第三章 第二話 幻影城

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

周防すおう彩女あやめ
喪神もがみさん! 喪神さん!
彩女あやめ、秘密基地に来ました!

山王さんのう機関に本部に高揚こうようした声が響く――声の主はセルパン堂店員、周防すおう彩女あやめだった。
周防彩女には怪人を引き付けるという、不思議な性質があった。
それは魯公ろこうでも明らかだった。
そんな彩女ゆえに、山王さんのう機関への出入りも許されているのだった。

周防すおう彩女あやめ
喪神さん、今日は彩女、
喪神さんをお誘いに来たのです。
喪神もがみ梨央りお
怪人情報はありませんが、
今日は定例の巡視パトロールがあると、
そう彩女さんに伝えたのですが……
周防すおう彩女あやめ
喪神さん、彩女の用事なら、
きっと、いらっしゃると思います。
それほど大事なことなんですわ!
――実は……
式部しきべ店長からたってのお願いで、
是非、喪神さんにと。
喪神もがみ梨央りお
彩女さん、それって、
公務になるような用事ですか?
周防すおう彩女あやめ
そう思いますわ!
彩女的にはとっても公務なのです!
喪神もがみ梨央りお
その用事、どんなことか、
わからないと……
周防すおう彩女あやめ
とっても内緒なのですわ!
――でも、少しだけなら……
――御本の関係なのですわ!
喪神もがみ梨央りお
御本?
――彩女さん、もしかして……
周防すおう彩女あやめ
口に出してはいけません!!
誰かに聞かれるかも知れませんわ!
帆村ほむら魯公ろこう
どうしたのかな?
――おや、周防さんですね、
ようこそおいでなさった!
あれから、怪人の方はどうですか?
依然いぜん、気配を感じますかな?

彩女は梨央りおに話した御本のこと、やや勿体もったいつけながら魯公にも伝えた。

帆村ほむら魯公ろこう
そうか! なるほど!
気に入ったぞ! それはよい――
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま、今日の任務、更新だ。
周防さんの要請ようせいに応える。
行き先は……セルパン堂ですかな?
周防すおう彩女あやめ
はい! そうであります!
お許しが出て、良かったです。
参りましょうか、喪神さん!

〔セルパンどう

周防すおう彩女あやめ
店長! 彩女あやめは無事戻りました。
喪神もがみさんもご一緒です!
式部丞しきべじょう
おお、喪神さんを!
よくやったね、彩女君!
喪神さん、お呼び立てしたみたいで、
かたじけない――
周防すおう彩女あやめ
ご公務の予定、変更されて、
御本のことがご公務になりました!
式部丞しきべじょう
でかしたね、彩女君!
あからさまに出来ない事情ゆえ、
申し訳ありません――
周防すおう彩女あやめ
店長においただき、
彩女、嬉しいいやら照れるやら、
複雑になりました!
式部丞しきべじょう
彩女君から聞いていますか。
是非ぜひともご同行願いたいところが
あるのですよ。
これから向かおうとするのは、
幻影城げんえいじょうというところです。
周防すおう彩女あやめ
幻影城げんえいじょう! 
それはお城ですの?
彩女もご一緒できますか?
式部丞しきべじょう
いや、私が出ることにする。
彩女君、君には店番を頼むよ。
変な客に要注意だよ。
周防すおう彩女あやめ
承知しょうちしました!
変なお客が来たら、
怪人呼んでやっつけてもらいます!
式部丞しきべじょう
ハハハ……
その意気、その意気!
周防すおう彩女あやめ
それで店長、
幻影城げんえいじょうって、どんなお城ですの?
式部丞しきべじょう
喪神さん、流行作家の江戸川えどがわ乱歩らんぽ
ご存知ですよね?
猟奇的、耽美たんび的、衒学げんがく的な作風は、
異世界の扉を開け、
私たちをいざなってくれる……
乱歩らんぽ先生は海外の猟奇小説や
探偵小説に造詣ぞうけいが深く、
また実に多くの資料をお持ちです。
それら膨大ぼうだいな資料を蔵に集め、
またそこに蟄居ちっきょし執筆されています。
その場所こそ幻影城げんえいじょうなのです――
以前、是非ぜひお目通しいただくべく、
幻影城げんえいじょうにゴエティアを届けました。
先生は十分満足されたそうです。
昨夜、先生から電話がありました。
ただこの電話というやつ、曲者くせものです。
情報のれる恐れもある――
何より予想より早かった――
今日は、ゴエティアの安全のため、
ご同行をお願いする次第です。
【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん、省線新宿しょうせんしんじゅくで鉄道連隊の
演習列車が待機しています。
新宿しんじゅくに向かってください。

喪神もがみ風魔ふうま式部丞しきべじょうは公務電車で新宿へ。そこから鉄道連隊の演習列車に乗り換え、省線池袋いけぶくろへと向かう行程である。

池袋駅前いけぶくろえきまえ

式部丞しきべじょう
どうしましたか、喪神もがみさん。
ここは省線池袋しょうせんいけぶくろ駅――
私の知る限り、市内に設置された、
探信儀たんしんぎの範囲外ですね。
勿論もちろん、無線は届くでしょうが……
気になることがあれば、
調べてください。
まだ時間はあります――

【文学青年】
池袋いけぶくろにも相談所ができるって、
そう聞いて来たんですが……
気配、ありませんね。
あれです、人生よろづ相談の
相談所ですよ。工科の友達も、
銀座ぎんざの相談所に通い詰めていますよ。

【文学少女】
先月の冒険青年、買いそびれたから、
求めに来たんです。
雑誌に面白い案内がありましたよ。
――毎朝放送、賢者ノ石……
どんな番組なんでしょうか?
さっそく、明日、聴いてみます!

式部丞しきべじょう
喪神もがみさん……
彩女あやめ君はなかなか活発でしょう。
彩女君は先端ガールなのでしょうか?
モダンガールや、さらに先端を行く、
シークガールというのもあります。
いやね、雑誌の受け売りですが――
実は彩女君、時に自失じしつするんです。
稀覯本きこうぼんの棚の前でよく――
我を忘れて茫然ぼうぜんとしていることが。
最初は眠いのかなと思ったのですが、
本人に尋ねると何も覚えていないと。
今朝も稀覯本きこうぼんのところで――
だから喪神さんのところへ
使いにったわけです。
表に出れば気分転換できますしね。

【猟奇趣味の男】
押し入れや屋根裏に潜むのが趣味、
そんな男の話ばかり書く作家が、
この辺に住んでるはずだ。
俺もな、いつも見られている、
そんな気がするんだ。
下宿先で、じっとしていると、
屋根裏に誰かが身を隠して、
俺のことを見るんだ!!

【猟奇趣味の男】
視線の感じる方を振り返り、
じっと見返してやる――
すると今度は別の方から、
俺のことを見る奴が現れる。
……ふひゃ~~
見るな、見るな、さてはお前なのか?
その目は、あああ、同じ目だぁ!!

《バトル》

【猟奇趣味の男】
もう冒険青年なんて雑誌、
読むのはそう……
式部丞しきべじょう
なるほど!
審神者さにわの戦いですね!
とくと拝見はいけんしました。

幻影城げんえいじょう

式部丞しきべじょう
さて、この土蔵が、
くだん幻影城げんえいじょうですよ!
――いやぁ、私も初めてです!

目前には堅牢けんろうそうな土蔵があった。
漆喰しっくい壁は黒っぽく塗られ、何者をも寄せ付けない力がみなぎっていた。
西池袋いけぶくろのこの土蔵こそ、幻影城げんえいじょうである。
江戸川えどがわ乱歩らんぽが所蔵する古今東西ここんとうざい
稀覯本きこうぼんの数々が収められているのだ。
当の乱歩らんぽも東京市内で転々ときょを移し、今ではこの幻影城げんえいじょう蟄居ちっきょして、執筆にいそしむ毎日であった――

式部丞しきべじょう
乱歩らんぽ先生はお留守でしょうか……
おかしいですね。
日程、示し合わせていたのに。
冒険青年二月号を使いました。
亜馬生アマゾンの勇者にしました。
その掲載ページが今日の日付です。

【メイド】
客、デスカ?
ドンナ、用デスカ?
式部丞しきべじょう
用って……
えーっと、君は……
ここのメイドさんですか?
【メイド】
先生は、イナイ――
先生は、イナイ――
式部丞しきべじょう
何だかに落ちないですね。
あの人間嫌いの乱歩らんぽ先生が、
君をメイドとしてやとったのですか?
【メイド】
…………
式部丞しきべじょう
気を付けてください、喪神もがみさん!
このメイドは偽物にせものです!
【メイド】
先生は、イナイ――
オマエモ、イナクナル!!
式部丞しきべじょう
こいつは……
ホムンクルスなのか?

《バトル》

式部丞しきべじょう
お見事ですね、喪神もがみさん。
ここは切り抜けました。
しかし……乱歩らんぽ先生の姿、
どこにも見当たりません。
――遅きにしっしたか!
これは推測ですが、
乱歩らんぽ先生はアーネンエルベに、
拉致らちされたのではないでしょうか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
今の音は……
もしかして交戦があったんですか?
お二人はご無事ですか?

梨央りおの無線に答える形で、式部丞しきべじょうは、江戸川えどがわ乱歩らんぽがアーネンエルベに拉致らちされたおそれがあると伝えた。

【着信 帆村ほむら魯公ろこう
式部君だな!
君の心配はよくわかった。
だが……
式部丞しきべじょう
アーネンエルベに乗り込むのは、
避けたほうがよいと――
もしや政治的な配慮はいりょですか?
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
賢察けんさつだ。競い合うのはよいが、
査察ささつのようなことはできない。
大使館は治外法権ちがいほうけんでもあるしな。
式部丞しきべじょう
特務機関が公務としては行えない、
そういうことですよね?
私はしがない古本屋の店主です。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
いや、そういうことではなく……
独逸ドイツを刺激するのは得策とくさくではない。
連中も腹を探られたくはないはず。
わしは止めたからな――
命令なく動けば擅権せんけんの罪となるぞ。
言うべきは言ったからな!
式部丞しきべじょう
喪神もがみさん、そういうことです。
大罪を犯して、独逸ドイツ大使館へ、
乗り込みますか!

二人は鉄道連隊の列車で渋谷しぶやに戻り公務電車で独逸ドイツ大使館のある三宅坂みやけざかへと向かった。