第七章 第一話 少年の死

〔山王ホテルロビー〕

この八月、ペルセウス流星群が見頃となる。最もいちじるしいのは十一日から十四日にかけてだ。そして幸運の惑星、木星が天秤てんびん座へ――
木星が天秤てんびん座に入ると、人々の動きが活発になると言われている。帝都にはどのような影響が現れるであろうか。

【喪神梨央】
遅いですね……
新山にいやまさんの弟さん、和斗かずとさん――
もう約束の時間、過ぎたのに。
伊豆いず一碧いっぺき湖で、
少年の死体が上がったんです――
それが怪人じゃないかって……
――和斗かずとさんは疑っています。
怪人について話を聞きたいそうです。
一碧いっぺき湖って伊豆いずですよ。
淑子としこ姉さんが入院していた、
サナトリウムの近くです――

【新山和斗】
遅くなって、済みません!
いろいろ調べることがあって――
【喪神梨央】
新山にいやま和斗かずとさん――
話が聞きたいって……
【新山和斗】
ええ、ちょっとした裏取りです。
【喪神梨央】
私が尋ねていいですか?
一碧いっぺき湖の死体が怪人だなんて、
どうしてそう思うんですか?
【新山和斗】
いやね、まだ決めたわけじゃない。
でも、すごくにおうんですよ、
普通の事件じゃないってね!
【喪神梨央】
一碧いっぺき湖で死んだ人、少年なんですね。
【新山和斗】
ええ、少年です――
十歳から十六歳くらいの少年、
死後二週間ほど経つそうです。
胸が真一文字にかれていて、
それが死因だろうと言われています。
――でも不可解ふかかいな点が……
【喪神梨央】
どんなことなんですか?
【新山和斗】
血が全部抜かれているんです。
それに……
内臓のつくりが人のそれではなく、
見たこともない臓器もあったと――
そういうことなんです。
【喪神梨央】
えええ!
それで、怪人だと?

【帆村魯公】
何だか騒がしいが、
どうしましたかな?
【新山和斗】
人は怪人になると、
体のつくりが変わってしまうのか、
そういう話を聞きたくて――
【帆村魯公】
残念ながら、
ここはその方面の専門外ですな。
【新山和斗】
でも怪人におくわしいのでは?
――日々、向き合っておいでだ。
【帆村魯公】
向き合ってなどおりません、
鎮定ちんていするのみですぞ。
誠実なる者の胸中きょうちゅうおだやか、
怪人なる者の胸中きょうちゅうは……
――して知るべしですな!
【新山和斗】
なるほど……
取材はまだやめませんよ、
何しろ引っかかる事件ですからね!

【帆村魯公】
風魔ふうま、公務の時間だ。
――巡視パトロールに出てくれ。
【喪神梨央】
今日はまだ通報もありません。
どの辺りにしましょうか、巡視パトロール
【帆村魯公】
追ってすぐに連絡を入れる、
梨央りお、公務電車の手配だ。
【喪神梨央】
あっ、はい!
承知しょうちしました!

魯公ろこうからの指示で、一碧いっぺき湖で見つかった、少年の遺体が運ばれた戸山とやま陸軍軍医学校へ。近辺にセヒラの反応もあるという――

〔陸軍軍医学校〕

【着信 帆村魯公】
ブンヤの奴、あながち見当外れではない。
少年の遺体、所見しょけんでは謎だらけだ。
五臓ごぞう六腑ろっぷ、てんでデタラメで、
とても人とは思えない、
そういうことみたいだ――
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、上昇しています。

【猟奇的な医者Λラムダ
あの標本を奪おうとする、
そういう不穏ふおんな動きがあるようです。
軍がここを警護するのですか?
何にせよ、あれは最高の標本です。
願ってもない収穫です!
――誰にも渡してはならない!

【猟奇的な医者Ωオメガ
私はね、あの少年は、
怪人として生まれ変わった、
そう見ているのですよ!
不可思議ふかしぎな内臓もそうだし、
ぜんたい、脳がどうなっているのか、
早く解剖かいぼうしてみたいです。

【猟奇的な看護婦Θシータ
死んだ子は人造人間だと思います――
海野十三じゅうざという作家の一篇いっぺんを、
この間読んだばかりです。
人造人間失踪しっそう事件といいます――
砧村きぬたむらの科学実験所が襲われて、
飛田とびた博士と人造人間が消えるんです。
その人造人間は怪力の持ち主で、
木に登ったりはりにぶら下がったり、
メートルへいに飛びついたりするんです。
人造人間が飛田博士を殺して、
逃走したに違いない――
警察はそう推測します。
結局、人造人間は軍が兵器にすべく、
兵器しょうに運び入れていたのですが。
襲撃は世人せじんの目をあざむ偽装ぎそうだった――そういうお話ですのよ。
あの子もきっと、
どこかで作られたんですわよ!
人造人間に違いないです!!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、引き続き上昇中です!

【猟奇的な医者Φファイ
聞いてください!
僕はね、感嘆したのですよ!
あんなに美しく脱血するとは!
まさに言葉を失うとはこのことです。
ライニンガー瀉血しゃけつ法に違いない――
ライニンガー医師は四人の少年から、
合わせて十二リットルもの血液を抜いた、
それも生かしたままやった……
少年たちの肌は、
白蝋はくろうのようになったそうです!
僕も試したいのです!
その権利はあるはずです!

《バトル》

【猟奇的な医者Φファイ
メスの刃が
とぎばなしを読むやうに
ハラワタの色を
うつして行くも
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
辺りのセヒラは消えました。
お話があります――
山王さんのう機関本部に戻ってください。

〔山王機関本部〕

【帆村魯公】
実はな、風魔ふうまよ、
この半年の間に二人の少年が、
相次あいついで不審死をげておる――
音羽おとわ西尋常小学校四年、内藤ないとう佐吉さきち
二人目は厨橋くりやばし尋常小学校、
五年の幹田みきた貞三郎ていざぶろうだ。
二人とも胸をかれていた。
死体は水中に投棄されている――
その手口が似ているのだ。
だが血は抜かれておらん……
警察では関連付けて、
捜査そうさを始めるとのことだ。
【喪神梨央】
隊長、兄さん……
そのことで新山にいやまさんがおいでです。
【帆村魯公】
またブンヤか!
【新山眞】
いえ、です。
【帆村魯公】
おう、新山にいやま君。
――それで……
エスペラント語は相変わらずか。
【新山眞】
ええ……不思議スチボーラスな気分です――
私はセヒラ球に飲み込まれた時、
実に様々なものに触れました。
【喪神梨央】
麗華れいかさんも言っていましたね――
すべてが見通せたって。
【新山眞】
ある一人の医者クラチーストの思念に触れました。
それはおぞましい体験でした――

医者は強い思念を飛ばしていたという。少年の薄く白い胸をメスでき、まだ暖かい中に指を入れるというものだ。

【新山眞】
見たわけではありませんが、
その医者クラチーストは触れた感触からすると、
おそらく外国人フレムドゥーロです――
【帆村魯公】
それで……
その思念はセヒラ球の中でしか、
確認できないのだな?
【新山眞】
ええ、普通はそうですが――
その同じ思念が現れたのです。
歪振器わいしんき反応レアクチーオしました。
それでお邪魔したのです。
【帆村魯公】
そうか!
なんとかという機械は、確か……
【喪神梨央】
高輪たかなわ延吉エンキツです。
以前、そこに置きました。
【帆村魯公】
よし、風魔ふうま
物は試しだ、向かってくれ。
高輪たかなわ延吉エンキツだ!

〔高輪延吉〕

【久作読者アストラル】
すれ違つた白い女が
ふり返つて笑ふ口から
血しした
いつまでもこうしていたいのに、
余計な邪魔が入った!
奴らだよ、
何をここに来てまで騒ぐのだ!
猟奇歌に浸っていたいのに……
昨日までと思うた患者が
まだ生きて
今朝の大雪みつめて居るも
【穏健派Tアストラル】
我ら、新文民社、
ここにきて危機にひんしている!
韮山にらやま儀礼ぎらい先生が危ない!
――まさに襲撃を受けようと……
なんとかしないといけない!
【穏健派Wアストラル】
青臭い帝大生連中とはたもとを分かち、
こころざし大きく旗揚げしたのだが、
嗚呼ああ、もうだめだ!
新文民社の活動拠点、
青山の自潤会じじゅんかいアパートは、
憲兵らに包囲ほういされている!
【穏健派Kアストラル】
頼まれて欲しいんだ――
自潤会じじゅんかいアパートを囲む憲兵に、
怪人が含まれている。
そいつを倒してくれないか。
【穏健派Tアストラル】
何者かが怪人をけしかけて、
韮山にらやま先生を襲おうとしている!
【穏健派Wアストラル】
帝大の連中が、
我々を潰そうとしているのか?
とにかく手を貸してくれ!
【穏健派Kアストラル】
憲兵怪人を排除してくれれば、
ここを通しても良い。
これは交換条件だ――
【着信 新山眞】
セヒラ歪振器わいしんきは、
継続ダウリーゴして思念波形を伝えます。
アストラルはそれを知って、
条件コンディーチョイを出してきたのだと思います。
まずは青山に向かってください。

新文民社のアストラルが条件を出してきた。まさに自潤会じじゅんかいアパートを襲撃せんとする、憲兵怪人を倒せば先へ通すということだった。

自潤会渋谷じじゅんかいしぶやアパート〕

佐々木ささき憲兵少尉】
公務、ご苦労様です!
韮山にらやま儀礼ぎらい自潤会じじゅんかいアパートの、
事務所にいると思われます。
奥田おくだ憲兵少尉】
本日の出動は聞いていませんでした。
差し当たり、不審な動きがないか、
監視しているところです。
米村よねむら憲兵少尉】
これまで、月に二度、
車中より監視三十分という目標、
今日になって逮捕たいほせよとは……
ややせないのであります!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ急上昇しました!
注意してください!
神呪かんのう憲兵大尉】
諸君!
監視、ご苦労であった!
これより韮山にらやま儀礼ぎらい逮捕たいほに移る。
諸君は退避してよろしい。
特務中尉!
貴様も退避せよ!
むむ……
さては韮山にらやまくみしたか!
ならば仕方なし、排除する!
私はめいに従うまでだ!!

《バトル》

神呪かんのう憲兵大尉】
何故だ?
――命令は……どうなっている?
【着信 帆村魯公】
新文民社の連中も、
これで通してくれるだろう――
【着信 新山眞】
聞いてください――
犠牲になった小学生ですが、
二人とも胸腺トロンポステーロを抜かれていました。
胸腺は成長ホルモンを分泌する、
子供にとっては不可欠な器官です。
遺体の胸がかれていたのは、
胸腺を抜くためのようです――

〔高輪延吉〕

【穏健派Fアストラル】
新文民社には学生ではなく、
勤め人が多くつどいます。
その中の一人に興亜こうあ貿易という、
貿易会社の社員がいます。
彼の会社は麹町こうじまちにあります。
彼は他に見ないほど没個性ぼつこせいなのです。
私はそれが居心地悪いほど気になり、
一度、退勤を待って尾行したのです。
半蔵門はんぞうもんから十一番に乗って桜田門さくらだもんへ、
その後、彼は内務省のビルへと、
入っていきました。
内務省とどんな関係があるのか、
いぶかしく思いながらも、
私はその場を去ろうとしました。
その直後、四人の男が私を取り囲み、
私は車に引き込まれたのです――
車中で目隠しをされ、
腕に注射を打たれました――
爾来じらい、こうして漂っているのです。
また来てください……
いろいろ調べておきます。
【着信 帆村魯公】
犠牲になった子供が通った小学校に、
保健医として勤務した医者がいる。
独逸ドイツ人のオットー・ヘルマン医師だ。
現在、ヘルマン医師は、
四谷塩町よつやしおまち尋常小学校に勤務する――
何と、お前たちの母校だぞ!

【着信 新山眞】
セヒラ歪振器わいしんきによって、
明瞭めいりょうになってくる波形オンフォルモがあります。
――それがヘルマンの波形オンフォルモです!
今、物凄く明瞭めいりょうになっています。
近くにアストラルはいませんか?
【着信 帆村魯公】
風魔ふうまよ、ヘルマンの思念を、
なんとしても揮発きはつさせるんだ!
吹き飛ばしてしまえ!
そうすることで、
ヘルマンは自分を保てなくなる。
自分の意志で行動できなくなるのだ!

【ヘルマン医師のアストラル】
私は自分が早老症プロジェリアではないかと、
ひたすら疑い、案じていた。
ひ弱な二十代の頃だ――
検査を繰り返すも疑念は晴れない――
そんなある日、私は導かれたのだ。
それは失血死した少年の死体だった。
埋葬まいそうするのが惜しいくらいの死体だ。
私はメスを取り、少年の胸をき、
まだ温かな胸腺を取り出した……
それをワインで煮て食べたよ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
物凄いセヒラです、
最大の警戒をしてください!
【ヘルマン医師のアストラル】
この国に来て私は僥倖ぎょうこうに恵まれた。
快活で素晴らしい少年たちよ――
だが、一人目の少年は仕損しそんじた――
恐怖に目を開いたまま死んだのだ。
その子の胸腺は、
青く萎縮いしゅくして苦い味がした。
舌触りも悪かった――
しかし二人目は大成功だった。
私たちはポートワインに酔い、
あの子は安らかに眠ったのだ――
少年たちの命のエッセンスが、
私に生きる使命を与えてくれる。
遺憾いかんながら、
君たち大人の胸腺には興味がない、
そう、興味がないんだよ!!

《バトル》

【ヘルマン医師のアストラル】
この間の少年には……
――胸腺がなかった!
どうしてだ?
――体を開くと、そこは異様な様子、
それに……
あの匂い……
アーモンドの匂いがした!
私は……混乱の極みにいる!
――だめだ、自分をたもてない……
これ以上、無理だ!!
【着信 新山眞】
思念はきれいになくなったようです。
――消し飛びました!

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい!
ヘルマン医師の身柄、
四谷よつや署の特高課が確保しました。
【新山眞】
ヘルマンは自分のコールポを――
コールポをひたすら痛めつけ始め、
全身血まみれサンガサラートンだそうです。
拘束具でなんとか抑えているとか。
【喪神梨央】
まだ邪悪さを残すんですか――
怪人化しないか心配です。
【新山眞】
特高に捕まっている限り、
大丈夫ボーネだと思います。
【喪神梨央】
私たちの母校ですよ……
ヘルマン、そこにいたんです、
考えるとゾッとします!
【新山眞】
これはフラートから仕込んだ話ですが……
ヘルマンの足取りから、
ある場所が浮上しました――
【喪神梨央】
どこなんですか?
【新山眞】
銀座にあるという美少年ベーラユネーツォ倶楽部です。
【喪神梨央】
美少年……倶楽部……
【新山眞】
ヘルマンはその倶楽部でも、
少年クナーボを物色していたようです。
それにしても――
【喪神梨央】
一碧いっぺき湖の少年、そこの倶楽部の?
――そうなんですね!
【新山眞】
そうです。
他にもたくさんいます、倶楽部には。
――皆、同じビザーゴだそうです。
【喪神梨央】
それで……なんですね……
隊長は参謀本部に詰めています。
今回の件で何か情報がないかと。
兄さん、
もしかすると、ホムンクルスじゃ……
ユリアさんに聞いてみましょう!