第六章 第十二話 セヒラ特異点

〔山王機関本部〕

上野に現れた死ぬ死ぬ団――
その後、市内に模倣者もほうしゃも現れはしたが、脅威きょういをもたらすに至ってはいない。

【喪神梨央】
兄さん、ユリアさんのフロイライン、
石が新しくなったんですって!
【ユリア・クラウフマン】
シュタインの数は四石のままですが、
状況判断の面で性能が上がりました。
【喪神梨央】
それじゃ、自分で怪人見つけて、
鎮定ちんていに向かったりするんですか?
【ユリア・クラウフマン】
それは出来ませんが……
セフィラの流れを感知して、
意味を見つけるようになりました――
【帆村魯公】
意味を持つセヒラは、つまり思念だ。
帝都に流れる思念はセヒラの力を得、
人に強い影響を与えるようになった。
【喪神梨央】
前はそんなことなかったんですよね?
【帆村魯公】
ああ、そうだな……
帝都で事変が頻発ひんぱつするようになって、
思念もセヒラを抱くようになった――
【ユリア・クラウフマン】
フロイライン、言葉を捕まえます――
すれちがつた今の女が
眼の前で血まみれになる
白昼の幻想
【喪神梨央】
あっ!
それって、市ヶ谷見附いちがやみつけでも聞いた……
猟奇歌りょうきうたですよ!
【帆村魯公】
作家、夢野久作ゆめのきゅうさくんだ口語こうご短歌だ。
猟奇の雑誌に連載されている。
【ユリア・クラウフマン】
方々ほうぼうにその歌を思う人がいて、
歌だけがまるでラヂオ電波のように、
帝都を飛び交っているのです。
フロイラインは、
それを捕まえるのです。
――ずっと聞かされて、疲れました。
【帆村魯公】
性能の上がった副作用みたいなもの、
そのうち慣れるぞ、ユリアさん。

【九頭幸則】
歩一の九頭くず中尉です。
あっ、ユリアさんもおいでで!
今日はひときわ見目うるわしゅうて――
【喪神梨央】
死んだ将校
徽章きしょうがされ
どろんと遠くを見やる
【九頭幸則】
り、梨央りおちゃん……
――何だか、ご機嫌ななめ?
【喪神梨央】
そんなことないです。
そういう歌が流行はやっているらしいです。
【九頭幸則】
ふーん……
何だかドキッとしたよ。
【ユリア・クラウフマン】
クズさん、ハチブンの情報、
新しくなりましたか?
【九頭幸則】
そうそう、それで来たんです。
高輪たかなわで通りに大きな人形置いて、
通行の邪魔しているって――
怪人の是非ぜひを調べるべしと。
【喪神梨央】
大きな人形って、あれですよ、
上野公園の着包きぐるみの事変です。
あの社長という人……
【九頭幸則】
キ・グ・ル・ミ……
何だい、それは?
【喪神梨央】
兄さん、不明者が出ないうちに、
なんとかしなきゃ!
警察に通報します、兄さんは巡視パトロールを。
【ユリア・クラウフマン】
フロイラインも出動させます。
フーマ、お願いします!
【喪神梨央】
とらもん方面、事故発生中です。
六本木ろっぽんぎ霞町かすみちょう経由、天現寺橋てんげんじばしまで、公務電車を進めます。
【ユリア・クラウフマン】
フロイラインも同乗させてください。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ観測しました。
魚籃坂ぎょらんざかです。

〔魚籃坂〕

【芝高輪署の巡査】
参謀本部から直々じきじきに連絡があり、
やって来たらこの有様!
これ、どうするんですか?
いちじるしく往来おうらいさまたげとなっています。
軍の方でなんとかならんのですか?

【村田洋行の運転手】
脇を抜けようとするんですが、
何かがあって進めないんです。
――困りましたなぁ……
品川駅にお客さんを迎えるんです。
【芝高輪署の巡査】
でしたら、魚籃坂下ぎょらんざかしたから、
清正公前せいしょうこうまえ経由で高輪たかなわから品川駅、
その道でお行きなさい。
【村田洋行の運転手】
いささか遠回りにはなりますね。
【芝高輪署の巡査】
なぁに、三分十八秒しか
変わりませんよ、三分十八秒!
ここにいてもらちきません。

【高輪台町の扇子屋】
私、見たんですがね、これ、
伊皿子いさらごの方から降りてきたんです。
新手のちんどん屋かと――
でも、この往来おうらいの真中で
止まってしまったんです。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
その人を近づけちゃダメです!!

【着信 喪神梨央】
強烈きょうれつなセヒラです、
注意してください!!
【比類舎革命隊Mの思念】
今さっき、武相屋ぶそうや旅館、御岳おんたけで、
昇汞水しょうこうすいを一気に飲んだ!
じきに全身くまなく毒が回るだろう――
まさにこの瞬間、思念は最高潮!
益々ますます意識は先鋭化せんえいかする!
だが――
私は何処どこに向かえばよいのだ?
御厨みくりや先生は、なぜおいでにならない?
我々の計画はどうなった?
――もしや頓挫とんざしたのか?
【比類舎革命隊Aの思念】
みすぼらしい旅館の小部屋で、
僕は意識が遠のいていった――
気がつくと僕は病院のベッドだった。
――僕は、死にきれなかった……
いや、命が助かったんだ!
その瞬間、僕には希望の光が見えた!
生きるんだ、生きてこそなんだ――
新しい目的を見つけよう!
その時、一人の看護婦が来て、
僕の鼻に脱脂綿だっしめんをかぶせた――
びんに入った液体を脱脂綿だっしめんに垂らし……
何滴か垂らされるうちに、
またもや僕の意識は遠のいた――
それから……
暗闇をただよい、ここにいる――
――僕は、死んだのか?
一度、助かったのに!
――殺されたのか?
【メイド型ホムンクルス】
ある女の写真の眼玉にペン先の
赤いインキを
注射して見る

《バトル》

【比類舎革命隊Aの思念】
あの看護婦はおかしな目をしていた。
目が……目が……
金色に輝いていたんだ!
【万年学生】
良いアルバイトくちがある、
そう言われてやって来たのに……
これじゃ、話が違う――
【着信 喪神梨央】
セヒラは解消されました。
――一度戻ってください、
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
【着信 新山眞】
セヒラの特異点、
どうやら帝都満洲にありそうです。
山王さんのう機関本部でお待ちしています。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん。
ユリアさんのフロイライン、
ちゃんと戦えましたね!
【新山眞】
たいした技術です。
我々も負けておれません。
喪神もがみさんにひとつお願いがあります。
この新開発の装置を、
帝都満洲に設置してください。
セヒラ歪振器わいしんきと命名しました。
【帆村魯公】
ほう、また随分と難解なんかいな命名ですな。
セヒラ歪振器わいしんき……読んで字のごとしか。
で、そいつを帝都満洲に?
【新山眞】
そうです!
セヒラのゆがみを打ち消すことで、
特異点のがわかります。
【喪神梨央】
麗華れいかさんの居場所も、わかりますか?
【新山眞】
手がかりはつかめるでしょう。
【帆村魯公】
ふむ、心得ました。
風魔ふうまや、九頭くず中尉に同行願おう。
さっそく京都の方に協力を仰ぐ――
【新山眞】魯公ろこうは電話をかけるため場を離れた――
京都には高名な物理学者がおいでで、
その方の青写真ありきと伺いました。
何もかもが、計画の内です。
【喪神梨央】
あの釣鐘つりがねを運び入れたのも、
きっとそうなんですね。
――私達も青写真の内でしょうか?
【九頭幸則】
溜池通ためいけどおりのオウルグリルにいたんだ。
オムライスを食っている最中さなか
伝令が大慌おおあわてでやって来てね。
【喪神梨央】
それでいつになく
早かったわけですね。

〔祓えの間〕

【帆村魯公】
観測器はちゃんと預かったかな?
――何でしたかな、名前は?
【新山眞】
セヒラ歪振器わいしんきです。
【帆村魯公】
そうでした!
今回は帝都の高輪たかなわに照応する場所、
帝都満洲の高輪たかなわ延吉エンキツに向かう。
今のところ、わずかながら
セヒラを観測するのは高輪たかなわだけだ。
帝都満洲にも何か沙汰さたがあるはず。
【新山眞】
怪人も種類が増えてきています。
電話で人生相談しただけで、
怪人になる者もある始末――
悪意をたぎらす者ばかりではない。
そういう状況を解明できそうです。
【帆村魯公】
風魔ふうま九頭くず中尉、十分に
注意してかかってくれ。
【九頭幸則】
承知しました!
さぁ、行くぞ、風魔ふうま
あじあ号が俺たちを待っている!

【満鉄列車長】
今回より皆様にご奉仕ほうしさせて頂く、
満鉄列車長にございます――
【九頭幸則】
列車長というからには、
一番偉いのかな?
【満鉄列車長】
左様さようにございます。
私は南満洲鉄道あじあ号に、
実際に乗務じょうむしておりました。
ある日、新京しんきょう宿舎しゅくしゃで、
自分はまだ職務をまっとうしていないと、
自責じせきの念をやしておりました。
そのまま眠りにつきまして――
【九頭幸則】
目が覚めるとここにいた、
その口なんだな?
【満鉄列車長】
左様です。
――これより帝都満洲鉄道あじあ号、
高輪たかなわ延吉エンキツに向かいます!!

〔高輪延吉〕

【九頭幸則】
またアストラルが、
ちょろちょろしているな……
早く歪振器わいしんきとやらを置いて、
帝都に戻ろうぜ!
【久作アストラル】
アハハハ、夢野ゆめの久作きゅうさく猟奇歌りょうきうた
そらんじているうちにここに来た。
風の音が高まれば
また思ひ出す
溝にてゝ来た短刀と髪毛
どうだ、僕のお気に入りの一篇いっぺんだ。
髪の毛はきっと女のだな。
【九頭幸則】
まぁ、そうだろうな。
で、貴様は死んだのか?
【久作アストラル】
死んだだと?
プハハハ、傑作けっさくだな、こりゃ。
僕は死んじゃいないさ、ピンピンだ。
今、道連れにする奴を選択セレクト中だよ。
本郷ほんごうの薄暗い下宿部屋でね。
【九頭幸則】
ん? なんか近づいてきたぞ!
【歴史アストラル】
歴史とは鉄と血の集大成だ!
【九頭幸則】
何の話だ?
【歴史アストラル】
私はジェーン・グレイ断頭式だんとうしきの絵で、
自分のまことを知るに至った――
フランス人ドラローシュの描いた絵だ。
英吉利イギリス女王ジェーンは即位して
わずか九日で断頭台だんとうだいつゆと消えた。
おのの刃が滑らぬよううなじの髪をげ目隠しをされ、断頭台だんとうだいに首を乗せる、まさのその刹那せつなを描いた絵だ!
この直後、ジェーンは首なしの
死体となって横たわるんだ。
おびただしい鮮血をらして――
あゝ、ジェーンの首をとした、
あの分厚い鈍いおので私の首を――
いや、その前に貴様で試そうか!

《バトル》

【歴史アストラル】
私は、もう六十八年もここを彷徨さまよう。
――いつ、抜けられるんだ?
【九頭幸則】
歴史の中に死を求めているのか……
レディ・ジェーンの断頭だんとうは、
確か十六世紀半ばだったよな。
【爆死アストラル】
私は幸徳秋水こうとくしゅうすい先生の愛弟子まなでしだ。
先生が変節へんせつされたのは巣鴨すがも監獄かんごく
収監しゅうかんされていた時だよ。
三つぞろえの立派な紳士が、
先生の監獄かんごく仲間に本を差し入れた。
【九頭幸則】
三つ揃えの背広?
――どこかで記録を読んだぞ……
それでどんな本なんだ?
【爆死アストラル】
クロポトキンの相互扶助論――
そういう題の本だよ。
露西亜ロシア語だけどね。
先生はその仲間からこの本を借り、
アナーキストに傾倒を強めたんだ。
出獄しゅつごく後、丸の内に大食堂を建築し、
同志の演説集会にて、
編集室を設け一大日刊にっかん新聞を発行、
さらに米国べいこくに遊学、
後に欧州おうしゅうに転じ、
現地の同志と交流を持つ――
そのような計画をお持ちだった。
現にその年の十一月に桑 港サンフランシスコに行き、
大いに交流されたのだ!
【九頭幸則】
それで、貴様はどうしたんだ?
【爆死アストラル】
私は信州しんしゅうの爆弾魔から、
一発の爆裂弾を預かっていたのだ。
下宿でいじっていると――
爆発はしなかった――
ただ勢い良く燃え盛り、
私の褞袍どてらにも火が付いたんだ!!
【九頭幸則】
何か年季ねんきの入った連中だな。
大逆たいぎゃく事件は三十年近く前だろう。
誰もいないな。
今のうちだ、装置を設置しよう。
俺が行く。

よし、設置完了だ。
もど――
ん、何か来るぞ、風魔ふうま
【心中アストラル】
ムーランルージュ新宿の踊り子と
新進気鋭しんしんきえいの作家が心中を企図きとした。
結果、踊り子だけが死んだ――
二人は四谷区のアパートで
ガスを吸ったんだ――
俺はね、死に切れなかった作家の
無念に通じたんだよ。
それはもう、途方も無い虚無きょむだった。
枯れ草一本もない虚無きょむだよ。
あの壮絶そうぜつなる虚無きょむに比べれば、
死は極彩色ごくさいしきの、まさに百花繚乱ひゃっかりょうらんだ!
お前にもわかって欲しいんだ!!

《バトル》

【心中アストラル】
やはり心中は坂田山さかたやま
昇汞水しょうこうすいを飲むのが常道だな!
あゝ、俺はいろいろしくじった!
【九頭幸則】
大丈夫か、風魔ふうま
坂田山さかたやまって、例のやつだろ?
後追いで三十組ほどが死んでるって。
さぁ、今度こそだ、戻ろう。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん、幸則ゆきのりさんはお戻りになって、
気分がすぐれないからと、
休暇きゅうかを申し出られたみたいです。
【帆村魯公】
さて、風魔ふうまよ、
新山にいやま君のなんとか装置、
首尾しゅびよく置けたのだな?
【喪神梨央】
ちゃんと動いているようです。
新山にいやまさんが解析中で――

【新山眞】
失礼します!
解析結果が出ました!
【帆村魯公】
おう、
それで、どんな按配あんばいで?
【喪神梨央】
セヒラの特異点、
帝都満洲ではなかったんですね?
【新山眞】
先程の場所の近くです。
――清正公前せいしょうこうまえ……
市電清正公前せいしょうこうまえ電停の近くです。
今回、私も同行します。
喪神もがみさん、行きましょう!
【喪神梨央】
公務電車、清正公前せいしょうこうまえまでの
経路を確保します!

結局、公務電車は清正公前せいしょうこうまえまではたどり着けなかった。どういうわけか停止してしまったのだ。魚籃坂下ぎょらんざかしたの電停を過ぎたところで、公務電車は停止している。風魔ふうま新山にいやま清正公前せいしょうこうまえまで歩いた。
それは異様な光景であった。
市電も車も静止しており人影はなく、そばの民家の壁に巨大な光球があった――

【新山眞】
喪神もがみさん!
あれを見てください!
【着信 喪神梨央】
強力なセヒラを観測しました!
場所は清正公前せいしょうこうまえです!
【新山眞】
あれが……
まさに……セヒラの特異点……
【着信 喪神梨央】
セヒラ、急増しています!
波形も異常な形……
至急しきゅう退避たいひしてください!!

【新山眞】
うわぁぁぁぁぁ~

〔胎内〕

【鬼龍豪人】
麗華れいかさん、
あなたは何を求める――
戦うことが、それほど貴女を、
魅了みりょうするのか?
――そうなのか……
私にとって戦いは手段である――
自分を高めることこそが目的だ。
それは、本当なのか……
――私は……私は……
――力を欲してはいないのか?
――自分をいつわってはならない!
京都から伯林ベルリンに向かった私は、
自分を見失ってはいなかったか?
あのとき……
――自分を……

【如月鈴代】
麗華れいかさん……
少しいいかしら?
あなた、鬼龍きりゅうさんのホテルに、
行ったことあるの?
青山車庫近くの青山せいざんホテルよ。
ホテルの支配人が、
あなたのことを見たそうよ――
ねぇ、麗華れいかさん――
あなた、鬼龍きりゅうさんに
何かを求めているの?
あなたが召喚の術を、
そなえつつあるのはわかるわ。
あなたが霊異りょういすことに、
反対なんかしない――
でも、鬼龍きりゅうさんは、
東雲しののめ審神者さにわから独逸ドイツ式召喚師へ、
大きく転向てんこうされたのよ。
あなたの中に芽生めばえつつあるのは、
東雲しののめの流儀に近いの。
それもかなりの古式――
今の鬼龍きりゅうさんは、
あなたの求めているもの、
もうお持ちじゃないのよ……

【月詠麗華】
神さまが私に向かっておいでです――
けれど、私はまだ至りません――
手を伸ばして、つからねば、
ならないものがあるのです。
豪人たけとさまは、
大切な二つのものをお備えです――
召喚師としての秘技と、
東雲しののめ審神者さにわとしての奥義おうぎです。
そのいずれかを――
きっと、きっと……

行方不明ゆくえふめいになっていた月詠つくよみ麗華れいか――
その彼女が誕生を暗示するかのような、巨大な光球に包まれていた。光球は高輪たかなわの上空に浮遊している。人々はこの霊異りょういおそれをなし、魅せられ、口々にカグツチが現れたとうわさしあった。