第五章 第八話 アストラルの凝集

はらえの

増上寺ぞうじょうじに眠る皇女和宮かずのみや静寛院宮せいかんいんのみや。彼女をしたう参拝客の思念が一つの人格をす。そこへ過激思想の思念が合わさった――
参拝者のいくらかは、和宮かずのみやから言葉をさずかった、そう信じ込み、過激思想に染まるおそれも――
セヒラの流入阻止が火急の要であった。

帆村ほむら魯公ろこう
妙なこともあるものだ――
参拝客の残留思念が和宮かずのみやを生んだ、
どうもそうらしいな。
墓地や霊廟れいびょうにはセヒラがある、
そのつてでいくと、そこに残留思念が
加わり、さも人のように振る舞う。
いや、むしろ一等多い残留思念が、
あの場所にセヒラを招いたか――
そうも考えられるな。
それに帝都ではアナーキスト連中が、
何やら準備を始めておるようだ。
その影響も少なからずあるはずだ。
いずれにせよだ、あそこに流れ込む、
大量のセヒラを止めねばならん。
梨央りお、次の満鉄の駅はどこだ?
喪神もがみ梨央りお
しばあたりに照応するのは……
哈爾浜ハルピンの南西、つまり牡丹江ボタンコウです。
浜松牡丹江ボタンコウです!

赤坂哈爾浜ハルピンから浜松牡丹江ボタンコウに向かうべく、帝都満洲鉄道の列車に乗るも、一向に発車する気配がない――

【満鉄車掌】
前方に何やら大きなものが……
当列車の行く手をふさいでおります。
そのものを退しりぞけないかぎり、
列車はこれより進めません。
――まるで怒りのかたまりのような、
そのような様相を示しております。

時空じくう狭間はざま

比類舎ひるいしゃ幹部アストラル】
御厨みくりや先生の右腕として、
この十年、やってきた!
今、私は満ちている!
ここ新橋しんばしの帝都ホテルにて、
愈々いよいよ、無政府元年を迎えるのだ!
それにつけても、ああ、情けない!
比類舎ひるいしゃの新参どもは根性がない!
何故だ? なぜ新宿旭町あさひまちなのだ?
あんな木賃宿きちんやどの並ぶ見窄みすぼらしい街で、
破局革命の狼煙のろしを上げるなど、
私には信じがたいことだ!
もう逃げ隠れはせん!
私は奴ら腰抜けとは違うぞ。
フフフ、お前は特高か、憲兵か?
あるいは崩れ者か!
革命の邪魔はさせん!!

《バトル》

比類舎ひるいしゃ幹部アストラル】
う……
――革命、頓挫とんざか!
いや、まだある、手はあるぞ!
【満鉄車掌】
やりました!
障害が取り除かれました。
当列車、出発進行です。

〔浜松牡丹江ボタンコウ・北〕

帝都満洲鉄道の着いた先、浜松牡丹江ボタンコウ。街は廃墟のようなたたずまいを見せ、幾多いくたのアストラルたちがおぼろに浮かんでいた――

【バール】
うンニャ!
ここは帝都満洲の新しい街ニャ!
といってもちっとも
新しい感じがしないニャ……
――むしろ廃墟だニャ!
本物の牡丹江ボタンコウは、駅がこの七月開業、
街もまっさらぴんの新しい街だニャ!
去年末に図寧トネイ線が開業、
今年、牡丹江ボタンコウまで延伸えんしんになって、
八月に図佳トカ線 が予定されてるニャン!
満洲の地に鉄路は繋がるニャ!
【バールの帽子】
鉄道敷いて、言わば
陣取りみたいなもんだゲロよ!
陣地と陣地とがぶつかると、
たちまち戦争になるんだゲロ!
【バールの帽子背後】
土地にはそもそも限りがある。
誰か一人が欲張ると、
せっかくの調和が乱れてしまうのう。
【バール】
このへんは何もないから、
速いもん勝ちニャんか!
【バールの帽子】
本当に何もないのか?
地面掘ったらお宝ザクザク、
なんてことがあるかもゲロ!
【バールの帽子背後】
フォフォフォッ!
なかなか夢のある話じゃな!
まぁ土地はあるに越したことはない!
【バール】
結局、欲張りじいさんだニャ!
さて、風魔ふうま、セヒラの流れ込み、
断ち切りに行くニャ!

比類舎ひるいしゃ革命隊Mアストラル】
今、武相屋ぶそうや旅館の御岳おんたけの間にいる。
他の隊員はどうだろうか――
ついに決行の時が来た!
今、昇汞水しょうこうすい茶碗ちゃわんそそいだ。
こいつを一息に飲むことで、
思念を極大化できる――
すべては革命のためだ。
我が生命を新しい国体に捧げる!
――腐敗した世界ともお別れだ。

比類人ひるいじん編集アストラル】
御厨みくりや先生は下谷したや谷中やなかに越された。
今年、八度目だな、引っ越しは。
そして今日が革命実行の時――
いや、私は実力行使はしない、
新宿にいる六名の革命隊が決行する。
今日、帝都に何かが起きるぞ!!

比類舎ひるいしゃ革命隊Sアストラル】
死というのは昇華しょうかである。
死の直前に命は強い力を出すからだ。
その力を集めて、革命を起こす――
こう考えると戦場で死ぬなど、
犬死いぬじに以外の何者でもないと思える。
御厨みくりや先生の教えは素晴らしい!
この見窄みすぼらしいこの三畳さんじょうの宿から、
国家を転覆てんぷくさせるなんて、
ああ、胸が高鳴るではないか!
昇汞水しょうこうすい茶碗ちゃわんを前に座るだけで、
命の勢いの増すのがわかる。
その頂点を外すまい!

【寺の小僧アストラル】
おそらくどこかに身を潜めている……
稀代きだいのアナーキスト、御厨みくりや車夫しゃふ
身を潜め、思念を送っている。
和宮かずのみやしたう参拝者の思念は、
アナーキストどもの思念を、
引き寄せたに違いない――

まずはあつまった思念のかたまりを、
なんとか解体せねばならない。
御厨みくりや探しは、その後だ!

比類舎ひるいしゃ革命隊Wアストラル】
帝大の奴ら、今頃、眼を白黒させて、
泡吹いているだろう!
僕は出し抜いてやったんだ!
――破局革命、本日決行!
赤門出版会に貼紙はりがみをしてきたんだ!
僕が比類舎ひるいしゃ鞍替くらがえするとは、
奴らも想像だにしなかったろう。
どうせ奴らは財閥会社に就職する、
アナーキズムなんて茶番なんだよ!
父様、母様、僕は革命にじゅんじます。
峰子の輿入こしいれには立派な衣装を、
あつらえてやってください――
峰子は妹ながら立派な女だ。
新生なった国体で活躍するだろう。
さぁ、そろそろ決行の時だ――

比類舎ひるいしゃ革命隊Kアストラル】
死んで思念を残す――
最初、意味がわからなかった。
――それは霊魂のことですか?
御厨みくりや先生に何度も食い下がったよ。
先生は帝都の下層には思念の流通する
世界が広がっているとおっしゃる……
人は生まれた時と死ぬときに、
その思念を極大化するという。
いよいよ、革命特攻の時だ。
死して我が思念により、
世紀の革命をすのだ!!

〔浜松牡丹江ボタンコウ・西〕

増上寺ぞうじょうじの大門に相応する場所に、はたしてアストラルが凝集ぎょうしゅうしていた。まるで巨大な壁のようである。

比類舎ひるいしゃ主幹アストラル】
ん? この気配は……
またアンタか!
――もう戦うつもりはない。
我々は新宿旭町あさひまち武相ぶそう屋旅館につどう。
ここが破局革命の拠点なのだよ。
六名の革命隊員ははらを決めたはずだ!
隊員たちはこれより昇華しょうかする!
強い思念でセヒラの流れを作るのだ。
そうだよ、セヒラだ――
私たちが何も知らないとでも?
人をして怪人化させる霊的な力を、
革命に使おうと言うのだよ!

【寺男のアストラル】
あの小僧……
どうも普通じゃないな。
奴はいつからここにいる?
ここにつかえて長いが、
あんな小僧は見たことがない――
奴は見てくれは小僧なんだが、
その実、違うのではないか?
――何よりやけに訳知わけしりだ!

比類舎ひるいしゃ革命隊員Aアストラル】
カルモチンをびん半分飲んだ……
ああ、意識が……遠のく……
反面、思念はまされる!!
――けれども……
ほんとうにこれで良かったのか?
肉体を捨てて思念を残す選択が……

比類舎ひるいしゃ革命隊員Hアストラル】
悪しき心を狙う力、それがセヒラだ。
それくらい、我々も知っている。
そのセヒラを革命に使うのだ!
御厨みくりや先生の着眼点は素晴らしい!
私もここに死して、強い思念を送り、
セヒラの流れに加わろうと思う!

比類舎ひるいしゃ革命隊長Gアストラル】
ここ新宿旭町あさひまち武相屋ぶそうや旅館は、
アナーキズムの聖地となるだろう。
明日には六名の革命隊員の遺骸mなきがらが……
御厨みくりや車夫しゃふ先生は何でもご存知ぞんじだ!
思念とセヒラをもちいて、
国家こっか転覆てんぷくを実現するとは!
この決死革命を決行することで、
帝都にセヒラの奔流ほんりゅうがもたらされ、
薄皮のような秩序は消滅する!
それにしても……
武相屋ぶそうや沈丁花ちんちょうげの間においでの、
御厨みくりや車夫しゃふ先生はどんなご様子だ?
先生は最後に自死すると――
迷いがしょうじてはいけない!
お前だ、お前の存在が迷いを生むぞ!

《バトル》

比類舎ひるいしゃ革命隊長Gアストラル】
車夫しゃふ先生!
この者が、先生の邪魔立てを……
私にはふせげませんでした!

革命隊のおさ退しりぞけても、なお、アストラルは凝集ぎょうしゅうを続けている。その中に御厨みくりや車夫しゃふのアストラルがいるようだ。

御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
あなたは……特高ではありませんね。
私は一旦戻らねばなりません!
けれど、ここを動けないのです!
私を解放してください!
すればここを開きます――
やり残した仕事があるのです!!
そう言うや御厨みくりや車夫しゃふのアストラルは、
凝集ぎょうしゅうするアストラルの中にもれてしまった。
【バール】
思うにだニャ、風魔ふうま
御厨みくりや車夫しゃふは死ぬのをやめたい、
そうなんじゃニャいかニャ!
おそらくだニャ、
和宮かずのみや思慕しぼする大きな思念が、
御厨みくりやの思念を放さないんだニャ!
一度、帝都に戻り、
向こうの様子をさぐることニャ!