第八章 第三話 猟奇倶楽部潜入

〔山王ホテルロビー〕

ホテルロビーに風魔ふうまを待つ客があるという。機関本部の前に風魔ふうまはロビーに立ち寄った。はたして、背広せびろ姿の人物が待っていた。

【満蒙毛織の谷崎】
喪神もがみさんでいらっしゃいますね!
私、満蒙まんもう毛織けおり谷崎たにざきと申します。
いやぁ、ウチの繊維研究所、
さんざん手こずりましてね――
なにせ標本が極小でしたから!
あはは!
でも出来ましたよ!
六十番という細番手ほそばんで朱子織サテンです。
上等な生地をお使いですな。
そめも三度黒の職人に出して、
やっとご指定の色になりました。

ロビーにやってきた梨央りおは、谷崎たにざきから風呂敷ふろしきづつ包みを受け取った。

【喪神梨央】
谷崎たにざきさん、ご面倒をおかけしました。
【満蒙毛織の谷崎】
そう言っていただくと、
苦労した甲斐かいがあります。
――しかし、秘密のお仕事ですか?
【喪神梨央】
谷崎たにざき清次郎せいじろうさん……娘さんは、
大原おおはら商業高女を志望されていますね。
先生にはまだ相談されていません。
荻窪おぎくぼとついだ里子さとこお姉さん、
熱出して頓服とんぷく処方されたとか。
夏風邪はこじらせると大変ですよ。
また牛込うしごめの弟さんは借金絡みの――
【満蒙毛織の谷崎】
うわっ!
社の用事、忘れていました!
私はこれで失礼します!

【喪神梨央】
うふふ……
すごい慌てようですね、兄さん。
満蒙毛織まんもうけおりに頼んでいたのは、
黒頭巾くろずきんです。
兄さんが倒した怪人が落とした、
小さな切れ端から、
同じ素材のものを求めました。
先程、受け取りました。

ホテルロビーに新山眞が入ってきた。

【新山眞】
黒頭巾くろずきんの人物が落とした便箋びんせん
塩化コバルトインキで印刷してあり、
飯倉いいくら技研ぎけんに回ってきました。
電磁加熱機で慎重に加熱すると、
あぶしの要領で文字が浮かび、
猟奇倶楽部の秘密集会の案内でした。
【喪神梨央】
その集会が今日開かれます。
待機場所は品川駅前――
前に猟奇倶楽部に招待された時と、
同じ場所ですね。
倶楽部の車が迎えに来ます――
【新山眞】
待機時に頭巾ずきん着用のこと――
そうあったんです、案内に。
【喪神梨央】
兄さんがこの頭巾ずきんで変装して、
猟奇倶楽部の秘密集会に潜り込み、
内偵ないてい調査するのです。

〔山王ホテル前〕

【喪神梨央】
兄さん……
全然、兄さんだとわかりません。
【新山眞】
猟奇倶楽部の連中、
妙な渾名あだなで呼び合います。
喪神もがみさんはこれを名乗ります――

そう言って新山にいやまはメモを風魔ふうまに渡した。メモには、ガニヤンテの大司祭Λラムダ師とあった。

【喪神梨央】
品川へは公務電車ではなく、
円タクで向かってください。
参謀本部の職員が運転します。
それではよろしくお願いします。

〔品川駅前〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
無線は行いませんが、
探信たんしんは続けます。
猟奇倶楽部が探信儀たんしんぎの空白地帯だと、
正確な場所は確認できません――
でも、出来る限り探信たんしんします。

【猟奇人ΩⅥオメガシックス
猟奇人ΣⅢシグマスリー様、会員の方です――
ガニヤンテの大司祭Λラムダ師様です。
【猟奇人ΣⅢシグマスリー
おお、ガニヤンテの大司祭様!
お待ちしておりました。
こちらを。つねの目隠しにございます。

黒服の男は目隠しを取り出した。猟奇倶楽部への道中は、会員であっても、知ることの出来ない秘密のようである。

【猟奇人ΣⅢ】
それではまいりますよ、大司祭様。
今日は特段のもよおしにございますゆえ。

風魔ふうまを乗せた車は、右へ左へと角を曲がり、加速や減速を繰り返しながら走った。

【猟奇人ΣⅢ】
今日は階位一位の会員の方が、
おいでになるともうかがっております。
皆、ずきん頭巾姿なのですが――
大司祭様の頭巾ずきんは新しいですね。
最近、会員になられたのでしょうか。
だとして、もうその階位ですか!
よほどの貢献こうけんがおありなんですね!
私らは準会員なのです。
永遠の準会員です――
倶楽部の場所は知りますが、
集会には参加できません――
儀式を受けると正会員になれます。
刀圭とうけい堂薬局の脳散丸のうちるがんを飲んで、
場所の記憶を飛ばすらしいです。
ノーチル、ノーチル、ですよ!

車が急ブレーキとともに停止した。

【猟奇人ΣⅢ】
猟奇人ΩⅥオメガシックス
あれを見ろ、襲撃だ!

〔四谷見附〕

そこにへ走り込んできたのは執事型ホムンクルスであった。
猟奇人ΣⅢは咄嗟に車の運転席に隠れた。

【猟奇人ΣⅢ】
猟奇人ΩⅥオメガシックス
まただ、ホムンクルス、人造人間だ!
我々を極度に警戒している!
排除してくれ!

猟奇人ΩⅥと執事型ホムンクルスは相討ちとなりともにたおれた。
辺りが鎮まったのを確かめるようにして、クルト・ヘーゲンがやってきた。

【クルト・ヘーゲン】
このトウキョウという町は、
実に緩みきっているな、フーマ!
いろんな人間が訪れては、
己が欲望を満たそうとする――
まるでソドムでありゴモラだ。
お前たちが何を求めようと、
私には関係がない。
だが、成果をかするとは残念だ。
ホムンクルスは、
我が国の宝だ、大いなる可能性だ。
それを狙うお前たちの狭量さいりょうぶり、
もう私には我慢ならない。
全個体に大型波動グローサベッレを発した。
全ては私の命で動く!!

《バトル》

【クルト・ヘーゲン】
フフフフ――
私一人を退しりぞけても無駄だ。
二個中隊を越す数の個体群が相手だ!

そう言い残し、クルト・ヘーゲンは踵を返して立ち去った。
車に乗り込んだ風魔ふうまに目隠しが渡された。車は再び走り始めた――

【猟奇人ΣⅢ】
独逸ドイツの人造人間どもは、
私たちへの警戒を強めています。
――さもありなんでしょうが……
フフフフフ~

車は猟奇倶楽部に着いたようだ。風魔ふうまは目隠しを外されやしきへと案内された。

〔猟奇倶楽部〕

洋館の中には印度インド音楽のような調べが流れ、乳香にゅうこうの香りが漂っていた。招待者たちは一様に黒頭巾くろずきん姿であった――

【大階段の審判長Λ師】
支那シナには食人の風習を今に伝える
漢字があるのですよ――
ご存知ですか?
という字は干し肉のことです。
カイは肉の塩辛のことです。
脯醢ホカイとは残酷な刑を意味します。
罪人を殺して、
その肉を干し、塩漬けにして食った、
その名残ですな、フッホッホッホ~

【神の息を浴びたるΩ師】
あら、シャクという字もありますわよ。
これは肉をキザんで薬味を混ぜたもの。
支那シナ紂王ちゅうおうは、三公を食したと、
韓非子かんぴしにありますわ。
カイシャク――
三人をそれぞれの方法で調理して、
美味しく食べたそうですわ!

【煉獄の魔獣使いΒ師】
我国にも灰屋紹益はいやしょうえき逸話いつわがあります。
京都の富商であった紹益しょうえきは、
愛人だった吉野太夫よしのだゆうが死ぬと、
火葬かそうにしたその灰を、
酒にひたして食したそうです。

【栄光に満つ嬰児Σ師】
坪井つぼい正五郎しょうごろうしるした東亜とうあひかりに、
こんな一節がありますよ――
方々ほうぼうにある貝殻かいがらくずの中から
鹿やいのししの肉と同じに、
人骨のったのが出る――
これがもしほうむったのなら、
全体がある訳ですが、そうでない、
手足の骨がバラバラになっている――

【煉獄の魔獣使いΒ師】
近親者が亡くなると食ったのですね。
そういう親類を眞肉親類マツシシオエカと言います。
死者に対する愛慕痛惜あいぼつうせきの現れですね。

【勝ち誇る黄金将軍Κ師】
ガニヤンテの大司祭Λラムダ師様――
取って置きのをお聞かせしましょう。
洪牙利ハンガリーのネダスチー伯爵夫人は、
全国から十二~十八歳の少女を雇用、
その数、二十年で六百人に及びます。
少女たちは城に着くや首をられ、
すぐさま生血をしぼられます。
血は場内奥深くの浴槽よくそうに運ばれ、
伯爵夫人の体を赤く染めていた――
若い少女の体からしぼった
血風呂に毎日入ることで、
容色ようしょくが増すとの迷信ですね――

そこへ鷹揚な様子で一人の黒頭巾姿の人物が現れた。
ホールにいた黒頭巾たちは一斉にその人物の方を向いた。

【勝ち誇る黄金将軍Κ師】
従順なる隸Θしもべシータ師……
【従順なる隸Θ師】
結局、ホムンクルスの捕獲、
上手うまく行かなかったようです。
今日は一体のみとなります――
【勝ち誇る黄金将軍Κ師】
それでは食せる香腺こうせんは、
一つということになりますか?
【従順なる隸Θ師】
香腺こうせん一つでも三人くらいは、
食せると思います。
【神の息を浴びたるΩ師】
香腺こうせんのオリーブオイル焼き、
口腔こうくうに広がるアーモンドの香り……
ああ、早く試したいですわ!
【従順なる隸Θ師】
さぁ、我らがホムンクルスですよ――

黒頭巾の一団が二手に分かれ、ホールの端に一体のメイド型ホムンクルスが現れた。
メイド型の体は濃厚なセヒラによって帯電したようになっている。
彼女の顔に表情はなかった――

【従順なる隸Θ師】
我らがホムンクルス、
先程から様子がおかしいのです。
【大階段の審判長Λ師】
何やら殺気さえ感じますが――
恐れているのでしょうか?
そういう感覚を持っているとでも?
【従順なる隸Θ師】
ガニヤンテの大司祭Λラムダ師様、
ホムンクルスの準備をします。
一緒においでください――

黒頭巾の一団はメイド型ホムンクルスを囲み、ホールを後にした。
風魔も彼らの後に続いた。

洋館の薄暗い廊下を抜け、大きな扉を開けて入った部屋はまるで手術室のようなところだった。
部屋の周囲に医療器具や薬瓶を収めた棚が並び、部屋の中央に手術台がある。
メイド型ホムンクルスと風魔が向き合う格好になった。
部屋には他に従順なる隸Θ師の名を持つ黒頭巾がいるばかりであった。

【従順なる隸Θ師】
今日はカニバリズム猟奇人の集い、
そういうことになっています。
猟奇倶楽部で捕獲している、
ホムンクルスの香腺こうせんを料理して、
食べようという趣旨しゅしです。
しかし今日はあきらめましょう。
見てください、ホムンクルスですが、
妙に気が立っています――
この子は戦う気でいます。
誰彼だれかれとなく戦いをいどむ、
その状態のようです。
喪神もがみ風魔ふうまさん、
この子と戦ってください。
逃げることはできないでしょう。
【フロイライン】
目標ダスツィル……確認ベステーティグン……
攻撃アングリフ!!

《バトル》

【フロイライン】
終了エンデ――
――終了エンデ――終了エンデ――

【従順なる隸Θ師】
――戦いは終わりました――

今回のもよおし、喪神もがみさんに
おいでいただくための計画でした。
君たちが如何いかなるを見るのか、それに近づくのが私の夢です。
――でも一向にかないません……
私はこの子を帰します。
喪神もがみさんもお戻りください。
品川駅までお送りします――

廊下に出たところで猟奇人ΣⅢが待ち構えていた。
風魔を車へ案内するという。

車は右左折を繰り返しながら進む――

【猟奇人ΣⅢ】
特別のつどい、いかがでしたか?
あっ、いえ、詮索せんさくはしません。
先程、車寄せにおいでなのが、
おそらく階位一位の方ですね。
西洋派出婦メ  イ  ドの格好をした女性と、
先の車で行かれました。
どうして一位と分かるって――
頭巾ずきんz生地きじで分かるんです。
あの方のは百二十番手の極細番手ごくぼそばんて
世界でも希少な極上の朱子織サテンです。

車外の喧騒けんそうが消えた。大通りから外れたようである。不意に車は停車した。

〔銀座二丁目〕

【猟奇人ΣⅢ】
ここは銀座二丁目です。
表通りが通行止めでして――
数寄屋橋すきやばし界隈かいわいも通行できません。
申し訳ありません、
お送りできるのはここまでです。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
現在位置、確認できています。
近くでセヒラを観測しました!
帥士すいしの方向に向かっています。
警戒してください!!

路地の脇から不意に黒頭巾が現れ風魔に近寄る――

【熱砂の旅団長Σ師】
あのホムンクルスとは、
私が戦う手筈てはずであった――
戦いに負け、たおれた彼女の香腺こうせんは、
果たして如何いかなる味わいであるか。
悲しみの味わいか、いきどおりの味わいか、
香腺こうせんを口に含み、深く味わう――
舌で香腺こうせん上顎うわあごに押し付けてつぶす――
歯を使うのは彼女に失礼だろう。
それが益荒男ますらおたしなみというものだ。
そのひそやかなる楽しみを、
貴様が台無しにした!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
探信儀たんしんぎを使ってください!!
【熱砂の旅団長Σ師】
貴様!
無線誘導があるのか!

《バトル》

【熱砂の旅団長Σ師】
き……貴様は……
山王さんのう……機関か……
神与しんよの剣ひらめけば
妖魔ようまさんじてかげうつ
東亜とうあまもり関東軍!!
【着信 喪神梨央】
銀座界隈かいわい、交通整理中です。
フォス大佐離日りにちさいしての、
パレードが行われます。
怪人がまぎれると国際問題になると、
参謀本部より巡視パトロール依頼がありました。
銀座通りへお願いします。

〔銀座四丁目〕

銀座の電車通は交通整理がされ、今まさにフォス大佐の車列が通過中であった。沿道えんどうには等間隔で兵が立哨りっしょうについている。

【京橋署の巡査】
ナチスの偉いさんですかね……
帰国されるんでしょ。
車列、意外にこぢんまりですね。
春の時とは雲泥うんでいの差ですな。
デンホフSS上級大将歓迎パレード、
歩兵連隊の車列四キロに及び、
複葉機ふくようき八機、飛行船まで駆り出して、
沿道えんどうにはニ十万人が押し寄せました。
紙吹雪が乱舞らんぶして、
掃除に三週間かかったそうですよ。

【着信 喪神梨央】
車列は品川駅までだそうです。
横浜港に欧亜おうあ汽船の漢堡ハンブルク丸がいます。
フォス大佐が乗船予定です。
横浜までは省線電車ですね。
品川四時十分発の沼津ぬまづ行、
普通車一両を貸し切るようです。
その電車に特別車はありません。
公務終了して帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん、猟奇倶楽部の場所ですが、
やはり探信儀たんしんぎの空白域です。
一探、二探、四探、六探、
これら探信儀たんしんぎに囲まれたどこかです。
北は市ヶ谷士官学校、南は古川橋ふるかわばし
東は半蔵門はんぞうもん、西に信濃町しなのまち……
その中の何処どこかにあるはずです――
車は品川から銀座、日本橋を経由し、
本郷ほんごう春日町かすがちょう水道橋すいどうばしと、
六探内を動いて、四谷見附よつやみつけへ。
そこは山王さんのう探信儀たんしんぎを使えました。
四谷見附よつやみつけから程なくして車は停まり、
その付近に猟奇倶楽部があると――
おそらく信濃町界隈しなのまちかいわいですね。

ノックの音がして機関本部にユリア・クラウフマンが姿を見せた。

【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
フロイラインが戻りました。
あの子、無事だったんです――
【喪神梨央】
よかったですね、ユリアさん!
それじゃ香腺こうせん調べれば、
猟奇倶楽部がわかりますね!
【ユリア・クラウフマン】
フロイラインの香腺こうせんの内容、
きれいに消されていました。
事情に明るいのですね――
【喪神梨央】
事情に明るいというのは、
つまりホムンクルスをさらった人が、
という意味ですか?
【ユリア・クラウフマン】
ええ、そうです――
アーネンエルベの情報が、
れているのかも知れません。
【喪神梨央】
他に行方不明の
ホムンクルスはいませんか?
【ユリア・クラウフマン】
今のところは……
ヘーゲンが大型波動グローサベッレを放ち、
不要な交戦が増えると思います。
行方不明が出る恐れもありますね。
フォス大佐がマンシュウへ渡り、
ヘーゲンは増長しつつあります。
ユンカー博士は、
大型波動グローサベッレには猛反対もうはんたいしています。
ヘーゲンは聞く耳を持ちません――
【喪神梨央】
アーネンエルベが分裂とかしたら、
虹人こうじんさん、大丈夫でしょうか?

猟奇倶楽部への潜入は、むしろ相手の策にはまったようなものだった。そこにはへの執着がわだかまっていた――