第八章 第十二話 底流

アストラルらが俎上そじょうに載せた陸軍省軍務局。梨央りおが参謀本部に問いただすも、特段の報告は寄せられていなかった――

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん……
今朝、省線信濃町しなのまち駅近くで、
飛び込み自殺がありました。
死んだのは歩三附きの、
第四十八中隊副長、若狭わかさ少尉です。
【帆村魯公】
風魔ふうま、お前は若狭わかさ少尉の
アストラルと戦ったぞ――
山王さんのうに戻る一時間ほど前のことだ。
【喪神梨央】
若狭わかさ少尉は信濃町しなのまち発四時二十四分の、
浅川行き初発電車にかれました。
即死だったそうです。
運転手によると、
マント姿の将校がホームから浮いて、
空中歩行のように電車の前に来たと。
――そう言うんです。
【帆村魯公】
若狭わかさ少尉は省線駅で自失した、
そのようなことだったな。
【喪神梨央】
ええ……ただ、
戒行寺かいぎょうじの坂を降りたということは、
省線、上りホームのほうが近いです。
どうしてわざわざ、
下りホームに行ったのか……
自失のせいなのでしょうか。
【帆村魯公】
若狭わかさ少尉が彷徨さまよった界隈かいわい
その昔、鮫河橋さめがはしと言ってな――
市内有数の貧民窟ひんみんくつだった辺りだ。
皆、細民さいみんとして内職をしておった。
団扇うちわの骨作り、刷毛綴はけつづり、ぼたん開け、
燐寸マッチ箱貼り、石炭撰別せんべつ……
割れ硝子ガラス拾いというのもあった。
震災の後、随分と様変わりした。
今じゃ当時の様子はうかがえないな。
若狭わかさ少尉は戒行寺かいぎょうじの坂を降りる、
その途中で立派な洋館を見たと、
そう言っておった――
【喪神梨央】
黒頭巾くろずきんの人がいたと……
――その洋館、もしかして……
【帆村魯公】
どうだろうか……
【喪神梨央】
猟奇倶楽部!!
そうじゃありませんか?
ユーゲントの祇園丸ぎおんまるが、
猟奇倶楽部は信濃町しなのまちにあるかも、
そんなふうに言っていました。
信濃町しなのまちの一帯は探信儀たんしんぎの空白地帯、
機関本部の携行式探信儀けいこうしきたんしんぎでも、
低い場所ではうまく探信できません。
【帆村魯公】
探信儀たんしんぎの設置計画は、
京都帝大の博士が立案した。
物理学者の柄谷がらたに生慧蔵いえぞうだ――

帝都に6基、設置されたセヒラ探信儀たんしんぎ信濃町界隈しなのまちかいわいはその空白地帯にあった。探信儀たんしんぎの設置は柄谷がらたに生慧蔵いえぞう博士が提案した。

【喪神梨央】
柄谷がらたに博士はユンカー局長の弟です。
一時、局長になりすまして――
――あっ!
【帆村魯公】
どうした、梨央りお
【喪神梨央】
虹人こうじんさんがユンカー局長の乗る
円タクを尾行した時、
円タクは信濃町しなのまちに向かったと――
【帆村魯公】
銀座でヘーゲンと別れた後、
円タクで向かったんだな。
銀座にいたのは柄谷がらたに博士だな。
【喪神梨央】
それじゃ、博士は猟奇倶楽部へ……
柄谷がらたに博士が猟奇倶楽部に関係ある、
そう考えられますね!
噂は本当だったんですね。
従順なる隸Θしもべシータ師が最高位の会員です。それが、柄谷がらたに博士――

ノックの音がして九頭が本部に入ってきた。いつになく険しい表情をしている。

【九頭幸則】
失礼します!
歩一、九頭くず中尉です!
【喪神梨央】
どうしたんですか、改まって。
【九頭幸則】
それはこっちが聞きたいよ。
ここに来るまで何度も誰何すいかされた。
将校の肩章けんしょう付けているのに!
【喪神梨央】
ちゃんと名乗りましたか?
【九頭幸則】
勿論もちろんだ!
歩一、九頭くず中尉とな。
【喪神梨央】
それじゃ駄目です……
久留米くるめのク、隅田すみだのス、濁点だくてん――
そう言わないと。
【九頭幸則】
それって……もしかして……
【喪神梨央】
和文通話表の符号です。
若狭わかさのワ、摂津せっつのセ、宗谷そうやのソ……
連中、その符号を名乗るんです。
【九頭幸則】
連中というのは玄理げんり派のことだね。
このところ、妙な動きをするって、
隊の方でも噂になってるよ。
連中が手にするのはこの冊子だよ。

そう言うと九頭は葉書より一回り大きな、辞書のような分厚い本を取り出した。表紙には愛国革命論、登米川とめがわわだちあらわスとあった。

【喪神梨央】
随分と厚いのですね――
これ、裏表紙もたかぶっていますよ!
愛国青年の書の宣伝文句です――

建国精神を闡明せいめい日本にっぽん更生こうせいせしめるものは、遠大の理想を掲げる愛国の青年である。青年がすべき、倫理りんり的革新運動を提唱し――

【帆村魯公】
病弊ひへい国家をうれう気持ちはわかる。
しかし玄理げんり派の思惑おもわくは別にあるのだ。
常田つねだ大佐は大義など持たぬ人物だ。
【九頭幸則】
自分も同感です。
ただ血盟けつめいする将兵らは区別なく、
義憤をつのらせているのです。

本部に電話があったようだ。梨央が取り次いだ。

【喪神梨央】
幸則ゆきのりさん、隊に戻るようにと、
今、歩一から電話がありました。
急ぎだそうです。
【九頭幸則】
え? そうなの?
何だろう……
風魔ふうま、一緒に来てくれ。

〔山王ホテル前〕

【九頭幸則】
何だ、やけに静かだな――
今日は旗日はたびなのか?
いや、そんなわけがない……

溜池通からのアプローチを新山和斗が急ぎ足で登ってきた。

【新山和斗】
愈々いよいよですか、中尉!
軍が動くのですね――
【九頭幸則】
何の話をしている?
――また何をつかんだんだ?
【新山和斗】
シラを切る気ですか?
そうはいきませんよ、
町を見ればわかります!
永田町ながたちょう三宅坂みやけざか、赤坂、
どこもかしこも立哨りっしょうだらけ!
ハハハハ~もう隠せませんよ!
【九頭幸則】
町中に立哨りっしょうだと?
そんな話は聞いちゃいない。
【新山和斗】
聞くも何も見ればわかります。
しかし……中尉がご存じないとは……
山王さんのう機関も軽く見られたものです!

そこまで言うと和斗は小走りに去りホテル玄関に消えた。

【九頭幸則】
立哨りっしょうが出ているって言ってたな。
溜池通に行ってみよう。

〔溜池通〕

【九頭幸則】
ブンヤの言ったとおりだな――
立哨りっしょうがあんなに出ているぞ。
ぜんたい、何があったんだろう?

二人を見咎めでもしたのか、鋭い目をした将校が前に立ちはだかった。

【気の立った将校】
貴様!
どこの隊だ!
【九頭幸則】
歩一、九頭くず中尉だ。
これは何の命令だ?
【気の立った将校】
班長の命令だ!
そんなこともわからんのか!
ウハハハハ~
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
注意してください、
セヒラ反応です!
【伊班姫路隊員】
元召喚小隊、
現、最強部隊、班隊員姫路ひめじだ。
我が班におさなく、我が班に神あり!!

《バトル》

【伊班姫路隊員】
浅慮せんりょなる国体観念こくたいかんねんてよ!
凝固せる国民道徳をなげうて!
我々は国家己性こっかこせいを直視するのみだ!!

怪人化した将校はきびすを返して走り去った。

【九頭幸則】
出し抜けに、何だ!
今のは玄理げんり派だな。
姫路ひめじのヒっていうたぐいだぞ、きっと。
班、班長は誰だろう……
【着信 喪神梨央】
二人共、機関本部に戻ってください。
参謀本部から連絡が……
陸軍省で暗殺事件が発生しました!
【九頭幸則】
なんてことだ!
俺は隊に戻るぞ
風魔ふうま

九頭は溜池通を大股で渡っり赤坂の花街へと消えた。

陸軍省軍務局長真坂まさか少将が、青年将校によって斬殺ざんさつされた。陸軍参謀本部では厳戒げんかい態勢をくことになり、そのむね、市内全軍に軍令が下った。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
町に出ていた立哨りっしょうは、
玄理げんり派じゃなかったようですね。
【帆村魯公】
戒厳令かいげんれいの一歩手前といったところだ。
――それにしても……
【喪神梨央】
事件発生は午前七時半、
現場は陸軍省軍務局局長室、
被害者は軍務局長真坂まさかてつ少将――
【帆村魯公】
真坂まさか閣下かっか王道おうどう派の重鎮じゅうちんだ。
これは玄理げんり派で計画された暗殺だ。
【喪神梨央】
玄理げんり派は疑心暗鬼になっています。
アストラルが言っていました。
軍務局に課があったと――
【帆村魯公】
そんな話は聞いておらんがなぁ……
玄理げんり派の奴ら、蚊帳かやの外に置かれる、
そう思い込み、行動に出たようだな。
【喪神梨央】
青年将校らにみなぎる義憤も、
うまく利用しているようです。
【帆村魯公】
たとえ義憤であろうが看過かんかはできん。
いつ憎しみに代わるやも知れん。
さて、宗谷そうや大尉はどちらの側だ?
義憤のともがらか、誣言しいごとやからか――
【喪神梨央】
まだわかりません。
大尉ですが、剣の達人のようです。

現場は血飛沫ちしぶきに染まり凄惨せいさんを極めていた。真坂まさか少将は右肩に二刀、面に一刀、致命傷ちめいしょうとなった首は深々と一刀られていた。

【帆村魯公】
風魔ふうま時空じくう狭間はざまで戦った、
班S隊員、それが宗谷そうや大尉だ。
間違いないだろう――
【喪神梨央】
大尉はまだ逃走中です。
ただ――

ノックの音が響き九頭が姿を見せた。

【九頭幸則】
歩一、九頭くずです!
【喪神梨央】
あれ、どうしたんですか?
隊には戻らないんですか?
【九頭幸則】
戻るには戻ったけれど、
中に入れなかった。
門前に何人もの締め出し組がいて――
【帆村魯公】
それで情報は集まったかな?
【九頭幸則】
犯人は歩三の大尉です。
大尉の日曜下宿に捜索が入りました。
場所は六本木ろっぽんぎ三河台町みかわだいまち――
【帆村魯公】
なんだ、歩一のすぐ近くじゃないか。
【九頭幸則】
はい。酒屋の二階を借りていました。
日曜下宿の部屋ですが、
異様な光景だったそうです――

下宿の部屋には、壁中に必中禮ひっちゅうれいと書かれた、護符のような紙が隙間すきまなく貼られており、紙の重なる部分に朱でバツが記されていた。

【九頭幸則】
その朱書き、血ではないかと、
検査のために試料を持ち帰ったと。
【帆村魯公】
つまりは血判けっぱんの代わりか?
【九頭幸則】
いえ、血判けっぱんは別にありました。
進退周還必中禮しんたいしゅうせんひっちゅうれい墨書ぼくしょした麻紙ましに、総数七百九十八の血判けっぱんがありました。生乾なまがわききの血で半紙はずっしりと……
【帆村魯公】
必中禮ひっちゅうれい……礼記射義らいきしゃぎの引用だな。
しゃにあっては、
所作しょさのすべては礼に従う――
【喪神梨央】
弓の道では礼を尽くす、
そういう意味ですか?
【帆村魯公】
ここでの礼とはのりのことだろう。
皇国こうこく男子おのことしての矜恃きょうじを保つ、
血盟将兵の心意気じゃよ。

ノックの音がして新山眞が入って来た。

【新山眞】
いやぁ、和斗かずとの奴、
今度ばかりは特報のつかぞこねですね。
慌てて陸軍省に向かいました。
【喪神梨央】
新山にいやまさん、
宗谷そうや大尉のことですが……

風魔ふうま宗谷そうや大尉と思しきアストラルと、時空の狭間で戦った際に記録した波形、それを辿たどれば対の居場所がわかるのでは――
その波形はかなり特徴的だとのことだった。

【新山眞】
私も同じ考えです。
S隊員アストラルの波形は、
かなり鮮明なようですし――
実は青山新京シンキョウに、
不思議なセヒラを観測するのです。
【喪神梨央】
青山新京シンキョウにですか?
【新山眞】
そうです――
高輪延吉エンキツに置いたセヒラ歪振器わいしんきが、
不思議なセヒラ波をとらえました。
【喪神梨央】
それでは公務に設定します。
兄さん、はらえのへ――

〔祓えの間〕

【新山眞】
帝都満洲で班S隊員に再会すれば、
補完的に宗谷そうや大尉の波形も同定でき、
大尉の居場所を求めやすくなります。
【喪神梨央】
兄さん……
帝都満洲と帝都とで、
時間のずれが広がっています。
帝都満洲での一時間が、
帝都では五、六時間ほどに……
【新山眞】
宗谷そうや大尉の波形を同定したら、
迅速じんそくな対応が必要ですね。
【喪神梨央】
すでに東京憲兵司令に連絡し、
市内に五十個小隊を展開すると、
言質げんちを得ています。
【新山眞】
それだけあれば充分でしょう。
それでは、喪神もがみさん、お願いします。

〔赤坂哈爾浜ハルピン駅〕

ゲートを潜った先で帝都満洲鉄道の列車長が話しかけてきた。

【満鉄列車長】
赤坂哈爾浜ハルピンに、
キタイスカヤ街が現れたとか。
その噂で持ちきりですよ。
キタイスカヤでは、
人は実体を保てるのだとか。
そして私たちは中へ入れない、
まるで結界のような場所ですね。
うらやましいです、キタイスカヤ。
カフェにキネマにテアトルに――
何しろ東洋のモスコーですから!
帝政露西亜ロシア時代の建物も見所です。
さて、そんな赤坂哈爾浜ハルピンを後に、
当列車、青山新京シンキョウへ参ります。

あじあ号は青山新京を目指して走り出した。

【満鉄列車長】
間もなく青山新京シンキョウ、青山新京シンキョウ
この列車の終点です。

〔青山新京〕

【東京憲兵隊Eアストラル】
宗谷そうや大尉の日曜下宿に、
必中禮ひっちゅうれいしるした札があった。
同様のもの、他でも見た――
若狭わかさ少尉が所持していた――
残念ながら少尉は自死したが。

【東京憲兵隊Tアストラル】
真坂まさか閣下かっか暗殺の犯人は、
宗谷そうや東次郎とうじろう歩三附き大尉だ。
第三十六中隊を指揮する――
明治三十七年、岐阜ぎふ生まれ。
名古屋幼年学校を経て、
大正十四年、陸士りくし三十七期卒業。
同年、連隊附き少尉として、
朝鮮羅南らなん赴任ふにんしている。

【東京憲兵隊Sアストラル】
宗谷そうや大尉が歩三に転隊となったのは、
昭和八年のことだ――
翌年、大尉に昇進、中隊長となる。

【東京憲兵隊Aアストラル】
羅南らなん時代の宗谷そうや大尉を、
よく知る人物がいる。
来てくれ――

アストラルは全身で風魔についてくるように促した。風魔はアストラルの後を進み、隣の街区へ入った。そこには待ち構えるようにして中型のアストラルがいた。2体のアストラルが会話を始めた。

【元一等主計Kアストラル】
秋本あきもと憲兵大尉と俺は、
同じ陸士三十五期生でな。
任官後、俺は経理学校に入り直した。
【東京憲兵隊Aアストラル】
まさか、金子かねこ、お前が経理畑とはな。
剣道五段の腕前なのに!
あれには驚いた。
【元一等主計Kアストラル】
経理学校卒業後、二等主計として、
羅南らなんの師団に配属された。
師団の剣道試合で宗谷そうや大尉と会った。
【東京憲兵隊Aアストラル】
試合で会ったのか!
で、宗谷そうや大尉は強いのか?
まさか、お前、負けたんじゃ……
【元一等主計Kアストラル】
いやいや、勝負はしていない。
大尉の剣道は独特だった。
二天一流にてんいちりゅうを基礎としながら、
邪流に変じた怨白流おんぱくりゅうの使い手だ。
【東京憲兵隊Aアストラル】
うらみを備える形なのか……
すごい流派だな!
邪流中の邪流だな。
【元一等主計Kアストラル】
宗谷そうや本人がそう言うんだ。
次に奴と話したのは試合から一月後、
大正十四年八月のことだ――

宗谷そうや大尉の元に訪問者があったという。尤志社ゆうししゃという愛国主義運動団体の幹部である。その幹部は柴崎周しばさきあまねと名乗ったという――

【東京憲兵隊Aアストラル】
その二人は意気投合したんだな?
【元一等主計Kアストラル】
鶴屋旅館の大広間を借り切り、
真ん中に座布団ざぶとんき向き合い、
六時間も語り合ったそうだ。
月のよいままに二人して
羅南らなん神社の山に登り、
東の空を仰いでこころざしを新たにしたとか。
革命日本の建設、亜細亜アジア復興の戦闘、
宗谷そうやが時事を慷慨こうがいし出したのは、
ちょうどその頃からだ。
奴は道着の下に真っ白のさらしを巻く。
それが血盟の現れなのかどうか、
いつか聞こうと思っていた――

中型アストラルが風魔に向き直って言う――

【東京憲兵隊Aアストラル】
あんたが誰だか知らんが、
宗谷そうや大尉を追うのなら、
奴の変節の経緯も知っておかないと。
尤志社ゆうししゃというのも、
調べる必要があるな。
【着信 喪神梨央】
尤志社ゆうししゃですね――
承知しました、至急しきゅう調査します。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
近くにセヒラを観測します。
進んでもらえますか?

風魔が歩み入れた先には大きな穴が開いていた。穴から霧のようにしてセヒラが立ち上っている。そこへぬっと大型アストラルが姿を見せた。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
急激にセヒラ上昇しています!!
【渋谷憲兵大隊Hアストラル】
フフフフ――
貴様らが血眼ちまなこになって探すうちに、
宗谷そうや大尉の身柄、我々が確保した。
これで事件は解決だ――
だが残念なことに、
色々と鼻を突っ込み過ぎた者がいる。
そんなに我々のことが気になるのか!
東京ゼロ師団の命令に従い、
貴様を直ちに粛清しゅくせいする!!

《バトル》

【渋谷憲兵大隊Hアストラル】
フフフ……
生兵法なまびょうほう怪我けがのもとだ、
覚えておくがいい――

不意に周囲が暗くなった。暗闇の中、風魔と大型アストラルが対峙している。

【渋谷憲兵大隊Hアストラル】
な、何が起きた?
――目の前が真っ暗だ……

どこからともなく声がした――

【感嘆する声】
君たちはの活躍には舌を巻く、
そうじゃないか、灰雨はいざめ憲兵大尉。
【渋谷憲兵大隊Hアストラル】
誰だ?
貴様、何者だ?
【感嘆する声】
導く者とでもしておいて欲しい。
勇猛果敢ゆうもうかかん灰雨はいざめ憲兵大尉殿!
バビロンを征服した、
ペルシアはクロス大王が股肱ここうしん
【渋谷憲兵大隊Hアストラル】
黙れ! 貴様を粛清しゅくせいする!
姿を見せろ!!
【感嘆する声】
すぐにでも見えるようになる。
永遠に見続けることになる。
さぁ、セフィラの湧出ゆうしゅつを受けるのだ。大尉、お前自身を依代よりしろとして、ここに道をひらく!
さぁ、受けろ!!
【渋谷憲兵大隊Hアストラル】
何だ? どうした!
俺の腕が……黒ずんできた!
――ああああああ~

周囲に光が戻った。風魔は依然青山新京に開いた大穴の前にいた。

【感嘆する声】
人柱――まさに柱そのもの!
二本の柱が必要だ。
もう一本を調達するとしよう。

穴から吹き出すセヒラが一段と濃くなり、大型アストラルを包み隠してしまった。アストラルが見えなくなったその刹那、急にセヒラは消えた。アストラルの姿もなかった。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
赤坂哈爾浜ハルピンにセヒラの奔流ほんりゅうです!
確認お願いします!

公務指令を受け風魔は帝都満洲鉄道で赤坂哈爾浜ハルピンへ戻った。

〔赤坂哈爾浜〕

【着信 喪神梨央】
そこにいるのは、
帝都赤坂のアストラルのようです。
思念が吸い込まれています!

【芸者千鳥ちどりアストラル】
会えば別れの悲しさよ
会わねばつのるこの思い
ああああああ~
なんとしょ~ なんとしょ~
恋は女の命取り~
歌で気をまぎらわせても、
もうどうにもできませんことよ――
頭ン中に入ってくるの!

白い乳を出させようとて
タンポを引き切る気持ち
彼女の腕を見る

アハハハハハ~

幇間ほうかん平左へいざアストラル】
都々逸どどいつ三下さんさがり大津絵おおつえ
粋な節回して歌いますのは、わっしの何よりの楽しみでござんして――
びんのほつれは 枕のとがよ
それをお前にうたぐられ~
つとめじゃえ~ 苦界くがいじゃえ~
あ~ゆるしゃんせ~
てな様子でありんすが、
どうも変なのが頭ン中に……
入ってくるでござんすよ!

闇の中から血まみれの猿が
ヨロ/\ヨロとよろめきか
俺の良心

ひぃひぃひぃ~
助けてくんろ!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
赤坂に何かが現れました。
原因は赤坂哈爾浜ハルピンかも知れません。
警戒して公務を進めてください。

赤坂哈爾浜ハルピンの街区を進むと、そこに風魔を待ち受けるようにして中型アストラルがいた。

【メソポタミア神学生アストラル】
クデルの大門を守るのは僕だ!
いや、ジプチエへの凱旋がいせんこそ僕の夢!
アーハハハハ!
ついに柱が現れた!
あれは大柱、ヤキンかボアズか!
高さ十八キュビト威容いようを誇る、
青銅の大柱だ!
二本目が現れるまで、
ここは誰も通せない!
お前を昇華させる!!

《バトル》

【メソポタミア神学生アストラル】
僕は……まだ至らないのか……
――あの柱の元に眠ろう……
柱は僕にはゲプスの祝塔に見える!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
赤坂に巨大な柱が現れました。
機関本部へお戻りください!

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん、報告があります。
赤坂に現れた柱ですが、
音もなく消えてしまいました。
高さ三十メートルほどの円柱でした。
一ツ木通ひとつぎどおりの先、歩一の裏辺りです。
また現れるかもしれません。

それと――
宗谷そうや大尉ですが、逮捕たいほされました。
ただ、波形が違うんです。
宗谷そうや大尉の波形とは別の波形が、
逮捕たいほされた人からは出ていました。
大尉の身柄を拘束こうそくしたというのは、
渋谷憲兵大隊です――
【帆村魯公】
うむ……またもや渋谷の大隊だな。
――実に怪しい……
連中、はたして正規の軍なのか?
【喪神梨央】
碑文谷ひもんや大連ダイレンのアストラルは、
そのことを調べていたようです。
渋谷憲兵大隊や砲工学校のことを――
それで自失したとか――
【帆村魯公】
うむ……実に怪しい。
怪しさ千万せんばんだな。

【喪神梨央】
怪しいと言えば、柴崎周しばさきあまねです――
またその名前が出ました。
宗谷そうや大尉をそそのかして、
愛国主義運動に向かわせたのでは?
大尉が羅南らなんの部隊にいるときです。
【帆村魯公】
柴崎しばさきの結社は何と言ったか……
【喪神梨央】
尤志社ゆうししゃです。
今、本を取り寄せています。
この夏、一冊、出しています。
【帆村魯公】
青山新京シンキョウに開いた大穴は、
まだ帝都には影響を及ぼしておらん。
だが時間の問題だろう。
柱の件も含めて観察が必要だな。

軍務局長暗殺事件は必中禮ひっちゅうれい事件として、新聞紙上を大いににぎわせた。そして犯人逮捕たいほしらせに大見出しが踊った。帝都は静けさを取り戻したが、それは嵐の前の静寂せいじゃくのようでもあった。