第九章 第二話 結晶

青山新京シンキョウに向かうべく帝都満洲鉄道の駅へ。満鉄列車長は何かにおびえている様子だった。

【満鉄列車長】
何か普段とは違うのです――
どう申せばよいでしょうか?
ですが、原因はわかっています!
機関車です、あじあ号をく機関車。
帝満パシナ形ではあるのですが、
昨日乗務したのは別物でした。
得体の知れない何かであり、
名状し難いものであったのです。
どうも背筋がスーッとするのです。

でも、ご安心ください。
今は大丈夫です――
当列車、青山新京シンキョウにまいります。

〔青山新京〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
式部しきべさんに代わりますね。
彩女あやめさんのこと、心配されています。
【着信 式部丞】
さっきはなんとか切り抜けましたね。
お七やお熊……長年堆積たいせきした思念、
あんなふうに現れるのですね。
さて、彩女君ですが、いや……
千紘ちひろ、自分が何者かわかったと、
そう言っていましたね。
芽府めふ須斗夫すとお君と――
それに吉祥院きっしょういん……
【着信 喪神梨央】
レンザです。
吉祥院蓮三郎きっしょういんれんざぶろうです。
彼は元は悪魔でした――
【着信 式部丞】
悪魔が人間に転生しようとした――
芽府めふ君も同様とするのなら、
千紘ちひろも何か出自があるのかもです。
彩女君のこと、
少し調べてみようと思います。

交信の後、一体のアストラルが近寄って来た。引かれるように別の3体も姿を見せた。

【旅行者Sアストラル】
わて、大阪からな、来たんやけどな、
えろうよろしな、新京シンキョウ
さすが満洲帝国国都でんがな!
夜にな、チィ~トな、羽目はめ外そ思て。
ほなな、書館しょかんの表出しよんねん!
表の上に書館一覧て書いたぁる――
阿呆あほか、のろけか、何さらてんねん!
何で本屋行かなあかんねんちゅうて、
案内の支那シナ人どやしつけたんや!
そしたら、あんた、
一流の芸妓げいぎ屋は書館やねんて!
そう言うのが満洲流儀やそうや。
なんやら書館が一流のとこでっせ。
二流はなんやら班、
三流はなんやら堂、そう言うんやて。
ほな書館行って楽しみまひょかな、
開盤子カイパンズて言うんでっしゃろ!
うずくわ、うずくわ、うずいてきたわ~

【入植者Hアストラル】
大同だいどう大街を下って、西公園の南、
関東軍司令の建物、
もうすっかり出来ていますね!
大通りの西が司令本部、
東が新京憲兵隊司令部だそうで。
年末には引っ越し終わるそうです。

【露西亜人Pアストラル】
ここシンキョウはロシヤ人には、
ちょっと住みづらいですネ!
その点、ハルピンはいいですヨ!
ソフィースキー寺院とかネ、
キタイスカヤとか……
モストナヤ、ボレワヤ――
ロシヤ人に馴染みの町がたくさんネ!
ワゴロドナヤのホテルボストーク!
でもここ、かなり違いますネ。
ヒノデ、イズミ、フヨウ、ニシキ……
皆、日本的な町ですネ!

【大学生Kアストラル】
南広場の新京シンキョウ放送の隣にあるのが、
あの興亜日報なんだね!
ああ、憧れるなぁ……
僕もね、絶対に敏腕びんわん記者になって、
特報記事を発表するんだ!
興亜日報、
メールボーイを募集するから、
応募してみようかな!

【着信 喪神梨央】
普通に新京シンキョウにいる人たちの
アストラルですね。
セヒラ反応はありません。

風魔は先の街区へと進んだ。そこでは2体のアストラルが会話をしていた。

【D次郎アストラル】
ここは……青山ニャ?
――なんだか頭がムズムズするニャ!
さっき赤坂で、
懐かしい名前聞いたって、
S次郎が言ってたニャ!

そうだニャ、S次郎!
【S次郎アストラル】
万世橋まんせいばしの商家、古賀こが――
懐かしいニャ!
【D次郎アストラル】
S次郎、お前、山王さんのうあたりに来る前、
万世橋まんせいばしの辺にいたかニャ?
【S次郎アストラル】
そうニャ! そうニャ!
トラックの荷台で寝てたら、
溜池まで連れてこられたニャ。
【D次郎アストラル】
それでお前は、
古賀って家に飼われてたのかニャ?
【S次郎アストラル】
そうニャ!
古善ふるぜんて屋号のコークス問屋だニャ。
看板にFURUZENとあるニャ。
創業者が一郎というニャ。
四代目は娘婿むすめむこで、喜一というニャ。
善と喜で縁起がいいってニャ!
でも喜一はアレルギーが酷くて、
コークス扱えないニャ!
それで篆刻師てんこくし鞍替くらがえしたニャ。
篆刻師てんこくしになってから容山ようざんという、
雅号がごうを持ったニャ。
古賀こが容山ようざんだニャ――
【D次郎アストラル】
今、古賀容山はどうしてるニャ?
【S次郎アストラル】
万世橋まんせいばしにはいないニャ。
奇石を探しに長野に出かけたまま、
帰ってこないニャ。
【D次郎アストラル】
残された奥さん、
さぞかし大変だろうニャ!
【S次郎アストラル】
あすこの奥さん、変わり者だニャ。
深水ふかみ察智ざっちという卜占師ぼくせんしの言うなりに、
娘を修善寺しゅぜんじの旅館に預けたニャ!
容山には双子の娘がいたニャ。
預けられたのは姉の方ニャ!
二人は生き別れになったニャ。

【D次郎アストラル】
ん?
ニャんか感じるニャ!!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、急上昇しています。
すぐ近くです!!

【D次郎アストラル】
おいらたちも失敬するニャ!
S次郎、行くニャ!

2体のアストラルはさーっと左右に去った。
風魔は先へ進んだ。そこには大穴が開き、セヒラが盛大に吹き出していた。

【着信 喪神梨央】
ものすごいセヒラです!
ここは一時撤退てったいしてください!!

交信が終わるや穴から吹き出すセヒラが一段と濃くなった。すべてがセヒラに呑まれそうになった刹那、急にセヒラの噴出が止んだ。
穴の前に月詠麗華の姿があった。風合は麗華の前に歩み寄った。

【月詠麗華】
風魔ふうまさま……
お久しぶりです。
新京シンキョウ神社にある井戸に降りたのです。
運河で東京に繋がっていると、
そう教えられました――

【着信 喪神梨央】
麗華れいかさん!?
麗華さんがおいでになったのですね!
帥士すいし、セヒラは観測しません。
麗華さんと一緒に、
帰還してください。

【月詠麗華】
でも……
まだここは帝都ではありませんね。

麗華の後ろに仮面の男がゆっくりと降りてきた。仮面の男は大穴の上に浮かんでいる。

【仮面の男】
よくぞ戻れたな、月詠つくよみ麗華れいか――
さぁ、決意したのなら私と組み、
より大きな力を得ようではないか。
純粋なる戦いに燃焼するのだ!!

仮面の男の呼びかけにも麗華は答えない。麗華は風魔をじっと見据えたまま言う――

【月詠麗華】
私はまだ不完全なのです――
古式東雲しののめの奥義を継がねばならず、
こうして戻ってまいりました。
【仮面の男】
二人の迷える子羊たちが、
この道を開いてくれたのだ。
お前のための道だ。
さぁ、二本の柱の消えぬうちに。
柱が消えるとお前はまた新京シンキョウだ。
あの町に戻ることになるぞ――
月詠麗華よ――
整えて私に立ち向かうのだ。
それが最善の方法だ。

周囲の風景が滲みながら消え暗転した。暗闇の中に月詠麗華が立っている。その背後に仮面の男が立つ。

【仮面の男】
私は特別な力を得ている。
それは古の結晶アルツケアンという。
太古の昔、北アジアに堕ちた隕石いんせき
まさにアルツケアンだ――

麗華は風魔を見たまま仮面の男の言葉を返す。

【月詠麗華】
――隕石……
【仮面の男】
不思議の結晶、そして学者は言う、
転生の結晶だと――
メントロピー現象が生起する!
AGKアーゲーカーのフェラー博士は、
私にアルツケアンを用いた!
ウハハハハ~
アルツケアンは実に不思議だ――
結晶は私の前で気体となり、
今や私の体に染み渡っている!
【月詠麗華】
――結晶……気体……
【仮面の男】
アルツケアンによって、
私は転生の途上とじょうにある!
さぁ、私を完成させてくれ。
お前の戦いのすべてを披露ひろうするのだ。
それで私はアプシュロスを目指す!
永遠の存在となるのだ!!

麗華と風魔の間に光が現れた。それは稲妻のような光だった。やがて光は一抱えほどもあるセヒラ球を作った。セヒラ球から放たれた光が麗華と風魔に届く。二人の体が発光を始めた。

【仮面の男】
何故だ!?
月詠……麗華……
お前は何をしたのだ!
うわぁぁぁぁぁ~

セヒラ球がひときわ大きくなり、周りを呑み込んでしまった。
すぐにセヒラ球は収束し、元の暗闇に戻った。仮面の男も麗華も消えていた。
そこへ山郷武揚が現れた。それは実体ではなく思念的な存在のようである。

【山郷武揚】
二つのアルツケアンが出会えば、
未曾有みぞうのセヒラ場が生じる――
失われた支族しぞくすえは、
必ずや引き寄せられるだろう。
――どこにいようともだ。
どちらかがたおれるか、
あるいは共倒れになるか……
とうと犠牲ぎせいというやつだな。

山郷は揺らぎながら消えた。
周囲に光が戻った。そこは先程と同じ青山新京、大穴の前である。何事もなかったかのように穴の前に麗華がいた。そして2体のアストラルも現れている。

【関東軍軍人Sアストラル】
あろうことか、関東軍特務部が、
黒幇フェイパンに襲撃された!
まだ関東軍司令部の移転前だ、
警備も手薄であったに違いない――
しかし、特務部に何の用がある?
あそこは満蒙まんもうの経済政策を担う部署。
半数が民間出身の軍属じゃないか!
【支那人Rアストラル】
関東軍特務部を襲ったのは、
牛頭ごず機構にやとわれた黒幇フェイパンの連中だ。
何かの特務機関と勘違いしたらしい。
奴ら、考える前に行動に出るからな。

【着信 喪神梨央】
麗華さん、まだおいでなのですか?

着信がきっかけなのか、いきなり麗華がアストラルを突き飛ばして走り去った。

【着信 新山眞】
仮面の男がセヒラの道を開き、
麗華さんを導いたのです。
それを知っていた山郷やまごうは、
仮面の男を利用したわけです。
おそらく麗華さんにも、
アルツケアンが取り込まれている、
そう考えて良さそうです。
アルツケアンについては、
アーネンエルベの記録を調査中です。
山郷がどう入手したのかも。

【着信 喪神梨央】
すぐ近くに巨大なセヒラです。
麗華さんではありません、
何か別のもののようです!

風魔は踵を返して大穴を背にした。
進んだ先に大型のアストラルが風魔を待ち受けていた。

【メカノフィリアアストラル】
とうとうなれた!
機関車だ、パシナ形だ!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
メカノフィリアです!
聞く耳持たないようです――

【メカノフィリアアストラル】
全長二十五・六七五メートル
全幅ぜんぷく三・三六ニメートル、全高四・八メートル
全重量ニ〇三・三一トン
日本最大、ニメートル動輪どうりんで、一万五千八百五十トン牽引力けんいんりょく
うははは、どうだ、パシナ形だ!
満蒙まんもう沃野よくやを駆け抜ける!
何人なんぴとたりとも邪魔はさせん!!

《バトル》

【メカノフィリアアストラル】
東より~ 光は来る~
光をのせて~ 東亜とうあの土に~
使いす我等われら我等われらが使命~

あああ、俺はパシナ形だ――
だがもう保てない!

【着信 喪神梨央】
今のメカノフィリアは、
本物のパシナ形に心を寄せたのです。
あじあ号、この九月に京浜けいひん線にまで運転区間が延伸えんしんされました。
でも新京シンキョウ哈爾浜ハルピン間の牽引けんいん汽車は、パシナ形ではありません。
線路が弱くて走れないのです――
【着信 新山眞】
先程の山郷やまごう武揚ぶようの思念、それに影響を受けた波形があり、吉林キツリン延吉エンキツ図們トモンで観測します。
まずは広尾吉林キツリンへ――
向かってみてください。

風魔を乗せた帝都満洲鉄道あじあ号は一路広尾吉林を目指した。

【満鉄列車長】
パシナ形になりきっていたのですね。
取り除いていただき感謝します。
もう不安はなくなりました。

さて、当列車、間もなく、
広尾吉林キツリン、広尾吉林キツリンに到着です。

〔広尾吉林〕

【満人Fアストラル】
関東軍の連中、
日本語で話せばいいものを、
変な支那シナ語使うから混乱する!
你是打那兒来的ニーシーターナールーライテ――
お前はどこから来たのか?
你要打算上那兒去 ニーヤオターソアヌシャンナールチュイ――
お前はどこへ行くつもりか?
連中、軍にて支給された、
新々実用支那シナ語会話という本を使う。
あまり実用的ではないな!

【関東軍軍人Hアストラル】
隊の中からも何人かが、
牛頭ごず機構に加わるという。
すでに内地では特別な力を発揮はっきする
会員もあるらしい――
だがな、私としては、
頭目とうもく山郷やまごうという人物、
どこか信用ならんのだ!

【拓殖者Kアストラル】
吉林キツリンの町角に、
牛頭ごず機構のポスタアが貼ってあった。
勇躍ゆうやくして征途せいとけ!
どこにいくさに出るつもりだ?
そもそもあの頭目とうもく山郷やまごうという男、
この間、満人の豆タク運転手を、
ひどい剣幕けんまくで怒鳴りつけていたぞ。
あれは人をく器じゃないな!

憤るアストラルを見ていた一体が何かに気付いたように風魔の前を通り過ぎた。

【満人Fアストラル】
おお、郎平ランピンがいるのか?

風魔はそのアストラルを追った。

〔広尾吉林〕

先程のアストラルと思しき一体が別のアストラルと話していた。

【満人Fアストラル】
おい、郎平ランピン、お前だろ?
【満人Rアストラル】
くそったれ!
あの日本人、道を間違えただけで、
俺を怒鳴りつけやがった!
まるで虫けらみたいに言いやがった!
【満人Fアストラル】
どう間違えたんだ?
【満人Rアストラル】
一本筋を間違えただけだ。
ちゃんと着けたんだ!
支那シナ人の糸屋にな。
【満人Fアストラル】
支那シナ人の糸屋か……
満蒙絲線まんもうシーチェンという店だな?
【満人Rアストラル】
ああそうだ!
日本人も支那シナ人もクソッタレだ!
【満人Fアストラル】
あそこは柞蚕糸さくさんしを扱う糸問屋だ。
北支ほくし原産の柞蚕サクサンだな――
社長は好文海ハオウェンハイと言ったな。
【満人Rアストラル】
詳しいじゃないか、お前!
【満人Fアストラル】
新聞で読んだ。
白黄斑山繭シロキマダラヤママユという希少種の、
人工飼育に成功したらしい。
【満人Rアストラル】
あの日本人、俺に言ったんだ!
你要跑我就打你ニーヤオパオウォーユターニー――
お前が逃げようとすれば打つぞ!
【満人Fアストラル】
柞蚕サクサンというのは山繭蛾ヤママユガの仲間だ。
日本の絹、家蚕糸かさんしには劣るが、
独特の野趣やしゅがあるんだ。

【着信 喪神梨央】
彼らの言う日本人とは、
おそらく山郷のことかと思われます。
山梨やまなしで山郷絹糸けんしを営みます。
でも今は何も観測できません。

交信後、一体のアストラルがやって来た。そして風魔の前で止まった。

【牛頭機構構Aアストラル】
もしかすると新京シンキョウには何もない、
そうじゃないのか?
山郷さん、あの支那シナ人の糸屋に、
言いくるめられているんじゃ……
あの糸屋、いけ好かない奴だ。
奴の野蚕やさん、あのみょうな黄色いだ、
それらが伝染病になって、
今年は全滅したという――
山郷さんを拝み倒して、
山梨の甲斐絹かいきを調達しやがった。
野蚕やさんとは大違いだ――
吉林キツリン延吉エンキツ図們トモン
どの町にも奴の店はあるが、
N計画なんて影も形もない!

そこまで言うとアストラルは去って行った。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
高輪延吉エンキツでセヒラ反応です。
波形も観測します。
高輪延吉エンキツに向かってください。

高輪延吉に向かうべく風魔は満鉄に乗り込んだ。

【満鉄列車長】
今、この帝都満洲は、
実際の満洲の町と対になっています。
次の高輪たかなわ延吉エンキツも、
実際の延吉エンキツに繋がるようです。
間もなく、高輪延吉エンキツ
高輪延吉エンキツに到着です。

〔高輪延吉〕

【鮮人Dアストラル】
昌京チャンギョンったら目の色変えてたわ!
ハオの店で日本の絹糸を扱う、
その話よ、そりゃいい品よ、きっと!
いつもの野蚕やさんじゃね、
晴れ着は作れないもの!

【支那人Qアストラル】
今年はまいったな!
ハオ社長の白黄斑山繭シロキマダラヤママユが全滅だ。
斑僵病まだらきょうびょうだってさ!
白黄斑シロキマダラだけがかかる伝染病で、
かいこかびが繁殖して固くなってしまう。
そうなると蚕糸さんしは見込めない――
【支那人Lアストラル】
まぁ、でも、日本の山郷やまごうさんが、
甲斐絹かいきを三トンも送ってくれて、
今年も商売続けられるな。
【支那人Qアストラル】
ハオさん、資金底ついて、
あの変な石ころ売ったんだろ?
【支那人Lアストラル】
ん? 回族から買ったという石か?
いや、石それ自体を渡したそうだ。
【支那人Qアストラル】
ええ? そうなのか?
石を渡した――
甲斐絹かいきの支払いにてたのか?
【支那人Lアストラル】
山郷さんは石がいいと。
正確には不思議の結晶と呼ぶらしい。
【支那人Qアストラル】
何が不思議なもんか!
まぁ、でも、お陰で日本製の、
いい蚕糸さんしが手に入ったわけだ。
俺達も路頭ろとうに迷わずに済むな!

【着信 喪神梨央】
不思議の結晶ですね、
さっきも出ましたね。
アルツケアンのことでしょうか……
とすると――
山郷もアルツケアン持っていた、
そうなりますね!

〔高輪延吉〕

風魔の進んだ次の街区で、三体のアストラルが言葉を交わしていた。

【牛頭機構Gアストラル】
山郷さんは僥倖ぎょうこうを得た、
そう仰っていたな。
【牛頭機構Mアストラル】
中央郵便局の帰りだそうだ。
新京シンキョウ神社のところで声をかけられた。
――月詠つくよみ麗華れいかにな。
【牛頭機構Cアストラル】
何で山郷さんとわかったんだ?
そんなに二人は昵懇じっこんの仲だったのか?
【牛頭機構Gアストラル】
互いに見たことはある程度だと……
だからこそ、僥倖ぎょうこうなんだよ。
【牛頭機構Mアストラル】
山郷さん、茶の器を持っていたって?
交趾焼こうしやき香合こうごうふところに入れていて、
月読麗華はそれで気付いたんだとか。
【牛頭機構Cアストラル】
だとするとすごい勘だな!
【牛頭機構Mアストラル】
鮮やかな黄色の亀の香合こうごうだ。
鍵をたばねるのに使っていたらしい。
もとは久遠くおん流の茶道具だ。
【牛頭機構Gアストラル】
月詠麗華も茶の道にいる。
それで香合に引き寄せられた――
山郷さんにすりゃ僥倖ぎょうこうだな!

三体のアストラルは互いに近寄った。

【牛頭機構Cアストラル】
俺たちも少しは勘が働く。
そうだよな、おい!
【牛頭機構Mアストラル】
勘というか嗅覚だな、これは。
わかるんだ、臭いのが!
【牛頭機構Gアストラル】
魚の腐った臭いだな!
これが山王機関の臭いなのか?

そう言うや三体は合体した。合体して中型のアストラルとなった。

【牛頭機構関東会アストラル】
牛頭ごず会が牛頭ごず機構になり、
ここ関東で関東会を結成だ!
これは記念すべき初陣ういじん!!

《バトル》

【牛頭機構関東会アストラル】
何故だ?
新天地を求めて来たのに……
セヒラが足りないのか?

中型アストラルは爆ぜるように散った。

【着信 喪神梨央】
山郷が麗華さんに会っていた、
そうなんですね?
麗華さんが察知したんですね。
【着信 新山眞】
山郷は麗華さんに、
アルツケアンを処方したのです。
麗華さんが仮面の男にいざなわれている、
それを知って、二人を利用した。
そのように思われます。
アルツケアンのこと、
もう少し調べられますか?
好文海ハオウェンハイ図們トモンにいるようです。
彼ならアルツケアンについて、
よく知っているでしょう。
かい族から買ったそうですから。

風魔は品川図們を目指して満鉄の客となった。

【満鉄列車長】
図們トモンは満洲の南東にある、
朝鮮との国境の町です。
いろんな国の人が集います。

〔品川図們〕

【満鉄列車長】
まもなく品川図們トモン、品川図們トモン
当列車の終着です。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
強いセヒラを観測しました!
注意してください。

【支那人Dアストラル】
かい族が新種の柞蚕さくさんを発見した、
そんな噂があったんだ。
好先生ハオシェンシャンはそれに飛びついた。
好先生ハオシェンシャンをはるばる烏魯木斉ウルムチまで
案内したのは私だ――
だが新種のなんていなかった!
でも先生はすごく満足して、
新京に帰っていったんだ。

【支那人Wアストラル】
烏魯木斉ウルムチには独逸ドイツ人がいた。
何かを発掘するという。
彼らにかい人夫にんぷの手配を頼まれた。
それで手配したよ。
手配した人夫にんぷは全部で六人のかい族だ。
皆、独逸ドイツ風の呼び名が付いた。
俺が知るのは、
アヒム、ベンヤミン、カール――
フランクまでいたはずだ。
だがアヒムは死んだ。
不思議な死に方だったそうだ。
まだ少年だった――

【支那人Eアストラル】
うとうとしていると、
不意に独逸ドイツ語がするんだ。
五年前、図們トモンにいたからな――
そのときの何かなのか?

【着信 喪神梨央】
隣の街区に進んでください。
不思議な波形を観測します!

五年前に独逸ドイツ人の一団が、
図們トモンに滞在しています。
八人の独逸ドイツ人です。
その時の残留思念かも知れません。
何かわかるでしょうか……

【AGK研究員Fアストラル】
フンメル博士は不思議の結晶と呼ぶ。
なるほど、あの物性は謎だ。
果たして個体なのか気体なのか、
そのどちらでもあるのか……
発見時は結晶だった。
かい族の少年アヒムが、
身をていして教えてくれたのだ。

一体のアストラルが話し始めると、他のアストラルもそれに続く格好となった。

【AGK研究員Dアストラル】
アヒムは風邪を引き、
一人宿舎で寝ていた。
そばにアルツケアンがあった――
調査を終えてベンヤミンが戻ると、
アヒムは宿舎の壁一面に、
難しい数式をつらねていた。
急遽きゅうきょ、フンメル博士が呼ばれた。
博士はひと目見て、それが、
シュレーディンガー方程式だと、
そう見抜いたんだ。
人夫にんぷの少年が方程式を導出した。
驚くべきことだ――

【AGK研究員Vアストラル】
その夜遅く、アヒムは死んだ。
アヒムの寝台の下に、
アルツケアンが落ちていた。
昼にはなかったのだ。
アヒムがアルツケアンを取り込み、
変調を来たしたのでは――
フンメル博士はそう推論した。
幾度いくどかの実験の結果、
アルツケアンは揮発きはつすると判明し、
密封容器に厳重に保管された。
ある時は結晶、ある時は気体、
それがアルツケアンの物性だ。
アヒムは結晶気体を吸い込んだのだ。

【AGK研究員Jアストラル】
アヒムは学校に通わなかった。
だが勉強がしたくて仕方なく、
我々の調査団に参加したという――
フンメル博士は、アルツケアンを、
人を意志のままに変える結晶、
転生の結晶であると同定した。
勉強して身を立てることを望んだ、
かい族のアヒムを学者に転生させた。

【AGK研究員Uアストラル】
アルツケアンは二つ見つかった。
二つともドイツ本国に送られ、
アーネンエルベで解析されるという。
ユルゲン・フェラー博士は、
アルツケアンの存在を理論化した。
その理論が実証される時が来た!

5体の研究員アストラルは話した順に消えた。そこへ中型のアストラルがやって来た。

【満蒙絲線社長Hアストラル】
私はだまされたアル!
山郷にだまされたアルね!
そうだ、まんまとアルね!
一級品の甲斐絹かいきアルと?
嘘つくアル、あんなモノ三級品アル、
いや級外品アル、それ以下アルね!!
お前!
お前も山郷の一味アルか!
そうアルね!

《バトル》

【満蒙絲線社長Hアストラル】
儞説実話我不殺儞ニーショウシーホアウォプーシャニー――
お前が本当言えば私は殺さない!!

【着信 喪神梨央】
独逸ドイツ人アストラルによって、
アルツケアンのこと、
おおむねわかりました。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん――
今、青山墓地に穴が開いています。
でもセヒラは観測しません――
麗華さんの行方も知れないままです。
【新山眞】
アルツケアン、大体わかりました。
人の意志を現実のものにする、
そういう働きがあるようです。
フンメル博士は後に論文を発表し、
その中でメントロピーという言葉で、
この転生現象を定義します。
転化を意味する希臘ギリシャ語のトロフに、
メンシェンヒ トを接頭語として付し、
メントロピーとしたのです。
【喪神梨央】
では麗華さんも転生したのですか?
審神者さにわか召喚師として完成した?
麗華さんの意志ならそうなりますね。
【新山眞】
愈々いよいよ機根きこんを備えるようになった、
そうなのかも知れませんね。
山郷がたくらんだアルツケアンの衝突、
結局、起きませんでした。
【喪神梨央】
未曾有みぞうのセヒラ場など、
どこにも観測されていません。
【新山眞】
麗華さんはアルツケアンを、
よほど深く取り込んだみたいですね。
揺るぎないものを感じます。
【喪神梨央】
仮面の男は、
麗華さんを見くびっていたのですね。
【新山眞】
それなら山郷も同じですね。
【喪神梨央】
仮面の男の言ったアプシュロス――
これって卒業くらいの意味です。
さっき調べました。

兄さん――
帝都と帝都満洲で異なる時間が
進んでいます――
兄さんにとっての五日ほどが、
帝都では一月近くになります。
今、こよみは十二月になりました。

人の意志に沿う転生を引き起こす結 晶アルツケアン――
仮面の男も月詠麗華もそれを取り込む。
メントロピーは起きたのであろうか?

東経43度22分41秒、
北緯85度23分22秒――
独逸ドイツ人が結 晶アルツケアンを発掘した座標である。