第四章 第十話 自潤会アパートの怪人

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

震災からの復興により明治時代のよそおいを新たにしつつある帝都・大東京市だいとうきょうし
西洋式にリビングやダイニングをそなえた、アパートメントはその代表格である。そこにある近代生活モダンライフは東京市民のあこがれである。そんな近代生活の象徴でさえ、怪人騒動とは無関係でいられなかった。

九頭くず幸則ゆきのり
麻布あざぶ連隊司令区に用があってな、
その後、渋谷に向かって、
歩いていたんだ――
喪神もがみ梨央りお
そしたら、怪人に襲われた、
そうなんでしょ、中尉?
――それでお怪我けがは……
九頭くず幸則ゆきのり
ああ、いきなりな!
はたして怪人なんだか……
小難しいこと、叫んでたよ。
アナーキストのようでもあった。
でも怪人だよな、きっと。
自潤会じじゅんかいアパートメントの近くだ。
喪神もがみ梨央りお
自潤会じじゅんかいアパートなんですか?
あそこって、芸術家や作家とか、
先進の生活する人ばっかりでしょ?
九頭くず幸則ゆきのり
先進ねぇ……
それも過ぎると、落ち着かないよ。
新山眞にいやままこと
先取せんしゅの精神を発揮せよ!
それが帝国陸軍なのでは?
先進のもお得意でしょう。

のっそりと姿を見せたのは、新山眞にいやままことである。飯倉いいくら技研の軍属にしてセヒラ研究の一人者。ほぼ山王さんのう機関に入りびたっていると言ってよい。

九頭くず幸則ゆきのり
そういう新山にいやまさんは、
もうすっかり山王さんのうの一員ですね。
新山眞にいやままこと
うほん、えーっとですね……
――中尉が襲われた付近ですが、
奇妙な波形を観測します。
喪神もがみ梨央りお
奇妙な波形ですか――
モダンアパートメントに現る怪人、
はたして如何いかなる存在であるか!?
九頭くず幸則ゆきのり
自潤会じじゅんかいにはプロレタリアートや、
アナーキストの連中も巣食うらしい。
それじゃ怪人の巣窟そうくつなのか?
新山眞にいやままこと
何だか気になりますね――
どうでしょうか、
私も、同行しましょうか。
今、出ている波形、
少し気になるのです。
もう少しくわしく調べるためにも、
きちんとした値を取っておきたくて。
九頭くず幸則ゆきのり
だったら、俺も一緒にいく!
怪人のいた場所、案内するよ――
イテテテテ~
喪神もがみ梨央りお
幸則さんはじっとしていてください。
かえって足手纏あしでまといになりますよ!
九頭くず幸則ゆきのり
クゥゥ~
俺は怪人にやられっぱなしだな!

青山街路あおやまがいろ

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
新山にいやまさんの……
には……充分……ちゅ……
……てくださ………
も……し……ま……すか?
新山眞にいやままこと
通信状況が良くありません。
もしや、おかしな波形と、
関係しているかも知れませんね。
携行式けいこうしき探信儀たんしんぎは問題ないようです。
本部の誘導はありませんが、
なんとか切り抜けましょう!

【穏健派M】
我が文民社ぶんみんしゃの活動も第三期です。
帝大の連中とはたもとを分かち、
今、新文民社しんぶんみんしゃ旗揚はたあげです!
葛木かつらぎ素朴そぼく先生の遺志いしを正しく
継承するのは我々の方です。
帝大の連中はまだ青いんです。

【急進派S】
新文民社しんぶんみんしゃはこの近所だろ!
韮山にらやま儀礼ぎらいなる人物が勝手に新派を!
だんじて許せない!
帝大生もまだゆるいのだ!
アナーキストはもっと激しく、
国家と戦うべきなだ!

【急進派H】
秋毫ノ異しゅうごうのいの最新号読んだけどさ、
話せば分かる派を作るだって?
それが新文民社しんぶんみんしゃだって?
話してもダメだからアナーキズム、
それがあるんでしょ?
兄はね、赤門あかもん出版会の長老なの――
新山眞にいやままこと
喪神もがみさん、私の探信儀たんしんぎ
反応しています――
この人、もしかすると……
【急進派H】
帝大法科の八年生!
ねぇ、何年大学行ってるの!
家のことみんなアタシがやるのよ!!

【急進派H】
――アタシが言いたいのはね、
生ぬるいことはダメってことよ!
あんたたちもわかってんの?
新山眞にいやままこと
ふむふむ……まだそれほど、
深い憑依ひょういは見られないようです。
廓清かくせいは容易かと。
【急進派H】
話せば分かる派だなんて、
ふざけないでよ!
話したって分かりゃしない!!

《バトル》

【急進派H】
何をムシャクシャしていたのかしら?
それがわからないと――
すごくムシャクシャするわね!!
新山眞にいやままこと
流石ですね、
いくら憑依ひょういが浅いとはいえ、
綺麗に廓清かくせいなりましたね!
自潤会じじゅんかいアパートもすぐ近くです。
例の波形、はっきりしてきましたよ。

自潤会渋谷じじゅんかいしぶやアパート〕

自潤会じじゅんかい――
震災復興の旗印はたじるしとして内務省により設立された財団法人だ。
鶯谷うぐいすだに江戸川えどがわ三ノ輪みのわ柳島やなぎしま――
自潤会じじゅんかい千軒長屋せんげんながややトンネル長屋の風景を、モダンアパートによって塗り替えていった。このモダンアパートの前にも怪人は現れ、まさに第三連隊第99小隊の召喚師が、鎮定ちんていに当たろうとしていた。

【急進派F】
話せば分かる穏健派。
そんあものはいらない!
真のアナーキストはもっと鋭い!
鋭角のトンガリ、新進気鋭しんしんきえいの先、
俺はそういう気概きがいが好きなんだ!
一五市にのまえごいち
去れ! 目障めざわりだ!
貴様は家で行水ぎょうすいでもしてろ!!
新山眞にいやままこと
第三連隊、第九十九小隊――
召喚師部隊の将校か?
一五市にのまえごいち
貴様は、喪神もがみ風魔ふうまか!
この界隈かいわいの治安維持、
我が第三連隊にまかされている。
新山眞にいやままこと
このおよんで縄張り争いですか?
してください、セヒラの異常、
継続して検知しているのですよ!
早く対処しなければ、
大勢の怪人化を招く恐れもあります。
少尉、ご理解ください!
一五市にのまえごいち
ふん、軍属ではないか、お前は?
飯倉いいくらで機械いじりでもすればよい。
新山眞にいやままこと
少尉!
依然いぜん、異常事態なのです――
……この波形……近いぞ!!
一五市にのまえごいち
一体、どういうことだ?

【仮面の男】
フフフ……
一五市にのまえごいち
新手あらてか?
まさか貴様ら歩一ほいちの……
新山眞にいやままこと
喪神さん、かなり危険です――
撤退てったいしましょう!
【仮面の男】
ウハハハハハハ!
この街に憎しみの花を咲かせよう!
一五市にのまえごいち
う、うわあああああ!
【仮面の男】
色とりどりの花だ!
百花繚乱ひゃっかりょうらんの憎悪だ!!
新山眞にいやままこと
仮面の……
この人物は、一体……
【仮面の男】
たおれた者よ、
再び憎しみの力を得て、
立ち上がるのだ!!

【仮面の男】
ハッハッハッハッハ~
新山眞にいやままこと
さらなるセヒラを検知!
倒れた怪人が復活します!!

新山にいやまが叫ぶやいなや、一五市にのまえごいちの倒した怪人が、まるで戦いなどなかったかのように、相次あいついで起き上がった!

【急進派M】
文民社ぶんみんしゃたもとを分かち、
新文民社しんぶんみんしゃを立ち上げた韮山にらやま儀礼ぎらいは、
あるすじから金をもらっているんだ――
おそらくは内務省のとある機関だ。
アナーキズム運動を金でつぶす、
それが奴らの手口なんだ。
韮山にらやま儀礼ぎらいは裏切り者だ!
私がこの手で始末する。
――その前に、お前だな!
新山眞にいやままこと
喪神さん、この怪人は、
強い怒りに支配されています。
憑依ひょういも深い、気を付けてください!
【急進派M】
これより、
不満分子を粛清しゅくせいする!!

《バトル》

【急進派M】
くそっ!
まだやるべきことは山積さんせきしている!!

【急進派W】
分民社ぶんみんしゃ運動の創始者、
葛木かつらぎ素朴そぼく先生はな、
病死なんかじゃないんだ――
先生は憲兵隊になぶり殺しになった!
そうだよ、何日にも渡る拷問ごうもんでな。
私は先生の苦悩を味わったんだ。
時を越え、場所を超え、
素朴そぼく先生の苦悩が私に届いた!
お前らは先生の宿敵しゅくてき!!

《バトル》

【急進派W】
あああ、先生……
私の苦悩など、まだ小さい!
新山眞にいやままこと
あの仮面の男が、
倒れた怪人に再び力を与え――
いや、より強くさえしました!
仮面の男、何者でしょうか?
先程から観測していた奇妙な波形、
あの仮面の男が発しているようです。
仮面の男の去った今、
もう同じ波形は観測しません――
私にはまるで、あの仮面の男、
セヒラそのものにさえ思えます。
まるで歩くセヒラ……
ああ、いえ、すみません、
一人でいろいろ言い立ててしまって。
ちょっと興奮しています!
早速、戻って値を調べます。
いくつか思いつきもあって、
忘れないうちにですね――
これは!
一体、どういうことですか?
一五市にのまえごいち
喪神もがみ風魔ふうま
この失態しったい、どう釈明しゃくめいする気だ?
さぁ、公務電車とやらを、
歩三ほさん本部まで回してもらおう。
我が隊より伍長ごちょう二名が同乗する。
新山眞にいやままこと
何をするおつもりですかな?
こんな勝手が許されるとでも――
これは場合によっては、
擅権せんけんの罪ではないですかな?
上官の命令なく争うのは大罪です。
軍法会議を覚悟されたほうがよい。

第三連隊だいさんれんたい前庭まえにわ

一五市にのまえごいち
喪神もがみ風魔ふうま
貴様があの仮面の男を呼んだのか?
新山眞にいやままこと
私たちは、ただセヒラの波形を
調べるために、あの場所で――
一五市にのまえごいち
セヒラなど我々も計っている。
あのような不可解な事態の、
説明を求めているのだ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
少尉!
これはどういうことだ?
貴様、何をしている!?
一五市にのまえごいち
隊長!
山王さんのう機関の連中が、
我々の管轄かんかつを断りもなく――
うぐっ!!
鬼龍きりゅう豪人たけと
貴様!
命令無く勝手に行動を起こすなど、
これは擅権せんけんの大罪だ!
――失礼した。
部下が敵愾心てきがいしんつのらせたばかりに、
誤ったことを――
事態、胸三寸むねさんずんに収めてくれないか。
――それとも公式な謝罪が必要か?
新山眞にいやままこと
随分と殊勝しゅしょうですね、鬼龍きりゅうさん。
如月きさらぎ鈴代すずよさんを拉致らちして、
錬金術を真似まね禍々まがまがしい、
新宗教の儀式を執り行った人だ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
あなたは……
確か飯倉いいくら技研の……
セヒラに携わる技手ぎて――
新山眞にいやままこと
飯倉いいくら技研の新山にいやまです。
鬼龍きりゅう豪人たけと
覚えておこう、新山にいやま氏。
それにしても――
私は軍属にまで指図を受けるのか?
新山眞にいやままこと
大尉に指図など――
そのようなつもりはありません。
鬼龍きりゅう豪人たけと
私の謝罪は済んだはずだ。
さらに求めないなら、
もうお引き取り願おうか。
新山眞にいやままこと
喪神さん、参りましょう。
ここに長居は無用です。
それに私はちょっと疲れました――

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
玄理げんり派め、これは明らかに越権えっけんだ。
少尉の擅権せんけん罪も揺るぎないな!
喪神もがみ梨央りお
無事に解放してもらって、
大事にならずに済みましたね。
九頭くず幸則ゆきのり
新山にいやまさんはどうしたんだ?
喪神もがみ梨央りお
なんかお疲れのようでした。
今は記録室においでかと――
帆村ほむら魯公ろこう
仮面の男か……
いやはや、その動機、はかれないな。
何のために姿を見せたのか……
九頭くず幸則ゆきのり
そいつも帥先そっせんヤの一人なんじゃ?
あっちこっちでそそのかしてまわって、
混乱を広げているやからではないですか?
帆村ほむら虹人こうじん
新山にいやま技師が波形を解析すると、
仮面の男のことも、
少しはわかるんじゃないかな?
帆村ほむら魯公ろこう
仮面の男の調査、
虹人こうじん、やってみるか?
帆村ほむら虹人こうじん
いいですよ、やってみましょう。
喪神もがみ梨央りお
日本橋にほんばし興亜百貨店こうあひゃっかてんに行くはずが、
新山さんのお手伝いしなきゃ……
九頭くず幸則ゆきのり
まぁ、今度、噂のお子様洋食ランチでも、
馳走ちそうしてあげるよ!
喪神もがみ梨央りお
それは楽しみであります、
歩兵第一連隊不明小隊、
九頭くず幸則ゆきのり中尉殿!