第八章 第五話 龍脈の行方

〔祓えの間〕

はらえので待機していた新山眞にいやままことから、ゲートの状態が安定したとの一報が入った。様子を見に梨央りおはらえのに来ていた。

【喪神梨央】
兄さん!
ゲートの状態が安定したんですって!
【新山眞】
でも時空は歪んでいます――
大きな歪みディストールドですよ!
【喪神梨央】
新山さん……
エスペラント語、復活ですか?
【新山眞】
アハハ……
失敬しっけい失敬しっけい
こいつは辞書で調べました。
喪神もがみさん、
別の時空は繋がったままですが――
いきなりその時空の先に
飛び出したりはしません。
――保証はありませんが。
【喪神梨央】
帝都満洲だったら探信たんしんできます。
品川図們トモンですよ、兄さん!
【新山眞】
そうです――
どうかお気を付けて!

風魔がゲートに向かったとき、祓えの間に高濃度のセヒラが流入した。
まるで夢玄器を装着したときの思念空間のようだった。
そこにフリーダイップが姿を見せた――

【フリーダイップ
来てくれたのね――
ありがとう。
遅かれ早かれわかることよね――
接続したのは未来の九龍城砦クーロンじょうさいよ。
といっても、九龍城砦クーロンじょうさい自体、
一九九四年に取り壊されてるの。
でも、壊されなかった街がある――
それが陰界いんかいという場所に沈んだ街。
陰と陽の陰の方よ。
私の街、光明路コウミョウろもそのひとつね。
繋がったのは二〇一五年の光明路コウミョウろ
まさにその時と場所なのよ。
私が暮らしていた街よ――
この街で何か異変が起きている――
そうじゃないこと?

フリーダが消えると思念空間のセヒラもなくなった。
風魔は常のとおりにゲートをくぐった。

【満鉄列車長】
当列車、品川図們トモン行きです。
青山新京シンキョウ、広尾吉林キツリンを経由します。
満鉄線から新京シンキョウで満洲国鉄京図ケイト線へ、乗り入れる経路となります。
それでは出発進行です!

品川しながわ図們トモン

2015年の光明路コウミョウろに繋がったという町、品川図們トモンには、その時代のアストラルがいた。

老街ラオの路人Wアストラル】
あんたどこから来たんだい?
ここにいると季節感もない――
もう五月になったはずだけど――
この先に広がるのが光明路コウミョウろだよ。
一九九七年の陰陽交合いんようこうごう事件で、
陽界ようかいに浮上しなかったエリアだ。
あの時は九龍クーロンフロントの他に、
龍城路りゅうじょうろ龍津路りゅうしん西条路さいじょうろ大井路おおいろ
その四つが陽界ようかいに出てしまった――

老街ラオの路人Jアストラル】
もう一つあるよ、妄人路ワンニンろさ!
妄人ワンニンとはな、妄想しすぎて、
物に姿の変わった奴らのことさ。
中国の客家人はっかじんが親族一同が暮らす、
円形の客家土楼はっかどろうみたいな街だな。
この街に妄人ワンニンはいないな……
俺も携帯電話男は見たことがある。
あれはあれで自由そうだったな!

太子公園プリンスパークの路人Mアストラル】
この街でおかしなことが起き始めて、
もう三年になるな――
夢の中で夢を見る、
そんな路人ろじんが相次ぐんだ。

太子公園プリンスパークの路人Dアストラル】
廟  街テンプルストリートの医者は多重夢だと言う。
夢を見ている夢を見ることだ――
夢の中で見る夢は悪夢なんだよ。
夢の話だろ?
多重夢ってことらしいぜ。
悪夢を見終わった自分がいる、
そんな夢を見るんだ――
今年はほぼ毎日見ているよ!

太子公園プリンスパークの路人Xアストラル】
廟  街テンプルストリートの医者の奴、
多重夢にどんだけ詳しいんだか……
やぶの中のやぶ筋金すじがね入りのやぶだしな!
私はね、調べんたんです。
この光明路コウミョウろで多重夢を見た路人ろじん数。
さて、何人だと思いますか?
驚くなかれ、九十六人です。
なんかキリの良い数字ですね。
中には姿を消した者もいますが――

ところで私の悪夢、知りたいですか?
無論むろん、知りたいですよね?
――分かるんです、空気感で。
あなたは好奇心こうきしんの人だ。

ぱだかになって滑り台を滑る、
そういう夢ですよ。
その滑り台、長い包丁の刃なんです。
その上をはだかで滑るんですよ!
尾骶骨びていこつをギリギリとけずられながら。
いつまでっても終わらない滑り台。
はっと目覚める、それが夢です。
私は滑り台のそばに立っている――
滑っているのは、他の人だったり。
それが貴方なんです!!

《バトル》

太子公園プリンスパークの路人Xアストラル】
ギリギリギリギリ……
ああ、私の尾骶骨びていこつが、けずられていく!!

中央区セントラルの路人Qアストラル】
多重夢、多重夢ってな、
みんなまだ素人しろうとくさいぜ。
俺なんか、二重じゃない、三重だ!
誰よりも先行ってるんだ。
マジ玄人くろうとっぽいんだ。
悪夢からめた俺がいる――
その夢を見ている俺がうたた寝で、
今度は子供時代の夢を見る。

中央区セントラルの路人Vアストラル】
ああ、こうも玄人くろうとっぽいと、
理解するのが大変だよ、あんた!
必ず悪夢からめる夢なんだ。
まるで悪夢を奪われている――
そんな気さえするんだ。

中央区セントラルの路人Zアストラル】
誰かが悪夢を集めている、
そういううわさもあるんだよ。
俺はこう見えてもな、
古靴ふるぐつ屋を経営していたんだ。
維多利亜鞋ヴィクトリアシューズっていうのが店名だ。
そんな話には興味が無いって?
あんた、薄情はくじょうだな――
じゃ、信和広場シノワスクエアの爺さんにでも会え。
この街のこと、知りたいんだろ。
あの爺さんは光明路コウミョウろ字引じびきだよ。

品川しながわ図們トモン

信和広場シノワスクエアの路人Nアストラル】
光明路コウミョウろ路人ろじんに異変が起きたのは、
三年ほど前からです。一説には龍脈りゅうみゃく途絶とだえたせいだと――
そういううわさもあります。
龍脈りゅうみゃくとは神獣からはっせられる、
強い気脈のことですよ。

信和広場シノワスクエアの路人Pアストラル】
あんた、太子公園プリンスパークの方から来た?
じゃ、電脳中心でんのうちゅうしんそば通ったんだな。
あすこのジェレミーが言うには、
異変の原因はゲームにあるんだとか。
ゲームの中に吸い込まれた奴がいる、
そんな話だった――
ジェレミーもそうなんだよ、きっと。
【着信 喪神梨央】
ゲームに吸い込まれるって、
中野満洲里マンチュリでも聞きました。
確か電脳中心でんのうちゅうしんの――
ええっと、あの時は、
九龍クーロンフロントだったと思います。
ゲームというのがどんなものか、
ちょっと想像できないんですけど。

信和広場シノワスクエアの路人Cアストラル】
十八年前のことはよく覚えておる。
陰陽交合いんようこうごうで世界破滅の寸前すんぜんじゃった。

あの時、わしは九龍クーロンフロントにいた。
神獣しんじゅうとして見立てを受ける、
そんな宿命しゅくめいをもった娘がおってな。
名前を小黒シャオヘイといったな――
その娘は一九ニ〇年の上海しゃんはいで、
神獣朱雀すざくの見立てを受けて、お陰で陰界いんかい龍脈りゅうみゃくが戻ったんじゃ。
勿論もちろん、実際に行ったわけじゃなく、
生体通信せいたいつうしん双子ふたごの姉さんと繋がった、
それで大きな力を生み出したんじゃ。

その龍脈りゅうみゃく途絶とだえておる。
一九ニ〇年より後の時代でな。
このままでは陰陽交合いんようこうごうの心配がある。
クーロネットにくわしいのがおったぞ。
その者と話してみるがいい。

より詳しく話の聞けるアストラルを求め、風魔は品川図們トモンの街区を進んだ。
一体のアストラルが風魔を認めて近づいてきた。

【リゾーム会員Pアストラル】
あんた、前にも接続したよね――
あんたがここの龍脈りゅうみゃくを取り戻すの?
なら教えるけど――
神獣朱雀すざくとして見立てを受けた小黒シャオヘイ、その見立ての日が間違っていたんだ。それで龍脈りゅうみゃく途絶とだえてしまった――
断絶だんぜつは一九三五年だと思う。
その年の五月でファイアの日は……
五月十二日、十三日だよ。
今日が一日だから、再来週のにちげつだ。
どうやってその時代に行くかって?
簡単だよ、ゲームにログインだよ。
みんな同じ時空に飛ばされている――
ゲームのことなら、電脳中心でんのうちゅうしんのジェレミーに聞くといい。
僕からも伝えておくよ。

【電脳中心Jアストラル】
調査に来たのはあんたかい?
パピヨンから連絡あったんだ。
リゾームというネットの会員だよ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
そのアストラルが、
ゲームのジェレミーだと思います。
【電脳中心Jアストラル】
何か音が聞こえたけど……
あんた、インカム着けてるの?
もしかして、当局の人? 
それはそれでいいんだけど。
俺、クーロネットで調べたんだ。
九七年当時のログを発掘してね。
龍脈りゅうみゃくおこした日付が違ったんだって?
邪悪な意思が及んでいたのかな……
ガリギアスオンラインのプレイヤー、
みんな、一九三五年の東京に、
飛ばされるんだ――
俺の時もそうだった。
東京の鍛冶橋かじばしという町だよ、
知ってるかな?
この異変は三年前からだ。
だから、その時空に何かがある――
おそらくだけど……
朱雀すざく龍脈りゅうみゃくはその時代で途絶とだえた、
だからその時代でつなぐ必要がある。
ゲームが教えてくれているんだよ!
時空のトンネルが繋がってるんだ。
かが神獣を見立てをする。
でも見立てられるのはだろう?
光明路コウミョウろ路人ろじんが多重夢に見るのも、
三年前からだよ――
誰かが悪夢を集めているとか?
ネットではそんなうわさが飛び交うよ。
あんたが行くならゲームを起動する。
【着信 喪神梨央】
ゲームで繋がるのは一九三五年、
つまり今年の五月一日です。
場所は鍛冶橋かじばしです――
帝都内ですが探信たんしんはできません。
でも行ってみるべきです!
【電脳中心Jアストラル】
行くんだね!
じゃ、ゲームを始めるよ!
そうだ、このかぎを持っていくといい。
俺のアカウントだから、
あんたのハンドルネームは、
ホーネットだよ!

程なく眼前に鬱蒼うっそうとした森が現れた。聖域とされるトスタリアの森である。

【フリーダイップ
ゲームに入ったのね……
今はログオフ中だけど、私は周瑜しゅうゆ
このゲームの中ではね――
あなたの向かう先、五月一日の帝都、
そこに歪みの元がありそうよ。
時空を超えて光明路コウミョウろから悪夢を集め、
それを利用している……
がいるはずよ。
人かどうかもわからないけど――
気を付けてください。

森の図書館に着き、貰ったかぎで中へ入る。そこはエリオットの書斎しょさいという閲覧室だった。部屋にある小さな扉を開けて表へ出る――

〔鍛冶橋〕

そこはまさしく帝都であった。
鍛冶橋かじばし京橋きょうばし、両電停のほぼ中間、槇町まきちょうと呼ばれている一角である。

【着信 ジェレミー】
俺だよ、電脳中心でんのうちゅうしんのジェレミーだ。
この周波数、ジャックしたよ――
案外、簡単だったな!
クーロネットでシャア先生の手記発見!
ファイアの日を調べた先生だよ。
手記によると正しいファイアの日に、
神獣の見立てを受けるのは、
蘭暁梅ランシャオメイだそうだよ。
一九ニ〇年の上海にいた少女さ。
あんたの向かった年だと、
よわい二十七歳になっているはずだよ。
蘭暁梅ランシャオメイが見立ての場所に来ない――そうじゃないかな。
彼女を阻害そがいする何かがあるんだよ。

通信が終わったとき、鍛冶橋のビルの角から着物姿の少女が現れた。
少女はうっすらと笑みを浮かべながら風魔に寄ってくる――

【少女】
フフフフフ~
――あなたなのね……
みじめったらしい自尊心じそんしんで、
この世界に染みをこしらえているのは!
その染みはおびえの色をしているわ!

少女の背後にセヒラが集まったかと思うと、やおら巨大アストラルが姿を見せた。全身から激しくセヒラを噴出している――

妖帝ヤオディアストラル】
私はすべての時代に属している――
かつて、そう言ったはずだが、
お前たちは物忘れが酷いと見える。
憎しみや怒りは、
まるで砂金のように沈殿ちんでんする。
砂金の層が厚く重なり、
私は生まれたのだ――
お前たちはおのれうち宿やどす悪意に、
恐れをなしている。
いつわりの善意のころも
隠そうとあがく――
狡猾こうかつにも程がある――
ならば見えるようにしてやろう。
お前たちの夢の中でな!
悪夢からのがれようとする、
お前たちのそのおびえが、
愈々いよいよ、私を強くする。
私はお前たちそのものだ。
さては自分を痛めつけるのか?
楽しそうじゃないか!!

《バトル》

着物姿の少女は巨大アストラルに半ば吸収され、もはや人の体をなしていなかった。
巨大アストラルは愈々いよいよ激しくセヒラを噴出している。

妖帝ヤオディアストラル】
お前の心に沈殿するのは何だ?
おびえなのか? 憎しみなのか?
お前の姉は死んだ――
山のふもとで自らに火を放ったのだ!
お前の姉は焼身自殺したのだ。
黒焦くろこげの体は、四肢ししが不自然にゆがみ、
異様なほどの白い眼が虚空こくうにらむ。
歯を食いしばったままの口は、
たましいの抜け出るのを防ごうと
しているかのようだった。
燃える姉、燃える姉、
乾いた心には容赦ようしゃなく火が付く。
お前にとってのファイアの日だ、
まさしくな!

一瞬、セヒラの奔流が起きたと思う間もなく、宙に浮かぶ小さな一点にセヒラが収束した。
アストラルもその姿を消した。
地面に少女の着物だけが残された。

【着信 ジェレミー】
おい、あんた、大丈夫か?
今の奴が悪夢を集めていたんだな。
それを蘭暁梅ランシャオメイに注いでいた……
そうなんだろ、きっと。
蘭暁梅ランシャオメイは東京に行っているよ!
昔の新聞記事を検索したんだ……
一九五〇年の新華報しんかほうだよ。
十五年前、つまり一九三五年に、
満洲国から日帝に渡った
二人の女優についての記事だ――
二人は紅楼夢こうろうむの舞台挨拶あいさつのため、
東京に行ったと報じられている。
麻美マーメイ蘭暁梅ランシャオメイの二人だね。
それで蘭暁梅ランシャオメイは、
日本で行方ゆくえ知らずになったとある。
――つまり……
日本で、東京で、蘭暁梅ランシャオメイは、
神獣の見立てを受けたんだね!!
龍脈りゅうみゃくが繋がった、そういうことだね!
あっ、周瑜しゅうゆがゲームにログインした。
じゃ、俺はこれで――
もう会うことはないと思うけど。

無線の後、風魔は淡いセヒラに包まれた。顔を上げると、そこは思念空間の溜池通だった。
市電も車も通らない人の気配のない溜池通である――

【フリーダイップ
あなたが戦った妖帝ヤオディとは、
歪みの象徴のような存在なの。
それが蘭暁梅ランシャオメイ萎縮いしゅくさせていたのね。
彼女、回復して来週来日の予定よ。
共演の女優、麻美マーメイと一緒に。
二人は浅草で舞台挨拶あいさつするのよね。
そして五月十二日に神獣となる。
――ねぇ、お姉さんのことだけど……
真実は他にあるようよ。
私、調べてみる。
妖帝ヤオディの言ったことはに受けないで。
今、ここは一九三五年五月一日……
あなたの中の帝都なのよ。
ここに未練みれんを残さないで――
自分と戦って抜け出すのよ。
自分を信じて、打ち勝つのよ。
一番の敵は自分の中にいるものよ。

前方からもう一人の風魔が歩き入る。
セヒラがもたらしたドッペルゲンガーであった。
風魔は試されているかのように自分に向き合う――

《バトル》

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん!!
心配しました……
兄さんが帝都満洲に降りて、
もう五日が経ちましたよ!
【新山眞】
喪神もがみさん――
いろいろ調べたところ、
やはり二つの時間があるようです。
帝都満洲では時間の進みが遅く、
帝都の時間の五分の一ほどです。
帝都満洲の一日が帝都の五日――
帝都満洲に一週間滞在たいざいすると、
帝都では一月ひとつきってしまいます。
【喪神梨央】
これも時空の歪みが原因ですか?
【新山眞】
ええ、そうだと思います。
今、歪みは解消されています。
でも時間のズレは残ったままです。
いつから時間が
ずれるようになったのか、
さだかではありませんが――

神獣の見立てを阻害そがいする邪悪な存在があった。それを退しりぞけ、蘭暁梅ランシャオメイ朱雀すざくとなった。その龍脈りゅうみゃく途絶とだえることなくへと流れる。