第七章 第十三話 蠢動

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
あっ、兄さん――
兄さんが帝都満洲に行く度に、
時間が少しずつ遅れているとすると、
兄さんの一日が、
私たちの何日にもなってしまう……
新山にいやまさんが危惧きぐされていました。
そうなると、
私たち、どんどん歳を取る、
そうじゃありません?
【帆村魯公】
おう、風魔ふうま
ホテルに佐古田さこた氏がおいでだ。
三崎みさきの銀行で頭取やってる人だ。
【喪神梨央】
山郷やまごう……さんの……
右腕だった人ですね。
エレミヤ佐古田さこた――
【帆村魯公】
山郷やまごうにさん付けは不要だ、梨央りお
佐古田さこた氏は山郷やまごうの計略を阻害そがいし、
N計画の保全に一役買っている。
【喪神梨央】
牛頭ごず機構、最近、動きがありません。
むしろ不気味なんですが――
【帆村魯公】
山郷やまごうが満洲から指示を送っている、
そう考えるのが常だな。
佐古田さこた氏に会ってきてくれ。
氏はホテルロビーだ。

〔山王ホテルロビー〕

【エレミヤ佐古田】
喪神もがみさん!
ちょうどよかったです。
今、是枝これえだ咲世子さよこさんを待ちます。
近く、中条忍なかじょうしのぶさん、
大連ダイレンへ戻ることになると、
そう連絡ありました。
満蒙の大地に猶太ユダヤ人の入植、
愈々いよいよその大計画が動き出すのですね。
【是枝咲世子】
喪神さん――
皆さんは、お変わりありませんか?
佐古田さこたさん、
話しておきたいこととは、
どのようなことですか?
【エレミヤ佐古田】
牛頭ごず機構の山郷やまごうですが、
彼は猶太ユダヤの失われた支族しぞく末裔まつえいを、
懸命になって探しています――
今、私の仕込んだ情報を頼りに、
山郷やまごうは満洲の新京シンキョウにいます――
【是枝咲世子】
N計画で入植する猶太ユダヤ人の中に、
失われた支族しぞく末裔まつえいが含まれている、
彼はそう目論もくろんだのですか?
【エレミヤ佐古田】
山郷やまごうの目的はN計画の乗っ取りです。
計画の基礎は新京しんきょうにあると、
そう仕向けたのです。
さらに仰るようなことも、
匂わせておきました。
【是枝咲世子】
それじゃ霊異りょういを現す末裔まつえいが、
新京しんきょうで彼の手中に落ちることも?
【エレミヤ佐古田】
十の支族しぞくは世界中に散らばりました。
だから、末裔まつえいが満洲に行く可能性、
まったくゼロではありません。
【是枝咲世子】
でも、違うのですか?
【エレミヤ佐古田】
すでにこの日本にマナセ一族の末裔まつえい
いることがわかっています。
山郷やまごうの親戚です――
【着信 喪神梨央】
鈴代すずよさんのことですね。
以前、ユリアさんに、
打ち明けていましたね。

〔山王ホテルロビー〕

【是枝咲世子】
――如月きさらぎ鈴代すずよさんですね?
父からうかがっていました。
虹人こうじんさんからも……
【エレミヤ佐古田】
支族しぞくに伝わるとされる霊異りょういなす力、
それは女性にのみ受け継がれます。
マナセ一族については、
鈴代さんのお祖母ばぁさんの代で、
途絶とだえているのです。
【是枝咲世子】
それでは……
まだ他に、支族しぞく末裔まつえいがいると?
この日本に……そうなんですね?
【エレミヤ佐古田】
ええ、お伝えしたかったのは、
そのことです。
手がかりはさほどありませんが――
京橋区に志恩しおん会という会があり、
山郷やまごうとは別経路で末裔まつえいを探します。
【是枝咲世子】
お続けになって――
【エレミヤ佐古田】
如月鈴代さんとは別の家系の、
マナセ一族が日本にいるのです。

エレミヤは、六世紀中頃に、朝鮮半島より渡来したマナセ一族が、日本で系譜けいふを継いでいることを話した。マナセ一族に関しては志恩しおん会が調査している。もう一つのマナセの系譜けいふについては、山郷やまごうはまったく認知していないとのことだった。

【是枝咲世子】
見つかっていないマナセ一族のすえ――その現す霊異りょういというのは、
一体、どんな力なのでしょうか?
【エレミヤ佐古田】
ちし明星みょうじょう堕天使だてんしルシファーを、
召喚できるほどの能力です。
かなう相手はいないでしょう――
私、これから志恩しおん会に向かいます。
何でも哈爾浜ハルピンから荷物が着いたと。
哈爾浜ハルピン軍政署からだそうです。
山郷やまごうに関することかも知れません。
それでは、咲世子さよこさん、
喪神さん、これで失礼します。

〔山王ホテルロビー〕

景明ケイメイ
やはりおいででしたか――
今、ホテル玄関で、
エレミヤさんに会いました。
第百六十三銀行の副頭取ですね。あの方は上海軍閥シャンハイぐんばつと繋がっています。
いえ、私は彼とは面識めんしきがありません。
新聞で何度か拝見した程度です。
初めまして、景明けいめいと申します。
外地ではリー景明チンミンです――
【是枝咲世子】
リー……チンミン……
父が申していた方ですね。
確か満鉄の――調査部の――
景明ケイメイ
もしや、あなたは是枝これえだ大佐の?
――そうでしたか、お父上は日本に?
【是枝咲世子】
ええ、おります。
もうじき、独逸ドイツへ戻ります。
景明ケイメイ
ナチのフォス大佐のお宅訪問は、
もう済みましたか?
【是枝咲世子】
よくご存知ですね。
フォス大佐はおいでになりました。
父とは昵懇じっこんの間柄です――
さん……満鉄ではナチの動向、
どこまで掴んでおいでですか?
景明ケイメイ
独逸ドイツは両面攻撃を企図しています。
西へ英仏、東へ露西亜ロシア――
欧州は世界戦争の余儀よぎなしです。
【是枝咲世子】
やはりそうなのですね。
父の取り越し苦労ではなかった……
景明ケイメイ
ナチは羅馬ローマ帝国、神聖羅馬ローマに次ぐ、
第三帝国建設を妄想しています。
その中に露西亜ロシアも含まれるのだと。
そんなナチも一枚岩ではなく、
方々にひび割れを認めます。
来日中のフォス大佐もそうです。
【是枝咲世子】
そのフォス大佐ですが、北満に、
妙に執着されているようですが……
何があるのですか、北満に?
景明ケイメイ
北満ではなく、もっと西です。
新疆シンキョウ省の省都烏魯木斉ウルムチの付近に、
桃源郷とうげんきょうが発見されたのです。
【是枝咲世子】
興亜こうあ日報にあった記事ですわ!
でも大佐が宅においでのとき、
まだ記事は出ていませんでしたわ。
景明ケイメイ
記事によって大佐の情熱に、
火が着いたのではないでしょうか。
【是枝咲世子】
かねてより大佐は北満を含む、
欧亜ユーラシア大陸全域を第四帝国にする、
そう語っておいででした――
景明ケイメイ
烏魯木斉ウルムチ桃源郷とうげんきょうがあれば、
そこを中心として発展するでしょう。
さだめし立派な帝国が出来るでしょう。
【是枝咲世子】
――さん……
桃源郷とうげんきょうなんて、本当なのですか?
私、にわかには信じられません。
景明ケイメイ
新聞の言うことです、真実でしょう。
そう思うことです――
【是枝咲世子】
さん……作り話ですね?
フォス大佐を試す……
そうじゃありませんこと?
景明ケイメイ
ナチ将校をだますなんてできません。
――咲世子さよこさん、中条なかじょうさんは、
まだお宅においでですか?
【是枝咲世子】
ええ、いらっしゃいます。
もう大連ダイレンに戻られるそうですが――
さんは、外地へのご予定は?
景明ケイメイ
私は鮮鉄の京城けいじょうに用があります。
釜山プサンから朝鮮に入る予定です。
【是枝咲世子】
では、ぜひ、しのぶさんを、
エスコートお願いします。
京城けいじょうまでで構いませんので。
彼女、以前、怪人にされかけて、
それで用心深くなっています。
お願いします――
景明ケイメイ
わかりました。
今日はお会いできて幸いです。
後日、是枝これえだ家に電報打ちます。
喪神さん、ありがとうございました。
また連絡を取り合いましょう。
【是枝咲世子】
喪神さん……
こうさん……いえ、虹人こうじんさん、
恙無つつがなくお過ごしですか?
虹人さんは複雑で繊細、
それでいてはがねの強さをお持ちです。
虹人さん、おっしゃっていました――
小説を書く時の僕は僕じゃなくなる。
実際の虹人さんを知っていれば、
その言葉、わかる気もします。
秋宮あきみや、休載して久しいですが、
以前の連載分、お見せしますね。
それでは、喪神さん、
またよろしくしてください。

咲世子さよこを見送ってすぐ、梨央りおから着信があり、清水谷しみずだに公園でセヒラを観測したという。ホムンクルスの波形も現れたようだ。

〔清水谷公園〕

【着信 喪神梨央】
そういえば……
今日、清水谷しみずだに公園で猟奇人の会が
開かれるとか……そんな話です。
兄さんにはそんな猟奇趣味、
ないですよね?
――あったら、困ります!
猟奇りょうきグラフ社社員】
おっと、まさか特高じゃ……
えへへ、違いますよね?
ニィさんはそんなんじゃない。
そんな目で見ないでくださいよ。
もうね、お開きです、集まりは。
猟奇人の面々は吉原よしわらの方へ……
もうここにはほとんどいないはず――
さ、私もおいとまします。
【猟奇学生】
フフフ、ボクにはね、わかるんだ。
ほら、あすこ、あの男……
絶対に猟奇的だね。
見た目は普通だけどさ、
家にはきっとろう人形の許婚フィアンセがいる、
そうに違いないよ。
蝋の許婚フィアンセはね、
マーガレットって名前なんだよ。
呼ぶときゃメグってね!
【レーベンクラフト八ニニ】
邪悪ベーゼ! 邪悪ベーゼ! 民族フォルク! 
【着信 喪神梨央】
ホムンクルスの波形、確認。
――でもセヒラは弱いままです。
交戦の意図は……ありそうです!!

《バトル》

【レーベンクラフト八ニニ】
十字架クロイツ……十字架クロイツ……
凍るフリーレン――
【着信 喪神梨央もがみりお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
豊川稲荷いなり方面でセヒラ観測です。
またホムンクルスのようです。

豊川とよかわ稲荷いなり前〕

【猟奇好きのサラリーマン】
いやね、どうも様子のおかしな人が
この通りにいるんです――
我々、猟奇人をはるかに超すような
そういうおかしな人が。
【猟奇好きの若旦那】
私ゃね、切支丹坂きりしたんざかでね、
雨の夜にぼんぼりを見たんだ。
宙に浮かぶぼんぼりだよ――
爾来じらいね、怪異のとりこになったんだよ。
さっき通りかかったのもね、
きっと怪異の一つだよ。

【レーベンクラフト六八〇】
――破壊!ツェアシュテールング……
――破壊!ツェアシュテールング……
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ急上昇です!
――波形は怪人です!!
【レーベンクラフト六八〇】
ドゥンケル
トート! トート
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、依然いぜん高いままです!

たっとばれし使徒Ωオメガ師】
妙な独逸ドイツ語を話すのは、
どうやら人造怪人のようですね。
連中、我々を恐れています――
何の恐れることがあるでしょう?
――私たちは求道者なのですよ。
道をふさぐもの、たとえ公務でも、
この私が退けますからね!!

《バトル》

たっとばれし使徒Ωオメガ師】
あなた方は……可愛そうです――
残念な人生ですね――
色のない人生ですね!

黒頭巾の人物が何かを落とした。風魔は拾い上げる――
それは一枚の便箋びんせんだった。猟奇倶楽部クラブの紋章が箔押はくおしされている。しかし便箋びんせんは白紙だった。

【着信 喪神梨央】
一旦、帰還してください。

一旦帰還という歯切れの悪いのは、まだセヒラを観測するからだという。セヒラは鍛冶橋かじばし界隈かいわいに観測するとのこと、黒頭巾の男が落とした便箋びんせんを預け、風魔は公務電車で鍛冶橋かじばしへと向かった。

鍛冶橋かじばし

【着信 喪神梨央】
鍛冶橋かじばし界隈かいわい、セヒラ上昇中です。
志恩しおん会のある日支にっしビルヂング近辺……
志恩しおん会には、
エレミヤ佐古田さこたさんが向かわれ――
今もおいでじゃないでしょうか?

【オフィスガール】
異人いじんさんみたいな顔の人でしたわ。
なかなかの男前さんですわ……
ふふふ、ついよこ恋慕れんぼしちゃいそう!

【呉服屋の店員】
今さっきの人……三崎みさきの方の……
――確か銀行の偉いさんですよ。
第百六十三銀行だったはずですな……

【経理係の男】
今すれ違った人だけど
新聞で記事読みましたよ……
第百六十銀行の頭取とうどりさんですよ!

【エレミヤ佐古田】
騒動を起こしている怪人は
おそらく囚人しゅうじんどもです。単純悪です。
――日支にっしビルを取り囲んでいます!
あああ、来ました! 奴らです!
私は……ああ、私が!!
わ、わ、わ……あああああぁ~
【えれみやさこた】
あわわわわ~
はぁはぁはぁ……
コロス、I KILL YOU!

ALL WORK ANDしごとばかりで
NO PLAYあそばない
MAKESだから JAREMIAHエレミヤ
AN EVIL BOYわるいこになった
ALL WORK ANDしごとばかりで
NO PLAYあそばない
MAKESだから JAREMIAHエレミヤ
AN EVIL BOYわるいこになった

《バトル》

【???】
……私を……どうか私を……
出してください……
この暗い部屋セルから……プリーズです!

ADIOS――
……サヨナラ……
FUMA SAN!

それはまたもや割れたアンプルだった。中条忍なかじょうしのぶを怪人化させたアンプルと同じである。出処でどころ哈爾浜ハルピン軍政署ということだが――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
すべて終わりました、
本部へ帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん――
【帆村魯公】
あのセヒラアンプルの出処でどころ
なんとか突き止めたいものだ。
哈爾浜ハルピン軍政署というが――
【喪神梨央】
軍政署って、今もあるんですか?
【帆村魯公】
それはあり得ないな。
明治末に民政に置き換わっている。
何者かが勝手に名乗っておるようだ。
それで、梨央りお――
佐古田さこた氏はどうなったんじゃ?
【喪神梨央】
おそらく……アストラルになった、
そう考えられます。
帝都満洲においでかと。
ずっと波形が残っていますから。
【帆村魯公】
セヒラアンプルの調査は、
飯倉いいくら技研に頼もう。
どこまでわかるか、だがな――
【喪神梨央】
兄さんが拾った便箋びんせん
黒頭巾の男が落としたやつ――
途中報告があります。
【帆村魯公】
何か出たか?
【喪神梨央】
塩化コバルトインキで印刷されていました。文字はあぶしになっています。
今、慎重に作業中です。
【帆村魯公】
わかった。
わしは諸々を参謀本部に相談する。
――ちょっと出るぞ。

参謀本部は哈爾浜ハルピン軍政署についての調査、関東軍への依頼を躊躇ちゅうちょした。情報の漏洩ろうえい危惧きぐしたのである。