第六章 第三話 タクシーの新怪人

〔山王機関本部〕

その日、山王さんのう機関は朝から慌ただしい空気に包まれていた。第一連隊の部隊が出動したのである――

喪神もがみ梨央りお
兄さん、歩一から三部隊が出動です。
六十八、一〇八、一六三の部隊です。
赤坂見附あかさかみつけ封鎖ふうさされています。
一般の通行はできません。
隊長は参謀本部へ――
朝の四時から会議だそうです。
【九頭幸則】
遅くなって悪い、状況調べるのに
やけに時間がかかってしまって――
なんせ、車投げる怪人が、
何人も同時に現れたんだ。
赤坂見附あかさかみつけ四谷見附よつやみつけ市ヶ谷見附いちがやみつけ
軍はこれら交差点を封鎖ふうさしたぞ。
宮城きゅうじょうへの経路を塞いだ。
【喪神梨央】
じゃ、怪人は?
――今、どこにいるんですか?
セヒラ、お堀に沿ってずーっと――
【九頭幸則】
ずーっと観測するのかい?
【喪神梨央】
ええ、そうです――
幸則ゆきのりさん、セヒラが、
繋がっているんですよ!
【九頭幸則】
ええ、そんなに?
じゃ、怪人が数珠じゅずつなぎってこと?
【喪神梨央】
怪人になりそうな人もいるのでは?
【九頭幸則】
風魔ふうま市ヶ谷見附いちがやみつけだ。
怪人を宮城きゅうじょうに行かせてはならん!
【喪神梨央】
公務電車の通行は可能です。
市電三番の経路を使います。
――お気を付けて!

〔市ヶ谷見附〕

公務電車で向かった市ヶ谷いちがやは、確かに軍の車両が道を封鎖ふうさしていた。兵も展開して物々ものものしい雰囲気だった。

【九頭幸則】
おい、なんだこりゃ!
さっそく、怪人のお出ましだ!
【山村一等兵】
中尉殿!
歩一第六十八中隊の山村であります!
怪人、まったく手に負えません!
【米田曹長】
同中隊、米田です!
特務中尉、鎮定ちんていをお願いします!
通常の兵力では、
とても太刀打たちうちできません!
燐寸マッチ商】
おい!
大変だ、怪人と目が合ったぞ!!
逃げろ!!

【苛立つ男】
くそっ!
この車は違うじゃないか!
今日はこれで三台目だ!
どこにいやがるんだ――
【召喚小隊御神楽みかぐら曹長】
貴様!
帝都の怪人、一体残さず鎮定ちんていだ!
歩三召喚小隊御神楽が相手する!!
【九頭幸則】
歩三の部隊か!
【召喚小隊御神楽みかぐら曹長】
そうであります、中尉!
今から怪人鎮定ちんていを行います!
【苛立つ男】
あああ、すっかり気分が晴れた……
さぁ、散歩を続けよう!

【召喚小隊御神楽みかぐら曹長】
――あなたは……
山王さんのう機関の機関員の方ですね!
それと歩一の中尉――
【九頭幸則】
歩三にも出動命令があったのか?
【召喚小隊御神楽みかぐら曹長】
参謀本部からあったと聞きます。
自分は鬼龍きりゅう隊長からの命令で。
【九頭幸則】
それで、怪人は何人も出たのか?
【召喚小隊御神楽みかぐら曹長】
今朝から六人です。
連中、例の銀座幻燈会げんとうえの客です。
何でも大きな会場でもよおされたとか。
ただ、何人もが同じく車両を投げる、
それがせません。
我が隊、飯田橋いいだばし方面に向かいます。
ご武運、お祈りします、中尉殿!

【九頭幸則】
何で車投げるのが、
ここにきて急に流行はやりだしたんだ?
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
辺りのセヒラ、まだ下がりません!
警戒してください!

【猫き】
ニャ~ニャ~……
おいら、追い出されるニャ~
おいら猫の又次郎またじろうニャ!
神楽坂かぐらざか女将おかみ
電車通りを散歩していると、
何だか急にむしゃくしゃしてきたの!
おかしいわね……
普段、こんなことないのに!
ここで発散するのも悪くないわね!

《バトル》

神楽坂かぐらざか女将おかみ
何だか気のせいかしら?
まぁいいわ、これで失礼するわ。
【九頭幸則】
怪人になって間がないって感じか。
歩三が飯田橋いいだばしに行くんだ、
俺たちは逆の四谷よつやに向かおう。

〔四谷見附〕

【九頭幸則】
狙いは的中てきちゅうか?
怪人の奴、いやがったぞ!
【召喚小隊斑鳩いかるが軍曹】
お静かに、中尉!
怪人はこちらに気付いていません!
【憎しみをたぎらす男】
はぁはぁはぁ……
こいつは、こいつは……
新怪人じゃない、ただの車だ!
【召喚小隊斑鳩いかるが軍曹】
貴様!
召喚小隊召喚師が鎮定ちんていする!!
【憎しみをたぎらす男】
どういうことですか?
私を鎮定ちんていするとは……
あははは、なかなか愉快です!
【九頭幸則】
軍曹ぐんそう! 気を付けろ!
【憎しみをたぎらす男】
私は君たちとは違う。
憎しみの年月がね、ひときわね、
長いんですよ!!
【九頭幸則】
軍曹ぐんそう
しっかりしろ!
【召喚小隊斑鳩いかるが軍曹】
うう……
そ、そんな!
自分の召喚術が効かないとは――
【憎しみをたぎらす男】
私は新怪人を探すのです。
なんでも車に姿を変えているとか。
【九頭幸則】
新怪人?
そんな奴がいるのか?
【憎しみをたぎらす男】
車に変身しているのです。
いや、他の物に変身しているかも
知れませんがね……
【九頭幸則】
それで車投げて調べてるのか。
みんな、新怪人を探しているんだな?
【憎しみをたぎらす男】
新怪人の方が、
いろいろ楽しそうじゃないですか!
怪人になってもう三年。
次の段階ステエジへ進もうと、
そう決めたのです。
ああ、また力が戻ってきた!
邪魔立てするなら、
容赦ようしゃしませんよ!
【九頭幸則】
風魔ふうま、こいつ、本気だぞ!

《バトル》

【憎しみをたぎらす男】
どうしたんでしょう……
私の中から、憎しみが……
――ああ、消えていく……
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
昨夜、若松町わかまつちょうで怪人らしきを見たと、
通報がありました。
【九頭幸則】
新怪人がいるそうだよ。
車とか物に変身するんだそうだ。
その通報は、入ってる?
【着信 喪神梨央】
いえ、ありません、一般中尉。
変わった波形も観測されません。
若松町わかまつちょう、気になります。
念のため、向かってください。
現地で夜まで待機です。
一般中尉も同行されますか?
【九頭幸則】
何だよ、その一般中尉って――
どうせだ、俺も行く。
公務電車をお願いするよ。
【着信 喪神梨央】
飯田橋いいだばしまで上って、
十三番の経路で若松町わかまつちょうへ向かいます。
留置線で待機してください。

〔若松町〕

怪人らしきは夜に現れるという。風魔ふうま九頭くず若松町わかまつちょうで待機した。
――やがて夜になった。

【猫き】
ニャ~ニャ~……
おいら、徳次郎とくじろうの友達ニャ!
おいら、桃次郎ももじろうニャ!
この人、さっき飯田橋いいだばしにいたニャ~
んで、隙間すきま作ったニャ、
あのままじゃ怪人になるニャ!
【九頭幸則】
ん? どうしたんですか?
飯田橋いいだばしに何がありましたか?
【猫き】
お堀の周りをぐるぐる回る、
あやかしがいるニャ!
そいつのせいで、隙間すきま作る人、
増えてるニャ!
俺達、協力して隙間すきまめるニャ。
みんな次男、猫の次男会ニャよ!
この近くにはニャ、
おいらと徳次郎とくじろう
それと又次郎またじろうがいるニャ!

【九頭幸則】
何だこのタクシーは……
誰も乗っていない!
――おお! こいつか、新怪人は!
【猫き】
気を付けるニャ!
――あやかしニャ!

恍惚こうこつとした男】
僕は……僕は……
人に悟られちゃダメなんだ!

《バトル》

恍惚こうこつとした男】
僕は……円タク……
――食うものも食わずに金を貯め、
円タクに乗った。何度も、何度も……
【九頭幸則】
今のタクシーに乗ってきたのか?
恍惚こうこつとした男】
違う!!
あれは、僕だ! 僕自身だ!
僕がタクシーなんだ!
初めて円タクに乗ったのは、
桜の終わる頃だった。
四谷見附よつやみつけで乗り、赤坂方面へ――
溜池通ためいけどおりを下り、虎ノ門、新橋、
銀座の柳を見ながら神田かんだへ上り、
上野広小路うえのひろこうじを経て春日町かすがちょうから、
宮城きゅうじょうのお堀をめぐるようにして、
飯田橋いいだばしを経て四谷見附よつやみつけへ戻る――
僕はこれを五周もしたんだ。
【九頭幸則】
そんなにタクシーが好きなのか?
恍惚こうこつとした男】
何度も円タクに乗るうちに、
タクシーが僕にとって、
特別なものに思えるようになった。
そんなとき、ある小説に出会った――
一人の男が大きな肘掛ひじか椅子いすの中を
生きる場として選ぶ話だ。
みじめな生活しか能のない男が、
椅子の中へ入ると、表では口を
ことすら叶わない麗人れいじんに接近して、
その声を聞き肌に触れられる。
椅子の中の恋。触覚と聴覚の恋。
その不思議で陶酔とうすい的な魅力――
僕の目前で天啓てんけいひらめいたよ。
僕を魅了みりょうしてまないタクシーなら、
もっと強烈な体験ができると。
僕のこの身体をタクシーに変え、
その内側に麗人れいじんを乗客として乗せる。
――この妄想に僕はわれを忘れた。
麗人れいじんが僕の身体の内に腰を下ろし、
僕の身体の窓枠に手を添え、
僕の身体にさぶられて帝都を走る。
僕は僕の身中に麗人れいじんを取り込む。
麗人れいじんは僕の身体のフワフワのシートで
うたた寝をしながらやがて溶ける。
そのとき僕たちは真に合一ごういつする――
嗚呼、この蠱惑こわく的にしてなまめかしい
魔術こそが僕を高みに導く。
【九頭幸則】
でもなぁ……
どんなに強く思っても、
タクシーに姿を変えるなんてな……
恍惚こうこつとした男】
それができたんだよ!
十日前、身体の節々ふしぶしが痛くて、
朝早く、暗いうちに目が覚めた。
するとどうだ、僕は四つんいの
姿勢のまま電車道をしたんだ!
これまでにない速さでだ!
僕はタクシーになっていた。
商店のウィンドウに映る僕は、
すっかりタクシーの姿だった!
【九頭幸則】
もしそうだとして、
客はどうしたんだ?
客を乗せたのか?
恍惚こうこつとした男】
それがちっとも!
そもそも道端でタクシーを
停めるという麗人れいじんはいない。
ああ……どのみち、もうお仕舞しまいだ。
僕は元に戻ってしまった。
みっともない姿の僕に……
もう、僕には絶望しか無い。
妄想ほどめて辛いものはない。
――これが夢なら気が楽なのに!

【内田百間】
なかなか面白いですね、
無人の車ですか。
運転手のいない車……
【九頭幸則】
百間ひゃっけん先生ですね、
今のはタクシーにせられた男です。
【内田百間】
いいではないですか!
実に素晴らしい着想です。
無人のタクシーですね……
私はね、何気ない日常にこそ、
小説のヒントを見出すのです。
ではまた――
【九頭幸則】
これは日常じゃないよなぁ、風魔ふうま
さぁ、戻ろう――

〔山王機関本部〕

【帆村魯公】
タクシーに妄執もうしゅうするがあまり、
とうとうタクシーになってしまった、
そういうことなんだな?
【喪神梨央】
セヒラの波形、不思議な形でした。
タクシーから怪人になった時は、
の怪人波形でしたが……
【帆村魯公】
普通の怪人とはな!
いやぁ、また面倒が増えそうだ。
こういうことは伝染するからな!
【喪神梨央】
新怪人がお堀の周りを回ったので、
怪人になった人もいました。
【帆村魯公】
妄想とセヒラ、
実に由々ゆゆしき問題だ。
セヒラの影響を一切受けずに
生きていくというのが
なんだか難しい世の中になったなぁ。