第五章 第十話 浜松牡丹江セヒラの奔流

はらえの・帝都〕

御厨みくりや車夫しゃふは辞世の句をんだ。
しかし作りそこねて戻りたがっている。それを知った和宮かずのみやの思念は、自らむ句を贈ろうとするもすべを知らない。そこで和宮かずのみやの思念から句を聞き出し、再び、浜松はままつ牡丹江ボタンコウへ向かうことになった。句を届ければ、和宮かずのみやの思念は満足して、御厨みくりや車夫しゃふのアストラルを解放するだろう。それでセヒラの奔流ほんりゅうむはずである。

【着信 喪神梨央】
増上寺ぞうじょうじでは、依然いぜん
強いセヒラを観測しています。
帆村ほむら魯公ろこう
御厨みくりや車夫しゃふのアストラルがいなくなれば
セヒラの凝集ぎょうしゅうも消えるはずだ。
これ以上、帝都にセヒラが流れると、
何が起きるやも知れん。
頼んだぞ、風魔ふうま

〔浜松牡丹江ボタンコウ・北〕

帝都満洲鉄道は、さしたる妨害もなく、浜松はままつ牡丹江ボタンコウへ到着した。帝都の喧騒けんそうとは異なり、静けさを保っている。

【バール】
御厨みくりやは句が不出来ふできで、
死に切れないってことなんだニャ!
和宮かずのみやからもらった句、
早く御厨みくりやに届けるニャ!
【バールの帽子背後】
奴は何だかんだ言って、
死ぬ気なんぞこれっぽっちも、
持ちあわせておらんじゃろ。
【バールの帽子】
句がダメだからなおしたい、
そういうことだゲロ!
単なるロマンチストなんだゲロ!
【バールの帽子背後】
なぁに、弱虫なんじゃよ!
【バール】
それにしても他の隊員たち、
比類舎ひるいしゃの連中はどうなったニャ?
【バールの帽子】
二人、旅館で死んだゲロ!
そのうち死ぬ間際の思念が、
ここいらに漂い現れるゲロよ。
【バール】
思念はここじゃすぐにアストラル!
それらがまたぞろ凝集ぎょうしゅうに加わると、
いよいよ面倒なことになるニャ!
風魔ふうま
御厨みくりやアストラルのところへ急ぐニャ!
【バールの帽子】
それにしても和宮かずのみや頑固がんこだゲロ!
御厨みくりやなんか放っておけばよいものを。
【バールの帽子背後】
あれはな、事態を憂慮ゆうりょして、
御厨みくりやを捕まえておったのだよ。
そして風魔を待っておったんじゃよ!
【バールの帽子】
和宮かずのみやに捕まってるうちに、
御厨みくりやはすっかり決起けっきが失せた……
そういうことゲロな!
【バールの帽子背後】
御厨みくりやが強がるのをやめれば、
アストラルの凝集ぎょうしゅうは消えるはずじゃ。
和宮かずのみやは全部お見通しなんじゃよ!
【バール】
さ、急ぐニャ!
比類舎ひるいしゃの連中がやって来たニャ!

比類舎ひるいしゃ幹部アストラル】
革命隊長が知らせてくれたが、
すでに二名の隊員が自死したという。
きっと強力な思念が生まれただろう。
さて、私はどうしたものか……
ここ帝都ホテルは居心地がいい。
ルームサービスで葡萄酒ワインを頼んだ。
この快適さは死しては得られない――
ああ、そう考えをめぐらすうちに、
私の思念は……薄くなる気が……

比類人ひるいじん編集アストラル】
御厨みくりや車夫しゃふ先生が移られた、
谷中やなかの下宿館、花館はなのやかたと言う。
――下宿にしては不思議な名称だ。
先生が滞在される武相屋ぶそうやの部屋も、
沈丁花じんちょうげ、花にちなむ名だ。
他の部屋は大山おおやま高雄たかおなどだが……
そういえば、
沈丁花じんちょうげの花言葉は……
――不死ではなかったか!!

比類舎ひるいしゃ革命隊Wアストラル】
結局、剃刀かみそりのどいた。
予想に反し、痛くはなかった……
むしろ体が軽くなり、浮かぶようだ。
私の体は武相屋ぶそうやの二階だ、
今頃、血の海に沈んでいるだろう。
今の私は死ぬ前の私――
しかしだ、死ぬ前で止まっている、
そういう訳じゃないようだ!
なんだ、こんなことだったのか!
思念として永遠の存在になれる!
――ただし、邪魔が入らねばの話だ。
お前は私にとり異物だ、除去する!!

《バトル》

比類舎ひるいしゃ革命隊Wアストラル】
去ってくれ、もういい!
わけがわからなくなってきた!!
こんな状態で永遠に存在するのが、
果たして幸福なのか……
もうわからない!!

比類舎ひるいしゃ革命隊Mアストラル】
茶碗ちゃわん一杯の昇汞水しょうこうすいを飲んだ!
体内に焼けた鉄を流されたようで、
苦しむ間もなく、私は飛んだ!
私は思念となった!
さぁ、どこに向かえばいいのだ?
セヒラをまとい、帝都に戻る、
それで革命が起きるのだろう?
それにしても,他の隊員はどこだ?
御厨みくりや先生はまだなのか――

比類舎ひるいしゃ主幹アストラル】
すでに隊員二人が自死して、
思念を飛ばしたという。
残るは隊員四人と御厨みくりや先生だ……
先生は、思念でしか行けぬ場所に、
多大なセヒラがあると仰る。
革命を起こすに十分な量だそうだ。

比類舎ひるいしゃ革命隊Sアストラル】
昇汞水しょうこうすいを入れた茶碗ちゃわんは、
ずっと目の前にある――
死を前にして、
私には思念の高ぶりが訪れない――
むしろ昔のことを思い出し、
その思い出にひたるようなていたらく。
――私は死ねないかも知れない……

〔浜松牡丹江ボタンコウ・西〕

比類舎ひるいしゃ革命隊Kアストラル】
自死すると思念を飛ばすと言う。
思念は中界のような場所を漂う。
それが革命の力になる――
だが自死では姉さんに会えない――
姉は日光にっこうのサナトリウムで死んだ。
私が人生において死を迎えるのは、
まだ随分と先のような気がする――
悩ましいな……
自死して革命をすか、
あの世で姉に会うか――
カルモチンにベロナールに、
ヂエアールもそろえたのだが……
あゝ、続く命のなんという長さよ!!

比類舎ひるいしゃ革命隊Hアストラル】
自死して生まれた思念は、
セヒラの運び役となり、
帝都に多大なセヒラをもたらす――
御厨みくりや先生の計画が成功すれば、
帝都は無秩序状態アナーキーに陥る!
我々が直接手をくださずとも、
国家は転覆てんぷくするだろう。
さぁ、決行の時だ!

比類舎ひるいしゃ革命隊Aアストラル】
カルモチンを飲んだが……
……まだ致死量には……
……なんだか……眠く……
なって……き……た……
眠っても思念は飛ぶはずだが……

比類舎ひるいしゃ革命隊長Gアストラル】
今、沈丁花ちんちょうげの間を見に行ったが、
御厨みくりや先生、うたた寝をしていた――
あれは死を決意した顔じゃない!
――一体、どういうことなんだ?

御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
私は……辞世の句を損じた!
――そういうの、許せないんです。
だって、ずっと残りますよ!
【バール】
風魔ふうま和宮かずのみやから預かった句、
教えるニャよ!
言うニャ、言うニャ、今だニャ!
しまじな
君と民とのためならば
身は武蔵野むさしのつゆゆとも
御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
ああ、思い付いた!
新しい句をだ!
しまじな 君と民とのためならば~
ああ、動けるぞ、動ける!
ようし、この句をしたために、
一旦、花館はなのやかたに戻るとする!

感嘆の声を残して、御厨みくりや車夫しゃふのアストラルは消えた――
それに続きアストラルの凝集ぎょうしゅうも、やがて消え始めた――

【バール】
消えたニャ、消えたニャ!
これで帝都へのセヒラの流れ、
収まるはずだニャ!

【バール帽子】
おい、風魔ふうまさんよ、
触らぬ神にたたりなしだゲロ!
そう思うゲロね!
【バール】
なんか出たニャ。
あれは、セヒラが知るもの
きっとその全てだニャ。
【バール帽子】
セヒラは全てを含むゲロ。
ある時代、ある場所に限らない――
全部といえば全部だゲロ。
【バール帽子背後】
おいおい、もしやそいつは……
宇宙ユニバースってのか? アンタ、
宇宙ユニバースと喧嘩でもする気かい?

【バール】
ここはどこだニャ……
赤坂にして赤坂にあらず――
【バール帽子】
ゲロゲロ、ここはおそらくだ、
誰かの記憶ではないか、ゲロゲロ。
記憶がこしらえた街だゲロ。
【バール帽子背後】
俺達が出てこられるってことは、
帝都じゃないな、そうだろ、
風魔ふうまさんよ。
もしや……
ここは、アンタの記憶かもな!
【???】
風魔……
そこにいるのね……
【バール】
ニャ、ニャんニャんだ、あの声は?
女の声だニャ……
知らない声だニャ!
【???】
風魔……
私のこと忘れたの? 淑子としこよ……
――そばに来て頂戴ちょうだい
【バール】
ニャンニャン、あの声は?
淑子としこって、誰ニャン?
いい人ニャんか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
繋がった!
兄さん、声は淑子としこ姉さんじゃない!!
まやかしよ、気をつけて!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
淑子としこさんはお前が中学五年生の時、
肺病で亡くなった……
事実から目をそむけるな、風魔!
【???】
私は……まだ最中さいちゅうなのよ、風魔……
――ずっと……最中なの……
迎えに来て、風魔……
【バール】
そっちは、危険だニャ!
行っちゃダメニャ!!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
風魔よ、惑わされるな!
お前は自分の記憶に取り込まれようと
しておる! 行くんじゃない、風魔!!
【バール】
こうなったら、ありったけの
アストラルを呼ぶニャン!
目には目をだニャン!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
風魔!
気を確かに持つんだ!
惑わされるんじゃないぞ!
【バール】
呼ぶニャン、呼ぶニャン、
アストラル、たくさん呼んで、
惑わしを吹き消すニャン!
【バール帽子】
そんなことしたら、
すこぶるゲロゲロだぞ!
どんな奴が現れるや知れん――
【バール帽子背後】
ものは試しだ、やってみるだよ。
――用意はいいな、ども!
権化ごんげのアストラル】
――痛いっと思った直後、
全身が硬直しました。
その時、私は飛んだのです――
帝大工科の研究工廠こうしょうで、
私は千ボルト、四十アンペアという、
高圧電流に感電してしまいました。
こうして漂ううちに、
いろんな人が集まってきました。
電気は人を寄せるのですね――

おれは電気総長だよ。
ただの電気ではないさ。
つまり、電気のすべての長、
長というのはかしらとよむ。
とりもなおさず
電気の大将ということだ。

皆さん、電気には可能性が一杯です。
将来は、電気で声や歌を届けたり、
電気で景色を送ることもできます。
また電気は絵や文を書くなんて芸当も
いとも簡単にやってのけるのです。
二十世紀は電気の時代なのです!

変わった名だね。君は何人なにじんかね?
フッ、まぁいい、どうせわかる。
それにしても酷い虫歯だ――
この鉗子かんしには電流が流れている。
まずは二百ボルトからだ。
失神したら起こしてあげるよ――

あああ、だめです、
邪悪な思念が混ざっています!
一度、解散しないといけません!
――貴方! 力を貸してください!!
私たちを離してください!

《バトル》

権化ごんげのアストラル】
やっと、離れました……
――私の体はどこでしょうか……
まだ見つかっていないようです。
【バール】
やったニャ!
アストラルが吸い込んだセヒラは、
方々に散ったニャ!
【バール帽子】
これでもう大丈夫だゲロ。

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
――よかった……
――あれは確かに姉さんの声でした。
亡くなったの、私が十一歳の時。
兄さんは中学五年だった――
でも……どれもみんな、
兄さんの記憶からつむぎだされたもの。
だから、まやかしじゃないのね。
でも……
あのまま行ってたら、絶対戻れない。
――だから、よかった……
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
おい、風魔ふうま! 梨央りお
何を油売ってる?
早く戻ってこい!

セヒラの奔流ほんりゅうが現した記憶の世界。そこへやまいで亡くした姉の声がした――邪心は記憶のよみがえりさえも操るというのか。