第七章 第十二話 時空の歪み

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
虹人こうじんさんたち、祇園丸ぎおんまるのことを
調べているそうです。
怪我けがとかはないそうです。
猟奇倶楽部クラブが捕まえている一体、
ユリアさんのホムンクルスですよね。
――波形も何もわかりませんが……
兄さんが猟奇倶楽部に誘われた時、
私がちゃんと追跡できていれば、
場所はわかったのに……

【九頭幸則】
歩一の九頭くずです。
――あれ、梨央りおちゃん、
浮かない顔して、どうしたの?
【喪神梨央】
私が風邪を引いたばかりに、
猟奇倶楽部の場所、捕捉ほそくできなくて。
ユリアさんのホムンクルスが……
【九頭幸則】
何だ、そのことか。
逃げ出したのが見つかったんだろ。
猟奇倶楽部なんてすぐにわかるって!
それに無理して風邪こじらせたら、
もっと大変だったよ、梨央ちゃん。
【喪神梨央】
……
幸則ゆきのりさん、ありがとうございます。
【九頭幸則】
いや、なぁに、これしき――
な! 風魔ふうま

【新山眞】
セヒラを観測しました。
【喪神梨央】
え? 本当ですか!
【新山眞】
いやいや、焦らないで。
例の風水師ふうすいしです、きっと。
特徴的な波形でしたから!
それにものすごく微細です。
きっとあの風水師ふうすいしですよ。
【喪神梨央】
兄さん、巡視パトロールお願いします。
場所は中野満洲里マンチュリです。
【九頭幸則】
中野!
そんなところにもあるのか……
【新山眞】
満鉄の西の果てですね。
その先は西比利亜シベリア鉄道になります。
帝都では中野なんですね。
【喪神梨央】
満鉄では満洲里マンチュリから莫斯科モスクワまで、
一週間の旅程です。
【新山眞】
帝都満洲鉄道でも、
中野満洲里マンチュリより先はないでしょう。
はらえのに向かいましょう、
喪神さん。

〔祓えの間〕

【新山眞】
これから向かっていただく先、
中野満洲里マンチュリなんですが、
時間のズレを引き起こしています。
向こうでの一時間が、
こちらでの二時間……
いや、もっとかも知れません。
向こうでは時間がゆっくり進む、
どうもそういう現象が起きています。
抜かりなく観察は続けます。
時間のずれていること、
念頭に置いておいてください。
本部にも伝えておきます。

【満鉄列車長】
帝都満洲鉄道、これより、
市ヶ谷斉斉哈爾チチハル、戸山海拉爾ハイラルを経由、
中野満洲里マンチュリへと向かいます。
中野満洲里マンチュリ露西亜ロシア国境近くのため、
随分と国際的ですね!
支那シナの言葉に交えて、
英語を話す人も多く居ます。
不思議と露西亜ロシア語は聞こえません。
それでは当列車、出発いたします。

中野なかの満洲里マンチュリ北街区〕

【満鉄列車長】
中野満洲里マンチュリ~中野満洲里マンチュリ
長らくのご乗車、
ありがとうございました。
積もる吹雪ふぶきに暮れゆく町よ~♪
ここは雪国満洲里マンチュリ~♪

【路人Sアストラル】
あんた、どっから来たんだ?
九龍城クーロンじょうの住人じゃないようだな。
あんたも、何か端末持っているのか!
なら、大事なこと教えてやる。
クーロネットが新種のウィルスに
感染したんだそうだよ。
俺らのパスワードやメルアドが、
だだれになってるらしいぜ。
あんたも気をつけな。

【路人Tアストラル】
クーロネットのウィルス感染、
あれはオンラインゲームが、
原因になってるらしいね。
光明路コウミョウろ電脳中心でんのうちゅうしんで、
ゲームの中に吸い込まれた人がいる、
そんな噂だよ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
いったい何の話ですか?
聞いたことのない英語が聞こえます。
無線機、新山にいやまさんにも接続します。
今の記録も聞いてもらいますね。

【路人Zアストラル】
この九龍クーロンフロントのどこかに、
光明路コウミョウろに繋がる路地がある、
そんな話だ。
何でもえびの子どもが、
その路地を抜けて行ったらしい。
二三日、帰ってこないそうだ。
光明路コウミョウろは五月の陰陽交合いんようこうごう事件で、
陽界ようかいに現れなかった街だ。
まだそういう街があったんだな――

【路人Pアストラル】
陽界ようかい香港ホンコンは中国に返還された――
つい先月、七月の話だ。
けどここの住人はどうなるんだ?
陰界いんかいの住人も中国人なのか?
俺たちは九龍クーロンフロントにいる、
ただそれだけなんだけどな!

中野なかの満洲里マンチュリ東街区〕

【着信 新山眞】
香港ホンコン割譲かつじょうは九十九年の期限付き、
中国返還は一九九七年の予定です――
今から六十二年後のことですね。
そこはずっと未来の時空と、
繋がっているようです。
九龍クーロンというのは九龍クーロン半島のことかと。
今はそれしかわかりません。

【爆竹屋アストラル】
龍城りゅうじょう飯店のバーテンダー、
奴はなんて名前だったか――
ここ最近、奴の姿を見かけないが、
この近くで気配を感じたよ。
見たわけじゃない、感じたんだ。

【亀料理屋アストラル】
龍城飯店のリッチなら、
物に姿が変わったって話だ。
妄人ワンニンって言うんだけど――
五月に起きた陰陽交合いんようこうごう事件では、
窓男、携帯電話男、モーター男、
それに鍵穴男まで出たそうだ。
鍵穴だってよ!
鍵や錠前じゃなく、鍵穴なんだよ。
――すごく哲学的だと思わないか!

【海藻パック屋アストラル】
龍城飯店に住んでいた、
小黒シャオヘイって女の子が、
神獣しんじゅうとして見立てを受けたんだって。
そんな話がまことしやかに伝わるの。
人が神獣しんじゅうになるなんてね――
まぁ人が物になったりするから、
人が神獣しんじゅうになったくらいで、
驚いちゃダメよね。

【フカヒレ屋アストラル】
この辺は海鮮中心かいせんちゅうしんだ。
見ての通り、海産物を扱う。
でもな、それ以外にもあるんだ――
いったい何を扱うかって?
そんなこと、言えるわけないだろ!
常連になればそのうち分かるよ。

【歯科医アストラル】
五月の陰陽交合いんようこうごう事件では、
陰界いんかいを漂う九龍城クーロンじょう陽界ようかいに現れ、
世界の秩序が崩壊しかけました。
陰界いんかい風水ふうすいの守りがなかった、
それが陰陽交合いんようこうごう事件の原因でした。
陽界ようかいから来た風水師ふうすいしが、
陰界いんかい風水ふうすいを起こし、
陰陽交合いんようこうごうは解消されたのです。
風水ふうすい神獣しんじゅうの見立てにより起きます。
五月には宿命を備えた人が、
見立てを受け神獣しんじゅうとなりました。

【着信 新山眞】
九龍城クーロンじょうという地名が聞こえました。
英吉利イギリスの植民地である香港ホンコンの市中に、
清朝の領地があります。
九龍城砦クーロンじょうさいと呼ばれる一角です。
将来、おそらく、そこに人が住み、
街区を形成するのでしょう――
今はまだ人もまばらな、
郊外地と言った感じの場所です。

中野なかの満洲里マンチュリ西街区〕

【電脳中心店員アストラル】
光明路コウミョウろ電脳中心でんのうちゅうしんで事故があった、きっと、その話だよね!
ガリギアスオンラインだよ――
韓国のピーコックゲームという、
ベンチャー系のゲーム会社が
そのゲームをサービスしているんだ。
ガリギアスというのは神秘の力さ。
それをあがめる人、求める人、
悪用しようとたくらむ一派――
ガリギアスをめぐ思惑おもわくのそれぞれで、
クエストが展開されるんだよ。
光明路コウミョウろで起きた事故だけど……
僕も同じ事故にったことがある。
ゲームの中に吸い込まれるのさ!
気付くとトスタリアの森にいるんだ。
そこは聖域でモンスターも出ない。
森の中に古い図書館がある――
手に入れた図書館のかぎによって、
入れる閲覧室が異なる仕組みだ。
僕が手に入れたかぎで入れたのは、
エリオットの書斎という閲覧室さ。
周りを書棚に囲まれた小部屋で、
革の洋書ばかりが並んでいたね。
閲覧室から出ようと扉を開けると、
どこか別の町に出た――
まるでワープしたみたいだった。
そこが一九三五年の東京だと
わかるまで、少し時間がかかった。
――だって、仕方ないだろう?
そこは東京の鍛冶橋かじばしという街だった。
僕はその街をしばらく歩いたんだ。
通りすがる人が不思議そうに見る――
理由はすぐにわかったよ。
僕が首から下げたヘッドホン、
それが珍しかったみたいなんだ。
陰界いんかい九龍城クーロンじょうは、
そんなふうに時空を超えて、
別な場所に繋がるようなんだ。

【リゾーム会員Pアストラル】
龍城りゅうじょう飯店に住んでいた小黒シャオヘイ
彼女の思念が過去の上海で、
双子のお姉さんの念と合一したんだ。
小黒シャオヘイは過去で神獣しんじゅうとして見立てられ、この陰界いんかい神獣しんじゅう龍脈りゅうみゃくが及んだ――
そういうことだよね?
でもせっかくのその神獣しんじゅう龍脈りゅうみゃく
どこかで途絶えているようなんだ。
小黒シャオヘイの見立ては一九ニ〇年だ――
ということは、それ以降に、
龍脈りゅうみゃくが途絶えてるってことだね。

【リゾーム会員Zアストラル】
小黒シャオヘイは自分の宿命を知っていて、
ファイアの日に姉と会えると――
納音なっちんで求める火属性の日のことです。
宿命の、ファイアの日ですが、
一九九七年五月二十二日は、
火の属性じゃなかったんです。
納音なっちんで割り出すと、その日は、
霹靂火へきれきかではなく海中金かいちゅうきんなんです。
つまり金の属性、ゴールドの日です。
一九ニ〇の五月二十二日も、
納音なっちんでは白鑞金はくろうきんですね――
やはりゴールドの日なんですよ。

【リゾーム会員Jアストラル】
シャ先生はファイアの日を、
クーロネットで調べたのです。
それが間違っていた――
シャ先生がアクセスした時、
すでにクーロネットはおかしかった。
ウィルスに感染していたようです。

【かつら屋アストラル】
ちょっとよろしいですか?
龍城飯店のバーテンダーがいます。
こちらへお願いします――

中野なかの満洲里マンチュリ南街区〕

【かつら屋アストラル】
そこにいるのが龍城飯店の
バーテンダー、リッチです。
【龍城飯店バーテンRアストラル】
小黒シャオヘイの奴だろ?
あいつ、行方不明の姉さんを探して、
この街に来たんだ。
しばらくホテルに住み込んで、
バーを手伝うなりしていた。
あいつは双子の姉さんと引き合い、
神獣朱雀しんじゅうすざくの見立てを受けるという、
とんでもない宿命を背負っていた。
宿命の日、それがファイアの日だ。
ファイアとは火属性の日のことだ。
姉さんが残した言葉、
ファイアの日に会える――
あいつはその言葉を守っていた。
あいつは自分の身の上に振りかかる、
運命がどんなものかは知らなかった。
陽界ようかいから来た風水師ふうすいしが歯車を回した。
だがな、神獣しんじゅうとして見立てを受ける肝心の日付が間違っていたんだ――その日は五月二十二日じゃない。
正しいファイアの日は、
小黒シャオヘイの向かった一九ニ〇年だと、
五月十六日、十七日だという。
だから、あいつの龍脈りゅうみゃく朱雀すざく龍脈りゅうみゃくがその後、途絶えた――
せっかく神獣しんじゅうになったのにな。

【窓男のアストラル】
おい、気を付けるんだ!
双子師ふたごし四天王がやってくるぞ!
【龍城飯店バーテンRアストラル】
あんた、奴らには歯向はむかうな!
勝てる相手じゃないぞ!

【双子師四天王のアストラル】
私は憎しみをかてとして強くなった。
怒り、恨み、さげすみ――
それらは皆、私の力の源泉げんせんだ。
裏切りとあざむきの極彩色ごくさいしきが、
私をひときわ輝かせるだろう。
さぁ、君のうちに秘める、
その黒黒としたものを晒すがいい。
君の怒りは、
君自身がもてあそぶまやかしによって、
その力を失っている。
真の君と向き合えないのは、
残念至極だな!

《バトル》

【双子師四天王のアストラル】
自分に打ち勝ったつもりか、
喪神もがみ風魔ふうま――

【超級風水師AWアストラル】
私の本体は、まだあの薄暗い病室に
あるのだな――
光明路コウミョウろのあの医院の狭い部屋――
私はもう二度と目覚めないのか。
それならそれでよい。
目覚めれば世界の苦悩を負うだろう。
眠ったまま生きていくとしよう。
さて、龍脈りゅうみゃくを起こすのだな?
バーナードがしたように。
そのために君が来たのだろう。
ここ九龍クーロンフロントにはびこる邪気じゃき
それらをすべて陽界ようかいに流すぞ。
それでいいな?
強い邪気じゃきの流れが生まれるだろう。
後は君にまかせることにしよう。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聞こえますか?
強いセヒラが流れ出ています。
セヒラは憲兵隊本部に――
憲兵隊本部に流れ込んでいます!!
一ツ橋の憲兵隊本部です。
――芽府めふ須斗夫すとおのいる場所です。

〔溜池通〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし……
今、帝都にいるんですか?
帝都満洲の巡視パトロール
やはり時間が経過しています。
ゲートをくぐってから四日も経ちます。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん……
すごく時間が経って、心配しました。
【新山眞】
帝都満洲に未来の時空が繋がり、
それがために時間がずれた……
どうもそのようですな。
【喪神梨央】
兄さんが帝都満洲に出かけたのは、
四日前なんです――
こちらでは四日経ったんです。
【新山眞】
向こうでは四倍、時間が遅くなる――
それが帝都満洲全域のことなのか、
まだわかっていません。
風水師ふうすいしが気脈を起こして、
強いセヒラが生じました。
今日未明のことです――
【喪神梨央】
兄さんにしてみると、
ついさっきだったのでは?
強いセヒラ、今は収まって、
特に怪人騒動の通報もありません。
【新山眞】
そろそろ芽府めふ須斗夫すとおが、
次の予言を語る頃でしょう。
この件かはわかりませんが、
弟に呼び出されていまして――
これから銀座に向かいます。
予言のことでしたら、
まだ記事にしないようくぎを差します。
それではこれで――
【喪神梨央】
さっきの九龍クーロン
本当に未来なんでしょうか……
でもちょっとワクワクしました!
ネット、オンライン、ゲーム……
想像するしかないですね。
ヘッドホンを着けて歩くって――
無線機に繋いだのでしょうか?
私もやってみようかな!

その夜遅くに式部しきべから電話があった。芽府めふ須斗夫すとおは第七の予言を語ったのだ。ただ、それは全文ではないという――
ヒククアケ――
式部はその言葉の意味がわからないと嘆く。また何か他に言葉が続くはずだとも。