第四章 第一話 銀座の純喫茶

太陽が双児宮そうじきゅうに入り、緑はいよいよ輝き帝都はきたる夏の気配に沸き立つようであった。
山王さんのう機関、玄理げんり派、アーネンエルベ、その三つどもえ戦において激しさを増す。怪人騒動、相変わらず市中を賑やかせていた。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
歩三の玄理派げんりはと対立を深めると、
国益を損ないかねない。
鬼龍きりゅうと和解の道は探れないものか……
喪神もがみ梨央りお
あんな奴と和解だなんて
金輪際こんりんざいあり得ません!
帆村ほむら魯公ろこう
梨央りおは鬼龍大尉のことが、
よほど気に入らないと見えるな!
そこへ山王さんのう機関の職員が、
一通の封筒を持ってやってきた。
宛先に風魔ふうまの名があった――
帆村ほむら魯公ろこう
今度は何だ、封筒か?
差出人は――
喪神もがみ梨央りお
書いてません!
――中に便箋びんせんがあります……
これは……
地図みたいです……
――どこでしょうか?
帆村ほむら虹人こうじん
橋があって、この丸い建物は……
随分ずいぶんと特徴的だよね。
僕には日劇に見えるよ。
喪神もがみ梨央りお
日劇……ですか?
――そういえば丸いですね……
帆村ほむら魯公ろこう
この丸いのが日劇なら、
橋は数寄屋橋すきやばしか……外堀にかる……
虹人こうじんはそう言いたいんだな?
帆村ほむら虹人こうじん
だって、ほら!
この封筒、MUSIKムジーク製です、
商標が音楽、マークが音符ですよ!
喪神もがみ梨央りお
そうか! 音楽!
来年、日劇はダンシングチームを、
結成するんだそうです!
帆村ほむら魯公ろこう
どう思う、みんな?
これは匿名とくめいの通報なのか?
それとも誘いか、あるいはわなか――
喪神もがみ梨央りお
――ユリアさんでは……
あまり自由にならないと、
おっしゃっていましたから。
帆村ほむら魯公ろこう
その可能性もあるな。
よし、風魔、日劇だ。
虹人こうじんは例によって――
帆村ほむら虹人こうじん
わかっています、
少し離れて監視を行います。
浜離宮はまりきゅうの時の要領でね。
喪神もがみ梨央りお
公務電車は新橋しんばし駅北口までくだり、
数寄屋すきや橋に停車させますね。
帆村ほむら魯公ろこう
相手がユリア女史じょしなら、
アーネンエルベと水面下での、
協力について話ができるだろう。

銀座日劇前ぎんざにちげきまえ

週末の日劇前。普段とは異なり、浮足うきあし立つような空気が支配的であった。

中之島歌劇団なかのしまかげきだんファンの女性】
日劇は劇場に鞍替くらがえだとか。
今、霧の街がかかっていますね。
近くには中之島なかのしま劇場も出来ましたね!
去年のこけら落とし公演、
抽選に漏れちゃったの……
残念でなりません。

【レビュー好き学生】
活動キネマ有楽座ゆうらくざもできて、
この辺りはエンターテーメントの街に
なりつつありますね!
もっとも、本場は浅草あさくさですがね。
帝国少女歌劇団、あれには、
中之島なかのしま歌劇団もかないませんよ!
中之島なかのしまにはアキタイのような、
ヒロインがいませんからね!
中之島歌劇団なかのしまかげきだんファンの女性】
そうれはどうかな?
中之島なかのしまは団員の層が厚い!
どんなもよおものも平気だよ!
【レビュー好き学生】
帝少の初々ういういしさが、
エンターテーメントの真髄しんずいです!
中之島歌劇団なかのしまかげきだんファンの女性】
中之島なかのしまの大人の女の魅力こそ、
万国に通じる興業こうぎょうの美学だ!

それぞれのファンの思いは、尽きることを知らないようであった――

【熱烈な中之島ファン】
わてのテフはん……
あんたのこと思ぅてな
東京、来てもうたで。
テフはんゆうのはな、
花組の手塚てづか史絵ふみえはんのことや!
わてはな、ねき寄りたい一心やねん。
――テフはんはな、
かいらしだけちゃいます。
芝居の方かてよろしいねん!!
テフはんはな、東京のお方はんや。
けどなぁ、そんなことかましまへん。
わいのチフはんでいてくれるんや。
そやのに……
テフはん、今や大スタアや!
押しも押されぬ大スタア!!
――もうな、わいのテフはんや
のうなってしもた……
そう思うとなんや寂しゅうてな……
心にな、なんやスースー、
風吹きよりますねん。

【熱烈な中之島ファン】
テフはん、家な、芝なんやて。
こっから芝は近いんでっしゃろ?
わてな、テフはんのねき寄りたいしな
さんじますわ。
――はぁん? あかんのか?
なんで、あかんのん?

《バトル》

【熱烈な中之島ファン】
別情べっちょーないわー!!
――あああ、あかん、あかん……
わて、もうあかんわ……
かんにんしてや、テフはん……
【メイドホムンクルス】
フーマ、お嬢様が
会ってくださる。
喜べ。
ついて来い。

銀座四丁目ぎんざよんちょうめ

ホムンクルスの少女に付いて行くと、そこにはユリアが待っていた。

【着信 帆村ほむら虹人こうじん
こちら金ノ七号帥士きんのしちごうすいし
ホムンクルスを感知した。
やや距離を開けて観測を続ける。
【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
この街だとわかりましたか!
実はユンカー博士の指示で、
今日は参ったのです――
局長は少し恥じ入っていました。
フーマ達をうたぐるような真似まねをしたと。
博士は、私たちが協力できれば、
もっと成果は上がる、
そう考えているようなのです。
分局にいるクルト・ヘーゲン、
彼は一切いっさい貸す耳を持たないのです。
彼は世界のすべてを憎んでいます。
ここでの話は、ヘーゲンの耳に
入らないようにしないといけません。
私は協力をお願いする理由――
もうひとつ、あります……
それは……

フーマの瞳……
黒曜石こくようせきの美しさ……
フーマ……
スズヨさんはリーブハーバー……

――しましょう……
日本とドイツとでは事情が違います。
今日のこと、検討してください。
また近いうちに、
お会いできると思います。
――さようなら……

ユリア・クラウフマン――
金髪碧眼きんぱつへきがん麗人れいじんは微笑みを残し、
銀座の町中へと姿を消した。

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん……
今の方、ユリアさん……

特に示し合わせたわけではなく、如月きさらぎ鈴代すずよが銀座の街角にいた。
彼女は何かを感じ取っているのだろうか――

如月きさらぎ鈴代すずよ
本当にお綺麗な方ですわね。
【着信 喪神もがみ梨央りお
鈴代さん、どうしてそこに?
如月きさらぎ鈴代すずよ
ちょっと申し上げにくいのですが……
私、純喫茶がどういうところか、
気になり始めたらもう止まなくて……
このところの流行はやりですのよ。
ウフフフ……
今月号の帝都グラフにありましたわ。

――時をむ近代人――
――純喫茶の弾みは、
昼間でも猜疑逡巡さいぎしゅんじゅんすることなく、
令嬢のサービスを満喫できること……
――インテリ女性の一枚も加われば、
活動キネマに文学にと話は尽きず、
学生さんの贔屓ひいきなる所以ゆえん――

楽しそうじゃないですの!
でも一人じゃ入りづらいし……
そう思ってうろうろしていたら、
風魔さんに会いましたの。
――今からご一緒いただきます。

二人は連れ立って銀座を歩き、目に付いた純喫茶に入ることになった。
その店は、純喫茶青蘭せいらんという――

〔純喫茶青蘭せいらん

【女給雪子】
いらっしゃいませ、青蘭せいらんへ。
お席にご案内いたしましょうか?

店の中は以外に広く、客や女給が談笑している。
静かに音楽も流れているようだが、聞き取れなかった。

【女給雪子】
どなたかをお待ち合わせかしら?
――ごゆっくりしていらっしゃいね。
あら、お二方はお似合いね――
許婚者フィアンセどうしのお二人かしら?
青蘭せいらんはこの春に開いたばかり。
純喫茶だから学生さんとかも、
気軽に来られるのよ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
カフェーとは違うんですね。
【女給雪子】
もう、全然!
でもたまに勘違いするお客もいて。
まぁ仕方ないわよね。
如月きさらぎ鈴代すずよ
ねぇ、風魔ふうまさん……
こちらのお店の女給さんは……
……私、場違いじゃ無いですよね?
お店の中に女性のお客さん、
他にいらっしゃらないし――
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノくろの……八号はちごう……
兄さん、今、どちらにおいでですか?

ドアが開き、一人の客が入ってきた。
店には馴れた様子でツカツカと店内へ進む。
客を迎える女給たちの声が響く。

【女給雪子】
あら、ユキさま!
すっかりご無沙汰ぶさたね!
【聞き覚えのある声】
アハハ、いろいろあってな。
たまには鶴ちゃんと話でもしながら、
ソーダ水、飲もうかなと。
【女給雪子】
まぁ、お上手ね~
それじゃユキさん、ソーダ水ね。
アタシも頂いていいかしら?
如月きさらぎ鈴代すずよ
まさか、ユキさまって……
九頭くず幸則ゆきのり
おやおや、これは奇遇きぐうだね!
二人もこの店の?
如月きさらぎ鈴代すずよ
幸則ゆきのりさん……
どうして、ここへ?
九頭くず幸則ゆきのり
そちらこそ、どうしたんだい?
風魔は公務じゃないのか?
如月きさらぎ鈴代すずよ
さっき、銀座の道でばったり――
私、純喫茶に興味があって。
ほら、雑誌でも紹介していますよ。
九頭くず幸則ゆきのり
最近の流行りだしな。
カフェーは、どこか健康じゃない。
曖昧屋あいまいやみたいにもなってるし……
如月きさらぎ鈴代すずよ
何ですの、その曖昧屋あいまいやって?
九頭くず幸則ゆきのり
普通の料理屋に見せかけて
売笑婦ばいしょうふが出入りする、そういう店さ。
どっちつかずで曖昧屋あいまいや――
純喫茶なら珈琲コーヒーや軽食を楽しみ、
仲間で来ては活動キネマや文学談義にも
花を咲かせられる――
如月きさらぎ鈴代すずよ
それに女給さんも、でしょ?
九頭くず幸則ゆきのり
目の保養にはなるよな!
俺なんかは、まぁ、帝国臣民しんみんの、
暮らしぶりを調査してだな――

何やら騒ぎが持ち上がっている――

【女給雪子】
嫌、お客様、およしになって!!
どうか堪忍かんにんしてください。
【客の声】
何だと! 俺は毎日通ってるんだ。
少しは良い目を見せろと言ってる
だけだ!
【女給雪子】
大声を上げないでください!
九頭くず幸則ゆきのり
おい! 貴様!
止せ! 止さないか!!
【客の声】
いいだろ、雪子!
お高く止まってるんじゃない!

騒ぐ客の元へ九頭くずが近付くも、将校の制服にひるむことなく男はなおわめき続けた。

【女給雪子】
お願いです、堪忍かんにんしてください。

【女給鶴子】
ちょっとあんた、いい加減におしよ!
うちはそこまでの店じゃないんだ。

九頭くず幸則ゆきのり
貴様、嫌がってるだろ!
止めないか。

わめく男】
うるせぇ!
お前らは関係ねぇだろ!
引っ込んでろ!!

わめく男】
俺はな、変わったんだ!
銀座幻燈会げんとうえに行ってからな!
もう今までの俺とは違うんだ!
やりたいことをやりたい時に!
そうだよ、それで人生の道がひらく。
ウハハハハ、俺は、今やるんだ!!

《バトル》

わめく男】
うげげ……グプッ……
あああ、さっき食った天婦羅てんぷらが……
【女給鶴子】
あら! ユキさま!
ユキさまがにらみつけただけで、
あの狼藉者ろうぜきものは……
さすがですわ!
帝国陸軍将校さま!
【そのほかの女給たち】
ユキさま、お強いですこと!
九頭くず幸則ゆきのり
ま、そういうわけだ風魔ふうま
【女給幸子】
ユキさま、私、幸子です。
覚えておいでですか?
珈琲コーヒーでも飲みましょう!
如月きさらぎ鈴代すずよ
幸則ゆきのりさん、
私たちはここで失礼します。
ごゆっくりなさってください。

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん……
さっきの怪人、気になることを。
銀座幻燈会げんとうえ――
そういうもよおしがあったんでしょうか。
そのもよおしでそそのかされて怪人になった、
十分に考えられます――
【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん、セヒラ観測する前に、
戦いになったみたいですね。
怪人化、ものすごい速さでした。
怪人の成り立ち、これまでとは
違う気がします――
鈴代すずよさんをご自宅にお送りください。