第二章 第七話 増上寺の秘本

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
宮武みやたけ國風こくふうという明治の好事家こうずかがいる。
蟲粉むしこの研究でつとに有名だな。
先日、國風こくふうの残した手紙を読んだ。
鍛冶橋かじばしの古本屋で見つけたんだよ。
増上寺ぞうじょうじ稀覯本きこうぼんについての一篇だ。
喪神もがみ梨央りお
増上寺ぞうじょうじですか?
しばにある……
そこに珍しい本があるんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
國風こくふうこだわった蟲粉むしこは、
の原材料とも考えられておる。
まだ、解明、道半ばであるがな――
なるほど。國風こくふうが興味を持った本、
それが増上寺ぞうじょうじにあると言うのですね。
國風こくふうはカルマノヴィチ写本に、
後半生を捧げた――
蟲粉むしこの命名も國風こくふうの仕事だな。
喪神もがみ梨央りお
その写本に書かれている虫って、
実際にいるんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
いや、どうにも怪しいんだ。
学者によると写本の虫というのは、
どれも未発見だそうだ。
喪神もがみ梨央りお
それじゃ、妄想ですか?
写本の元になった本は、
どんな人が記したんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
ユルギス・カルマノヴィチだ。
リトアニアのキリスト教学者で、
古都トゥラカイの城で啓示けいじを受けた。
喪神もがみ梨央りお
虫についての啓示けいじなんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
原書名は、神の虫大全という。
神の恩寵おんちょうを受けた虫の総覧そうらんだよ。
帆村ほむら虹人こうじん
ああ、思い出したよ。
彼は六十八日間、一睡いっすいもしないで、
虫の名前を書きしるしたんだ。
帆村ほむら魯公ろこう
國風こくふうの手になるカルマノヴィチ写本、
セルパン堂に依頼してある。
帆村ほむら虹人こうじん
例によって欧州に渡ったんですね。
日本の文物ぶんぶつはみんな欧州に行く――
せめて増上寺ぞうじょうじの本は守りたい。
國風こくふうが興味を示した本とあらば、
これはもしかするともしかする。
僕は俄然がぜん興味がいたよ!
帆村ほむら魯公ろこう
講釈こうしゃくはこれくらいにしておこう。
ではさっそく増上寺ぞうじょうじだ、
よろしく頼むぞ。
帆村ほむら虹人こうじん
それと、アーネンエルベの動向、
このところ気になる。
尾行には用心するんだ。

芝増上寺大門しばぞうじょうじだいもん

しば増上寺ぞうじょうじ。松並木の広い参道の先に有名な大門が建つ。
並木に止まるカラスが風魔ふうまを見下ろしていた。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、セヒラ観測しました。
通常の波形とは違って、
ゆらぎがあります――
これまであまりなかった傾向です。
警戒して進んでください。

鬼龍きりゅう豪人たけと
喪神もがみ風魔ふうま
貴様、公務で来たのか?
増上寺ぞうじょうじの警護は、
我等の隊にたくされている。
特務の人間に用はないはずだ――
ここは思念のまりも多く、
怪人化する事象が多く報告される。
ここは我が隊の公務に任せてくれ。

【参拝の女性】
今日はやけにカラスが多くて、
なんだか気味が悪いわ。
いつもはこんな事ないのに……
ほら、あそこ。
何羽も集まっているのよ。
何かあったのかしらね……
今日はなんだか様子が変だし、
早めに帰るとするわ。

【参拝の老人】
ここは徳川の菩提寺ぼだいじじゃな。
中でも徳川家に降嫁こうかした、
皇女こうじょ和宮かずのみや様のお墓は人が絶えん。
去年、新聞の興亜日報こうあにっぽうが、
和宮かずのみや様の特集組んでから、
全国から参拝に来よるなぁ。

【参拝の男性】
何だかね、むしゃくしゃしてね、君!
相談所に行くとね、すっかり治った。
それで増上寺ぞうじょうじにでも行くかとね……
そんな気になったんだ、君!
ここには僕を勇気づけるものが、
きっとあるに違いないさ!!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
一帯のセヒラ反応
急激に増加してます!

《バトル》

【参拝の男性】
あんたも職場で四面楚歌しめんそかなのかい?
和宮かずのみや様はそんな中でもくじけず、
正室せいしつつとめを果たされたんだな!

その時大きな影が頭上を過った!

【カラス】
カァ……

カラスは地上に落とす不吉な影とともに、飛び去って行った。

増上寺そうじょうじ80代法主、青柳あおやぎ智叢ちそうから、寺に伝わる秘本を預かった。参謀本部からの通達がこうそうしたようだ。

芝増上寺境内しばぞうじょうじけいだい

帝大に向かうべく、増上寺ぞうじょうじの境内へ。
そこで風魔ふうまを迎えたのは、以前、セルパン堂で会った外国人であった。

【セルパン堂で会った外国人】
お会いするのは二度目ですかな?
――喪神もがみさん……

【ルドルフ・ユンカー】
――自己紹介、させてください。
私、ルドルフ・ユンカーです。
アーネンエルベ極東分局の所長です。
局長と言わないのですね……
日本語、随分慣れましたけれど、
依然いぜん、大変難しいです。
さて喪神もがみさん、あなたが持つ書物、
我々に貸してもらいましょう。
私は成果を求められています――
ヒムラー長官は焦っています。
神智しんちの領域にて力を及ぼすこと、
それが我々の目的です。
済みませんが、ここは力を用いて、
あなたのその書物を手に入れます。
それが最善の方法だと考えます!!

《バトル》

【ルドルフ・ユンカー】
――なるほど……
あなたの強さは力ではない、
そうなのですね……
まして怒りや憎しみでもない――
それらは微塵みじんもないとわかりました。
むしろ……楽しんでいる?
いやはや、不思議です……
ユリアが興味を持つはずですね……
またお会いしましょう、喪神もがみさん。
【着信 喪神もがみ梨央りお
周囲のセヒラ、低下しました。
何だか、一気に消えた感じです。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
よし、風魔ふうまよ、
その本を持って、帝大のつた博士の
研究室へ急いでくれ。
帝大の警護には、
虹人こうじんを向かわせている。
今のうちに博士に本を届けるんだ。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帝大キャンパスは静まり返っていた。
特高警察が監視を強化したためだ。
秘本は無事に博士に届けられた――

帆村ほむら魯公ろこう
せんな……
アーネンエルベのユンカー博士が、
何故、増上寺ぞうじょうじにいたのだ?
喪神もがみ梨央りお
やっぱり尾行されていた……
ってことですよね?
帆村ほむら魯公ろこう
そう考えるしか無いのだが……
ホムンクルスの尾行は無かった。
そうだな、虹人こうじん
帆村ほむら虹人こうじん
ええ、僕が風魔ふうまの後について
しっかり尾行を見張ってました。
途中ホムンクルスを発見し
僕が倒した後は、
一切尾行はなかったですね。
帆村ほむら魯公ろこう
ではどうやって風魔の動きを
探ったのか……
我々の知らぬ魔術か何かか?
帆村ほむら虹人こうじん
魔術か……さぐる……
ああ、そうだ!
使い魔ファミリアじゃないかな?
喪神もがみ梨央りお
何ですか? ファミリアって……
帆村ほむら魯公ろこう
使い魔だ……風魔ふうまも知っておろう?
本邦ほんぽうならば、陰陽師おんみょうじ使役しえきした
式神というやつだ。
帆村ほむら虹人こうじん
式神は小動物を使うことが多いが
鬼神を用いることもある。
使い魔は、だいたい小動物だな。
喪神もがみ梨央りお
あ、もしかして……
カラスじゃないですか?
帆村ほむら虹人こうじん
カラス……そういや多かったな。
喪神もがみ梨央りお
通信でカラスの声を
良く拾っていました。
ね? 兄さん気になってたでしょ?
帆村ほむら魯公ろこう
なるほど、そうか、カラスか……
自由に飛び、空からの監視も出来る。
こいつは厄介やっかいだぞ。
帆村ほむら虹人こうじん
カラスなら往来おうらいだけじゃなく、
家の中まで見通せそうだ――
庭の木に止まったりしてね。
喪神もがみ梨央りお
えええ? お風呂とか絶対に
窓閉めて入らなくちゃ!
開けとくと風が気持ち良いのに……
帆村ほむら虹人こうじん
えらい心配症なんだな、梨央りおは!
喪神もがみ梨央りお
当たり前です!
いくら近代人といっても、
恥じらいは大切です!
帆村ほむら魯公ろこう
ワハハハハ、違いない!
助兵衛すけべえなカラスには
気をつけるんだぞ、梨央りお