第三章 第四話 目黒権之助坂の怪物

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

風もなく穏やかな日であった。
このような日であっても、セヒラは人を狙う。邪心も、悪意も、ときには苦しみでさえも――

帆村ほむら魯公ろこう
乱歩らんぽ先生のゴエティア、
無事で何よりだったな。
の質と量の向上、
これからに備えて火急の事案だ。
まだ偽典ぎてんはあるはずだ――
喪神もがみ梨央りお
隊長、兄さん、報告が来ました。
第八分課からですが――
ちょっと変なんです。
いつもの怪人じゃなくで、
怪物を見たと……
市民からの通報だそうです。
帆村ほむら魯公ろこう
怪物を見ただと?
何だ、そりゃ?
まさかが出たとかじゃないだろ?
喪神もがみ梨央りお
通報したのは普通の市民ですから……
場所は目黒めぐろの方ですが、
セヒラは確かに観測しています。
帆村ほむら魯公ろこう
よし、念のためだ、風魔ふうま
目黒めぐろに向かってくれ!
喪神もがみ梨央りお
公務電車は赤羽橋あかばねばしまで下って、
五番の路線で省線目黒しょうせんめぐろです。
大崎おおさきの三探で探信たんしんを続けます。

〔目黒権之助坂ごんのすけざか

目黒権之助坂めぐろごんのすけざか
省線目黒しょうせんめぐろ駅から目黒川めぐろがわかる目黒新橋めぐろしんばしまでおよそ400メートルの坂である。

【怯える女性】
参謀本部に電話したのは私です。
――誰かが、あれは怪人じゃない、
怪物だって叫んでいましたから。
何でも怪人が成長すると、
怪物になるって……
それは本当なんですか?

【隠居老人】
まったくだらしがない!
政治が腐敗しておるから、
怪人騒動などを招くのじゃ!
軍部もたるんでおる!
怪人などぶっ飛ばすくらいの、
益荒男ますらおはおらんのか!

【倒れている青年】
……ううう……腰が……抜けた……
今の奴は怪物に違いない……
怪人なら知ってる、前に銀座ぎんざで見た、
怪人は目付きがおかしい、
動きも変だ、けど、今の奴みたいに
異様な雰囲気はないんだ――
猟奇グラフに読者の投稿があって、
怪人、けるに怪物とすって……
そういうのがあったから……
だから、今の奴、怪物だよ、
僕はひらめいたんだ……
ううう……力が……入らない……

【本郷の青年】
フヘヘヘヘヘ~
僕は、完成したのか?
――なぁ、そうなのか……
あれは先週のことだ――
本郷ほんごうの下宿にあの男が来た、
そして言ったんだ――
死のうとする気持ちはわかるが、
もう君は死ねなくなった、とね。
――僕には意味がわからなかった。
すると男は笑いながら続けたんだ。
試しに飲んでみれば、と。
カルモチンのびんを指差してね!
僕がカルモチンじょうを買ったのを、
あいつは知っていたんだ!
まだふうを開けていないこともね!
男が下宿をるやいなや、
僕は飲んだよ! 
死ねないはずないだろうって!
飲んでから三日三晩、苦しんだよ。
水も飲めずにうなり続けた――
でもね、死ななかった!

目黒川めぐろがわ川原かわら

【本郷の青年】
さっきから僕をけるのは、
アンタだな? 
下宿に来た男の仲間だろ!
【陰気な男性】
君はカルモチンを飲んで、苦しんだ。
そのことで恨んだりするかね?
【本郷の青年】
恨み? 三日苦しんだ恨みか?
そんなのはない!
生まれ変わった気分だ!
【陰気な男性】
激しい苦しみにのたうちまわり、
君はとっとと魂を手放した。
そうじゃないかね?
その瞬間、君はわずかな自分を残し、
あとの全てをに明け渡したのだ。
君のほとんどはが支配している!
【本郷の青年】
そう思うかい?
ほとんどを、支配する?
違うね、全部をだ!!
【陰気な男性】
うっ……
君の全部を……が……
支配するのか?
何故、そんなことになった?
君は、何をしたんだ?
【本郷の青年】
教えてやろう!
僕はカルモチンを飲んだ、
だがな、一びんじゃない、二びんなんだ!

《バトル》

【着信 帆村ほむら魯公ろこう
そいつは薄皮一枚残して、
に支配されておるようだ。
普通のきとは違うぞ!
見たこともない波形が出ている、
注意してかかるんだ!

【本郷の青年】
どうした……
これまでと違う感じだ……
何故だ! 僕が……消えるのか?

山王機関本部さんのうきかんほんぶ
喪神もがみ梨央りお
目黒めぐろの件、隊長が報告書を……
中身がほとんどだなんて、
これまでにない例です。
この件で、新山にいやまさんもゼットー博士も
物凄く張り切っていらっしゃいます。
同じ波形が記録に残っていたとか。
目黒めぐろの怪物、あ、いや、怪人のと
同じ波形だそうですよ。
今、場所を特定中とか――
帆村ほむら魯公ろこう
かれるや否や、
に魂をわれると、
人由来のが生まれるようだ。
苦しみや憎しみが激しく、
またかれてからの時間が短いほど、
人由来のは生まれやすい――
人に由来する、うむ、つまりは人籟じんらい
この手の人籟じんらいと名付ける。
人由来だけに扱いが容易だ――
何者かが人籟じんらいを作ろうと、
計画を進めているようだ。
少しの間、留守にする。後を頼むぞ。
喪神もがみ梨央りお
は、はい!
隊長がここを離れるなんて、
一体、何をお考えのことやら。
かれてすぐに魂を奪われる、
それで人籟じんらいができるんですね。
さっきの怪人は、身も心もを
奪われていたんですね――
見た目は人だったんでしょう?
そうか、人の薄皮一枚へだてて、
その下は全部だったんですね!
確かに怪物です。
なんだか怪人が、
普通に思えてきちゃいました……
事態は悪くなる一方ですね――

帆村ほむら魯公ろこうが出て行った山王さんのう機関本部に重い空気が垂れ込めた。