第五章 第十一話 渋谷の戦い

そのとき、鬼龍きりゅう豪人たけとは混乱し、進むべき道を見失っていた――
召喚師として心を強くして、を降ろし、それを指揮する修練、積み重ねたはずが、それがらいでいる。
鬼龍の中で何かが壊れようとしていた。
壊れて、また新しく作られる――
その円環の始まりのようであった。

【くぐもった声】
お前の前に、もはや道はない!
鬼龍きりゅう豪人たけと
道は私が見つける!
貴様の指図さしずは受けない!
【くぐもった声】
思い込みの強さは、
生来しょうらいのものか?
――それともそう振舞っているのか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
私は事実を言うまでだ。
しかるべき道が私を導く――
その時を待つ!
【くぐもった声】
辛坊強しんぼうづよいのだな、見かけによらず――
それは東雲しののめ流の教えか?
それともトゥーレのやかたで学んだか?
お前は自分の可能性に、
まだ気づいていない。
それを邪魔するものがあるようだ。
鬼龍きりゅう豪人たけと
そのような言われ方をする、
筋合いなど無い!
自分を最も知るのは、
この私だ――
【仮面の男】
そうであるといいんだが、
鬼龍きりゅう豪人たけとよ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
貴様!
一体、私に何を望む?
【仮面の男】
私の望むもの?
ハッハッハ!
――それは君の真の姿だ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
フフフ――
私は決して一人ではない。
そのことを忘れるな。
【仮面の男】
どういう意味だ?
一人ではないとは?
鬼龍きりゅう豪人たけと
今にわかる、今にな――

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

増上寺ぞうじょうじの怪異もしずまり、帝都のセヒラは、比較的安定した値を示していた。際立きわだった怪人騒動も起きていない――
帝都に六基ある探信儀たんしんぎの値を総合して、増上寺ぞうじょうじのセヒラが如何いかに異常であったか、関係者が集まり改めて確認された。
その際、渋谷しぶやにある一探の値に異常があり、飯倉技研いいくらぎけんの技師が調査に出向いた。梨央りおも見学がてらそれに同行した。

帆村ほむら魯公ろこう
なぁに、梨央のことは心配いらん。
歩一から八名の護衛が付いたし、
セヒラの値も安定しておるからな。
それにしても軍属の移動に、
皇軍兵士が八人もまもりに付くとは――
参謀本部のはからいとはいえ、
なかなかの厚遇こうぐうであるな!
九頭くず幸則ゆきのり
失礼します!
歩一の九頭くず中尉です。
帆村ほむら魯公ろこう
おう、中尉!
歩一から大勢、護衛に出たそうだな。
九頭くず幸則ゆきのり
ええ――
増上寺ぞうじょうじの影響、まだ残るようです。
げんにホテルの近くでも――
九頭が言うには、山王さんのうホテル近辺で、
怪人の目撃があったとのことだ。
山王さんのう機関でセヒラの観測はなかった。
六基の探信儀たんしんぎに調整が入っている、
その影響であるかも知れなかった。
帆村ほむら魯公ろこう
すぐに対応してくれ、風魔ふうま
しばらくは携行式探信儀けいこうしきたんしんぎが頼りだ、
慎重には慎重をすんだ。
九頭くず幸則ゆきのり
さっきホテル前に人が集まっていた。
その中に怪人がいるかも知れん、
行こう、風魔!
帆村ほむら魯公ろこう
移動するなら公務電車がいるな!
運行課に手順を尋ねておく。

山王さんのうホテルまえ

まるで真夏のような日が照るホテル前。何人かの市民が気もそぞろという風で、たたずんでいた。

九頭くず幸則ゆきのり
風魔、何度かお前と一緒するうちに、
俺も怪人がわかるようになった……
てなことはないな!
でも、ここにいる連中に、
一人くらいまぎれてるだろ、怪人!
それくらいは、俺でもわかる。
第六感がな、ピーンとな、
ピーンとするんだ!

【噂好きのサラリーマン】
もしや怪人騒動ですか?
――いやね、新宿しんじゅくの安宿で、
集団自殺があったとか。
学生、文筆家、銀行家に雑貨商……
死んだのは四人だとか。
共通しているのは、
皆アナーキストだったことです。
連中、怪人になろうとしたんですか?
その辺のことはわかりませんがね……
警察ではこの事件、封印だそうで。
新聞にもりませんよ、きっと!

【書芸家】
総督府そうとくふの第八回書芸しょげい展の会場は、
このホテルでよろしいですか?
――あなた、ホテルの方ですな?
九頭くず幸則ゆきのり
帝国軍人の士官を見て、
何かのおふざけですか?
【書芸家】
ああ、これは失礼した!
いや、私の作品が選にれてね、
一体、どういう絡繰からくりなんだと――
九頭くず幸則ゆきのり
今日はそのようなもよおし、
見かけませんがね――
もしや、あなた……
【書芸家】
あー、いやいや、ならいいんです。
事務部の方にけあってみますので。
九頭くず幸則ゆきのり
――書芸って、あれだよな、
朝鮮の書道だよな。
ハングルに似せた国字こくじを作って、
全部を漢字で表すんだよな。

【浮世離れした文科生】
特務機関がこの近くだと聞いた。
あんたがそうなのか?
大学で騒動を起こすのは、あんたか?

【浮世離れした文科生】
毎日、本を読んで暮らそうと――
今は落ち着いて勉強もできない!
怪人とかアナーキストとか知るか!

《バトル》

【浮世離れした文科生】
どうした……
とうとう自分を見失ったのか、僕は。
アハハハハ~
【九頭幸則】
大学で騒ぎを起こすのは、
あれだな、赤門あかもん出版会だな。
すでに特高の内偵ないていが入っているって、
そんな話だったはず――
【着信 帆村魯公】
いるか、二人!
至急、代々木よよぎ練兵場に向かえ!
一探にいる梨央りおからの依頼だ。
公務電車、九番の路線は無理だった。
溜池ためいけ六本木ろっぽんぎ経由で渋谷しぶやに行く、
六番の路線を確保したぞ!
【九頭幸則】
梨央ちゃん、何を観測したんだろう?
とにかく急ごう!
何が待ち受けるかわからんが。

代々木練兵場よよぎれんぺいじょう

北支ほくしの平原を思わせる広大な練兵場で第三連隊の将兵たちが訓練をしている。将校の訓示くんじを聞き入る隊のそばまで来た。

九頭くず幸則ゆきのり
連中、九十九小隊じゃないか?
歩三の……だとすると鬼龍きりゅうか!

【第九十九小隊二等召喚兵】
第九十九小隊は、
本日より歩兵第三連隊召喚小隊です!
九頭くず幸則ゆきのり
この近辺でセヒラが観測された。
心当たりはないか、二等兵!
【第九十九小隊二等召喚兵】
二等召喚兵であります、中尉!
セヒラの心当たりはございません!

【第九十九小隊二等召喚兵】
本日は歩三召喚小隊の演習日です。
鬼龍きりゅう隊長の指導の元、
訓練に精を出すであります!
九頭くず幸則ゆきのり
召喚師の養成は
順調に進むのか、曹長そうちょう
【第九十九小隊二等召喚兵】
召喚曹長そうちょうであります!
はい、召喚師は増えております!
隊長のところへご案内します。

【第九十九小隊二等召喚兵】
隊長、お客様です。
一般歩兵中尉と特務中尉であります。
鬼龍きりゅう豪人たけと
歩一士官と特務機関員か!
――我が隊に何用だ?
九頭くず幸則ゆきのり
大尉、この近辺で、
セヒラが観測されています。
貴隊に原因があるのではないですか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
フン、言いがかりは止せ!
我が隊は召喚師部隊だ、
隊に怪人などいない!
九頭くず幸則ゆきのり
それはどうだか……
部隊作り、捗々はかばかしくないと、
もっぱらの噂ですがね――

広大な演習場を風が渡る――
聞こえてくる音は他になかった。

九頭くず幸則ゆきのり
鬼龍大尉――
大尉は新宗教のおかしな教義に加担かたん
鈴代すずよの命を危険にさらしたではないか!
鬼龍きりゅう豪人たけと
命に危険がおよんだか?
彼女とて刺激になったのではないか?
確かに神子柴みこしば錬金術れんきんじゅつ
はなはだしく曲解している。
――もしや私が信じたとでも?
九頭くず幸則ゆきのり
あなたが何を信じようが、
そんなことはどうでもいい!
問題は何をしたかです!
鬼龍きりゅう豪人たけと
私はただ道を求めている。
それだけだ。
九頭くず幸則ゆきのり
ご自身が求めるもののために、
鈴代に犠牲をいたのですか?
それがどういうことか――
鬼龍きりゅう豪人たけと
中尉は如月きさらぎ鈴代すずよの強さを知らない、
そうではないかな?
確か尋常じんじょうの同級と聞くが。
九頭くず幸則ゆきのり
鈴代のことならよく知っています。
彼女は力など求めてはいない――
強さなど関係ないんです!
鬼龍きりゅう豪人たけと
ここにもいたのか、ロマンチストが!
彼女が霊異りょういを現せないというのは、
彼女がそれを望んでいるからだ。
九頭くず幸則ゆきのり
他にすべがないのなら、
選びようがないのではないですか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
彼女は何かを恐れている、
私にはそう見えるがね。
鬼龍きりゅう豪人たけと
東雲しののめ流宗家としての彼女は、
稀代きだい審神者さにわとしての資質を備え、
その開花が待たれていたのだ。
九頭くず幸則ゆきのり
あなたの存在が、彼女を阻害した、
それこそが事実なのではないですか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
フフフ、私は道に迷っているのでな!
喪神もがみ風魔ふうま! いい機会だ、
私に道を示してはくれないか!

《バトル》

鬼龍きりゅう豪人たけと
喪神もがみ中尉!
私はまだ未熟者だ――
だが、未熟者には未熟者のすべがある!

鬼龍きりゅう豪人たけと
いいだろう、少し自分が見えた――
九頭くず幸則ゆきのり
見えなかった道でも見えましたか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
――フフフ……
……私は……捨てるべきなのか……
……ウッ……
……ウグッ!

鬼龍きりゅう豪人たけと
京都時代、私は東雲しののめ流に打ち込んだ。
自ら神意に向き合う喜びに満ち、
そして恋をしていた――
【仮面の男】
輝ける過去というやつだな!
――私には過去など無用だがな!
鬼龍きりゅう豪人たけと
西陣にしじん商家しょうかの娘だった。
師団街道で乗せた円タクが事故に
彼女は死んだ。あっけなく死んだ――
【仮面の男】
お前は心の半分を、
京都に置き去りにしているのか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
置き去りになどしていない。
穴が開いているだけだ。
何をもってもまらない穴が――
【仮面の男】
小娘の死んだのが、
それほどショックというわけか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
フフフ、何もわかっていないようだ。
確かに娘の死がきっかけだが、
穴とは東雲しののめ流を受け入れる穴だ。
【仮面の男】
なるほど――
それはお前らしい考え方だ。
流派が閉じられ、穴は空いたままか。
【仮面の男】
だがお前はトゥーレのやかたで修練し、
その穴をめたのではないか?
それがお前の尊厳をすのでは――
鬼龍きりゅう豪人たけと
愚鈍ぐどんな貴様もようやく理解したか。
穴を抱える私と、穴をめた私、
その二人がいるということを!
【仮面の男】
二匹の迷える子羊ストレイシープか――

九頭くず幸則ゆきのり
鬼龍きりゅう大尉!
どうされましたか?
――あなたがしっかりしないと……
【第九十九小隊召喚曹長】
隊長! 隊長!
衛生兵を呼ぶ、
ここはお引き取り願えますか?
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、セヒラは消えた。
本部に帰還してくれ。
梨央りおも戻ったぞ。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
セヒラの出処でどころ、結局、
鬼龍きりゅうの部隊じゃなかったわけか?
九頭くず幸則ゆきのり
連中、昇格でもしたんですか?
第九十九小隊を改め召喚小隊に
なったと胸を張っていましたよ。
帆村ほむら魯公ろこう
常田つねだ大佐、本腰を入れるつもりか。
だが隊の規模は変わらんからな――
梨央りお、一探の方はどうであった?
喪神もがみ梨央りお
セヒラの観測、間違いないのですが、
何分、揺らぎが酷くて……
また妙な波形も出ています――
九頭くず幸則ゆきのり
通信網を介さずに、
探信儀たんしんぎじかに測ると微細なセヒラも、
逃すことはないんだな?
喪神もがみ梨央りお
あら、中尉……
いつの間に探信儀たんしんぎのこと、
そんなに勉強されたんですか?
九頭くず幸則ゆきのり
いやぁ、勉強だなんて……
アハハ、梨央ちゃんにめられると、
なんだか照れくさいなぁ~
喪神もがみ梨央りお
(ちょっと言ったまでですけど)
帆村ほむら魯公ろこう
ところで、梨央、
妙な波形というのはどの辺りなんだ?
喪神もがみ梨央りお
はい、青山方面です。
あの辺、一探でギリギリなんです。
じかに計測して確認できました。
帆村ほむら魯公ろこう
うーむ……
探信儀たんしんぎ隙間すきま、やはり由々ゆゆしき問題、
なんとかせねばな――