第五章 第九話 和宮の句

浜松はままつ牡丹江ボタンコウにはアストラルが凝集ぎょうしゅうしていた。そのせいで、セヒラが帝都へと流れ出ていた。それが増上寺ぞうじょうじに怪異をもたらしていた。アストラルの凝集ぎょうしゅうの原因である、アナーキストの領袖りょうしゅう御厨みくりや車夫しゃふ――
そのアストラルは場を離れたがっていた。
しかし御厨みくりや車夫しゃふのアストラルを、とらえて離さない思念があるという。それはおそらく和宮かずのみやしたう思念である。

芝増上寺大門前しばぞうじょうじだいもんまえ

【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん、
御厨みくりや車夫しゃふのアストラルですが、
もしや宗旨替しゅうしがえでもしたんですか?
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
何かやり残した仕事があると言う。
だが、奴を離さない思念とは――
それは和宮かずのみやしたう思念なのか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
皇女和宮かずのみやしたう人は多いです。
その思念は相当な力のはず――
和宮かずのみやの思念を解き放てば、
御厨みくりや車夫しゃふも離れられるかも……
そうすると――
アストラルの凝集ぎょうしゅうも消えるはず。
兄さん、和宮かずのみやの思念と話せますか?
――増上寺ぞうじょうじ石灯籠いしどうろうです。

【相手にされない若旦那わかだんな
先代が亡くなって家業継いだけど、
大番頭おおばんとうも番頭も、丁稚でっちまで、
ちっとも言うことを聞かない――
ああ、むしゃくしゃする!
そんな時は和宮かずのみや様をもうでます。
何事も辛抱しんぼうが大事ですからね!

村八分むらはちぶの芸者】
あねさんたち、アタシのこと、
とことん無視するんです。
アタシの生まれがいいからって――
先だっての恐慌で没落したのに。
くやしい時は、和宮かずのみや様にご相談です。
気持ちがうんと晴れやかになります。

【品川の男性】
うちのさいがですよ、
ご先祖の墓参りに来たときのこと、
そのとき、見たんだそうで――
灯籠とうろうに火の玉が浮かぶのを。
そんな、この近代生活モダンライフの帝都に、
火の玉なんかあるもんですか!
そう言ってやりました。
さいはね、小日向こひなた切支丹坂きりしたんざかでも、
火の玉見たことがあるそうです。

【寺の庭師】
妙な噂が広がるといけないんでね、
和宮かずのみや霊廟れいびょうには近付けないように、
さくを張ったんです。
ちゃんと千代紙ちよがみふうをしてね。
いやぁ、あっしの趣味なんで、
京都の千代紙集めがね!
でもね、何者かがふうを破いた、
何者かが和宮かずのみや霊廟れいびょうの前に……
そんなこと、誰がするんでしょうか?

芝増上寺境内しばぞうじょうじけいだい

【寺の小僧】
参拝者の思念が集まり、
和宮かずのみやの思念として振舞っている、
そのことは疑いようがありません。
問題はそこに合わさっている、
もう一つの思念なのです。
和宮かずのみやの思念は何を語るか、
とても気になるのですが、
もう一つに打ち消されてしまい――
今は石灯籠いしどうろうに現れています。
あれは和宮かずのみやでしょうか、
それとももう一つの方でしょうか?

【寺男】
あのおかしな光、
今日もまた出てるんだ。
ふとね、光で思い出してね、
前の新聞、引っ張りだしたんだ。
そしたらあったよ、記事が!
市ヶ谷いちがやの病院で、
おかしな光が出たっていう記事。
そん時、現場にあんたがいたんだ。

【寺男】
陸軍特務から派遣された隊員、
それってあんたのことじゃないか?
あんた、和宮かずのみや灯籠とうろうに、
何か仕掛けたんだろ?
あんたが張本人じゃないのか?

《バトル》

【寺男】
さては小僧と一緒にたくらんでるな……
――そうに違いない、違いない、
あああ、俺は、何で気付かなかった!
【寺の小僧】
私はなんでもありませんよ――
どうやら今日は和宮かずのみやが出ている、
いや、参拝者の思念でしょうが……
邪魔がないのかもしれません。
さて、向かいましょうか。

増上寺霊廟ぞうじょうじれいびょう

【寺の小僧】
わかっていてもですよ――
和宮かずのみやの思念、本物のようにも、
思えてくるんです。
古今ここん東西とうざいの思念ということでは、
本物の和宮かずのみやであっても、
不思議はないのですが……
【カラス】
カァ~カァ~
――何、見テイル?
カラストテ、シャベルトキハ、
シャベルノデア~ル。
デテコイ、トクジロウ!

【バール】
ビョーンと出てくるバールだニャ!
この辺は、ことほかだニャ!
セヒラが濃い濃いニャ!
それがためか、和宮かずのみやの思念、
元気だニャ!
話しかけてみるニャ!

皇女こうじょ和宮かずのみやの思念】
こんにちは!
今日は何だか気分がいいわ!
沢山の人とお話しなくちゃ!
もしかして……
貴方があの人を遠ざけてくれたの?
――御厨みくりや車夫しゃふって言う人。
おかしな名前ね!
あの人、突然、ここにやってきて、
お参りの人に変な言葉を投げるのよ。
【寺の小僧】
――なるほど……
確かに和宮かずのみやですね。
今は不在ってわけですか、御厨みくりやは。
【バール】
帝都満洲で御厨みくりやアストラルは、
動けないと言ってたニャ!
きっとそれで手一杯なんだニャ!
和宮かずのみやに事情を聞いてみるかニャ!
今のうちニャよ。
【寺の小僧】
御厨みくりやがいないから、
和宮かずのみやが出られるわけですね。
その理屈、とくと理解しました。
【???】
――私を、呼ぶのか?
いいか、私を退しりぞけるのだ!
それで私は開放されるはずだ!

《バトル》

【???】
だめだ!
私はいまだ解放されない!
急ぎ、戻らねばならぬのに――
【バール】
御厨みくりや、また引っ込んだニャ!
今のうちに和宮かずのみやに話を聞くニャ!
皇女こうじょ和宮かずのみやの思念】
あの人、御厨みくりやっていう人、
句をんだのにちっとも良くないと、
なげいておいででしたわ。
私のんだ句を届けてくださる?
そうすれば、あの人は満足よ。
どう、いい考えでしょ!
私ね、人を喜ばせたいの。
困っている人を放っておけない――
さぁ、句をむわよ!
しまじな
君と民とのためならば
身は武蔵野むさしのつゆゆとも

その句は和宮かずのみやが江戸に下るに際して、孝明こうめい天皇にいとまを申し出た際にんだとされる。

【バール】
聞いたニャ、聞いたニャ、
今の句を御厨みくりやに届けるニャ!
それで奴は解放されるニャ!
【???】
ううう、戻らねば!
私は戻らねばならない。
辞世じせいの句を完成させねば!
【怪異の炎】
――帝都を解体せよ!
――国家を解体せよ!
【バール】
これじゃ堂々巡どうどうめぐりニャン!
早く、帝都満洲に行くニャン!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ
帆村ほむら魯公ろこう
ふむ……アストラルが、
多大なるセヒラを溜め、
それを思念の強い場所へ流すとは……
ある小説にこんな記述がある――
この息苦しい濛気もうきの中に、昔から
今まで至る場所で至る瞬間にされた
何かに一念に凝った人の姿が
数限りなく跡をとどめ、それが渦巻き
相寄り集まって、ぼうとした幽気とな
り、ほのかな陰惨な命に蘇って、
ぼんやりと立ち現われ、
ふらふらと彷徨ほうこうし始める――
喪神もがみ梨央りお
陰惨な命……
それがアストラルなのですね!
帆村ほむら魯公ろこう
そのアストラルが徒党ととうを組んで、
帝都へセヒラの奔流ほんりゅうをもたらした。
――うーむ、せないなぁ……
やはり生きた人間の、
余程よほどに強力な思念が作用して、
そのような事態を招いたのか……
喪神もがみ梨央りお
死ぬ間際には思念が強くなる、
ちまたではそう噂されています。
帆村ほむら魯公ろこう
しかし、浜松はままつ牡丹江ボタンコウの様子だと、
御厨みくりや車夫しゃふは死ぬつもりはない、
そうも受け取れたがな。
奴は辞世の句を作りそこねて、
急いで帰りたがっている。
和宮かずのみやはそれを知って――
自分のんだ句を届けようとして、
でもその術がなかったわけだ。
そういうことだな?
喪神もがみ梨央りお
兄さんが句を届けるのです。
そうすれば和宮かずのみや様は、
御厨みくりやを解放するはずです。
帆村ほむら魯公ろこう
よし、風魔ふうまよ、
もう一度、帝都満洲だ、
浜松はままつ牡丹江ボタンコウおもむくのだ。