第四章 第十二話 上野怪獣事件

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
暹羅シャムから象が来た時は大騒ぎだった。
昼間の移動は危険だとかで、省線しょうせん汐留しおどめから上野うえのまで歩かせた――
沿線は黒山くろやまの人だかり――
あんな時に怪人が出なくてよかった。
山王さんのう機関にも警護の打診だしんがあったが、
話を有耶無耶うやむやにしてしまったなぁ……
もう落ち着いただろう。
ひとつ、鈴代すずよ女史じょしを連れ出し、
上野におもむくというのはどうだ?
何でも自宅にこもりっぱなしとか……
あのような目にったから、
仕方ないのかも知れんがな。
喪神もがみ梨央りお
暹羅シャムから来た象、ワンリーです。
日本名は花子に決まったそうです。
大正六年生まれだそうですよ。
一昨年も独逸どいつの動物商から、
キリンやマントヒヒを買っています。
動物園、気晴らしにもってこいです。
兄さん、
鈴代さんを元気づけてあげて!
――まずはお迎えですよ。
鈴代さんの家、電停で言うと、
塩町しおまちの先、大木戸おおきどです。
公務電車で行くの、初めてですね!
帆村ほむら魯公ろこう
しっかり頼むぞ。
女史じょしに教えをうこと、
まだあるやも知れんからな。
梨央りお、公務電車の運行計画は、
どんな感じで組めそうだ?
喪神もがみ梨央りお
大木戸おおきどで鈴代さんを拾います。
それから溜池通ためいけどおり新橋しんばしまでくだり、
一番の線に乗り入れ、上野公園へ。
帆村ほむら魯公ろこう
それでは頼んだぞ。
本部でも観測は続けるからな、
安心してくれ。

上野恩賜公園うえのおんしこうえん

公務電車は四谷よつや区の大木戸おおきどで鈴代を乗せ、再び溜池通ためいけどおりくだり、新橋ッしんばしから上野うえの公園前へ。電停は上野恩賜おんし公園下にあった。

如月きさらぎ鈴代すずよ
広々として、気持ちいいですわ。
まだ本調子とはまいりませんが――
あの夜……青山墓地で……
私、強い霊異りょういを感じました……
でも、私が現すものではなく、
外から来たもののようでした。
帝都中から集まってくるような……
あの巫女みこ黒化ニグレドと言いました。
おそらくそそのかされて自殺した人の、
その死ぬ直前の思念が集まった……
私、寒くて、体を固くしていました。
そうすることで自分を守っていた……
もし私が何かをしたなら、
私のもとに集まった強い思念によって、
おぞましいことが起きたでしょう――
何も出来なかったことで、
あの巫女みこの思惑が実現しなかった――
そんな風に考えています。
私がもし……
――いや、もうしましょう。
せっかく誘っていただいわけですし。
動物園、楽しみですわ!
二人が公園の奥へと進もうとすると、
慌てふためいた人達が向かってきた。
如月きさらぎ鈴代すずよ
どうしたのかしら?
――風魔ふうまさん!
皆さん、様子が変ですわ。
おびえを強く感じます……)

人々は恐怖におののきながらも、口々に叫んでいた――

【着信 喪神もがみ梨央りお
動物園方面でセヒラ上昇です。
せっかくの日なのに……
警戒してください!

【逃げ出す男】
動物園のおりを破っている奴がいる。
物凄い力なんだ、素手で破るんだ!
もう何頭もの猛獣が逃げ出した!
如月きさらぎ鈴代すずよ
おりを破るだなんて……
どうして、そんなことを……

【怯える男】
あろうことか動物園のおりを、
破って回る奴がいるんだ!
それも猛獣のおりばかり破るんだ。
猛獣、こっちにも来るぞ! 逃げろ!

【混乱する女】
く、熊が園内を走ってますの!
大きな黒いのが、なんと二頭も!
腰抜かして動けなくなりましたの!
そのうちいなくなりましたわ――

【叫ぶ男】
虎、ひょう、チーター、みんな逃げた!
どうするんだよ、おい!
ガラガラ蛇ににらまれたって人も……
グズグズしていると襲われるぞ!

上野動物園前うえのどうぶつえんまえ

【混乱する男】
素手でおりを破るなんて。
鉄のおりだよ、考えられないね……
最近流行はやりの怪人ってやつなのか?
鉄のおりがまるであめみたいに、
ぐにゃっと曲がってるんだ!

【叫ぶ少年】
象が逃げたそうだ。
しかも三頭ともだって。
暹羅シャムから来たワンリーも逃げたんだ。
僕は黒豹くろひょうらしいのを見た、
そうだよ、おりの外でだよ!

【慌てる老人】
おっかないのが牙をしにして、
園内を走り回っておったぞ!
わしゃ、必死で逃げた!
命の蝋燭ろうそくが燃え尽きそうじゃわい!
先の旅順リョジュン総攻撃の時より、
こりゃ大変じゃわい!

【叫ぶ少女】
虎に追われている人がいたの!
絶対無理よ、逃げきれないわ。
きっと食べられちゃったのよ!

如月きさらぎ鈴代すずよ
鉄のおりを破るなんて……
風魔ふうまさん、怪人かもしれませんわ!
混乱が広がっている……
そういうのも危険です。
【恐怖のあまり振り切った男】
あのガキはどこだ!
どこ行きやがったんだ?
【捕まった男】
おい、頼む、離してくれ!
俺は関係ないだろ!
如月きさらぎ鈴代すずよ
どうしましたか?
乱暴はしてください!
【恐怖のあまり振り切った男】
うるさい!
俺に指図するな!
こいつを獣様にわせるんだ!
如月きさらぎ鈴代すずよ
どういうことですか?
何をするつもりなんですか?
【恐怖のあまり振り切った男】
獣様が目覚められた!
そうだよ、ここは獣様の支配する地、
今日からそうなったんだ!
こいつを生贄いけにえにすれば、
他の大勢が助かるってもんだ!
獣様には逆らえないんだ!

【恐怖のあまり振り切った男】
獣様のめいそむいてはならん!
俺の中にもあるぞ、恐怖がな!
それは獣の姿をしているんだ!!

《バトル》

【恐怖のあまり振り切った男】
俺の中の……獣……
どこへ……行くんだ……
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ反応、まだ観測します。
――揺らぎが大きくなっています。
引き続き警戒をしてください!

上野動物園うえのどうぶつえん

【飼育員】
ここは危ない!
早く逃げて下さい!
【取り乱した母親】
うちの子、見かけませんでしたか?
はぐれてしまったんです!
如月きさらぎ鈴代すずよ
それは大変!
お子さん、おいくつくらいなんですか?
【取り乱した母親】
尋常じんじょうの三年生です。
あの子、毎日ここでライオンと――
お話するっていうんです!
如月きさらぎ鈴代すずよ
ライオンと、お話を?
そのライオンとは……
【飼育員】
アリ号だと思います。
エチオピアから贈られてきました。
そのアリ号、様子が変なのです――
如月きさらぎ鈴代すずよ
続けてください――
【飼育員】
落ち着きがなく何かにおびえている、
この二三日、ずっとそんな様子です。
また私に牙をきました――
アリ号はおとなしい性格なんです、
人を威嚇いかくするなんて信じられません。
【取り乱した母親】
それじゃ、うちの子が、
ライオンをけしかけたとでも、
そうおっしゃりたいのですか?
【飼育員】
いえいえ!
お子さん、いつもおりの前で、
アリ号を見つめておいででした……
さぁ、安全な場所へ。
園内、虎やひょう徘徊はいかいしています!
急ぎましょう!

そこへ一人の少年がやってきた。少年は透き通った眼をしている。知恵のある者にはない透明さであった――

如月きさらぎ鈴代すずよ
あなたね……
ライオンとお話したというのは。
お母さまがお探しよ。
【ライオン好きの少年】
アリ号は案じているんだ。
自分の事だけじゃないよ、
奥さんのこと、みんなのことさ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
エチオピアからつがいで来たのね。
アリとカテリーナ……
平和の大使として贈られたのよね。
【ライオン好きの少年】
お前達の言う平和はいつまで持つ?
本土決戦にでもなれば、我らのこと、
危険動物として処分するだろう!
如月きさらぎ鈴代すずよ
あなた――
もしかして……
【ライオン憑きの少年】
ぬしらの夢は何だ?
我ら、はるか草原の夢を見る。
満天の星空の夢を見る。
お主らは欲にまみれて憎しみ、
いさかい、殺し合う――
我らはその犠牲ぎせいにはならん!
如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん!
瘴気しょうきです、とても強い瘴気しょうきです。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
怪人の反応です。
ただ、普段とは波形が異なります。
如月きさらぎ鈴代すずよ
この子、ライオンにかれています。
きの状態です――
それで怪人化したようです。

《バトル》

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん!
この子が……
【???】
僕は……
アリ号……ねぇ、どうしちゃったの。
アリ号は、どこ?
如月きさらぎ鈴代すずよ
ねぇ、大丈夫?
お母様がお探しよ。
【???】
――私の……アリを……
夫を……どうにかしたのか?
如月きさらぎ鈴代すずよ
あなた……
もしかして……カテリーナ?
――風魔さん……
二頭目のライオンがいています。
十分、気を付けてください!
【ライオン憑きの少年】
アハハハハ~
私をして廓清かくせいせんとするか?

《バトル》

【ライオン好きの少年】
アリ!
カテリーナ!
――僕を置いて行かないで!
如月きさらぎ鈴代すずよ
大丈夫よ、心配しないで。
アリもカテリーナも、
きっと戻ってくるわ……
この子も無事に廓清かくせいできて、
ライオンたちも大人しくなったはず。
動物園の獣たちを危険動物として、
処分する……そんな事態を、
招かないようにしないと……
ライオンのおそれが少年の心に伝わり、
やがてライオンが少年にいた――
それで少年は怪人になったのです。
私はこの子をお母様のところへ。
もう瘴気しょうきは感じられません。
【着信 喪神もがみ梨央りお
上野うえの一帯でセヒラ反応が消えました。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしは帰還してください。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
いやぁ、大変な騒動であった!
まさかな……ライオンがくとは……
鈴代女史じょしには、
とんだ気晴らしになったものだ!
喪神もがみ梨央りお
逃げたライオンは見つかりました。
他の動物たちも、無事戻りました。
帆村ほむら魯公ろこう
あのライオンはエチオピアの
ハイレ・セラシェー皇帝から
我がくにに贈られたものだ。
平和のつかい……だからこそ、
何かを危惧きぐしておるのかもな。
喪神もがみ梨央りお
動物がそんなふうになるのも、
やはりセヒラのせいでしょうか?
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、さもありなん。
いろんなものが影響されよる――
喪神もがみ梨央りお
ライオンきの子供、
うまく探信たんしん出来ませんでした。
鈴代さんがおいででよかった!
お疲れかと思い電話したのですが――
お声には張りが戻っていましたよ!