アキラとレンザ 前編

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん……
ちょっと気になることがあります。
変わったセヒラ波形を観測しました。
日枝ひえ神社方面で、
これまで観測しなかった波形があり、
次第しだいに強くなっています。
どんな怪人とも召喚師とも違う、
見たことのない波形なんです――
公務ではないですが、
確認お願いできますか?

〔日枝神社〕

日枝神社――
溜池通から上る大階段を数名の参拝客が駆け下りていった。皆、一様に青ざめた顔をしている。階段の途中で着信があった。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ上昇しています!
怪人とおぼしきセヒラも混ざります。
警戒してください!

〔日枝神社境内〕

日枝神社の境内ではすでに怪人らしきが現れていた。左手に虚ろな目をした憲兵服姿。そして対峙するかのように西洋の軍服のような装束の若い男性。憲兵姿が全身にセヒラを纏う。おそらくそちらが怪人だ。そのとき一人の高女生姿の少女が走り込んできた。

【???】
あなたが――
山王さんのう機関の帥士すいしね!
だったら手を貸して!
レンザが押されてるのよ!

見ると西洋軍服を着た若い男性はセヒラをまとめようとするもうまくいかない様子だった。反面、憲兵怪人のセヒラはますます強くなっている。

【???】
ほら、早く!!
ああん、もう!!
レンザ!
将校怪人はこっちで引き受けるよ!

その声に憲兵怪人は風魔を捕えた。

【東京ゼロ師団西陣にしじん大尉】
山王さんのう機関は、
こいつらに加担かたんしているのか!
邪魔くさいことになったな!!
我々に何を求めるというのだ?
――いいだろう、問答はなしだ!
お前たちを我々の側に招待しよう!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
どうしましたか?
異常な波形が出ています。

憲兵怪人との戦いが始まった。互いにを召喚する。そこへ西洋軍服姿の男性の声が割って入る。

【???】
もうやきもきしちゃってなりませぬ。
このレンザ、いや吉祥院蓮三郎きっしょういんれんざぶろう
とびきりの調達しちゃいます!
少しでも帥士すいしさまの
お力になれれば――

戦が見えるのか、高女生の声も聞こえた。

【???】
レンザ!
気を付けて!
新手のが来たよ!!

【吉祥院蓮三郎】
――っと!
あれれ、今度は私が襲われそうです!
帥士すいしさま、武運長久ぶうんちょうきゅう祈ります!!

《バトル》

〔日枝神社境内〕

【???】
なかなか見事だったね!

【能海旭】
私は能海旭のうみあきら、こっちはレンザ――
吉祥院蓮三郎きっしょういんれんざぶろう……もう知ってるね?
さっきの将校、東京ゼロ師団という、
よくわからないところの連中さ。
とにかく私たちが目障めざわりみたい――
レンザ――
お前はだいぶ押され気味だったね。
【吉祥院蓮三郎】
いささか勝手が違いました、
あきらさま――
【能海旭】
いつもよりセフィラ――
あっ、いや、
セヒラが高かったというのかい?

【吉祥院蓮三郎】
セヒラの値だけが問題なのではなく、
何分その……乱れておりましたから。
激しく……激しく……
【能海旭】
うーん……
お前自身もセヒラを乱す要因、
そうなんじゃないのかい。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、解消しました。
見慣れない波形も消えました。
あの……
一体、誰と話しているのですか?

【能海旭】
帥士すいしさん――
聞いてくれる?
私は自由サーベラス学園という、
アメリカに本学のある女高じょこうのニ年生。
今は日本の分校に通うの。
学校はね、鈴蘭すずらん女学園の中にある。
生徒は六人だけ、先生も六人よ――
魔法のことを勉強している。
私たちの学ぶのは星辰せいしん魔法なの。
そらの星々から力を授かり、
様々なことを為すの――
私はまだ道半ばだけれど――
ある夜、部屋で不思議な事が起きた。
机の上のプランシェットが光をび、
部屋の天井に何かを映し出した――
私はプランシェットを、
とっさに払ったの――
プランシェットは床に落ちた。
そして部屋の壁に、
より大きな光を映し出した……
光はやがてもやのようになって消え、
中からレンザが現れたの。
彼は悪魔よ――
グリモワールにしるされた、
序列じょれつ七十番目の悪魔、セーレ――

〔日枝神社境内〕

【能海旭】
悪魔セーレが何かの拍子ひょうしに、
人間に転生しようとして失敗した、
私はその瞬間に立ち会ったらしいの。
何で私のところに来たのかな。
もちろん、私が呼んだわけじゃない。
【吉祥院蓮三郎】
それは私にもわかりません。
以前のことは綺麗きれいサッパリ……
消えてしまったのでございます。
【能海旭】
悪魔に寿命はないんだけれど、
転生にしくじった悪魔には、
寿命が定められているらしいの――
だから……
レンザをにすれば、
寿命はなくなる。
そして探したの――
【吉祥院蓮三郎】
はどこかで作られている――
旭さまはそうお考えなのです。
【着信 喪神梨央】
工廠こうしょうのことですね。
噂だけが先行しています。
兄さん、
お二人と一緒に、
山王さんのうホテルロビーに来てください。

〔山王ホテルロビー〕

山王ホテルロビー。左手、フロントカウンターにレンザが肘を付いてもたれている。旭と風魔は右手のソファー近くで機関本部から梨央の来るのを待つ。

【喪神梨央】
能海旭のうみあきらさんですね――
あちらが……レンザさん……
私、喪神もがみ梨央りおです。
喪神もがみ風魔ふうまの妹です。
山王さんのう機関の帥士すいし、喪神風魔です。
【能海旭】
――喪神……風魔……
そう言うのね、喪神風魔さん。

【喪神梨央】
あきらさんが戦っていた相手ですが――
【能海旭】
あきらって呼び捨てでいいよ、
梨央さん、年上なんだし。
【喪神梨央】
そうね……
でもあきらさんって呼ぶわ。
あきらさんたちの相手、
さっきの東京ゼロ師団……
あの連中は何なの?

【能海旭】
実体の不明な組織よ。
学園長のブレナン博士の説だと、
魔の力の影響を受けていると――
【喪神梨央】
魔の力……
それってセヒラじゃなくて?
【能海旭】
仮構かこうされた存在とでも……
実体はないけれど、皆が存在を信じ、
誰もそれを疑わないのよ。
【喪神梨央】
まるでたぬきに化かされでもしたみたい。
【能海旭】
私の通う自由サーベラス学園も、
本当は存在しない仮構かこうの学校よ。
【喪神梨央】
ええ、そうなの?
【能海旭】
日本では女学園を仮構かこうするけれど、
アメリカでは丸々仮構かこうなのよ。

十七世紀末に魔女裁判のあったセイラムでは、魔法や魔女に関する思念が強く残留している。
神智しんち学者のブレナン博士は、研究のためにその環境を利用して、学園をしたのだという。

【能海旭】
学園のこと、セイラム以外では、
誰もその存在を知らないの。
【喪神梨央】
日本に分校を置いたのは――
セヒラがあるから、そうじゃない?
【能海旭】
半分は正解ね。
もう半分は、この町にも、
仮構かこうの力が及ぶからよ。
仮構かこうの世界に通じている、
そんな私たちが脅威きょういなのね、連中は。

ホテル玄関から軽い足取りで九頭が入って来た。高女生姿の旭を見て尋ねる。

【九頭幸則】
皆さん、おそろいで――
って、どちらの高女こうじょさんですか?
その制服は……
【能海旭】
山王さんのう機関と行動を共にする将校、
それが君のことね。
【九頭幸則】
――えーっと、そうだけど……

あきら九頭くずは、互いに自己紹介した。
九頭は梨央から聞いた東京ゼロ師団の話に、興味があるようだった。

【九頭幸則】
怪人化した将兵で部隊を作る、
そんな噂はかねがねあるんだ。
ゼロ師団というのが、
それに当たるかはわからないけど。
【喪神梨央】
まだ調べが必要そうですね。
あきらさん、これを持って行って。
山王さんのう機関で使う探信儀たんしんぎよ。
敵の動向、ある程度はわかるのよ。
【能海旭】
ありがとう、梨央さん。

探信儀を手に、旭はレンザの前に歩み寄る。

【能海旭】
山王さんのう機関から探信儀たんしんぎを借りたよ。
これで不意を突かれることもないね。
【吉祥院蓮三郎】
そうでございますね、あきらさま。
左様さような機械、八方手を尽くしても、
見つかる様子はありませんでした。
【能海旭】
お前にも無理というのがあるんだ、
よく心しておくよ、レンザ。
風魔さん――
ゼロ師団の連中は私たちを、
とても警戒している――
でも引き下がれない――
核心にまで踏み込んで、
レンザをにする方法を探す。
になれば寿命なんかなくなるんだ。

〔山王機関本部〕

【新山眞】
探信儀たんしんぎは受け取ってもらえましたか?
一世代前のですが、性能は十分です。
【九頭幸則】
工廠こうしょうを自力で探すなんて、
あの子はなかなかやるね!
部隊に向島むこうじま出身の少尉がいてね、
奴が言うには帝国モスリンの工場、
あれは普通の工場じゃないって……
秘密兵器でも作ってるんじゃないか、
そんな勘ぐりを抱いていたな。
【喪神梨央】
それじゃ、そこが工廠こうしょうですか?
【新山眞】
どうでしょうか――
私たちが訪問しても、
門を開けるはずもないでしょう。
【九頭幸則】
風魔、お前が山王さんのう機関の公務で、
その工場こうばに踏み込むと、
また話は違うかもな。
【喪神梨央】
何も事変のないところへ、
公務として乗り込んだりできません。
それに返り討ちにわないとも――
【新山眞】
相手側から反撃があるのなら、
間違いなく工廠こうしょうですね、
そのモスリン工場は。

そこへ警告音が鳴り響く。

【喪神梨央】
探信儀たんしんぎの警告音です!
あきらさんの探信儀たんしんぎです――
【新山眞】
近くですね。
表に出てみましょう!

〔山王ホテル前〕

【九頭幸則】
おい、何だか町の様子が変だ。
【新山眞】
まるで戒厳令かいげんれい発布はっぷされたかのような。
【九頭幸則】
風魔!
見ろ、将校だ!
ちがう、奴ら、怪人だ!!

溜池通から2人の将兵が駆け上がってきた。

【東京ゼロ師団鞍馬くらま一等兵】
やはりここにもいたか!
皇国こうこく栄誉えいよ授かる我が師団!
見敵必殺けんてきひっさつ銃剣じゅうけんを食らわす!!

《バトル》

〔溜池通〕

溜池通はまるで封鎖されたかのように静まり返っていた。数台の軍用トラックが無造作に停まり、山王下電停よりさらに先で市電が足止めを食らっていた。今、将兵の姿はない――

【九頭幸則】
風魔ふうま、こっちだ!

そう言うや九頭は溜池通を渡り始めた。新山、風魔も後に続く。

【九頭幸則】
赤坂一帯に部隊が出ているぞ。
こいつら、みんなゼロ師団なのか?
【新山眞】
あの二人は大丈夫でしょうか?
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ観測、強い揺らぎです。
先ほどと同様ですが――
怪人の波形も多く観測します!!
【新山眞】
もしゼロ師団だとすれば、
波形に特徴が出るかも知れません。
私は本部に戻って観測します。

新山はきびすを返して機関本部へと戻って行った。

【九頭幸則】
風魔、行ってみよう!
この先だ、一ツ木通ひとつぎどおりの辺りだな。

料亭の間にある薄暗い路地を抜けて一ツ木通に向かう。

〔一ツ木通〕

一ツ木通には将兵姿、背広姿入り混じって6人の怪人が展開していた。道中央にレンザが対峙するように立つ。

【九頭幸則】
おい、見ろよ!
将兵に混じって民間人もいる。
あれは軍属か何かか?

料亭の軒先から旭が駆け寄ってくる。

【能海旭】
こいつらみんな、ゼロ師団の
将兵と軍属なんだ――
レンザ一人じゃどうにもならない……
仮構かこうの力、見くびれないよ、
風魔ふうまさん――
【九頭幸則】
闇雲やみくもに突っ込むのは危険だ、
作戦を立てなきゃ。
一旦本部に戻ろう。
あきらさんも一緒に!
【能海旭】
レンザ!
しばらく留めておくんだよ。
まだ戦っちゃダメだから!
【吉祥院蓮三郎】
承知しております!
今はまだ大丈夫であります。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
いくつもの波形が入り乱れ、
何が何やらわかりません。
あきらさん、レンザは大丈夫?
【能海旭】
まだ何とか――
連中は警戒を強めている。
【喪神梨央】
レンザ、先走らなければいいけど――
【能海旭】
転生にしくじった悪魔が、
私の元に来るなんて、
なんという皮肉だろうか――
魔法もろくに使えない私なのに。
でも――
だからこそ、私は試されている、
そう感じるんだ。
――風魔ふうまさん……
力を貸して――
【新山眞】
今、波形検出しました!
これ、レンザさんが戦っていますよ。
【能海旭】
んもう、あいつ!!
待てなかったの?

〔一ツ木通〕

一ツ木通に急行すると、すでにレンザはを降ろしていた。背広姿の怪人が風魔を捕えた。

【吉祥院蓮三郎】
すごいのでございます!
レンザ、すこぶる調子に乗ってます!!
なんと、私よりも格上の
調達できるなんて、夢みたいです!
私、セーレはソロモン七十番目!
それがそれが、うんと上の方々を!
栄光に身悶みもだえるのでございます!!
風魔さま、二人で手分けすれば――
きっとなんとかなるはずです!

《バトル》

〔山王ホテルロビー〕

山王ホテルのロビーは静まり返っていた。

【能海旭】
うまく退しりぞけたね――
なんて言うんだっけ、山王さんのう機関では。
【吉祥院蓮三郎】
確か、鎮定ちんてい――
そう言うのでございます。
【能海旭】
レンザ、お前の方はどう?
今回は本調子だった?
【吉祥院蓮三郎】
はい、上々でございました!
なんと、格上の悪魔を調達し、
もう何というか、最高でした!!
【能海旭】
レンザって呼ぶけど、
吉祥院蓮三郎きっしょういんれんざぶろうって名前、
ふと思いついたんだ──
ちょっと古風で、いい感じだよね。
【吉祥院蓮三郎】
このままもう、
人間になってしまえればと――
考えなくもありません。
【能海旭】
人間なんて弱いだけだよ。
になるか悪魔に戻るかさえすれば
永遠の存在でいられるんだよ。

【吉祥院蓮三郎】
私は誰かに呼ばれた気がするのです。
――それが途中で……
もしやと思うのですが……
【能海旭】
誰か人間を乗っ取った、
そう考えているんだろ?
【吉祥院蓮三郎】
私によってはじかれた人がいる、
そう思えてならないのです。
【能海旭】
レンザ、お前について考えると、
謎が深まるばかりだよ。

風魔ふうまさん――
この近くに私のアトリエがある。
今度、お誘いするね。
今日は、どうもありがとう。

レンザ、戻るよ!
【吉祥院蓮三郎】
喪神もがみ……風魔ふうまさま……
この町には、私のような存在が、
他にもいる気がします。
それは敵か、はたまた味方か――
自分に意味のある相手とは、
簡単に見つからないのでございます。

能海旭のうみあきら吉祥院蓮三郎きっしょういんれんざぶろうの登場は、山王さんのう機関の公務に新たなページを加えた。
そして帝都は更なる謎を含ませることになる。