第二章 第十話 吉林のアナーキスト

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこうは、一連の怪人化騒動について、参謀本部に報告を上げた。
参謀総長、橘宮慶和たちばなのみやよしかず親王は、これを受理した。
さらに、連隊の怪異、帝都満洲ていとまんしゅういんありとする魯公の上申じょうしんも受け入れ、しかるべき要員は、帝都満洲の巡視パトロールを行うこととなった。

喪神もがみ梨央りお
幸則ゆきのりさん……いえ九頭くず中尉は
第三連隊から撤収の後、どこに
行っちゃったんでしょうね、兄さん。
山王さんのう機関本部付になったと
自分で言っていたのに……
居ればいたでうるさいのに
姿が見えないと、
逆に気にかかってしまいます――
帆村ほむら魯公ろこう
奴には奴なりの事情がある。
ユキ坊がいなくても、
作戦に変わりはないだろう。
帝都満洲、次にひらくのは、
どの街なんだ?
梨央りお、満鉄の路線図、
あたってみてくれるか?
九頭くず幸則ゆきのり
遅くなりました!
帆村ほむら魯公ろこう
おお、九頭中尉か!
このところ、何をしておった?
九頭くず幸則ゆきのり
それが……
陸軍省軍事調査部というのに
呼び出されまして……
連隊本部と特務機関を中継する者、
つまり自分ですが、その役、まっとうしておらんとおしかりを受け……
しばし、お目付けの付くことに――
影森かげもりという人物だそうで、
陸軍省の役人だそうです。
六二八事件以降、
監視が厳しくなっているようです。
隊には尾行された者もいます――
喪神もがみ梨央りお
六ニ八事件って、
歩三ほさんの急進派が穏健派の
外務次官を襲撃した事件ですね?
九頭くず幸則ゆきのり
しかしですよ、帝都満洲までは、
影森かげもりなる者も監視できないはず。
――帝都満洲の調査を願い出ます!
これって、駄目ですか?
俺には無理ですか?
帆村ほむら魯公ろこう
審神者さにわではないお前さんが、
ゲートくぐるのはおすすめしないが――
事情とあらば、顧慮こりょしてみるか。
九頭くず幸則ゆきのり
本当に、できるんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
むむ……ちょっと京都の方にな。
控える方々がおってだな……
ゲートを管理されておる。
九頭くず幸則ゆきのり
京都で、ですか?
一体それはどのような……
帆村ほむら魯公ろこう
少しばかり中座ちゅうざするぞ。
電話をしてくる。
そう言い残して魯公ろこうは本部を出て行った。
九頭くず幸則ゆきのり
いろいろと裏がありそうだな。
梨央ちゃん、京都でゲートを管理って
ぜんたいどーゆーこと?
喪神もがみ梨央りお
知りません。
九頭くず幸則ゆきのり
えええ~?
梨央ちゃんならなーんでも
知ってるんじゃないの?
喪神もがみ梨央りお
ちょっと、馴れ馴れしすぎです!
知らないものは知らないのです――

九頭くず幸則ゆきのり
おっ、停電か?
何か変な音もしたぞ――
喪神もがみ梨央りお
山王さんのう機関が停電だなんて……
九頭くず幸則ゆきのり
あっ、いた!
帆村ほむら魯公ろこう
よし、今ならゲートを抜けられるぞ、
九頭中尉!
心して向かうのだ。
九頭くず幸則ゆきのり
だ、大丈夫なんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
なぁに、問題ない……はずじゃ。
ものは試しだ、頼むぞ二人とも!
帝都満洲で赤坂あかさか哈爾濱ハルピンから
新たに繋がる場所を目指すのだ。
――どうもそういうことらしい。
喪神もがみ梨央りお
青山新京あおやまシンキョウの先なら、
多分、吉林キツリン……帝都では広尾ひろおです。
なので、広尾ひろお吉林キツリンですね!
九頭くず幸則ゆきのり
おう、広尾ひろおか!
広尾橋ひろおばしに怪人がいたんだろ?
影響がおよんでいるんだな!
喪神もがみ梨央りお
準備はできていますよ。
兄さん、それに同行中尉……
無事を祈っています――

〔青山新京シンキョウ・南〕

風魔ふうまに続いて無事にゲートを抜けた九頭くず
二人は赤坂あかさか哈爾濱ハルピンから帝都満洲ていとまんしゅう鉄道を使い青山新京あおやまシンキョウへと到着した。
その街路には、深く濃い霧がたちこめていた……

九頭くず幸則ゆきのり
何か夢の中にいるみたいだ。
今の、満鉄あじあ号じゃないか……
俺達、あじあ号に乗ったのか?
意味がわからないよ――
それに、ここは……
霧が深いな。これが異界ってやつか?
おい、あれは何だ?
なんだ、何か見えるぞ!
霧の中に何かいる。
かすかにだが、それが俺にもわかるぞ!
風魔、お前の審神者さにわとしての霊力が
俺にも及んでいるみたいな気がする。
【比類舎編集アストラル】
御厨みくりや車夫しゃふ先生はおっしゃった!
計略は即ち行動なりと。
我々は日本再興のために、
死してもなお戦う覚悟だ!
比類舎ひるいしゃつらぬく比類なき精神、
その高揚こうようを今に見ん!
社稷しゃしょくを思う心のない国など、
いっそ滅びてしまえ!!

《バトル》

九頭くず幸則ゆきのり
何だったんだ、今のは?
最近流行はやりのアナーキストか?
その念みたいなものか……
風魔ふうま審神者さにわとして、
いつもこんな目にってるのか?
――恐れ入谷いりやのなんとかだ。
うわっ!
また出たぞ!
【比類舎執筆人アストラル】
文科を出て、雑文を書いていた。
それが比類舎ひるいしゃの目に止まり、
いよいよ僕は比類舎ひるいしゃの専属になった。
そうだよ、比類舎ひるいしゃ専属執筆人。
西洋のアナーキズムの論文を、
翻訳して雑誌比類人ひるいじんに載せたんだ。
もう十五回も連載しているのに、
まだ一度も原稿料が払われていない。
――そんなこと、おかしいだろ!
何故だ!
僕の文が悪いのか!
今日も朝から何も食べていないぞ!!

《バトル》

帝都の下層、その深くに、
まるで転写したかのように現れた帝都満洲ていとまんしゅう
新京シンキョウ青山あおやまに、吉林キツリン広尾ひろおに照応していた――
二人は帝都満洲鉄道を使い、青山新京あおやまシンキョウから先へ、広尾ひろお吉林キツリンへ向かった。

〔広尾吉林キツリン・南〕

九頭くず幸則ゆきのり
満洲が帝都の大きさに合わさって、
ここに再現されてるってことだな。
【着信 喪神もがみ梨央りお
……ですか?
セヒラ……濃度が………
……です。……気を………
九頭くず幸則ゆきのり
おお! 梨央りおちゃん!
通信届くのか? ここは満洲だぜ!
……うーん、よく聞こえない……
【着信 喪神もがみ梨央りお
……で……セヒラ……
値が……です!
九頭くず幸則ゆきのり
どうやら、通信不良みたいだな。
大丈夫なのかよ。俺たちそもそも、
ここから戻れるのか?

【比類舎社員アストラル】
フフフ……
君たちがぎまわっても無駄だ。
計略は深層地下アンダーグラウンドで進行するのだ。
御厨みくりや先生は当局の手を逃れ、
現在、安全な場所においでだ。
いくら特高とて探せはしまい。
我々は御厨みくりや先生の提唱される、
破局革命を必ず実行する!

【比類人の読者アストラル】
生糸きいとの投資に失敗してね、
今、麻布あざぶ鴨緑館おうりょくかんで空を見ている。
――明日にはここを出なければ……
いっそ死のうか――
人生よろづ相談に行ってみるか……
ああ、今晩は眠れなさそうだ。

【比類舎主幹アストラル】
露西亜ロシア革命は失敗だ。
多くの白系露西亜ロシア人の亡命を
なすがままにした。
国外に敵対者をらしただけだ。
逃げおおせた連中はやがて結託けったくし、
報復ほうふくを果たすだろう。
我々は同じてつを踏まない。
御厨みくりや車夫しゃふ先生は内からの破局を
提唱されているのだ!
獅子身中しししんちゅうの虫――
このことわざにある通り、強国とて、
内からの侵食にはもろいこと至極しごくだ。
御厨みくりや先生のご教示により、
私は新宿旭町あさひまち木賃宿きちんやどに身を沈める。
今すぐにでも身をひるがえし、
闘争の先陣となる覚悟だ!!

《バトル》

【比類舎主幹アストラル】
何故だ?
常に邪魔立てをする者が現れる!
お前は、何を望んでいるのだ?
九頭くず幸則ゆきのり
比類舎ひるいしゃって警察ににらまれて、
地下にもぐったんだろ?
憲兵も調査はじめたらしい。
ああ、今の奴、
新宿旭町あさひまちとか言ってたぞ。
これは有力な情報じゃないか!!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聞こえますか?
そちら、大丈夫ですか?
居場所、確認できました。
九頭くず幸則ゆきのり
大丈夫だよ!
それに憲兵特高への手土産てみやげもできた。
【着信 喪神もがみ梨央りお
通信、安定しました。
お二人ともご無事で何よりです。
九頭くず幸則ゆきのり
おお、俺のことも、
心配してくれたんだな!
【着信 喪神もがみ梨央りお
……
青山あおやま広尾ひろお方面、セヒラ低下、
本部へ帰還してください。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
二人ともご苦労だった。
セヒラの値が下がり、
両連隊の怪人化現象も静化した。
やはり元凶は帝都満洲ていとまんしゅうだったわけだ。
しかしセヒラが濃くなっただけで、
容易たやすく怪人化する部隊というのも、
困ったものだなぁ……
九頭くず幸則ゆきのり
今回、アナーキスト連中の
運動を垣間かいま見ることができました。
隠れ家も捜索できそうです――
帆村ほむら魯公ろこう
帝都から流れ出た強い思念が、
帝都満洲でアストラルとなる――
その仕組み、よくわかったぞ!
これからは今まで以上に、
帝都満洲の調査に尽力じんりょくせねばならん。
過酷な任務だが、風魔ふうま、頼んだぞ。
九頭くず幸則ゆきのり
――俺は何だか疲れた。
帝都満洲に降りたせいかな……
風魔、今回、お前と一緒に、
帝都満洲に赴き、審神者さにわとしての、
お前の活躍を目の当たりにした。
――まったく孤独だよな……
尋常じんじょう小学校の時、富士塚ふじづかに登ったな。
あの夏のこと、覚えているか?
あの時、お前は、
西の空をじっと見つめていたよな。
そこが自分の行く場所みたいに……
今、お前が向き合うもの、
わかった気がするよ。
喪神もがみ梨央りお
くず……幸則ゆきのりさん――
(ありがとうございます)