第四章 第十一話 帝大サマナー

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうまや、このところ、
政府を転覆てんぷくさせようとする動きが、
活発になってきた。
連中の中に、くすぶり、たぎる思いが、
これまた怪人を生み出すこともある。
――つまりは怪人予備軍だな。
セヒラに狙われるのは、
何もしき心ばかりじゃない。
強く心を奪われるようなことも――
喪神もがみ梨央りお
それじゃ、感動したりしても、
怪人になってしまうんですか?
日曜の夜とか、活動キネマが引けた後、
六区なんかには、主人公気取りの人、
沢山たくさんいますよ!
そういう人も、
怪人予備軍になるのでしょうか?
帆村ほむら魯公ろこう
それはわからん……
心を常に同じく保てば、
何に触れても大丈夫だろう。
第三連隊の常田つねだ大佐の雅号がごう
松柏しょうはくも、まつひのきのように、
常に緑を保つという意味なんだが……
歩三ほさん、なかでも玄理げんり派の連中に、
そのことが伝わっているとは、
言いがたいなぁ……
喪神もがみ梨央りお
隊長!
セヒラを観測しました!
本郷ほんごう区……
これは……帝大の近辺です。
もう少ししぼり込んでみます。
帆村ほむら魯公ろこう
帝大だと?
生らにも運動好きがおるからな!
それにつた博士も心配だ。
風魔、急ぎ向かってくれ!

帝大ていだいキャンパス〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、帝大キャンパスで、
セヒラ上昇しています。
注意して進んでください。

【文科生T】
最近、キャンパス内が、
いろいろ騒がしい――
この間も特高が入ったって……
そんな噂が飛び交ってるよ。
内偵ないていに違いないよ。

【工科生R】
な、何だ、あなたは……
軍か? 憲兵?
――さては、間諜スパイなのか?

【小声の男】
知ってるか?
文民社ぶんみんしゃの方針についていけないと、
新文民社しんぶんみんしゃおこした奴がいるって。
【聞く男】
穏健派の韮山にらやま儀礼ぎらいのことか?
あれは叩けばほこりが出るって。
いや、小耳にはさんだだけだけどな。
【小声の男】
文民社ぶんみんしゃの学生を中心に、
急進派が勢いづいているらしい。
本郷ほんごう署特高課も内偵ないてい始めるってよ。

【天婦羅学生】
帝大は東洋一を謳いながら、
その実、最近じゃ満洲帝国大学に
抜かれているんですよ、いろいろ。
満洲でやっていく資力さえあれば、
僕もそっちにくら替えするんですが。

【法科生Y】
あなたは……
まさか特高じゃないよな――
【理科生J】
秋毫ノ異しゅうごうのいに記事がってから、
いつも監視の目を感じるんだ。
【法科生Y】
発端ほったん素朴そぼく先生のご遺族の手紙だ。
我等が師たる葛木かつらぎ素朴そぼく先生は、
病死じゃなかったんだ――
【工科講師M】
おおやけには獄中ごくちゅうで病死と、
されていいますけどね!
【文科生W】
東京憲兵隊こうじ町分隊に連行されて、
酷い拷問ごうもんを受けたそうだ。
それも三週間にわたって――
【法科生Y】
二十年前の事実を記事にしたんだ!
秋毫ノ異しゅうごうのいの巻頭特集でね!
――以降、周囲が騒がしくなり……

【法科生Y】
僕達の前進を邪魔する者が、
このキャンパス内を徘徊はいかいする!
フフフ、特高の犬風情に、
好き勝手やられてたまるか!!

《バトル》

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、帝大キャンパス、
依然いぜんセヒラを観測しています――

帝大廊下ていだいろうか

帝大法学三号館の廊下ろうか内には、奇妙な笑い声が響いていた。

【法科生K】
この三号館に文科の連中が来て以来、
ちょくちょく妙なことが起きる。
【文科生A】
今日もそうだ、あの声……
あれは西亜細亜アジア研究室の博士だろう。
地獄の魔獣チェルベロがどうしたこうしたと、
今朝からおかしなことを言い続けだ。
【法科生K】
突然、頓狂とんきょうな声立てて笑い出すし、
吃驚びっくりするんだよな!

廊下ろうかにはなおも奇妙な声が響く。心なしか先程より大きくなっている――

【文科生D】
君! 君は学外の者ですか?
最近、つた教授のもとに出入りが多く、
何かと心配なのです。
何しろ僕達の研究、大東亜だいとうあを超え、
広く西亜細亜にしあじあまでを見通すもので、
貴重な資料も数多いですし。

新田にった
ここに何の用だ?
あんたは……
出入りの業者か? 違うようだな。
ははぁ~ん、つた教授のもとに日参し、
研究を阻害そがいする下級将校だな!
僕の計画にはつた教授の研究が、
不可欠ふかけつだ! 遠く亜剌比亜アラビヤまでを
一つの国家とするのだからな!

新田にった
この根本理念を文民社ぶんみんしゃの連中に
話したが、理解されなかった!
奴等はいかにも偏狭へんきょうだな!
あんたのような下級将校が
彷徨うろつくからちっとも話が進まない!
そうだよ、目障りなんだよ!!

《バトル》

新田にった
ううう……約束の地プロミストランドより……
東の全域を……治める……
大、大、大……
大東洋帝国の建設を……
――うぐゎっ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝大のセヒラ、まだ下がりません!

蔦博士研究室つたはかせけんきゅうしつ

研究室の中に高揚こうようした調子の声が響いていた。

【???】
そうだ、そうだ……
来るぞ、来る、来る――
おーほほほほ~
この感じは……
――ん、どうした?

つた博士】
誰だ!
――ん、君か、山王さんのう機関の……
あと一歩だったのだが……
――いやいや、ちょいとした実験!
試してみようと思ってな。
あの、夢の啓示けいじをな――
君になら話すが――
ゴエティアの解読に疲れて、
普段は飲まない酒を飲んだんじゃ。
さいが実家でもらってきた葡萄酒ワインをな。
そうしたら、前後不覚におちいって、
居間で寝てしもうた――
気付くと、ああ、夢の中でだが、
私は野火くすぶる荒野を彷徨さまよっていた。
天国から追放された罪人のように。
そこへ箴言しんげんのように聞こえてきた、
一節がある――
たける異形の魔獣チェルベロ、
地獄にてさいなみ受くる者に向かい
三つの喉を鳴らしてゆる――
これは……
ダンテの神曲の一節なんだよ。
そしてわかったんだ、悪魔の召喚、
そのすべがな!!
あああ、試したい……
試したい……その誘惑が……
あと一歩だった、そうだ、あと少し!
ん? また私は取り込まれるのか!
今も……見えるぞ! そうだ!
来るぞ、来る!!
あああ、素晴らしい!
この境地に……私は……
至った!

《バトル》

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
キャンパス内からセヒラ反応が、
なくなりました。
つた博士】
はぁはぁはぁ……

つた博士は何が起きたのかを理解しようとつとめている様子であった。

つた博士】
まさに……
我が魂をさぶる体験じゃった!
だが、もうおしまいじゃ。
夢の啓示けいじたちまち失せてしまった。
――力をなくしたようじゃな。
あのような啓示けいじを得る者があると、
悪魔、いやを降ろす者が
新たに出てくるかも知れんな――
うむ……これからも古書の鑑定、
それがゴエティアなら
ひたむきに解読を進めるとしよう。
ゴエティアの解読が続く限りは、
私の身の安全も保たれるだろうて。
ふふふふ……

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

つた博士とのやり取りを確認しながら、帆村ほむら魯公ろこう懸念けねんの表情を浮かべた。

帆村ほむら魯公ろこう
つた博士が夢で得たという啓示けいじだが、
あれは神子柴みこしばも同じ一節を、
語っておった――
喪神もがみ梨央りお
はい。
たける異形の魔獣チェルベロ――
神曲の地獄編、第六曲です。
帆村ほむら魯公ろこう
ゴエティアに精通せいつうした博士だから、
召喚できたのかも知れんが……
神曲の決まった節を唱えて、
が召喚されるとなると、
ちょっと厄介やっかいだな……
喪神もがみ梨央りお
審神者さにわや召喚師以外でも、
召喚できるようになるかも……
そうなんですね?
帆村ほむら魯公ろこう
怪人もを召喚するが、
やがて自滅するさだめにある。
そうではなく召喚できるとなれば……
今のところ、神子柴みこしばつた博士、
これ以外に例がないので、
経過を観察することにしよう。