第四章 第六話 日本橋狂舞騒動

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

第三連隊玄理げんり派の鬼龍きりゅう豪人たけとが、如月きさらぎ鈴代すずよに犠牲をいる形で、力を集めようとした――
鈴代は無事に保護されたものの、山王さんのう機関には重苦しい空気が立ち込めていた。
鬼龍を好敵手こうてきしゅと呼べなくなった空気である。

九頭くず幸則ゆきのり
鬼龍の奴、部隊作りが運んでいない、
それで焦っているに違いない。
喪神もがみ梨央りお
鈴代さんは自宅で静養中です。
昨日はお元気そうでしたよ。
九頭くず幸則ゆきのり
そうか!
後でお見舞いにでも行くとするか。
しかしなぁ……
何だかに落ちないよな。
鈴代と鬼龍の間には、
俺達の知らない確執かくしつがあるみたいだ。
――まぁ、あって当然か。
鈴代が流派を閉じるだの何だのって、
その時は、鬼龍は京都だろ?
京都の第十六師団付きの少尉だ――
喪神もがみ梨央りお
鬼龍……あの人、半年に一度ほど、
如月家を尋ねて来ていました。
でもなんだかすごく横柄おうへいで……
帆村ほむら虹人こうじん
おい! 機関員の諸君、
何を呑気のんきにやってるんだ?
喪神もがみ梨央りお
隊長! それに虹人こうじんさんも。
帆村ほむら魯公ろこう
心配ごとはいろいろあろうが、
悩んでいるいとまはないぞ。
九頭くず幸則ゆきのり
ということは、また事変ですか?
今度はどこで?
帆村ほむら虹人こうじん
銀座、日本橋にほんばしにかけての一帯だ。
突然、踊り狂う者が現れ、
街に混乱をきたしていると――
九頭くず幸則ゆきのり
踊り?
そりゃまた酔狂な!
帆村ほむら虹人こうじん
警察、憲兵、特高とぐるぐる周り、
結局、山王さんのう機関の出番となった。
怪人かどうかはわからないんだが――
帆村ほむら魯公ろこう
銀座、日本橋にほんばし界隈かいわい
セヒラの値はどんなんだ?
梨央りお、ちゃんと観測しているか?
喪神もがみ梨央りお
あっ、はい!
隊長、すぐ観測します!
帆村ほむら魯公ろこう
おそらくセヒラにやられた、
そう考えて間違いないだろう。
その者らが怪人化すると厄介やっかいだ。
九頭くず幸則ゆきのり
帆村ほむら先生、それなら俺も一緒に!
帆村ほむら魯公ろこう
いや、中尉、君は鈴代女史じょしの警護に
あたってくれ。家は知っているな。
連中、諦めが悪いかも知れん。
帆村ほむら虹人こうじん
僕たちは接近しないほうがいい。
回復を早めるには、審神者さにわや流派、
そういうのから距離を置くことだ。
喪神もがみ梨央りお
隊長! 銀座、日本橋にほんばしのセヒラ、
多くを怪人化させるほどではなく、
やや高めといったところです。
帆村ほむら虹人こうじん
なるほど。これは勘だけど――
銀座幻燈会げんとうえの客なんじゃないか?
まだ残党がいて、街に繰り出した……
喪神もがみ梨央りお
釣鐘に誘われて山王さんのうに集まったのも、
銀座幻燈会げんとうえの怪人でした。
不明者は二十人くらいいました。
九頭くず幸則ゆきのり
なんだ、おい!
そんな怪人がいたのか!
一体、会場で何を見せられたんだ?
喪神もがみ梨央りお
帝国幻燈ていこくげんとう倶楽部くらぶの主催……
おそらくこれも帥先そっせんヤの仕業かと。
中尉もお気をつけ下さいね。
九頭くず幸則ゆきのり
大丈夫だよ、先取せんしゅの精神発揮せよ!
幻燈げんとうなんて興味ないさ、活動キネマだよ。
じゃ、鈴代んちに行ってくるよ!
帆村ほむら魯公ろこう
中尉、頼んだぞ。
風魔ふうま、まずは銀座だ、向かってくれ。

銀座四丁目ぎんざよんちょうめ

【京橋署の巡査】
もしや、山王さんのう機関の方ですね。
最初、署に連絡があり、それが
憲兵司令部に行き、また署へ――
京橋きょうばし署の特高課で検討して、
結局、警邏けいらの方に降りてきました。
第一連隊に連絡済みとのことで――
通行人の中に踊り出すものが現れ、
みるみるるいは友を呼ぶとなり……
今は大体しずまっています。
連中を見ていると、ふと、
自分も踊ろうかという誘惑に……
その誘惑に……
ああ、自分、勝てないのであります!

そう言うや巡査は、大通りの彼方かなたを見やり、何かに心奪われたようになった。

【浜松町の客】
はぁはぁはぁ……
くたびれました、もうしたいです。
体が勝手に動いてなりません。
身体中の筋肉が意思とは関係なく、
反応するのです――
医者である私だから言えます。
これは病気なんかじゃない、
もっと強い何かが作用していると。
そもそもは銀座幻燈会げんとうえでした――
会場を出た瞬間、私は自分の家が
何処どこなのかわからなくなり……

茗荷谷みょうがだにの客】
――銀座の舞台が君を待つ!
はぁはぁはぁ……
アタシ、すっかり気分になっちゃって
でも……幻燈会げんとうえで何を観たのか、
まるで思い出せないの。
それに何日も寝てないのよ!
あんなに寝坊さんだったアタシが、
こんなにも元気で、おまけに楽しい!
それは私が可愛いからかしら~♪

【代々木の客】
――君こそ銀幕スタアだ!
その案内が代々木よよぎの駅前にあったの。
銀幕って活動キネマのことでしょ?
省線しょうせん乗って、有楽町ゆうらくちょうで降りて――
銀座幻燈会げんとうえの会場は人がいっぱい。
猟奇グラフ持ってる人もいたわ。
帝大の学生さんもいたわね……
みんな目を輝かせていた。
私だって! 負けちゃいません!
必ずや、銀幕に……
あああ、頭が……痛いぃ~

茗荷谷みょうがだにの客】
楽しいの! 楽しいの!
銀座の舞台に立てたことで、
人生薔薇ばら色ね!
さぁ、もっとダンスよ、
ダンス、ダンス――
これがレビューね!

【代々木の客】
歌って、踊れる、スタアなの!
何日だって、踊り続けられる!
次は歌の時間ね!

【浜松町の客】
あああああ~
気付くと神田かんだにいました、そして、
あの夜から幾日いくにちも街を彷徨さまよって……
次に気付くと谷中やなかの墓地に、
次は小石川こいしかわ造兵廠ぞうへいしょうの前でした――
そして今日、ここに初演デビューするのです!
私はエンターテーナーになるのだ!
わははは、医者なんて駄目だ、
医者に心は治せないっ!!

《バトル》

【浜松町の客】
医者には心は治せない……
私は自分の仕事を疑い続けている。
その思いが私を押しつぶすんだぁぁ~

銀座の大通りに繰り出した人々は、思い思いのことを話すも、一様に茫然ぼうぜんとし、心ここに在らずのていだった。

日劇前にちげきまえ

柴崎周しばさきあまね
これは奇遇きぐうですね、喪神もがみ風魔ふうま君。
私のことはご承知おきですね……
独逸ドイツ国在勤帝国大使館の
柴崎周しばさきあまねです。
皆はなぜ踊るのでしょうか?
ヘロデ王の前で踊り、その報酬として
ヨカナーンの生首を欲した娘――
そんな逸話を思いこさせてくれます。
私はオーブリー・ビアズレーの
あの版画をことほか愛してやまない。
踊り子の報酬――
銀盆に載ったヨカナーンの生首から、
赤い血がしたたり落ちている。
その赤が版画の漆黒によって
見事に表されているのですよ!
――あの黒ほど美しい色はない。
さて、皆は何の報酬を求めて
いるのでしょうか?
あるいは――
セフィラのせいで踊らざるをえない?
それはそれでユニークですね。
――おや!
そこの女史じょしはどうかされたかな?
様子が変ではありませんか?
――これ以上長居は無用ですね。
私は失敬しっけいさせてもらいますよ。

【三番町の客】
貴方、そこで何してるの?
ぼんやり突っ立ってちゃダメよ、
ダンスショウの開幕なのよ!

【三番町の客】
ほら、大勢のお客さんが……
わらってるわ! ねぇどうして?
貴方が木偶でくぼうだからね、きっと!!

《バトル》

【三番町の客】
頭が……痛いわ……
でも脳楽丸のうらくがんがあるから、平気ね。
でしょ……違うかしら……あああっ!

興亜百貨店前こうあひゃっかてんまえ

【怯える少女】
みんなどうしちゃったの?
急に踊ったり歌ったりして……
昨日、日比谷ひびや公園にお出かけした時、
やっぱり踊ってる人がいたわ。
でも楽しそうじゃなかったわ!

【本郷の客】
たった一晩で踊れるようになった。
君、これは奇跡だよ――
タップダンスだよ、すっかりできる!

【本郷の客】
もう法科になんか戻らない。
華麗なステップで皆を楽しませるさ!
さぁ、ダンスの時間だ!
勿論もちろん、君も一緒に踊るよな!

《バトル》

【本郷の客】
おかしいぞ、急に疲れが……
はぁはぁはぁ、疲れが来た!
ああ、僕はもう駄目だ~

帆村ほむら虹人こうじん
無事だったか、風魔ふうま
何か街中が大変なことになってる――
キリがないよ。
銀座幻燈会げんとうえの客だけじゃないな。
伝染したみたいだな――

虹人こうじんは以前の公務で受けた傷が痛むのか、腕を抑えるしぐさを見せて顔をしかめた。

帆村ほむら虹人こうじん
なぁに、大したことはないさ。
ちょっとしたかすり傷ってね。
一旦、本部に引き上げるぞ。
対策、らなきゃ!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、お帰りなさい。
あっ、虹人こうじんさんも!
新山にいやまさんがセヒラの波形を調べて、
それでわかったんです。
帝都満洲に同じ波形がありました!
帆村ほむら虹人こうじん
やはりな……
憎む相手を手に掛けたとか、
そういう感じじゃないんだよな。
喪神もがみ梨央りお
銀座幻燈会げんとうえに行って、
踊れるようになった、
そういう学生さんもいましたよ。
新山眞にいやままこと
思うにですよ、
心の奥に仕舞い込んだものが、
ひょんなことから表に出るんです。
帆村ほむら虹人こうじん
なるほど! 
本心があらわになる、そんなことか……
自我がき出しになるとか――
喪神もがみ梨央りお
虹人さん、お怪我けがは大丈夫ですか?
兄のこと案じ、
日本橋にほんばしに駆けつけてくださって――
元を断たないかぎり、解決できない、そうですよね、新山さん!
いくら帝都で怪人を倒しても――
新山眞にいやままこと
容易たやすく怪人化する人が増えるばかり。
今、ちょっと新装置をこしらえます。
少し時間をください。