黒札 第十三話 多加美宮司、京都へ出立

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
兄さん、先ほど
中条しのぶさんから電話がありました。
旅行鞄に見慣れない封筒があった、
そのことを思い出したそうです。
誰かがセヒラアンプルを仕込んだ……
何者かの企みがあったことは、
間違いないようですね。
帆村ほむら魯公ろこう
早いじゃないか、風魔ふうま
それに梨央りお
喪神もがみ梨央りお
あっ、隊長!
先生も、お早いですね!
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……
この間の多加美たかみ宮司ぐうじだがな、
京都に行くそうだ。特別急行つばめだ。
喪神もがみ梨央りお
特別急行つばめ……朝九時に東京発、
京都には午後四時ニ五分に着きます。
もうすぐ出発の時間です。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……京都の北、宮津みやづと言う町に
如月家きさらぎけゆかりの神社があるという。

梨央は鉄道省編纂の汽車時間表を取り出した。昭和九年十二月号である。

喪神もがみ梨央りお
京都、午後四時五十分発の福知山行き
綾部あやべに六時五十五分着。
綾部に宿を取れば……
翌日、午前中には宮津に着けます。
午後に宮津を発てば、舞鶴、綾部を
経由して、夕方には京都に――
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……その宮津の神社に、
神器じんぎが収められておるそうだ。
喪神もがみ梨央りお
鈴代さんゆかりの、ですね――
その神器って、帆村ほむら流にもある
勾玉まがたまのようなものですか?
帆村ほむら魯公ろこう
うちの勾玉も元は東雲しののめ流のもの。
三種の神器が三つの流派に渡され、
ばらばらになったそうだ。
喪神もがみ梨央りお
それじゃ、もう一つ、
神降かみおろしの秘技を持つ流派があると、
そういうことですか?
帆村ほむら魯公ろこう
と言われておるがな……
――真偽の程はわからん。
うちの勾玉も、はたしてどこまで……

喪神もがみ梨央りお
大変です!
東京駅の近くで、
セヒラ上昇を観測しました!
帆村ほむら魯公ろこう
それは気になる!
断然気になる!
風魔! ひとっ走りしてくれ!

〔東京駅〕

多加美たかみ宮司が京都へ出立しゅったつするという。そして東京駅近辺でセヒラが観測された。東京駅には、多加美たかみ宮司と如月きさらぎ鈴代がいた。

多加美たかみ宮司ぐうじ
朝早くなら、怪人も出ないかと思い、
つばめ号の乗車券チケツトを予約しました。
東京、九時に発車する昼間ちゅうかん特急です。
如月きさらぎ鈴代すずよ
宮司、このような時期ですから……
どうかお気を付けて。
多加美たかみ宮司ぐうじ
山郷やまごう側の動きを封じるには、
正しい道筋で東雲しののめ流を再興すること、
それしかありません。
如月きさらぎ鈴代すずよ
でも、あの鏡……真名井まない真鏡しんきょうは、
すでに霊力を失っていると聞きます。
それに、私自身も審神者さにわとしては……
多加美たかみ宮司ぐうじ
鈴代さん。帝都には顕現けんげんさせる巨大な力がうごめいています。
それを利用できるはずです。
如月きさらぎ鈴代すずよ
…………
……
多加美たかみ宮司ぐうじ
山郷やまごうが日本を離れている
今がチャンスなのです。
それでは……行ってまいります。

【如月鈴代】
多加美たかみ宮司は叔父の山郷やまごうに一番近しいそういう人でした。
でも、叔父は宮司を信じない――
そんないびつな関係が続きました。
宮司は叔父に接近して、何かを得ようとしていたのです――
叔父……山郷やまごう武揚ぶよう
自分は霊異りょういを現す血筋ではない、
そのことで如月きさらぎ家をねたんでいました。
今回の騒動、すべては、
叔父のねたむ心にあるように思います。
今は多加美たかみ宮司の無事を祈り、
帰りを待ちましょう。
【着信 喪神梨央】
黒の八号帥士!
セヒラの塊が接近中です。
東京駅に円タクを差し向けました。
鈴代さんに乗ってもらってください。
【如月鈴代】
風魔さん――
どうかお気を付けてください。

【???】
今いらっしゃったのは、
多加美たかみ宮司ではありませんか?
さては特急列車でご出立しゅったつですね……
ああ、申し遅れました――
私は影森かげもりと申します。
興亜貿易こうあぼうえきという貿易会社におります。
影森かげもり愁一しゅういち
主に発電機モートルとか、そういった方面で
物品の輸入をしています――
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
近辺で高い濃度のセヒラを観測!
充分注意してください!
影森かげもり愁一しゅういち
おやおや、どうされましたか?
何だかお取り込みのようで――
それでは私はこれにて失敬します。
ご機嫌よう!

【失業中の男】
仕事がなくて、
家でむしゃくしゃしてたら
電報が来たんだ。
明日、朝、東京駅へ来たれし。
随時面談――
でも差出人はなかった。
一応来たよ、
で、あんたが面談するのかい?
もう、遅いんじゃないか!
こんな朝早くにおかしいと思った。
はん! 俺はずっかり絶望したね!
――絶望が力を生むんだろ?

《バトル》

【失業中の男】
電報は二通来たんだ――
二通目にあったんだよ、
憎しみは力なりってね。
あ~あ……
早起きしたから、眠い、
もう帰って寝るよ。

【商家の派出婦】
変ね、ここに来たら着物の廉売れんばい会が、
開かれてるって、
旦那様から伺ったのに……
ふふふ……さてては、
厄介払いね、そうよきっと。
あの旦那――
奥様の帰省をいいことに、
妾を連れ込んでるんだわ。
吉原を足抜けした女よ!
まったく、不潔極まりないわ!
今頃、何やってるんだかね!
ああ、不愉快ったらありゃしない!

《バトル》

【商家の派出婦】
でも……あの女は入院中よね。
三日前に旦那様に斬りつけられて――
首がほとんど落ちかかったのよ!
ま、いいわ。
着物の廉売会なんて、ないじゃない!
【着信 喪神梨央】
辺りのセヒラ濃度はなくなりました!
兄さん……
さっきのセヒラ、とても強かった……
これまでの怪人とは何か違います。
辺りに注意して
山王機関に戻ってください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん。
多加美宮司は、無事に発たれました。
東雲流の神器を引き取りに――
【帆村魯公】
鈴代女史の東雲流、
首尾よく再興できるかはわからんが、
手を拱いていても仕方がない。
【喪神梨央】
これから黒札特務を中止して、
事変に一本化しようと思います。
東雲流を巡る動きが、
事変と合わさってきたからです。
また特段の事情があれば、
黒札特務を発令しますね。

多加美たかみ宮司は特急つばめ号で京都へ向かった。その宮司を知る人物がふいと現れた――
偶然なのか、はたまた運命の悪戯いたずらなのか――