第三章 第一話 浜離宮の藤棚

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
どういう絡繰からくりなのか、
陸軍医学校の怪異現象、
新聞がけよったみたいだ――
おそらく内部の者が情報漏洩ろうえいさせた、
そうに違いないな。
皆が関心を寄せておる証拠だが――
喪神もがみ梨央りお
夏になると怪談話が出てきます。
それに合わせて怪人話も、
人の口にのぼりやすくなりますね。
九頭くず幸則ゆきのり
失礼します、
第一連隊の九頭くず中尉です。
帆村ほむら魯公ろこう
おお、ちょうどよかった!
九頭くず幸則ゆきのり
どうしたんですか先生。
それに……みんな……
浮かない顔ですよ――
帆村ほむら魯公ろこう
いやな、怪人情報、すぐ広がる。
なんとか統制できないものかと。
参謀の第八分課ではどうなんだ?
九頭くず幸則ゆきのり
怪人が出てからでは遅い、
未然に手を打つべきだとの声が。
どうやって未然に防ぐかですが……
帆村ほむら魯公ろこう
まぁ第八分課は情報の受付専門、
進んで動く部署ではないわな。
九頭くず幸則ゆきのり
山王さんのう機関が動くべし、
という声もちらほらと――
それは可能ですか?
喪神もがみ梨央りお
山王さんのう機関はセヒラを観測しないと、
巡視パトロールは難しい……基本はそうです。
――実はその件でご相談が……
帆村ほむら魯公ろこう
どうした、梨央りお
基本にないことをしようと?
喪神もがみ梨央りお
今日、浜離宮はまりきゅう鈴代すずよさんが、
野点のだてを開かれます。
ユリアさんをお呼びになるとか――

藤が見頃となった浜離宮はまりきゅうでは、茶道の各会派を招いての茶会がもよおされる。
鈴代の久遠くおん流も招かれているのだという。

帆村ほむら魯公ろこう
浜離宮はまりきゅうでな!
それで梨央や、胸騒ぎがすると、
そういうことかな?
九頭くず幸則ゆきのり
セヒラは観測しないんだろ?
梨央ちゃんの胸騒ぎだけで、
山王さんのう機関は公務に出られるのか?
でも……
これまではどうなんだ?
怪人情報が寄せられたら公務出動、
セヒラを観測しても出動、
それ以外の出動はなかったっけ?
たとえば人の警護とか、
それでも公務になるよね!
喪神もがみ梨央りお
もちろんです! でも、今日は……
波形はないんですが予感がします。
これまでも予感は当たっています――
九頭くず幸則ゆきのり
そうか!
なら出よう、風魔ふうま
野点のだて浜離宮はまりきゅうなんだな?
喪神もがみ梨央りお
そうです、鈴代さん、麗華れいかさん、
それにユリアさんが参加されます。
帆村ほむら魯公ろこう
梨央、公務電車の手配はどうだ?
喪神もがみ梨央りお
公務電車、とらもんを直進して、
新橋しんばしから新橋しんばし五丁目に向かいます。
その経路をおさえました。
九頭くず幸則ゆきのり
ユリアさんっていうのにも、
一目会っておきたいじゃないか!
風魔はもう会ったんだっけ?

浜離宮はまりきゅう

九頭くず幸則ゆきのり
茶道の会派って、何組くらい、
呼ばれてるんだろうか……
しかし今日はいい天気だ!
月詠つくよみ麗華れいか
あら、お二人も
お呼ばれされたのですか?

野点のだての会場には、如月きさらぎ鈴代すずよ月詠つくよみ麗華れいか、それにアーネンエルベの錬金術師れんきんじゅつし、ユリア・クラウフマンの姿があった。

【ユリア・クラウフマン】
こんにちは、フーマ……
それに……
九頭くず幸則ゆきのり
自分、歩兵第一連隊の、
九頭くず幸則ゆきのり中尉であります!
【ユリア・クラウフマン】
ウフフ、面白いお方ね。
月詠つくよみ麗華れいか
ここは部隊じゃありませんわ、
お茶の会ですのよ!
如月きさらぎ鈴代すずよ
こちら、ユリアさん、
ユリア・クラウフマンさんです。
アーネンエルベにおつとめです。
【ユリア・クラウフマン】
はじめまして、クズ……ユキノリ……
ユリア・クラウフマンです。
九頭くず幸則ゆきのり
アーネンエルベって、
ナチの秘密結社ですよね――
発掘調査とかしている……
如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔さん、幸則さん、
ここは梨央ちゃんから……
歓迎しますわ。
今日はユリアさんに、
お茶をおめしになっていただこうと。
それに日本の自然にも
触れていただきたくて……
とてもご興味をお持ちですのよ。
【ユリア・クラウフマン】
自然への向き合い方が、
日本人とドイツ人とでは、
大きく違います――
錬金術は霊的なもの、科学的なもの、
それらをぜにして、
時として自然摂理せつりを軽視しました。
如月きさらぎ鈴代すずよ
でも、医学も科学も、
そこから発達したと言えますわ。
【ユリア・クラウフマン】
ドイツ人にとって、
自然は克服こくふくするもの、
そういう考えが支配的です。
月詠つくよみ麗華れいか
日本人は自然の中に、
いろんなものを見つけるのですわ!
【ユリア・クラウフマン】
怪異も作るものではなく、
見出みいだすものなのですね、日本では。
如月きさらぎ鈴代すずよ
――ユリアさん……
私、ユダヤ支族しぞく末裔まつえいだというと、
ユリアさんは驚きますか?
【ユリア・クラウフマン】
ええ?
そんなこと、思いもしませんでした。
如月きさらぎ鈴代すずよ
曽祖母そうそぼがユダヤ人なのです。
レイチェル・ポートマンという
ポーランドにいたマナセ一族です。
十八世紀末にアメリカに渡り、
籠瀬かごせ宗一そういちと言う日本人と結ばれ、
祖母、五十鈴いすずが生まれました。
【ユリア・クラウフマン】
マナセ一族というのは、
失われた支族しぞくと呼ばれています。
スズヨさんは、その一族なのですか?
如月きさらぎ鈴代すずよ
ええ、傍流ぼうりゅうかもしれませんが……
マナセ一族は霊異りょういすのです。
でも、私には伝わりませんでした。
一族の霊異りょういは女系に伝わるのです。
祖母は男の子しか生まなかった――
それが私の父、宗達そうたつなのです。
祖母の代にととのえた東雲しののめ帰神きしん法、
父は懸命けんめいごうとしたのですが、
霊異りょういがあまりにも弱くて――
七年前、父が亡くなり、
私が宗家そうけいだのですが、
力不足、はなからわかっていました。
月詠つくよみ麗華れいか
それだから鈴代さんは、
お茶の方に進まれたのですか?
如月きさらぎ鈴代すずよ
お茶は尋常じんじょう小学校の頃からですわ。
でも熱心にするようになったのは、
その頃からですわね。
私には霊異りょういは伝わっていない、
そう考え、東雲しののめ流を閉じたのです。
――辛い決断でした。
【ユリア・クラウフマン】
流派を閉じるとは、
どのようなことをするのですか?
如月きさらぎ鈴代すずよ
東雲しののめの流派に伝わる神器の鏡を、
如月きさらぎ家ゆかりのやしろに納めました。
あの鏡なくして帰神きしんは、無理です。

鬼龍きりゅう豪人たけと
皆さん、おそろいとは、
何があったのですか?

如月きさらぎ鈴代すずよ
鬼龍きりゅうさん――
どうして……ここへ……
鬼龍きりゅう豪人たけと
お変わりありませんか、如月きさらぎ鈴代すずよさん。
独逸ドイツからの手紙、読まれましたか?
――私はもっと知るべきでした。
如月きさらぎ鈴代すずよ
何をですの、鬼龍さん。
あなたは召喚師として技を修練され、
古臭い流儀とは決別されたのでは――
鬼龍きりゅう豪人たけと
独逸ドイツに留学する前の話ですよ。
京都の十六師団にいた時の――
私は一人で東雲しののめ流に向き合っていた……
如月きさらぎ鈴代すずよ
てっきり新しい流派を立ち上げる、
そんなおつもりなのではないかと……
私の考えすぎでしょうか?
父亡き後、東雲しののめ流はずっと
存亡そんぼうの危機にあったのです。
鬼龍さん、あなたもご存知ぞんじのはず――
鬼龍きりゅう豪人たけと
知っていますとも!
おかげで私は力を失った――
まるでひよわな青年だ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
またしても力!
どうしてみなさんは力ばかりを、
お求めになるでしょうか?
霊異りょういを現すことと、力を得ることは、
まったく別のことなのです。
審神者さにわに力など必要ありません……
鬼龍さん、あなたのす術技には、
東雲しののめ流の半分も伝わっていません。
鬼龍きりゅう豪人たけと
それは貴女が流派の閉じるのを、
急いだからではないですか?
それをさも私の修練不足のように……
あなた達の言う霊異りょうい
今の私にならせますよ。
らんに入れましょうか?
九頭くず幸則ゆきのり
大尉殿、ここは茶の席、
ひかえていただけますか?
お互い、軍人同士ということで、
場を移しませんか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
いい考えだ、中尉!
貴様に従うとする。
そうだ、喪神もがみ中尉、
俺の股肱ここうしんが会いたがっていた。
この場に呼ぼう。

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん!
気を付けてください。
――おそらく、召喚師です。
一五市にのまえごいち
第三連隊第九九小隊、
一五市にのまえごいち少尉、参上しました。
鬼龍きりゅう隊長の教えを、今ここに!
さぁ、貴様の技を披露ひろうしてくれ!

《バトル》

【メイド・ホムンクルス】
フーマ、私のを……
使え!
月詠つくよみ麗華れいか
見えますわ、見えます!
力強い……これが神々――
私にも力がいてくるようです!

一五市にのまえごいち
く、く……
何か変だ、様子が……
如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん!
大変です、幸則ゆきのりさんが!
九頭くず幸則ゆきのり
大尉殿、どうされましたか?
大尉殿のは?
――自分には見えませんが……
鬼龍きりゅう豪人たけと
き、貴様は……
山王さんのう機関にびたって、
審神者さにわでも召喚師でもないとは!
九頭くず幸則ゆきのり
まさか自分を突き飛ばすなど、
怪人でもない大尉には無理ですよね。
【ユリア・クラウフマン】
クズ! アナタを怪人にする、
それはできます!
アブナイです!
お嬢さんフロイライン
前へフォー
【メイド・ホムンクルス】
はい、ご主人様。ヤー マイネ ダーム
鬼龍きりゅう豪人たけと
なるほど!
アーネンエルベのお出ましか!
仕方ない……
サマナー、出撃せよ!
【第三連隊第九九小隊召喚師】
鬼龍きりゅう隊長の教え、
ここに整っております。
独逸ドイツはトゥーレのやかた仕込みの
本場の召喚術でございます。
【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
私のフロイラインが加勢します!
月詠つくよみ麗華れいか
この感じですわ!
私にも見させてくださいな、
戦いの場面を――

《バトル》

【バール】
お嬢さん、
一緒にやってみないかニャ?
月詠つくよみ麗華れいか
あら?
貴方はどなたですの?
【バール】
君が神々と呼ぶのひとりニャ。
さあ、望むなら君にも
さずけよう!
月詠つくよみ麗華れいか
はい! よろこんで!
私も……
力になれるのですね!!

【第三連隊第九九小隊召喚師】
まだ……
修練が、足りない!!
月詠つくよみ麗華れいか
私、体のしんが熱くなりました――
不思議な感覚ですわ。
――こんなの、はじめて……
九頭くず幸則ゆきのり
鬼龍きりゅうはどこだ?
姿が見えないぞ!
【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
スズヨさんが!
鬼龍きりゅう豪人たけと
鈴代すずよさん、貴方は東雲しののめ流宗家として
我らと共に歩むべきです。
如月きさらぎ鈴代すずよ
……お断りいたしますわ。
鬼龍きりゅう豪人たけと
どうしてですか?
今、東雲しののめ流を再興さいこうすれば、
我々に敵する者はいなくなります。
如月きさらぎ鈴代すずよ
鬼龍さん……
貴方は何をお求めなの?
私にはわかりません――
鬼龍きりゅう豪人たけと
誤解されているようだが、
私は流派や権力などに興味はない。
ただ、正しい道を求めているのだ!
如月きさらぎ鈴代すずよ
鬼龍さん!
離れてください!
風魔ふうまさん!
鬼龍きりゅう豪人たけと
仕方がない。
越さねばならぬかわがあるなら、
越すまでだ。
さぁ、私に向き合え、喪神もがみ風魔ふうま

《バトル》

鬼龍きりゅう豪人たけと
審神者さにわの奥義、会得えとくしていたはず……
東雲しののめ流も帆村ほむら流に合わさり、
その様子、大きく変えたな!
月詠つくよみ麗華れいか
ああ、しっかりと見届けましたわ。
本当に不思議な世界!
――とても満喫まんきつしましたわ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
お前は……
審神者さにわなのか?
――それとも……
【ユリア・クラウフマン】
この子は……
――覚醒かくせいされたのですか?
月詠つくよみ麗華れいか
豪人たけとさま……
豪人さまが上京された時、
一度だけ、お目にかかっています。
三年前の四月です――
すでに東雲しののめ流が閉じられ、
豪人さまはひどく落胆らくたんされて……
鬼龍きりゅう豪人たけと
うるさい!!
そんな昔の話など!
如月きさらぎ鈴代すずよ
鬼龍さん……
貴方は私と話そうとなさらなかった。
避けていらしたのですか?
月詠つくよみ麗華れいか
豪人さま、私、鈴代すずよさんに頼まれて
京都の師団にお邪魔したのです――
初めてお目にかかってほどなくして。
如月きさらぎ鈴代すずよ
東雲しののめ流を閉じるに至ったいきさつ、
手紙にしたためてお渡ししようと――
鬼龍きりゅう豪人たけと
それは行き違いでしたね。
その頃、私は東京に戻り、
独逸ドイツに渡る準備をしていました。
私は心の小さな、卑陋ひろうな人間ですか?
――そう思いたいなら思うがいい。
私は召喚師部隊を仕立てる。
第一師団第三連隊、玄理げんり派の、
求めに応じる大切な責務せきむですよ。
九頭くず幸則ゆきのり
連中は、どうした?
月詠つくよみ麗華れいか
戻られました――
九頭くず幸則ゆきのり
鬼龍の奴、食えない奴だ!
奴は鈴代の流派の閉じたのが、
よほど気に入らないみたいだな。
月詠つくよみ麗華れいか
私の知る豪人さまは、
将校服に身を包まれて、
うんと立派でございました。
九頭くず幸則ゆきのり
召喚師になって、隊に呼ばれて、
奴は平服のまま任務にくのか?
どういう規律なんだ、いったい――
【ユリア・クラウフマン】
レイカ……さん……
あなたには戦いが見えたのですか?
月詠つくよみ麗華れいか
はい! 見えました!
そして神様をさずかったのです!
九頭くず幸則ゆきのり
本当か……
鈴代の技が……
といっても、お茶じゃないし!
鈴代からお茶を習ううちに、
審神者さにわの術も習ったとか――
【ユリア・クラウフマン】
フフフ……ユキノリ……
面白いことを言いますね!
九頭くず幸則ゆきのり
そ、そうですか?
自分、いたって真面目に……
でも麗華れいかさん……
正直どうなんです?
鬼龍のこと、少しは――
如月きさらぎ鈴代すずよ
幸則ゆきのりさん――
九頭くず幸則ゆきのり
まぁ、昔のことだと、
鬼龍の奴も言ってたけど――
如月きさらぎ鈴代すずよ
人の気持ちというのは、
はかれないものですわ。
九頭くず幸則ゆきのり
そうだな……
俺も鈴代がどう思ってるかなんて、
ちっともわからない!
如月きさらぎ鈴代すずよ
あら、何のことですの?
私は幸則さんも風魔ふうまさんも、
幼なじみの仲良しだと――
【ユリア・クラウフマン】
スズヨさん……感謝します……
とても大切なお話、していただいて。
そして……スズヨさんがうらやましい――
如月きさらぎ鈴代すずよ
あら、ユリアさん……
今日のこと、胸に仕舞しまっておいて
くださいますか?
【ユリア・クラウフマン】
もちろんです……
とても個人的なことですから。

第三章 第二話 幻影城

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

周防すおう彩女あやめ
喪神もがみさん! 喪神さん!
彩女あやめ、秘密基地に来ました!

山王さんのう機関に本部に高揚こうようした声が響く――声の主はセルパン堂店員、周防すおう彩女あやめだった。
周防彩女には怪人を引き付けるという、不思議な性質があった。
それは魯公ろこうでも明らかだった。
そんな彩女ゆえに、山王さんのう機関への出入りも許されているのだった。

周防すおう彩女あやめ
喪神さん、今日は彩女、
喪神さんをお誘いに来たのです。
喪神もがみ梨央りお
怪人情報はありませんが、
今日は定例の巡視パトロールがあると、
そう彩女さんに伝えたのですが……
周防すおう彩女あやめ
喪神さん、彩女の用事なら、
きっと、いらっしゃると思います。
それほど大事なことなんですわ!
――実は……
式部しきべ店長からたってのお願いで、
是非、喪神さんにと。
喪神もがみ梨央りお
彩女さん、それって、
公務になるような用事ですか?
周防すおう彩女あやめ
そう思いますわ!
彩女的にはとっても公務なのです!
喪神もがみ梨央りお
その用事、どんなことか、
わからないと……
周防すおう彩女あやめ
とっても内緒なのですわ!
――でも、少しだけなら……
――御本の関係なのですわ!
喪神もがみ梨央りお
御本?
――彩女さん、もしかして……
周防すおう彩女あやめ
口に出してはいけません!!
誰かに聞かれるかも知れませんわ!
帆村ほむら魯公ろこう
どうしたのかな?
――おや、周防さんですね、
ようこそおいでなさった!
あれから、怪人の方はどうですか?
依然いぜん、気配を感じますかな?

彩女は梨央りおに話した御本のこと、やや勿体もったいつけながら魯公にも伝えた。

帆村ほむら魯公ろこう
そうか! なるほど!
気に入ったぞ! それはよい――
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま、今日の任務、更新だ。
周防さんの要請ようせいに応える。
行き先は……セルパン堂ですかな?
周防すおう彩女あやめ
はい! そうであります!
お許しが出て、良かったです。
参りましょうか、喪神さん!

〔セルパンどう

周防すおう彩女あやめ
店長! 彩女あやめは無事戻りました。
喪神もがみさんもご一緒です!
式部丞しきべじょう
おお、喪神さんを!
よくやったね、彩女君!
喪神さん、お呼び立てしたみたいで、
かたじけない――
周防すおう彩女あやめ
ご公務の予定、変更されて、
御本のことがご公務になりました!
式部丞しきべじょう
でかしたね、彩女君!
あからさまに出来ない事情ゆえ、
申し訳ありません――
周防すおう彩女あやめ
店長においただき、
彩女、嬉しいいやら照れるやら、
複雑になりました!
式部丞しきべじょう
彩女君から聞いていますか。
是非ぜひともご同行願いたいところが
あるのですよ。
これから向かおうとするのは、
幻影城げんえいじょうというところです。
周防すおう彩女あやめ
幻影城げんえいじょう! 
それはお城ですの?
彩女もご一緒できますか?
式部丞しきべじょう
いや、私が出ることにする。
彩女君、君には店番を頼むよ。
変な客に要注意だよ。
周防すおう彩女あやめ
承知しょうちしました!
変なお客が来たら、
怪人呼んでやっつけてもらいます!
式部丞しきべじょう
ハハハ……
その意気、その意気!
周防すおう彩女あやめ
それで店長、
幻影城げんえいじょうって、どんなお城ですの?
式部丞しきべじょう
喪神さん、流行作家の江戸川えどがわ乱歩らんぽ
ご存知ですよね?
猟奇的、耽美たんび的、衒学げんがく的な作風は、
異世界の扉を開け、
私たちをいざなってくれる……
乱歩らんぽ先生は海外の猟奇小説や
探偵小説に造詣ぞうけいが深く、
また実に多くの資料をお持ちです。
それら膨大ぼうだいな資料を蔵に集め、
またそこに蟄居ちっきょし執筆されています。
その場所こそ幻影城げんえいじょうなのです――
以前、是非ぜひお目通しいただくべく、
幻影城げんえいじょうにゴエティアを届けました。
先生は十分満足されたそうです。
昨夜、先生から電話がありました。
ただこの電話というやつ、曲者くせものです。
情報のれる恐れもある――
何より予想より早かった――
今日は、ゴエティアの安全のため、
ご同行をお願いする次第です。
【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん、省線新宿しょうせんしんじゅくで鉄道連隊の
演習列車が待機しています。
新宿しんじゅくに向かってください。

喪神もがみ風魔ふうま式部丞しきべじょうは公務電車で新宿へ。そこから鉄道連隊の演習列車に乗り換え、省線池袋いけぶくろへと向かう行程である。

池袋駅前いけぶくろえきまえ

式部丞しきべじょう
どうしましたか、喪神もがみさん。
ここは省線池袋しょうせんいけぶくろ駅――
私の知る限り、市内に設置された、
探信儀たんしんぎの範囲外ですね。
勿論もちろん、無線は届くでしょうが……
気になることがあれば、
調べてください。
まだ時間はあります――

【文学青年】
池袋いけぶくろにも相談所ができるって、
そう聞いて来たんですが……
気配、ありませんね。
あれです、人生よろづ相談の
相談所ですよ。工科の友達も、
銀座ぎんざの相談所に通い詰めていますよ。

【文学少女】
先月の冒険青年、買いそびれたから、
求めに来たんです。
雑誌に面白い案内がありましたよ。
――毎朝放送、賢者ノ石……
どんな番組なんでしょうか?
さっそく、明日、聴いてみます!

式部丞しきべじょう
喪神もがみさん……
彩女あやめ君はなかなか活発でしょう。
彩女君は先端ガールなのでしょうか?
モダンガールや、さらに先端を行く、
シークガールというのもあります。
いやね、雑誌の受け売りですが――
実は彩女君、時に自失じしつするんです。
稀覯本きこうぼんの棚の前でよく――
我を忘れて茫然ぼうぜんとしていることが。
最初は眠いのかなと思ったのですが、
本人に尋ねると何も覚えていないと。
今朝も稀覯本きこうぼんのところで――
だから喪神さんのところへ
使いにったわけです。
表に出れば気分転換できますしね。

【猟奇趣味の男】
押し入れや屋根裏に潜むのが趣味、
そんな男の話ばかり書く作家が、
この辺に住んでるはずだ。
俺もな、いつも見られている、
そんな気がするんだ。
下宿先で、じっとしていると、
屋根裏に誰かが身を隠して、
俺のことを見るんだ!!

【猟奇趣味の男】
視線の感じる方を振り返り、
じっと見返してやる――
すると今度は別の方から、
俺のことを見る奴が現れる。
……ふひゃ~~
見るな、見るな、さてはお前なのか?
その目は、あああ、同じ目だぁ!!

《バトル》

【猟奇趣味の男】
もう冒険青年なんて雑誌、
読むのはそう……
式部丞しきべじょう
なるほど!
審神者さにわの戦いですね!
とくと拝見はいけんしました。

幻影城げんえいじょう

式部丞しきべじょう
さて、この土蔵が、
くだん幻影城げんえいじょうですよ!
――いやぁ、私も初めてです!

目前には堅牢けんろうそうな土蔵があった。
漆喰しっくい壁は黒っぽく塗られ、何者をも寄せ付けない力がみなぎっていた。
西池袋いけぶくろのこの土蔵こそ、幻影城げんえいじょうである。
江戸川えどがわ乱歩らんぽが所蔵する古今東西ここんとうざい
稀覯本きこうぼんの数々が収められているのだ。
当の乱歩らんぽも東京市内で転々ときょを移し、今ではこの幻影城げんえいじょう蟄居ちっきょして、執筆にいそしむ毎日であった――

式部丞しきべじょう
乱歩らんぽ先生はお留守でしょうか……
おかしいですね。
日程、示し合わせていたのに。
冒険青年二月号を使いました。
亜馬生アマゾンの勇者にしました。
その掲載ページが今日の日付です。

【メイド】
客、デスカ?
ドンナ、用デスカ?
式部丞しきべじょう
用って……
えーっと、君は……
ここのメイドさんですか?
【メイド】
先生は、イナイ――
先生は、イナイ――
式部丞しきべじょう
何だかに落ちないですね。
あの人間嫌いの乱歩らんぽ先生が、
君をメイドとしてやとったのですか?
【メイド】
…………
式部丞しきべじょう
気を付けてください、喪神もがみさん!
このメイドは偽物にせものです!
【メイド】
先生は、イナイ――
オマエモ、イナクナル!!
式部丞しきべじょう
こいつは……
ホムンクルスなのか?

《バトル》

式部丞しきべじょう
お見事ですね、喪神もがみさん。
ここは切り抜けました。
しかし……乱歩らんぽ先生の姿、
どこにも見当たりません。
――遅きにしっしたか!
これは推測ですが、
乱歩らんぽ先生はアーネンエルベに、
拉致らちされたのではないでしょうか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
今の音は……
もしかして交戦があったんですか?
お二人はご無事ですか?

梨央りおの無線に答える形で、式部丞しきべじょうは、江戸川えどがわ乱歩らんぽがアーネンエルベに拉致らちされたおそれがあると伝えた。

【着信 帆村ほむら魯公ろこう
式部君だな!
君の心配はよくわかった。
だが……
式部丞しきべじょう
アーネンエルベに乗り込むのは、
避けたほうがよいと――
もしや政治的な配慮はいりょですか?
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
賢察けんさつだ。競い合うのはよいが、
査察ささつのようなことはできない。
大使館は治外法権ちがいほうけんでもあるしな。
式部丞しきべじょう
特務機関が公務としては行えない、
そういうことですよね?
私はしがない古本屋の店主です。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
いや、そういうことではなく……
独逸ドイツを刺激するのは得策とくさくではない。
連中も腹を探られたくはないはず。
わしは止めたからな――
命令なく動けば擅権せんけんの罪となるぞ。
言うべきは言ったからな!
式部丞しきべじょう
喪神もがみさん、そういうことです。
大罪を犯して、独逸ドイツ大使館へ、
乗り込みますか!

2人は鉄道連隊の列車で渋谷しぶやに戻り公務電車で独逸ドイツ大使館のある三宅坂みやけざかへと向かった。

第三章 第三話 独逸大使館での攻防

江戸川えどがわ乱歩らんぽはアーネンエルベに拉致らちされた、その懸念けねん式部しきべ風魔ふうま独逸ドイツ大使館へと向かわせた。山王さんのう機関黙認の行動である。
公務電車は青山あおやま通を進んでいる――
その前を1台の車が走る。

式部丞しきべじょう
風魔さん!
前の車、あれじゃないですか?
大使館の公用車ですよ!
ほら!
公用車の後部座席!
あれは乱歩らんぽ先生に違いない!

青山街路あおやまがいろ

【着信 喪神もがみ梨央りお
強いセヒラ反応!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、気をつけてください!

式部丞しきべじょう
さては、私たちは、
待ち伏せにったみたいですね。

《バトル》

式部丞しきべじょう
この市電、古い型なのに、
すこぶる速いですね!
公用車を追いましょう!

独逸ドイツ大使館〕

式部しきべ風魔ふうま独逸ドイツ大使館に向かった。
そこには独逸ドイツ大使館公用車脇に立つ江戸川えどがわ乱歩らんぽその人がいた。

周防すおう彩女あやめ
式部店長!
彩女あやめは……
――ごめんなさい!
【金髪碧眼へきがんの男】
おっと、大事な人質ひとじちだ。
それも自分から飛び込んで来た!
武装SSの衛兵を尻目しりめにしてな。

江戸川えどがわ乱歩らんぽ
いやはや、どうしたものやら……

式部丞しきべじょう
貴殿はアーネンエルベの召喚師
クルト・ヘーゲンさんですね?

【クルト・ヘーゲン】
貴様、何故私を知っている?
一体、何者だ?
式部丞しきべじょう
四谷よつやはセルパン堂の店主、
式部丞しきべじょうです。不景気な古本屋ですが、
およぶところもありましてね。
さぁ、ヘーゲンさん、
彩女君を放してもらいませんか?
その子、周防すおう彩女あやめをです。
【クルト・ヘーゲン】
ゴエティアの書を渡してもらおう。
書斎しょさいから持って逃げるところ、
身柄を確保したからな!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
私としたことが……
気が動転してしまいました――
本は、ここに……
式部丞しきべじょう
乱歩先生!
ここは交渉すべきです。
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
本は車の中だ、座席の上だ。
持ち去るがいい――
【クルト・ヘーゲン】
流行作家とやらは飲み込みが早い。
そこのお前は、山王さんのう機関の者か――
審神者さにわ喪神もがみ風魔ふうまだな!
周防すおう彩女あやめ
乱歩らんぽ先生、いけませんわ!
彩女、彩女が早まったばかりに……
日本女性として美しくいさぎよく――
【クルト・ヘーゲン】
うるさい! 騒ぐな!
この極東フェノーストの島国に、何がある!!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
周防、彩女さん、と言いましたね。
さぁ、落ち着くんですよ、
今はそれが一番です。
周防すおう彩女あやめ
乱歩先生……
彩女のせいで大切な御本を――
ああ、御本を!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
本のことはもう忘れるんです。
本のことはね――
【クルト・ヘーゲン】
下がれ! 下がるんだ!
この忌々いまいましい国の忌々いまいましい連中めが!
私が去るまでここにいることだ。
ここはドイツ国大使館だ――
何故、武装SSの駐在武官がいない?

クルト・ヘーゲンは公用車に乗り大使公邸へと走り去った。

江戸川えどがわ乱歩らんぽ
周防彩女さん、もう大丈夫ですよ。
式部丞しきべじょう
彩女君……
よくぞここがわかったね!
周防すおう彩女あやめ
結局、彩女は何もできていません。
咄嗟とっさのことで……
あああ、申し訳ありません!!
彩女はもう……もう……
死んでおびを!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
そんなこと言ってはいけません、
死ぬなどと……そんなこと……
周防すおう彩女あやめ
彩女が死んでも、
何もなりませんか?
何にもならないのですか?
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
――死ぬことで何かがせる、
そのようなことはありませんよ。
死ねば無くなる、違いますかな?
さて、ここに長居は無用ですよ、
さっさと引き上げましょう。
式部丞しきべじょう
もしや……
もしやですね、なるほど。

幻影城げんえいじょう

周防すおう彩女あやめ
彩女あやめ、もう死ぬ元気もありません。
――消えてしまいそうですわ……
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
彩女さん、しっかりなさいな。
本は無事ですよ。
奪われてなどいませんよ。
周防すおう彩女あやめ
え? それは本当ですの?
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
本当も本当、大いに本当。
ほうら、これを……

そう言うと乱歩は、立派な革装丁の古書を差し出した。

周防すおう彩女あやめ
御本ですわ!
――奪われなかったんですね!!
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
彩女さんがいなかったら、
私はあのまま連行されていました。
確実に本は奪われていたでしょう。
式部丞しきべじょう
確かに!
彩女君がいたから、車は停まった、
結果、本は守られた――
先生も堪能たんのうされたことでしょうから、
これから帝大に本格的な解読を、
お願いしようと思います。
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
しっかりやってください。
そいつはまったく、
奇書中の奇書でありますからな!
式部丞しきべじょう
さっきも聞いたけど、彩女君、
どうして独逸ドイツ大使館なんかに
行ったんだい?
周防すおう彩女あやめ
彩女、声が聞こえたんです。
それに導かれて、夢中で……
いつの間にかあそこにいました。
江戸川えどがわ乱歩らんぽ
声が、ですか?
ほう、それは面白い、
いや実に面白い!!
式部丞しきべじょう
彩女君には、常人にはないものが、
あるようですね、いや本当に――
周防すおう彩女あやめ
よくわかりませんが、
彩女、お役に立てて
嬉しくなってきました!
式部丞しきべじょう
喪神もがみさん、せっかくなので、
私はここに少し残ります。
拝見はいけんしたいものもありますので。
周防すおう彩女あやめ
店長はここにみ着くんじゃ、
ありませんこと?

鉄道連隊の演習列車で新宿しんじゅくへ戻り、公務電車で彩女をセルパン堂へ送り届け、山王さんのう機関へ帰還することになった――

第三章 第四話 目黒権之助坂の怪物

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

風もなく穏やかな日であった。
このような日であっても、セヒラは人を狙う。邪心も、悪意も、ときには苦しみでさえも――

帆村ほむら魯公ろこう
乱歩らんぽ先生のゴエティア、
無事で何よりだったな。
の質と量の向上、
これからに備えて火急の事案だ。
まだ偽典ぎてんはあるはずだ――
喪神もがみ梨央りお
隊長、兄さん、報告が来ました。
第八分課からですが――
ちょっと変なんです。
いつもの怪人じゃなくで、
怪物を見たと……
市民からの通報だそうです。
帆村ほむら魯公ろこう
怪物を見ただと?
何だ、そりゃ?
まさかが出たとかじゃないだろ?
喪神もがみ梨央りお
通報したのは普通の市民ですから……
場所は目黒めぐろの方ですが、
セヒラは確かに観測しています。
帆村ほむら魯公ろこう
よし、念のためだ、風魔ふうま
目黒めぐろに向かってくれ!
喪神もがみ梨央りお
公務電車は赤羽橋あかばねばしまで下って、
五番の路線で省線目黒しょうせんめぐろです。
大崎おおさきの三探で探信たんしんを続けます。

〔目黒権之助坂ごんのすけざか

目黒権之助坂めぐろごんのすけざか
省線目黒しょうせんめぐろ駅から目黒川めぐろがわかる目黒新橋めぐろしんばしまでおよそ400メートルの坂である。

【怯える女性】
参謀本部に電話したのは私です。
――誰かが、あれは怪人じゃない、
怪物だって叫んでいましたから。
何でも怪人が成長すると、
怪物になるって……
それは本当なんですか?

【隠居老人】
まったくだらしがない!
政治が腐敗しておるから、
怪人騒動などを招くのじゃ!
軍部もたるんでおる!
怪人などぶっ飛ばすくらいの、
益荒男ますらおはおらんのか!

【倒れている青年】
……ううう……腰が……抜けた……
今の奴は怪物に違いない……
怪人なら知ってる、前に銀座ぎんざで見た、
怪人は目付きがおかしい、
動きも変だ、けど、今の奴みたいに
異様な雰囲気はないんだ――
猟奇グラフに読者の投稿があって、
怪人、けるに怪物とすって……
そういうのがあったから……
だから、今の奴、怪物だよ、
僕はひらめいたんだ……
ううう……力が……入らない……

【本郷の青年】
フヘヘヘヘヘ~
僕は、完成したのか?
――なぁ、そうなのか……
あれは先週のことだ――
本郷ほんごうの下宿にあの男が来た、
そして言ったんだ――
死のうとする気持ちはわかるが、
もう君は死ねなくなった、とね。
――僕には意味がわからなかった。
すると男は笑いながら続けたんだ。
試しに飲んでみれば、と。
カルモチンのびんを指差してね!
僕がカルモチンじょうを買ったのを、
あいつは知っていたんだ!
まだふうを開けていないこともね!
男が下宿をるやいなや、
僕は飲んだよ! 一瓶全部をだ!
男の言葉に迷いが消えたんだ!
カルモチン飲んで十分後に、
ふーっと目の前が暗くなったよ。
死ねたと思ったね!

目黒川めぐろがわ川原かわら

【本郷の青年】
さっきから僕をけるのは、
アンタだな? 
下宿に来た男の仲間だろ!
【陰気な男性】
君はカルモチンを飲んで、苦しんだ。
そのことで恨んだりするかね?
【本郷の青年】
恨み? 三日苦しんだ恨みか?
そんなのはない!
生まれ変わった気分だ!
【陰気な男性】
激しい苦しみにのたうちまわり、
君はとっとと魂を手放した。
そうじゃないかね?
その瞬間、君はわずかな自分を残し、
あとの全てをに明け渡したのだ。
君のほとんどはが支配している!
【本郷の青年】
そう思うかい?
ほとんどを、支配する?
違うね、全部をだ!!
【陰気な男性】
うっ……
君の全部を……が……
支配するのか?
何故、そんなことになった?
君は、何をしたんだ?
【本郷の青年】
教えてやろう!
僕はカルモチンを飲んだ、
だがな、一びんじゃない、二びんなんだ!

《バトル》

【着信 帆村ほむら魯公ろこう
そいつは薄皮一枚残して、
に支配されておるようだ。
普通のきとは違うぞ!
見たこともない波形が出ている、
注意してかかるんだ!

【本郷の青年】
どうした……
これまでと違う感じだ……
何故だ! 僕が……消えるのか?

山王機関本部さんのうきかんほんぶ
喪神もがみ梨央りお
目黒めぐろの件、隊長が報告書を……
中身がほとんどだなんて、
これまでにない例です。
この件で、新山にいやまさんもゼットー博士も
物凄く張り切っていらっしゃいます。
同じ波形が記録に残っていたとか。
目黒めぐろの怪物、あ、いや、怪人のと
同じ波形だそうですよ。
今、場所を特定中とか――
帆村ほむら魯公ろこう
かれるや否や、
に魂をわれると、
人由来のが生まれるようだ。
苦しみや憎しみが激しく、
またかれてからの時間が短いほど、
人由来のは生まれやすい――
人に由来する、うむ、つまりは人籟じんらい
この手の人籟じんらいと名付ける。
人由来だけに扱いが容易だ――
何者かが人籟じんらいを作ろうと、
計画を進めているようだ。
少しの間、留守にする。後を頼むぞ。
喪神もがみ梨央りお
は、はい!
隊長がここを離れるなんて、
一体、何をお考えのことやら。
かれてすぐに魂を奪われる、
それで人籟じんらいができるんですね。
さっきの怪人は、身も心もを
奪われていたんですね――
見た目は人だったんでしょう?
そうか、人の薄皮一枚へだてて、
その下は全部だったんですね!
確かに怪物です。
なんだか怪人が、
普通に思えてきちゃいました……
事態は悪くなる一方ですね――

帆村ほむら魯公ろこうが出て行った山王さんのう機関本部に重い空気が垂れ込めた。

第三章 第五話 高輪延吉の魔獣

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

人に憑依ひょういするやいなや、その魂を吸って誕生するのが人籟じんらいである。
この件、報告は参謀本部にまで上がり関係者多くの知るところとなった。

喪神もがみ梨央りお
隊長から電話がありました。
ずっと、参謀本部に缶詰かんづめだそうです。
京都から人が来るとかで、特急つばめ号の到着時間を知りたいと……
新山にいやまさんもですよ――
探信室たんしんしつもりっきりです。
――余程よほどのことですよね……
新山眞にいやままこと
これは、喪神もがみさん!
やっとつかめましたよ。
人籟じんらいの波形の軌跡から、
帝都満洲に繋がりました。
ちょうど帝都の高輪たかなわあたりです。
喪神もがみ梨央りお
高輪たかなわ、ですね――
それでは、また新しい何かが、
もたらされるのでしょうか?
新山眞にいやままこと
もしかすると、人籟じんらいが、
帝都満洲に彷徨さまよい込んだのかも……
喪神さんの調査が必要ですね。
喪神もがみ梨央りお
帝都の高輪たかなわ……青山新京シンキョウの南東です。満鉄の路線図からすると……
延吉エンキツです! 高輪たかなわ延吉エンキツ高輪たかなわ延吉エンキツ
新山眞にいやままこと
巡視パトロールに出られるなら、もう大丈夫、
ゲートは安定していますよ。
喪神もがみ梨央りお
帝都満洲のこと、
解明が進んできましたが、
くれぐれもお気を付けて。

赤坂哈爾浜ハルピンから先、帝都満洲鉄道は南西方向へと延伸していた。
その先には高輪たかなわ延吉エンキツがある――

【満鉄車掌】
当列車、帝都満洲鉄道あじあ号、
発車しようにもできません。
また邪魔が入っています――
どうやら帝都から逃げてきた思念が、
一塊ひとかたまりになっているようなんです。
――新興宗教から逃げたそうです。
それは聖日信教せいじつしんきょうという宗教で、
そういえば沙汰さたがあり教祖が逃げた、
そんな話も伝わります。
新しい指導者が、信者に死ぬことを、
強要しているとかなんです。
それで自失じしつした信者の思念が、
ここにやってきているようです。
そのかたまりが、邪魔をするのです――

時空じくう狭間はざま

そこには力がみなぎっていた。
しかし、どこに向かうのでもない力だ。
ただその場で渦巻うずまき、来るものをこばんでいた。

【着信 新山眞にいやままこと
そこは……どこですか?
……無線が通じにくいよ……
……です……

ゲートの状態こそ安定していたが、帝都満洲、中でも時空の狭間はざまは、無線通信に障害を生じているようだった――

【元信者Fアストラル】
いつの間に聖日信教せいじつしんきょうは、自殺をそそのかすのが教えとなったのか……
私には付いていけません。
雑貨商のSは熱心な信者で、
毎晩のように誘いに来るのです。
もう嫌だと怒鳴ったらここへ……
【元信者の根塊こんかいアストラル】
あなたは信者ではないですね!
賢明けんめいです、私たちは逃げました。
――でも、これ以上進めません。
この先には何かがいる……
私たちはここを防ぐ!
ここを退くわけにはいかないんだ!!

《バトル》

【元信者の根塊アストラル】
私たちを元に戻さないでくれ……
ああ、だめだ、奴らのもとには、
戻りたくない!!
【満鉄車掌】
消えた……
でもこの先に何があるのでしょうか。
ひとまず出発します!

〔高輪延吉エンキツ・南東〕

高輪たかなわ延吉エンキツ――
帝都満洲鉄道は新たな駅に到着した。
無線機の調子が悪いのか、本部からの司令は届かなかった。
帝都満洲の様子は本部に伝わっているようだ。

【バール】
邪魔者が消えてよかったな!
ここは高輪たかなわ延吉エンキツという街だニャ。
逃げ込んだ信者がまだいるニャ!
みんなおびえているニャよ!
この先にいる奴……毛色けいろが違うニャ。
さっき魔獣という声がしたけどニャ、
人でもなく、アストラルでもない、
ニャんかそんな奴だニャ!
【バールの帽子】
お前の世界から来た魔獣とやらに、
片っ端からわれてるゲロ!
アストラルがわれてるゲロよ!
【バールの帽子背後】
あれは人間に見えるが、
中身は別モンじゃ。
に魂をい尽くされておる。
【バール】
あと少しで人籟じんらいになる、
その一歩手前の状態だニャ。
とっとと取り除くニャ!

【元信者Aアストラル】
せっかく逃げてきたのに――
こいつに食べられてしまいそうです。
こいつは、魔獣です!
私に行く場所はないのか!
のっぴきならない状況です!

【元信者Kアストラル】
死ぬ瞬間、命が極大化きょくだいかする……
意味不明です、聖日せいじつの教えは!
深酔いして目覚めたらここにいた……
ここは恐ろしいところです。
そこに立つのは人間じゃない!
思念でもない! 化物バケモノです!

【元信者Eアストラル】
どこに逃げても、逃げきれない!
あああ、そいつは聖日せいじつからの使いか?
――俺を、食おうとしている……
わかるんだ、感じるんだ!
あんた、生身なまみの人間だな!
なんとかしてくれ、
そいつを追い払ってくれ!

【元被験者イ】
あなたも身体をお持ちだ……
私と同類ですか?
私は休暇で帰っていました――
銀座ぎんざ雑踏ざっとうを歩いている夜、
突然、車で拉致らちされたのです。
着いた先が防疫ぼうえき研究所でした。
連中は私の性癖に注目しました。
夜な夜な、女の姿で往来おうらいを歩き、
活動キネマを見たりする癖です。

【元被験者イ】
ある日、古着屋で小紋こもんをあしらった
女物のあわせを見て、あのしっとりした
重い冷たい布に肉体を包みたい、
その衝動にあらがえず、小紋縮緬ちりめんあわせ友禅ゆうぜんの長襦袢じゅばん縮緬ちりめん羽織はおりまで求め、部屋でそれらをまといました――
血管の中を女の血が流れるようで、
表に出ると、見慣れた街がまったく
新鮮に見えたものです――

私のこの暗い妄想がこんなにも
力を持つなんて、すごいことです!
――連中はよくしてくれていますよ。
私の性癖は益々ますます拡大しています。
もう自分だけでは収まりません!
あなたの遺骸いがい長襦袢ながじゅばんを着せますよ!!

《バトル》

【元被験者イ】
女の皮膚ひふが味わうと同等の触感……
その頽廃たいはいした感覚は古い葡萄酒ぶどうしゅ
よいのように魂をそそる――
ぐっ……魂……
私の魂が……夜気に揮発きはつする……
うぐっ……

古着屋に
女の着物が並んでゐる
売つた女の心が並んでゐる

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、ご無事でしたね!
高輪たかなわ延吉エンキツでの様子、
ちゃんと記録されていますよ。
銀河ぎんがゼットー】
あの人物、に突き動かされ、
アストラルをっていたようだな!
危うく君もわれるところだった!
喪神もがみ梨央りお
博士! 兄さんは命からがら、
戻ってきたのですよ!
銀河ぎんがゼットー】
おーほほ、そうであった!
しかし防疫ぼうえき研、あなどれんな!
もろきものをえさにするなど!
そうして生まれる人籟じんらい
これはどうやら、凡人ぼんじんでも扱える、
そういう特性があるようだ。
そうなると審神者さにわも召喚師も不要。
修行なくしてを扱えるかもだ。
――先行きが大いに危惧きぐされるな!
喪神もがみ梨央りお
に魂を吸わせるなんて、
まるで人体実験です。
――残酷過ぎます!
虹人こうじんさん、兄さんの戻るのを待たず
防疫ぼうえき研究所の様子を見に……
防疫ぼうえき研究所って国立こくりつですよね。
参謀本部でも混乱しているとか。
もう少し調査が必要なようです。

第三章 第六話 防疫研暴走

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

人に憑依ひょういするやいなやその魂をらい、人を内側から支配する
人籟じんらい

どうやら防疫ぼうえき研究所が一枚んでいるらしい。帆村ほむら魯公ろこうは参謀本部にて調査を続けるも、防疫ぼうえき研究所の所轄しょかついまだ明らかにならない。国立の機関とされながら、多くの謎を含む。

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
防疫ぼうえき研究所の様子を見に出かけた、
虹人こうじんさんから連絡です。
金ノ七号帥士きんのしちごうすいし
無線を黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしに代わります。
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
こっちでちょっと面倒が起きた。
僕一人じゃ手に負えないんだ――
人籟じんらい――
いや、その一歩手前の連中が、
反乱行動に出たんだ!
喪神もがみ梨央りお
反乱行動?
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
奴ら、に魂をわれる
予備軍だ、そいつらが暴れている。
防疫ぼうえき研の職員が次々に襲われて、
もう阿鼻叫喚あびきょうかん様相ようそうなんだよ。
急ぎ、来てくれないか!
防疫ぼうえき研の加藤潔かとうきよし所長も心配だ。
所長室にもったきりなんだ――
状況は以上だよ。
奴ら、防疫ぼうえき研から表に出たかも……
白金しろかね界隈かいわいを観測するんだ。

喪神もがみ梨央りお
承知しました!
白金しろかね界隈のセヒラ、観測始めます。
公務電車、赤羽橋あかばねばし古川橋ふるかわばしから、
魚籃坂下ぎょらんざかした清正公せいしょうこう前から、
白金台町しろかねだいまちへ向かう経路です。

国立防疫研究所こくりつぼうえきけんきゅうじょ

帆村ほむら虹人こうじん
風魔、来たか。
人籟じんらいの材料は、
何も囚人しゅうじんばかりじゃないようだな。
神経病みなんかもいるようだ――
怪人になって力を得る、
そう思い込まされてきにされ、
すぐさま魂を食われるようだ。
その仕組みがどんなだか、
まだよくわかっていない。
が魂を食い尽くさないよう、
どうにかして制御されているんだ。
それで見た目は人の形をしている。
その中身はほとんだと考えてよい。

【本郷の止宿人】
お前たちも波斯ペルシア人なのか?
僕を狙っているんだな!
あずかり知らぬ一人の波斯ペルシア人が、
僕の中にんでいるんだ!
帆村ほむら虹人こうじん
おい、お出ましだ!
元々、こいつは神経病みだな。
風魔ふうま、こいつを頼む!
【本郷の止宿人】
僕の中の波斯ペルシア人は、いよいよ、
僕を追い出しにかかっている!
そんなこと、許さない!

明け方、薄闇の部屋で異国の言葉が。
それは波斯ペルシア語に違いない。
僕は寝ている振りをしていた――
その日、神経の先生に相談したんだ。
脳楽丸のうらくがんを処方してもらったよ。
夜、ここの職員が迎えに来たんだ――

さぁ、僕は引っ込む!
波斯ペルシア人をなんとかしてくれ!

《バトル》

【本郷の止宿人】
波斯ペルシア人をやっつけろと言ったろ!
――何故、僕を……
ううううう……

小日向こひなた派出婦はしゅつふ
坊っちゃん、というのは弟さんです、
普段から兄弟仲悪くって……
あの日、遅く帰った兄さんを――
素手です、玄関先で、
坊っちゃん、兄さんのお腹を、
素手でカーっといたんです!!

《バトル》

小日向こひなた派出婦はしゅつふ
玄関に散ったものを掃除しながら、
フヘヘヘヘ、口に入れてみました。
そしたら自分が……消えたんです。
帆村ほむら虹人こうじん
この辺はしずまったようだな――
所長室に行こう!

国立防疫研究所こくりつぼうえきけんきゅうじょ所長室しょちょうしつ

加藤潔かとうきよし軍医】
もう鎮まりましたかな?
――私が軍医の加藤かとう、ここの所長、
防疫ぼうえき研究の責任者です。
帆村ほむら虹人こうじん
うかがいますが、なんですか?
伝染病の予防研究ではないのでは。
加藤潔かとうきよし軍医】
伝染病もやっています、もちろん。
それ以外も……
帆村ほむら虹人こうじん
それ以外っていうのが、
主ではないですか?
人籟じんらいの研究と製造が――
加藤潔かとうきよし軍医】
あははは、それは秘匿ひとくなんです。
相手が特務機関の将校であっても。
――お答え出来かねます。

帆村ほむら虹人こうじん
いいでしょう、軍医。
まずはここの安全を守らねば。
あなた達の手によって、
きにされた者が暴れている。
加藤かとう軍医、あなたに対しても、
さだめし恨みをつのらせている
ことでしょうね。
加藤潔かとうきよし軍医】
ここの者は皆、新しく、
生きる希望を見出したのですよ!
帆村ほむら虹人こうじん
――気配がする!
表に誰かいる!
加藤潔かとうきよし軍医】
どうしましたか?
帆村ほむら虹人こうじん
生きる希望を見出した者が、
礼でも言いに来たんじゃないですか?
加藤潔かとうきよし軍医】
怪人の鎮定ちんていは、
君たちの役割です。
なんとかしてください!
しわがれた声】
加藤かとう所長!
あなたのたましいが必要なようです――
たましいを……ください!
加藤潔かとうきよし軍医】
あの声は……
人籟じんらい号となった被験者……
まだ生きていたのか?
帆村ほむら虹人こうじん
ほんのわずか、魂を残す、
随分ずいぶんと器用な技術をお持ちですね。
我々も立場がある、
あなたの命は守ってみせます。
おそらくこいつが最後だろう!
向かうぞ、風魔ふうま!!

国立防疫研究所こくりつぼうえきけんきゅうじょ

【被験者号】
私は加藤かとう所長の忠実な部下でした。
でも忠実過ぎたようです――
所長のところへ……お願いします!
帆村ほむら虹人こうじん
いや、それは無理だ!
【被験者号】
残念です……
私は多くを知ったのです、
所長はそれが気にいらないのです!
帆村ほむら虹人こうじん
鎮定ちんてい開始だ、風魔ふうま

《バトル》

【被験者号】
私はもうわずかしか残っていません。
所長もおそらく同じ目に……
いや、もっと違う形になるでしょう。

加藤潔かとうきよし軍医】
なかなかのお手並みですね。
市中に出た人籟じんらいも、
その鎮定ちんてい、時間の問題ですね。
帆村ほむら虹人こうじん
今のは所長の部下だったと。
自らそう言いましたよ。
あなたは部下をも犠牲に――
加藤潔かとうきよし軍医】
私が決めたわけではない!
ゼームス師団からの指示だ、
それに従ったまでだ!
帆村ほむら虹人こうじん
ゼームス師団?
何ですか、それは?
聞き慣れないですね……
加藤潔かとうきよし軍医】
東京ゼロ師団の通称ですよ、
品川のゼームス坂にあります。
指示はいつもそこから出されます。
帆村ほむら虹人こうじん
東京ゼロ師団?
所長、あなたは妄想にかれている、
そうじゃありませんか?
加藤潔かとうきよし軍医】
東京ゼロ師団こそ、我々、
国立防疫ぼうえき研究所の所轄しょかつです。
給付きゅうふされる研究費は際限さいげんなく、
目的さえ合えば、
いかなる手段を講じてもよし!
私はここにきて、
ようやく評価を得ました。
勲章くんしょうを授与されるほどだそうです!
帆村ほむら虹人こうじん
――風魔ふうま、戻ろう!
ここにいても仕方ない、
調査は別口べつくちで進めるしかない。

第三章 第七話 蝶々夫人

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

調べるほどに謎が深まる国立防疫ぼうえき研究所。
新たにゼームス師団、東京ゼロ師団など、妄念もうねんから生まれたような材料が出た――

帆村ほむら魯公ろこう
参謀本部で散々調べたが、
防疫ぼうえき研の実態、つかみきれん。
山王さんのう機関設立に関係する要人を、
京都から招くなどしたものの、
らちかなんだ――
喪神もがみ梨央りお
隊長、特急つばめ号でいらしたのは、
その方なんですね?
帆村ほむら魯公ろこう
柄谷がらたに生慧蔵いえぞうという物理学者と、
聖宮成樹ひじりのみやなるき親王、このお二方だ。
聖宮ひじりのみや親王は宮内庁くないちょう陰陽寮おんみょうりょうの方だ。
学者先生がに関する論文を書き、
聖宮ひじりのみや親王が参謀本部に進言された――
今の参謀長も同じ皇族だしな。
喪神もがみ梨央りお
そのことは薄々知っていました。
そんな方でも解決できない……
そうなんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
いろいろとな、入り組んでおる。
それに参謀長のご存じないこと、
陸軍省が知るよしなしと――
両者の関係がギクシャクしかねない、
そんな状況にもいたってしまい、
一旦いったん退くことにしたんだよ。
喪神もがみ梨央りお
あっ、そうそう、隊長!
虹人こうじんさんですが、浜離宮はまりきゅう隣の、
海軍軍医学校に向かわれました。
何でも集団でおかしなことになった、
そう通報があったそうです。
わずかにセヒラも観測します――
帆村ほむら魯公ろこう
おお、海軍軍医学校か!
あそこには四探よんたんがあるな。
ならば感度もいいはずだ――
風魔ふうま、気分を変えて、海際うみぎわだ。
虹人の様子、見てきてくれないか。

海軍軍医学校かいぐんぐんいがっこう中庭なかにわ

帆村ほむら虹人こうじん
ここの学生、そろいもそろって、
様子が変なんだ。
芝居がかった台詞を吐いて――
最初は何かのものの練習かと……
でも、話しかけても答えない、
まるでかれたみたいなんだ!
台詞セリフを聞いていると、
どうも蝶々夫人ちょうちょうふじんのようなんだよ。
プッチーニのオペラだよ――
米海軍士官のピンカートンが、
長崎で若い芸者をめとる――
その芸者が蝶々ちょうちょうだよ。
彼は帰国してしまい、日本には、蝶々ちょうちょうと生まれたばかりの子供が残る。蝶々ちょうちょう健気けなげに夫の帰りを待ち続ける。
でもピンカートンは米国アメリカで結婚する。
三年後、彼は妻をともなって再び来日、
その時初めて蝶々ちょうちょうは真実を知る――
まぁそんな筋書きだよ。
蝶々ちょうちょうなんて源氏名げんじなは妙だけど、
そこは愛嬌あいきょうだ――
学生の中にピンカートン中尉や、
米国領事シャープスを名乗る
奴らがいて、何だか混乱する!
風魔ふうま、ちょっと様子を
見てきてくれないか?
――僕は疲れたんだ――

海軍軍医学校かいぐんぐんいがっこう廊下ろうか

廊下ろうかでは学生達がたむろしていた。
一見すると何もおかしなところはないが、場に不似合ふにあいなほど空気が張り詰めている。

【米海軍少尉A】
ピンカートン中尉は憔悴しょうすいされて、
もう目も当てられません……
奥さんと一緒に日本に来られて、
着いた夜から、奥さんのケイトさん、
その姿が見えないんです。
この二週間、ずっとケイトさんを
お探しなんです、中尉は――
奥さん、どこ行ったんでしょうか?

【米海軍大尉B】
ピンカートン中尉の細君さいくんケイトは、
二週間前の寄港きこう以来、行方知れずだ。
異国の地で~♪
遠い空の下~♪
細君さいくんはどこへ行ったのか?
彼女は日本が初めてと聞く。
――さぞかし心細かろう!
おお、我が君よ~♪
今宵こよい何処どこに~♪
青い月よ答えておくれ~♪

【米海軍軍曹C】
リンカーン号の寄港した夜、
自分、見たんです――
ケイトさんが一人の日本人女性と……
おそらくあれが蝶々夫人ちょうちょうふじん~♪
三年の間、港を見続け~♪
リンカーン号のはたを探した~♪
蝶々夫人ちょうちょうふじん、ひどく思い詰めたようで、
ケイト夫人を従えて、
暗い河口かこうの方へ向かいました――

【米海軍大尉B】
遠い異国の細い道~♪
星影ほしかげ頼りに歩きましょう~♪

《バトル》

【米海軍大尉B】
ピンカートン中尉は、
心配で心配で消え入りそうだ。
三日だけ公務を休ませてやろう!

海軍軍医学校かいぐんぐんいがっこう講堂こうどう

【シャープレス領事】
私は蝶々ちょうちょう夫人のことも心配だ。
彼女の心中しんちゅう察するに余りある――
ピンカートンが蝶々ちょうちょうと結婚するという
その相談を受けた時、
私は彼に熟考じゅっこうを求めたのだ――
彼女は心底れていたのだよ。
領事館に挨拶あいさつに来た彼女を見て、
すぐにそう確信したのだ――
ちょうはねをむしるのは~♪
とても残酷な仕打ち~♪
たとえ愛が横たわろうとも~♪
ピンカートンはいずれ帰国する身。
罪な事をしてはいけない、
私はそうさとしたんだよ――
蝶々ちょうちょう夫人はこの三年間、
ずっと待ち、えたに違いない。
日本人女性らしい忍耐力にんたいりょくでね!

【シャープレス領事】
愛すればこその沈黙~♪
それは海よりも深く~♪
そらよりも広く~♪
それなのに、ピンカートンは
米人妻を連れて戻った!
奴の心はなまりで出来ているのか!

《バトル》

学生たちの芝居は浜でも行われているようだ。

浜松はままつまつ海岸かいがん

【ピンカートン中尉】
嗚呼ああ、我が妻ケイトよ~♪
その姿、見せておくれ~♪
仲介人ちゅうかいにんゴロー】
私が蝶々ちょうちょうを~♪
仲介ちゅうかいしたばかりに~♪
悲しみを増やしてしまった~♪
【女中スズキ】
蝶々ちょうちょう夫人の女中である私から、
申し上げるのは、やや困ったこと。
先日、夫人は子供を……
【ピンカートン中尉】
あああ、我が愛しの蝶々ちょうちょうよ~♪
二人の宝、あの子はどこに~♪
仲介人ちゅうかいにんゴロー】
ピンカートンさん!
蝶々ちょうちょうです、あなたに会いに……

蝶々夫人マダムバタフライ
ちょうはねをむしったのは貴方です。
だから私も同じことを――
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、観測しました!
蝶々夫人マダムバタフライ
あのを麻袋に詰め、
墓場にめました。
生きたままです――
【着信 喪神もがみ梨央りお
セヒラの値、
急上昇しています!
警戒してください!!
蝶々夫人マダムバタフライ
泣き声はじきみ~♪
命の炎が静かに消え~♪
墓の勝利が訪れた~♪
【着信 喪神もがみ梨央りお
すごいです! こんなセヒラ波形、
見たことありません!
蝶々夫人マダムバタフライ
ケイトさんは妊娠にんしんしていました。
どうか殺さないでと何度も何度も……
父の形見の刀、よく斬れますこと!
黒い水面みなもに血のあぶら~♪
命乞いのちごいもむなしく~♪
はらに刺した刀が月光つきひかりを受け~♪

《バトル》

辺りは静寂せいじゃくに包まれた。
その静けさは、何者かが息を潜めている、そんな静けさでもあった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
もうセヒラは観測されません。
本部へ帰還してください……

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん……
顛末てんまつは全部記録できました。
帆村ほむら虹人こうじん
今、話していたところだ、
蝶々ちょうちょう夫人とシナリオが違うって。
帆村ほむら魯公ろこう
蝶々ちょうちょう夫人は米海軍士官の妻を、
あやめたりはしない。
子供をめたりもしない――
喪神もがみ梨央りお
オペラでは、蝶々ちょうちょう夫人、
はかなんで自殺するんですよね?
帆村ほむら虹人こうじん
それも不自然な感じだけどね。
でも今度のは邪悪さに満ちている。
何者かが結末を書き換えたんだ――
帆村ほむら魯公ろこう
軍医学校の生らは、
それを演じさせられていたのか?
誰かが書き換えたシナリオを?
それはよほどのことだな……
しかも大勢の生らに一時いちどき
影響を与えたわけだ……
あの場所に何があったんだ……
梨央りお四探よんたんはどうだった?
海軍軍医学校の敷地内だろ?
喪神もがみ梨央りお
それが、四探よんたんの様子が変なんです、
セヒラを集めた形跡があります。
帆村ほむら魯公ろこう
何だと!?
それじゃ探信儀たんしんぎの不調によって、
軍医学校に怪異が生じたというのか?
喪神もがみ梨央りお
おそらくは……
今はもう直っていますが。
帆村ほむら魯公ろこう
探信儀たんしんぎがおかしくなると、
セヒラを集めたりするんだな?
喪神もがみ梨央りお
今回はそのようです。
もちろん、初めての事象です。
セヒラの波形も特異な形でした。
同じ形が出れば、同じことが……
今後、留意りゅういして観測します。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、そうしてくれ。
まだまだセヒラの管理、
充分とは言えないな――
喪神もがみ梨央りお
セヒラが強くなっただけではない、
そうじゃないですか?
が脚本を書いたのですよ。
帆村ほむら魯公ろこう
おお、そうであった!!
これは思念の仕業にしては、
規模が大きすぎるな――
よほどの邪心が働いたようだ。
この件、調査対象としておこう。
喪神もがみ梨央りお
承知しょうちしました。
記録はまとめて提出できるように、
整理してじておきます。
帆村ほむら魯公ろこう
そうしてくれ……
虹人こうじんが疲れるのもわかる気がする。
風魔ふうまよ、ゆっくりしてくれ――

第三章 第八話 不忍池心中未遂

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

新聞では毎日のように怪人事件が報じられ、子供達の間では怪人遊びなる遊びが流行る。
興亜日報こうあにっぽう帝都版では再び特集を組んだ。
特集の中で「帥先そっせんヤ」と言う言葉が登場した。
悪戯いたずらに怪人化をそそのかすような連中のことだ。
あるいは自ら怪人を目指す者も帥先そっせんヤだった。

周防すおう彩女あやめ
こんにちは! 
喪神もがみさん、彩女あやめ、やって参りました!
今日は号外をお持ちしたんです――
興亜日報こうあにっぽうの号外です。

彩女の差し出した号外には、上野うえの公園で起きた心中未遂しんじゅうみすい事件を扇情せんじょう的に書き立てていた――
――画学生と売笑婦ばいしょうふ・心中未遂
――画学生行方ゆくえ知れず
――帥先そっせんヤによる教唆きょうさ

周防すおう彩女あやめ
昨日の夜、不忍池しのばずのいけに二人がいるところ、
散歩の人たちが見ているのです。
画学生さん、遺書も残して――
でも、朝には学生さんの姿がなく、
売笑婦ばいしょうふだけが死んでいたって――
不忍池しのばずのいけには物見遊山ものみゆさんのようにして、
大勢の人が集まっていました……
彩女さん、その心中事件に、
何か思うところ、あったんですか?
彩女、ざわざわとした胸騒ぎを
覚えましたの。
画学生は死にそこなって怪人になった、
裏で帥先そっせんヤがそそのかした――
そう言う人まで現れて……
喪神もがみ梨央りお
そんなことまで……
みんな、よく知ってますね!
帆村ほむら魯公ろこう
おう、周防すおうさん!
今日は、どうしましたかな?
周防すおう彩女あやめ
号外をお持ちしたんですの。
帆村ほむら魯公ろこう
さては、上野うえのの事件ですか?
売笑婦ばいしょうふだけが死んだという――
周防すおう彩女あやめ
そうですわ!
帆村ほむらさま、なにかご存知ですか?
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……
死んだ売笑婦ばいしょうふなんだが、
その死因がさっぱりで――
外傷もなく、薬を飲んだ気配もなく、
とりあえず戸山とやま衛戍えいじゅ病院に収容し、
検死をしたらしい。
それでだ、どういうわけか、
参謀本部からうちに要請があってな、
銀河ぎんが博士が応援に駆けつけたんだ。
喪神もがみ梨央りお
ええ? ゼットー博士が?
じゃ、怪人化したのは、
学生じゃなく女性の方なんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
状況を知った参謀本部の判断らしいが、
さっぱりわけがわからない!
――にしてもだ、この号外……
昨今さっこんの心中ブームと怪人現象を、
強引に結び付けようとしておるな。
帥先そっせんヤを増やすばかりだ――
喪神もがみ梨央りお
帥先そっせんヤって、率先そっせんするからですか?
片仮名のヤって屋のことですか、
普通に書くと率先屋ですよね?
帆村ほむら魯公ろこう
ブンヤの洒落しゃれだろうて。
この心中騒ぎ、何かありそうだ。
風魔、早速戸山とやまへ向かってくれ!

戸山衛戍病院とやまえいじゅびょういん・モルグ〕

銀河ぎんがゼットー】
検死医はアストラルを見たらしい。
バシーンと怪しい光が走ったと、
そういう報告だったそうだ!
彼らはアストラルを知らんからな。
でもボクはピーンと来たね!
参謀本部もピーンと来たんだ、きっと!
売笑婦ばいしょうふの思念がアストラル化した。
だとすればだ、このモルグにいるはず!
だが、現世では見えにくいぞ――
御託ごたくは沢山だな、勿論もちろんだ!
よし、この新開発の幽体刺激装置に、
電気を通して見るぞ!!

そう言うとゼットーは手に持つ2本の電気コードを接触させた。装置というより、普通の電気コードであった。

【売笑婦アストラル】
アタシは教えの通りにした――
ちゃんと死ねたよね……
死ぬ間際までしか覚えていないけど。
銀河ぎんがゼットー】
うぉう! 出たぞ、喪神もがみ君!
この反応、計算通りであーる!!
【売笑婦アストラル】
今がよみがえりの時かい?
――違う気がするよ……
さては金神こんじんは現れたのかい?
銀河ぎんがゼットー】
こ、金神こんじん
それが現れるとは、何事!?
一体全体、何が起きるっ!!
【売笑婦アストラル】
アタシ、だまされた?
フフフ……単純ね、アタシも。
悔しいから、あんたも道連れね!
銀河ぎんがゼットー】
喪神君! さぁ、審神者さにわの出番だぞ!!
を召喚して、戦うのだ!!
僕の愛しいたちよ、いでよ!!

《バトル》

銀河ぎんがゼットー】
素晴らしいグレ――ート!!
ボクのもたいしたものだろう!
ふほーっ!!
さぁて、君!
今の現象は何だ?
考えるまでもなく、解明したぞ!
女の思念が死によってぎ取られ、
セヒラに触れてアストラル化した。
実に明瞭明晰めいりょうめいせき含蓄がんちく深き推論だ!
しかーし!
何故、女アストラルは金神こんじん等と……
――わからん、さっぱりだ……
女は生前、
金神こんじんの存在を強く信じていたのか!
うーむ……そうかも知れん――
何者かにそうまれ……
――何と言うか、これを……
そうだ!!
洗脳だ! 女は洗脳されておった!
答は現場にある、そうだろ喪神もがみ君!
喪神君!
ここは君の機動力にゆだねる。
ボクは研究室に戻ることにするぞ。

不忍池しのばずのいけ

下谷したや署の巡査】
こら! 立ち去れ!
怪人などおらん、ここは平定へいていされた!
むむ……
特務の……方ですか、
その徽章きしょう山王さんのう機関ですね!
失礼しました!
怪人が出たなんてうわさが飛び交い、
不埒ふらちやからが詰めかけまして!
死にそこなった学生が、
怪人になったと、もっぱらの噂です。

寛永寺かんえいじの僧】
弁財天べんざいてん様をお招きするこの地で、
新宗教が活動をするのです――
怪しげな神職しんしょく風体ふうていの女が張本ちょうほんです。
信者は明階めいかいだの権正階ごんせいかいだの、
僧侶の位を名乗ります。
修行を積んだわけではないでしょうに。
傍迷惑はためいわくな話ですよ。

御徒町おかちまちの老婆】
あの死んだ女、
ここに何度も来ておったわい。
巫女みこさんみたいなのと一緒にな。
あれはもしや新宗教かいな……
他にも何人かおったのう、
まだまだ騒ぎは続くんじゃわい!
あの学生、よっぽど女に、
入れ込んでおったようじゃな。
けどな……
あの女のやり方じゃ、
死ねなんだ、そういうことじゃな。

明階めいかい信者】
私はこの世にてつとめを果たす。
教えの通りであるならば、
終末の時、多くの者がよみがえるだろう。
私はそれを見届け、命を終える。
それは無駄死むだじになどではない。
宿命、そう、宿命なのだ。
お前の仕事もおしまいだ。
さぁ、よみがえりにそなえるんだ。
私につとめを果たさせてくれ!!

《バトル》

明階めいかい信者】
ふふふふ……
これが答なのか――
長年、求めていたものは、これか!
――まぁよい、つとめは果たせぬが、
これでよみがえりはできる。
せいぜい、終末を迎え、
苦しむがいい――
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
上野うえの界隈かいわいのセヒラ、下がりませんが、
一旦、帰還してください!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
新しい情報があるんです、
それで戻っていただきました。
帆村ほむら魯公ろこう
そうなんだよ、風魔ふうま
探信儀たんしんぎをいじくっていて、
いろいろわかってきた――
危険思想の新宗教がからんでおる。
不忍池しのばずのいけぁさんも言っておったろう、
巫女みこさんみたいななりの女だ。
セヒラは観測するが、怪人はいない。
ある種の念が反応している、
そうとしか考えられん。
その念を強めているのが、
帝都満洲からのセヒラだと思われる。
帝都の上野うえのに照応する位置に、
帝都満洲の街ができた――
そう考えておかしくないのだ、
帝都満洲、どこまでの広がりを、
見せるというのか……
まったく想像だにできん。
喪神もがみ梨央りお
帝都満洲が広がると、
帝都にもアストラルが現れ始める、
そんなこと、あるんでしょうか?
それに……
あのアストラルが言った金神こんじんのことも
気になります。
帆村ほむら魯公ろこう
金神こんじん、終末、よみがえり……
洗脳された連中がいろいろと、
事を起こしているようだな。

第三章 第九話 上野黒河の凍土

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

心中が続く昨今さっこんではあるが、上野うえのの件は、裏に新宗教の存在があった。
戸山とやまの病院に現れたアストラル。
それは自死した信者の死ぬ間際の思念だった。それが語った金神こんじんとは何を表すのか――
山王さんのう機関では探信たんしんきわめ、上野うえのに照応する地に帝都満洲の街があると、そう確信するに至ったのだ。

喪神もがみ梨央りお
依然いぜん上野うえの界隈かいわいのセヒラ、
高い値を観測しています。
しかし怪人情報は、
一件も寄せられていません。
高い値のセヒラの原因、
やはり帝都満洲にあるようです――
帆村ほむら魯公ろこう
このままでは、上野うえので怪人騒動、
勃発ぼっぱつする恐れもあるな。
早く手を打ちたいのだ。
喪神もがみ梨央りお
ゼットー博士が言ってた金神こんじん
その出処でどころはどこなんでしょうか?
帆村ほむら魯公ろこう
帝都か帝都満洲か……
まずは帝都満洲を調べてみよう。
上野うえののセヒラの件もあるからな!
新宗教の方は、特高も動くそうだ。
内乱予備罪も視野に入れてのことだ。
帆村ほむら虹人こうじん
これは宗教弾圧の再来ですか?
帆村ほむら魯公ろこう
度合いによりけりだな。
宗教の名を借りた教唆きょうさ集団であれば、
これは取り締まりの対象になる。
帆村ほむら虹人こうじん
狂信者逮捕が新聞ネタになり、
また帝都のどこかで模倣者もほうしゃが現れ……
――いたちごっこですね。
喪神もがみ梨央りお
それに山王さんのう機関が巻き込まれると、
大変です。てんてこ舞いです。
やはり元を断たないと――
私、新山にいやまさんにゲートの様子、
聞いてきますね。
帆村ほむら虹人こうじん
それにしても、金神こんじんとはな。
迷信は愚者ぐしゃの宗教とも言うが、
相当な強敵に違いないぞ。
僕は上野うえの界隈かいわい
怪人出現の万が一に備えるよ。
帆村ほむら魯公ろこう
虹人こうじんの奴、うまく役割分担を――
帝都に怪人がくと、
帝都満洲に影響が及ぶ恐れもある。
帝都の治安維持、
ひとまず虹人にまかせ、
風魔ふうま、お前は帝都満洲だ。
新山にいやままこと
ゲートのセヒラ、今は安定しています。
長く安定できるよう、
ゲートに少し手を加えました。
上野うえのの位置、帝都満洲に照合すると、
どの街になるのでしょうか……
分かりますか?
喪神もがみ梨央りお
さっきから満鉄路線図を見るんですが
――たぶん、黒河コクガです……
だから、兄さんが行くのは上野うえの黒河コクガ
帆村ほむら魯公ろこう
上野うえの黒河コクガか……
黒河コクガ……満洲だと露西亜ロシアの国境の街。
アムール川の河畔かはんに広がる街だぞ。

〔上野黒河コクガ・南〕

赤坂哈爾浜ハルピンから北東へ。
帝都満洲鉄道は喪神もがみ風魔ふうまを乗せ上野うえの黒河コクガへと疾走しっそうした――

【バール】
やっと来たか、風魔。
待ちくたびれたニャ。
ここ黒河コクガは旧称を璦琿アイグンといってニャ、
満洲語で恐ろしいの意味ニャ!
実際、黒河コクガは今、
恐ろしい事態におちいってるニャよ!
あちこちこおってカチコチニャ!
【バール帽子】
何やら怪しい一派の思念が、
ここでアストラルとなってるゲロ!
怪しすぎるゲロ、ゲロゲロだゲロ!
【バール帽子背後】
寺の坊主の階級名と、
キリスト教の殉教者じゅんきょうしゃ名を名乗る、
おかしな連中じゃよ!
【バール】
これは帝都で流行はやりの、
新宗教ってやつなのかニャ?
気色悪いニャ!

【聖権正階ごんせいかいダダイ】
教示をもらったんだ。
黒化ニグレドのためにはさつすれと。
それで賢者ノ石になれるんだと。
不要なものをさつすれ!
みずからをさつすれ!
やがてよみがえりが訪れ、賢者ノ石になる。
だから俺はそうしたよ。
なぜ、よみがえらないんだ?
もう終末なんじゃないのか?
おかしいだろ!
俺たちを殉教者じゅんきょうしゃにして、だましたか?
ああ、お前もグルなんだな!

《バトル》

【聖権正階ごんせいかいダダイ】
権正階ごんせいかいなんてくらい、欲しくもない!
――俺の命を……返せ……
【着信 喪神もがみ梨央りお
……八号帥士はちごうすいし……
き……ますか?
無線、回復しました!

〔上野黒河コクガ・東〕

【聖正階せいかいトマス】
賢者ノ石というラヂオ番組を
初めて聴いたのは一週間前だ。
僕はすぐにとりこになったんだ。
僕達はみんな賢者ノ石になれる……
錬金術れんきんじゅつ理論ロジックだから、確かだよ。
賢者ノ石になるためには、
まず黒化ニグレドしなければいけない。
余計なものを捨てる、つまりさつする。
やがて自分が余計な存在とわかる。
【聖明階めいかいペテロ】
そうさ、自分こそ余計な存在だ。
だからな、自分をさつしたのさ!
これで次へ進めるんだろ?
でもなんか、時間がかかってる。
終末が来るとよみがえるって……
そう信じているのに!
まだ終末は訪れちゃいない、
きっとそうだよな?
終末が来れば、よみがえるはずだよな!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
錬金術れんきんじゅつなぞらえて、よみがえりをそそのかす、
そういうことなんだな?
【着信 新山眞にいやままこと
賢者ノ石というラヂオ番組です。
毎朝八時から放送しています。
その番組で呼びかけているようです。
暗殺や心中が相次あいつぐご時世じせいです。
終末思想はあっという間に広まる――
それを利用し、教唆きょうさしているのです。
自殺の瞬間に生まれる思念は、
強い力を持つとされます。
どこかで思念を集めているようです。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
その思念とやらのおかげで、
帝都満洲も広がるのだな……
風魔ふうま、あ、いや、黒ノ八号帥士くろのはちごうすしし
もう少し、巡視パトロールを続けてくれ。

直階ちょっかい信者のアストラル】
もう三時間、こうしてる。
脱血缶だっけつかん一杯に血が溜まったよ。
寒い……とてつもなく寒い……
脱血だっけつすると、こんなに寒いのか……
ん? 誰かいるのか、この部屋に?
何だ、お前は……
そうだよ、俺は自分をさつするんだ。
血を抜いて死ぬところだ。
それとも、俺を呼びに来たのか?
じゃ、そっち行ってやる!!

《バトル》

権正階ごんせいかい信者のアストラル】
あいつらの言うこと聞いたら、
くそっ! 
ろくな事にならねぇ……
錬金術れんきんじゅつなんてインチキだ、
僕も最初はそう思っていた。
でも、毎朝ラヂオ聴くうちに、
次第しだいに信じ始めたんだよ――
終末によみがえらなければならないって。
――正しい黒化ニグレドのためには、
余計な考えはさつしましょう――
だから僕はさつしたよ。
親兄弟のこともさつした。
学校の恩師おんしさつした。
――最後にあなた自身をさつして、
黒化ニグレドの段階は終了です――
だとさ! だから、今こうして……
ベルナールじょうをたくさん飲んだ――
なのに死ねない!
何故なぜだ! お前が邪魔するからか!

《バトル》

権正階ごんせいかい信者のアストラル】
あれ? どこだここは?
本郷ほんごうの下宿じゃないのか?
――それに、すごく、寒い……
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
聞こえますか?
状況が変わりました!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
今すぐ、帰還するんだ!
ゲートが不安定になっている、
長居すると戻れなくなるぞ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
上野うえの黒河コクガ次第しだいに薄くなっています、
波形がすべて……
今にも消えそうです!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
まだなんとか間に合うぞ、
今のうちだ、戻ってこい、風魔ふうま
【着信 喪神もがみ梨央りお
……
波形が……みだれて……
はや……して……
……もど……く……さい……

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
間に合いましたね、兄さん!
今、新山にいやまさんがゲートを調べています。
帆村ほむら魯公ろこう
僧侶のくらいを名乗るアストラル、
キリスト者の名を付ける者もいて、
妙な信仰が広まっておるな!
皆、生きていた時の思念か、
今も生きておる者の思念だ……
一様いちように洗脳が深いな!
喪神もがみ梨央りお
新宗教では、
信者に自殺をそそのかすのですか?
帆村ほむら魯公ろこう
自分をさっする――
言葉尻からそう受け止められるな。
ラヂオで喧伝けんでんしていたと言うぞ。
喪神もがみ梨央りお
そのようです。
ラヂオ聴いて自殺したくなった――
よみがえるために死が必要だと思い込む……
そうだとすると、次から次へ、
同じ番組聴く人に自殺者が出ます。
その度に、アストラルが生まれ……
帆村ほむら魯公ろこう
――おぼろな命としてよみがえる――
アストラルがセヒラを媒介ばいかいし、
帝都に思念を還流かんりゅうさせるおそれも……
そう懸念けねんしておるのだろう。
セヒラの大循環だいじゅんかん生じしょうれば、
もう打つ手は無くなる。
喪神もがみ梨央りお
そう思います……
帆村ほむら魯公ろこう
帝都の陋巷ろうこうに身を沈める者には、
いたずらに死を夢想するような、
元来、そういった弊風へいふうがあるものだ。

第三章 第十話 賢者ノ石

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帝都満洲に出現した上野うえの黒河コクガ
そこから帝都に流れ入るセヒラが作用して、さまざまな怪異をもたらしていた。
てつく辺境へんきょうの街、上野うえの黒河コクガ
そこにただようは、聖日信教せいじつしんきょうのラヂオ番組により、賢者ノ石を目指す思念のアストラルだった。
新山眞にいやままことにより調整を加えたはずのゲートだが、変動するセヒラの値に耐え切れないのか、不安定になり、急遽きゅうきょ風魔ふうまは本部へ帰還した。

喪神もがみ梨央りお
兄さん、大丈夫ですか?
――よく休めましたか?
上野事件の売笑婦ばいしょうふですが、
身元がわかりました。
蛎殻町かきがらちょう曖昧屋あいまいやに出入りする、
玉野たまのという売笑婦ばいしょうふだそうです。
彼女、聖日信教せいじつしんきょうの信者でした――
新山眞にいやままこと
やはり聖日せいじつでしたか……
その売笑婦ばいしょうふは信者だったんですね、
ラヂオ聞いていただけではなく。

くちばしを挟んだのは飯倉いいくら技研の新山眞にいやままことである。
ゲートの調整のため山王機関に詰めている。作業の合間を見て本部に顔を出した按配あんばいだ。

喪神もがみ梨央りお
はい。かなり熱心な信者だったと。
曖昧屋あいまいやの客にも入信にゅうしんすすめたり、
ラヂオ聞くように言っていたとか。
新山眞にいやままこと
狂信的であればあるほど、
その者は、より深く……
頭の中を、ええっと、何でしたか?
喪神もがみ梨央りお
洗脳、ですか。
でも、この間の新聞では、
聖日新教せいじつしんきょうの中に
沙汰さたがあったように伝えていました。
教祖様がいなくなったとか……
どうなんでしょうか?
兄さん、聖日新教せいじつしんきょうの本社は、
本所業平橋ほんじょなりひらばしの近くです。
巡視パトロールに出てみますか?
新山眞にいやままこと
今、聖日せいじつを仕切るのは腹心ふくしんです。
神子柴みこしばはつゑという巫女みこです。
ほら、ラヂオに出ている人ですよ。
聖日せいじつの教祖は大絹おおぎぬという女性ですが、
今や目立つのは神子柴みこしばの言動ばかり、
どうもそのようですね。
喪神もがみ梨央りお
その神子柴みこしばっていう人が、
教祖とは別の考えでもって、
何かをたくらんでいるのですね。
新山眞にいやままこと
そのようですね。
神子柴みこしばは怪人化している、
そう考えて間違いないでしょう。
喪神もがみ梨央りお
大丈夫です、ね、兄さん!
おかしな巫女みこさん怪人とは、
もう戦いましたから。ね!
そうそう、さっき幸則ゆきのりさんが……
表で姿を見かけたら、
同行持ちかけると喜びますよ!

赤坂街路あかさかがいろ

【待ち伏せしていた記者】
ちょっと待ってくれ!
そこの……
貴方ですよ、貴方!
やっとお目にかかれた!

【待ち伏せしていた記者】
帝都を騒がす怪人事件に関わる、
謎の軍人さんって、貴方ですね?
上野うえのの騒動の時も、見ていましたよ。
ピンときました。あの様子からして、
これはただの心中事件じゃないって!
以前から怪人事件を追うたびに、
しずめて回る者の存在を感じていた――
いや、組織というべきか!
あっ、大変失礼しました、中尉殿。
挨拶あいさつが遅くなりました。
新山にいやま和斗かずと
僕は興亜日報こうあにっぽう東京支局の、
新山にいやま和斗かずとです。
兄、まことがお世話になっています。
ええ、そうです、山王さんのうに行くが口癖。
兄はいつもこちらに参っているはず。
――あるんでしょ、特務機関が。
ほぅら、ドンピシャ!
ホテルに特務が置かれている、
そう目星をつけていたんだ!
それで、これから、上野うえのですか?
それとも蛎殻町かきがらちょう
曖昧屋あいまいや売笑婦ばいしょうふなんですよね。
なんでも取材取材、裏取りもします。
もっと聞かせて貰いたいんですが。
僕も同行しますよ!
九頭くず幸則ゆきのり
おっと、邪魔だな!
新山にいやま和斗かずと
な、何ですか!
びっくりさせないでください!
九頭くず幸則ゆきのり
ブン屋がちょろちょろして、
何をぎまわっているんだ?
任務の内容は秘匿ひとくだ。
新山にいやま和斗かずと
残念だなぁ~
せっかく良い取材、
出来そうだったのに!
仕方がない、今日は退きますよ。
でも僕は諦めない性質たちです。
またお目にかかりましょう!
九頭くず幸則ゆきのり
あることないこと書き立てる、
それが奴らの仕事だ。
付き合っていられない!
余計な時間を食ってしまったな!
急ごう、風魔!
向かうは聖日信教せいじつしんきょうの本社だ。

公務電車を繰り出し、業平橋なりひらばしまで行くも、聖日信教せいじつしんきょうの本社はもぬけからであった。
2人はほどなくして赤坂に戻った――
最近、聖日信教せいじつしんきょう提供のラヂオ番組が人気だ。
それを知る九頭にとっても、予想しなかった展開のようである。

九頭くず幸則ゆきのり
おかしいな~
聖日せいじつの本社に誰もいないなんて……
毎朝、ラヂオやってるよね聖日は。
賢者ノ石という番組だよ。
確か神子柴みこしばって巫女みこだ、しゃべってるの。
――みなさん、お一人お一人が
賢者ノ石でございます――
そうやって始まる番組だよ。
歩一ほいちにも熱心に聴く奴がいるんだ。

九頭くず幸則ゆきのり
それだけ派手はでにやってて、
本社に誰もいないなんてね。
まさか特高がやってきて、
一網打尽いちもうだじんにしたってのか?
いやぁ、そんな話は聞いていない。
それに……
あれ!
あの人、聖日せいじつの信者とかじゃないか?

浄階じょうかい信者】
何が賢者ノ石だぁぁぁ~
あんなの出任でまかせだ!
インチキだぁぁ~
九頭くず幸則ゆきのり
あんたは、もしかして聖日せいじつの者か?
どうして誰もいない?
浄階じょうかい信者】
みんな神子柴みこしばの言いなりだぁぁ~
――死を迎える黒化ニグレドが始まりです、
腐った臭いを放つのです、だとぉ?
――黒化ニグレドを経て、白化アルベドの段階へ進み、
浄化が行われるのです――
くそっ! この私を追い出しよって!!
九頭くず幸則ゆきのり
どうした――
なんか、おかしいぞ、こいつ!
浄階じょうかい信者】
何が賢者ノ石だ!
何が錬金術れんきんじゅつだ!
私を見ろ!! すべてを、超えた!!

《バトル》

浄階じょうかい信者】
教祖の大絹おおぎぬ真砂湖まさこは、
姿をくらませたまま……
神子柴みこしばを……どうか、抑えて……
九頭くず幸則ゆきのり
なんだか今の様子だと、
神子柴みこしばが教団乗っ取った、
そんな感じだよな。
何だ、地震か?
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、上野にセヒラ反応!
その値、急上昇しています!
場所は……
不忍池しのばずのいけです!
九頭くず幸則ゆきのり
不忍池しのばずのいけだってよ、風魔!
急ごう!
いよいよお出ましじゃないのか!

不忍池しのばずのいけ

神子柴みこしばはつゑ】
いよいよ、その時が来たのです。
金神こんじんを現すのです――
黒化ニグレドする方々の思念を一処ひとところに集め、
私は翠化、黄化、ウィリディタス キトリニタスそして赤化ルベドを経て、
金を……金神こんじんを生み出すのです。
金神こんじんと合一し、私は、
永遠の存在となるのです。
そのあかつきには、皆さんを招きましょう。
終末を超えてよみがえり、永遠とわの楽園に。
皆さんも永遠とわの存在となるのです――

神子柴みこしばはつゑ】
終末はせまっています。
貴方もお力をお貸しください。
貴方には素晴らしい霊力があります。
眼を見張みはるほどの力です――
――素晴らしい、その力……
私は感じています――
さぁ、早く!
終末はそこまで来ていますよ。
貴方! もう時間がないのです!
早く、お力を!!

《バトル》

神子柴みこしばはつゑ】
素晴らしいお力です!
そうです、これです――
最後の扉が開きます!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝都満洲に強大なセヒラ発生!
場所は……またもや上野うえの黒河コクガです。
急ぎ帰還し、
帝都満洲に向かってください。
帝都にも甚大じんだいな影響を、
及ぼしかねません!

神子柴みこしば霊異りょういを発現したためか、帝都満洲に強大なセヒラが観測された。
その影響はすでに帝都におよび始めていた。

第三章 第十一話 金神の出現

はらえの・帝都〕

神子柴みこしばの洗脳により、よみがえりをもくして、自死じしする者が相次あいつぎ、その者らの思念が、神子柴みこしばに更なる力を与えた。力を得た神子柴みこしば錬金術れんきんじゅつ理論ロジックを用いて、金神こんじんを生み出そうとしていた。
帝都満洲にそれが現れたのだろうか?

〔上野黒河コクガ・南〕

上野うえの黒河コクガでは、酷寒こっかん様相ようそうを見せていた。すべてがてつき、色を失いつつあった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
上野うえの黒河コクガの様子はどうですか?
上野うえの黒河コクガ方面ですが、
セヒラの値、大きく変動しています。
用心してください。
上野うえの黒河コクガのどこかで、
セヒラが凝固ぎょうこしているようです。
周りのセヒラを吸っています!

【聖直階ちょっかいフィリポ】
――あなたを、感じます……
ここが終末の場なのですか?
私はどうしましょう……
どうにもなりそうにもありません……

【聖権正階ごんせいかいアンデレ】
諸君!
いよいよもってよみがえりの時だ。
――ん、あんた、誰だ?
こんなところに、よくいられるな!
それとも、一足ひとあし先によみがえったのか?

【聖明階めいかいペトロ】
き、貴様は!
歩一ほいち寄生きせいする山王さんのう機関の者だな!
わかるぞ、こんなになってもな!
俺達のよみがりを邪魔しに来たのか?
――フフフフ……
俺は歩兵少尉から聖明階めいかいになった!
殉教者じゅんきょうしゃペトロの名も頂いた!
あと少しでよみがえりだ、
お前にはいなくなってもらうぞ!!

《バトル》

【聖明階めいかいペトロ】
……体が消え、ついに念まで……
消えてしまうのか……

【聖直階ちょっかいマタイ】
さっき法科の山下がいたな。
いや、いたのは山下の念だが……
あいつ、人生よろづ相談に出かけて、
そのまま行方不明になったんだ……
あいつが行ったのは新宿しんじゅくの相談所さ。
それなのに――
なんで、こんなところにいるんだ?

【聖浄階じょうかいヨハネ】
黒化ニグレドするだけではダメだ。
神子柴みこしば様の真意をめばわかること。
なるべくその先の段階へ進むこと、
そうして私は黄化キトリニタスを終えたのだ。
いよいよ金の生まれるとき――
金神こんじんのご降臨こうりんのとき――
合一ごういつできるかどうか、わからない。
だが試す価値はある――
阻止そしすることなど、誰にもできない!

《バトル》

【聖浄階じょうかいヨハネ】
いよいよ赤化ルベドを迎えるこの私を、
たおしたつもりでいるのか?
私が金神こんじんとなるかも知れぬのに!

〔上野黒河コクガ・南西〕

不忍池しのばずのいけおぼしき池はこおりついている。
宙に浮く金色の輝く光と、それに向き合う神子柴みこしばがいた――

神子柴みこしばはつゑ】
金神こんじんは現れました――
まさに錬金れんきんすべにより、
また多くに思念を集めて――
しかし私は合一ごういつできませんでした。
金神こんじんから退しりぞけられたのです。
わらってください、みじめなざまを。
早すぎたのでしょうか――
あるいは遅すぎたのでしょうか――
金神こんじん合一ごういつではなく、
私の念を求めているのです。
――私は……吸われてしまいます……
もう、持ちそうにありません……
なぜ、このようなことに……
私の念が……あああ……吸われる……

そこに在るもの――
錬金れんきんのすべをくし、現れし存在――
幾多いくたの思念をつむぎ、生まれし存在――
金神こんじん――
すべてを破壊する兇神まがつかみ――
だが、神と呼ぶにはあまりにも拙劣せつれつであり、いまだ無数の邪心のたぎ根塊こんかいでしかない。
あらゆる念がり固まり、形をした。
恐怖、憎しみ、あるいは死への憧憬しょうけい――
強い念も弱い念も一つに合わさり、今、霊異りょういを現さんとしていた――

《バトル》

金神こんじん
脱血缶だっけつかん一杯に……親兄弟をさつし……
……聖明階めいかいになった……
あああ……吸われる……

金神こんじんは消えた――
思念を吸い寄せる引力はなくなった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝都満洲でセヒラの凝固ぎょうこは、
きれいになくなりました。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
梨央りおが言うには、帝都からも、
セヒラが吸われていたそうだ。
――もう終わったんだな?
【着信 喪神もがみ梨央りお
はい……
でも怪人現象はむしろ増えています。
どうしてでしょうか?
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
僕が思うに……
人間の心のうちにある怒りや憎しみ、
そういった感情まで引っ張られて、
表に出たんじゃないか?
平生へいぜいは抑えていた感情だ、
それが表に出た――
【着信 喪神もがみ梨央りお
では、怪人ではないのですね、
今、寄せられている報告は。
【着信 帆村ほむら虹人こうじん
ああ、ただ兇暴きょうぼうになっているだけだ。
でも、放っておくとセヒラに触れ、
怪人化するおそれがある。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
本部へ帰還してください。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、お疲れ様でした。
虹人こうじんさんも!
帆村ほむら魯公ろこう
皆、よくやってくれたな。
九頭くず幸則ゆきのり
聖日せいじつの本社には、
とうとう特高が入ったらしい。
周防すおう彩女あやめ
彩女あやめ、やはりと思ってしまいます。
強く強く感じていましたから!
新山眞にいやままこと
大元おおもとけても、
まだ信者はいるでしょうね。
銀河ぎんがゼットー】
ところでだよ、金神こんじんの標本なり、
何か持ち帰ったかね!
帆村ほむら虹人こうじん
あれは思念のかたまり、まるで自分の重さでつぶれていくようなもの――
そうではないですか?
帆村ほむら魯公ろこう
しかし神子柴みこしば、あれは一体何者だ?
怪人などではないな、あれは。
思念が人格化したような存在か――
周防すおう彩女あやめ
思念が人格化……
だから彩女も強く感じられたのかも
知れませんわ!
帆村ほむら魯公ろこう
かも知れないな……
新山眞にいやままこと
一定量を超す思念が集まると、
凝固ぎょうこしたり、何か別な動きを見せる、
そういうことがわかりました。
帆村ほむら魯公ろこう
アストラルの様子をさぐると、
思念のことも見えるような気がする。
今日のところはゆっくりしてくれ。
みんな、これで解散だ!

第三章 第十二話 品川宿三つ巴

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

怪人騒動に揺れる帝都も、風かおる季節を迎え、地下100メートルにある山王さんのう機関でさえ、さわやかな空気に満たされていた。

帆村ほむら魯公ろこう
欧州からゴエティアと思しき、
古書をたずさえ、ある人物が帰国した。
その情報、漏洩ろうえいのおそれがある。
人物というのは、つた博士とも
親睦しんぼくの深い実岡さねおか圭麻けいまという実業家だ。
省線しょうせん品川しながわに着くというので、
虹人こうじんを迎えにやったが、
品川しながわで問題が起きたようだ――
無線が途絶とだえて詳細はわからん。
場所は品川遊郭しながわゆうかくの近辺だ、
風魔ふうま至急しきゅう、向かってくれ!
喪神もがみ梨央りお
公務電車、生憎あいにくとらもんが混みます。
新橋しんばしまで下がり、一番の路線で、
品川しながわ駅前まで進めます。

品川遊郭街しながわゆうかくがい

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
金ノ七号帥士きんのしちごうすいしから連絡です!
迎えの車が襲撃されたそうです。
柴崎しばさきという人に助けられ、
金杉楼きんすぎろうという遊郭ゆうかくにいると――

【着信 帆村ほむら魯公ろこう
虹人こうじんの話だと、柴崎しばさきというのは、
例の外交官の柴崎しばさき氏だ。
前に会ったことがあるだろう。
【着信 喪神もがみ梨央りお
柴崎しばさき氏と合流してください。
不順なセヒラを観測します。
おそらくはホムンクルスと……
警戒けいかいしてください!
柴崎周しばさきあまね
おや、喪神もがみ風魔ふうま中尉ですね!
帆村ほむら虹人こうじんさんの支援においでに?

柴崎しばさきあまね――
独逸ドイツ国在勤帝国大使館の一等書記官である。
一月ひとつきほど前、颯爽さっそうと姿を見せたのであった。

柴崎周しばさきあまね
品川しながわ駅に知人を見送った帰りです。
タクシーに乗っていると、
道に転覆てんぷくした車がありまして――
降りて行くと、車には、
実岡さねおかさんが乗っておいででした。
――何者かに襲われたのだと……
車に同乗されていた方は、
帆村ほむら虹人こうじんと自己紹介されて――
軍属の方ということです。
それでわかったんですよ、
車を襲ったのは怪人に違いないと。
実岡さねおかさんとは旧知きゅうちでしてね。
哈爾浜ハルピンで古書を手に入れられ、
持ち帰ってこられたそうです。
皆さん、金杉楼きんすぎろうでお休みです。
ご一緒しましょう――
おや、どうされましたか、
喪神中尉――
急に立ち止まったりして。

【クルト・ヘーゲン】
ここで再会とはな、フーマ!
運命はよほど私達を、
わせたいらしいな。
柴崎周しばさきあまね
クルト君ではないですか!
――役者がそろいますね!
日本語、随分と達者になりました。
日本人教師でも付きましたか?
まさか、君が日本人から教わる、
そんなはずはないですよね!
【クルト・ヘーゲン】
黙れ! 無駄口を叩くな!
柴崎周しばさきあまね
ほう……
私は君に助言をほどこそうと、
そう考えていたのですがね。
ドイツの秘密結社では、
少しは名の知れた君が、
この異国ではじをかかないように――
ドイツは私にとり、
まさしく第二の故郷ですから、
ドイツ人にも愛着があるのですよ。
【クルト・ヘーゲン】
貴方は私を半分も知らない、
ドイツのことも何も知らない、
まったく無知のやからだ!
さぁ、私には急ぐ用がある。
邪魔じゃまをしないでもらえるかな。
――と言っても無理なようだ!

《バトル》

【クルト・ヘーゲン】
モガミ……フーマ……
貴様らより我々のほうが
先んじている、それを忘れるな!
柴崎周しばさきあまね
実にお見事です、喪神もがみ中尉!
喪神中尉のおさめられた、
帆村ほむら帰神きしん法ですか、
その術、まったく先端ですね!
クルト・ヘーゲンは、
トゥーレの館で鳴らした人物。
腕に覚えがあるはずです――
それを容易たやす退しりぞけるとは――
日本こそ先んじているのでは?
ああ、おしゃべりが過ぎました、
さぁ、参りましょう。
皆さん、お待ちですよ。

柴崎しばさきの案内で金杉楼きんすぎろうへ上がった。
実岡さねおか虹人こうじんの待つ部屋へ向かう途中で、悶着もんちゃくが起きていた――

品川遊郭しながわゆうかく

【男の声】
それは苦労して手に入れた書です。
返してください!
鬼龍きりゅう豪人たけと
この書は我が国、社稷しゃしょく安危あんき
左右する重要なものだ。
民間人が手にするものではない!

貴様! 喪神もがみ風魔ふうま
素早い出動だな。
――いや、そうでもないか!
アーネンエルベの襲撃、
予測できないなど、
さては焼きが回ったか、山王さんのう機関は!
柴崎周しばさきあまね
実岡さねおかさん、大丈夫ですか?
実岡さねおか圭麻けいま
はい、私は何ともありません。
しかし……くだんの古書が……
鬼龍きりゅう豪人たけと
悪いが、これはいただく。
我が第三連隊第九九小隊、
玄理げんり派の中核、この書が必要だ。
古書の解読はしかと行う。
我々も部隊の増強中でね。
月詠つくよみ麗華れいか
許して下さいますか、風魔ふうまさま。
こんな形でお目にかかることを……
でも、どうしても知りたいのです!
私の中で目覚めつつあるもの、
それが何なのか知りたいのです。
――本当の私の力なのか……
豪人たけとさまに独逸ドイツ式召喚法を
見せていただきたくうたところ、
新しい召喚の書がいるんだと――
鬼龍きりゅう豪人たけと
できるだけ新しい召喚を、
披露ひろうしたくてね!
独逸ドイツ気質かたぎ伝染うつったかも知れん。
少尉!
熱心に演習にいそしんでいたな。
その成果を見せてやってくれ!
一五市にのまえごいち
それでは……特務中尉殿!
第九九小隊で演習を重ねた、
召喚法をお目にかけます!

《バトル》

一五市にのまえごいち
何故なぜだ、何故なぜ通用しない?
東雲しののめ流に独逸ドイツ式召喚の合わせ技、
この我が流儀が、何故通用しない?

帆村ほむら虹人こうじん
金杉楼きんすぎろうは格式のあるところだと、
うかがいましたがね――
柴崎周しばさきあまね
帆村ほむらさん……
もう手当は終わりましたか。
帆村ほむら虹人こうじん
ええ、大したことはありません。
公務で外傷を負うことなど、
滅多めったにないのですが……
柴崎周しばさきあまね
さぞや激しい襲撃だったのでは?
帆村ほむら虹人こうじん
執事型のホムンクルスが二体です。
僕がいるとは想定外だったでしょう。
それで、古書の方は……
どうなりましたか?
――まさか……古書が?
柴崎周しばさきあまね
ええ、お察しの通りです。
鬼龍きりゅうなる軍人に奪われました。
ひきいる部隊に必要なのだとか――
帆村ほむら虹人こうじん
玄理げんり派か!
連中がここをぎつけるなんて。
しかも、早かった!
実岡さねおか圭麻けいま
帝大のつた博士に送った電報、
哈爾浜ハルピン発なのですが、
それがれたおそれがあります――
帆村ほむら虹人こうじん
アーネンエルベと玄理げんり派、
双方が監視をし合っていた、
そう考えるのが自然ですね。
柴崎周しばさきあまね
帝都における攻防戦、
その縮図を見るようで、
私はおおいに満足しましたよ!
帆村ほむら虹人こうじん
さすがは外交官ですね。
大所高所たいしょこうしょからお考えになるとは!
僕たちには無理ですね。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

実岡さねおか圭麻けいまの持ち帰った古書は、歩三玄理げんり派の鬼龍きりゅうに奪われてしまった。
問題は情報管理のまずさにあるようだ――

帆村ほむら魯公ろこう
つた博士の研究室には、
第八分課に繋がる電話がある。
専用電話を引いたのだ。
帆村ほむら虹人こうじん
今回、実岡さねおかさんは電報を……
軍事電報を使えるようにすべきです。
帆村ほむら魯公ろこう
そうだな、参謀本部にはかろう。
虹人こうじんによると、アーネンエルベと、
玄理げんり派、相互に監視していたという。
どちらかが先に電報を知った――
先に知ったのは、おそらく、
アーネンエルベだろうな。
連中、東アジアにも目を向けている。
西蔵チベット印度インドにもご執心と聞くぞ。
哈爾浜ハルピンにも人がいておかしくはない。
それに玄理げんり派は国外情勢にはうとい。
やつらは神頼みで何でもする、
そういう気質きしつだからな。
喪神もがみ梨央りお
隊長、柴崎しばさきと言う人はどうですか?
私、偶然とは思えないんです。
――それに……
あの時間、品川しながわを出る省線しょうせん電車、
三十分ほど空くんです。
人の見送りなんて変です!
帆村ほむら魯公ろこう
なるほど!
だが、氏の目的はさっぱりだな。
古書を狙っていたようでもないしな。
喪神もがみ梨央りお
麗華れいかさんですが、玄理げんり派で
修行をされることになるんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
独逸ドイツ仕込みの召喚術をか?
それを修行と呼ぶかは知らんが、
彼女なりの考えあってのことだろう。
喪神もがみ梨央りお
鈴代すずよさんからお茶の手ほどき
受けるうちに、霊異りょういを覚えるように
なったんですよね。
鈴代さん、麗華さんのこと、
とても案じておいででしたよ。
それなのに鬼龍きりゅうから習うなんて……
帆村ほむら魯公ろこう
月詠つくよみ女史はわかりやすい方を選ぶ、
どうもそういう気がするのだよ。
彼女は現実的だよ。
玄理げんり派はアーネンエルベを
とりわけ敵視しているようにも――
だが、わしらは易々やすやすと勢力争いに、
巻き込まれるわけにはいかんのだ。
帝都の治安維持こそ我らが公務。
それを常に心掛けてくれ。
頼んだぞ。

第三章 第十三話 帝大騒動

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

ゴエティアとおぼしき古書の鑑定と解読は、つた博士の他に頼れる先がない。
これは玄理げんり派とて事情は同じであった。

帆村ほむら魯公ろこう
玄理げんり派に奪われた古書だが……
やはりゴエティアの偽典ぎてんと判明した。
つた博士が鑑定したのだ――
喪神もがみ梨央りお
え? つた博士が鑑定って……
玄理げんり派もつた博士に依頼を?
帆村ほむら魯公ろこう
そのようだな。
あの書を正しく鑑定できる者は、
つた博士をおいて他にはいないだろう。
そのゴエティアなんだが、
鑑定が済み解読も終えたとのことだ。
喪神もがみ梨央りお
そのことは玄理げんり派も、
知っているんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
博士は専用電話を使ったのだ、
すれば自ずと第八分課に繋がる。
玄理げんり派の知るのは時間の問題だ。
するとアーネンエルベも、
帝大に来ると考えられるな。
風魔ふうま、一人で大丈夫か?
虹人こうじんに同行させたいのだが……
帆村ほむら虹人こうじん
僕なら大丈夫ですよ、
風魔と一緒に帝大に向かいます。
古書のこと、少しは責任あるし――
喪神もがみ梨央りお
あの時は実岡さねおかさんを
巻き込むわけには――
だから、仕方なかったんです。
帆村ほむら虹人こうじん
梨央りおがそう言ってくれると、
随分ずいぶんと気が楽になる、ホントだよ!
さぁ、風魔、帝大だ!
梨央、公務電車を頼む。
帆村ほむら魯公ろこう
気を付けるんだぞ、二人とも!
玄理げんり派とアーネンエルベ、
両派と対峙たいじするかも知れんからな。
帆村ほむら虹人こうじん
充分に留意りゅういします。

帝大廊下研究室前ていだいろうかけんきゅうしつまえ

研究室に向かう廊下の途中、鬼龍きりゅう豪人たけとが倒れていた――
鬼龍きりゅうは苦しそうに顔をゆがめて話す。

鬼龍きりゅう豪人たけと
喪神もがみか……
……博士が……電報を……
来た時には……おそ……
遅かった……博士は……
あぶ……ない……
……博士の……安全……
奴らは……研究室に……
……私は……立て直す……
帆村ほむら虹人こうじん
博士は無事なのか?
ゴエティアは、どうなった?
またしても、
執事型ホムンクルス!
さてはアーネンエルベが――

【執事型ホムンクルス】
……排除対象……
……モガミフウマ……
……ホムラコウジン……
帆村ほむら虹人こうじん
しつこい連中だ!
風魔ふうま、一気に鎮定ちんていするぞ!

【執事型ホムンクルス】
……排除スル……
……モガミフウマ……
……ホムラコウジン……

《バトル》

帆村ほむら虹人こうじん
僕はここに残る。
風魔ふうまつた博士のところへ!

蔦博士研究室つたはかせけんきゅうしつ

研究室の扉を押し開けた。
狭い研究室内に、つた博士と、ルドルフ・ユンカーの姿があった。

【ルドルフ・ユンカー】
モガミさんですね!
いまツタ博士と話をしていたのです。
博士は実に多くをご存知です。
つた博士】
ユンカー博士はを降ろせると、
そうおっしゃるんだ。
神智しんち学者がそこまでできるとは――
【ルドルフ・ユンカー】
私の弟は物理学者ですが、
を見られません。
なんとか見たいと願うようですがね。
つた博士】
――弟……
ということは……
あなたは――
【ルドルフ・ユンカー】
今はしましょう、博士。
それよりもこの解読書、
渡していただきますね。
何もただでとは言いません。
紳士しんし的にお手合わせ願いましょうか。

《バトル》

【ルドルフ・ユンカー】
さすがですね、モガミさん!
あなたの術には憎しみがない、
なぜなのか、不思議です――

【ルドルフ・ユンカー】
私を卑怯者ひきょうものわらって構いません。
どうしてもこれを本国に送り、
親衛隊上層部に報告せねば!
真っ白な閃光せんこうが世界を消した。
ユンカーが放った閃光弾せんこうだん炸裂さくれつしたのだ。

光が収まり、辺りが戻ると、もうユンカー博士の姿はなかった。

つた博士】
先の独逸ドイツ人、ユンカーが、
帝都のセヒラを同定し、
親衛隊に電報を打った――
私がその翌月、セヒラを観測した時、
すでに戦の論文は上梓じょうしされ、
山王さんのう機関の設立が計画されていた。
私はてっきり、ユンカー博士と、
昵懇じっこんの仲にある者が論文をしたためた、
そう考えていたのだが――
ユンカー博士には弟が――
帆村ほむら虹人こうじん
よかった!
博士、ご無事でしたね!
鬼龍きりゅう豪人たけと
立て直しが済んだぞ、喪神もがみ中尉!
ここで戦うほどおろかではあるまい。
さぁ、書を寄越せ!
帆村ほむら虹人こうじん
あの書は山王さんのう機関が預かるものだ、
貴様らが収めるものではない!
鬼龍きりゅう豪人たけと
実岡さねおかなる人物に、
金でも払っているのか?
帆村ほむら虹人こうじん
金でなど買うものか!
書はおのずと集まる、
正しき場所にな!
鬼龍きりゅう豪人たけと
さすが、制式採用された流派の、
余裕というやつだな!
――何が正しき場所だ!
つた博士】
おいおい、君たちは一体、
何を求めておるのかい?
独逸ドイツ連中をのさばらせて、
それでいいわけないだろうて。
第一、第三、二つの連隊は、
力を合わすべき時じゃないのかね?
鬼龍きりゅう豪人たけと
根本はそうですが、
それだけでは……
帆村ほむら虹人こうじん
博士のおっしゃることはよくわかります。
ただ覇権はけん争い、悪い面だけじゃなく、
切磋せっさ琢磨たくまするということでは――
つた博士】
そうか……ならば、
もっと切磋せっさ琢磨たくまするがよい。
解読書の写しをやろう、二人にな。
ゴエティアはいたずらに力を求めるための道具などでは決してない。
これは霊異りょうい現る世界にしてみれば、
まさに福音ふくいんのようなものだ。
その扱いを間違えると、
世界を破滅に導いてしまうぞ。