第五章 第七話 増上寺の怪異

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
昨日、第八分課に通報があってな。
しば増上寺ぞうじょうしに怪異があると――
前に好事家こうずか宮武みやたけ國風こくふうが興味をいだいた
古書を預かりに訪問しただろう。
あの増上寺ぞうじょうじだよ。
この怪異とやらは、
まだ新聞ネタにはねっておらんが、
噂を聞きつけ人が集まっておる――
喪神もがみ梨央りお
隊長、兄さん、そういえば、
四探にわずかにセヒラ反応が――
ちょうど増上寺ぞうじょうじのあたりです……
帆村ほむら魯公ろこう
増上寺ぞうじょうじといえば徳川の菩提寺ぼだいじ
代々将軍の霊廟れいびょうがある――
参拝客もよく知っておることだろう。
それだけに思念の残留も多い。
何かがいずる可能性もあるだろう。
参道の客に話を聞くんだ。
梨央りお、公務電車の準備はいいか?
喪神もがみ梨央りお
はい、今の時間は三番の軌道で、
赤羽橋あかばねばし増上寺ぞうじょうじの最寄りです。
少し、歩きますが……
帆村ほむら魯公ろこう
まぁよい、いきなり大門に
公務電車を乗り付けるより、
目立たなくて済むからな!

芝増上寺大門前しばぞうじょうじだいもんまえ

公務電車は、山王さんのう下から溜池ためいけとらもんを経由、左手に愛宕山あたごやまを見ながら赤羽橋あかばねばしへ着いた。風魔ふうましば公園を抜けて増上寺ぞうじょうじへ。参道には怪異の噂を聞きつけてか、普段より人出が多かった――

婿入むこいりの酒造会社社長】
私はね、婿むこ入りの身なんでね、
よめの一族には頭が上がらんですわ。
だからね、月に一遍いっぺんはこうしてね、
和宮かずのみや様の墓所にお参りを――
皇女和宮かずのみや様、静寛院宮せいかんいんのみや様ですよ。
徳川とくがわ家茂いえもち降嫁こうかした皇女様です。
天皇家から将軍家へとついで、
慣れない御殿ごてん暮らしに戸惑いながら、
正室としてつとめを果たされた。
二十歳そこそこで立派なもんです。
そんな皇女様にあやかろうとね、
お参りするんですよ。
和宮かずのみや様の墓塔の前に立つとね、
なんだか力がもらえそうで。

しゅうとと打解けない旧家の嫁】
私の身の上、和宮かずのみや様に重ね合わせ、
なんとか辛抱しんぼうする毎日です。
嫁入よめいりした家に馴染なじめない……
旧家だから大変よと母は申しました。
でも誠意を込めてやっていればと、
自らに言い聞かせるのですが……
徳川家にお下りになった和宮かずのみや様、
きっと同じ思いでいらしたんだわ!
今日もお参りをいたしました。

高輪たかなわの婦人】
今、お墓参りのとき、噂を耳に……
――ええ、なんでもおかしな光が……
斜向はすむかいの辛坊も言ってました!
石灯籠いしどうろうが昼でも光るんだって!
まぁ、辛坊って、あの金物屋の?
あの子は法螺吹ほらふきで有名よ。
さぁ、帰って水羊羹みずようかんでも頂きましょ!

【寺の庭師】
旦那が調べられるんですかい?
怪しい光ってのはね、
和宮かずのみやの墓塔前にあった石灯籠いしどうろうです。
今、植木の入れ替えでね、
霊廟れいびょうの門前に移してあるんです。
その石灯籠いしどうろうがね、
何やら光るとか光らないとか、
いろいろ忙しいわけで!

芝増上寺境内しばぞうじょうじけいだい

【寺の小僧】
確かに怪異は現れています。
静寛院宮せいかんいんのみやの墓塔前にあった灯籠とうろうです。
そこに怪しい光が宿やどるのです。
二年前、興亜こうあ日報の特集があって、
和宮かずのみや内親王の生涯しょうがいを取り上げました。
将軍家に下った皇女様ですよ――
周りに理解者のいない中で、
将軍の正室として気丈きじょうに振る舞い、
大義を果たした女性としてね。
落ちて行く 身を知りながら紅葉もみじばの
人なつかしく こがれこそすれ
――降嫁こうかの際にまれた一句です。
記事以来、墓参者が増えたのです。
全国から人間関係で悩む人が、
和宮かずのみやにあやかろうと訪れるのです。

【寺男】
静寛院宮せいかんいんのみや、つまり和宮かずのみやの墓塔だけ、
家茂いえもち公の隣に建つんです。
代々将軍の正室、側室は、
皆、合祀ごうしされているというのに。
元皇族、それだけではないような――
そんなお墓なので、お参りの方も、
思いは一入ひとしおではないかと――
けどね……
あんまり思いが強いっていうと、
怪人になっちまうって、
新聞で勉強しました!

義文律師ぎもんりっし
拙僧せっそう、ここにお勤めして十年、
このような怪異は初めてです。
怪光の現れた石灯籠いしどうろうは、
静寛院せいかんいんの墓塔前にあったものです。
植木の入れ替えで動かして……
それがいけなかったのでしょうか?

良生律師りょうじょうりっし
思うところあって、朝の速い時間、
静寛院せいかんいん灯籠とうろう前に立つんです。
――するとですね……
ふーっと何やら現れて、
胸の中に、こう、入ってくる……
瞬間、体が軽くなるんです。
まるで体の重さを感じなくなり、
ふと見ると、足が地面から浮いて、
風でも吹こうものなら、スーッとね、
右へ左へと流されてしまいそうに……
その時です、頭の中に声がする。
最初、皆目かいもくです、わかりません。
そのうち、声の主は静寛院せいかんいん、いや、
まだ降嫁こうか前の和宮かずのみや様とわかる――
なぜだか、わかるんです……
まだ京都においでで、
有栖川ありすがわ熾仁たるひと親王が許婚者いいなずけだった頃の、
第八皇女、和宮内親王かずのみやないしんのうです。
和宮かずのみや様は京都叡山えいざんの桜の上る様を
こよみの代わりに見立てられたり、
山端やまばなの新緑をでられたりします。
それが最近、様子が変なのです。
まるで不協和音のようにして、
和宮かずのみや様らしくない言葉が――
日々うるさくなっていく言葉は――
破局革命! 実行の時!
アナーキズムの新展開!
お前達があらぬことをするので、
和宮かずのみや様を差し置き、かようなことに!
――そうでは、ないのか!

良生律師りょうじょうりっし
アハハハハ!
御厨みくりや車夫しゃふ先生のご決断!
今ぞ、訪れぬ!!
腐敗しきった国体を解体し、
我が比類舎ひるいしゃを中核として、
新大国家を樹立するのだ!

《バトル》

良生律師りょうじょうりっし
やはり……お前らか……
あらぬ言葉を……呼び寄せるのは!
御厨みくりや車夫しゃふとは、何者か?
……雑音を……消してくれ……
それにつけても……和宮かずのみや様は……
近代的モダンなお方でいらっしゃる!
……もっと、おしたいしたい!
【寺の小僧】
皇女和宮かずのみやは、おそらく参拝者の思念、
幾多いくたの思いが一塊ひとかたまりになったものかと。
それゆえに近代的なのでしょう。
しかし、せないのはもう片方です、
あれは何なのでしょうか?
どうぞ、じかにお確かめください。
怪異の灯籠とうろうへ、ご案内します。

増上寺霊廟ぞうじょうじれいびょう

【寺の小僧】
見えていますね……
参拝者の思念が集まり、和宮かずのみやとなり、
さらに、何か別の念がおよんでいます。
念が念を呼ぶような、
そんな現象が起きているようです。
――実に不可思議ふかしぎですね……

【カラス】
カア!
カァカァカうつせみの……カァカァカァカァからおりごろも
カァカァカなにかせん――

【黒猫】
ウニャニャニャあやもきぬも
ニャニャニャニャニャきみありて
ニャンこそ
【バール】
やっとたどり着いた!
風魔ふうま、我輩だ、バールだニャ!
この辺り、ものすごいセヒラだニャ!
まるで帝都満洲みたいだニャ!
我輩がこんな風に風魔としゃべれるのは、
きっとそのせいだニャ!
一体、どこからいてくるニャ?
このセヒラの流入を止めないと、
帝都はおかしなことになるニャ!
我輩らには天国だけどニャ、
人間には辛いことだニャ!
まずはあの光だか炎だか、
あいつをなんとかするニャ!

【怪異の炎】
……こ……ん……に……ち……は!
――今は、うまく話せないの……
先程、良生律師りょうじょうりっしの仰るように……
何者かが、私を邪魔するのです……

【怪異の炎】
それは日増しに強まっています……
私を通して、あらぬ言葉を、
参拝者に投げかけるのです――
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、急上昇しています!
【怪異の炎】
参拝者のうち、ある者は驚き、
またある者はその言葉を受け入れ……
受け入れた者は様子が変わります!
ああ、またです……
今日、もう十八回目です、
助けて……ください……
……
――いよいよだ、破局革命の時!
――比類舎ひるいしゃの総力を結集だ!
――まずは帝都を滅ぼす!
――我々は畏怖いふすべき力を備えた!

《バトル》

【怪異の炎】
――帝都を解体せよ!
――国家を解体せよ!
――腐敗の温床おんしょうを取り除け!
……助けて……ください……
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝都満洲から強力なセヒラが、
その場所に届いておるようだ!
波形が!
見たこともない波形が現れました!
――物凄い流れです!

【寺の小僧】
消えたと思ったあの炎、
また蘇りました――
【バール】
風魔ふうま
我輩はよく考えたニャ!
――つまりあのアストラルは……
繰り返し何度も現れるニャ!
というのも残留思念とは違い、
生きた思念として意志を持つニャ!
帝都の何処どこかにいる人間が、
強い意志とセヒラと絡めて、
ああして帝都に湧出ゆうしゅつさせているニャ!
その大元、おそらく帝都満洲ニャ!
誰かの意志が帝都満洲を経由して、
また帝都に現れているニャ!

【怪異の炎】
……
――いよいよだ、破局革命の時!
――比類舎ひるいしゃの総力を結集だ!
――まずは帝都を滅ぼす!
――我々は畏怖いふすべき力を備えた!

《バトル》

【怪異の炎】
――帝都を解体せよ!
――国家を解体せよ!

【寺の小僧】
同じことの繰り返しですね。
あの声の出処でどころは……
――私には見当も付きません!
【怪異の炎】
……助けて……ください……
【バール】
風魔ふうま、ここは切り上げるニャ!
元をつことニャ!
帝都満洲におもむき、
セヒラの流入を断ち切るニャ!
それしか救うすべはないニャ!