第二章 第四話 妖怪大戦

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、知ってます?
最近、猟奇グラフという雑誌、
すごく流行ってるんです。
西洋の猟奇事件を取り上げたり、
心中事件を掘り下げたり、
怪人のことも載ってます。
この雑誌読んで、怪人に憧れる人、
出てきたりしないか心配です。

そこへ足取りも軽く、九頭くず幸則ゆきのりが姿を現した。

九頭くず幸則ゆきのり
よう、風魔ふうま、久しぶりだな。
喪神もがみ梨央りお
ああ、もう!
びっくりした!
――幸則さんだったのね!
九頭くず幸則ゆきのり
だったのねはないよなぁ~
喪神もがみ梨央りお
もしかして、おひまなんですか?
それとも地上じゃおひとりで
お寂しいんですの?
九頭くず幸則ゆきのり
どうしたんだい、今日は。
剣突けんつくらわすようなこと言って……
喪神もがみ梨央りお
そんなつもりじゃ――
今、猟奇グラフの話、
してたんです!
九頭くず幸則ゆきのり
そこへ俺が来たもんだから、
縮み上がったってわけ?
喪神もがみ梨央りお
そんなんじゃないです!
九頭くず幸則ゆきのり
何も気まぐれで来たわけじゃない。
帆村ほむら先生に呼ばれたんだよ。
帆村ほむら魯公ろこう
ただいま――今戻ったぞ。
おお、ユキ坊も到着したか。
これはちょうどよかった。
九頭くず幸則ゆきのり
帆村先生、だから
ユキ坊は勘弁してくださいよ。
帆村ほむら魯公ろこう
まあ、いいじゃないか。
昔から家族同然の付き合いだ。
それより来て貰ったのは他でもない。
中野なかの新井薬師あらいやくし様の辺りで
妖怪が出たという噂がある。
猟奇グラフという雑誌だ、
それに載っていた記事だよ。
九頭中尉に風魔に同行願おうと思う。
喪神もがみ梨央りお
ええ、猟奇グラフですか?
今、その話をしていたのです。
それで、怪異の場所は中野なかのですか?
帆村ほむら魯公ろこう
戸山とやま二探にたんだ。
だが中野なかのまでは探信たんしんできん、
そう言いたいのだろ?
喪神もがみ梨央りお
はい。設置型の探信儀たんしんぎとはいえ、
通常の探信たんしん範囲は五キロ……
中野なかのまでは探信たんしんできません。
帆村ほむら魯公ろこう
承知の上だよ、梨央りお
実は二探の出力を上げたのだ。
飯倉いいくら技研に頼み込んでな!
今なら中野なかの辺りも探信たんしんできる。
――ただいつ止まるやも知れん。
事情は飲み込めたかな、ユキ坊。
九頭くず幸則ゆきのり
――なるほど。
私は風魔の護衛兼通信兵ですか。
まぁ、お安い御用です。
喪神もがみ梨央りお
お二人は公務電車で省線新宿しょうせんしんじゅく駅まで。
新宿に鉄道連隊の演習列車を
回しますので乗り換えてください。

新井薬師あらいやくし

新井薬師あらいやくしは、省線中野しょうせんなかの駅から北へ二十分ほどのどかな風景をながめながら歩いたところにある。
新たに井戸を掘り当てたことによりこの地は新井あらいと名付けられた。

九頭くず幸則ゆきのり
もう日没も間近というのに
けっこうにぎわってるなあ。
こんな郊外こうがいでたいしたもんだ。
なんか小腹が空かないか?
でも、団子くらいしかなさそうだな。
駅前で売ってたシベリア
買っときゃあよかったぜ。
な、風魔ふうま
【着信 喪神もがみ梨央りお
物見遊山ものみゆさんじゃないのです。
任務を終えてからにしてください。
セヒラ反応を感知しました。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
警戒して進んでください。
九頭くず幸則ゆきのり
おお梨央りおちゃん!
ちゃんと探信たんしんできているみたいだね。
【着信 喪神もがみ梨央りお
呑気のんきなことを言う場合ではないです。
セヒラ反応があるということは
近くに怪人がいるということです!

【農家の娘】
薬師やくしさんのお水は
眼病にも効くんでね。
じいちゃんが目に出来もんこさえたんでこれで洗ってやるのよ。

【僧侶】
こちらは真言宗豊山ぶざん派、
寺号は新井山、
梅照院薬王寺ばいしょういんやくおうじと申します。
開祖かいそ空海くうかい上人手づから
彫り上げたという伝説の秘仏ひぶつ
薬師如来やくしにょらい如意輪にょいりん観音像がご本尊。
徳川二代将軍秀忠ひでただが娘の眼病を
祈願に応え快癒かいゆせしえにしにより、
目の薬師やくし様とあがめられているのです。

【和服婦人】
薬師やくしさんのお水でご飯も炊くし、
御味御付おみおつけも作るし、お茶も頂くの。
だからいつまでも肌が若いねって。
オホホホホホ……

【母親】
お化けだの、妖怪だの、まあくん、
もう見えるなんて言わせませんよ!
薬師如来やくしにょらいさまにお願いするのよ!
【まあくん】
お化けなんかじゃないよ、
悪魔が見えるんだ!
うそじゃないよ、ホントだって!
九頭くず幸則ゆきのり
あの子、様子が変だぞ、
悪魔がどうしたって――
【着信 喪神もがみ梨央りお
不安定なセヒラ反応を確認!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、要警戒です!

【母親】
薬師如来やくしにょらいさまの竜水は、
とっても効くのよ、まあくん!
【まあくん】
ひぃひぃひぃ~
嫌だよう、竜水なんか、嫌だ!!
【母親】
聞き分けなさい、まあくん!
さぁ、早く、お水を頂くのよ。
その目をきれいにするの!!
【まあくん】
うぎうぎうぎ~
九頭くず幸則ゆきのり
おい、見ろよ、風魔ふうま
あいつ、怪人なんじゃないのか?
【母親】
さぁ、飲むのよ!
そしてその目も洗うのよ!
ぐずぐずしないで、まあくん!!
【着信 喪神もがみ梨央りお
セヒラ反応、
急激に強くなっています!

【母親】
あら、いい子ねぇ~
それで、気分はどうなの?
ちょっとは良くなったかしら?
【まあくん】
わかんないけど……
なんか、すっきりしたよ――
【母親】
そう、良かったわねぇ~まあくん!
だったらもうお化けだの何だのって、
金輪際こんりんざい、騒がないで頂戴ちょうだいね!

九頭くず幸則ゆきのり
おおお!
怪人かと思ったけど、
そうはならなかった!
【着信 喪神もがみ梨央りお
セヒラ反応、低下しました。
でも、まだ反応があります。
安全な状態ではありません。
九頭くず幸則ゆきのり
不思議な場面に出食わしたな……
あいつ、怪人になると思ったけど――
これも竜水のおかげなのか?
新山眞にいやままこと
もしや、セヒラを抑える気も、
めぐっているのでしょうか?
九頭くず幸則ゆきのり
あなたは……
新山眞にいやままこと
陸軍飯倉いいくら技研の新山にいやまです。
セヒラ探信儀たんしんぎの開発で、
陸軍にはお世話になっています。
新山眞にいやままこと
山王さんのう機関の依頼で戸山とやま二探にたん
出力を上げたわけですが……
様子はどんなものですか?
九頭くず幸則ゆきのり
しっかり探信たんしんできています。
――セヒラ反応があるようです。
新山眞にいやままこと
セヒラと言うのはすなわち悪ではない、
私はそう考えています。
セヒラ技術、さらに開発すれば、
良い方向に向けることも可能です。
九頭くず幸則ゆきのり
セヒラって悪い気の流れですよ、
それをどうやって良い方向に、
持っていくのですか?
新山眞にいやままこと
セヒラは人の悪意を増長します。
その原理から、悪意を除去する、
そういうこともできるでしょう。
錯乱さくらん憂鬱ゆううつ症など神経の病も、
セヒラを利用して治療できる、
そんな時代が来るでしょう。
九頭くず幸則ゆきのり
なるほど――
目には目をの理屈ですね。
新山眞にいやままこと
私も携行けいこうセヒラ探信儀たんしんぎを持ちます。
この辺りをちょっと調べて見ますよ。
九頭くず幸則ゆきのり
セヒラの反応、あると言います。
警戒するに越したことはないですよ。

【檀家の男】
帝都じゃ怪人だ何だって、
やかましいね!
でもここでは問題ない!
薬師やくし様のおかげで、ここには、
清い霊気が流れておる!
ただ……
哲学堂てつがくどうのほうに噂があるけれどね。

哲学堂てつがくどうおか

日本を代表する哲学者井上円了いのうええんりょうによって建立された哲学堂てつがくどうこと四聖堂しせいどう
そこには、哲学の四大聖人、ソクラテス、釈迦シャカ孔子コウシ、カントがまつられている。
辺りはとっぷりと日も暮れてきた。
門の左右からは二体の立像りゅうぞう、幽霊像と天狗像がこちらをにらむ。
苑内えんないには挙動のおかしな者が大勢いた。
ある者は大きな身振りを繰り返し、ある者は体を折って何かをつぶやいていた――

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
哲学堂界隈かいわいでセヒラ増大しています。
様子を確認してください。
九頭くず幸則ゆきのり
様子と言ってもね……
これは変としか言いようがないな。
ここの連中、
どうしちまったんだ、一体?
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
近くに複数の怪人を確認!
落ち着いて鎮定ちんていにあたってください。

【怪しい動きの男】
投げてやる、投げてやる、
くー、投げてやるんだ!!
車を投げる、俺もできたぞ!
昨日も投げた、今日も投げた、
毎日だ!! 毎日新鮮!!
九頭くず幸則ゆきのり
そもそも哲学堂てつがくどう自体が
あやかしの気をほしいままにする場所だからなぁ~
セヒラによって、
怪しさ炸裂さくれつだよな!

【怪しい動きの男】
ちゅばー!
どっかーん!
うへへ、爆発だ!
俺の力は百万馬力ひゃくまんばりき!!

《バトル》

【怪しい動きの男】
はぁ~
眠い眠い……
また街を彷徨さまようのか、俺は!
九頭くず幸則ゆきのり
怪人には車投げるのが、
流行はやっているのか?

【犬き】
ウー……
ワン! ワンワンワン!
九頭くず幸則ゆきのり
何だよ、こいつは……
もしや、犬きなのか?

【犬き】
忠犬ハチ公をしのぶ人たちの思念が、
私を目覚めさせたのです――
どこに行こうかと考えていたら、
この人が見えました。
この人には隙間すきまがありますね!

《バトル》

【犬き】
隙間すきまが……閉じようとしています……
また、別な人を……探します。
ちなみに私は名無しです――

【中野の客】
誘われて、銀座幻燈会げんとうえに行きました。
誘ってくれた靖子やすこちゃん、
以来、行方不明なんです。
私も、幻燈会げんとうえの帰り、
省線有楽町しょうせんゆうらくちょうの駅がわからなくなり、
見当識けんとうしきを無くしました――
気付いたら三原橋みはらばしの電停に……
それで家に帰れました。
靖子やすこちゃん、どうしたのでしょうか。

【着信 帆村ほむら魯公ろこう
どうだ、風魔ふうま
この人は怪人じゃないようだ。
幻燈会げんとうえっていうのも怪しいな!

【猫き】
ニャァ~
猫じゃ、猫じゃ~
……
アンタ、久しぶりだにゃ!
オイラだよ、猫の徳次郎とくじろうだにゃ。

【猫き】
この人にもおっきな隙間すきま、あるにゃ!
またアンタにふさがれるのかにゃ!

《バトル》

【猫き】
あんじょうだにゃ!
隙間すきまが……閉じる、閉じる……
また別の人を探すにゃよ。

内田百間うちだひゃっけん
豊島とよしま与志雄よしおと言う作家に、
都会の幽気ゆうきなる短編がある――
ここはまさに幽気ゆうき満ちているなぁ~
九頭くず幸則ゆきのり
えーっと……
どなたですか?
――見たことあるような……
内田百間うちだひゃっけん
私は内田百間うちだひゃっけんといいます。
そちらの方には、以前、若松町わかまつちょうで。
――しかし、ここはすごいですね!
九頭くず幸則ゆきのり
何だ、風魔ふうまと知り合いですか。
それで、なんで、ここ哲学堂が、
怪しいことになっているのですか?
内田百間うちだひゃっけん
まさか、ここがこんなにも、
瘴気しょうきの強い場所だとは、
想像だにせなんだのです――
いやはや、私としたことが……
こんな事態を招くとは!
九頭くず幸則ゆきのり
何かしたんですか?
――そうなんですね!
内田百間うちだひゃっけん
ちょっとした出来心でした。
合羽坂かっぱざか陋屋ろうおくに暮らす、
しがない文筆屋ぶんぴつやの出来心です――
九頭くず幸則ゆきのり
ということは、
百間ひゃっけん先生、あなたが元凶ですか?
内田百間うちだひゃっけん
私ね、猟奇グラフという雑誌に、
帝都の妖怪たんを寄稿したのです。
面白おかしく、興味を引くようにね。
九頭くず幸則ゆきのり
さっき本部で話題になってた、
あの雑誌か!
内田百間うちだひゃっけん
するとどうだ!
井上円了いのうええんりょう先生のこの園に、
げんあらわれた!!
九頭くず幸則ゆきのり
ああ、まぁ、そうだな……
妖気というかあやかしかれた、
そんな連中だったな。
内田百間うちだひゃっけん
だが、妖怪は妖怪、
一片でも妖しさがあれば妖怪です。
私は妖怪どもに言って、
ここを去らせます。
さぁ、け、元の場所に帰れ~
け~ 帰れ~

九頭くず幸則ゆきのり
……
ん? 去ったのか?
内田百間うちだひゃっけん
どうも、そのようです。
【着信 喪神もがみ梨央りお
セヒラの値、急速に低下しました。
内田百間うちだひゃっけん
私はここに残り、
この人達に気付きを与える。
――いやぁ、お騒がせしました。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
またもや、内田百間うちだひゃっけん
なかなか隅に置けない文士だわ!
九頭くず幸則ゆきのり
妖怪騒動の張本人、
結局は怪人化をそそのかしただけ――
そうではないですか?
喪神もがみ梨央りお
記事を読んだ人が興味本位に、
哲学堂に集まり、そこで怪人化した、
そういうことですね?
九頭くず幸則ゆきのり
憎しみや怒りだけじゃない。
ちょっとした好奇心や、
心のりよう次第しだいで怪人化する――
喪神もがみ梨央りお
場所が哲学堂というのも、
意味があるように思います。
あそこ、普通じゃないです――
帆村ほむら魯公ろこう
そうだな。哲学堂は特別な場所。
元々、多くの思念の残留があるはず。
それらも勘定に入れないとな。
喪神もがみ梨央りお
それより幸則ゆきのりさん、
シベリア、私の分、ありますよね?
九頭くず幸則ゆきのり
あ、しまった……
喪神もがみ梨央りお
ずるい、自分たちだけ買い食いして!
帆村ほむら魯公ろこう
いやいや、
今日は遅くまでみなご苦労だった。
これから赤坂あかさかで晩飯をおごろう。
喪神もがみ梨央りお
やったー
じゃあ、私は……
天婦羅てんぷら! すき焼き!
九頭くず幸則ゆきのり
さっすが、先生!!
士官食堂の蘭亭らんていの仕出し弁当に、
いい加減飽きたところです!