第三章 第五話 高輪延吉の魔獣

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

人に憑依ひょういするやいなや、その魂を吸って誕生するのが人籟じんらいである。
この件、報告は参謀本部にまで上がり関係者多くの知るところとなった。

喪神もがみ梨央りお
隊長から電話がありました。
ずっと、参謀本部に缶詰かんづめだそうです。
京都から人が来るとかで、特急つばめ号の到着時間を知りたいと……
新山にいやまさんもですよ――
探信室たんしんしつもりっきりです。
――余程よほどのことですよね……
新山眞にいやままこと
これは、喪神もがみさん!
やっとつかめましたよ。
人籟じんらいの波形の軌跡から、
帝都満洲に繋がりました。
ちょうど帝都の高輪たかなわあたりです。
喪神もがみ梨央りお
高輪たかなわ、ですね――
それでは、また新しい何かが、
もたらされるのでしょうか?
新山眞にいやままこと
もしかすると、人籟じんらいが、
帝都満洲に彷徨さまよい込んだのかも……
喪神さんの調査が必要ですね。
喪神もがみ梨央りお
帝都の高輪たかなわ……青山新京シンキョウの南東です。満鉄の路線図からすると……
延吉エンキツです! 高輪たかなわ延吉エンキツ高輪たかなわ延吉エンキツ
新山眞にいやままこと
巡視パトロールに出られるなら、もう大丈夫、
ゲートは安定していますよ。
喪神もがみ梨央りお
帝都満洲のこと、
解明が進んできましたが、
くれぐれもお気を付けて。

赤坂哈爾浜ハルピンから先、帝都満洲鉄道は南西方向へと延伸していた。
その先には高輪たかなわ延吉エンキツがある――

【満鉄車掌】
当列車、帝都満洲鉄道あじあ号、
発車しようにもできません。
また邪魔が入っています――
どうやら帝都から逃げてきた思念が、
一塊ひとかたまりになっているようなんです。
――新興宗教から逃げたそうです。
それは聖日信教せいじつしんきょうという宗教で、
そういえば沙汰さたがあり教祖が逃げた、
そんな話も伝わります。
新しい指導者が、信者に死ぬことを、
強要しているとかなんです。
それで自失じしつした信者の思念が、
ここにやってきているようです。
そのかたまりが、邪魔をするのです――

時空じくう狭間はざま

そこには力がみなぎっていた。
しかし、どこに向かうのでもない力だ。
ただその場で渦巻うずまき、来るものをこばんでいた。

【着信 新山眞にいやままこと
そこは……どこですか?
……無線が通じにくいよ……
……です……

ゲートの状態こそ安定していたが、帝都満洲、中でも時空の狭間はざまは、無線通信に障害を生じているようだった――

【元信者Fアストラル】
いつの間に聖日信教せいじつしんきょうは、自殺をそそのかすのが教えとなったのか……
私には付いていけません。
雑貨商のSは熱心な信者で、
毎晩のように誘いに来るのです。
もう嫌だと怒鳴ったらここへ……
【元信者の根塊こんかいアストラル】
あなたは信者ではないですね!
賢明けんめいです、私たちは逃げました。
――でも、これ以上進めません。
この先には何かがいる……
私たちはここを防ぐ!
ここを退くわけにはいかないんだ!!

《バトル》

【元信者の根塊アストラル】
私たちを元に戻さないでくれ……
ああ、だめだ、奴らのもとには、
戻りたくない!!
【満鉄車掌】
消えた……
でもこの先に何があるのでしょうか。
ひとまず出発します!

〔高輪延吉エンキツ・南東〕

高輪たかなわ延吉エンキツ――
帝都満洲鉄道は新たな駅に到着した。
無線機の調子が悪いのか、本部からの司令は届かなかった。
帝都満洲の様子は本部に伝わっているようだ。

【元信者Aアストラル】
せっかく逃げてきたのに――
こいつに食べられてしまいそうです。
こいつは、魔獣です!
私に行く場所はないのか!
のっぴきならない状況です!

【元信者Kアストラル】
死ぬ瞬間、命が極大化きょくだいかする……
意味不明です、聖日せいじつの教えは!
深酔いして目覚めたらここにいた……
ここは恐ろしいところです。
そこに立つのは人間じゃない!
思念でもない! 化物バケモノです!

【元信者Eアストラル】
どこに逃げても、逃げきれない!
あああ、そいつは聖日せいじつからの使いか?
――俺を、食おうとしている……
わかるんだ、感じるんだ!
あんた、生身なまみの人間だな!
なんとかしてくれ、
そいつを追い払ってくれ!

【バール】
邪魔者が消えてよかったな!
ここは高輪たかなわ延吉エンキツという街だにゃ。
逃げ込んだ信者がまだいるにゃ!
みんなおびえているにゃよ!
この先にいる奴……毛色けいろが違うにゃ。
さっき魔獣という声がしたけどにゃ、
人でもなく、アストラルでもない、
にゃんかそんな奴だにゃ!
【バールの帽子】
お前の世界から来た魔獣とやらに、
片っ端からわれてるゲロ!
アストラルがわれてるゲロよ!
【バールの帽子背後】
あれは人間に見えるが、
中身は別モンじゃ。
に魂をい尽くされておる。
【バール】
あと少しで人籟じんらいになる、
その一歩手前の状態だにゃ。
とっとと取り除くにゃ!

【元被験者イ】
あなたも身体をお持ちだ……
私と同類ですか?
私は休暇で帰っていました――
銀座ぎんざ雑踏ざっとうを歩いている夜、
突然、車で拉致らちされたのです。
着いた先が防疫ぼうえき研究所でした。
連中は私の性癖に注目しました。
夜な夜な、女の姿で往来おうらいを歩き、
活動キネマを見たりする癖です。

【元被験者イ】
ある日、古着屋で小紋こもんをあしらった
女物のあわせを見て、あのしっとりした
重い冷たい布に肉体を包みたい、
その衝動にあらがえず、小紋縮緬ちりめんあわせ友禅ゆうぜんの長襦袢じゅばん縮緬ちりめん羽織はおりまで求め、部屋でそれらをまといました――
血管の中を女の血が流れるようで、
表に出ると、見慣れた街がまったく
新鮮に見えたものです――

私のこの暗い妄想がこんなにも
力を持つなんて、すごいことです!
――連中はよくしてくれていますよ。
私の性癖は益々ますます拡大しています。
もう自分だけでは収まりません!
あなたの遺骸いがい長襦袢ながじゅばんを着せますよ!!

《バトル》

【元被験者イ】
女の皮膚ひふが味わうと同等の触感……
その頽廃たいはいした感覚は古い葡萄酒ぶどうしゅ
よいのように魂をそそる――
ぐっ……魂……
私の魂が……夜気に揮発きはつする……
うぐっ……

古着屋に
女の着物が並んでゐる
売つた女の心が並んでゐる

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、ご無事でしたね!
高輪たかなわ延吉エンキツでの様子、
ちゃんと記録されていますよ。
銀河ぎんがゼットー】
あの人物、に突き動かされ、
アストラルをっていたようだな!
危うく君もわれるところだった!
喪神もがみ梨央りお
博士! 兄さんは命からがら、
戻ってきたのですよ!
銀河ぎんがゼットー】
おーほほ、そうであった!
しかし防疫ぼうえき研、あなどれんな!
もろきものをえさにするなど!
そうして生まれる人籟じんらい
これはどうやら、凡人ぼんじんでも扱える、
そういう特性があるようだ。
そうなると審神者さにわも召喚師も不要。
修行なくしてを扱えるかもだ。
――先行きが大いに危惧きぐされるな!
喪神もがみ梨央りお
に魂を吸わせるなんて、
まるで人体実験です。
――残酷過ぎます!
虹人こうじんさん、兄さんの戻るのを待たず
防疫ぼうえき研究所の様子を見に……
防疫ぼうえき研究所って国立こくりつですよね。
参謀本部でも混乱しているとか。
もう少し調査が必要なようです。