第一章 第一話 赤坂の怪人

皇紀ニ五九五年
昭和十年――春

突如とつじょ赤坂あかさかに姿を見せた怪人かいじん
その力、およ尋常じんじょうならざるは、
新聞紙上を大いににぎわせた。

あの騒動から2か月余り――
万朶ばんだ桜花さくらばなもと
春を謳歌おうかする帝都ていと大東京市。

怪人どももまた、
動きを見せ始めていた。

山王さんのうホテルまえ

山王さんのうホテル――
赤坂あかさか溜池通ためいけどおりめんして建つ、
帝都でも有数のこの高級ホテルの、
地下100メートル
その組織はあった――

陸軍第一連隊だいいちれんたいに所属する、
特務機関とくむきかん山王機関さんのうきかんである。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうまよ、このところにわかに、
怪人かいじん騒動が持ち上がっている――
怪人とはかれ、
尋常じんじょうならざる存在となる、
言わば超人だ。
怪人には兵らもが立たん。
なにせたまやいばかんのだからな!
元は普通の市民であったはずだ。
それが怪人になるや豹変ひょうへんして、
周りの者をおそい始める――
憎しみや恨みの深い者ほど怪人になる
そう言われるが、真偽しんぎは不明だ。
力をほっして怪人化することもあろう。
喪神もがみ梨央りお
でも……怪人の力は仮初かりそめのもの。
その人の本当の姿ではありません。
そんな力を手に入れたって……

喪神もがみ梨央りお
山王さんのう機関で通信兵を務める。
喪神もがみ風魔ふうまの妹である。
正規兵ではなく、
軍属として参加している。

帆村ほむら魯公ろこう
人というのは真理など深く考えずに
生きておるのだよ、梨央りお
だからこそ、わしらは
帝都治安ちあんのために
怪人に備えねばならぬ。

帝都の治安維持――
それが山王さんのう機関に
課せられた使命であった。
事実、怪人の出現は
市民の人心じんしんを乱していた。

喪神もがみ梨央りお
そうそう、隊長、兄さん、
もうじき第一連隊だいいちれんたい九頭くず中尉ちゅうい
お見えになるはずです。
帆村ほむら魯公ろこう
何!ユキ坊がか!
歩一ほいちに任官になって
調子よくやっておるみたいだな!
九頭くず幸則ゆきのり
失礼します。
歩兵第一連隊だいいちれんたい九頭くず中尉ちゅういであります。

喪神もがみ風魔ふうま如月きさらぎ鈴代すずよとは
尋常じんじょう
小学校の同級生。
風魔ふうまとは中学も同じ。
卒業後、士官学校へ進み、2年前に
歩兵第一連隊だいいちれんたいに任官した
九頭くず幸則ゆきのりだ。

帆村ほむら魯公ろこう
おお、ユキ坊じゃないか!
今日は何の用だ?
連絡事項れんらくじこうでも?
九頭くず幸則ゆきのり
先生、帆村先生、
ユキ坊は勘弁かんべんして下さい!
帆村ほむら魯公ろこう
そうか、すまん、すまん。
では九頭くず中尉ちゅういあらたまった顔して、
何用かな?
九頭くず幸則ゆきのり
用は用ですが、公務ではないです。
喪神もがみ兄妹きょうだいにおさそいですよ。
鈴代すずよ野点のだてを開くことになり――
帆村ほむら魯公ろこう
そうか、鈴代すずよ女史じょしが、野点のだてを?
で、場所はどこなんだ?
九頭くず幸則ゆきのり
すぐそこです、清水谷公園しみずだにこうえんです。
お二人を連れ出して、
よろしいでしょうか?
帆村ほむら魯公ろこう
ああ、今日は大丈夫だろう。
中尉ちゅうい鈴代すずよ女史じょしによろしくな、
頼んだぞ。
九頭くず幸則ゆきのり
承知しょうちしました。
一ツ木通ひとつぎどおり錦屋にしきやで菓子でも調達ちょうたつし、
清水谷公園しみずだにこうえんへ向かいます。

喪神もがみ風魔ふうま梨央りお、それに九頭くずは、
山王さんのうホテルを後にして、
一ツ木通ひとつぎどおりに向かった。

一ツ木通ひとつぎどおり

赤坂あかさか一ツ木通ひとつぎどおりは、
黒塀くろべいを立てた料亭街りょうていがいだ。
この日中、まだ訪れる人も少なく
通りは人気ひとけもまばらである――

九頭くず幸則ゆきのり
今日はお花見日和びよりで何よりだ、
そうだよな、梨央りおちゃん!
喪神もがみ梨央りお
――ですね……
九頭くず幸則ゆきのり
なんだ、きょうが乗らないねえ。
せっかく君らを、変人の巣窟そうくつから
救い出してやったってのにか?
喪神もがみ梨央りお
別に、救い出して欲しくないです。
それに……
ちゃん付けはやめてください。
れしい……
九頭くず幸則ゆきのり
え?え?どうして?
だって、俺たちおさななじみじゃない?
喪神もがみ梨央りお
もう子供ではないのです。
大人の男女の機微きびというものを
備えてしかるべきです。
九頭くず幸則ゆきのり
ひえええ!
梨央りおちゃん、どうしちゃったの?
昔はもっと素直すなおだったのに!
ユキノリ兄さま~とか
時にはユキニイ~とか
言って甘えてきたのに!
喪神もがみ梨央りお
や、めてくださいっ!
そんな尋常じんじょう小学校時代の話――
九頭くず幸則ゆきのり
あははは、わかった、わかった……
――しかし、みんなで集まるのも
久々だよなあ……
喪神もがみ梨央りお
そ、そうですね……
九頭くず幸則ゆきのり
それにお前たちが山王さんのう機関に入って
鈴代すずよ蚊帳かやの外に置かれたみたいに
なっちまったもんな。
喪神もがみ梨央りお
ええ?幸則ゆきのりさん――
そんなふうに思ってるんですか?
九頭くず幸則ゆきのり
だってそうじゃないか。
帆村ほむら流が山王さんのう機関に制式採用されて、
鈴代すずよ東雲しののめ流は外されたんだよな?
九頭くず幸則ゆきのり
今日、帆村ほむらの先生が外出許可したのも、
鈴代すずよへの罪滅ぼしなんていう意味合いもあるんじゃないのか?
喪神もがみ梨央りお
でも東雲しののめ流を閉じるのは、
鈴代すずよさんがご自分で決められたこと。
それを帆村ほむら隊長が受け継いで――
帆村ほむら流は怪人をしずめるのに、
より適した流派なんです。
だから、陸軍の特務機関に……
九頭くず幸則ゆきのり
俺には帰神きしん法の流派は分からんが、
鈴代すずよ疎外そがい感を覚えてるとしたら…
喪神もがみ梨央りお
そんなはずないです!
鈴代すずよさんも幸則ゆきのりさんも兄さんも、
尋常じんじょう小学校の同級生じゃないですか!
九頭くず幸則ゆきのり
俺達の間にわだかまりはないと信じたいが。
この野点のだて鈴代すずよが講師になって、
初めて開く野点のだてなんだろ?
あいつ、去年七月に講師になった――
披露ひろうまで随分時間が経ってるよな。
何か思うところ、あるかもな。
喪神もがみ梨央りお
鈴代すずよさんがそんな……
……でも……

九頭くず幸則ゆきのり
なんだ?何の音だ?
喪神もがみ梨央りお
セヒラ探信儀たんしんぎが反応したんです!
九頭くず幸則ゆきのり
セヒラ?
たんしん……
――何だそりゃ?
喪神もがみ梨央りお
兄さん!

喪神もがみ梨央りお
やっぱり!
怪人かいじんです、兄さん。
九頭くず幸則ゆきのり
か、怪人って、こんな昼間っから!?
【破産した男】
ん?私を連行しようってのか?
お前には無理だ、無理だぁぁぁ~
私はなぁ、力を得たんだぁ!!
喪神もがみ梨央りお
このままでは市民に被害が及びます。
私は機関本部に戻り、
近辺のセヒラ観測します。
兄さ――黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
怪人を鎮定ちんていして下さい!
【破産した男】
株屋の口車くちぐるまに乗せられて、
高利こうり貸しの借金だけが残った!
私は……死んだも同然どうぜん!!

《バトル》

【破産した男】
ううう……
頭が……割れるようだ……
省線しょうせん新橋しんばし駅で……
死のうと思って……ホームに立って、
それからが思い出せない。
……ウゲポッ!何か出そうだ!

【モガ】
春なのかしらね。
なんだかおかしな人が
増えてきた気がしませんこと?

【目付きの鋭い男】
無闇むやみに騒ぎを起こすのが増えたな。
特高とっこうは何をしているんだ?
奴らの目は節穴か!

【芸者・千代菊】
のんびり花見でもだなんて!
一体、どのつら下げて言うんだ!
あいつ――

【着信喪神もがみ梨央りお
こちら、梨央りお
気を付けて下さい。
まだ怪人かいじんがいるようです。

【芸者・千代菊ちよぎく
ウチの旦那だんなったら、
金の無心むしんばかりで、
返す気なんぞちっともありゃしない。
清水谷しみずだにで花見だぁ?
フン!ふざけんじゃないよ!
どうせ金せびるにきまってる!!
ああ、憎ったらしい!
そうさね、あんなの、
あいつの商売なんぞかたむけばいい!!

《バトル》

【芸者・千代菊ちよぎく
いったい、どうしちまったのさ――
やけに身体中が痛いよ、
あああ、頭もうず!!
ああ、そうだった、清水谷しみずだに
旦那だんなが待つんだ、金の無心むしんだろ……
誰かに相談でもできないかねぇ~
九頭くず幸則ゆきのり
風魔ふうま、今、何をしたんだ?
お前がにらみを効かせたら、
途端とたんにへたり込んだぜ――

【着信 喪神もがみ梨央りお
幸則ゆきのりさん、今のが審神者さにわの術です。
わかりましたか――
怪人かいじんにはいています。
憑依ひょういが深いとはらっても、
怪人は人間には戻れません。
かれて間無まなしの怪人なら、
はらうと正気に戻ります。
参謀本部では廓清かくせいと呼んでいます。
廓清かくせいって手術で悪い部分を取り除く、
そんな意味だそうですよ。
今の女の人、廓清かくせいできたんですね!
九頭くず幸則ゆきのり
あれ?風魔ふうま、お前の持つ機械から、
梨央りおちゃんの声がしたぞ!

【着信 喪神もがみ梨央りお
これは、指揮盤しきばんといいます。
九頭くず幸則ゆきのり
まじん……指揮盤しきばん
無線の改良版なのか……
軍のとは型式かたしきが違うな!
その改良無線で何かしたんだな!
俺にはにらんだようにしか見えない、
だがそうじゃないんだな?
【着信 喪神もがみ梨央りお
確かに相手に眼力がんりきは送ります。
でもそれだけじゃないんです――
審神者さにわがその力を使うと、
時間が止まるんです。
そして別の空隙くうげきが開くんです――
空隙くうげき……隊長はそう言いました。
でも、その戦い、
はたから見ている分には、
一瞬の出来事です。
九頭くず幸則ゆきのり
うーん……
審神者さにわってそんなことしてるんだ。
俺には皆目かいもくだけどな!
まじんとか、空隙くうげきとか――
審神者さにわにはそういうのが
見えているんだな?
【着信 喪神もがみ梨央りお
そうです。
審神者さにわ素養そようを持つ者だけが
見ることが出来るんです。
九頭くず幸則ゆきのり
昔からお前ら兄妹、それに鈴代すずよも、
霊異りょういがどうしたとか言ってたしな!
俺はいつも置いてけぼりだったぜ。
でも梨央りおちゃん、そんなときいつも
君が教えてくれたんだよな。
世の中、見えないものもあるって。

山王さんのう――鬼門を封じ、王城を守護する山という意味である。その名は、京都の比叡山ひえいざんたんを発する。
帝都・東京にある日枝神社ひえじんじゃの日枝も比叡山に由来するといわれている。
その山王さんのうの名を戴き、災禍さいかより帝都を守護する役目を担い、事件あれば、これを人知れず解決する組織があった……帝国陸軍特務、山王機関さんのうきかんである。

第一章 第二話 春、山王ノ宴

紀尾井町清水谷公園きおいちょうしみずだにこうえん

【紙問屋の旦那】
千代菊ちよぎくさんは遅いね。
またなんか、あれかね…… 道を迷ってるとか。
置屋おきやから何度かたずねられたな……
三日も開けて、千代菊ちよぎくはどこだって。
ときに五日も開けることもあった……

【鈴蘭女学園の教師】
色はにおえど散りぬるを、と。
桜をでるたびにいろはうたを思い出す。
そして妙な不安に駆られます――

【商家の下女】
新聞じゃ怪人かいじん騒動のことばかり。
すっかり春なのに……嫌になりますわ。

書生しょせい
いや、僕はもうめませんよ先生。
堪忍かんにんしてください。
【スーツの男】
先生……いろいろおありでしょうが、ここは花見の席です。
お気を確かにしてください。
【酔漢先生】
うるさい! 貴様きさまぁ!
書生しょせい分際ぶんざいえらそうなことを言うな!

九頭くず幸則ゆきのり
遅れてしまいましたか……
お待たせしちゃいましたか?

月詠つくよみ麗華れいか
ええ、待つも待たないも、ですわ。
――風魔ふうまさんも……
ようこそおいで下さいました。

月詠つくよみ麗華れいか鈴代すずよの一番弟子である。
といっても東雲しののめ流のではなく、鈴代すずよが講師をつとめる茶道久遠くおん流を習う女学生である。

九頭くず幸則ゆきのり
いやぁ、俺が油売ってたわけでは、決してないんだが――
茶菓子でも買おうかと思ってね……
月詠つくよみ麗華れいか
あら、いつになくお気遣いを?
そんなの無用むようですわ。
いつも通りで構いませんのよ。
さぁ、風魔ふうまさんも――
九頭くず幸則ゆきのり
かしこまりました!
ははは、帝国軍人も、
麗華れいかさんの前では形無かたなしであります!
如月きさらぎ鈴代すずよ
あら、梨央りおちゃんは?
ご一緒じゃないんですか?
九頭くず幸則ゆきのり
それが……道中どうちゅう、急ぎの用事を思い出して、本部に戻ったんだ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
そうでしたか。
今日はいいお日和ひより、残念ですね。

神降ろしの秘術として長い歴史を誇る、東雲しののめ帰神法きしんほう
如月きさらぎ鈴代すずよは、その第十六代宗家そうけ、故如月きさらぎ宗達そうたつの娘である。
昨年夏、久遠くおん流の講師となり、今日がはじめてもよおす茶会であった。

如月きさらぎ鈴代すずよ
梨央りおちゃんも通信のお仕事、板に付いたようですわね。
制服もさまになって?
九頭くず幸則ゆきのり
うん、似合ってる、とってもね!
まるであつらえたみたいだ――
歩一ほいちの中には浮足うきあし立つ奴らもいる。
月詠つくよみ麗華れいか
あら、それは聞き捨てなりません……
ウフフフフ――
九頭くず幸則ゆきのり
梨央りおちゃんを歩一ほいちの士官食堂に連れて行った時はたまげたなぁ……
如月きさらぎ鈴代すずよ
まぁ、幸則ゆきのりさん!
そんなこと、していらしたの!

気のおけない仲間たちと繰り広げる屈託くったくのない会話―― 春のうたげはまさにさかりであった。

如月きさらぎ鈴代すずよ
これは……瘴気しょうき
近いわ。
【怒鳴る声】
貴様らぁ~天誅てんちゅうだぁ! 天誅てんちゅうを下す!
九頭くず幸則ゆきのり
花見に無粋ぶすいな客だぜ。
ちょっと文句を言ってくる。
如月きさらぎ鈴代すずよ
あ、幸則ゆきのりさん、危ないことは……

書生しょせい
うちの先生、同僚が首席訓導くんどうに昇進して、爾来じらい、虫の居所いどころが悪いんです――
【スーツの男】
いや、せっかくの花見の席でうちの先生が申し訳ないです。
【酔漢先生】
どけ!ええい、そこをどかんか!
九頭くず幸則ゆきのり
おい、お前!
ここは花見の席だ、しずまれ!
【酔漢先生】
何ぃ?貴様ぁ、軍人のくせに生意気な!
九頭くず幸則ゆきのり
公務と言ったらどうする?
【酔漢先生】
公務だとぉ~
はん! 修身しゅうしん訓導くんどうに通用するか!
【酔漢先生】
貴様ぁ、天誅てんちゅうだ、天誅てんちゅうをくだす!
九頭くず幸則ゆきのり
うわぁ!!

酔客すいきゃく九頭くず幸則ゆきのりを突き飛ばした。ありえない程の力で――

書生しょせい
申し訳ありません!
軍人さん、大丈夫ですか?
怪我けがはありませんか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
こちら、梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聴こえますか?
紀尾井町きおいちょうでセヒラ反応を検知しました。
セヒラ探信儀たんしんぎを使ってください。
【酔漢先生】
貴様ら、国賊こくぞくどもめ!
天誅てんちゅうだ、天誅てんちゅうくだす!
私を何だと思うか!!

《バトル》

【酔漢先生】
ふぅ、ふぅ、ふぅ……
一旦緩急いったんかんきゅうあれば、義勇公ぎゆうこうほうじ!
臣民しんみんちゅうこうにぃ~
皇祖こうそ皇宗こうそうくにはじむること宏遠こうえんに~
書生しょせい
先生、こんなところで教育勅語ちょくごを……
おそれ多くも内容が間違ってます!
――お体にさわります、戻りましょう。
九頭くず幸則ゆきのり
はぁっくしょん!
まだ、泳ぐには早かったな。
いきなり、すごい力で突き飛ばされて
もしかして、あいつも怪人かいじんなのか?
一体全体、この帝都はどうなっちまってんだよ……

【花見客】
おい、今度は向こうで、女の子が……
【花見客】
女の子が?何だそりゃ、見に行ってみよう!
九頭くず幸則ゆきのり
向こうでって、まさか……

如月きさらぎ鈴代すずよ
そうは言っても……
かぁ様にご相談はできないのかしら?
ねている少女】
母様ははさま姉様あねさまばかりを見ているのです!
私のことは目に入らない……
だから、相談なんてしません!
如月きさらぎ鈴代すずよ
そのお着物だって、
とても良くお似合いよ。
ねている少女】
知りません!これも姉様あねさまのおふる…… 姉様あねさまろしたてのをおめしです!

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん!
如月きさらぎ鈴代すずよ
(私、感じるんです……
瘴気しょうきかたまりを―― )
如月きさらぎ鈴代すずよ
(さっきも強く感じました。
今また、この少女からも……)
月詠つくよみ麗華れいか
鈴代すずよさん、どうなすったの?
なんだかご様子が変ですよ。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし!セヒラ反応です!
ねている少女】
アタシのことが邪魔じゃまなのね…… 母様ははさま姉様あねさまも―― みんな死んでしまえ!

《バトル》

ねている少女】
嫌いだ、嫌いだ、みんな嫌いだ、
消えて無くなれ……無く……なれ……
月詠つくよみ麗華れいか
これは……何ですの!!
いったい……何が……
如月きさらぎ鈴代すずよ
あの子が……瘴気しょうきに……
瘴気しょうきのなすがままに……
如月きさらぎ鈴代すずよ
今の子のように、かれて間がないと、強い瘴気しょうきを感じます――
けれど、私には、もう霊異りょういを現すことはできません。
帆村ほむら先生に相談して、東雲しののめ流を継いでいただきました。
風魔ふうまさんの帆村ほむら流――
美しく整っていたように、お見受けしました。

風魔ふうまさん……私……風魔ふうまさんに――

九頭くず幸則ゆきのり
それで、もう大丈夫なんだな?
怪人は出ないんだな――
お茶の会、再開といこうぜ!
月詠つくよみ麗華れいか
はい、中尉殿!
私にお茶をてさせてくださいな。
さあ、鈴代すずよさんも風魔ふうまさんも……
如月きさらぎ鈴代すずよ
もう瘴気しょうきは感じられません。
幸則ゆきのりさん、お風邪かぜをおめしにならないようにしてくださいね。
九頭くず幸則ゆきのり
熱いのが一杯でもあるとなぁ……
銘酒めいしゅ忍野八海おしのはっかいとかさ。
ある? ないよね、茶会だもんな――
如月きさらぎ鈴代すずよ
ふふふ……忍野八海おしのはっかいはありませんが、
他のならご用意がありますわ。
九頭くず幸則ゆきのり
おお! そうでなきゃ!
これで風邪かぜ引かずに済むな!
――風魔ふうまは公務中なんだっけ?
【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さ――
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしは、公務を継続してください!
現在、セヒラは観測されませんが、
念のためです!!


咲き誇る桜は帝都の栄華えいがを物語る。しかしやがて散るその運命もまた、こわれるもものはかなさを暗示するようであった――

第一章 第三話 博士の異常な愛情

山王機関さんのうきかん課〕

銀河ぎんがゼットー】
なるほど、やはりそうか。
境界値きょうかいち三・五六九九五…… ファイゲンバウム点は……
んんん?喪神もがみ風魔ふうまクンじゃないか。
ボクになにか用かね?

の様子が気になったんだろう?なるほどなるほど!
実にいい心がけじゃないか!
君もが大好きなんだろ?
判ってる、判ってる。
大丈夫だ、心配ない。
ボクの後ろにある水槽を見るがいい!ここでが誕生する。
いわば、人造子宮じんぞうしきゅうという訳だ。
美しいだろ? 妖しいだろ?
こんな混沌こんとんから現れる姿がいとおしくない訳ないじゃないか?
だが、予想外の事が起きてしまった。
実はな…… この課からが逃走したのだ!
うぉぉぉ! 何故だ!
何故、こんな事に!
ボクとしたことが、何たる油断!何たる失態!
そこでだ!手分けして逃げたを回収しなければならない。
生憎あいにく、ボクは野外活動に生まれつき向いていない!
見れば判るだろう?
そこでだ、君、風魔ふうま君は怪人を鎮定ちんていしてくれたまえ!
その刹那せつなは人を離れる――
ボクがしょう超絶稼働ブンブンブンさせて、別の人にく前にを回収する。
どうだ、ワンダホーな計画プランだろ!!
はそれほど遠くには行かない。
必ずやこの近辺の人にくはずだ。
逃げたは……ヒー、フー、ミー、
――なんと! あろうことか、
全部で七体だ!!
なんという……ボクとしたことが……――この激しい落胆ぶり!!
あまりにも美しいの姿……つい夢想の中を漂っているうちに、
とんだ逃走劇をもたらしてしまった!
七体全部の回収は無理かも知れんが、
せめて一体、いや二体、いや三体……
風魔ふうま君、すべては君の腕に、かかっているのだ!まさにこの帝都の命運がぁ!!
いやいや、この上なく反省している。本当かな? 勿論もちろん!!
風魔ふうま君、善は急げだ、頼むぞ!

山王さんのうホテルまえ

【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん、麹町こうじまち署に通報がありました。山王さんのうホテル前に挙動きょどうのおかしな人物がいるとのことです。
セヒラ探信儀たんしんぎで確認しましたが、確かにわずかなセヒラを観測します。念のため巡視パトロールをお願いします。

セヒラ探信儀たんしんぎ――その原理はセヒラを波形に変換する、霊式れいしきヘテロヂンという技術によるものだった。
帝都には大型の探信儀たんしんぎが設置されている。渋谷しぶや戸山とやま大崎おおさき……市内6箇所にある。
ただし空白域も存在した――

四谷見附よつやみつけから陸大のある青山あおやま一丁目、赤坂離宮あかさかりきゅう青山墓地あおやまぼちも空白域であった。赤坂あかさか山王さんのうホテル近辺もそうだ。
しかし、赤坂あかさかには山王さんのう機関があり、本部には性能の良い探信儀たんしんぎが備わる。その1基で赤坂あかさか青山あおやまは広くカバーできる。

【麹町の婦人】
この近くで怪人かいじん騒動があったのは、ちょうど旧正月の頃でしたわ。あの時も山王さんのうホテルにいましたの。
春の新作レースの展示会があり、澳洪ハンガリーのレースも随分ずいぶんと出ていましたわ。
今日は新茶の予約会――最近は、どうなのですかねぇ、その騒動とやらは。

【不機嫌そうな男】
ああ、もう四十八分も待ちます。うちのさいは時間の観念が無くてね、困ったもんですよ、まったく。
それはそうと、そこの外套コオトの男、さっきから独り言がみませんね!

陰鬱いんうつそうな男】
嗚呼ああ、春よ、俺を牢獄ろうごくから解き放て。
この肉体という牢獄ろうごくから!慟哭どうこくの肉体から!

陰鬱いんうつそうな男】
ああ、そうか!貴様がこの牢獄ろうごく看守かんしゅなのだな!俺の力の前に屈する時が来たぞ!

《バトル》

陰鬱いんうつそうな男】
俺はやっぱり出られない……ああ、また独房どくぼうに戻るのか――
あああ、頭が痛い……割れるようだ。脳楽丸のうらくがんを……飲もう……
【着信 銀河ぎんがゼットー】

陰鬱いんうつそうな男】
ようし、喪神もがみ君!一体回収したぞ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
また通報がありました。
一ツ木通ひとつぎどおりの方で怪人かいじんを見たと匿名とくめいで通報がありました。
溜池通ためいけどおりを渡ったすぐのところです。怪人が大通りに出る前にふせいでください!

一ツ木通ひとつぎどおり

料亭の黒塀くろべいいき風情ふぜいを見せる一ツ木通ひとつぎどおり。まだ日中ながら、行きう人々は、春の陽気に浮かれたかのようにも見える。

若女将わかおかみ
春宵しゅんしょう、一刻、値千金あたいせんきん……
あああ、春は、なんかこう、
心がうずくのよねぇ~
――アンタ、ナニよ!そんな不景気な顔してさ!

【苛立っている男】
畜生ちくしょう! 
兄貴の奴、突然、家に帰ってきやがって!
あきないをぐつもりだと?

【苛立っている男】
ふざけんな! 
どのつらで言うか!
親父の最期、看取みとったの、俺だ!
家は俺がぐんだ、くそったれ!!

《バトル》

【苛立っている男】
はぁはぁはぁ……決心したよ!
今から帰って、兄貴と……

【着信 銀河ぎんがゼットー】
ひょひょひょ!いいぞ~その調子だ!二体目、回収完了っ!

若女将わかおかみ
このところの怪人かいじん騒動で、お客がめっきり減ったのよ。
誰に文句もんく付ければいいの?

【着物の女】
最近、人生よろづ相談の案内、よく見かけるわよね。
電話で予約するんですって。

【作家志望の青年】
君ぃ、僕はね、記念すべき第一回茶川ちゃがわ賞に応募したんだ!あっはっ!
これで僕も文壇ぶんだんの一員!
どんな話かって?
ははは、君には想像もつかないね。
――怪人三面相かいじんさんめんそうが出てくるんだ!
一人で三つの顔を持つ怪人かいじんさ。
阿修羅観音あしゅらかんのんから思い付いたんだよ!
怪人三面相かいじんさんめんそうは、女を襲うんだ――
ふふふ…… 僕のかんではね、
君たちの怪人は日枝神社ひえじんじゃさ!

日枝神社ひえじんじゃ

日枝神社ひえじんじゃ―― 宮城の南東、裏鬼門うらきもんを守る霊的結界で日吉大社ひよしたいしゃより勧請かんじょうされたやしろである。
日吉大社ひよしたいしゃは、山や森に座す国津神くにつかみ山王さんのうとしてうやまい、たてまつっている神社で日枝神社ひえじんじゃ山王さんのうと深い関わりがある。

【着信 銀河ぎんがゼットー】
喪神もがみ君…… 何だか妙なんだ…… 今しがた、三体目が回収された――
でも、君じゃないよね?――他のが戦っている…… そうとしか思えない。

【参拝客】
赤坂あかさかの方が騒がしいですね。何があったのかしら――
宅は墨国メキシコ公使館の脇ですの。山王さんのう様のお護りにあずかりますのよ。

【巫女】
ここ、日枝神社ひえじんじゃの主な祭神さいじん大己貴神おおあなむちのかみ大山咋神おおやまくいのかみです。
大己貴神おおあなむちのかみ出雲いずも大社にまつられる大国主神おおくにぬしのかみの別名です。
大山咋神おおやまくいのかみは山の神様です。比叡山ひえいざんの神様とされ、日枝ひえ日吉ひよしもこの山の名を意味しています。

【きてる巫女】
私が求め過ぎなのでしょうか……大山咋神おおやまくいのかみさま……
あなたのお姿を想うに、私は……
――あなたのたくましいかいなが、
この私を包むのです――
ああ、神さま、大山咋神おおやまくいのかみさま!

【きてる巫女】
私はあなたの中で、昇るのです!
ああ、大山咋神おおやまくいのかみさま……
あなたと合一ごういつするのです、
今、ここに!
――お前はなぜ邪魔をする!!

《バトル》

【きてる巫女】
やはり……私は求めすぎました。それゆえ、自分を失いました――
神さまは高みに戻られました。
私は……地をうのです……
もう、神さまはおいでにならない――

【着信 銀河ぎんがゼットー】
よし!を回収した…… 逃げたはあと三体だ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
新たなセヒラ反応です。料亭、初松の前です――あの有名料亭ですね!

意気いき軒昂けんこうな軍人】
ここは実にいいな!セヒラが渦巻うずまいているではないか!
ああ、気分が高ぶる――
もう原隊には戻らん!いや、このまま戻って、あの小隊長を――
ん? 
――誰何すいかする!!貴様は誰だ?

意気いき軒昂けんこうな軍人】
貴様、山王さんのう機関の帥士すいしだな?
ふふ……まずはお前をぶち殺してから
帆村ほむら
銀河ぎんが血祭ちまつりに上げてやる!

《バトル》

意気いき軒昂けんこうな軍人】
嗚呼ああ……俺は自分を保てない…… 地上から消えざるを得ない。だがやがてまた、きっと――

【着信 銀河ぎんがゼットー】
よーし、よし!
喪神もがみ君、君は最高だよ!
はあとニ体……ん?
おかしいな。今ので最後だ。
やはり、他に怪人かいじんと戦い、
回収した者がいるようだ……
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、任務完了です。
山王さんのう機関本部に帰還してください。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さんの他に、怪人かいじんと戦った人物がいるようですね。
だとすると……
かなり腕の立つ者の仕業しわざ
そうじゃありませんか?
――私、何だか胸騒ぎがします。
それに……
匿名とくめいの通報者も気になります……

第一章 第四話 妖怪坂

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、牛込うしごめ署から第一連隊だいいちれんたい
報告があったそうです。
――巡視パトロールが必要かと……
その報告ですが、
いつもと様子が違うんです――
帆村ほむら魯公ろこう
妖怪ようかいを見たと、そういうんじゃよ。
近代国家になって、
七十年にならんとするが、
まだあやかしが潜んでおるのか……
喪神もがみ梨央りお
隊長、あくまで、報告です。
確認できたわけじゃないです――
帆村ほむら魯公ろこう
だがな、街を歩けば、
まだ方々に江戸の闇が残る――
そんなお江戸を残す片隅かたすみに、
百鬼夜行ひゃっきやこう有象無象うぞうむぞうがいても、
おかしくはないだろう。
喪神もがみ梨央りお
そうかも知れませんが、
この近代的モダンな時代に妖怪だなんて。
なんか、似合いません。
帆村ほむら魯公ろこう
明治の末期に起きた、
千里眼せんりがん事件は知っておるか?
催眠さいみん術や透視とうし術を科学者が検証し、
結論、それらは科学にあらずとした。
だが、大正期を通じて霊異りょういへの関心、
依然いぜん、くすぶり続けておるんだよ。
芥川龍之介あくたがわりゅうのすけ幽霊ゆうれいについての考察を、とある雑誌に寄せておる。
皆が興味を持つもの、求めるもの、
そういうのがひょいと現れる、
それが今の帝都の状況だろう。
今回の調査依頼いらいも裏に何かあるぞ。
妖怪ようかいとやらが目撃されたのは、
えーっと、梨央りお、どこであったか?
喪神もがみ梨央りお
紀伊国坂きのくにざかです、赤坂見附あかさかみつけから、
四谷よつやに登る、外堀そとぼりに沿った道です。
帆村ほむら魯公ろこう
目撃はちょうど日の入り時分じぶん……
そのこく逢魔おうまどきというからな。
おお! ちょうど今だ、風魔ふうま!!

紀伊国坂きのくにざか

赤坂見附あかさかみつけから北へ、
登り坂の電車通がある。
そこは紀伊国坂きのくにざかと呼ばれている。
暮れなずむ時刻、
鬱蒼うっそうとした屋敷林やしきりんの陰で、
あたりはすでに夜の側にいるようであった。

【四谷の娘】
怖い目にったら、人生よろづ相談。
――私の読む猟奇りょうき婦人の最新号に、
そんな案内がありましたわ。

【繊維問屋のサラリーマン】
新聞に載ってた妖怪譚ようかいたん
確か紀伊国坂きのくにざかでしたよね。
でも正体は
怪人かいじんかもしれませんね……

【船会社のサラリーマン】
さっき興亜日報こうあにっぽうの記者がいたよ。
妖怪のこと、特集組むんだって。
興亜日報こうあにっぽうって
新京シンキョウに本社があるよね。
妖怪見たかってかれたけど、
僕は駄目だ、見ちゃいないんだ。
でも前の怪人特集、面白かった、
そう言ったら、喜んでいたよ。
あれは力の入った特集だったよね!
それじゃ、僕は用事があるんで。
失敬しっけい

【呉服商の妾】
ひどい……
あんまりだわ――
あの男……
自分のあきないが左前だからって
私を疫病やくびょう神呼ばわりするなんて!
きっと……きっと……
あの高利貸しのところの娘と
ねんごろになったに違いない!!
あああ、畜生ちくしょう
ゆるさないわ!

【呉服商の妾】
あの男!
絶対にゆるさない!!

《バトル》

【呉服商の妾】
一体、どうしたのかしらね。
アタシ、時々血がのぼって……
何だか、疲れたわ。

【省線貨物の車掌】
私ね、肺病の妹がうとましくてね。
血を分けた兄妹きょうだいなのにね、
どうしてそう思うのか――
一人悩んでも解決しませんよね。
それで神田かんだの相談所に行きました。
ラヂオで宣伝せんでんする人生よろづ相談。

【省線貨物の車掌】
そしたらね、そんな死にかけには、
カルモチン盛りなさいって。
だからね、私ね、盛ってやりました!
カルモチン、一びん、丸々とね。
あの妹はね、目玉、ギロギロさせて、
オホホホ~、見ものでしたよ!!

《バトル》

【省線貨物の車掌】
妹が死んだだけで、私の中では、
何も解決していない気もします。
人生よろづ相談、どうなんです?

【巡査】
おい、コラ!
さっきからここで何してる?
あっ、これは失礼しました。
その徽章きしょう山王さんのう機関の方でしたか。
ご苦労さまです。
この辺にあやかしの出る噂があって、
巡視パトロールするように命が下りました。
今のところ、何もありません。
ただ、ここではなく市ヶ谷いちがや
怪異かいいを見たという話を聞きました。
この情報が、
何かのお役に立てば良いのですが。

若松町わかまつちょう

市ヶ谷いちがやにほど近い若松町わかまつちょう
屋敷林がなお残るこの界隈かいわい
人影もまばらでうら寂しい。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
市ヶ谷いちがや周辺のセヒラ濃度高いです。
警戒して下さい。

【貿易会社のサラリーマン】
実は生霊いきりょうだったりしますよ、
幽霊は。
今月号の猟奇りょうきグラフは生霊特集です。
さっそく私も生霊狩りに来たわけで。
さぁて、どの辺に出るんでしょうか、
見たら九字くじを切って撃退します。
その顛末てんまつ寄稿きこうするんです!

【近所の少年】
お兄さん、軍の人?
この近くにある合羽坂かっぱざかだけど、
去年の地図では消えてるんだ。
姉貴あねきに尋ねると、
士官学校があるから消すんだって。
何か秘密でもあるの?

【おかしな男】
ニャァ~ニャァ~
……ニャァ……

アンタには、オイラがわかるニャ?
――そういう人もいるニャか!
こりゃ驚きだニャ~
この人には隙間すきまがあるニャ。
オイラ、その隙間すきまに入ったニャよ!
なかなか、快適ニャ!
人間は背が高いニャね!
普段の景色も違って見えるニャ。
いつもえさくれるトメばぁさんが、
やけに小さく見えたニャ……
婆さんのせがれ日露戦争にちろせんそうで死んだニャ。
――アンタ、この隙間すきま閉じないと、
この人は他人に迷惑かけるニャ!
オイラのことは気にしなくていい、
早く隙間すきまを閉じるニャ!

《バトル》

【おかしな男】
アンタ、すごいニャ!
オイラ猫の徳次郎とくじろうニャ、
またどこかで会うニャんね!

ふぅ~
何だかくたびれた……
随分ずいぶん歩いた……
市ヶ谷いちがやからずんずん登り、
ここは若松町わかまつちょうですかな?
さて、私は……
いやね、小一時間も歩いた、
歩きに歩いたわけです。
頭ン中がなかうつろになって、
ただひたすら歩きました――
うつろ歩きと名付けましょうか。

内田百間うちだひゃっけん
ああ、申し遅れました、
僕は内田うちだ百間ひゃっけんといいます。
物書きのはしくれですよ――
もしや貴方は軍の方?
怪人騒動、軍の特務が鎮定ちんていすると、
作家仲間ではうわさですよ――
――私がうつろになったのは、
ひょっとするとこの本のせいかも。
神田かんだの古書店で求めたものです。
人をして怪人ならしめる、
そういう本のあることも、
作家仲間に伝わります……
この本、どうなんでしょうか?
私のうつろ歩き、この本のせいでは?
何だか気になってきました!
中身は皆目かいもく――
どうですか、お持ちくださいますか?
よくよく、研究してください。

内田百間うちだひゃっけんが差し出した古書は、
留め具のある立派な革の装丁そうていをしており、由緒ある書物のようであった――

内田百間うちだひゃっけん
貴方とはご縁がありそうです。
またお会いできるでしょう。
いやね、ただの作家の勘ですが――
【着信 喪神もがみ梨央りお
若松町わかまつちょうの辺り、
セヒラは観測されません。
もう大丈夫かと思います。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
あの内田百間うちだひゃっけんに会うとは!
一昨年おととし百鬼園随筆ひゃっきえんずいひつで、
一気に人気に火がついた先生だ。
夏目なつめ漱石そうせきの門下で、
芥川龍之介あくたがわりゅうのすけとも交流をお持ちだ。
それにしても……
作家先生らは耳聡みみざといなぁ。
本のことも聞き及んでいるとは――
それで、本のせいでうつろになったと、
そう言うんだな……
あの辺りを小一時間も歩いたと。
かつて百間ひゃっけん先生、
砲工学校で教えていたからな、
若松町わかまつちょうの土地勘は十分だろうが。
その本、早速、鑑定を頼もう。
帝大のつた博士に連絡するぞ――
本がゴエティアであればだが、
百間ひゃっけん先生、なかなか興味深いことになりそうだのう――

第一章 第五話 市ヶ谷騒乱

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

妖怪ようかい騒動がしずまってほどなく、
山王さんのう機関本部に
めずらしく来客があった。
法律家のような厳格げんかくな表情であり、
それでいてロイド眼鏡の奥には、
まるで少年のように
好奇こうきに輝く瞳があった。
その初老の男は興味深そうにあたりを
見回していたが、
やがて風魔ふうまに気がつくとその
しぼられた口元を、わずかにだがほころばせた。

つた博士】
ここがアジトで、君が工作員と。
ふむふむ、お膳立ぜんだては万全ばんぜんじゃな!

――喪神もがみ風魔ふうま君!
この極東きょくとうの地が、はるか西亜細亜アジア
亜剌比亜アラビアまでをつらぬく一本の竜骨りゅうこつの、
その起点となる日が近い――
帆村ほむら魯公ろこう
博士のご高説こうせつ
よくたまわっております。
今日はご足労そくろう頂き、感謝します。
つた博士】
全然、構わんのだよ。
むしろ興味を持っておった。
亜細亜アジアの始まりはここにある!
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま、こちらの方が昨晩話した、
帝大の先生だぞ。
古代オリエントの歴史や宗教の権威、
洋の東西をつなぐ亜剌比亜アラビア
歴史や文化にもおくわしい――
古書の鑑定、解読において、
博士ほどの適任は他にない――
どうかよろしくお願いします、博士。
つた博士】
うむ、実に美しい本だ。
まずは慎重に鑑定を行うとするか。
解読はその後じゃな――
帆村ほむら魯公ろこう
それでは博士、お待ちしています。
解読が終われば、お知らせください。
梨央りお、帝大の博士の研究室に、
専用の電話を手配してくれ。
参謀本部にはわしから具申ぐしんしておく。
喪神もがみ梨央りお
承知しました、隊長。
あの……今、大丈夫ですね?
帆村ほむら魯公ろこう
どうしたんだ、何があった?
喪神もがみ梨央りお
隊長、
歩兵第一連隊だいいちれんたいからの要請ようせいです。
帆村ほむら魯公ろこう
歩一ほいちから……
何だ一体?
喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷いちがや刑務所けいむしょで暴動です。
怪人かいじん絡みではないかと
いうことでした。
囚人しゅうじん達は鉄格子てつごうしを折り曲げ、
舎房しゃぼうから表に出たそうです。
――すごい力です!
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、風魔ふうまよ。山王さんのう機関出動だ。
今回はわしも同行しよう。
留守は頼んだぞ、梨央りお
喪神もがみ梨央りお
承知しました。
市ヶ谷いちがや方面、継続して探信たんしんします。

市ヶ谷刑務所前いちがやけいむしょまえ

市ヶ谷いちがや刑務所――その前身は東京監獄かんごくである。
明治末期のアナーキストであった、
幸徳秋水こうとくしゅうすいが処刑されたのがこの地であった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
囚人しゅうじんたちが外門にまで迫っています。
市中に出す訳にはいきません。
何としても食い止めてください!
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま、ここはわしが引き受けた。
お前は中に突入しろ!

市ヶ谷刑務所いちがやけいむしょ・入口〕

【囚人ハ】
おっと、いきなり軍人が来たと?
いやね、無理に出るつもりじゃ……
ホントですって!

【囚人ロ】
いったい何なんだ、奴は?
物凄ものすごい力で、おりを破って、
看守かんしゅをぶっ飛ばして……
何でも財閥ざいばつ系の会社にいたらしい。
会社をクビになって、
腹いせで人を刺しまくったそうだ。

【囚人イ】
ふふふ、邪魔しに来たのか?
私はここを出ると決めた。
出て、河田かわだの奴に意趣いしゅ返しをする!
そうだよ、私は阿片アヘンの横流しをした。
緬甸ビルマから仕入れた極上の阿片アヘンだ、
それを上海シャンハイ支那シナ人に売る――
我が敷島しきしま物産のれっきとしたあきないだ。
南支なんし課長の河田かわだは、仕切りを安くし、
横流しを私に命じたんだ。
社に発覚した時、河田かわだの奴、
横領おうりょうはすべて私の独断どくだんとしたんだ!

【囚人イ】
私に阿片アヘンチンキを飲ませ、
中毒にして罪をなすりつけたんだ。
あの野郎、こ、殺してやる!!

《バトル》

【囚人イ】
はぁはぁはぁ……
この力も阿片アヘンがもたらすのか?
ならば、もっとってやる!
【着信 喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷刑務所を中心とした
セヒラ反応依然高し。
隊長――じゃなく、
白ノ六号帥士しろのろくごうすいしは、未だ複数の怪人かいじん
門の周辺で戦闘継続中です。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしは、
速やかに刑務所内の怪人を
探信し、排除してください。

刑務所舎房けいむしょしゃぼうひがし

囚人しゅうじんたちは皆、
ろうの中で震えている。

【着信 喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷いちがや刑務所ですが、
セヒラの値、高いままです!
原因を突き止めてください。
白ノ六号帥士しろのろくごうすいしは、
西の舎房しゃぼうで怪人鎮定ちんてい中です!
まだセヒラ反応、複数あります!

【囚人ヌ】
おりを破った怪力野郎は表だ!
けどな、まだいるんだ――
何か、感じる……
俺はこういうのに敏感なんだ。

【看守】
暴れろ、暴れろ、囚人しゅうじんどもめ!
――あんた、軍の関係者ですか?
じゃ、話しましょう。
囚人しゅうじんを少し調達して欲しいと、
あるところから頼まれていてね!

【看守】
私はその計略、進めるつもりです!
ウハハ、囚人しゅうじんめ、
どんな目にうか、
楽しみで仕方ないぜ!!

《バトル》

処刑場しょけいじょう

ここは市ヶ谷いちがや刑務所処刑場だ。
絞首刑こうしゅけいのロープに遺骸いがい
ぶら下がっている。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
きわめて高いセヒラを観測しました!

帆村ほむら魯公ろこう
うむ……
結局、ここだったのか……
高いセヒラの原因、ここにありだな。
……ただならぬ邪悪な気配を感じる。
気を付けろ、風魔ふうま

【吊られた男】
貴方達は……
おもてから来ましたね。
おもての気配をただよわせていますからね。
私の体は死んでいます――
拍動はくどうがありませんから。
私は死ぬ直前で止まっています――
帆村ほむら魯公ろこう
止まっている?
つまりは間際まぎわの……
その思念ということか?
【吊られた男】
そうです、死んだらおしまいです、
死後の世界なんて無い。
私は医学者でしたから。
ある毒瓦斯ガスの開発に従事じゅうじして、
支那シナで実験を繰り返しました。
私は口封くちふうじのために死刑に……
おかしいですよね、軍の要請ようせいに、
ただ従っただけなのに。そうでしょ?
私は責任を押し付けられた格好かっこう!!

帆村ほむら魯公ろこう
大地はあまねく暗くなりダークネス オーバー オール ザ ランド――
【吊られた男】
な、何ですか、それは?
帆村ほむら魯公ろこう
こいつはキリスト者でない、
だからキリストしゃの思念を呼ぶ、
いや、学者の思念が来るかもな!
我が神よエリ我が神よエリ
なぜ私を見捨て給うのかレマ サバクタニ
【吊られた男】
ああ、何者かが……
この体に……
入ってきた! 私は、退かないぞ!

《バトル》

【吊られた男】
わ、私は……
どこへ行くんでしょうか……
体もなく、心もせて……
帆村ほむら魯公ろこう
おそらくはキリスト教の学者、
その思念がやって来たのだろう。
――つた博士で思いついたんじゃ。

帆村ほむら魯公ろこう
イエスの言葉で、刑場けいじょうむくろが、
十字架じゅうじか上のイエスの姿に重なり、
思念が寄せられたと思う……
しかし、学者というのは、どこまでも
純であるな、たとえ思念でも!
おかげで助かったぞ!
刑務所、刑場けいじょう、そういった場所は、
セヒラが集まりやすい、
そういうことじゃ。
帝都の巡視パトロールにあたり、
よく心しておかねば――
さぁ、歩一ほいちに連絡して、
今回の公務は終了だ。

第一章 第六話 魔導書ゴエティア

山王機関本部さんのうきかんほんぶ
市ヶ谷いちがや刑務所での暴動は
翌日の新聞紙面しめんにぎわせたが、
すぐさま内務省による
情報統制とうせいかれた。
しかし山王さんのう機関本部にいる帆村ほむら魯公ろこうは、どこかえない表情をしていた。

帆村ほむら魯公ろこう
市ヶ谷いちがや刑務所の件、
今のところただの囚人しゅうじん暴動として
処理できておる――
だが怪人かいじんのことがれると、
どんな流言飛語りゅうげんひごが現れるや知れん。
治安ちあんの乱れを招きかねない――
風魔ふうま、お前は第一連隊だいいちれんたいに行き
この件の報告書を届けてきてくれ。
連隊長の刑部おさかべ大佐殿は、
一応兼務けんむながら、
この山王さんのう機関の機関長だからな。
報告は迅速じんそくに上げておきたい。
それでは、頼んだぞ。

歩一ほいち本部に出頭するはずの喪神もがみ風魔ふうまだが、梨央りおの急な要請ようせいもあり広尾橋ひろおばしの近くにいた。

広尾橋ひろおばし

有栖川宮ありすがわのみやの御用地が昭和9年に東京市に賜与しよされ、公園として市民に公開された。
その有栖川宮記念公園ありすがわのみやきねんこうえんを水源のひとつとするのが笄川こうがいがわだ。
広尾橋ひろおばしはその笄川こうがいがわにかかる橋のひとつである。

【着信 喪神もがみ梨央りお
広尾橋ひろおばし周辺でセヒラ観測中です。
周囲に警戒してください。

【宮家の侍女】
おや、皇軍の方でございますね。
ちょうど良かった――
近く、京都より、聖宮ひじりのみや様が上京され、麻布あざぶにおいでになります。
あの界隈かいわい、まだ怪人かいじん騒動は
ありませんが、予防に越したこと、
ございませんね。
是非、予防いただきたく存じます。
また時季じきを見てお願いに参ります。
おいでになるのは聖宮成樹ひじりのみやなるき親王、
その方にございますよ。

【大学生M】
彩女あやめさん!
僕をおぼえておいででしょう!
いつもセルパン堂に
うかがっているのに。
周防すおう彩女あやめ
ご、ごめんなさい。
彩女あやめは……人のお顔を……覚えるのが
苦手で……お客様ですよね?

学生と話しているのは、周防すおう彩女あやめだ。
鈴代すずよが良く通っている四谷よつや区にある
セルパン堂という古書店の店員だ。

【大学生M】
あなたは僕を知っているはずだ。
だって、いつも稀覯書きこうしょたなにいるよ。
そうだろ、何度もあいさつ挨拶をしたよ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
広尾橋ひろおばし付近、急速にセヒラ増大。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、警戒してください。

【大学生M】
世紀の希書と誉れ高い青の書ブルーブック
それに勃海経本ぼっかいきょうほん、リブレセクレ、
ダミアヌス写本まであるんだ――
周防すおう彩女あやめ
そんな目で見るのは、
止してください……
【大学生M】
あの忌々いまいましい店長はそんな本に、
僕を指一本触れさせてくれない!
でも彩女あやめさんは違うよね!
彩女あやめさんの後を付けたら、
ほうら、素晴らしい本に出会えた!
――それは何て言うんだい?
もしやゴエティアの書じゃないかい?
悪魔の召喚を説いた書だろ!
素晴らしい稀覯書きこうしょだ!
周防すおう彩女あやめ
これは……
修道女の日記です。
【大学生M】
嘘を付くんじゃない!
世界稀覯書きこうしょ展の図録ずろくで見たんだ。
僕は知ってるぞ!
周防すおう彩女あやめ
嫌です、止してください!

【大学生M】
何だ、お前は?
それは僕の本だ、
本にとってもそのほうが幸せなんだ!!

《バトル》

【大学生M】
僕にはもっと力が必要だ!
そうだ、恐怖におののく者どもを探す。
あははは、容易たやす容易たやすい!

周防すおう彩女あやめ
有難うございました。
あなたは……確か、鈴代すずよさんと
よく一緒に来られている……
喪神もがみ風魔ふうまさんですよね?
せんだって鈴代すずよさんが茶道の本を
見てらっしゃるとき
喪神もがみさんは優しく見守られて……
そんなお二人は私のあこがれですよ。

……あら?

あらら……
もしかして……
ああ、どうしましょう……
さっきの人に本を奪われたわ。
式部しきべ店長に何ておびしたら……
大事の大事で大事なご本なのに。
……広尾にお住まいの本の蒐集家しゅうしゅうかがお亡くなりになり、ご家族が
本を処分したいと仰ったのです。
鑑定していたら、式部しきべ店長厳命の
見つけたら絶対に確保せよという
ゴエティアが見つかって……
ゴエティアとは、魔物を
召喚するための魔導書なのです。
彩女あやめは舞い上がりました。
これで店長に認めてもらえる。
ところが急転直下不幸のどん底です。
頭を下げるだけではもう
許されないことなのです……
そう、死んでおびするしかない。
彩女あやめはこれから古川に飛び込みますか
らセルパン堂にそのむねお伝え下さい。

え? 死ぬ必要はないと
おっしゃるの?
あなたがご本を取り返すと……
もし……もし、本当に本を取り返して
いただけるのなら、
彩女あやめはもう少し長く生きられます。

鈴蘭女学園前すずらんじょがくえんまえ

【気丈な女学生】
ちょっと君。
ここは男子禁制の聖なる学びの園。
先生の許可は取っているのだろうね?
【大学生M】
そんなことは、どうでもいい!

周防すおう彩女あやめ
あれ……さっきの人です!

【明るい女学生】
ねえ、この方何か様子が変ですわ。
気ぜわしいし、目つきも怖い。
【変わった女学生】
もしかしてヘンタイ!
観察対象!
観察、観察――
しかと見届けます――
風体ふうていは学生のよう……
――でも天婦羅てんぷらかもしれません!
荒い息、見開いた目……
――我々に不要な興味をいだく?
手には古い西洋の書物……
――ひときわ怪しい!
【明るい女学生】
やっぱりね!
変態なんじゃないかしら!
完全なる変態ですわ!
【気丈な女学生】
完全なる変態!
なんと猟奇りょうきな!
その実物が、ここに見えると――
【大学生M】
ごちゃごちゃうるさいぞ!
お前達などただの留袖新造とめそでしんぞう風情ふぜいだ!
お前達は神洲大八洲しんしゅうおおやしま恥辱ちじょくだ!
白妙しろたえの一点のみだ!
ウハハハハ~
せいぜいわめけ! それが僕の栄養だ。
お前達の恐怖が、栄養なんだよ!!
【明るい女学生】
まぁ! 恐ろしい! なんてことを!
誰か先生にお知らせしてきて。
【後方の女学生】
はい! おひいさま!

【大学生M】
ん? き、貴様!
しつこい野郎だな――
周防すおう彩女あやめ
その御本を返してください。
【大学生M】
これは彩女あやめさんがくれた本だ。
今更じゃないか!
彩女あやめさん、聞いてくれ!
誰よりも、この僕こそが、
この本の持ち主にふさわしいんだ。
やっと本物の稀覯書きこうしょが、
僕のものになるんだ!

【大学生M】
彩女あやめさん、貴女のお陰です!
たくさん、お礼を言わなきゃ!
――その前に、こいつだぁ!!

《バトル》

【大学生M】
ああ……僕は……本を……
次は……
コスマス写本を頂く!!
【明るい女学生】
キャア! この方、どうなさったの?
【変わった女学生】
言葉を残して卒倒そっとう……
――何が起きたのか?
【気丈な女学生】
先生が来られるまで
触るんじゃないぞ。

風魔ふうまは古書を拾い上げ、彩女あやめに渡した。

周防すおう彩女あやめ
有難うございました。
これで彩女あやめは今回死なずに
切り抜けることができました。
この御本、わざわいの元なのですか?
また狙う人が来そうです……
セルパン堂までご一緒して
いただけませんでしょうか?

〔セルパンどう

東京市電11系統の四谷塩町よつやしおまち電停、
そのほぼ目の前にある古書店がセルパン堂だ。
店内は古書がかもす独特のにおいに満ちていた。

如月きさらぎ鈴代すずよ
あ! 彩女あやめさん、良かった。
お帰りなさい、何か胸騒ぎがして、
私来てしまいました。
周防すおう彩女あやめ
有難うございます!
その実、彩女あやめ、危なかったのです。
御本、うばわれそうになりました。
如月きさらぎ鈴代すずよ
あら、風魔ふうまさんもご一緒に?
周防すおう彩女あやめ
はい、彩女あやめ喪神もがみさんに
助けられたのですよ。
じゃないと死んでおびをする――
如月きさらぎ鈴代すずよ
ええ?
いったい何があったのですか?

彩女あやめは出来事の顛末てんまつを話した。
学生に付けねらわれたこと、
ゴエティアはうばわれずに済んだこと――
その学生がセルパン堂によく来ていたか、
まったく覚えていないと彩女あやめは強く言った。

如月きさらぎ鈴代すずよ
でもね、彩女あやめさん、
そんなすぐに死んでおびをなどと、
軽く言うものじゃありませんわ。
式部丞しきべじょう
喪神もがみさん――
何だかお手数をお掛けしたようで。
申し訳ありません。

鷹揚おうような感じで姿を見せたのは、
セルパン堂の若きあるじ式部丞しきべじょうである。
帝大の哲学を出て古書店主を務めている。
どこかとらえどころのない人物だが、
帆村ほむら魯公ろこうとはそこそこ長い付き合いだ。
鈴代すずよ風魔ふうまのことも知っている。

周防すおう彩女あやめ
店長、ご、ご心配をお掛けしました。
彩女あやめは命を掛けてゴエティアを
手に入れたのですっ!
式部丞しきべじょう
でも彩女君、蒐集家しゅうしゅうかの古書が、
よくゴエティアだとわかったね!
君はいつの間にそんな知識を……
周防すおう彩女あやめ
店長が詳しく教えて下さいましたわ。
でも、あの学生さんは、
中を見ないでわかったみたいです。
よほどおくわしいのですわ。
でも……お店によくいらしていたって
彩女あやめ、ちっとも存じませんでした!
やはり、彩女あやめがあの学生さんを、
引き寄せたのでしょうか……
だんだん、そんな気がしてきました。
如月きさらぎ鈴代すずよ
彩女あやめさん、何でもご自分のせいに
なさっちゃいけませんわ。
周防すおう彩女あやめ
でも……
私……彩女あやめは、きっと、きっと、
――引きつけたんですわ!
如月きさらぎ鈴代すずよ
まぁ、そんな……
怪人かいじんを引きつけるなんて、
そんなこと初耳はつみみです。
彩女あやめさんが何かを持っているなら、
それはひたむきさかしら――
周防すおう彩女あやめ
彩女あやめは怪人に好かれるのですか?
何だか怖いです、怖いのですが、
わくわくもしますわ!
式部丞しきべじょう
ふむ……不思議な子だ。
君という人は。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、現在四谷よつやですね。
公務電車、四谷塩町よつやしおまちに停まっています。
――あっ、隊長!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
おい、風魔ふうま
歩一ほいちはどうした?
刑部おさかべ大佐がお待ちだぞ!
一旦いったん、本部へ帰還するんだ、
今すぐにな!
式部丞しきべじょう
どうやら、かなりご迷惑を
お掛けしてしまったようですね……
でもこの借りは、
必ずお返しできると思いますよ。
それもかなり近いうちにね。

第一章 第七話 召喚師の帰国

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
探信儀たんしんぎと公務電車の記録で、
おおよそのことはわかった。
そもそもは梨央りおがセヒラを観測して、
広尾ひろお方面にくだるように指示を出した。
急なことだったからな――
結果、ゴエティアの書は
守られたわけだが……
大佐は待ちぼうけを食らっておる。

ムハハハ~
まぁ、待つのも上官のつとめだわな!
刑部おさかべ大佐は大きなお人じゃし。
だが、これ以上、待たせられんぞ。
それで……梨央りお梨央りおはどこだ?
風魔ふうまが出るというのに、まったく――

広尾橋ひろおばし

【着信 喪神もがみ梨央りお
広尾橋ひろおばし何故なぜかセヒラが消えません。
探信儀たんしんぎの調子なのか……
確認だけ、お願いします!

【宮家の侍女】
皇軍の方なので申しますがね、
近く上京なさる宮様は、聖宮ひじりのみやですが、陸軍の特務機関に関係あるとか――
聖宮ひじりのみや様が発起人ほっきにんとなり、
陸軍に特務機関ができたそうですよ。
貴方も、その方面のお方ですか?

天婦羅てんぷら学生】
僕はこう見えてもね、帝大に通う。
――と言ってもせきはないけどね。
つまりは聴講生ちょうこうせいってわけさ。
最近、文科の連中に、相談所に
通い詰める奴が増えてきている。
ほら、ラヂオで宣伝せんでんしてる、
人生よろづ相談だよ。
何でも相談、来れば福呼ぶ――
電話、京橋きょうばし三五の
ってね。僕も行こうと思うんだ。

【軟弱学生】
もうじき鈴蘭すずらんのお嬢様が、
坂を降りてくる頃だ。
僕は毎日ながめてるんだ――

第一連隊本部だいいちれんたいほんぶ練兵場れんぺいじょう

第一師団歩兵第一連隊だいいちれんたい赤坂あかさか檜町ひのきまちにその本部を構える。
明治7年に軍旗拝受した、最も伝統のある部隊である。
通りを挟む麻布あざぶ龍土町りゅうどちょうには、第一師団歩兵第三連隊だいさんれんたい本部がある。
何かと比較される2つの部隊であった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん、歩一ほいち刑部おさかべ大佐には、
遅延のむね、連絡済みです。

刑部おさかべ大佐】
喪神もがみ中尉か!
遅延のことは聞いておるぞ。
――四十八分の遅れだな!
この遅延、わしの胸三寸に収める。
山王さんのう機関にケチが付いてはいかん。
そうではないか――
報告書を受け取ろう……
最初は怪人などそんなにおるかと、
そう思うたが、いやはや、
帝都の治安、貴様らの双肩そうけんにかかる!
今後とも、充分に留意して、
帝都の治安維持につとめてくれ。
さてと、貴様の遅延、
不問ふもんするのは訳があってのう――
報告書がためだけに、
兵らを並ばせたわけではない。
ここにおるのは歩一ほいちの各部隊の兵だ。
実はな、喪神もがみ中尉。
今ここでとやらを扱う、
貴様らの戦いを実演して欲しいのだ。
紹介しよう、
第三連隊だいさんれんたい鬼龍きりゅう大尉たいいだ。
鬼龍きりゅう豪人たけと
久しぶりだな、喪神もがみ風魔ふうま


刑部おさかべ大佐】
鬼龍きりゅう大尉たいいとは
旧知きゅうちの仲らしいな。

鬼龍きりゅう豪人たけと――
如月きさらぎ鈴代すずよと同じ東雲しののめ門下もんか審神者さにわであったが東雲しののめ流の閉じたことにより独逸ドイツに留学。
独逸ドイツで召喚師として修練を積み、第三連隊だいさんれんたい玄理げんり派にわれて帰国、現在、第99小隊を率いている。

鬼龍きりゅう豪人たけと
特務機関に中尉ちゅういに特進したのか。
私達は正規の召喚師しょうかんし部隊をもうける。
その準備で忙しくてな――
刑部おさかべ大佐】
よかろう大尉。貴様の独逸ドイツ式召喚と、
歩一の帆村ほむら流、どちらが戦力になるか
試すという要請が師団長からあった。
今より、の演習を行う。
旧交を温めるのはその後で良いだろう。
演習に必要なもの、
何かあるかね?
鬼龍きりゅう豪人たけと
何もいりません、大佐。
まずは部下のにのまえ少尉が参加します。
一五市にのまえごいち
第九九小隊、
少尉しょうい一五市にのまえごいちであります!
刑部おさかべ大佐】
よし!
両者、構えろ――
演習、始め!!
鬼龍きりゅう豪人たけと
山王さんのう機関がどれほどのものか、
とくと拝見する!

【着信 喪神もがみ梨央りお
この演習試合、白ノ六号帥士しろのろくごうすいし
さっき聞いたばかりだそうです。
刑部おさかべ大佐を信頼するしかありません。
兄――いえ、黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
当然勝てますよね。

《バトル》

一五市にのまえごいち
ま、参った……
刑部おさかべ大佐】
しょ、勝負あり!
山王さんのう機関喪神もがみ特務中尉ちゅういの勝利……
―――であるか!
しかし――
わしには何も見えなんだ。
鬼龍きりゅう豪人たけと
大佐、自分がご説明いたします。
戦は別次元での戦いです。
そこでは同士の死闘が
繰り広げられます。
その戦い、を操る異能者以外に、
うかがい知ることは出来ないのです。
勝敗が一瞬で決するように見えます。
刑部おさかべ大佐】
今の一瞬のうちに、
戦いが繰り広げられたというのか!
この勝負、見えた者はおるか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
歩一ほいちの将兵の中には、
審神者さにわ、ないしは召喚師の素養のある
者はいなかったようですね――
では次、自分が戦います。
修行先のトゥーレの館では、基礎とした東雲しののめ流帰神法が役に立った。
普通の召喚師と同じではないぞ!

《バトル》

【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん、鬼龍きりゅうなんかに負けないで!
鬼龍きりゅう豪人たけと
梨央りおちゃんも立派になったものだ!
少しは霊異りょういを現すようになったか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
軽々しく言わないでください!
あなたは、私たちを、裏切った!!

【着信 喪神もがみ梨央りお
やった! 兄さん!
鬼龍きりゅうに勝った!
鬼龍きりゅう豪人たけと
迂闊うかつでした!
刑部おさかべ大佐】
その体たらくで、
歩三ほさんの召喚師部隊、
指揮できるのか――
鬼龍きりゅう豪人たけと
それとこれとは……
話が違います――
刑部おさかべ大佐】
よろしい、勝負あった!
第一連隊だいいちれんたい山王さんのう機関
喪神もがみ風魔ふうま特務中尉ちゅういの勝利!!
鬼龍きりゅう豪人たけと
召喚師部隊を作り、
そのあかつきには雪辱せつじょくを晴らすべく、
再びの手合わせを――
刑部おさかべ大佐】
その時はその時だな。
喪神もがみ中尉、二連勝というわけだ。
山王さんのう機関、頼もしいぞ――
目を皿にしておったが、
見えぬものは見えぬものだな、
とやらは――
刑部おさかべ大佐はしばら風魔ふうまを見ていたが、
不意に合点がてんしたようにうなずいた。
刑部おさかべ大佐】
戦綱領を論文にしたためたのは、
京都にいる柄谷がらたに生慧蔵いえぞうという学者だ。
その論文を参謀本部が採用した。
すぐ、戦に備えよとの命が下り、
山王さんのう機関の設立相成あいなったのだ。
まこと趣旨しゅし、わしもまだよくは――
よし!
両名並びににのまえ少尉、演習ご苦労。
それでは、連隊解散!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ――兄さん!
お疲れ様でした。
本部へお戻りください。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
刑部おさかべ大佐、歩一ほいちの将兵の中に、
資質者を見つけようとしたのか?
もっと他にやり方があるだろうに……
鬼龍きりゅうもかつては東雲しののめ流の使い手。
東雲しののめ流の閉じるの閉じないのという時、不意に独逸ドイツへ渡りおった。
まるで当てつけるかのように、
独逸ドイツ式召喚術を会得えとくして、
あろうことか玄理げんり派側に付いている。
召喚師対審神者さにわ戦……
今回は勝てたが、向こうの手の内は
全く読めん。油断ならぬぞ。
もっともあそこで負けていたら
帆村ほむら流は立つ瀬が無かった――
喪神もがみ梨央りお
兄さん! やりましたね!
あの鬼龍きりゅうの鼻っ柱を、
へし折ってやったんです!
あいつ、門下もんかなのに宗家そうけに上がる時、
なんだかすごく偉そうで……
嫌な感じでした!
帆村ほむら魯公ろこう
確か渡独とどく前は京都の師団、
第十六師団におったはずだ。
京都にも東雲しののめの道場はあったのか?
喪神もがみ梨央りお
そんな話は聞いていません。
帆村ほむら魯公ろこう
まさか宗家そうけを名乗ろうとしておった、
いや、それはないだろう、さすがに。
だが礼にもとる人物なのかも知れん。
喪神もがみ梨央りお
鈴代さんは東雲しののめ流を閉じるにあたり、
あの人……鬼龍きりゅうのことも
気にかけていらしたんです。
帆村ほむら魯公ろこう
わしにも相談があった――
三年前の三月のことだった。
それで帆村ほむら流として、
流派をまとめることにしたんだ――
ほどなく山王機関の設立なった。
喪神もがみ梨央りお
東雲しののめ流、鬼龍きりゅういでいたらと思うとゾッとしてきます!
帆村ほむら魯公ろこう
ふむ……だが、鈴代すずよ女史の決意を、
よく思わない連中もいそうだな。

第一章 第八話 アーネンエルベ

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

その日、山王さんのう機関本部に来客があった。彼女がここに来るのは久しぶりである。
地下100メートルの本部にパッと光が射した――

如月きさらぎ鈴代すずよ
今日はお招きいただき――
あら! 風魔ふうまさん……
どうしたんですか、その格好は?
帆村ほむら魯公ろこう
いやぁ、鈴代すずよさん!
わざわざお越しいただいて……
鈴代すずよさん、
お願いしたいことがあるんです。
如月きさらぎ鈴代すずよ
私に出来る事なら……
帆村ほむら魯公ろこう
いつもと趣向を変えて、
弟、風魔ふうま引率いんそつ願えませんか?
喪神もがみ梨央りお
弟……
兄さんが……鈴代すずよさんの弟ですか?
如月きさらぎ鈴代すずよ
うふふ……
何だかわかったような気がしますわ。
帆村ほむら魯公ろこう
申し訳ないが、どうだろうか?
如月きさらぎ鈴代すずよ
も、申し訳ないだなんて、そんな、
風魔ふうまさんの方こそご迷惑では……
帆村ほむら魯公ろこう
セルパン堂はよくご存知ですな。
四谷よつや区にある古書店です。
如月きさらぎ鈴代すずよ
はい、ぞんじております。
帆村ほむら魯公ろこう
仲の良い姉弟あねおとうとのようにして、
風魔ふうまを連れ立って欲しいのだ。
――純情青年の風魔ふうまをな。
喪神もがみ梨央りお
うふふ……
そのりなら、兄さん、
すっかり弟ですね。
如月きさらぎ鈴代すずよ
…………
帆村ほむら魯公ろこう
東京にとついだ姉が、
上京してきた書生しょせい風情ふぜいを連れている、
そういう按配あんばいなのです。
今回の四谷よつや行き、重要でしてな。
身分が知れると厄介やっかいなのですよ。
風魔ふうまのことを調べている連中がいて、
その目をあざくというわけです。
如月きさらぎ鈴代すずよ
承知しました。
帆村ほむら魯公ろこう
そのなりで、しかもあなたと一緒だ、
風魔ふうまのことが見破られることは
ないでしょう。
如月きさらぎ鈴代すずよ
そうだといいのですが……
帆村ほむら魯公ろこう
鈴代すずよさん、改まって申しますが、
あなたのお力添ちからぞえ、
常々、感謝しておるところです。
如月きさらぎ鈴代すずよ
そんな……
たいしたことは出来ておりません。
それに……
東雲しののめの流派も閉じてしまい、帆村ほむら流の発展をお祈りするばかりです。
帆村ほむら魯公ろこう
しかし、よくぞ決断されました。
東雲しののめ流から継いだ奥義おうぎの数々、
責任をもって守り抜きますぞ。
喪神もがみ梨央りお
兄さん、公務電車は塩町しおまちまで行かず、
四谷見附よつやみつけの先でめます。
そこから歩きになります。
如月きさらぎ鈴代すずよ
四谷見附よつやみつけなら、塩町しおまちまで、
電停三つ分ですわ。
帆村ほむら魯公ろこう
よし、では早速、出かけてくれ。
用心するに越したことはないぞ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
それでは、参りましょうか、
風魔ふうまさん。
喪神もがみ梨央りお
朝五時に新宿しんじゅくに着く夜行があります。
兄さんはそれで上京したんです……
長野ながの、夕方の五時二八分発です。
帆村ほむら魯公ろこう
ほう! それは急行かな?
喪神もがみ梨央りお
いえ、普通列車です!
如月きさらぎ鈴代すずよ
それでは、さぞお疲れでしょうね……
帆村ほむら魯公ろこう
過ぎたる演技はいらんが、
目立たないようにはしてくれ。
いいな――

〔セルパンどうまえ

はたからは仲の良い姉弟にしか見えない2人――
公務電車を手前の四谷見附よつやみつけで降り、
電車通を歩いてセルパン堂まで来た。

如月きさらぎ鈴代すずよ
問題なく来られましたわ。
私、お役に立てたのかしら……

セルパン堂に入ろうとすると、
店内から1人の外国人女性が現れた。
店に入ろうと左に避けると女性も左へ、
右に避けると女性もまた右へ……
2人は同時に動きをやめた――

【美しい碧い瞳の女性】
――ごめんなさい……

女性はまさしく金髪碧眼へきがん――
その透明感のあるあおい瞳が風魔ふうま見据みすえた。

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん、通してあげて――
【謎の白人男性】
どうしましたか、ユリア――

セルパン堂から姿を見せた白人男性は、
流暢りゅうちょうな日本語でしゃべった。

【美しい碧い瞳の女性】
今、こちらの方と……
【謎の白人男性】
君は、大学生でしょうか?
学校はどちらで?
この店に通うとは、
なかなか研究熱心なようです。
【美しい碧い瞳の女性】
――美しい瞳……
まるで黒曜石のように深く黒く……
【謎の白人男性】
ユリア、どうしました?
日本人は誰でも黒い目ですよ、
違いますかな?
その黒さゆえに、考えが読めない、
私は常々そう思っています。
【美しい碧い瞳の女性】
考えがあるのではなく、
強い信念がある――
そんな風に思います。
【謎の白人男性】
なるほど――
いろいろあるものですね。
【美しい碧い瞳の女性】
――またおいできる。
そんな気がしますわ。

遠ざかる2人を見送った後、
鈴代すずよがそっとつぶやいた――

如月きさらぎ鈴代すずよ
今の方……
とても美しい方でしたわね。
あおい瞳に吸い込まれそうでしたわ。
…………
……それでは、お店の中へ。

〔セルパンどう
周防すおう彩女あやめ
あら、鈴代すずよさん、いらっしゃいませ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
こんにちは、彩女あやめさん。
周防すおう彩女あやめ
あ! そうそう、良い御本が
入りましたよ。
どこでしたっけ店長。

声に呼ばれ、奥から式部しきべ
のっそりと姿を現した。

式部しきべじょう
いらっしゃいませ、如月きさらぎさん。
如月きさらぎ鈴代すずよ
ごきげんよう、式部しきべさん。
式部しきべじょう
お待ちください。
石上神宮いそのかみじんぐう献茶けんちゃについての
古書を手に入れましてね。
如月きさらぎ鈴代すずよ
いえ、今日はあの……
式部しきべじょう
おや、そちらは……
ご一緒で?
式部しきべじょう
ああ、喪神もがみさんでしたか!
いやぁ、てっきり学生さんかと。
周防すおう彩女あやめ
あれ! 喪神もがみさん!
ごめんなさい、彩女あやめ
ちっとも気付きませんでした!
式部しきべじょう
ふーん、なるほど!
周防すおう彩女あやめ
店長……
あからさまに過ぎますわ。
式部しきべじょう
いやぁ、失敬しっけい
実に見事な変装ですね!
手を入れすぎていない所が良い、
あざとさを感じません。
喪神もがみさんの持ち味を引き出して、
そこに別な印象を注いでいる、
いやはや、巧妙こうみょうですね!
しかし……眼光の鋭さは……
如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさんって、
そんなに鋭い目でしょうか?
式部しきべじょう
ああ、鈴代すずよさんはそうは思われない、
そうなんですね?
幼馴染おさななじみだからでしょうね、
その印象がまさるのですよ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
そういえば、今しがた
外国の方が二人、
出て行かれましたが……
式部しきべじょう
ああ……
あれはアーネンエルベの者ですよ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
アーネンエルベ?
式部しきべじょう
アドルフ・ヒトラー率いるナチ党は、
ある意味、狂信者の集団なのです。
自分たちの祖は超人的アーリア人、
その擅断せんだん的な独りよがりの思想に、
かれているのですよ。
神話の時代、アーリア人は
超能力で世界を支配したという
幻想を信じてるのですよ。
その神霊しんれいの力を取り戻し、
再び超人として世界を支配するために
研究調査組織が作られます……
如月きさらぎ鈴代すずよ
それが、アーネンエルベ?
式部しきべじょう
そう、彼らはアーリア古代文明の
証拠を世界各地で調査しつつ、
超人化の道を探求する者です。
周防すおう彩女あやめ
でも、どこかロマンチックな
話なのですわ。
式部しきべじょう
そうだね彩女あやめ君。
だが、幻想とロマンには
危険がつきものだ。
ナチスSS親衛隊長官のヒムラーは、
本国に先駆けてアーネンエルベを
昨年、東京に開設しました。
アーネンエルベ極東分局といいます。
独逸ドイツ大使館内にあり、
今年、本格稼働し始めた模様です。
所長はルドルフ・ユンカー博士。
神智しんち学方面の権威だとか。
その真面目にキの付く偉い先生が、
魔道書ゴエティアにまで
手を出してきたのですよ。
ま、ある意味正解なんですが……
如月きさらぎ鈴代すずよ
ゴエティアの召喚術……
鬼龍きりゅうさんが学んだのも独逸ドイツ……
式部しきべじょう
そして散逸さんいつしたゴエティア偽典ぎてん
まさにこの店にある……などと、
何処どこでどう知ったのやら……
――価値も分からず、
一見いちげんのお客様に
お売りいたしました――
遠い国にまで聞こえる書であるなら、
それはいかほどの価値なのか、
是非ぜひともご教授いただけませんか――
と、まあ、こんな感じにとぼけて
おきましたが、どこまでこちらを
信じたことやら……
さて、そういうわけで山王さんのう機関様。
これが渦中かちゅうのゴエティア偽典ぎてん
お買い上げ有難うございます。

そう言って式部しきべ風魔ふうまに古書を手渡した。彩女あやめ怪人かいじんに奪われ、風魔ふうまが取り返したあの本だ。

式部しきべじょう
あの時あなたに渡してしまえば
早かったんですけどね。
少々確認事項があったのですよ。
では、帆村ほむらさんによろしく
お伝えください。

若松町わかまつちょう

【着信 喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷いちがや近辺にセヒラ観測しました。
用心してください、黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし

【無表情な女】
待っていた……
何時間も、ここで……
――本、お前の本……

【無表情な女】
……ゴエティア、ください……

《バトル》

【無表情な女】
ゴエティア……を……
【着信 喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷いちがや依然いぜんセヒラ高し。
まだ怪人かいじんがいるはずです!

【無表情な男】
…………

【無表情な男】
……ゴ・エ・ティ・ア。

《バトル》

【無表情な男】
感じろフュールン……恐怖アング

【着信 喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷いちがやのセヒラ低下しました。
もう大丈夫かと思われます。
如月きさらぎ鈴代すずよ
待ち伏せをされていたのでしょうか?
――お怪我はありませんか?
今の人、独逸ドイツ語を話していました。
これ……おそらくあの人が
落としたものかと――
さっき話に上った独逸ドイツの秘密組織、
アーネンエルベと何か関係が、
あるのでしょうか?

それはややくもった水晶だった。
内側に幾筋いくすじもの真っ直ぐな金糸が
織り込まれたように入り、
金属的な光をはなっていた。
ガラス質の表面には、稲妻いなづまかたどった様な文様もんよう
り込まれ、黄色に彩色されていた。

如月きさらぎ鈴代すずよ
まるで古代の文字のようですわ。
何かの魔力でも秘めていそうですわ。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
八号、つた博士から連絡があった。
式部しきべ君から本は受け取っているな。
お前はそのまま帝大に行け。
敵に襲われた以上、女史じょしの安全を
確保せねばならん。九頭くずを迎えに
やらせるからお帰りいただくんだ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
私、邪魔者なんでしょうか……
微力かも知れませんが、
お役に立てることがあればと思い、
こうしているのです。

砂埃すなぼこりを立て、一台の車が滑り込んできた。

九頭くず幸則ゆきのり
お迎えに上がりましたよ、鈴代すずよさん。
如月きさらぎ鈴代すずよ
幸則ゆきのりさん!
どうしたんですか?
九頭くず幸則ゆきのり
帆村ほむら先生から頼まれてね、
鈴代すずよを迎えに来たんだよ。
さぁ、乗ってくれ、
送り先はどこがいいんだ?
ところで、その格好
なかなか似合ってるぜ風魔ふうま
田舎出いなかで書生しょせいって感じだな。
俺には真似まねできない芸当げいとうだよ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
幸則ゆきのりさん……
ご公務でお越しになったとはいえ、
私、まだ戻れません。
風魔ふうまさんに力添えできること、
あるのではと考え――
九頭くず幸則ゆきのり
――なるほど。
審神者さにわ鈴代すずよがいると、
風魔ふうまも心強いだろう――
如月きさらぎ鈴代すずよ
いえ、決してそういうことでは……
でも、今は戻りません。
幸則ゆきのりさん、お願いです、
わかっていただけますか?
九頭くず幸則ゆきのり
――しょうがないなぁ……
それで、お前達、どこに行くんだ?
さぁ、乗った、乗った、
銀座ぎんざ浅草あさくさ上野うえの……どこだい?
如月きさらぎ鈴代すずよ
ありがとうございます!
幸則ゆきのりさん。

第一章 第九話 帝大の森

帝大ていだいキャンパス〕

東京帝国大学。
3人は正門から続く銀杏いちょう並木を歩き、
建築中の法文ほうぶん科校舎を脇に見ながら進んだ。
喪神もがみ風魔ふうま如月きさらぎ鈴代すずよ九頭くず幸則ゆきのりの3人はゴエティアをつた博士にたくすべく研究室を訪ねようとしていた。

九頭くず幸則ゆきのり
おい、風魔ふうま
ちゃんと行先の地図ぐらい
用意しとけよ。
これじゃ迷子じゃないか。
如月きさらぎ鈴代すずよ
無線で梨央りおちゃんに場所を
聞けないのかしら?
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、上野、本郷帝大ほんごうていだい付近、
セヒラ急激に上昇中。
九頭くず幸則ゆきのり
おい、梨央りおちゃん、研究室は
どっちだい?
【着信 喪神もがみ梨央りお
法文経ほうぶんけい一号館とだけ。
そちらの位置がわからないので、
何とも言えません……
って、あれ?
幸則ゆきのりさん……
鈴代すずよさんを送っていったんじゃ……
如月きさらぎ鈴代すずよ
ごめんなさい、私が無理を
言って一緒に連れてきてもらったの。
【着信 喪神もがみ梨央りお
危ないですよ、鈴代すずさん。
すぐお戻りになったほうが……
如月きさらぎ鈴代すずよ
大丈夫よ。
私……少しでも風魔ふうまさんの
お役に立ちたいの。
だから、帰れと言われても
帰れませんわ。
帆村ほむら先生にもそうお伝えになって。
【着信 喪神もがみ梨央りお
鈴代すずよさん……
九頭くず幸則ゆきのり
梨央りおちゃん、法文経ほうぶんけい一号館ってのは、
どっち行けばいいんだ?
【着信 喪神もがみ梨央りお
もう! だからちゃん付けは
やめてください!
九頭くず幸則ゆきのり
つれないねぇ。
【着信 喪神もがみ梨央りお
研究室の場所は
学生に聞くなりしてください。
それより怪人かいじんに注意です。
兄さん、鈴代すずよさんもいるのだから
十分に気を付けてください。
如月きさらぎ鈴代すずよ
確かに急に瘴気しょうきが……
このゴエティア偽典ぎてんの影響である
気がします。
九頭くず幸則ゆきのり
お前たちの事案ってのは
ヤバいものばっかりだな。
まったく……

【白山の令嬢】
……ああ……イヤ……

石燈籠いしどうろうのそばで、着物の女性が
何かに怯えるように立ちすくみ、
辺りをうかがっている。

【白山の令嬢】
……助けて……
如月きさらぎ鈴代すずよ
どうしたんでしょう……
様子がおかしいです。

【ハムラビ法科生】
赤坂あかさかに出た怪人かいじん、車を投げたそうだ。
興亜日報こうあにっぽうの怪人特集にあったよ。
その話、寮生にしたら、
自分もできるって言い出して――
そいつ、切通坂きりどおしざかで車投げたんだ。
その時以来、そいつの姿見ないな……

波斯ペルシャ文科生】
波斯ペルシャのアケメネス朝には、
宦官かんがん怪人かいじんがいたそうだ。
巨大なてのひらで人の頭を掴んで、
握りつぶすんだって。
帝都にもそんな奴、出るのかな。

【白山の令嬢】
たくの弟、定清さだきよ、法科の学生なんです。
本郷ほんごうの下宿に一人暮らししますが、
三週間前から音信不通で……
先生にお尋ねしたところ、
ずっと欠席ですって。
下宿には同じパンフレットが沢山――
人生よろづ相談のパンフレットです。
私、気になって、神田かんだの相談所に、
行ってみたんです――
ドアーを開けて、相談所に入って……
次に気付いたら表にいました。
――頭が割れるように痛くって……
あああ、痛い……芯から響くぅぅ……
――皆で……何をしたのですか?
あああ、定清さだきよを返せ、私を返せ!!

《バトル》

【雑役夫】
西亜細亜アジア研究室かね?
あのつた先生に用とは
物好きもいるもんだ。
それなら法学三号館だ。
法文経ほうぶんけいの校舎は建築中でね、
文科は法科に間借り中なんだよ。

帝大廊下ていだいろうか

葡萄牙ポルトガル学科生】
西亜細亜アジア研究室?
ああ、それならあの眼鏡に
聞くんだね。
奴はたしかつた先生のゼミに入りたくて日参してたよ。

【メソポタミア神科生】
つた教授の研究室を探しているだって?
教授に何の用がある?
お前達のような無学の徒がおいそれと
会えるお方ではない。
それに軍人などが足を踏み入れたら
けがれる!
とっとと出て行くんだ!
九頭くず幸則ゆきのり
おいおい、俺たちには
大事な用があるんだよ。
ここに来るように呼ばれたんだ。
【メソポタミア神科生】
は? 呼ばれた? つた教授に……
来るように言われた、だと?
……何故だ……
……何故だ………

【メソポタミア神科生】
ニビル星を救うには、
地球のゴールド是非ぜひとも必要だ。
金を蒸気にして散布しなくては!
宇宙生命体の神々、アヌンナキの王は
大勢を連れて地球に降りた。
彼らが奴隷として創造したのが人間。
シュメール人はこうして誕生した。
つまりは、人類の始祖だ!
僕はつた教授の研究を手伝ううちに、
自分に神々の血の流れるを知った。
僕は、アヌンナキの末裔まつえいなのだ!
そんな僕を差し置いて、
貴様、教授の研究を横取りする気か?
断じて許さん!!

《バトル》

【メソポタミア神科生】
うう……僕はいったい?
おや? 君たちは?
九頭くず幸則ゆきのり
眼鏡君、俺たちにつた先生の
西亜細亜アジア研究室の場所を
教えてくれないか?
【メソポタミア神科生】
ああ……それなら僕が
案内するよ。

【メソポタミア神科生】
先生、新田にったです。
失礼します。

蔦博士研究室つたはかせけんきゅうしつ

扉が開いた先には書物にもれたような老教授の姿があった。

つた博士】
ああ新田にったか、お前の研究員入りは
論文提出後と言ったろう。
とっとと帰れ。
わしは今忙しい。
ン? おお! 帆村ほむらのところの……
喪神もがみ君……だったかな。
使いで来たのじゃな。
如月きさらぎ鈴代すずよ
つた先生、失礼いたします。
つた博士】
やっと終わった――
鑑定の結果、ゴエティアと判明して、
引き続き解読を行ったのじゃ。
これはしかし稀代きたいの奇書じゃよ!
偽典ぎてんじゃよ、何者かの編纂へんさんによって、
もたらされたものじゃ。
数千年前の悪魔を定義して、
そこに兵器を与えておる。
この書にはしるされておる――
一体、何者が、これを……
わからん! だが、解読は済んだ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
悪魔に……兵器……
それは本来の悪魔とは違うのですね。
つた博士】
ああ、悪魔に人の手が入っておる。
やがて悪魔は悪魔に戻っていく、
その宿命にあるのかも知れんなぁ。
九頭くず幸則ゆきのり
悪魔が兵器をげているのですね……
うーん、さっぱり想像がつかない。
つた博士】
まぁ、無理もない。
さて、新たに書が見つかったとか。
帆村ほむらが伝えてきたぞ――
このノオトに解読した内容がある。
原本はまだ調べたいのでわしに
預からせてくれ。

風魔ふうま偽典ぎてんの解読書を受け取り式部しきべから預かった古書をつた博士に差し出した。
表紙を一撫ひとなでした途端、つた博士の瞳に歓喜の光が宿った。
そして震える指先でページる。

つた博士】
ンンンン~ム!
これは確かにゴエティア偽典ぎてん
可能性が高い古書じゃ!
さらに前のものを補完する形で
書かれておるようじゃ。
早速さっそく鑑定に掛かるとしよう!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
任務ご苦労だったな、風魔ふうま
喪神もがみ梨央りお
お帰りなさい、兄さん。
九頭くず幸則ゆきのり
梨央りおちゃ~ん! ただいま~!
喪神もがみ梨央りお
なんで幸則ゆきのりさんまで一緒なんですか!
鈴代すずよさんを送りもしないで!
如月きさらぎ鈴代すずよ
ごめんなさい。
幸則ゆきのりさんを責めないで。
私が無理を言ったのです。
帆村ほむら魯公ろこう
……まったく、鈴代すずよ女史じょしにも
困ったものだな。
九頭くず幸則ゆきのり
一度言い出すと、聞かないですから。
鈴代すずよさんは。
銀河ぎんがゼットー】
ゴエティア偽典ぎてん! ゴエティア偽典ぎてん
帆村ほむら魯公ろこう
なんだ、声もかけずに入って
来るとは……
騒がしい……
銀河ぎんがゼットー】
よ~く戻った、喪神もがみ風魔ふうま
どこだ、どこにあるんだ?
ゴエティア偽典ぎてんの解読書!!
おお、これか。ふふふふふ……
うふふふふふふ……
読めるぅ! 読めるぞ!!
喪神もがみ梨央りお
そりゃ、解読されて
ますからねぇ……

第一章 第十話 帝都満洲

はらえの

帆村ほむら魯公ろこう
さて、風魔ふうまよ。
いよいよ異界におもむく時ぞ。
最初の試練はゲートをくぐることだ。
現世と異界とを結ぶ場所の存在は、
以前から知られておった。
それをゲートとしてほうずるのだよ――
帝都の異変、そのいんなすは異界だ。
異界から湧出ゆうしゅつするセヒラが、
帝都の瘴気しょうきとして怪人かいじんを生む。
実は、これまで多くがゲートを抜けた。
そして誰一人として戻らんかった。
人がゲートを抜けた途端、
セヒラが不安定になり、
ゲートが閉じてしまったのだ――
参謀本部がゲートの研究を進め、
少しは制御できるようになった。
まだ完全とはいかないがな……
そういうことじゃな、新山にいやまの。
新山眞にいやままこと
はい。元々このあたり、
異常にセヒラが濃い特異点でした。
ゲートによってその制御が可能に――

軍ではセヒラの研究進めるべしとなり、新山にいやまら優れた無線技師が集められた。
その拠点が麻布あざぶにある飯倉いいくら技術研究所である。

新山眞にいやままこと
セヒラを波形に変えることで、
電気的に扱えるようになりました。
霊式れいしきヘテロヂンという技術です。
市内に設置したセヒラ探信儀たんしんぎも、
山王さんのう機関の携行式けいこうしきセヒラ探信儀たんしんぎも、
同じ技術を用います。
帆村ほむら魯公ろこう
技術は確かなようだ。
よし、風魔ふうま、まずはゲートをくぐる、
そいつを試すぞ。
喪神もがみ梨央りお
すぐに戻れるよう、ゲート周囲の
探索にとどめてください。
新山眞にいやままこと
喪神もがみさん、ご安心ください。
ゲートの状態はすこぶる安定しています。
帆村ほむら魯公ろこう
準備は良いかね、新山にいやま君。
異界との無線通信も試す。
新山眞にいやままこと
喪神もがみさん、それではゲートの方へ。
くぐりの要領ですが、
一度、くぐるだけで向こうへ行けます。
帆村ほむら魯公ろこう
よろしい。
では、風魔ふうま、もう一度言うぞ。
任務は行って帰ってくるだけだ。
無理はするな。
喪神もがみ梨央りお
兄さん……どうかご無事で。

喪神もがみ風魔ふうまゲートの前に立つと、
霊式れいしきヘテロヂン変調器へんちょうき
うなりを上げた――
やがてゲートの中心に光のうずが現れ、みるみるあたりを包み込んでいく――
あらゆる物質がばらばらに分解され、再び元の姿に整えられる。
それはまるで誕生のようであった――

風魔ふうまゲートの前にいた。
しかしそこははらえの間ではなかった。
赤坂あかさかですらないようだった――

〔???〕

あたりに人の気配はなかった。
赤坂あかさかはらえの間にあったのと同じ扉がある。
表に通じているようであった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聞こえますか?
――帥士すいしのこと、ちゃんと
確認できていますよ。
皆はまだゲート前に残っています。
私だけ通信室に戻りました。
隊長はまもなくここに来るでしょう。
慎重に周囲を
探索してください。

表には異様な光景が広がっていた。
近代建築の並ぶ街並みは帝都のようだが、炎に焼かれる煉獄れんごく様相ようそうていしていた。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・南〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
周囲を確認してください。
こちらでも監視かんししています。
セヒラの上昇があれば
連絡します。
【バール】
よっとせっと!
――喪神もがみ風魔ふうま、その人だニャ!
我輩はのバールだニャ!
ここにはセヒラがたくさんあるニャ。
なので我輩わがはいも出て来られるニャよ!
現世の赤坂あかさかした街なんかニャァ~
似てるようで似てないニャ、
似てないようで似てるニャ!
この世界は満洲まんしゅう由来ゆらいすると
されてるニャ。ここは赤坂あかさかの下、
なお満洲まんしゅう哈爾浜ハルピンにあたるニャ!
だから――
ここは赤坂あかさか哈爾浜ハルピンニャ!
実にいい名だニャ。
風魔ふうまも気に入るニャ。
我輩わがはいも濃厚セヒラのおかげで、
べらぼうに居心地いごこちがいいニャ!
【バールの帽子】
ゲロゲロ、冗談じゃないゲロ。
こんなクッサイ場所、
オレ様ゲロ吐いちゃうよ。
【バール】
お前は黙ってるニャ。
【バールの帽子背後】
そうじゃ、黙っとれ。
頭の後ろがムズムズしてかなわん。
【バール】
びっくりしたニャか?
我輩わがはいは三つの部分でできている。
それらが合わさって一つだニャ!
まぁ、家族みたいなもんだニャ。
人間もまったくのひとりだと、
不安だし、不安定だし、
何をしでかすやも知れんニャよ!
風魔ふうまひとりじゃニャいんだニャ!
――ちょいと説教臭くなったニャ。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
今、誰と話していましたか?
もしかして、ですか?
――が姿を見せたのですか?

【着信 帆村ほむら魯公ろこう
が出たのか?
――なんと、異界では可能なのか……
うむむむ……
想定をはるかに超えた場所だな。
――あまり長居、するんじゃないぞ!

【心中アストラル】
浜田山はまだやまの心中にあやかって、
品川しながわ富士ふじで心中したんだ――
二人で昇汞水しょうこうすい飲んでね。
その刹那せつな、肉体から思念が飛んだ。
ここにいるのは生きている僕なのさ!
正しくは死ぬ直前の僕ってことさ!
ところで、一緒に相方は……
ぜんたい、どこ行ったんだい?
――まぁいいや、忘れよう!
ここは希望の地なんだ!
方々ほうぼうから思念が集まってくる。
なんたって、帝都満洲ていとまんしゅうだからね!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、今度はアストラルと
会話していたのだな?
――アストラル……
無数の人間の息吹いぶきが、心の願望が、
肉体の匂いが、あつまって
おぼろな命によみがえったものであろう。
アストラルはセヒラを集めておる。
がいるかも知れんぞ、
気を付けるんだ――

【満洲浪人アストラル】
最後にいたのは虹口ホンコウ外れの阿片窟アヘンくつだ。
次に気付いたら、ここにいた……
俺を連れて帰ってくれ! 頼むよ!!

《バトル》

【満洲浪人アストラル】
ここで人間……
肉体のあるやつを見たのは、
お前で五人目だ……

【風来坊アストラル】
あの日、俺は仕事もなく、霊岸島れいがんじま
ジメジメした長屋で寝ていた――
昼前だ、ドーンと突き上げ食らって、
身体が天井までぶっ飛んだ。
それっきり、記憶が無い――
頼む、思い出させてくれ!!

《バトル》

【風来坊アストラル】
駄目だ、繋がらない……
あの震災の朝以来、
俺は途切れたままだ――
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、充分だ。
もう戻ってくるのだ。

はらえの

喪神もがみ梨央りお
お帰りなさい!
兄さん!
良かった、ホントに無事で……
帆村ほむら魯公ろこう
本当にアストラルに会ったのだな?
わしが求めてやまないアストラル……
――はぁ……
おぼろな命はあやうくも美しい――
だがそうとばかりも言っておられん。
今後、深刻な事態も予想せねばな。
喪神もがみ梨央りお
――隊長……大丈夫ですか?
兄さん、今日はお疲れ様でした!

第一章 第十一話 怪人、満州を欲す

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

ゲートを抜けて向かった先は、帝都満洲ていとまんしゅうであった。帝都の下層に満洲まんしゅうが形成されている――
にわかに信じがたい現象が現に起きているのだ。

帆村ほむら魯公ろこう
アストラルは確かに、
満洲まんしゅうと言ったのだな。
帝都にして満洲まんしゅう
やはりそうなのだ!
――今から三年前、
大陸では満洲国まんしゅうこくの建国が成った。
五族協和ごぞくきょうわ王道楽土おうどうらくど――
高い理想を掲げ、満蒙まんもうの地は、
島国日本にとり、まさに新天地だ。
建国への途上、血で血を洗う動乱を
何度もくぐり抜け、今では
民は平和と繁栄を享受きょうじゅしておる。
積極的な殖産しょくさん政策のおかげで、
経済基盤も盤石ばんじゃくになりつつある。
大陸の地平に沈む夕陽を眺め、
日本人はこころざしを一層高く持ち……
――そうか、この高揚感と、
震災復興の希望の光とが――
それらが合わさり、
一つの実体を得るに至った……
喪神もがみ梨央りお
まさに、帝都満洲ていとまんしゅう……
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……きっとそれなのだ!
しかし其処そこにいったいいかほどの
意味があるのかは、分らぬ。
九頭くず幸則ゆきのり
失礼します。
第一連隊だいいちれんたい九頭くず中尉であります。
帆村ほむら魯公ろこう
おぅ、どうしたユキ坊。
九頭くず幸則ゆきのり
帆村ほむら先生、ですからその呼び方は……
帆村ほむら魯公ろこう
そうだったな、もう立派な青年将校。
いつまでも昔のままじゃないな!
それで、どうかしたのか?
九頭くず幸則ゆきのり
市ヶ谷いちがや怪人かいじん情報です。
セヒラは観測しますか?
喪神もがみ梨央りお
いけない!
ただちに確認します!

【着信 喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷いちがや、セヒラ濃度急速上昇中!
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま、出動準備。
九頭くず幸則ゆきのり
待ってくれ、俺も一緒に行くぜ。

市ヶ谷見附いちがやみつけ

外堀沿いに山桜が咲き残っていた。
お堀の向こうには、省線しょうせんの中央線が走っている。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、セヒラ上昇は
止まりましたが、高い水準を
保っています。警戒を!
九頭くず幸則ゆきのり
さあ、頼むぜ。
俺にできるのは、お前に直接
襲い掛かる奴をぶん殴るくらいだ。

牛込うしごめの少女】
最近新発売のお薬、脳楽丸のうらくがん
うちの兄が飲み始めたんですけど、
この一週間、行方知れずなんです。
九頭くず幸則ゆきのり
脳楽丸のうらくがん、聞いたことある。
ラヂオでやってるよね、
脳がラクラク、ノーラクって。
牛込うしごめの少女】
お薬の作用、発売元に尋ねようと、
探すんですが……刀圭とうけい堂薬局です、
四谷見附よつやみつけ電停前のはずなのに……

【日満毛織の社員】
会社をクビになって戻ってきたんだ……
日満毛織は、奉天ホウテン一の会社なんだ。
奉天ホウテン駅から伸びる平安通に面してね、
白亜はくあのビルヂングの憧れの会社!
そこで働くのは自慢だった。
なのに……不正を嗅ぎ付けたら――
九頭くず幸則ゆきのり
不正! そんなことがあったのか!
一体、誰が何をしたんだ?
【日満毛織の社員】
副社長が羊毛を横流しして、
自分のふところやしていたんだ。
――あの坂木の野郎!!
九頭くず幸則ゆきのり
落ち着け!
――おい風魔ふうま、様子が変だぞ!

【日満毛織の社員】
お前らも同類だ!
俺は組織の人間など信用しない!
みんな、殺してやる!!

《バトル》

【日満毛織の社員】
……平安通、千代田通、浪速なにわ通……
奉天ホウテン神社を過ぎて練兵場へ……
嗚呼ああ、もう一度、散歩がしたい……

【若隠居】
満洲まんしゅうあなどれません、なにせ広いです。
大連ダイレンから新京シンキョウまで十時間三十分、
急行でそれだけかかりました。
私はね、さらに新京シンキョウから哈爾浜ハルピンへ、
列車を乗り継いだんです。
それが五時間二十分。
いやはや、行けども行けども広野ひろの
広野ひろの広野ひろの広野ひろの
九頭くず幸則ゆきのり
満洲まんしゅうか……
日本人にとって希望の新天地だな!
【若隠居】
まさに!
また計画して年内にも渡満とまんします。

【夢見るような若者】
今日限りですよ、脳楽丸のうらくがんの徳用売出。
これ飲み始めて、毎日、気分爽快。
脳がラクラク~
――宿願達成、本邦最初に
腎胞じんぽうホルモン合成!
一回三錠、一日三回――
脳楽丸のうらくがん奉天ほうてん医科大学神経科教授、
田中一郎博士の研究より生まれた!!
――脳がラクラク~だ!
九頭くず幸則ゆきのり
おい、大丈夫か……
何か変だ……
【夢見るような若者】
脳内明快のうないめいかい心身爽快しんしんそうかい見通抜群みとおしばつぐん

【夢見るような若者】
今日は特別!
君もどうだい、一緒に飲もう!!
脳がラクラクだぁ~

《バトル》

【夢見るような若者】
飲むのやめると……
一気に落ち込むんだ、
奈落ならくに転落するような気分になる……
九頭くず幸則ゆきのり
その薬も売ってる薬局も、
なんだか怪しいな……

うつろな目の男】
はぁはぁはぁ……
あんたら、軍の人ですか?
僕、僕は、怪人かいじんになる夢を見た。
突然、力が湧いてきて、
こぶしで壁を突き破った!
九頭くず幸則ゆきのり
――こいつ、怪人かもしれないぞ。
うつろな目の男】
僕は無敵だった。
ひ弱な僕が、あんなになれるなんて!
そして目が覚めた――

うつろな目の男】
くやしかった、憎かった、
みっともない自分を殺したくて、
柱に何度も頭をぶつけたのさ!!

《バトル》

九頭くず幸則ゆきのり
息はあるようだな。
よかった……
【着信 喪神もがみ梨央りお
依然いぜんセヒラ高いままです。
警戒を続けてください。

乗用車が、静かに停止した。
運転手がドアを開けると、立派なりの優男が現れた。

【スーツの優男】
帝都はめくるめく光の中ですね。
いやぁ、実に美しい!
交響曲シンホニーの調べが聞こえるようです。

九頭くず幸則ゆきのり
あなたは……
【スーツの優男】
ああ、申し遅れました。
私は柴崎しばさきという者です、外交官です。
九頭くず幸則ゆきのり中尉、それに喪神もがみ風魔ふうま中尉。
柴崎周しばさきあまね
独逸ドイツ国在勤帝国大使館に勤める
一等書記です。
今は帰国中でしてね。
九頭くず幸則ゆきのり
その書記官殿が何か……
柴崎周しばさきあまね
貴方あなたたちが愛してやまない
私もいたく興味がありましてね。
魔の力というものは純粋そのもの。
九頭くず幸則ゆきのり
あなたは……
帝都で起きていることを
ご存知なのですね!
柴崎周しばさきあまね
独逸ドイツではナチがセフィラを求めた……
ですが思うに任せませんでした。
この帝都には素晴らしいセフィラが
いているようですね。
山王機関さんのうきかんでも掌握しょうあくされていますね?
先ほど、満洲まんしゅうを語る声もしました。
もしや、
満洲まんしゅうが姿を見せましたか……
ふふふ、そこまで進んでいるのですね
異界の解明が。
帝都には資源が豊富ですね!
九頭くず幸則ゆきのり
満洲まんしゅうが?
おっしゃることの意味がわかりません。
それにしても、お詳しいですね――
柴崎周しばさきあまね
すべてはセフィラ、それが元です。
いまだ人には扱いきれないようですが、
無尽蔵むじんぞうの可能性を秘めています。
そのセフィラが安定的に供給される、
こんな場所は世界中どこにもない――
異界を抱えるだけのことはあります。
九頭くず幸則ゆきのり
異界? それはどこですか?
――でもまぁ、お仕事柄ですか、
世界を知り尽くすような物言いは。
柴崎周しばさきあまね
外交官などつまらぬ商売ですよ。
情報という海をぎ続けているだけ。
それもあえぐようにです、まさにね。
それでは御機嫌ごきげんよう。
またお会いすることでしょう。
お楽しみはこれからですしね。

柴崎しばさきは謎めいた微笑みを残し、去って行った。

九頭くず幸則ゆきのり
何ともとらえどころのない人物だな。
異界だの満洲まんしゅうだの、何なんだ、一体。
職業柄、知っているという風でも
なかったよな、そうだろ、風魔ふうま
まずは赤坂の本部に戻るとしよう。

第一章 第十二話 帝都満洲鉄道

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

山王さんのう機関本部に戻った風魔ふうまの報告に帆村ほむら魯公ろこう怪訝けげんな表情を浮かべた。

帆村ほむら魯公ろこう
柴崎周しばさきあまね――
確か独逸ドイツ駐在の外交官、
一等書記ではなかったか。
九頭くず幸則ゆきのり
ご存知でしたか。
何とも捉えどころのない……
それに異界だの満洲まんしゅうだのと――
帆村ほむら魯公ろこうは事情を知らない九頭くずに、
帝都満洲ていとまんしゅうの出現について話した。
魯公ろこうとてまだ全てを知るわけではなかった。
帆村ほむら魯公ろこう
梨央りおや、市ヶ谷いちがやではずっと
セヒラを観測し続けたんだよな?
喪神もがみ梨央りお
はい……
怪人かいじんしずめた後も、すごく微弱な、
セヒラが観測されていました。
帆村ほむら魯公ろこう
柴崎しばさきか……
一体、その人物は何を知ると――
ふむ、情報は集めておこう。
満洲まんしゅうが現れた――
わけ知りに言う柴崎しばさきの言葉、気になる。
風魔ふうま、もう一度行ってくれるか?
九頭くず幸則ゆきのり
帆村ほむら先生、それなら俺も同行します。
その、帝都満洲ていとまんしゅうとやらに!
帆村ほむら魯公ろこう
それは無理だ。
審神者さにわ以外のゲート通過は
まだ試行錯誤中だ。
九頭くず幸則ゆきのり
じゃあ、
自分がその実験台になります。
帆村ほむら魯公ろこう
失敗すると、お前さんの体が残り、
念やら何やらが向こうにただよう――
そんな事態を招きかねんぞ。
九頭くず幸則ゆきのり
う……
いや、それでも――
帆村ほむら魯公ろこう
まあまあ焦るな幸則ゆきのり
ちゃーんと方法は検討中だ。
今回は諦めておけ。
九頭くず幸則ゆきのり
そうですか……承知、しました。
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま、準備をしろ。
帝都満洲ていとまんしゅうへ出動だ。

はらえの

帆村ほむら魯公ろこう
準備は良いかね、新山にいやま君?
新山眞にいやままこと
いつでも大丈夫です。
帆村ほむら魯公ろこう
今回の探索は帝都満洲ていとまんしゅう
市ヶ谷いちがやに相当する場所まで行き、
セヒラ増大の原因を調べることだ。
では、健闘を祈る!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし

〔赤坂哈爾浜ハルピン・南東〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
市ヶ谷いちがやは北西方面です。
警戒しながら進んでください。

【バール】
ニャア、喪神もがみ風魔ふうま
また来たんだニャア。
今度は市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハル
行きたいみたいだニャ。
斉斉哈爾チチハル
市ヶ谷いちがや照応しょうおうする
帝都満洲ていとまんしゅうの地名だニャ。
そこには帝都満洲ていとまんしゅう鉄道を使わないと
行けないニャ。
この異界は帝都の街が、
満洲まんしゅうの街に
重ね合わされているニャ。
満洲まんしゅうはとっても広いニャ。
だから帝都満洲ていとまんしゅう鉄道を使わニャいと
移動できないニャ~
まずは駅に通じてるどこかを
探すことニャ。
【バールの帽子】
ゲロゲロ、そんなテキトーな指示で、
目的地に辿り着けるか、ゲロ?
【バール】
大丈夫ニャ。
物事はなるようになるニャ。
【バールの帽子背後】
風魔ふうまよ、アストラルに話しかけろ。
こいつらは帝都から落ちてきた思念、
何を知るかは保証だにせんがな!
【バール】
思念は生きている人間のもあれば、
死んだ奴の古い思念も残ってるニャ。
何百年前とかのもあるかもニャ!

【メカノフィリアアストラル】
真新しい発動機モートルを手に入れたんだ。
嬉しくて嬉しくて、一晩中、
そいつをでいたよ――
気が付くと、ここにいた――
いや、目覚めれば大丈夫なはず。
発動機モートルを側に感じるからな!
それで、お前は何が好きなんだ?
俺みたいな機械好きは少数派だ。
だが、ここには仲間がいる――
満鉄の機関士だ。
そいつ、ちゃっかり職を見つけて、
こっちで暮らすみたいだ。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・南〕

【ピアニストアストラル】
思うんですけど、
満洲まんしゅう帰りの演奏家、
演奏のスケールが大きくなって、
腕前が上がったように感じます。
私も真似まねてみようと……
必死ひっしに思い描いていたら、
ここに来てしまいました。

【ペシミストアストラル】
絶望だ……絶望しかない!
最早もはや、死だけが救いだ――
そう思い、両国橋りょうごくばしの上に立った。
自失じしつして気付くと下宿館の前に……
部屋でふて寝をしたら、
ここに来ていたんだ――

【満鉄車掌】
うちは省線常磐しょうせんじょうばん線のすぐ近く。
夜中に汽笛が聞こえて、貨物列車が
延々と抜けていくんです。
僕はその最後尾にある車掌車に、
乗る仕事がしたくて、
毎晩、思い描いていたんです。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・東〕

【プロレタリアートアストラルM】
草稿を書いている最中、気を失った。
次に気付くとここにいた――
私はただようだけの存在なのか?
希望、それは飼い馴らした欲望だ。
野生の欲望は去勢きょせいされしずまるのだ。
――ここまで書いて、私は、飛んだ!
ここははたして夢の中なのか?
あんたは夢の住人なのか?
――目覚めたくもあり、たくもなし。

【満鉄機関士】
あいつ、俺のこと、友達だなんて……
俺は機関車が好きなんじゃない、
機関士になりたいだけなんだ。
汽車の音を口で真似しながら帰る夜、
横丁を曲がった途端、気を失った――
気付いたらここにいたんだ。
もっとも、はちゃんと
生きているよ。抜け殻みたいに、
ぼんやりしながらね!

〔赤坂哈爾浜ハルピン駅〕

【満鉄車掌】
ここでも決して順調ではないです。
汽車の運行を邪魔じゃまする奴がいます。

――どいてくれ、邪魔じゃまなんだ!
僕には列車運行の責任がある!
車掌しゃしょうとして当然の責務、
さぁ、どいてくれ!

【満鉄車掌】
――あなたは、生身の人間ですね。
だったら、なんとかなりませんか?
邪魔者じゃまものをどかしてください。

【プロレタリアートアストラルS】
我々は、全国労働者の
ルサンチマンに共振きょうしんする!
むむ……お前は……
この感じ、さては特高だな!
ここでは私のほうがまさ!!

《バトル》

【プロレタリアートアストラルS】
資本家の手先め!
お前達もやがて我々の側に付く、
その日は……ち、か、い――

【満鉄車掌】
邪魔者がいなくなったんですね。
これで列車を動かせる……
ところで、機関士は……
どこへ行きましたか?
機関士がいないと、
列車は動かせない!

〔赤坂哈爾浜ハルピン・西〕

【満鉄機関士】
……
本当にどかしてくれたんだな?
いやぁ、大したもんだ。
この先、満鉄路線は、
斉斉哈爾チチハルに伸びている。
そうだよ、市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルだ!

〔赤坂哈爾浜ハルピン駅〕

【満鉄車掌】
どうしました?
早くしないと、
また邪魔が入るかも知れません。
帝都満洲ていとまんしゅう鉄道、あじあ号、
出発進行です!

【満鉄機関士】
そうだな、出発進行!
向かうは、市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハル

〔市ヶ谷斉斉哈爾チチハル・北〕

【バール】
ここが市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルだニャ。
哈爾浜ハルピンと同じく、現実の斉斉哈爾チチハル
亡命露西亜ロシア人が多く住んでいるニャ。
同時に露西亜ロシア人の南下を防ぐ、
拠点でもあるニャ。
斉斉哈爾チチハルの先は、
海拉爾ハイラル満洲里マンチュリニャ。
そこから先は西伯利亞シベリアニャ!
これが本当に満鉄が転写したものなら
鉄路はまだまだ伸びるニャ。
開拓し甲斐があるニャ!

【憂国烈士アストラル】
日本人か?
ここに来て随分になるが……
我が神国の栄光、いまだ及ばずだ!

【ボルシェビキアストラル】
鉄さえ溶かすボルシェビキ運動、
なぜここには及ばないのだ?
ありの一穴さえ許さない、
るぎなき共産主義よ、
この無意味な世界に型を成すのだ!

〔市ヶ谷斉斉哈爾チチハル

【バール】
感じるかニャ?
猛烈な霊気、セヒラがアラヤ界から
上がってきているニャ。

五感、意識、末那識まなしきのさらに下層に
位置する第8の識域、――阿頼耶識あらやしき
考えたり語ったり行ったり……
人の為す事がすべて蓄えられている
唯識論ゆいしきろん的な領域である。

【バール】
あのでっかいアストラルが、
阿頼耶識あらやしき、うんニャ、アラヤ界から、
セヒラを地上に送ってるニャ!
喪神もがみ風魔ふうまはあれを倒すニャ?
放っといてくれるってコトは
ニャいのかニャ?
セヒラが満たされれば
きっと吾輩も現世うつしよ
実体化できるニャ。
それって楽しくニャいかニャ?
ダメかニャあ……やっぱり……
そうなると現世は大混乱だしニャ~
しょうがニャいか……
喪神もがみ風魔ふうまに付き合ってやるニャ。

目の前にいる大きなアストラルからは強いセヒラの流れが立ち上り、どこまでも上へ上へと伸びている。

根塊こんかいのアストラル】
私の中には憎しみしか無いんです。
許しをうにしても、そのことが
また私の憎しみを増長してしまう。
人が寄せるなぐさみの情は、
私には、憐憫れんびん、いやさげすみに思え、
また憎しみをたぎらせる――
マトリョーシャを苦しめ、
挙句には自死に追いやり、
今、彼女の幻覚が私を苦しめる。
救いを求めて街に出ると、
そこには私を嘲笑あざわらう者共が構え、
私を一人にはしてくれない。
同じような人間はいくらでもいる。
なのに彼らはこの苦しみを知らず、
暖かなペチカの前にいる――
許しはどうすれば得られるのか、
私には皆目わからない。
――さて、君もまた連中の同類だろ!!

《バトル》

根塊こんかいのアストラル】
許しはどこで得られるのだ?
――同じことの繰り返しだ、
それが私を更に苦しめる……

【バール】
今のがセヒラというセヒラを集め、
それを帝都に送っていたニャ。
まるでセヒラのかたまりに、
思念が宿ったみたいな、
そんな面倒な奴だニャ……
【バールの帽子】
ゲロゲロ、まるで引力を持つセヒラ、
面倒なやつだったゲロ。
ゲーロゲロゲロ~
今はセヒラがあちこちに散じて、
気持ちいいゲロよ~
【バールの帽子背後】
わしらはセヒラがないと、
とてもやってられんが、
ものには限度があるのじゃな。
【バール】
それじゃあ、喪神もがみ風魔ふうま……
今後ともよろしくだニャ。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聞こえますか?
市ヶ谷いちがやセヒラ急激に低下!
作戦成功、帰還してください!

第一章 第十三話 帝都満洲青山

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルの巨大アストラルを封じ、帝都の状態はやや安定したようである。

帆村ほむら魯公ろこう
市ヶ谷いちがや斉斉哈爾チチハルのアストラルは、
まるでセヒラのかたまりのようであった。
あれは、スタヴローギンだよ。
ドストエフスキーの悪霊、
その主人公だ。無神論者の悪人だ。
喪神もがみ梨央りお
私、読んだ事ないんですが……
小説の登場人物なんかが、
アストラルになるんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
いや、読者、それも実に多くの読者、
その思念が折り重なって生まれた。
そう考えるほかないな。
それで、梨央りお
青山あおやまあたりのセヒラが増加中だな。
もう一度、降りてみるか、風魔ふうま
喪神もがみ梨央りお
ここに満鉄の路線図があります。
赤坂あかさかから青山あおやま方面……
満鉄に合わせてみると……新京シンキョウです。
帆村ほむら魯公ろこう
そうか、ならば、
次の行き先は、青山新京あおやまシンキョウだ。
路線が伸びるというのか……
どういうカラクリなのか、
解明せねばな!
風魔ふうま、準備はいいか。
今回も頼んだぞ。
喪神もがみ梨央りお
兄さん、油断禁物ですよ。
何が待ち構えるか、わかりません。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、梨央りおの言うとおりだ。
無理だけはするな、風魔ふうまよ。
依然いぜん未知の世界なのだ。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・南東〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
無事に降りて行けましたか?
まずは、赤坂哈爾浜ハルピン駅へと
向かってください。
西側、青山あおやま方面への探索が、
今回の任務です。

【バール】
喪神もがみ風魔ふうま
異界もだいぶ慣れたようだニャ。
もしかして、この先西の方に
もっともっと進みたいのかニャ?
【バールの帽子】
この世界を歩いて遠くに行くなんて
ゲロゲロだぜゲロ~!
【バールの帽子背後】
まずは赤坂哈爾浜ハルピン駅の車掌に
鉄道の状況を尋ねてみるのじゃな。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・南〕

【金満家アストラル】
もうかれこれ六年か……
あの大恐慌で全財産を失い、
私は自失した――
現世では、何をしているかって?
お人好しの慈善事業家だろうか。
けどね、私の芯はこっちにあるんだ!

【高等遊民アストラル】
いよいよだ、大いなる還流かんりゅうの時。
アラヤ湧穴ゆうけつが現れたんだ。
計り知れぬ力の奔流ほんりゅうだ!
僕はあふれ出る力を浴びて、
もっと輝くんだ!
君のようなきたない人間は失せろ!!

《バトル》

【高等遊民アストラル】
フフフ……
アラヤ湧穴ゆうけつはいくつもあるはずだ。
輝く僕が待っている!!

〔赤坂哈爾浜ハルピン・東〕

【白系ロシア人アストラル】
モスクワから満洲里マンチュリまで、
二週間もかかったな。
なにせ貨物列車だ――
ロマノフの金塊、四百トン――
といっても小分けした金貨だけどね。

【プロレタリアートアストラルK】
僕はここにただよって長いです――
大学で露西亜ロシア文学を研究して、
社会主義に目覚めました。
でも僕の実体は銀行の融資係ゆうしがかり
資本家の手先として、
借金地獄の扉を開くのです!

【満鉄車掌】
おお、あなたでしたか。
少し、困ったことになりました。
社会主義を標榜ひょうぼうする連中が、
ここに多くの思念を招きました。
プロレタリアートの連中ですよ!
連中のせいで、得体えたいのしれない
バケモノまで居着いてしまいました。

【満鉄機関士】
次なるは西へと進んだ先……
青山新京あおやまシンキョウが待ってるのに。

〔赤坂哈爾浜ハルピン・北〕

【満鉄車掌】
忌々いまいましいプロレタリアートめ!
ここに余計な社会思想イデオロギーを、
持ち込まないでもらいたいですね。
僕たちは搾取さくしゅなんてされていません。
ここでは自由なんです――
連中は現世で思うに任せないのか、
ここ帝都満洲ていとまんしゅうで勢いづこうとします。
その影響が方々ほうぼうに及びそうです――
自分たちの運動に、
この世界を利用しないで欲しいです。
ほんとうに、そう思います。

【満鉄機関士】
奴ら、力づくの構えだ。
あんた、どうする?
俺は争いごとは苦手だ、
ただ汽車を走らせたいだけなんだ。
やつら、こうして働くことすら、
罪悪だと言い張っている。
俺は使われてる労働者じゃない、
自分で好きでやってることなのに!

【プロレタリアートアストラルF】
資本家の強欲ごうよくぶりは
破廉恥ハレンチきわまりない!
奴らをのさばらせてはならない!
資本家が豊かになると国が栄える、
それは詭弁きべんに他ならない!
弱者を増やすだけだ! 許せない!!

《バトル》

【満鉄車掌】
やっつけた?
そうなんですね!
それはスパシーバ!
スパシーバ ザ フショー
というやつです!

【満鉄機関士】
あいつをやっつけてくれたのか。
これでまた汽車を
走らせることができる。

〔赤坂哈爾浜ハルピン駅〕

【満鉄車掌】
ひとまずこの界隈かいわいは大丈夫です。
――しかし、どうしてあそこまで、
執着するのでしょうか?
まぁ、私たちも好きでやってて、
これも一種の執着なんですがね。
【満鉄機関士】
さ、出発だ!
だんだん、本当に汽車を走らせて
いるような気になってきたよ!

〔青山新京シンキョウ・南〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
青山新京あおやまシンキョウの到達、確認しました。
目的は達成しました。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、帰還してください。

【バール】
面倒くさいアストラルを倒したぞ。
良くやったニャ。
でも、そのくらいでないと
この先へは到底とうてい向かえないニャ。
ここは新しい街、青山あおやま新京シンキョウだニャ。
帝都の青山あおやまに照応する街ニャ。
そこに満洲まんしゅうがやって来たニャ!
青山あおやま新京シンキョウが合わさってるニャ!
ということは墓地もあるニャん?
ちょっとだけ行ってみるといいニャ。
だけど、離れて見るだけニャ。
近くで覗いちゃ危ニャいの。

〔青山新京シンキョウ・北東〕

そこには不気味な大穴が口を開けていた。大穴の周囲に、アストラルたちが浮遊する。

【アナーキストアストラルY】
出現したアラヤ湧穴ゆうけつはまだ一つ。
おそらくほかにもあるはず。
全てが出現すれば、カオス到来とうらいだ。

【アナーキストアストラルA】
秩序なんて薄い玻璃はりの容れ物だ。
少しの熱湯で砕けてしまう――
ああ、その予感がしてならない!

【アナーキストアストラルH】
近くに感じるよ……
御厨車夫みくりやしゃふという人物の思念だ。
無政府主義アナーキズムの組織、比類舎ひるいしゃの代表だ。
御厨みくりやはこの帝都満洲ていとまんしゅうを利用して、
国家転覆てんぷくを計画しているようだ。
もっとも僕は部外者なんだけどね!
【バール】
うニャ~! あの穴を覗きこむニャ。
あれはアラヤ界へとつながる
奈落ならくの大穴ニャ。
あの大穴をしてアラヤ湧穴ゆうけつ
呼んでいるようだニャ!
あそこからセヒラがくんだニャ!
さあ、帝都満洲ていとまんしゅう鉄道はまだまだ
満足に進むことが出来ないんだニャ!
おまけに霧も深くなってきて、
行く手をはばんでいるニャ。
濃い霧はこの世界では、
悪いことの予感だニャ!

御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
あなたは……警察ですか?
違いますよね、ならば同志ですか?
――私こそが革命をすのです。
プロレタリアートの連中は、
手段を知らなさすぎます――
私は求めてここに導かれました。
ここはアラヤ界からき出す
セヒラの泉です! 美しい力です。
この力は国家転覆てんぷくにうってつけです。
強いセヒラによって、
帝都は混乱のきわみをむかえるでしょう。
あなたも死して力となってください!!

《バトル》

御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
この場に私がとどまれないのは、
なんというか残念至極しごくです。
でも、また新たな計略を立てますよ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
大型アストラルの存在が消えました。
依然いぜん、セヒラの揺らぎがあります。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
これ以上の滞在は危険です。
速やかに帰還してください!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
ご苦労だったぞ、風魔ふうま
なんだか面倒くさい連中だったな。
比類舎ひるいしゃとはな……
アナーキズムを推す出版社だ。
発起人ほっきにん御厨みくりや車夫しゃふという元華族だ。
喪神もがみ梨央りお
御厨みくりや……車夫しゃふ……
車夫なんですか?
それが名前ですか?
帆村ほむら魯公ろこう
ああ、車夫のように地に足を付けて
生きるということらしいぞ。
彼はこの五年ほど潜伏しておる――
その思念が現れたわけだ。
思念は帝都満洲ていとまんしゅうでセヒラで強まり、
また帝都に戻るのかも知れんな。
それで帝都で更に強くなった思念が、
何かの思いを実現させる――
あり得ることだな。
それに、アラヤ湧穴ゆうけつというのも、
すこぶる悩ましい事象だな。
喪神もがみ梨央りお
こういうの、予断は許さない、
そう言うんですよね。
観測、継続します!!