第四章 第三話 李王邸の恨

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

相変わらず、帝都の怪人騒動、やかましいが、怪人出現にはうねりのような波があった。波の静かなときこそ深刻な事件が持ち上がる。
山王さんのう機関本部に月詠つくよみ麗華れいかの姿があった。
いつもとは異なり、その顔はこわばっている。

月詠つくよみ麗華れいか
皆さん!
大変なことが起きてしまいました!
喪神もがみ梨央りお
どうしたんですか、麗華さん。
月詠つくよみ麗華れいか
総督府そうとくふやかたに怪人出現です!
今、鈴代すずよさんが――
喪神もがみ梨央りお
ええ? 総督府そうとくふやかたって、
紀尾井町きおいちょう李王邸りおうていのことですか?
そこに鈴代さんがいるのですか?
月詠つくよみ麗華れいか
今日、王邸おうていうたげがありまして――
そこで、お茶、お花の披露ひろうのために、
私たちが招かれていたのですが……
帆村ほむら魯公ろこう
なるほど!
それで鈴代女史じょしが――
月詠つくよみ麗華れいか
今、なんとか、怪人が
王邸おうていの外に出るのを防いで――
でもさすがに倒すなど無理です!
喪神もがみ梨央りお
隊長!
鈴代さんの安全確保が優先です!
帆村ほむら魯公ろこう
ああ、勿論もちろんだ!
風魔ふうま李王邸りおうていだ、場所はわかるな。
月詠つくよみ麗華れいか
風魔さま! 私もご一緒します。
先に様子を見て参ります!
喪神もがみ梨央りお
あっ!
麗華さんはここに残って――
うーん、もう、行っちゃいました!

山王さんのうホテルまえ

霞町かすみちょうの紳士】
今日は李王邸りおうていもよおしがあるようです。
そのせいか、山王さんのう辺りも、
何だか華やいでいますね。
遠縁に総督府そうとくふ勤めがいましてね、
次のうたげには呼んでもらうよう、
計らってみようかと――

小日向台こひなただいの婦人】
ホテルの方じゃないのかしら?
――土耳古トルコの記念切手の売出、
今日じゃなかったかしら?
イースタンブールで開かれた、
国際婦人会議を記念した切手よ。
――あなた、何も知らないの?
月詠つくよみ麗華れいか
風魔ふうまさま、
この人は怪人じゃありません!
急ぎましょう!!
小日向台こひなただいの婦人】
あら、何ですの!
随分と失礼ですこと!!

【怯えた女性】
はぁはぁはぁ……
――こっちは……
――ダメだ!
月詠つくよみ麗華れいか
今の人……
確か、さっき王亭で見かけましたわ!

李王邸りおうてい

明治四十三年、日韓併合によって、李王朝最後の王、純宗じゅんそう皇帝が廃位となり、皇太子である李垠リ・ギンは日本へと渡った。
そして李垠リ・ギン29歳のとき王位を継承すると、日本皇族梨本宮なしもとのみやの長女万子まさこ様を妻に迎え、居を構えた。それがここ李王邸りおうていである。
李家は皇族に準じる地位となることから、屋敷の設計は宮内くない省が執り行い、チューダー・ゴシック様式を取り入れ、スパニッシュ様式で内装をあしらうなど、典雅てんがたたずまいを誇る西洋館である。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
王邸の方に強いセヒラ反応が!
王邸の中ではなく……
表ですね、表に観測します。
怪人が出てきたのでしょうか?
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
怪人が市中に出たなら、
それは後で対処する。
今は鈴代すずよ女史じょしの安全確保が先決だ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
麗華れいかさん、いらっしゃいますよね?
王邸は危険な状態です。
鈴代さんを連れて退避してください。
月詠つくよみ麗華れいか
私なら平気ですわ!
風魔ふうまさまとご一緒なので、
なおのこと――
【着信 喪神もがみ梨央りお
麗華さん……
もう!
【侍従 宋慶武ソンギョンム
あいつはね、私をして、
朝鮮族の恥さらしと罵倒ばとうしたんです。
侍従長の姜環載カンファンジュですよ。
私からすべてを奪っておいて――
誰にも相談できずに悩んでいました。

【侍従 宋慶武ソンギョンム
ラヂオから聞こえてきた、
人生よろづ相談の案内に目が覚めた。
どうしてくれようとの思いでね、
新宿の相談所まで円タク飛ばして――
ん? まだ手に血が付いてますか?
あごだけね、残してやりましたよ!!

《バトル》

【侍従 宋慶武ソンギョンム
新宿の相談所はね、二時間待ちです。
鉄道病院の向かい、鉄道局経理課の
バラックの隣りにあるんです……

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん、良かったですわ!
私ではこれ以上、持ちこたえること、
できません……
【女官 金兒暎キムヨアン
カン侍従長が死んだ。
殺されたのだ、頭をつぶされてな。
それで物事は簡単になった。
気に入らなければ排除する。
だから、私もそうした。
私に恥をかかせた女官長李叔炫イスクヒョン
あの女は腹に何かをまわす。
腹をく以外にすべはなかった。
いた腹から子宮を取り出し焼いた。
月詠つくよみ麗華れいか
風魔さま、強いものを感じますわ!
いざとなたら、私もお手伝いします!
如月きさらぎ鈴代すずよ
麗華れいかさん……
そんなこと……
月詠つくよみ麗華れいか
私なら大丈夫ですわ。
――それに……
いよいよ強くなってきましたわ!!
【女官 金兒暎キムヨアン
物事は、簡単なのだ。
お前らもすぐわかることだ。

《バトル》

月詠つくよみ麗華れいか
ああ、来ています、来ています――
私の力、みなぎってきますわ!
できましたわ!
これで……私も……
風魔ふうまさまや豪人たけとさまのお仲間!!

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、低下しています。
すぐ通常の値になるでしょう。
鈴代すずよさん、麗華れいかさん、
大丈夫ですか?
如月きさらぎ鈴代すずよ
私なら大丈夫です。
――麗華さんが……
月詠つくよみ麗華れいか
やりましたわ! 風魔ふうまさま!
私、この麗華、とうとう!!
――体の芯が震えておりますわ!
【女官 金兒暎キムヨアン
モノゴト……は……
カンタン……
如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔さん、お願いしてよろしいですか?

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

公務電車で鈴代すずよ麗華れいか四谷塩町よつやしおまちにある
セルパン堂に送り届けた後、風魔ふうまは本部へ戻った。
麗華の振る舞いに懸念けねんを示す鈴代であったが、麗華の覚醒がまことのものかを見極めるすべはなく、いまはただ成り行きを見守るだけである。

喪神もがみ梨央りお
兄さん、お疲れ様でした。
お二人は無事に戻られたんですね。
それにしてもいきなりでした――
李王邸りおうていでセヒラが強くなったわけを、
少し調査してみます。
あの釣鐘が何か関係しているかも――
李王邸は山王さんのうホテルのすぐ近くだし。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、調査は続けてくれ。
あの侍従と女官、ひときわ深く、
恨みを抱いていたようだ。
ハンとはままならない自分を嘆くこと。
朝鮮人に固有の感情だ。
それがセヒラに狙われる――
いや、むしろ逆かも知れん。
ハンがセヒラを招いたのかもな。
ゲートの影響、山王さんのうだけではなく、
赤坂全体に広がっているような、
そんな気もしてきた――
赤坂御所に探信儀たんしんぎの設置、
いよいよ必要かも知れん。
具申ぐしんするので資料を頼む、梨央りお
喪神もがみ梨央りお
承知しました!
本日の波形記録をまとめます。
兄さんも確認お願いします。