第三章 第十二話 品川宿三つ巴

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

怪人騒動に揺れる帝都も、風かおる季節を迎え、地下100メートルにある山王さんのう機関でさえ、さわやかな空気に満たされていた。

帆村ほむら魯公ろこう
欧州からゴエティアと思しき、
古書をたずさえ、ある人物が帰国した。
その情報、漏洩ろうえいのおそれがある。
人物というのは、つた博士とも
親睦しんぼくの深い実岡さねおか圭麻けいまという実業家だ。
省線しょうせん品川しながわに着くというので、
虹人こうじんを迎えにやったが、
品川しながわで問題が起きたようだ――
無線が途絶とだえて詳細はわからん。
場所は品川遊郭しながわゆうかくの近辺だ、
風魔ふうま至急しきゅう、向かってくれ!
喪神もがみ梨央りお
公務電車、生憎あいにくとらもんが混みます。
新橋しんばしまで下がり、一番の路線で、
品川しながわ駅前まで進めます。

品川遊郭街しながわゆうかくがい

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
金ノ七号帥士きんのしちごうすいしから連絡です!
迎えの車が襲撃されたそうです。
柴崎しばさきという人に助けられ、
金杉楼きんすぎろうという遊郭ゆうかくにいると――

【着信 帆村ほむら魯公ろこう
虹人こうじんの話だと、柴崎しばさきというのは、
例の外交官の柴崎しばさき氏だ。
前に会ったことがあるだろう。
【着信 喪神もがみ梨央りお
柴崎しばさき氏と合流してください。
不順なセヒラを観測します。
おそらくはホムンクルスと……
警戒けいかいしてください!
柴崎周しばさきあまね
おや、喪神もがみ風魔ふうま中尉ですね!
帆村ほむら虹人こうじんさんの支援においでに?

柴崎しばさきあまね――
独逸ドイツ国在勤帝国大使館の一等書記官である。
一月ほど前、颯爽さっそうと姿を見せたのであった。

柴崎周しばさきあまね
品川しながわ駅に知人を見送った帰りです。
タクシーに乗っていると、
道に転覆てんぷくした車がありまして――
降りて行くと、車には、
実岡さねおかさんが乗っておいででした。
――何者かに襲われたのだと……
車に同乗されていた方は、
帆村ほむら虹人こうじんと自己紹介されて――
軍属の方ということです。
それでわかったんですよ、
車を襲ったのは怪人に違いないと。
実岡さねおかさんとは旧知きゅうちでしてね。
哈爾浜ハルピンで古書を手に入れられ、
持ち帰ってこられたそうです。
皆さん、金杉楼きんすぎろうでお休みです。
ご一緒しましょう――
おや、どうされましたか、
喪神中尉――
急に立ち止まったりして。

【クルト・ヘーゲン】
ここで再会とはな、フーマ!
運命はよほど私達を、
わせたいらしいな。
柴崎周しばさきあまね
クルト君ではないですか!
――役者がそろいますね!
日本語、随分と達者になりました。
日本人教師でも付きましたか?
まさか、君が日本人から教わる、
そんなはずはないですよね!
【クルト・ヘーゲン】
黙れ! 無駄口を叩くな!
柴崎周しばさきあまね
ほう……
私は君に助言をほどこそうと、
そう考えていたのですがね。
ドイツの秘密結社では、
少しは名の知れた君が、
この異国ではじをかかないように――
ドイツは私にとり、
まさしく第二の故郷ですから、
ドイツ人にも愛着があるのですよ。
【クルト・ヘーゲン】
貴方は私を半分も知らない、
ドイツのことも何も知らない、
まったく無知のやからだ!
さぁ、私には急ぐ用がある。
邪魔じゃまをしないでもらえるかな。
――と言っても無理なようだ!

《バトル》

【クルト・ヘーゲン】
モガミ……フーマ……
貴様らより我々のほうが
先んじている、それを忘れるな!
柴崎周しばさきあまね
実にお見事です、喪神もがみ中尉!
喪神中尉のおさめられた、
帆村ほむら帰神きしん法ですか、
その術、まったく先端ですね!
クルト・ヘーゲンは、
トゥーレの館で鳴らした人物。
腕に覚えがあるはずです――
それを容易たやす退しりぞけるとは――
日本こそ先んじているのでは?
ああ、おしゃべりが過ぎました、
さぁ、参りましょう。
皆さん、お待ちですよ。

柴崎しばさきの案内で金杉楼きんすぎろうへ上がった。
実岡さねおか虹人こうじんの待つ部屋へ向かう途中で、悶着もんちゃくが起きていた――

品川遊郭しながわゆうかく

【男の声】
それは苦労して手に入れた書です。
返してください!
鬼龍きりゅう豪人たけと
この書は我が国、社稷しゃしょく安危あんき
左右する重要なものだ。
民間人が手にするものではない!

貴様! 喪神もがみ風魔ふうま
素早い出動だな。
――いや、そうでもないか!
アーネンエルベの襲撃、
予測できないなど、
さては焼きが回ったか、山王さんのう機関は!
柴崎周しばさきあまね
実岡さねおかさん、大丈夫ですか?
実岡さねおか圭麻けいま
はい、私は何ともありません。
しかし……くだんの古書が……
鬼龍きりゅう豪人たけと
悪いが、これはいただく。
我が第三連隊第九十九小隊、
玄理げんり派の中核、この書が必要だ。
古書の解読はしかと行う。
我々も部隊の増強中でね。
月詠つくよみ麗華れいか
許して下さいますか、風魔ふうまさま。
こんな形でお目にかかることを……
でも、どうしても知りたいのです!
私の中で目覚めつつあるもの、
それが何なのか知りたいのです。
――本当の私の力なのか……
豪人たけとさまに独逸ドイツ式召喚法を
見せていただきたくうたところ、
新しい召喚の書がいるんだと――
鬼龍きりゅう豪人たけと
できるだけ新しい召喚を、
披露ひろうしたくてね!
独逸ドイツ気質かたぎ伝染うつったかも知れん。
少尉!
熱心に演習にいそしんでいたな。
その成果を見せてやってくれ!
一五市にのまえごいち
それでは……特務中尉殿!
第九十九小隊で演習を重ねた、
召喚法をお目にかけます!

《バトル》

一五市にのまえごいち
何故なぜだ、何故なぜ通用しない?
東雲しののめ流に独逸ドイツ式召喚の合わせ技、
この我が流儀が、何故通用しない?

帆村ほむら虹人こうじん
金杉楼きんすぎろうは格式のあるところだと、
うかがいましたがね――
柴崎周しばさきあまね
帆村ほむらさん……
もう手当は終わりましたか。
帆村ほむら虹人こうじん
ええ、大したことはありません。
公務で外傷を負うことなど、
滅多めったにないのですが……
柴崎周しばさきあまね
さぞや激しい襲撃だったのでは?
帆村ほむら虹人こうじん
執事型のホムンクルスが二体です。
僕がいるとは想定外だったでしょう。
それで、古書の方は……
どうなりましたか?
――まさか……古書が?
柴崎周しばさきあまね
ええ、お察しの通りです。
鬼龍きりゅうなる軍人に奪われました。
ひきいる部隊に必要なのだとか――
帆村ほむら虹人こうじん
玄理げんり派か!
連中がここをぎつけるなんて。
しかも、早かった!
実岡さねおか圭麻けいま
帝大のつた博士に送った電報、
哈爾浜ハルピン発なのですが、
それがれたおそれがあります――
帆村ほむら虹人こうじん
アーネンエルベと玄理げんり派、
双方が監視をし合っていた、
そう考えるのが自然ですね。
柴崎周しばさきあまね
帝都における攻防戦、
その縮図を見るようで、
私はおおいに満足しましたよ!
帆村ほむら虹人こうじん
さすがは外交官ですね。
大所高所たいしょこうしょからお考えになるとは!
僕たちには無理ですね。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

実岡さねおか圭麻けいまの持ち帰った古書は、歩三玄理げんり派の鬼龍きりゅうに奪われてしまった。
問題は情報管理のまずさにあるようだ――

帆村ほむら魯公ろこう
つた博士の研究室には、
第八分課に繋がる電話がある。
専用電話を引いたのだ。
帆村ほむら虹人こうじん
今回、実岡さねおかさんは電報を……
軍事電報を使えるようにすべきです。
帆村ほむら魯公ろこう
そうだな、参謀本部にはかろう。
虹人こうじんによると、アーネンエルベと、
玄理げんり派、相互に監視していたという。
どちらかが先に電報を知った――
先に知ったのは、おそらく、
アーネンエルベだろうな。
連中、東アジアにも目を向けている。
西蔵チベット印度インドにもご執心と聞くぞ。
哈爾浜ハルピンにも人がいておかしくはない。
それに玄理げんり派は国外情勢にはうとい。
やつらは神頼みで何でもする、
そういう気質きしつだからな。
喪神もがみ梨央りお
隊長、柴崎しばさきと言う人はどうですか?
私、偶然とは思えないんです。
――それに……
あの時間、品川しながわを出る省線しょうせん電車、
三十分ほど空くんです。
人の見送りなんて変です!
帆村ほむら魯公ろこう
なるほど!
だが、氏の目的はさっぱりだな。
古書を狙っていたようでもないしな。
喪神もがみ梨央りお
麗華れいかさんですが、玄理げんり派で
修行をされることになるんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
独逸ドイツ仕込みの召喚術をか?
それを修行と呼ぶかは知らんが、
彼女なりの考えあってのことだろう。
喪神もがみ梨央りお
鈴代すずよさんからお茶の手ほどき
受けるうちに、霊異りょういを覚えるように
なったんっですよね。
鈴代さん、麗華さんのこと、
とても案じておいででしたよ。
それなのに鬼龍きりゅうから習うなんて……
帆村ほむら魯公ろこう
月詠つくよみ女史はわかりやすい方を選ぶ、
どうもそういう気がするのだよ。
彼女は現実的だよ。
玄理げんり派はアーネンエルベを
とりわけ敵視しているようにも――
だが、わしらは易々やすやすと勢力争いに、
巻き込まれるわけにはいかんのだ。
帝都の治安維持こそ我らが公務。
それを常に心掛けてくれ。
頼んだぞ。