第五章 第五話 力求める者

人は闇を恐れる――
恐れるがあまり、光に頼り、やみをますます深くしてしまう。心から恐れが去らないかぎり、人がやみを照らす光を求めるはやまず、やみは深く濃くなるばかりである。深いやみの中で一人の男がもがいていた。もがくほどにやみはますます深くなる――

【くぐもった声】
一体、どこへ行くつもりだ?
あるいは逃げようとしているのか?
クルト・ヘーゲン……
お前のうちには何がある?
【クルト・ヘーゲン】
うるさい!
気安く名を呼ぶな!!
【くぐもった声】
お前はうろでできている。
わかるか、うろだ、こごえるうろだ。
黒い森シュバルツバルトでお前は育った。
郭公カッコウ時計を作る職人の息子として。
ある陰鬱いんうつな冬の午後、
お前は納屋なやで首をった――
だが、死ねなかった!
【クルト・ヘーゲン】
黙れ!
貴様、誰だ!
【くぐもった声】
教えてほしいんだ、切実にね。
お前は、自分を棄てたのか?
それとも取り戻したのか?
可哀想かわいそうな少年は、力を得た。
少年はその力に翻弄ほんろうされた――
【クルト・ヘーゲン】
上出来だな!
――私の力を恐れるのか?
恐れるがあまり……
【くぐもった声】
祝福と呪いでできた人生を、
お前は歩み始めた――
先のない道とは知らずに。
【クルト・ヘーゲン】
判ったふうに言うな!
貴様は、私の何を知る!
――名乗れ!
【くぐもった声】
私には見えるぞ、小さな妖精が。
お前の中に飛ぶ妖精だ。
【クルト・ヘーゲン】
そんなものは、ない!
【くぐもった声】
妖精はお前の前進をこばんでいる。
お前は妖精を飼う限り、
前には進めない――
【クルト・ヘーゲン】
黙れ!
私に構うな!
【くぐもった声】
お前の名を呼ぼう……
クルト・ククックカッコウ・ヘーゲン!
【クルト・ヘーゲン】
やめろ!
やめるんだぁ!!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

山王さんのう機関本部では、いつになく緊張した空気が支配的であった。歩兵第三連隊が襲撃しゅうげきを受けているという――

喪神もがみ梨央りお
兄さん、波形から見て、
歩三をおそうのはホムンクルスです。
それもクルト・ヘーゲンの!
帆村ほむら魯公ろこう
これは奴の擅権せんけんか?
アーネンエルベのめいを受けず、
勝手な判断でやっているのか?
喪神もがみ梨央りお
わかりません。
アーネンエルベの規律に、
擅権せんけんの罪はないのかも知れません。
帆村ほむら魯公ろこう
規律があってもなくても、
奴ならやりかねんがな。
歩三で迎え撃つは、
第九十九小隊、鬼龍きりゅう隊か?
帆村ほむら虹人こうじん
彼らだけでは間に合いません。
一般の将兵も出ているはず……
とても手に負えないでしょう。
それで、梨央りお
クルト側のホムンクルスは、
何体くらい出てるんだ?
喪神もがみ梨央りお
確認出来るだけで三十、
いや、もっと多いです!
帆村ほむら魯公ろこう
いずれにせよだ、
これはアーネンエルベに
さぶりをかけるいい機会だ。
クルトをたたけば、奴も今の立場を、
守るのは難しくなるだろう――
喪神もがみ梨央りお
クルトは帝都のセヒラを、
独り占めにするつもりなです!
そんなの無理です。
帆村ほむら虹人こうじん
すこしらしめるか。
それで帝都で権勢けんぜいほこれなくなる――
独逸ドイツ本国も苛立いらだちをつのらせるだろう。
帆村ほむら魯公ろこう
そうとわかれば、風魔ふうまよ!
ただちに歩三へ助太刀すけだちに向かうぞ!
帆村ほむら虹人こうじん
今回は僕も行く。
クルトのほしいままにはさせない!
やつは往生際おうじょうぎわが悪すぎるんだ。
帆村ほむら魯公ろこう
襲撃しゅうげきは間違ってもユンカー局長の
命令ではないはずだ。
梨央りお、公務電車を頼む!
喪神もがみ梨央りお
はい! 溜池ためいけから六本木ろっぽんぎ
第一連隊前まで軌道きどう確保しました!

第三連隊だいさんれんたい前庭ぜんてい

魯公ろこう虹人こうじん帆村ほむら兄弟と風魔ふうまは、公務電車により第一連隊前の電停に着いた。
すぐ第三連隊本部へ踏み込んだ。第一連隊に向き合うように第三連隊はあるが、第一連隊は赤坂区、第三連隊は麻布あざぶ区に属す。ゆえに、第三連隊は麻布あざぶの連隊とz称しょうせられる。連隊本部内では、ホムンクルスに立ち向かい、その怪力に倒された将兵の姿があった。将兵らはホムンクルスを人造人間と呼んだ。

【第二十三小隊曹長】
ハァハァハァハァ……
奴らは人間ではありません!
――小隊、壊滅かいめつにあります……
うぐっ……
人造人間の集団に……
そうです……
人造……人間……です
帆村ほむら魯公ろこう
ホムンクルス相手では仕方ない。
奴らは怪人ばりの怪力だ。
勿論もちろん、弾も効果あるまい。

【第八小隊伍長】
無念であります……
撃てども効かず、奴らは封鎖ふうさ突破とっぱ
相次あいつぎ本部へと……
兵ら、斉射せいしゃするも効果なく……
たちまたれる始末しまつ
銃剣じゅうけんさえもろともせず……
あの怪力に立ち向かうのは無理です!
帆村ほむら虹人こうじん
僕たちなら大丈夫だ、
取っ組み合いをするわけじゃないさ!

【執事型ホムンクルス】
戦闘開始カンプビゲン……

《バトル》

【執事型ホムンクルス】
敗北……アウスファイル

【怯えた犬】
グーウググググググ~
グヮン! グヮン! グヮン!
帆村ほむら魯公ろこう
犬すら気配を察しておるな!
ホムンクルスの!

【執事型ホムンクルス】
戦闘開始カンプビゲン……
帆村ほむら魯公ろこう
こいつはクルトの指揮しき下にある。
ここはわしにまかせて、
二人は先に進んでくれ!
帆村ほむら虹人こうじん
兄上、お願いします!
帆村ほむら魯公ろこう
鬼龍きりゅうを探すんだ、頼んだぞ!

第三連隊だいさんれんたい廊下ろうか

【執事型ホムンクルス】
戦闘開始カンプビゲン……
帆村ほむら虹人こうじん
人造召喚師めが!
――こいつら、皆、同じなのか……
性能の差はありそうだな――
よし、風魔ふうま
ここは僕にまかせてくれ!
お前は奥へ進むんだ!

一五市にのまえごいち
ぐぅ……喪神もがみ風魔ふうま……特務中尉、
わらいに来たのか?
九十九小隊も出撃したが……
……このていたらく……
人造人間ごときに――
……中尉……
はじしのんで頼む……
隊長を……
頼む!
――隊長を!

第三連隊だいさんれんたい兵舎へいしゃ

鬼龍きりゅう豪人たけととクルト・ヘーゲン。
二大召喚師の激突は、熾烈しれつきわめていた。共にトゥーレのやかたで修練を積んだ者同士。たがいの術策は知り尽くしている――
この戦いの行方は予断を許さない。両者の術が交錯こうさくし、周囲にただならぬ妖気をもたらしていた。霊異りょういひらく魔の空間である――

【クルト・ヘーゲン】
私のうちに何があるだと――
そうだよ、黒い森シュバルツバルトが広がるんだ!
果てしない森がな!
鬼龍きりゅう豪人たけと
貴様は、一体、何を……
求めている?

クルト・ヘーゲンが鬼龍の霊異りょういふうじた。召喚師同士の勝負はついた――

【クルト・ヘーゲン】
我々が求めるものは、
純粋な力に他ならない!
純粋であればこその力だ!
先史せんしアーリア人の霊異りょうい為す力だ。
その力を求めるため、
この国の霊異りょうい掌中しょうちゅうに収める!!
あきらめろ、お前は不純だ。
シノノメに頼る限りな!
お前は、終わりだ!!
鬼龍きりゅう豪人たけと
あっ!!
――クルト……
貴様、その力……いつ……
【クルト・ヘーゲン】
お前の不純さが、私の目をにごらす。
だがもう案じることはないようだ。
さて、私もいそがしくなってきたな!
喪神もがみ風魔ふうま君――
君には一点のくもりもないようだ。
素晴らしいじゃないか!
そうだよ、それでこそ、
私の好敵手というものだ!

《バトル》

【クルト・ヘーゲン】
フーマ、君の森はどれほど深い?
私は森を抜けようとしている――
あと、少しだ!

【クルト・ヘーゲン】
君から学ぶところも、あるようだな、
自分でもそう思うだろう、フーマ……
君たちがどうあろうと、
私は森の出口を見つけた――
暗闇を抜けたのだ!
さぁ、私を……
しかるべきところへ帰すのだ、
光よ、私はここに待つ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
セヒラが増大しています!
これまでにない波形です!!
【クルト・ヘーゲン】
おお!
おおおおお!!
【謎の声】
フフフ――
さしずめ迷える子羊ストレイシープだな……
鬼龍きりゅう豪人たけと
まだいるのか……
――あるいは……
誰だ! その声は……
【謎の声】
お前にも道を示すぞ、鬼龍きりゅう豪人たけと
鬼龍きりゅう豪人たけと
どうして私の名を?
貴様に名を呼ばれる筋合いはない!
さては……
蒸し暑い帝都を彷徨さまよう思念か?
――だとすれば、あわれだな!
【謎の声】
お前は自分をいつわっている、
あわれとはそういうものだ。
鬼龍きりゅう豪人たけと
何だと!
貴様、何者だ!
名乗れ!
【謎の声】
京都にいたお前に届いたのは何だ?
素敵な木箱だ、中にあったのは、
京都発伯林ベルリン行きの一等切符チケットだったな!
それでお前はドイツ行きを決めた。
東雲しののめ流に見限られた思いを残して。
――お前のことは見ているからな。

一五市にのまえごいち
隊長!
ご無事でしたか!
喪神もがみ中尉、
ここはひとまず礼を言う。
鬼龍きりゅう豪人たけと
何だと、少尉?
貴様が助けを求めたのか?
――余計なことを……
私は奴の本性を引きずり出し、
白日はくじつのもとにさらけ出してやろうと――
純粋であることが強い――
フフ、一理あるとしておくか。
如月きさらぎ鈴代すずよも純粋であったからな!
一五市にのまえごいち
大尉!
自分が、差し出がましいことを――
申し訳ございません!
鬼龍きりゅう豪人たけと
ここはもういいだろう、喪神中尉。
貴様には貴様の場所があるはずだ。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
アーネンエルベで、
何かあったんですか?
第三連隊をおそったところで、
帝都のセヒラの独り占めなんて、
絶対無理です――
帆村ほむら虹人こうじん
それはクルトの言い訳に聞こえるね。
奴は……変わろうとしている――
そんな感じがするよ。
帆村ほむら魯公ろこう
何かの啓示けいじでも受けたか?
それとも誰かにそそのかされたか……
帆村ほむら虹人こうじん
そういや帥先そっせんヤの摘発てきはつが始まったよ。
人をそそのかして怪人化させるとか、
そんな噂の連中だよ。
帆村ほむら魯公ろこう
憲兵特高が動いているとかだな。
警察の特高課ではなく憲兵だ。
まず人生相談所がやられたみたいだ。
帆村ほむら虹人こうじん
悩みを聞き出して、そこにつけ込み、
恨みを晴らすように仕向けたり……
それが治安維持法ちあんいじほう違反なんだそうだ。
帆村ほむら魯公ろこう
相談受けて、似たような連中が
街に繰り出すから結社とみなされた。
国体変革こくたいへんかくを目的とした結社だ。
喪神もがみ梨央りお
摘発てきはつされたの、新宿の相談所でしょ。
他はどうなんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
どうも同じ系列じゃないみたいだ。
だが、他の摘発てきはつも時間の問題だろう。
本音を吐露とろするのも容易よういではないな。
喪神もがみ梨央りお
そうそう、鬼龍きりゅうも言ってましたね、
奴の本性を引きずり出すって。
奴って……クルトのことですよね?
帆村ほむら虹人こうじん
いや、クルトは先に去ったはず、
あの謎の波形のセヒラとともに。
でも他に人のいた気配はないし――
帆村ほむら魯公ろこう
クルトの動向どうこう、要観察だな。
アーネンエルベにもさぐりを入れる。
――今日はこれで解散だ。