第五章 第一話 狩り・前編

山王機関本部さんのうきかんほんぶ


市民から怪人情報を受け付ける部署が、参謀本部第八分課である。
通称、ハチブン。
今日、そのハチブンにこれまでにはない情報が続々と寄せられていた。
それは怪人が倒されているというものだ――

【喪神梨央】
兄さん、
八分課ハチブンのこと、聞きましたか?
怪人が倒されているって――
一体、どういうことなんでしょうか?
【帆村魯公】
怪人倒されたわけじゃなく、
怪人倒されているんだな?
【喪神梨央】
確かにセヒラは観測されています。
上野うえのの辺りですね――
第六探信儀たんしんぎの様子が変なんですが。
【帆村魯公】
六探は確か小石川こいしかわ伝通院でんつういんだな?
――うまく探信たんしんできないのか?
【喪神梨央】
通信網に繋がらない時があって、
時々、波形が消えるのです。

【九頭幸則】
おはようございます、
歩一の九頭くずです。
【喪神梨央】
八分課ハチブンからしらせがあったんです――
【九頭幸則】
聞いたよ、怪人だろ?
怪人が倒されているって、
六人から通報があったって。
【喪神梨央】
へぇ、幸則ゆきのりさん、
耳が早いんですね!
【九頭幸則】
これでもね、
帝国陸軍将校だ、
先取せんしゅ気質きしつなり~ってね!
【喪神梨央】
六探、どうしましょうか?
【帆村魯公】
梨央りお、今日は九頭中尉もおいでだ、
伝通院でんつういんまで様子を見に行くのは、
どうかな?
【喪神梨央】
大賛成です!
早速、公務電車、手配します!
【九頭幸則】
え? 伝通院でんつういん
それって小石川こいしかわ伝通院でんつういんですか?
【帆村魯公】
伝通院でんつういん境内けいだいに六探があるのだ。
そいつの調子が悪いらしい。
それに八分課ハチブンのこともある。
【九頭幸則】
上野うえの市ヶ谷いちがや日本橋にほんばしでしたね、
怪人が倒されている場所って。
――通報、あったんでしょ?
【帆村魯公】
セヒラは市ヶ谷で観測された。
市ヶ谷なら伝通院でんつういんへの道すがらだ、
段取りもいいだろう。
【喪神梨央】
公務電車、赤坂見附あかさかみつけ四谷見附よつやみつけを経て
市ヶ谷見附いちがやみつけへ向かう経路、
抑えました!

〔市ヶ谷見附〕

【九頭幸則】
倒された怪人なんて、
どこにもいないぞ。
【喪神梨央】
見た人はいませんか?
兄さん、尋ねてみましょうか?
【新宿の客】
暑いなぁ……暑い!
もうふらふらだ……
幻燈会げんとうえの会場出てから、
もう何日も歩き通しだ。
――疲れたよ!
【九頭幸則】
何日も家に帰っていないのか?
【新宿の客】
そういうもんじゃないのか!
ええ、どうなんだ、答えろ!!
【九頭幸則】
おいおい、そう気色けしきばむな。
――それとも……
【喪神梨央】
幸則ゆきのりさん、大丈夫です。
セヒラは増えていません。

【天現寺のモガ】
あら、将校さん?
ねぇ、部隊はどちら?
【九頭幸則】
ええ?
ああ、自分、第一連隊であります!
【天現寺のモガ】
あらまぁ!
素敵ですこと!
たくの兄も職業軍人ですのよ。
兄は関東軍に身を置きますわ。
関東軍哈爾浜ハルピン殺戮さつりく大隊銃剣じゅうけん中隊!
【九頭幸則】
じゅ、銃剣?
――そんな部隊があるのですか?
それに……殺戮さつりくって……
【天現寺のモガ】
オホホホホホ~
おかしいですわ、そのお顔!
【喪神梨央】
大丈夫です――
怪人じゃありません。
【九頭幸則】
どうしたんだ、ここは?
妙な奴らばっかりだ。
【法科生S】
あんたらがうろつくせいで、
当局ににらまれた!
目付きの鋭いのが学内にいる。
きっと特高か憲兵の内偵ないていだ!
あああ、修正が必要だ!
【喪神梨央】
兄さん!
探信儀たんしんぎを!

【法科生S】
修正だ、修正だ、
抜本的ばっぽんてき修正が必要だ!!

《バトル》

【法科生S】
僕は……あきらめない……
……国民を解放するまで……
【九頭幸則】
取り締まりを強化すると、
この連中、地下に潜りそうだな――
風魔、場所を変えてみよう!

〔市ヶ谷街路〕

【九頭幸則】
見ろ、人が倒れてるぞ!
おい、どうした?
怪人にやられたのか?
【息も絶え絶えの男】
……ううう……
よろづ相談で……
行かなきゃ……よかった……
【煙草商の丁稚】
気を付けなよ、
そいつ、怪人だよ!
そこのビルヂングから飛び降りた。
屋上から一気にだよ!
なのに怪我けが一つしていない。
【九頭幸則】
それがどうして倒れてるんだ?
【煙草商の丁稚】
追ってきた奴がいたんだ。
黒い背広の男だよ、
外国語話してた。
その黒い背広のが、
そいつを一瞬で倒したんだ。
【喪神梨央】
兄さん、セヒラ観測しました。
急速に高まっています!
【九頭幸則】
ん? こいつなのか?
――違うのか!
何か混乱するな!
【煙草商の丁稚】
あっ、あいつだ!

【執事型ホムンクルス】
狩りヤークトの態勢……
準備……攻撃アングリフ……開始!
【喪神梨央】
兄さん、気を付けてください!

《バトル》

【執事型ホムンクルス】
エースト……アインス――
ツヴァイト……フィーア――
――アインス、フィーア……
【喪神梨央】
今のは……
何だか独逸ドイツ語の数字みたいでした。
【九頭幸則】
今のが怪人を倒して回ってる?
――どういうことなんだ?
【着信 帆村魯公】
上野でセヒラ観測したぞ。
かなり高い値だ、向かってくれ!
梨央りお探信儀たんしんぎの確認だ、頼む!
【喪神梨央】
承知しました!
私、伝通院でんつういんへ向かいます。
飯田橋いいだばし大曲おおまがり経由です。
兄さんたちは上野へ……
気を付けてくださいね!

〔上野広小路〕

【九頭幸則】
また人が……
やつらも怪人なのか?
珍しく兵が出ているな!
【坂田二等兵】
中尉殿!
歩一第一〇三中隊、
坂田二等兵であります。
上野にて不可思議な怪人騒動のこと、
到着時には既に遅しと――
【林二等兵】
自分、同中隊、
林二等兵であります!
ここに倒れる者らが怪人なのか、
見極めつきかねているところで
あります!
【九頭幸則】
怪人を倒して回る奴がいる、
そういう話だ。見なかったか?
黒い背広の男だ。
【坂田二等兵】
林、もしや先ほどのが……
【林二等兵】
ああ、確かに!
黒い背広の男だったな。
御徒町おかちまちの方に駆けていったぞ!
【坂田二等兵】
電車通でんしゃどおりですれ違ったな!
奴は何者なんだ?

【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
ここで、何がありましたか?

〔上野街路〕

【九頭幸則】
ユリアさん!
まさか貴女あなたが……
ホムンクルスを仕掛けたのですか?
【ユリア・クラウフマン】
クルトが……
クルト・ヘーゲンが狩りヤークトをすると、
ホムンクルスを市内に放ちました!
十体のホムンクルスをです。
全部、執事型です。
【九頭幸則】
狩りって……
怪人を狩ろうっていうんですか?
【ユリア・クラウフマン】
怪人だけではありません。
他の召喚師もそしてフーマたちも……
【九頭幸則】
何の目的で、そんなことを……
【ユリア・クラウフマン】
クルトはこの帝都のセフィラを、
自分一人で扱いたいのです。
他の者がいると弱くなると――
【九頭幸則】
つまりは、セヒラのひとめ?
――それが狙いなんですか?
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ反応です!
【九頭幸則】
おお! 梨央りおちゃん、
今どこなんだい?
伝通院でんつういんに着いたのかい?
【着信 喪神梨央】
はい! 第六探信儀たんしんぎの通信室です。
四探よんたんに接続したら、
強いセヒラ反応を観測しました!

【執事型ホムンクルス】
目標ダスツィル……確認!
……攻撃アングリフ
【ユリア・クラウフマン】
フロイライン!
応戦、お願い!
【メイド型ホムンクルス】
承知ショウチシマシタ……
迎撃アップファン、開始!

迎撃アップファン、終了シマシタ……
セフィラ反応、アリマセン……
【着信 喪神梨央】
ええ? すごい!
ホムンクルスが自分でセヒラを、
観測できるんですね!
【ユリア・クラウフマン】
この子はセフィラを観測できます。
技術は日々進化しています。
【九頭幸則】
そう言えばさっきのホムンクルス、
独逸ドイツ語で数字を伝えようと。
なぁ、梨央ちゃん!
【着信 喪神梨央】
――ええ……
数字のようでした……
【ユリア・クラウフマン】
ホムンクルスは激しいダメージで、
刷り込みアプドロックの解けることがあります。
そんなとき、ひょっとしたら……
【着信 喪神梨央】
記憶の中に仕舞しまんだ
何か大切なことを伝える、
そういうこともあるんですか?
【ユリア・クラウフマン】
五年ほど前、エッセンの研究所で、
似たようなことがありました。
手違てちがいで高電圧を浴びた一体が――
深い領域に記憶させられた言葉を、
やおらしゃべり始めたんです。
所長の妻がのこした言葉でした――
【九頭幸則】
その所長の奥さんは、
亡くなったんですか?
【ユリア・クラウフマン】
ええ、それが起きる半年前に。
長患ながわずいのすえでした。
奥さんは聖書の一節をのこしたんです。
ホムンクルスはそれを所長ではなく、
所長の娘さんの前でしゃべったんです。
話す相手を選んだようです――
【九頭幸則】
まるで感情を持つみたいだ……
【ユリア・クラウフマン】
そのように見えますが、
ホムンクルスに感情はありません。
【九頭幸則】
――何だか美しい人が、
冷徹れいてつに話すなんて……
ちょっとしびれるなぁ~
【着信 喪神梨央】
気を付けてください!
セヒラ、確認!
反対方向です!

【執事型ホムンクルス】
標的ツィール……
……捕捉エルファスン

《バトル》

【執事型ホムンクルス】
エースト……アインス――
ツヴァイト……ツヴァイ――
――アインス、ツヴァイ……
【ユリア・クラウフマン】
アインス……ツヴァイ……
【九頭幸則】
なんと言ったんですか?
――やはり数字でしたか?
【ユリア・クラウフマン】
一とニです……
一番目、二番目と断っていたので、
連続する一とニですね。
何の数字でしょうか?
――何かの番号でしょうか……
一とニ、覚えておきましょう。
【九頭幸則】
ユリアさん、
狩りに出たホムンクルスは、
全部で十体でしたか?
【ユリア・クラウフマン】
ええ、十体です。
執事型は全部で十八体います。
八体は大使館倉庫で確認しました。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
日本橋興亜こうあ百貨店前でセヒラ確認!
――おそらく麗華れいかさんです!
ホムンクルスを追って、
日本橋に向かったものと思われます。
急ぎ、現地を確認してください。