第四章 第五話 覚醒の人

第三連隊だいさんれんたい前庭まえにわ

如月きさらぎ鈴代すずよが軍人に攫われた――
その解決の糸口も掴めないまま、青山墓地でセヒラの増大が観測された。
常田つねだ大佐が帰還したことにより、小隊の召喚師達は、鳴りを潜めたようである。風魔ふうまは青山墓地へ向かうべく隊舎を出た。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
青山墓地ですが、先程に比べて、
セヒラが強くなっています!
墓地周辺にも影響の及ぶ懸念が――
墓地に着くまでに怪人に遭遇そうぐうする
おそれもります。
――今観測する波形ですが、
以前に見たことがあります。
記録、あたってみます!

青山街路あおやまがいろ

【怯える巡査】
ヒッ! いきなり……
あっ、失礼しました!
おかしな連中がいるとの通報で――
ああ、もう嫌です、
ヒィヒィヒィヒィ~
もう勘弁かんべんです……
みんな、みんな、
怪人なんじゃないですか!?

直階ちょっかい信者】
――聞いていいですか?
あなたは何をさつしましたか?
ハァハァハァ……
私は欲をさつしました。
欲が芽生えた瞬間に摘むんです。
お腹が空く前に食べ、
眠くなる前に眠り――
でも欲深よくぶかの母だけはなくなりません。
だからね、母をさつしました!
薬店で買った昇汞水しょうこうすい飲ませてね……
すると私の欲がどんどん膨らんで――

一人の男が近付いてくる。
男の表情は、心ここに在らずといった様子で、足元も覚束おぼつかなかった。

【犬憑きのT男】
こうして出歩くとね、
やっぱりりくの言う通りだなって。
りくりくですよ,愛犬のりく号です!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
その人物、何かに強く心を奪われ、
セヒラに侵されておるようです!

【犬憑きのT男】
生前、りくはね、散歩の度に言うんだ。
人も犬も器の大きさは同じだって。
何を盛るかの違いしかないそうだ――
人気は余計なものを盛りすぎる。
だから私はりくと器を入れ替えたんだ。
私には余計なものしか見えないぞ!!

《バトル》

【犬憑きのT男】
はぁはぁはぁ……
りくはいつもこんな辛い目に……
可哀想に、可哀想になぁ――

青山墓地あおやまぼち

鬼龍きりゅう豪人たけと
ようやく来たか、喪神もがみ風魔ふうま
我が小隊と派手にやりあったとか?
――フフフ、いい時間稼ぎができた。
貴様の勘、決して外れてはいない。
如月きさらぎ鈴代すずよ、あの女はここにいる。
――そうだよ、いるにはいる。
もはや如月鈴代をどこまで残すか、
それは保証の限りではない。
あの女はカタリサトール、
つまり触媒となった。
神秘をもたらす触媒だ――
もう貴様らの好きにはさせない!
喪神風魔、しばらく大人しく
していてもらおうか!!

《バトル》

鬼龍きりゅう豪人たけと
フフフ――
勝ったつもりか、それで。
貴様一人の勝敗など意味が無い!
もはや意味が無いのだよ、喪神もがみ風魔ふうま
あの女のおかげで、
我々は神秘の力を得ようとしている。
如月きさらぎ鈴代すずよはアルベドの触媒として、
黒化ニグレドした思念を蘇らせるのだ。
あの女にわずかに残った霊力は、
しかし、凄まじく純粋なものだ。
その純粋さが力となるのだ。

薄暗い墓地の中から、どこからともなく、つぶやくような声が響いてきた。
それは読経どきょうのように唱える神曲の一節だった。
われが向かうところわれが見る限り、新たなるさいなみを受くる者の他に無く――
我は第三の地獄にあり、ここは永遠のしげき冷たき雨の地獄、大粒のひょう、水はにごれり、雪降りしきる――

神子柴みこしばはつゑ】
またお会いしましたね。
確かに私はみずからもたらした、
金神こんじんと合一できませんでした。
たけ異形いぎょうの魔獣チェルベロ、
地獄にてさいなみ受くる者に向かい
三つののどを鳴らしてゆる――
――まだ力が及ばなかったのです。
しかし今、すべては満ちました。
如月きさらぎ鈴代すずよ白化アルベド触媒しょくばいとなり、
黒化ニグレドの思念を呼び集めています――
私には多くの信者を招いた、
その責務せきむがあるのです――
思念となった者たちをよみがえらせ、
賢者の石として永遠の存在にする、
その役割があるのです。
そのあかつきには、私は、新しき天地あめつちの母、
真の創造主となるのです。
さぁ黒化ニグレドの思念を招きましょう!
さぁ、貴方も、ご自分を試しなさい。
白化アルベド触媒しょくばいたくして、
無限とも言える力を得なさい――

如月きさらぎ鈴代すずよ
…………
鬼龍きりゅう豪人たけと
如月鈴代は黒化ニグレドの段階を飛び越え、
いきなり白化アルベドへと進んだ。
純粋であるからこそ成し得た――
帝都中から、いやこの世から、
黒化ニグレドした思念が集まり鈴代を介して、
白化アルベドの段階へ進む――
これはこれは、帆村ほむら先生。
先生にとって、如月鈴代は用済み、
そうではありませんか?
帆村ほむら魯公ろこう
たとえどんな力を得ようとも、
人に犠牲をいるなど、
断じてゆるさん!!
風魔ふうまよ――
真白ましろき雪は何色にも染まらん。
いさぎよく真っ白である。
鬼龍きりゅう豪人たけと
一体、何のまじないだ?
東雲しののめ流の成れの果て、
さては迷信に傾いたのか?
帆村ほむら魯公ろこう
錬金術の理論ロジックを用いたつもりか?
だが落ち度があるようだな。
付け焼き刃では所詮しょせん無理というもの。
風魔よ、鈴代女史じょしに憑く
これをすべてはらうのだ。
まだ間に合うぞ!!
鬼龍きりゅう豪人たけと
仕方がない。
この女の覚醒かくせい、完全ならしめよう!
如月きさらぎ鈴代すずよ
あ……ぁ…………

《バトル》

鬼龍きりゅう豪人たけと
触媒しょくばいとしてすべてを消尽しょうじんしたか――
如月きさらぎ鈴代すずよ
私……は………
鬼龍きりゅう豪人たけと
何? まだ自分を残すのか……
如月きさらぎ鈴代すずよ
…………風魔ふうま……さん……
鬼龍きりゅう豪人たけと
こらえたのか!
――あの霊異りょういの嵐の中で……
それとも……
喪神もがみ風魔ふうま、貴様が何かほどこしたか?
この女のうちに……
如月きさらぎ鈴代すずよ
……私…………
鬼龍きりゅう豪人たけと
ある程度は想定の範囲だ。
アーネンエルベはホムンクルスの
製造に成功したという。
そして山王さんのう機関は
アーネンエルベに擦り寄り、
その技術を得ようとしていると聞く。
対策を考えている私に、
ある提案が寄せられた――
それを実践したまでのことだ。
帆村ほむら魯公ろこう
鬼龍きりゅうの奴、いておるな。
召喚師部隊、順調ではなさそうだ。
だからといって、神子柴みこしばの入れ知恵、
何の疑いもなくに受けるとはな。
――奴は、焼きが回ったか?
独逸ドイツで召喚術を修得した者として、
あるまじき行いではあるな。
鬼龍の奴、少し様子が違ったな。
あいつもまた一つのこまかもしれない。
辺りのセヒラも落ち着いたようだ。
鈴代女史じょしを送り、本部へ帰還しよう。

何故、鬼龍は神子柴みこしばよこしまな計略に一枚んだのか――
その理由はわからずじまいであった。
鬼龍のひきいる召喚師部隊であるが、計画通りに召喚師の育成が進んでいない、その噂もある。彼の焦りが滲出しんしゅつしていた――