第八章 第十一話 蠢動する計画

〔セルパン堂〕

芽府めふ須斗夫すとおの語った予言、
ヒククアケ――
古文書こもんじょの研究者によってようやく解明された。ヒククとは日蝕ひくくのことであった。

【式部丞】
ヒククは日蝕にっしょくのことだったんですね。
この文を解読された蛙山かえるやま先生は、
独立の研究者なんですよ。
何処どこの大学にも組織にも属さず、
しかも独学で日本の古文書こもんじょを調べ、
今では斯界しかいの第一人者です。

さて、芽府めふ須斗夫すとお君の予言ですが、
日蝕にっしょくの日の明け方と語られました。
時期は……調べればわかりますね。
問題はその続きですね――
エニグマ暗号文とは中々厄介です。
新山にいやま技師なら解明できるでしょうか。
【着信 喪神梨央】
今年、五度目の日蝕にっしょくがあります。
十二月二十六日の未明――
皆既日蝕かいきにっしょく、場所は南極です。

梨央からの無線が終わったとき、塩町電停方面からユーゲントがやって来た。

【毘沙門丸】
君が喪神もがみさんだね――
僕は毘沙門丸びしゃもんまるだよ。
この間、会ったよね!
ヒエ神社にいたのは僕だなんだ。
大型波動グローサベッレで命令された振りをしてね。
ヘーゲンを見張っていたんだ。
【式部丞】
ということは君は、
その大型波動グローサベッレの影響を受けていない、
そういうことなんだね?
【毘沙門丸】
ユーゲントが皆そうかは知らない。
少なくとも僕はそうだよ。
大型波動グローサベッレの影響を受けないんだ。
でも影響されたように振る舞う――
結構、楽しいもんだね、こういうの。
【式部丞】
つまりは間諜かんちょうすることが……
そういうことかな?
【毘沙門丸】
日本語ではそう呼ぶんだね、
ドイツではシュピオーンだよ。

【式部丞】
それで毘沙門丸びしゃもんまる君――
ユンカー局長の弟の話、
聞いたわけだが……
【毘沙門丸】
アーネンエルベでヘーゲンと
会っていたのは弟の方だよ。
双子だから見分けがつかない――
虹人こうじんさんがギンザで見たのは、
その弟と一緒にいたヘーゲンさ。
【式部丞】
柄谷がらたに生慧蔵いえぞう博士だったね。
博士の目的は一体何かな?
何故ヘーゲンに接触したのかな?
【毘沙門丸】
大型波動グローサベッレを連続で発動して、
この町中で戦を展開させて、
あわよくば現世にを認める――
それが目的だと思う。

危ない!!

毘沙門丸が言い終わるや否や、執事型ホムンクルスが走り込んできた。

【執事型ホムンクルス】
――目標ダスツィル! 確認ベステーティグン
コレヨリ……排除アンシュルス……開始シュタート

《バトル》

【執事型ホムンクルス】
……失敗シャイタン……
――残念シャーム……
【毘沙門丸】
大型波動グローサベッレで命令受けた奴だね――
でも、今、残念って言ったよね。
連中が感情を現すなんて……

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
――突然のことで……
事前にセヒラはありませんでした。

【式部丞】
大丈夫ですか、喪神もがみさん。
いやしかし、一瞬の出来事ですね。
――は……見えませんでした。
【毘沙門丸】
この町中で戦いが起これば、
人前にが現れるかも知れない。
【式部丞】
今のところは――
は異能者にしか見えない。
喪神もがみさんたち審神者さにわや、
あるいは召喚師――
【毘沙門丸】
僕たちホムンクルスも、
を呼べる。
あとは怪人だね――
【式部丞】
一般市民がを見るようになると、
が人を襲うようになる――
そうなのだろうか……
【毘沙門丸】
が見えないから恐れない。
見えると恐れる、それだけだよ。

フォス大佐が満洲に行き、
ユンカー局長が殺されて、
アーネンエルベは管理者不在なんだ。
僕たちはユリアと虹人こうじんさんを、
支えなきゃならないんだ。
【式部丞】
ユンカー局長をに手をかけた犯人、
もう目星がついているのかな?
【毘沙門丸】
たぶん……ヘーゲンだよ。
でも常のヘーゲンじゃないよ、
何か違う気がするんだ。
じゃ、僕は戻るね、
妙な事があれば連絡するよ。
調べたいこともあるし――

【式部丞】
毘沙門丸びしゃもんまる君はヘーゲンのことを、
調べるつもりだろう。
彼は素養がありそうだね。

公務に出ようとした風魔ふうまの元に着電があった。
熱海あたみで怪人が現れたという。
その怪人の写真が機関本部に届いた。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
あっ!
兄さん――
怪人のレントゲン写真が届きました。
【新山眞】
いや……なるほど……
セヒラに感光していますな!
本来白黒が、セヒラ色に――
【帆村魯公】
怪人は熱海あたみの浜で死体で見付かった。
鉄道病院の沼津ぬまづ病院に搬送はんそうし、
このレ線像を撮ったそうだ。

その頭蓋骨は、眼窩がんかから鼻にかけて、すっかり失われていた。

【帆村魯公】
右上が後頭部に当たる部分だな――
このレ線像レントゲンでは、目と鼻が、
吹き飛ばされたみたいに見えるぞ。
【喪神梨央】
脳の内部に何かつぶ状の物体が――
あのぎっしりあるのは何でしょうか?
【新山眞】
沼津ぬまづの医者のメモには、
網膜腫瘍もうまくしゅよう末期に似た症例があると。
医者が文献ぶんけんを切り取っています――

網膜腫瘍もうまくしゅよう四期では、腫瘍しゅよう転移てんいはなはだしく、頭骨、脳底、付近の淋巴リンパ腺に転移を認め、膿敗のうはいした腫瘍面しゅようめんからの出血と腐敗熱ふはいねつ著しく――

【新山眞】
角膜かくまくを破り瞼裂外けんれつがいに突出する腫瘍しゅようの患者は見たことがあるそうです。
――でも破裂したのは初めてだとか。
巡査によると怪人が倒れていたのは、
省線熱海あたみ駅近くの浜で、
怪人の近くには――
【喪神梨央】
二つの目玉が
視神経ごと飛び出していたんでしょ?
鼻は野良犬がくわえていた――
【新山眞】
ええ、まぁ……
そういうことのようです。
【帆村魯公】
病院で怪人の死亡が確認された。
遺体は戸山の衛戍えいじゅ病院に搬送はんそうし、
より詳しい検査を行うそうだ。
【新山眞】
でもなぜ怪人とわかったのですか?
【帆村魯公】
伊東いとうで旅館の客が暴れだした。
旅館はものの二十分で壊滅かいめつした――
その客と姿恰好すがたかっこうが同じとのことだ。
【喪神梨央】
去年、丹那トンネルが開通して、
熱海あたみ駅は東海道線の駅に格上げされ、
これから温泉や別荘の客が増える――
そう期待されているのですよ。
熱海あたみ町長はさぞかしがっかりですね。
【新山眞】
衛戍えいじゅ病院は目立たないように、
手堅く警備するべきです。
ブンヤがぎつけると厄介ですよ。

ホテルフロントが来客を取り次いだ。そういうとき、ホテルフロントから直通の内線電話がかかる。

【帆村魯公】
風魔ふうま……
ロビーにお客だ。お前にだという。
――何を隠そう柄谷がらたに生慧蔵いえぞうだ。
【喪神梨央】
兄さん!
ユンカー局長の弟です。
事件に関わっているかもしれない――
【新山眞】
私も同席しましょう。
参りましょう、喪神もがみさん。

〔山王ホテルロビー〕

【柄谷生慧蔵】
ここが山王さんのう――
いや、立派なホテルですね。
京都から参りました、柄谷がらたにです。
殿下とは既にお顔なじみだとか――
聖宮成樹ひじりのみやなるき殿下です。

【新山眞】
あなたが計画の大元ですね。
蔦博士にセヒラ同定を指示し、
戦計画綱領を認められた――

私は陸軍飯倉技研の技手ぎて
新山眞にいやままことと申します。
博士が論文を出されたのは――

【柄谷生慧蔵】
あれは七年の二月のことです。
兄、ルドルフがセフィラを見付け、
伯林ベルリンに至急電を打ったのです。

殺害されたルドルフ・ユンカー局長の、双子の弟、柄谷がらたに生慧蔵いえぞう。京都瑛山会えいざんかい重鎮じゅうちんでもある。

【新山眞】
伯林ベルリン……つまりナチ親衛隊本部――
それでアーネンエルベが設立された。
あなたも戦について具申ぐしんされた。
【柄谷生慧蔵】
戦実施計画綱領――
参謀本部の動きは速やかでした。
翌三月に山王さんのう機関が設立されました。
【新山眞】
博士はあらかじめご存知だったのですか、
帝都のセヒラについて。
【柄谷生慧蔵】
独逸ドイツに兄の動向を知らせる人がいて、
セヒラ同定の四年ほど前から、
日本でセヒラ調査が行われていると、
そのように聞き及んでいました。
【新山眞】
でですか?
独逸ドイツの調査は帝都東京ではなく?
【柄谷生慧蔵】
ナチの研究者たちは、
伊豆いず半島の随所で調査しました。
ロッホと呼ばれるセヒラ場の調査です。
東京での調査点は目黒の近辺です。
しかし穴は見付かりませんでした。
【新山眞】
独逸ドイツではどうだったんでしょうか?
【柄谷生慧蔵】
ブレーメン、エッセン、ハーゲン、
不安定なセヒラで犠牲者が出ました。
兄の論文にそうありました――
【新山眞】
なるほど――
山王さんのう機関に運ばれた釣鐘のことも、
お兄さんの論文で知ったのですね。
【柄谷生慧蔵】
そうです。日本への搬入はんにゅう計画は、
シュタインベルク中将の発案です。
私も計画の後押しをしました。
【新山眞】
探信たんしん技術については如何いかがですか?
日本ではいち早く成功しています。
【柄谷生慧蔵】
霊式ヘテロヂン技術ですね。
これも兄の論文に書かれていました。
それを元に改良を加えたのです。
霊波を電気的信号に変える、
その研究は私の専門です。
私の書いた技術書はご存知でしょう。
【新山眞】
飯倉いいくら技研では聖書のような存在です。
携行式けいこうしき探信儀たんしんぎの開発に役立ちました。
探信儀たんしんぎの設置も博士の提案ですね。
なぜ空白地帯を設けたのですか?

第一から第六までの探信儀たんしんぎでは、探信たんしんできない空白地帯が存在していた。山王さんのう機関の携行式けいこうしきを用いておぎなっている。

【柄谷生慧蔵】
最初は八基を設置するはずが、
途中で立ち消えになりました。
赤坂御所と浅草、この二箇所が、
設置かられたのです。
業者の事情とだけ聞きましたが……

【新山眞】
博士……
うかがってよろしいですか?
お兄さんのことですが――
ユンカー局長は無残にも殺され、
その後ろに博士の存在があるのです。
この点については如何いかがですか?
【柄谷生慧蔵】
わかっています――
今は信じていただく他ありません。
私の憎しみは小さな欠片かけらです。
【新山眞】
というと……
既に目星がついているのですか?
【柄谷生慧蔵】
クルト・ヘーゲン――
おそらく彼の仕業ではないかと。
彼は憎しみの塊なのです。
無限ともいえる憎しみ――
むしろ彼はそれを歓迎している、
私にはそのように見えました。

【新山眞】
喪神もがみさん……
私は衛戍えいじゅ病院に行きます。
ユンカー局長が運ばれました。
それに……
熱海あたみの怪人も到着するでしょう。
ご一緒に如何いかがですか、博士。
【柄谷生慧蔵】
ええ、参りましょう。
兄を確認しなければ――

一旦、機関本部に戻った風魔ふうまだったが、梨央りおからの呼び出しではらえのへ向かった。

〔祓えの間〕

【喪神梨央】
新山にいやまさんが伝え忘れたって――
碑文谷ひもんや大連ダイレンにセヒラのかたまりが、
確認されるようです。
範奈はんなさんのお父さん――
古賀こが容山ようざんさんのアストラルが居ます。
【帆村魯公】
ところで、梨央りお――
碑文谷ひもんや大連ダイレンは、帝都で言うと、
やはり東横とうよこ電車の碑文谷ひもんや辺りなのか?
【喪神梨央】
ええ、移動はないようです。
帝都満州は必ずしも、
同じ場所に留まってはいません。
でも、上野黒河コクガと同じように、
碑文谷大連ダイレンも帝都に由来する場所、
そこから動いていないようです。
【帆村魯公】
碑文谷ひもんやのどの辺りなんだ?
【喪神梨央】
ちょうど角福園かくふくえんという果樹園のある、
その近辺ですね……
【帆村魯公】
あの辺は仕舞屋しもたやばかりで、
特に目を引くようなものはないな……
【喪神梨央】
郊外の住宅地です。
碑文谷ひもんやは東横電車で渋谷から五つ目、
所要時間は八分です。

【帆村魯公】
風魔ふうま碑文谷ひもんや大連ダイレンには、
玄理げんり派のアストラルが集しておる。
何やら陰謀いんぼうの匂いもする――
【喪神梨央】
碑文谷ひもんや大連ダイレンのセヒラは、
殿下が釣鐘を調整されて、
帝都にも流れ込んでいます。
とは言え、元から強いので、
十分気を付けてください。

風魔はゲートを抜け帝都満洲鉄道駅へ。
そこでは満鉄列車長が
迎えてくれた――

【満鉄列車長】
碑文谷ひもんや大連ダイレンでは、
随分ときな臭い言葉が飛び交います。

政党政治家、財閥、特権階級らが
結託けったくして国民思想の悪化を馴致じゅんちし、
国家滅亡の恐れあるに
いたらしめる――

以前のアナーキストとは違い、
現役の将兵らが蹶起けっきすべく、
息巻いているようです――
当列車、間もなく、
碑文谷ひもんや大連ダイレン碑文谷ひもんや大連ダイレン
碑文谷ひもんや大連ダイレンに到着します。

〔碑文谷大連〕

【伊班U隊員】
貴様も革命に加わるのか?
摂津せっつ隊員――
ならば登米川轍とめがわわだち先生の、
愛国革命論は読んだのだろうな?
俺はそらんじているぞ、聞け!
現代日本においては政党政治家、
財閥及び特権階級のいずれも
腐敗ふはい堕落だらくして国家観念を失い――
【露班S隊員】
勿論もちろん読んだ、何度もな!
全六百八十ページ、丸々覚えた。
この革命隊、敢えて名をかんせず。
素晴らしいお考えだ、
さすが登米川とめがわ先生だ。
大仰おおぎょうな隊名を名乗った、
アナーキスト共はみな引拉いんらされた。
無名の革命隊、それでいいのだ。

【伊班T隊員】
我々は小さな革命分子。
階級を捨て、皆、兵卒扱いだ。
中には予備役になった者もいるな。
常田つねだ大佐はよく仰る!
鸚鵡能言オウムよくいえど 不離飛鳥ひちょうはなれず――
鸚鵡オウムが人になることはないのだ。
続きもある。
――猩猩能言しょうじょうよくいえど不離禽獸きんじゅうはなれず――

【露班N隊員】
貴様ら、護符ごふは手に入れたのか?
【露班S隊員】
必中禮ひっちゅうれいの護符のことなら、
まだであります!
待ち遠しいであります!

【露班N隊員】
若狭わかさ少尉はどうした?
龍土町りゅうどちょう日曜にちよう下宿にもおらん――
若狭わかさは何処へ行った?
【伊班T隊員】
先日、若狭わかさ副長の日曜下宿に、
ある人物が訪問しました。
坂木さかきと名乗る男性です。
【露班N隊員】
その坂木さかきは何と言ったのだ?
【伊班T隊員】
はい、人は自死する時こそ、
思念が極大化すると述べたそうです。
ちょうど副長が宗谷そうや中隊長から、
ひどなじられて落ち込んでいた頃です。
副長、もしやとは思いますが――
【露班N隊員】
宗谷そうや大尉がか?
いよいよ蹶起けっきする気だな――
成り行きを見守ろう。

さて困ったのは――
若狭わかさがいないと護符が行き届かん。
【伊班U隊員】
必中禮ひっちゅうれい礼記射義らいきしゃぎであります。
進退周還必中禮――
進退周還必ずしんたいしゅうせんかなられいあた
人の行為はすべからく規範きはんに従うもの。
ありがたい礼記らいきの教えです。
ぜひとも護符を手に入れたいもの!
我々で手分けして、
若狭わかさ少尉を探しましょう!
【露班N隊員】
上野うえの摂津せっつ敦賀するが
貴様らは赤坂区を中心に探してくれ。
俺は浅草を回る――
【伊班U隊員】
若狭わかさ少尉行きつけの甘味処かんみどころが……
たしか、今木いまきという屋号です。
浅草にあります。

辺りを震わす衝撃が走った!

【露班N隊員】
誰かるのか!
誰だ! 
【露班S隊員】
誰もいません――
気のせいであります。

そう言うとアストラルは音もなく去った。警戒を強めるアストラルは依然眼の前にいる。

【露班N隊員】
宗谷そうや大尉は愈々いよいよ決意したようだな。
陸軍省軍務局長の首を取る――
大日本の暁光ぎょうこう、間もなくだ!

慷慨するアストラルがようやく去った。その時着信があった。

【着信 帆村魯公】
連中、軍務局長を狙うだと?
意味がわからん――
玄理げんり派の奴ら、何をたくらんでおるのだ?
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
ひときわ強いセヒラを観測しました。
警戒してください!

思念を強めているのか、比較的大きなアストラルが風魔の前に来た。

【伊班W隊員アストラル】
熊本幼年学校を主席で卒業した自分、
それなのに計画に加われないのか!
登米川とめがわ先生の愛国革命論、
すべてそらんじている!
――ただあの夜は酒が入り……
同志をつのるの項目を失念した――
なるべく係累けいるい少く
一家の責任軽きものなるか
あるいはそれらを超越せる人物なること
つのる同志の条件についての項目、
第八の項目を失念したのだ!
あああ、俺はもう駄目だ!
俺は、俺は、佐賀の父上、お許しを!!
うわぁぁぁぁ~

《バトル》

【伊班W隊員アストラル】
日曜にちよう下宿を飛び出して、
気付いたら四谷よつやをふらついていた。
以前は鮫河橋さめがはしと呼ばれた辺りだ。
戒行寺かいぎょうじの急坂を降りきる手前に、
立派な洋館が建っていた。
その洋館から黒頭巾くろずきんの人物が、
一瞬だけ姿を見せ、消えた。
あれは何だったのか――
俺のあずからない所で、
帝都に動きがあるわけだ!
鮫河橋さめがはしを抜けて省線信濃町しなのまちまで来た、
そこでまた俺は自失したのだ!

無念さと怒りがない混ぜになった感情を吐露し、アストラルは回転しながら消えた。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
先程の街区にセヒラです。
大きくらいでいます――
おそらく、範奈はんなさんのお父さん、
そのアストラルです――

無線の梨央に促されるように、風魔は慎重に隣の街区へ向かった。そこにはひときわ大きなアストラルがいた。

【Kアストラル】
範奈はんなを知る者よ――
良くしてくれた、なかだちをしてくれた。
君がここに来たおかげで、
道が繋がった――
そうだ、繋がったのだ!
今から範奈はんなに会いに行く。
君も来てくれ!

アストラルが言い終わる前に周囲が暗くなった。次の瞬間、風魔は鍛冶橋の路地にいた。

〔鍛冶橋〕

周囲の風景はセヒラの影響で歪んで見える。先程の大型アストラルが浮かんでいる。そしてビルを背に一人の女性が立っていた。廣秦範奈である――

【Kアストラル】
範奈はんな
そこにいるのは範奈はんなだな!
【廣秦範奈】
――お父様……
私をここへ呼んだのも、
お父様なのですね?
喪神もがみさん――
父です……父が戻ったのです!

【Kアストラル】
範奈はんな、聞いてくれ。
私は廣秦ひろはた伊佐久いさくではない。
私は古賀こが容山ようざんという篆刻師てんこくしだ。
幻の石を求めて伊豆いず山中に入り、
思念の世界へちたのだ。
そこはアラヤ界と呼ばれる場所で、
古今東西、あらゆる念が行き交う。
――実ににぎやかな場所だ。
私はそこである強い念と出会う。
そしてさとるのだ、私の使命を。

Kアストラルは娘に語って聞かせた。六世紀に日本に渡ったマナセ一族のすえを探し、その霊異りょういを護ることをたくされたのだと――

【Kアストラル】
すべてはお前の生まれる前のことだ。
範奈はんな……私は遠い時代に通じた。
そうだ、未来に通じたのだ。
一九九七年の香港ホンコン九龍城砦クーロンじょうさいにある、光明路コウミョウろという町に通じた――
そこで私は研究者として暮らした。
未来の技術をふんだんに用いて、
風水の気脈を調べる機械を作り、
アラヤ界と現世を繋ごうとした。
そうすればアラヤの回廊かいろうを行き交う、
思念を呼び出すことができると――
マナセ族のすえも呼べるはずだ。

もう戻らねばならない――
範奈はんな、未来の香港ホンコンでの私は、
エリオットラウという名前だった。
一九九七年から十五年、
私は研究に打ち込んだ――
しかしまた深い場所へとちたのだ。

ああ、だめだ――
また会えるだろう、範奈はんな
お前に伝えるべきことがあるのだ。

範奈の父というアストラルは震えながら消えた。周囲のセヒラは依然揺らいでいる。

【廣秦範奈】
お父様! 
もっと聞かせてください!
お父様!!

喪神もがみさん――
父はどうやってここへ、
現れたのですか?
喪神もがみさん!
喪神もがみさん!!

急にセヒラが強くなり、風魔は時空の狭間に飲み込まれてしまった――

〔時空の狭間〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
かなり強いセヒラ観測です。
――すぐ近くです!

無線が終わるや否や一体のアストラルがやって来た。

【伊班S隊員アストラル】
若狭わかさ副長は革命分子失格だ!
愛国革命論にある同志募集要項、
大切な条項を失念しおった!
事の発端は、軍務局の秘密主義だ。
しくも出入り業者によって、
課なるものの存在が明らかに!
軍務局長の真坂まさか殿下は王道おうどう派だ。
参謀本部についで陸軍省も、
王道おうどう派をようして覇権はけんを確立するのか!
常田つねだ大佐はひどく憤慨ふんがいしておいでだ。
義憤にたぎる青年将校らと血盟けつめいし、
革命運動の根幹が誕生したのだ!
蹶起けっきの準備は着々と整う。
必中禮ひっちゅうれいの護符が熱を帯びてきた!
あと数時間で日本は変わる!
ワハハハハ~

我が思念の先でおののく貴様は誰だ!
小手調こてしらべにうってつけだな!!

《バトル》

【伊班S隊員アストラル】
我ながら上出来だ!
真坂まさか閣下かっかは悪の総司令である!
大逆たいぎゃく枢軸すうじく殲滅せんめつし、
昭和維新いしん大業たいぎょう翼賛よくさんたてまつろう!!

慷慨収まらないまま、アストラルは回転しながら消えた。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん、
軍務局長が狙われているのですか?
陸軍省の真坂まさか少将です――
【帆村魯公】
玄理げんり派の連中が、王道おうどう派を
こころよく思わないのは衆知しゅうちのことだ。
しかし命を狙うほどのことか?
課というのも気になるが。
我が山王さんのう機関課とは違う、
あくまで陸軍省の部署だな。
【喪神梨央】
蹶起けっきした班S隊員というのは、
宗谷そうや大尉のことだと思います。
【帆村魯公】
班は歩三の隊員だな、
元召喚小隊の一員だろう。
【喪神梨央】
帝都満洲は帝都に比べて、
時間の進みが遅くなっています。
およそ八倍ほども遅いようです。
【帆村魯公】
――そうか……
そうだったな!
数時間という猶予はないぞ!
梨央りお
陸軍省だ、軍務局に変事はないか、
確認してくれ!
【喪神梨央】
承知しました!

玄理げんり派の一派が反逆を起こさんとしている。
陸軍省軍務局長の襲撃――
義憤の念が帝都満洲をめぐる。
一方、伊佐久いさくこと古賀こが容山ようざんのアストラルは、娘に伝えることがあるという。帝都と帝都満洲、二つの世界が、さまざまな思惑おもわくを通わせ始めた。