第五章 第六話 虹人の挑戦

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

興亜こうあ日報にっぽうが号外を出した。
――人生よろづ相談主催者逮捕たいほ
憲兵渋谷分隊が熱海あたみ身柄みがら拘束こうそくしたという。この頃、知人、友人に、よろづ相談所に、でかけたという市民も増えてきており、この号外に市中は少しざわめいているようだ。
また仮面の怪人を見たという報告もあり、山王さんのう機関本部では神経をとがらせていた。

帆村ほむら魯公ろこう
渋谷憲兵分隊とはぜんたい何なんだ?
渋谷区を巡察じゅんさつする専門の隊なのか?
逮捕したのは新宿の主催者だよな。
喪神もがみ梨央りお
新宿相談所は鉄道病院の斜向はすむかい、
東京鉄道局経理課のバラックの隣、
あそこは渋谷区なんです。
帆村ほむら魯公ろこう
そうか……あそこは渋谷区か……
豊多摩郡とよたまぐん豊島郡としまぐん以前の府下一帯、
東京憲兵第六管区の管轄かんかつのはず……
いつ自分がいもづる式に挙げられるか、
考えただけでぞっとするなぁ……
同じあつまりと見なされているからな!
喪神もがみ梨央りお
神田かんだの相談所には長い行列が
できているそうです。
みんな、おびえているとか……
帆村ほむら魯公ろこう
そういうところに仮面の男が来ると、
怪人化する市民も出そうだな……
それで、虹人こうじんの奴はどうした?
喪神もがみ梨央りお
いまだ所在不明です――
無線でも応答ありません。
スイッチが切れているみたいです。

このところ、機関本部の司令を待たずに、巡視パトロールに出ることの多い虹人であった。
今回は無線も繋がらないという――

帆村ほむら魯公ろこう
梨央りお直近ちょっきんの記録で、
仮面の男の通報は、いつの事だ?
第八分課に寄せられた報告だよ。
喪神もがみ梨央りお
一昨日おとといです――
虹人さんが確認した形跡があります。
場所は……神田かんだです。
九頭くず幸則ゆきのり
失礼します、歩一の九頭くず中尉です。
――あれ、どうしたの、梨央ちゃん、
浮かない顔して!
喪神もがみ梨央りお
――虹人さんと連絡付かなくて……
仮面の男の通報があって、
相談所通いが押しかけていて――
どれから手を付けていいやら、
悩んでいたんです。
九頭くず幸則ゆきのり
仮面の男の件は、まぁ大丈夫だ。
喪神もがみ梨央りお
え? どうしてですか?
九頭くず幸則ゆきのり
歩一の刑部おさかべ大佐が、仮面の男探しに、
歩一の将兵を出すっておっしゃって、
今、作戦会議が終わったところさ!
捜査範囲は三十五区全域だよ。
虹人さんの捜索そうさくも頼めばいい。
帆村ほむら魯公ろこう
よし、早速、刑部おさかべ大佐に電話しよう。
九頭くず幸則ゆきのり
帆村ほむら先生、我々も手分けしましょう。

喪神もがみ梨央りお
賛成です!
私も参加していいですか?
帆村ほむら魯公ろこう
うむ。ではこうしよう――
まずは風魔ふうま、お前は神田方面だ。
何が待ち受けるかわからんぞ!
九頭中尉は銀座方面を頼む。
梨央りおはわしと一緒に赤坂だ。

それぞれの方面に分かれ、虹人を探すことに。すでに市中には歩一の将兵が展開していた。

神田街路かんだがいろ

人生よろづ相談、神田かんだにも相談所があった。そこはまだ憲兵特高の手入れを受けていない。風評ふうひょうを気にしながらも人々が集まっていた。

【着物の男】
市中に兵が出てますね。
東京市も何かと物騒ぶっそうになりました。

【洋服の女】
さっき兵隊さんが来て、
人を探してるって。平服の軍人とか。
お兄ぃさんも、そのクチかしら?

【悩み多きサラリーマン】
神田かんだの相談所が平気なのか、
心配でならないよ!
僕なんかもう二十八回も通うんだ。
いやね、課長の娘さんとのお見合い、
ちっとも気が進まなくてね。
種子っていうんだけどね、
猟奇婦人っていう雑誌を愛読あいどくする。
――そんな人、嫌だよ、僕は。
その方面、ダメなんだよ!

【不安そうな婦人】
新宿相談所、逮捕たいほされたって……
わたくし、新宿にも通いましてよ。
名簿に名前書きましてよ!

【関東軍砲兵】
あんたもそうなのか、平服の軍人。
違う? それ、制服っぽいもんね。
すると将官さん……失礼しました!
自分、関東軍第十三師団、
砲兵第六六六連隊所属であります!
連隊は牡丹江ボタンコウにあります!
はぁはぁはぁ……
何分、牡丹江ボタンコウから延々と陸路で、
下関しものせきからも三十時間、汽車で……
これより靖国やすくににお参りしたのち、
英気えいきやしなうであります。

【古書あさりの男】
怪人だの何だの迷惑千万めいわくせんばん。あんなのが
出ては落ち着いて古本屋巡りも
出来やしないじゃないかね、キミ。
で、ナニかい、平服の軍人とやらが
矢鱈滅多やたらめったら強いのかい? 
それで兵らが探してる……
図星ずぼしだろう!
いやね、怪人をひとにらみしただけで
ぶっ倒した男がいるらしい。
それが平服の軍人なんだろ?
――へっへっ、やはりね、図星ずぼしだ。

【暑がりの法科生】
ああ、暑い暑い……
こう蒸し暑いと勉学なんか、
ちっともやってられない。
アンタは良くそんな服を
着ていられますね!
さっきの歩一の兵ですよね、
知った顔がありました。
連中なら御茶ノ水おちゃのみずの方ですね!

【憂いている書生】
下女のゆきだけどね、
僕は好きになったんだ――
雪は頭がね、ちょっと弱いんだ。
円周率えんしゅうりつを覚えない。
59――
となえてもね、困った顔をする。
ゆきのこと家長おとうさんも気に入っている、
いや、あれはそれ以上だ!
家長おとうさんはゆきをいやらしい目で見る!
家長おとうさんは、熱海あたみ旅行を計画した。
ゆきと二人で行くそうだ――
ああ、何だかやるせない!!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、セヒラ確認です!
急激に高まっています。

【憂いている書生】
どうしてくれよう!
考えあぐねて、相談所に来たんだ!
――さっき、相談、終わったね!
フフフフ、
僕の決心は変わらないさ!
何しろ後押ししてもらったからね!!

《バトル》

【憂いている書生】
ふぅ……
これで良かったんだよね、
アンタも後押ししてくれたから!
昇汞水しょうこうすい、二びん買ったんだ!
今晩、ゆき家長おとうさんに飲ませるよ、
たちまち僕は自由になれる!
【着信 喪神梨央】
山王機関は怪人鎮定ちんていが目的です。
犯罪の取り締まりまではできません。
一応、警察に通報はしておきます――

大日本正教会だいにほんせいきょうかいの東京復活大聖堂――
通称ニコライ堂を臨む聖橋ひじりばしに、ぐったりとした虹人こうじんの姿があった。

神田川かんだがわ聖橋ひじりばし

帆村ほむら虹人こうじん
随分ずいぶんと兵が出ているな!
あれは、もしかして歩一なのか?
――いやぁ、ちょっとしくじった!
なぁに、大丈夫さ!
僕はこの通り、なんともない!
わかるよ、皆に心配かけた……
そこは面目めんぼくない!
【着信 喪神もがみ梨央りお
金ノ七号帥士きんのしちごうすいし
いったい連絡もせずどうしたんです?
帆村ほむら虹人こうじん
昨日、怪人とやりあった時に
油断してね、無線を壊したんだ。
無線もセヒラの影響受けるからな。
昨日の相手っていうのが、奴だよ、
帝都を騒がす仮面の男さ!
僕は奴を追い詰めたんだ――
一戦まじえた後、奴のさそいに
乗る振りをして、僕は得るものが――
――この話は後回しにしよう。
まだ近くに奴がいるぞ!
まだ警戒は解けないぞ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
依然いぜん、セヒラの値、高いままです。

【砂糖商の丁稚でっち
うわさの仮面の怪人って、
あいつのことか!
格好いいなぁ!
御茶ノ水おちゃのみずの大学生】
おい、小僧、
大概たいがいにしておけ!
【砂糖商の丁稚でっち
何だよ、怖いのかよ!
大学生にもなって怪人が怖いのかよ!
御茶ノ水おちゃのみずの大学生】
そ、そうじゃない!
――そうじゃないんだ……

世故せこけた若者】
仮面怪人だなんて、
所詮しょせん帥先そっせんヤの仕業だろ。
しょっぴいて仮面げばいいのさ!

白山はくさんの女学生】
興亜日報で読みましたわ!
仮面の怪人、真似まねする人がいるって。
本郷ほんごう下谷したや四谷よつや牛込うしごめ……
その四区に出るそうよ!
――本物より気味悪いわね!

【仮面の男】
ウハハハハ~
私はちょいといい気分だ。
市中に私の模倣犯もほうはんが現れるという。
なかなか傑作けっさくじゃないか!
だが、いくら真似まねをしたところで、
私にはなれない!
私は誰でもないのだ――
誰でもない者を真似まねするなど、
所詮しょせん不可能な話だろう!
その点、君は実に君らしい。
いや、真にもって君は君だ!
さぁ、もっと見せてくれないか!
君の君たる所以ゆえんをだよ!!

《バトル》

【仮面の男】
君は日増しに素晴らしくなっている!
これは実に驚くべきことだ!
実はせんだって、虹人こうじん君とまじえてね――
同じ山王さんのうの者でも、
君達には、大きな違いがある。
これまた、興味が尽きない!
ワハハハハ!
君はあの人物の何を知るのだ?
――帆村虹人だよ!
実に興味深い人物だ。
山王機関には人材が豊富だな!
ワハハハハハ~
【着信 喪神もがみ梨央りお
辺りのセヒラ、低下しています。
怪人の脅威きょういは去ったようです。
仮面の男、逃げちゃいましたね……
でもお二人が無事で何よりです!
帆村ほむら虹人こうじん
風魔ふうま! 奴に勝ったのか!
――奴はどうやらお前が苦手らしい。
そんなことを話していたよ。
その相手と戦い、お前は何を得た?
僕はね、おおいに得るところがあった!
奴の誘惑に乗る振りをして、
僕は心の旅をしたんだ――
そして出会った――
そうさ、僕自身とだよ。
そんな僕を見て奴は言い放ったのさ。
衝動しょうどうこそが全てだってね。
それは僕が目をそむけていたものだ――
衝動しょうどうの根本には感情がある。
そうだよ、感情に従順でいることが、
今の僕には必要なんだよ。
僕は感情を抑え込みすぎていた――
感情を殺して生きてきた、
でもそれは間違いなんだ!
僕のあわれな感情は、
翼を痛め、飛ぶことが出来ない。
でも必ず復活をげるよ!!
そして気付いたんだよ。
風魔、お前に言っていないことが、
じつにたくさんあるってね!
アハハ、いきなりだったかな!
語りすぎたよ、かたじけない。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
金ノ七号帥士きんのしちごうすいしれ事は
帰ってからいくらでも聞いてやる。
すぐに帰還するのだ。
帆村ほむら虹人こうじん
はい、兄上様、直ちに実行します。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
いい加減、常に符号コードを使う
習慣を身に付けたらどうなんだ?
【着信 喪神もがみ梨央りお
両名、急ぎ帰還してください。
帆村ほむら虹人こうじん
あゝ風魔ふうま……僕はお前に……
れたなんて言わない……
【着信 喪神もがみ梨央りお
え? 今、何を……
帆村ほむら虹人こうじん
何でもないさ、梨央りお――
これより帰還する!