第三章 第三話 独逸大使館での攻防

江戸川えどがわ乱歩らんぽはアーネンエルベに拉致らちされた、その懸念けねん式部しきべ風魔ふうま独逸ドイツ大使館へと向かわせた。山王さんのう機関黙認の行動である。
公務電車は青山あおやま通を進んでいる――
その前を一台の車が走る。

式部丞しきべじょう
風魔さん!
前の車、あれじゃないですか?
大使館の公用車ですよ!
ほら!
公用車の後部座席!
あれは乱歩らんぽ先生に違いない!

青山街路あおやまがいろ

【着信 喪神もがみ梨央りお
強いセヒラ反応!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、気をつけてください!

式部丞しきべじょう
さては、私たちは、
待ち伏せにったみたいですね。

《バトル》

式部丞しきべじょう
この市電、古い型なのに、
すこぶる速いですね!
公用車を追いましょう!

独逸ドイツ大使館〕

式部しきべ風魔ふうま独逸ドイツ大使館に向かった。
そこには独逸ドイツ大使館公用車脇に立つ江戸川えどがわ乱歩らんぽその人がいた。

周防すおう彩女あやめ
式部店長!
彩女あやめは……
――ごめんなさい!
【金髪碧眼へきがんの男】
おっと、大事な人質ひとじちだ。
それも自分から飛び込んで来た!
武装SSの衛兵を尻目しりめにしてな。

江戸川えどがわ乱歩らんぽ
いやはや、どうしたものやら……

式部丞しきべじょう
貴殿はアーネンエルベの召喚師
クルト・ヘーゲンさんですね?

【クルト・ヘーゲン】
貴様、何故私を知っている?
一体、何者だ?
式部丞しきべじょう
四谷よつやはセルパン堂の店主、
式部丞しきべじょうです。不景気な古本屋ですが、
およぶところもありましてね。
さぁ、ヘーゲンさん、
彩女君を放してもらいませんか?
その子、周防すおう彩女あやめをです。
【クルト・ヘーゲン】
ゴエティアの書を渡してもらおう。
書斎しょさいから持って逃げるところ、
身柄を確保したからな!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
私としたことが……
気が動転してしまいました――
本は、ここに……
式部丞しきべじょう
乱歩先生!
ここは交渉すべきです。
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
本は車の中だ、座席の上だ。
持ち去るがいい――
【クルト・ヘーゲン】
流行作家とやらは飲み込みが早い。
そこのお前は、山王さんのう機関の者か――
審神者さにわ喪神もがみ風魔ふうまだな!
周防すおう彩女あやめ
乱歩らんぽ先生、いけませんわ!
彩女、彩女が早まったばかりに……
日本女性として美しくいさぎよく――
【クルト・ヘーゲン】
うるさい! 騒ぐな!
この極東フェノーストの島国に、何がある!!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
周防、彩女さん、と言いましたね。
さぁ、落ち着くんですよ、
今はそれが一番です。
周防すおう彩女あやめ
乱歩先生……
彩女のせいで大切な御本を――
ああ、御本を!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
本のことはもう忘れるんです。
本のことはね――
【クルト・ヘーゲン】
下がれ! 下がるんだ!
この忌々いまいましい国の忌々いまいましい連中めが!
私が去るまでここにいることだ。
ここはドイツ国大使館だ――
何故、武装SSの駐在武官がいない?

クルト・ヘーゲンは公用車に乗り大使公邸へと走り去った。

江戸川えどがわ乱歩らんぽ
周防彩女さん、もう大丈夫ですよ。
式部丞しきべじょう
彩女君……
よくぞここがわかったね!
周防すおう彩女あやめ
結局、彩女は何もできていません。
咄嗟とっさのことで……
あああ、申し訳ありません!!
彩女はもう……もう……
死んでおびを!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
そんなこと言ってはいけません、
死ぬなどと……そんなこと……
周防すおう彩女あやめ
彩女が死んでも、
何もなりませんか?
何にもならないのですか?
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
――死ぬことで何かがせる、
そのようなことはありませんよ。
死ねば無くなる、違いますかな?
さて、ここに長居は無用ですよ、
さっさと引き上げましょう。
式部丞しきべじょう
もしや……
もしやですね、なるほど。

幻影城げんえいじょう

周防すおう彩女あやめ
彩女あやめ、もう死ぬ元気もありません。
――消えてしまいそうですわ……
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
彩女さん、しっかりなさいな。
本は無事ですよ。
奪われてなどいませんよ。
周防すおう彩女あやめ
え? それは本当ですの?
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
本当も本当、大いに本当。
ほうら、これを……

そう言うと乱歩は、立派な革装丁の古書を差し出した。

周防すおう彩女あやめ
御本ですわ!
――奪われなかったんですね!!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
彩女さんがいなかったら、
私はあのまま連行されていました。
確実に本は奪われていたでしょう。
式部丞しきべじょう
確かに!
彩女君がいたから、車は停まった、
結果、本は守られた――
先生も堪能たんのうされたことでしょうから、
これから帝大に本格的な解読を、
お願いしようと思います。
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
しっかりやってください。
そいつはまったく、
奇書中の奇書でありますからな!
式部丞しきべじょう
さっきも聞いたけど、彩女君、
どうして独逸ドイツ大使館なんかに
行ったんだい?
周防すおう彩女あやめ
彩女、声が聞こえたんです。
それに導かれて、夢中で……
いつの間にかあそこにいました。
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
声が、ですか?
ほう、それは面白い、
いや実に面白い!!
式部丞しきべじょう
彩女君には、常人にはないものが、
あるようですね、いや本当に――
周防すおう彩女あやめ
よくわかりませんが、
彩女、お役に立てて
嬉しくなってきました!
式部丞しきべじょう
喪神もがみさん、せっかくなので、
私はここに少し残ります。
拝見はいけんしたいものもありますので。
周防すおう彩女あやめ
店長はここにみ着くんじゃ、
ありませんこと?

鉄道連隊の演習列車で新宿しんじゅくへ戻り、公務電車で彩女をセルパン堂へ送り届け、山王さんのう機関へ帰還することになった――