第七章 第九話 芽府須斗夫

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん……
今日、歩一の警護車両が東京駅に。
要人でも来るんでしょうか?
【帆村魯公】
先ごろから車両運用は車両課で
管理するようになったからな。
車両課の計画は我々にも伝わる。
それで、どんな様子なんだ?
【喪神梨央】
乗用車二台、トラックは……ナシ。
今日の午後に予定されています。
この後だと特別急行さくら号です。
京都を八時四一分に出て
東京には午後四時四〇分着です。
【帆村魯公】
梨央りお、思うんだが、
省線しょうせん時刻ダイヤにやけに詳しいな!
【喪神梨央】
去年一ニ月に時刻改定がありました。
丹那たんなトンネル開通で東京大阪間はニ〇分短縮されたんです。

【式部丞】
どうにもらちきません――
【帆村魯公】
淀橋よどばしで見つかった書生のことですな。
それで、どうなりましたかな、
――芽府めふ須斗夫すとおは。
【式部丞】
彼は今、深い眠りにいています。
【帆村魯公】
憲兵隊本部に移送されて以来、
一度も起きていないと?
【式部丞】
何度か目は覚ましたようですが、
すぐ、深い眠りに落ちてしまう、
そんな様子だそうです。
【喪神梨央】
無理やり起こしちゃダメなんですか?
【式部丞】
彼は半覚半睡はんかくはんすいの状態でこそ、
あの予言を語るようです――
目覚めた時、何もおぼえていないと。
米国にエドガー・ケイシーという、
予言者がいるのですが、
ほとんど同じ様子だと思います。
【帆村魯公】
つまり半覚半睡はんかくはんすいで予言する?
【式部丞】
ケイシーの場合は深い催眠さいみん状態です。
静かに横になり、威厳のある声で、
様々なことを語ります――
ケイシーは相談者の悩みを聞き、
想像だにしなかったことを語り、
相談者の人生をひらいていきます。
【喪神梨央】
――何だか人生よろづ相談みたい……
【帆村魯公】
これ、梨央!
茶化ちゃかすんでないぞ。
【式部丞】
ケイシーのその能力は、
主に病気の治療にあてられました。
近年は霊能力者として活躍します。
【帆村魯公】
淀橋よどばしの書生は、質問に答える恰好かっこうで、
予言を語るのかな?
【式部丞】
予言を聞いた者によると、
特に質問はしないそうです。
勝手に語り始めたとか。
でも質問で聞き出すことも考え、
ある医者を呼んでいます。
アレクサンダー・ヨネダという、
日系米人の医者です。
彼はケイシーの研究家でもあります。
【帆村魯公】
覚えのある名のような――
さて、何をした人じゃな?
【式部丞】
今年、本を出しました。
宇宙よりの意識という題名です。
新聞に書評も載りましたよ。
【喪神梨央】
その書評、読みました!
瞑想めいそうして宇宙の意識を呼び込むと、
人生が変わるんです――
【式部丞】
一ツ橋の憲兵司令前で、
ドクターヨネダと落ち合います。
喪神もがみさん、ご一緒されますか?
【帆村魯公】
うむ、是非ぜひにな。
予言とやらがいらぬ連中に、
知れては困るのでな。
【喪神梨央】
東京憲兵隊本部はこの七月、
麹町こうじまち竹平町たけひらちょうに移転したばかりです。
最寄もよりの電停は一ツ橋ひとつばしです。
早速、公務電車を手配します。
さっきの要人ですが、
なんとなくわかりました――
【帆村魯公】
ほう、誰なんじゃい?
【喪神梨央】
聖宮ひじりのみや殿下だと思います。
京都から殿下が戻られる、
きっとそうです!

〔東京憲兵隊本部〕

憲兵司令部、憲兵練習所、東京憲兵隊本部は、この七月、大手町から麹町こうじまち竹平町たけひらちょう竣工しゅんこうした、新庁舎へと移転した。

【式部丞】
この憲兵隊本部、
新しくできたんですね。
以前は大手町おおてまちにありました――
麹町こうじまち憲兵分隊も移ってきたようです。

憲兵司令部、憲兵練習所、東京憲兵隊本部は、この七月、それまで所在した大手町おおてまちから麹町こうじまち竹平町たけひらちょう竣工しゅんこうした新庁舎へと移転した。麹町こうじまち憲兵分隊。大震災の混乱に乗じ逮捕たいほしたアナーキストの大杉栄おおすぎさかえ、内縁の妻伊藤いとう野枝のえを、尋問室で殺害して裏井戸に投げ入れた――
いわゆる甘粕あまかす事件のあった場所である。当時、分隊が麹町こうじまち大手町おおてまちにあったため、麹町こうじまち分隊と称されていた。

【雪ヶ谷の娘】
町内の善三ぜんざさま、憲兵少尉におなりに。
すっかり素敵な青年将校さまですわ。
でもおかしいの――
渋谷憲兵大隊の本部ってところ、
まるで活動館みたいでしたわ。
【式部丞】
つまり映画館のようだと?
そこも憲兵隊の本部ですよ、
場所違いではないですか?
【雪ヶ谷の娘】
玉川電車の渋谷道玄坂どうげんざか上電停前、
ちゃんとうかがいましてよ。
さらのビルヂングはありました――
でもやはりあれは活動館ですわ。
紅楼夢こうろうむのぼりがずらーっと並んで、
それはそれは華やかでしたわ!
甲楽城かぶらぎ善三郎ぜんざぶろう憲兵少尉……
一目ひとめでもお姿拝見しとうございます。

【噂好きの学生】
東京憲兵隊本部、立派なもんです!
いやね、ちょっと小耳に、
挟んだんですけどね――
お堀側に秘密の隧道すいどうがあるってね。
【式部丞】
あまりそういう風評に流されるのは、
好ましくないですね。
場所が場所ですよ、学生さん。
【噂好きの学生】
え? そうなんですか――
その隧道すいどうは地下牢に繋がっていて、
常に入るきりの一方通いっぽうとおりだそうです。
わぁ、にらまないでください!!

【アレクサンダー・ヨネダ】
式部しきべさんですね?
アレクサンダー・ヨネダです。
【式部丞】
ドクター・ヨネダ!
足労そくろう頂き、感謝します――
ここはすぐわかりましたか?
【アレクサンダー・ヨネダ】
新しく立派な建物です。
道でお二人の様子をうかがっていました。
それで我がリーダーはこの中ですか?
【式部丞】
リーダー?
それはひきいる者ですか?
【アレクサンダー・ヨネダ】
読み解くリーディングという意味です。
変性意識によって宇宙と繋がり、
あらゆる真理を読み解くのです。
【式部丞】
それならこの中です。
尋問室の隣で眠ります。
【アレクサンダー・ヨネダ】
まず目覚めさせましょう。
そのとき、二人くらいがいいです。
あまり大勢だと困惑させます――
【式部丞】
わかりました――
喪神もがみさん、ドクターと私が、
彼を目覚めさせます。
その後、お呼びします。

【渋谷憲兵大隊恋瀬川こいせがわ少尉】
探したぞ! 
貴様!
山王さんのうの山猿めが!
藍住あいずみのおかしくなったのは、
貴様のせいだろ!
渋谷憲兵大隊藍住あいずみ少尉のことだ!
乱歩らんぽ三文さんもん小説なぞに夢中になり、
四肢ししを失いある須永すなが中尉が
どうしたこうしたとつぶやく――
酒も飲まぬにあらぬことばかり
口走るようになり、
今や常にうつろの状態だ!
幼年学校も士官学校も首席だった、
あの聡明そうめい藍住あいずみの面影は微塵みじんもない!!
貴様がせいで藍住あいずみが……
――あああ、くそっ!!
我が友を返せ!!

《バトル》

【渋谷憲兵大隊恋瀬川こいせがわ少尉】
玉の外側に水銀を塗って、
その内側を一面の鏡にすること――
あああ、私の正気が失われるぅぅぅ~

〔憲兵隊本部尋問室前〕

【式部丞】
ここで待ちましょう。
先程、ドクターが起こしました……
じきにここへ来るはずです。
【芽府須斗夫】
向かいの公園からの風が、
心地いいね――
【式部丞】
向かいのとは……
つまりは宮城きゅうじょうのことかな?
【芽府須斗夫】
池の向こうにある公園だよ。
この部屋には風が吹かない――
【式部丞】
ところで、今、気分はどうかな?
よく眠っていたね――
【芽府須斗夫】
この世には哲学でさえ、
及ばないことがある――
【式部丞】
ん?
それは……
ハムレットの台詞かな――
この天地にはお前の哲学さえ、
及ばぬことがあるぞ、
ホレイシオよ――
ハムレットが友人である、
ホレイシオに言った台詞です。
芽府めふ君……
君は沙翁さおうが好きなのかね?
英吉利イギリスの劇作家の――
【芽府須斗夫】
ふと浮かんだんだ。
ここに来て四回目覚めた――
いろいろのこと、わかってきた。
【式部丞】
いろいろの?
それは、何についてだい?
【芽府須斗夫】
君たちはを召喚して戦う。
この町にはセフィラが豊富で、
それを狙う勢力もある――
君たちの国の軍隊は、
を人にけしかけられれば――
そういう淡い希望を抱いている。
でもまだ実現できていない。
【式部丞】
短い時間で随分とわかったんだね。
それも、頭の中に浮かんだのかな?
【芽府須斗夫】
すでに知っていたとする方が、
適切かな、この場合は。
町のセフィラが強くなると、
市民の恐怖心から出たものが、
いつの間にか実体を持つ――
それでますます恐れが蔓延まんえんして――
繰り返しているんだよね。

【式部丞】
何でしょうか、今の音は?
【芽府須斗夫】
多分、あの医者だよ。
僕が目覚めた時、何かを感じた、
そうなんじゃないかな?
【式部丞】
ドクター・ヨネダはどこですか?
姿が見えませんが――
【芽府須斗夫】
向かいの監視室なんじゃないかな?
ひとごと言いながら、
尋問室出ていったから――
あの医者、
手が小刻こきざみにふるえていたよ!
【式部丞】
ドクター、大丈夫でしょうか――
風魔さん、お願いできますか?

〔東京憲兵隊本部〕

【アレクサンダー・ヨネダ】
彼は途方とほうもない――
ものすごく深いところに繋がる!
その奥底を私は見てしまった!

彼はあらゆる者だ、
時を超越した存在だ!

彼は転生を繰り返す――
ソドムの衛戍兵えいじゅへい、ゴリアテの愛弟子まなでし
カペナウムの百卒長ひゃくそつちょう、ウルの神官――
時を越えたおののきが、
私を、私を、私を満たしていく!!

《バトル》

【アレクサンダー・ヨネダ】
ついに私は満たされた――
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝都満洲にセヒラの特異点です。
はらえのに来てください!

〔山王ホテル前〕

はらえのに向かうべく山王さんのうホテルに戻った時、ホテル前にセヒラ異常が発生していた。

【帆村魯公】
帝都満洲どころじゃないぞ、
帝都にセヒラ異常が起きた!
風魔ふうま
セヒラ球の中に何か見えるぞ!

【バーナードチャンのアストラル】
何かの勢いが私を押した――
現世の私は長い眠りに就く。
私はフリーダイップの同業だ――
香港ホンコンの風水師だ。
帝都満洲に蟠踞ばんきょするものがある。
とてもとても大きい――
私がめている。
しき気の脈筋みゃくすじを築いた。
さぁ、私を退しりぞけ、わだかまりを解くのだ。
しき気脈きみゃくの向かう先、うしの方位だ!
【着信 新山眞】
皇女和宮かずのみやのときは、
帝都満洲にてセヒラの壁を崩し、
帝都へのセヒラ奔流ほんりゅうを防ぎました。
今度は違います!
帝都にセヒラを流すというのです。
そんなことをしたら――
【バーナードチャンのアストラル】
案じるな!
しき気脈きみゃくは流れ込む先がある。
私はもう限界なのだ!!

《バトル》

【バーナードチャンのアストラル】
風水の龍穴りゅうけつは陽の気に満ちる。
だがこれは陰の気――
しき陰の気脈きみゃくだ。
その気脈きみゃくそそぐ先、うしの方位、
距離、およそ二十四町だ――
【帆村魯公】
アストラルだ――
まことに……アストラル……
まさか現出するとは――
目の錯覚さっかくではあるまい。
おぼろな命に蘇る息吹いぶき……
なんとも美しい……はぁ……
風魔ふうまや、聞いたか!
セヒラの流れ込む先、ここより北北東に、およそニキロ半――

【???】
ニャンニャンニャ~
【バール】
ここは帝都かニャ?
それにしてもすごいセヒラだニャ!
――何だか体がムズムズするニャ!

うわぁ、何だニャ!
びっくりするニャ!

何だ? 何だ? 
ニャニャニャ?

【進化バール】
バールは俺だ、
よろしく頼むぜ!

〔山王ホテル前〕

【帆村魯公】
ここより北北東に、およそニキロ半――
その方角と距離だと、
ちょうど憲兵隊本部の位置だな!
そこにセヒラが流れ込むのか!
芽府めふ須斗夫すとおがセヒラを求めるのか――
そうとしか考えられんな!

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
赤坂の方々で同時にセヒラを観測!
見附! 一ツ木通! 李王邸りおうてい
清水谷しみずだに公園でも――
セヒラは一ツ橋にある憲兵隊本部へ、
流れ込んでいる模様です!
【帆村魯公】
すると、界隈かいわいには漏れ出てはいない、
そういうことか?
【喪神梨央】
探信儀たんしんぎではそううかがえます。
新山にいやまさんがくわしく計測すると、
先程、出ていかれました。
【帆村魯公】
アストラルとなった風水師が、
気脈きみゃくを繋いだので、セヒラが
帝都に氾濫はんらんするのを防げておるわけだ。
【喪神梨央】
向かう先は芽府めふ須斗夫すとおですね。
予言を語るには強いセヒラがいる、
そういうことなんですね。
【帆村魯公】
ふむ……彼は果たして日本人か?
――日本のことを知らなかったぞ、
宮城きゅうじょうを公園と呼んだりしてな。
【喪神梨央】
お堀を池とも言っていました。
【帆村魯公】
外国の思念が実体化したりすると、
ややこしいことになりそうだ。
【喪神梨央】
でも隊長、さっきのアストラルも、
外国人です、きっと香港ホンコンの人です。
ようさんの知り合いと言っていました。
【帆村魯公】
確かに、そうであったな……
香港ホンコンの……アストラル……
いやはや――
アラヤ界に繋がるのは、
何も我が方だけではないな――
世界中が繋がっておるのだな!
今は式部しきべ氏からの連絡を待とう。
じき、来るだろ。

程なく式部しきべから一通の電報が届けられた。
ダイロク ノ ヨゲン カタレリ
電報には第六の予言語れりとあった。