストであった、
幸徳秋水こうとくしゅうすいが処刑されたのがこの地であった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
囚人しゅうじんたちが外門にまで迫っています。
市中に出す訳にはいきません。
何としても食い止めてください!
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま、ここはわしが引き受けた。
お前は中に突入しろ!

市ヶ谷刑務所いちがやけいむしょ・入口〕

【囚人ハ】
おっと、いきなり軍人が来たと?
いやね、無理に出るつもりじゃ……
ホントですって!

【囚人ロ】
いったい何なんだ、奴は?
物凄ものすごい力で、おりを破って、
看守かんしゅをぶっ飛ばして……
何でも財閥ざいばつ系の会社にいたらしい。
会社をクビになって、
腹いせで人を刺しまくったそうだ。

【囚人イ】
ふふふ、邪魔しに来たのか?
私はここを出ると決めた。
出て、河田かわだの奴に意趣いしゅ返しをする!
そうだよ、私は阿片アヘンの横流しをした。
緬甸ビルマから仕入れた極上の阿片アヘンだ、
それを上海シャンハイ支那シナ人に売る――
我が敷島しきしま物産のれっきとしたあきないだ。
南支なんし課長の河田かわだは、仕切りを安くし、
横流しを私に命じたんだ。
社に発覚した時、河田かわだの奴、
横領おうりょうはすべて私の独断どくだんとしたんだ!

【囚人イ】
私に阿片アヘンチンキを飲ませ、
中毒にして罪をなすりつけたんだ。
あの野郎、こ、殺してやる!!

《バトル》

【囚人イ】
はぁはぁはぁ……
この力も阿片アヘンがもたらすのか?
ならば、もっとってやる!
【着信 喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷刑務所を中心とした
セヒラ反応依然高し。
隊長――じゃなく、
白ノ六号帥士しろのろくごうすいしは、未だ複数の怪人かいじん
門の周辺で戦闘継続中です。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしは、
速やかに刑務所内の怪人を
探信し、排除してください。

刑務所舎房けいむしょしゃぼうひがし

囚人しゅうじんたちは皆、
ろうの中で震えている。

【着信 喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷いちがや刑務所ですが、
セヒラの値、高いままです!
原因を突き止めてください。
白ノ六号帥士しろのろくごうすいしは、
西の舎房しゃぼうで怪人鎮定ちんてい中です!
まだセヒラ反応、複数あります!

【囚人ヌ】
おりを破った怪力野郎は表だ!
けどな、まだいるんだ――
何か、感じる……
俺はこういうのに敏感なんだ。

【看守】
暴れろ、暴れろ、囚人しゅうじんどもめ!
――あんた、軍の関係者ですか?
じゃ、話しましょう。
囚人しゅうじんを少し調達して欲しいと、
あるところから頼まれていてね!

【看守】
私はその計略、進めるつもりです!
ウハハ、囚人しゅうじんめ、
どんな目にうか、
楽しみで仕方ないぜ!!

《バトル》

処刑場しょけいじょう

ここは市ヶ谷いちがや刑務所処刑場だ。
絞首刑こうしゅけいのロープに遺骸いがい
ぶら下がっている。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
きわめて高いセヒラを観測しました!

帆村ほむら魯公ろこう
うむ……
結局、ここだったのか……
高いセヒラの原因、ここにありだな。
……ただならぬ邪悪な気配を感じる。
気を付けろ、風魔ふうま

【吊られた男】
貴方達は……
おもてから来ましたね。
おもての気配をただよわせていますからね。
私の体は死んでいます――
拍動はくどうがありませんから。
私は死ぬ直前で止まっています――
帆村ほむら魯公ろこう
止まっている?
つまりは間際まぎわの……
その思念ということか?
【吊られた男】
そうです、死んだらおしまいです、
死後の世界なんて無い。
私は医学者でしたから。
ある毒瓦斯ガスの開発に従事じゅうじして、
支那シナで実験を繰り返しました。
私は口封くちふうじのために死刑に……
おかしいですよね、軍の要請ようせいに、
ただ従っただけなのに。そうでしょ?
私は責任を押し付けられた格好かっこう!!

帆村ほむら魯公ろこう
大地はあまねく暗くなりダークネス オーバー オール ザ ランド――
【吊られた男】
な、何ですか、それは?
帆村ほむら魯公ろこう
こいつはキリスト者でない、
だからキリストしゃの思念を呼ぶ、
いや、学者の思念が来るかもな!
我が神よエリ我が神よエリ
なぜ私を見捨て給うのかレマ サバクタニ
【吊られた男】
ああ、何者かが……
この体に……
入ってきた! 私は、退かないぞ!

《バトル》

【吊られた男】
わ、私は……
どこへ行くんでしょうか……
体もなく、心もせて……
帆村ほむら魯公ろこう
おそらくはキリスト教の学者、
その思念がやって来たのだろう。
――つた博士で思いついたんじゃ。

帆村ほむら魯公ろこう
イエスの言葉で、刑場けいじょうむくろが、
十字架じゅうじか上のイエスの姿に重なり、
思念が寄せられたと思う……
しかし、学者というのは、どこまでも
純であるな、たとえ思念でも!
おかげで助かったぞ!
刑務所、刑場けいじょう、そういった場所は、
セヒラが集まりやすい、
そういうことじゃ。
帝都の巡視パトロールにあたり、
よく心しておかねば――
さぁ、歩一ほいちに連絡して、
今回の公務は終了だ。