第八章 第七話 響き合う者たち

〔山王機関本部〕

その日、機関本部に如月きさらぎ鈴代すずよの姿があった。月詠つくよみ麗華れいかが渡満することとなり、鈴代すずよが首都新京シンキョウまで付き添うのだという。

【喪神梨央】
月詠麗華さんが満洲に……
随分、急な話なんですね。
【如月鈴代】
何でも新京シンキョウの関東軍特務部が、
麗華さんの身柄みがらを預かる、
そういう話みたいですわ。
【九頭幸則】
この年末にも関東軍司令部が、
ごっそり新京シンキョウに移転するんだよ。
関東軍のお膝元ひざもとってことだね。
【如月鈴代】
ええ、そのようなことをうかがいました。
【喪神梨央】
それで鈴代さんも、
付き添われるのですね。
鈴代さん、新京シンキョウまでですか?
【如月鈴代】
ええ、そのつもりですわ。
麗華さん、いろいろあったから、
神経にさわらないようにしなくちゃ。
【九頭幸則】
麗華嬢、愈々いよいよのご出立しゅったつ
歩一の将校はみんな知ってるよ――
人の口に戸は立てられないね!
【喪神梨央】
もしかして――
幸則ゆきのりさんが言い触らすんでしょ?
【九頭幸則】
そんな眼でにらまないでくれ。
俺は魯公ろこう先生から聞いたんだ、
この件、参謀本部の決定だってね。
仮面の男に狙われるといけない、
そういうことだと聞いたけど。
仮面の男のことは歩一も知らない――
【如月鈴代】
麗華さんは鬼龍きりゅうさんに、
奥義おうぎ継承けいしょうを求めているのです。
今は二人を離したほうがいいですね。
【九頭幸則】
なるほど……
むしろその事情が重そうだね。
仮面の男は契機けいきにすぎないのか。
【喪神梨央】
仮面の男は波形で観察できます。
でも鬼龍さんの動向どうこうはわからない――二人を近付けちゃ駄目なんですね?
【如月鈴代】
麗華さんが落ち着くまでは――
道中どうちゅう、お話しようと思います。
【喪神梨央】
鈴代さんがわれるんですよ。
東京を午後に出ると、
新京シンキョウには明後日の夜に着きます。
【九頭幸則】
おやおや、また省線の時間表かい?
【喪神梨央】
一時半の特急さくら号、下関しものせきに明朝八時着、十時半の連絡船、釜山プサンからは鮮鉄満鉄の経路です。新京シンキョウ行きの急行はひかり号です――
このくらいはそらんじているんです!
【如月鈴代】
そろそろ参ります――
十一時には連隊本部に来るようにと。
【九頭幸則】
それじゃ俺がエスコートしようか?
【喪神梨央】
鈴代さんの警護、公務にします。
公務電車ではなく円タクを使います。
兄さん、お願いします。

〔第一連隊本部〕

第一連隊本部玄関前には16条旭日旗を掲げた旗手と立哨がいた。彼らの前には一台の円タクが停まっている。麗華はすでに円タクに乗っているようだ。

【如月鈴代】
道中、何もなかったですね――
麗華れいかさんが無事に新京シンキョウに着くまで、
見届けたいと思います。
麗華さんを鬼龍きりゅうさんから引き離す、
それが一の目的だと思います――
勿論もちろん、仮面の男も気になりますが……麗華さん、新京シンキョウには半年ほどかと――いろいろ落ち着いたら、またみんなで野点のだてを開きましょう。
風魔ふうまさん、有難うございました。
それでは行ってまいります。
【福井中尉】
如月きさらぎ鈴代すずよさんですね。
お待ちしておりました、
歩一中尉、福井ふくいです。
さぁ、どうぞこちらへ。
午後の特急を取っております。
歩一の兵、八名が随行ずいこうします。

鈴代が円タクに乗り込むと、車は滑るように走り去っていった。風魔は第一連隊を後にして霞町へ出た。

〔霞町街路〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
カラスの声がしています。
増上寺ぞうじょうじの変の時も、
防疫ぼうえき研究所の時も、
カラスが飛んでいました。
カラスにも留意して観察します。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ観測しました!
間違いなく怪人です!
小松川こまつがわの客】
怪人の
姿さびれた
町に消え

どうですか?
怪人川柳せんりゅう、六百八十もの作を、
投稿とうこうしたんです――

怪人が
入った路地の
阿鼻叫喚あびきょうかん

怪人を
総出そうでで探す
浜三町はまさんちょう

それだけではありませんぞ。
銀座幻燈会げんとうえも四回参加しました――
少尉の手鏡に映った顔……
それは他ならぬ持ち主の顔ですよ。
つまり少尉自身の顔――
敵弾に倒れたときの死に顔です。
鏡を見た少尉は気が触れて、
丸腰まるごしで高地へと駆け出した――
飛び来る弾丸にたちまち失せて~
旅順港外りょじゅんこうがい、恨みぞ深き~
軍神広瀬ひろせと、その名残れど~
つい歌ってしまいましたな、ウハハ~
人生よろづ相談には十八回も電話し、
もうすっかり悩みは解決しました!!
もうね、私は完全に仕上しあがった。
そう思うのですよ。
貴方にもわかっていただきたい!!

《バトル》

小松川こまつがわの客】
脳楽丸のうらくがんをもっと飲まないと――

【着信 喪神梨央】
大変です!
彩女あやめさんが消えました!
セルパン堂に向かってください!

〔セルパン堂〕

【着信 喪神梨央】
四谷よつや金ノ七号帥士きんのしちごうすいしがいたので、
そちらに合流してもらいます。

【式部丞】
彩女あやめ君と蛭川ひるかわ博士の姿もない――
出入りする派出婦はしゅつふからのしらせです。
博士宅は市谷台町いちがやだいまちです。
神経の病、愈々いよいよ亢進こうしんなのでしょうか?
なんとも悩ましい限りです。

セルパン堂前に虹人がやって来た。急いで来たせいか、少し息が上がっている。

【帆村虹人】
ちょうど四谷よつやにいたんだ。
アーネンエルベの巡視パトロールは独特だよ。
三宅坂みやけざかを起点にのの字を描くんだ。
梨央りおから聞いたけど、
二重人格の女を探すんだって?
【式部丞】
周防すおう彩女あやめという女店員です。
怪人を引き寄せる性質があり、
とうとう別の人格を出しました――
【帆村虹人】
別な人格ですか……
二重人格者の戦術的考察――
そんな論文が大使館にありましたよ。
【式部丞】
それは独逸ドイツでの研究ですか?
【帆村虹人】
独逸ドイツ大使館にあるのだから、
きっとそうでしょうね。
僕は独逸ドイツ語には暗いのですが。
【式部丞】
別人格の時には腕力わんりょくが倍増したり、
知らない外国語を話したり、
宇宙物理の難問を解いたりします。
【帆村虹人】
つまり、その人じゃない能力が
発揮はっきされることもあるわけですね。
【式部丞】
彩女あやめ君は千紘ちひろと名乗っていました。
その名前、店で見かけました――
メモに残されていたのです。
【帆村虹人】
でも彩女あやめさんでいるときには、
千紘ちひろのことはわからない――
そうなんですね?
【式部丞】
おそらく、そうですね。
今は彩女あやめ君ではなく千紘ちひろを探す、
そのほうが合理的ごうりてきです。
私は若松町から筑土八幡つくどはちまん辺り、
牛込うしごめ区を中心に探します。
お二人は四谷よつや近辺をお願いします。
【帆村虹人】
わかりました。
風魔ふうま四谷よつや方面だ、行こう。

〔四谷街路〕

【帆村虹人】
ユーゲントというホムンクルス、
かなりの数が日本に留まるようだ。
一部はフォス大佐と渡満したけど――
彼らは新しいシュタインを使っているよ。
AGKアーゲーカーのフェラー所長が開発した、
自律係数を変化させるシュタインらしい。
フェラー所長は大型波動グローサベッレも開発した。
ヘーゲンはそれを使いたがるけど、
ユンカー局長は猛反対している――

でもな……
不思議な事があるんだ――
ユンカー局長とヘーゲンについてだ。
反目する二人、銀座で見たんだ。
ブレーメという洋食屋から出てきた。
二人して笑いながらねだよ……
二人は日劇の前で別れた。
僕はユンカー博士の後を付けたんだ。
円タクを拾ってね――
でも青山一丁目で陸大の行進があり、
僕の円タクは身動きできなくなった。
博士の円タクは信濃町しなのちょう方面に行った。

さて、僕はアーネン巡視パトロールの続きで、
牛込見附うしごめみつけから上野広小路へ向かう。
お前は公務を続けるんだろ。
世に在る、世に在らぬ、それが悩み。
坪内逍遥つぼうちしょうよう沙翁さおうハムレットの一節だ。僕もまったく同じ心境だよ。
踏み出す一歩は見えているのだが、
躊躇ちゅうちょという懶惰者らんだものが邪魔をする。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
東京憲兵隊本部に向かってください。
大きなセヒラを観測します!!

〔東京憲兵隊本部〕

玄関前に2名の立哨、それに一人の将校がいた。

【式部丞】
彩女あやめ君らしきを乗せた、
円タクの運転手が見つかりましてね。
一ツ橋ひとつばしの憲兵司令までと――
先に着いた形跡はないですね。

【召喚小隊悪王子あくおうじ一等兵】
怪人の一軍が向かってきます。
立ち去ってください!
【召喚小隊神水くわみず二等兵】
ここは我々で対処します。
歩三、歩一の枠を超えた共闘です!

その時、着物姿の男がやって来た。

【召喚小隊月夜野つきよの少尉】
貴様!
立ち入りはならぬ!!
【九段の客】
呼ばれて来たんですよ、
そんな目でにらまないでください。
【召喚小隊月夜野つきよの少尉】
ここにいてはいけない、
早く立ち去れ!!

着物の男は全身にセヒラをまとわせ、風魔を見据えている。

【九段の客】
新宿は東海館での幻燈会げんとうえに参加し、
素晴らしい体験をしたのです。
三軍少尉の手鏡には、
白いドレースの少女が映ったのさ!
その少女は手鏡から少尉をいざなう。
少尉は手鏡をかざしたまま高地へ――
その時、敵弾が飛来する。
少尉は胸や腹を八発も撃たれる。
血のあぶくを吐きながらも、
少尉はとても幸せそうだったとさ!
ウハハハ~
私も愈々いよいよ完成の領分に来たな!!

《バトル》

【九段の客】
割れた手鏡には、笑う少女の顔が……
その眼は真紅しんくに輝いていたそうだ!!
ウハハハハハ~

着物の男が倒れ、やがてセヒラとなり消えた。

【召喚小隊月夜野つきよの少尉】
お見事でした、中尉。
怪人ははなから中尉を捕捉ほそくしており、
どうすることも――

【着信 喪神梨央】
今の怪人も、さっきの霞町かすみちょうの怪人も、波形がすごく安定していました。
ほとんど真円しんえんでした――
怪人になるべくしてなっている、
そんな感じです――
あっ――

着物の男と同じ方向から彩女がやって来た。

【式部丞】
彩女あやめ君!
――あ、いや……
君は……
【千紘】
怪人を引き寄せる力、
僕のじゃないよ。
元の人格、周防すおう彩女あやめのものだね――
フフフ――
なかなか便利な力だ。
使わせてもらうことにした。
【式部丞】
君は彩女君を取り込んだのか?
――そうなのか?
【千紘】
僕は僕だよ――
取り込むとか取り入るとか、
そういう話はどうでもいい。
周防彩女という女の、
その静謐せいひつな湖の底に沈殿ちんでんした、
それが僕なんだよ。
僕は響き合うためにここに来た。
【式部丞】
響き合う……
誰と響き合うのだ?
――もしや……
【千紘】
君たちが芽府めふ須斗夫すとおと呼ぶ存在だ。
彼はメフィストフェレスだ、
その転生した存在だ――
【式部丞】
メフィストフェレス……
独逸ドイツのファウストに登場する悪魔だ。
伝説上の存在でしかない。
【千紘】
それがどうしたの?
伝説だから? 造り物だから?
みんな造り物だよ――
君たちだって造り物さ。
悪魔もそうさ、はどうなんだい?
究極の造り物だろ?
僕は残りの言葉を知りたい。
造り物の悪魔がく言葉だよ。
さぁ、始めようか!
戦うんだ、怪人共!!

千紘の声に応じるかのように、2名の怪人が走り来た。召喚小隊の兵2名がこれに対峙するも、セヒラ濃度が急上昇して、見る見るうちに一抱えもある巨大な球になった。

【着信 喪神梨央】
セヒラ急上昇!!
退避してください!

セヒラ異常の発生である。セヒラの球が急速に巨大化して、辺り一帯を飲み込んでしまった――
やがて収束すると、地面に倒れる彩女と召喚小隊将校の姿があった。式部が彩女の傍へ駆け寄る。

【式部丞】
セヒラ異常が発生したのですね。
複数の怪人が戦ったせいで……
彩女あやめ君……
大丈夫かい……
今は……なんだろ……
喪神もがみさん、私は彩女あやめ君を……
蛭川ひるかわ博士の所在しょざいも聞き出さねば。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
辺りのセヒラは消えています。
ただ帝都満洲にセヒラのかたまりが……
はらえのにおいでください。

〔祓えの間〕

【新山眞】
またもや帝都満洲にセヒラのかたまりです。今度は碑文谷ひもんや大連ダイレン界隈かいわいです。
こうも何度もセヒラ異常が続くと、
帝都と帝都満洲をつらぬく新しい穴が
生まれるかもしれません。
穴のこと、独逸ドイツ人らはロッホと呼び、
以前から、調査をしていました。
今から七年前のこと、
昭和三年の冬でしたね。
まだ山王さんのう機関ができる前です。
ちょうど、目黒区碑文谷ひもんやあたり、
それと伊豆の修善寺しゅぜんじでです。
結局、ロッホは見つかりませんでした。
彼らは憶測おくそくを含めて、
一本の論文を発表しています――
それが日 本 に お け る 重 力 の 穴 の 調 査、フアション デ ロヒャ デ シュベアクラフト イン ヤーパン
頭文字でFLSJ論文と言います。
喪神もがみさん、
それでは準備はよろしいですか?
向かうは碑文谷ひもんや大連ダイレンです。

風魔はゲートを抜け、帝都満洲鉄道あじあ号の展望車に乗り込んだ。すぐさま列車は走り出した。

【満鉄列車長】
毎度ご乗車ありがとうございます。
本列車、只今ただいま碑文谷ひもんや大連ダイレン行きです。
碑文谷ひもんや大連ダイレンに、大きなわだかまる存在があるようです――
碑文谷ひもんや大連ダイレンまでは、
とどこおりなく運行していまいります。

碑文谷ひもんや大連ダイレン

碑文谷ひもんや大連ダイレンは恐怖の色に染め抜かれていた。累々たる白骨は恐怖が生み出した存在であろうか――
帝都では東横電車碑文谷ひもんや駅から南へ進んだ、目黒競馬場跡にほど近い住宅地が照応している。

【Y二等兵アストラル】
歩一三〇八小隊のうち、
十八名がここに集しているものと
思われます。
金沢かなざわ曹長、岡山おかやま軍曹は、
自分、確認しております。

【O軍曹アストラル】
山口やまぐち二等兵とは話しましたか?
彼が咄嗟とっさにここへ導いてくれました。
防疫研ぼうえきけんで何が起きたのか、
よくわかりません――
巨大な影が現れ、その瞬間に、
気を失ったのです。
一度だけ、目覚めました――
その時は目黒の権之助坂ごんのすけざかくだって、
目黒川を渡る最中でした。
そこでまた自失したのです――

これらアストラルは防疫研で姿を消した308小隊隊員のようである。

【N少尉アストラル】
防疫研ぼうえきけん巡察じゅんさつ、いざ本丸という段に、異変が生じたのです。防疫研ぼうえきけん軍閥ぐんばつの機関といううわさもあり、これ以上、看過かんかできない存在でした。
ですが、似たような謎の機関、
市内にいくつか存在しています――
歩一の九頭くず中尉は研究熱心ですね――
中尉の隊に向島むこうじま出身の将校がいます。その将校いわく、荒川あらかわ沿いに建つ帝国モスリンの工場では、
出入りする職工を見ないのだとか。
九頭中尉は大いに興味をそそられ、
帝国モスリンについて、
いろいろ調べられたようです。
中尉は、その工場では、
なるものを製造しているのだと、
そうお考えのようでした。

【K曹長アストラル】
自分、九頭中尉に頼まれ、
帝国モスリンの工場を見に行き、
なるほどと合点がてんしたのです。
巨大な四本の煙突からは、
盛大に煙が出ているのですが、
工場は高いへいで囲まれているばかり。
朝も夕も、出退勤の職工は、
誰一人として見かけませんでした。
へいの周りを一周したのですが、
出入口一つないのです!

【F一等兵アストラル】
防疫研ぼうえきけんの他にも、
実体の不明な組織がある、
そういう話です。
ゼームス師団、渋谷憲兵大隊、
戸山とやまの砲工学校も怪しいです。
新型の導弾ミサイルこしらえる等と言います。
私たち三〇八小隊では、
独自の調査を開始しようと――
その矢先、皆が自失したのです。
――
何かあるのですか、千葉ちば曹長!

【C曹長アストラル】
またアレだ――
アレが来るぞ!
すぐそこだ!!

小隊アストラルたちは一斉に逃げてしまった。

【N少尉アストラル】
つい先日、我々とは異なる、
強い力を持つ存在が現れました。
兵のうち、何名かが飲み込まれ、
存在を消したのです。
――皆、怖れています……
私もこれにて失敬しっけいします!

そう言い残し、最後に残ったアストラルも去る。
そこへ4体のアストラルがもつれ合いながらやって来た。一人の人間の思念が分化したようである。

【H博士アストラル1】
周防すおう彩女あやめは病的な二重人格者です。
普通、二重人格では相手がもたらす
きょいて別人格が表出します。
それがいわゆる人格変換です。
しかし千紘ちひろは彩女を操り、
みずからの意志で表出した、
そのようにも思えます――

【H博士アストラル2】
気が付くと夕暮れでした――
私は人形町の電停にぼんやりと佇み、
電車を何本もやり過ごしていました。
その前は市谷台町いちがやだいまちの自宅、
洋式にしつらえた客間にいたのです。
自失する前のことです。
回教様式の浮彫レリーフを施した柱。
葡萄牙ポルトガル大理石でできた大きな暖炉。
――彩女さんの休む部屋です。
彼女は長椅子ながいすに横になっていました。

【H博士アストラル3】
彩女さんは靴下くつした素足すあしでした。
スカァトがまくり上がり……
私の頭にある一節がよみがえりました。

マシマロオでこしらえた脚。
清らかなメロディを流した脚。
青草を踏んでじなき脚。
食べてしまいたくなる脚。
いつまでもでていたい脚――

【H博士アストラル4】
こんな一節も浮かびました――

私は真っ白な女の素足の
こぼれて居るのをながめていた。
その女の素足は私にとり、
たっとき肉の宝玉ほうぎょくであった。
拇指おやゆびから起こって小指に終る繊細せんさい
五本の指の整い方、
絵の島の海辺でれるうすべに色の
貝にもおとらぬつめの色合い、
たまのようなきびすのまる
清洌せいれつな岩間の水がえず足下あしもと
洗うかと疑われる皮膚ひふ潤沢じゅんたく――

あゝ、あゝ、あゝ……
ついに私は無我むがち、
その素足に触れてしまった!!
その瞬間、全てが消え、
私は飛んでしまったのだ!!
ヒィィィィィ~

《バトル》

【H博士アストラル4】
あの足こそは、
やがて男の生血いきちふとり、
男のむくろをみつける足である!!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝都にセヒラが噴出ふんしゅつしました!
セヒラの強い流れです!
至急しきゅう、お戻りください!

〔山王機関本部〕

【九頭幸則】
遅かったな、風魔ふうま
【喪神梨央】
帝都満洲と帝都とで、
時間の進みがずれ始めているのです。
【九頭幸則】
そうなのか――
昨日、帝都に生じたセヒラの流れ、
一ツ橋の憲兵司令に向かったんだ。
【喪神梨央】
まるで芽府めふ須斗夫すとおが、
セヒラを呼び込んだようにです。
今は収まっています。
【九頭幸則】
ヒククアケ――
予言が語られたそうだけど、
何のことやらさっぱりだな。
【帆村魯公】
式部しきべ氏とも話したのだが、
ヒククアケ――
明けというのは明け方のことじゃろ。
【喪神梨央】
それじゃヒククとは何でしょう?
【帆村魯公】
うーむ、
その、ヒククという言葉がきもだな。
【九頭幸則】
ヒクク……ひくく……
もしかして、
太陽が低くなるということでは?
【喪神梨央】
低くなる……
低くなる明け方……
それって冬至とうじのことですか?
【帆村魯公】
ほう!
そうかも知れんな!
――冬至とうじか……
【喪神梨央】
芽府めふ須斗夫すとおは、
冬至とうじの朝のことを言ったのですか?
【帆村魯公】
今年の冬至とうじはいつだ?
十二月の何日だ?
それもふくめて、中尉、
中野気象部に一っ走り頼む。
こよみのことを知りたい。
【九頭幸則】
電信でんしん第一連隊の気象班のことですね。
冬至とうじとその近辺のこと、
教えてもらってきます。

そう言い残し、九頭は本部を後にした。

【帆村魯公】
周防すおう彩女あやめ女史じょしは青山の脳病院だ、
あそこなら精密に検査もできる。
まだ意識は回復しないそうだが……
【喪神梨央】
青山脳病院、斎藤さいとう茂吉もきちが院長です。
世田谷せたがやに本院を移し、
青山のは分院となっています。
病院で、また蛭川ひるかわ博士みたいなことにならなければいいのですが。
【帆村魯公】
そのことだが……
彩女さんの第二人格が博士をほだした、
そうも考えられるぞ。
博士はアストラルになり、
結果、強いセヒラを生じて、
予言が語られたわけだしな。
【喪神梨央】
彩女さん……いや千紘さんの、
足を触ったりしたら、
飛ばされますよ、絶対に。
――幸則ゆきのりさん、大丈夫かしら……
彩女さん、病院なんですよね?
【帆村魯公】
病院には歩一の兵二個小隊が駐する。
元召喚小隊からも増援が来ておる。
病院を抜け出したりはできんだろう。

第七の予言の解明にはこよみの知識が必要だった。山王さんのう機関では冬至とうじの朝のことであると、暫定的ざんていてきに解釈していた。それに続くであろう、いわばしもはまだ語られていなかった。