第六章 第八話 愛好者たちの宴

〔山王機関本部〕

【帆村魯公】
去年、新聞をにぎわした佐野勉さのつとむ事件、
覚えているか?
動乱罪に問われたが、未遂でもあり、
五年の有期ゆうき徒刑とけいが確定した。
佐野さの市ヶ谷いちがや刑務所でおつとちゅうだ。

その佐野、死刑にしょせられるという。
――参謀本部から聞いたのだが、
どうもちん……

【式部丞】
帆村ほむら先生、それに喪神もがみさん、
遅くなりました――
【帆村魯公】
ということで、情勢じょうせいに明るい
式部しきべ氏に来てもらったわけだ。
足労そくろうであった、式部しきべ氏。
【式部丞】
司法省に大学の先輩がいましてね。
さっそく佐野さのの件、尋ねてみました。
【帆村魯公】
死刑のこと、どうですかな?
【式部丞】
佐野勉さのつとむについてですが、
司法省でも死刑は既定とのこと、
判決も出ていると――
【帆村魯公】
それは変だな、断然変だ。
判決は確か五年の刑だったはず。
わしの記憶に間違いはないぞ。
【式部丞】
私もそううかがっています。
でも司法省では死刑が確定とのこと。
これはるがないようです。
そもそも、この逮捕劇たいほげき自体、
おかしなところだらけです。
佐野勉さのつとむ亜洲あしゅう鉱山の技術者です。
詩の同好者による礫之会つぶてのかいを結成、
銀座の喫茶店で会合を三回開き、
それが国家動乱を企図きとする
秘密結社の集会だとして、
特高警察に逮捕たいほされたのです。
【帆村魯公】
新聞では詩の同好会を偽装していた、
そのように書き立てられておって、
そんなもんかと思いましたがな。
【式部丞】
そんなことはないでしょう。
司法省の先輩によると、
佐野の下宿から行李こうり一杯に詰まった、
原稿用紙が見つかったそうです。
【帆村魯公】
それが全部詩だったのですな……
いずれにせよ、徒刑とけい五年が死刑とは、
そこのところがとんでもなく臭う――
本日、佐野さのの刑は市ヶ谷いちがや刑務所で
執行されるようだ。
――風魔ふうまや、ちょっと偵察ていさつを頼む。
【式部丞】
何か、力がおよんでいるようです。
――喪神もがみさん、気を付けてください。

〔市ヶ谷刑務所前〕

投刀塚たなつか看守】
はっ、中尉殿!
本日は、死刑執行日であります!
一段と気を引き締めて、
任務に当たります。
――気分が高揚こうようします!

魚貫おにき看守】
久方ぶりの死刑執行であります!
自分は嬉しくって……あ、いや、
大いに緊張しております!
投刀塚たなつか看守】
オニよ、お前は本当に好きだよな!
そういう俺もだ、しかばねの冷たい感触、
想像するだけでぞくぞくするな!
魚貫おにき看守】
これぞ猟奇りょうき人の本懐ほんかいぞ。
ぐふふふふ、早く執行されないか、
もう待ちきれん!
投刀塚たなつか看守】
中尉殿は刑にお立会いですね!
どうぞ、お進みください。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ異常を観測しました!
場所は刑務所内!
立ち入りは不可能です!
――新山にいやまさんに変わります。
【着信 新山眞】
どうやら帝都満洲に原因が、
ありそうです――
はらえのでお待ちしています。

〔祓えの間〕

【新山眞】
市ヶ谷いちがや刑務所、
危ないところでした――
あのまま立ち入ると大変なことに。
今はセヒラは観測しません。
あの異常値、帝都満洲に、
原因がありそうです。
増上寺ぞうじょうじ怪異かいいのときのように、
セヒラの流れ込みがあるのかも……
調べてみてください。

【満鉄車掌】
お客様、市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルに、
御用がお有りですね?
あすこに強いものがあります。
それがせいで、その先、
海拉爾ハイラル満洲里マンチュリには運行できません。
当列車、ただいまより、
市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルに向かいます。

【満鉄車掌】
市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハル
市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルです、
お忘れ物なきようお願いします。

〔市ヶ谷斉斉哈爾チチハル

【牛頭機構構成員Sアストラル】
比類舎ひるいしゃは、すっかり空振りだった。
情報を得て向かった日本橋、
関東ホテルには誰もいなかった!
我々は偽情報をつかまされ、
その間に警察は、
アナーキスト連中の身柄を確保した。
比類舎ひるいしゃの連中が、
人籟魔じんらいまの材料にされること、
警察も警戒していたわけだ。
【牛頭機構構成員Mアストラル】
警察内部にも牛頭ごず機構のメンバー、
入り込んでいるはずなのに……
最近、情報の質が落ちたようです。
【牛頭機構構成員Tアストラル】
おい、あんたに用があるって……
あんた、知ってるんだろ?
――小森さんだよ、話があるそうだ。

【小森時夫のアストラル】
久しぶりだな、喪神もがみ風魔ふうま
死ぬ前の俺がここを彷徨さまよう……
不思議な感じだぜ!
あんたがここに来る頃には、
おれは死んでる、とっくにな。
――俺が裏切ろうとしたからだ!

鈴代すずよ魔鏡まきょうを封じて霊力が絶えた。
それを知った俺は小躍こおどりしたな!
東雲しののめ復活のいい機会だ――
俺の親戚しんせきに鏡職人がいる――
ひゃひゃひゃ、奴に頼めば、
魔鏡なんざすぐできる。
そのことが山郷やまごうさんにバレた――
俺が抜け駆けすると思ったらしい。
まぁ、そのつもりだったけどな!

ちょいと意趣返いしゅがえしをしてやろうとな、
目立つように強めにセヒラ送った。
案の定、あんたが来たってわけだ。
ここにいると俺みたいなのに、
セヒラが集まってくるんだ。
牛頭ごずはそれを利用して、
刑務所をセヒラだらけにして、
あんたをものにすべくたくらんでいる。
俺と戦って、セヒラを散らせ!
そうしたら、あんたは刑務所で
死なずに済むって寸法よ。
準備はいいか、中尉さんよ!

《バトル》

【小森時夫のアストラル】
いい塩梅あんばいだ、いい塩梅あんばいだ~
これで刑務所にセヒラは届かない!
牛頭ごずの奴ら、ざまぁ見ろだ!!
【着信 新山眞】
セヒラ異常の原因、
取り除かれたようです!

帝都満洲を抜けた風魔ふうまは、再び、市ヶ谷いちがや刑務所へと向かった。セヒラ異常は観測されていなかった。

〔市ヶ谷刑務所・入口〕

教良木きょうらぎ看守】
中尉殿!
以前、哲学堂で拝見しました!
百間ひゃっけん先生が猟奇倶楽部くらぶに寄稿して、
なんかややこしいことになった時……
猟奇人はそういうの目敏めざといんです。
渡鹿とろく看守】
おや、奇遇ですね、中尉殿。
猟奇倶楽部くらぶでお会いしましたね。
もっとも中尉はお忙しそうでしたが。
私はね、今日という日を、
待ち望んでいたんです。
何しろ死刑執行エクスキュ―トの日ですからね!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし! セヒラ上昇です。
――死体愛好者というのがあります。
ネクロフィリアと呼ぶそうですが、
猟奇倶楽部くらぶの会員に、
そういう一派があると聞きました。

放出はなてん看守】
昨日の晩に大阪から来たんやけどな、
あの佐野さの、いつのまにやら死刑囚、
けったいなこともあるもんやな。
判決では徒刑とけい五年のはずやのにな、
なんや外部から圧力でも
かかったんとちゃうか?
それにしても、アレやな、
市ヶ谷いちがやの看守は気色きしょく悪いのが多いな。
中尉殿もそうおもたはるやろ。

四方寄よもぎ看守】
司法省のお役人がおいでなんですよ。
なにせ国家謀略ぼうりゃく罪の死刑囚ですから、
最期を確認しなくちゃね。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
国家謀略ぼうりゃく罪などという罪状は
存在しません!
四方寄よもぎ看守】
刑務所内に死刑阻止そしの動きがある、
司法省のお役人はそうおっしゃる。
もしや、貴様がそうなのか?

この不満分子め!
私が執行人となってやる!!

《バトル》

四方寄よもぎ看守】
やはり……貴様だったか……
司法省の皇后崎こうがさき刑務局長がお待ちだ。
刑場へ、向かえ……
【着信 喪神梨央】
死体を偏愛へんあいする連中のせいで、
にわかにセヒラが強くなっています。
ただ――
今、新たに観測している波形は、
通常の怪人のものです。
それもかなり強い反応です。

〔刑場〕

皇后崎こうがさき刑務局長】
今回の件は特別だ。
佐野勉さのつとむの罪は重い。
柴崎しばさき刑務次官が自ら司法大臣へ、
執行決定書を提出された。
大臣として判を押さざるを得ない。
佐野さの維神舎いしんしゃの連中と赤坂の高畑たかはた邸へ
行き、蔵相ぞうしょうの寝込みを襲った。
六発撃たれた蔵相は即死だった――
佐野勉さのつとむの刑は、国民の総意だよ。
――違うかな?
【着信 帆村魯公】
何かおかしいぞ!
高畑蔵相たかはたぞうしょうはご健在だ。
それに刑務次官という役職はない!
維新舎いしんしゃなどという結社も存在しない、
そんなもの、聞いたこともないぞ!
惑わされるな!
皇后崎こうがさき刑務局長】
フフフフフ……
愚者ぐしゃは木を見て森を見ずか――
佐野さのは君をおびき寄せるための
おとりだったんだよ、喪神もがみ風魔ふうま
それをつゆも疑わずにやって来るとは!
山王さんのう機関もなかなかに無垢イノセントだ。
おっと、忘れるところだった、
佐野さのの処刑は済んだよ、とどこおくね。
さて、君には私の感嘆かんたんぶりが、
伝わるだろうか?
素晴らしきはアラヤ界だよ。
アラヤ界の造形力というのは、
我々の想像を軽く凌駕りょうがする。
とりわけ憎しみと恐怖は、
たくましさにおいて他を寄せ付けない。
良く育つ種子であるのだ!
さて、我々には特別の種子がある。
今、ここへ、力を繋ごう――

何故だ……
小森はどうした……
何故セヒラを送らない?
とことん役に立たない奴だ――
仕方ない、支援無しで君と向き合う。
君の苦悩からも、
一つや二つは、
良き種子がこぼれ出ることだろう!

《バトル》

【???】
皇后崎こうがさき職員】……
ここは……どこですか?
刑務所……でしょうか?
私は経理課の皇后崎こうがさきです。
司法省経理課です。
市ヶ谷いちがや刑務所で不正な会計があり、
その調査でおもむいたのですが、
なぜ、こんなところにいるのか……
私はまだ仕事がありますので、
これにて失礼します。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
市ヶ谷いちがや刑務所からセヒラ消滅です。
帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん。
――死刑、執行されたんですね……
【帆村魯公】
罪状もでっち上げなら、
刑務次官……なんじゃ、そりゃ!
【喪神梨央】
次官は柴崎しばさきとか言いませんでした?
外交官と同じ名字です――
それも気になりますね。
【帆村魯公】
ふむ、風魔ふうまをおびき寄せるために、
徒刑とけい囚を死刑囚に仕立てたのだ。
それも司法省全体で――
【喪神梨央】
司法省の人達は、みんな、
そのことを信じたんでしょうか?
【帆村魯公】
そのように仕向けたんだな。
――何者かがな。
組織は魔法をかけられたみたいに、
その者の意に沿うようになる。
事実を歪曲わいきょくして思い通りに操る……
うむ、に恐ろしい力だ。

ひとりの徒刑とけい囚の死は、大きな力のおよぶ、その象徴のようであった。山王さんのう機関は重苦しい空気に包まれていた。