第四章 第一話 銀座の純喫茶

太陽が双児宮そうじきゅうに入り、緑はいよいよ輝き帝都はきたる夏の気配に沸き立つようであった。
山王さんのう機関、玄理げんり派、アーネンエルベ、その三つどもえ戦において激しさを増す。怪人騒動、相変わらず市中を賑やかせていた。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
歩三の玄理派げんりはと対立を深めると、
国益を損ないかねない。
鬼龍きりゅうと和解の道は探れないものか……
喪神もがみ梨央りお
あんな奴と和解だなんて
金輪際こんりんざいあり得ません!
帆村ほむら魯公ろこう
梨央りおは鬼龍大尉のことが、
よほど気に入らないと見えるな!

そこへ山王さんのう機関の職員が、
1通の封筒を持ってやってきた。
宛先に風魔ふうまの名があった――

帆村ほむら魯公ろこう
今度は何だ、封筒か?
差出人は――
喪神もがみ梨央りお
書いてません!
――中に便箋びんせんがあります……
これは……
地図みたいです……
――どこでしょうか?
帆村ほむら虹人こうじん
橋があって、この丸い建物は……
随分ずいぶんと特徴的だよね。
僕には日劇に見えるよ。
喪神もがみ梨央りお
日劇……ですか?
――そういえば丸いですね……
帆村ほむら魯公ろこう
この丸いのが日劇なら、
橋は数寄屋橋すきやばしか……外堀にかる……
虹人こうじんはそう言いたいんだな?
帆村ほむら虹人こうじん
だって、ほら!
この封筒、MUSIKムジーク製です、
商標が音楽、マークが音符ですよ!
喪神もがみ梨央りお
そうか! 音楽!
来年、日劇はダンシングチームを、
結成するんだそうです!
帆村ほむら魯公ろこう
どう思う、みんな?
これは匿名とくめいの通報なのか?
それとも誘いか、あるいはわなか――
喪神もがみ梨央りお
――ユリアさんでは……
あまり自由にならないと、
おっしゃっていましたから。
帆村ほむら魯公ろこう
その可能性もあるな。
よし、風魔、日劇だ。
虹人こうじんは例によって――
帆村ほむら虹人こうじん
わかっています、
少し離れて監視を行います。
浜離宮はまりきゅうの時の要領でね。
喪神もがみ梨央りお
公務電車は新橋しんばし駅北口までくだり、
数寄屋すきや橋に停車させますね。
帆村ほむら魯公ろこう
相手がユリア女史じょしなら、
アーネンエルベと水面下での、
協力について話ができるだろう。

銀座日劇前ぎんざにちげきまえ

週末の日劇前。普段とは異なり、浮足うきあし立つような空気が支配的であった。

中之島歌劇団なかのしまかげきだんファンの女性】
日劇は劇場に鞍替くらがえだとか。
今、霧の街がかかっていますね。
近くには中之島なかのしま劇場も出来ましたね!
去年のこけら落とし公演、
抽選に漏れちゃったの……
残念でなりません。

【レビュー好き学生】
活動キネマ有楽座ゆうらくざもできて、
この辺りはエンターテーメントの街に
なりつつありますね!
もっとも、本場は浅草あさくさですがね。
帝国少女歌劇団、あれには、
中之島なかのしま歌劇団もかないませんよ!
中之島なかのしまにはアキタイのような、
ヒロインがいませんからね!
中之島歌劇団なかのしまかげきだんファンの女性】
そうれはどうかな?
中之島なかのしまは団員の層が厚い!
どんなもよおものも平気だよ!
【レビュー好き学生】
帝少の初々ういういしさが、
エンターテーメントの真髄しんずいです!
中之島歌劇団なかのしまかげきだんファンの女性】
中之島なかのしまの大人の女の魅力こそ、
万国に通じる興業こうぎょうの美学だ!

それぞれのファンの思いは、尽きることを知らないようであった――

【熱烈な中之島ファン】
わてのテフはん……
あんたのこと思ぅてな
東京、来てもうたで。
テフはんゆうのはな、
花組の手塚てづか史絵ふみえはんのことや!
わてはな、ねき寄りたい一心やねん。
――テフはんはな、
かいらしだけちゃいます。
芝居の方かてよろしいねん!!
テフはんはな、東京のお方はんや。
けどなぁ、そんなことかましまへん。
わいのテフはんでいてくれるんや。
そやのに……
テフはん、今や大スタアや!
押しも押されぬ大スタア!!
――もうな、わいのテフはんや
のうなってしもた……
そう思うとなんや寂しゅうてな……
心にな、なんやスースー、
風吹きよりますねん。

【熱烈な中之島ファン】
テフはん、家な、芝なんやて。
こっから芝は近いんでっしゃろ?
わてな、テフはんのねき寄りたいしな
さんじますわ。
――はぁん? あかんのか?
なんで、あかんのん?

《バトル》

【熱烈な中之島ファン】
別情べっちょーないわー!!
――あああ、あかん、あかん……
わて、もうあかんわ……
かんにんしてや、テフはん……
【メイドホムンクルス】
フーマ、お嬢様が
会ってくださる。
喜べ。
ついて来い。

銀座四丁目ぎんざよんちょうめ

ホムンクルスの少女に付いて行くと、そこにはユリアが待っていた。

【着信 帆村ほむら虹人こうじん
こちら金ノ七号帥士きんのしちごうすいし
ホムンクルスを感知した。
やや距離を開けて観測を続ける。
【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
この街だとわかりましたか!
実はユンカー博士の指示で、
今日は参ったのです――
所長は少し恥じ入っていました。
フーマ達をうたぐるような真似まねをしたと。
博士は、私たちが協力できれば、
もっと成果は上がる、
そう考えているようなのです。
分局にいるクルト・ヘーゲン、
彼は一切いっさい貸す耳を持たないのです。
彼は世界のすべてを憎んでいます。
ここでの話は、ヘーゲンの耳に
入らないようにしないといけません。
私は協力をお願いする理由――
もうひとつ、あります……
それは……

フーマの瞳……
黒曜石こくようせきの美しさ……
フーマ……
スズヨさんはリーブハーバー……

――しましょう……
日本とドイツとでは事情が違います。
今日のこと、検討してください。
また近いうちに、
お会いできると思います。
――さようなら……

ユリア・クラウフマン――
金髪碧眼きんぱつへきがん麗人れいじんは微笑みを残し、
銀座の町中へと姿を消した。

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん……
今の方、ユリアさん……

特に示し合わせたわけではなく、如月きさらぎ鈴代すずよが銀座の街角にいた。
彼女は何かを感じ取っているのだろうか――

如月きさらぎ鈴代すずよ
本当にお綺麗な方ですわね。
【着信 喪神もがみ梨央りお
鈴代さん、どうしてそこに?
如月きさらぎ鈴代すずよ
ちょっと申し上げにくいのですが……
私、純喫茶がどういうところか、
気になり始めたらもう止まなくて……
このところの流行はやりですのよ。
ウフフフ……
今月号の帝都グラフにありましたわ。

――時をむ近代人――
――純喫茶の弾みは、
昼間でも猜疑逡巡さいぎしゅんじゅんすることなく、
令嬢のサービスを満喫できること……
――インテリ女性の一枚も加われば、
活動キネマに文学にと話は尽きず、
学生さんの贔屓ひいきなる所以ゆえん――

楽しそうじゃないですの!
でも一人じゃ入りづらいし……
そう思ってうろうろしていたら、
風魔さんに会いましたの。
――今からご一緒いただきます。

2人は連れ立って銀座を歩き、目に付いた純喫茶に入ることになった。
その店は、純喫茶青蘭せいらんという――

〔純喫茶青蘭せいらん

【女給雪子】
いらっしゃいませ、青蘭せいらんへ。
お席にご案内いたしましょうか?

店の中は以外に広く、客や女給が談笑している。
静かに音楽も流れているようだが、聞き取れなかった。

【女給雪子】
どなたかをお待ち合わせかしら?
――ごゆっくりしていらっしゃいね。
あら、お二方はお似合いね――
許婚者フィアンセどうしのお二人かしら?
青蘭せいらんはこの春に開いたばかり。
純喫茶だから学生さんとかも、
気軽に来られるのよ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
カフェーとは違うんですね。
【女給雪子】
もう、全然!
でもたまに勘違いするお客もいて。
まぁ仕方ないわよね。
如月きさらぎ鈴代すずよ
ねぇ、風魔ふうまさん……
こちらのお店の女給さんは……
……私、場違いじゃ無いですよね?
お店の中に女性のお客さん、
他にいらっしゃらないし――
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノくろの……八号はちごう……
兄さん、今、どちらにおいでですか?

ドアが開き、1人の客が入ってきた。
店には馴れた様子でツカツカと店内へ進む。
客を迎える女給たちの声が響く。

【女給雪子】
あら、ユキさま!
すっかりご無沙汰ぶさたね!
【聞き覚えのある声】
アハハ、いろいろあってな。
たまには鶴ちゃんと話でもしながら、
ソーダ水、飲もうかなと。
【女給雪子】
まぁ、お上手ね~
それじゃユキさん、ソーダ水ね。
アタシも頂いていいかしら?
如月きさらぎ鈴代すずよ
まさか、ユキさまって……
九頭くず幸則ゆきのり
おやおや、これは奇遇きぐうだね!
二人もこの店の?
如月きさらぎ鈴代すずよ
幸則ゆきのりさん……
どうして、ここへ?
九頭くず幸則ゆきのり
そちらこそ、どうしたんだい?
風魔は公務じゃないのか?
如月きさらぎ鈴代すずよ
さっき、銀座の道でばったり――
私、純喫茶に興味があって。
ほら、雑誌でも紹介していますよ。
九頭くず幸則ゆきのり
最近の流行りだしな。
カフェーは、どこか健康じゃない。
曖昧屋あいまいやみたいにもなってるし……
如月きさらぎ鈴代すずよ
何ですの、その曖昧屋あいまいやって?
九頭くず幸則ゆきのり
普通の料理屋に見せかけて
売笑婦ばいしょうふが出入りする、そういう店さ。
どっちつかずで曖昧屋あいまいや――
純喫茶なら珈琲コーヒーや軽食を楽しみ、
仲間で来ては活動キネマや文学談義にも
花を咲かせられる――
如月きさらぎ鈴代すずよ
それに女給さんも、でしょ?
九頭くず幸則ゆきのり
目の保養にはなるよな!
俺なんかは、まぁ、帝国臣民しんみんの、
暮らしぶりを調査してだな――

何やら騒ぎが持ち上がっている――

【女給雪子】
嫌、お客様、およしになって!!
どうか堪忍かんにんしてください。
【客の声】
何だと! 俺は毎日通ってるんだ。
少しは良い目を見せろと言ってる
だけだ!
【女給雪子】
大声を上げないでください!
九頭くず幸則ゆきのり
おい! 貴様!
止せ! 止さないか!!
【客の声】
いいだろ、雪子!
お高く止まってるんじゃない!

騒ぐ客の元へ九頭くずが近付くも、将校の制服にひるむことなく男はなおわめき続けた。

【女給雪子】
お願いです、堪忍かんにんしてください。

【女給鶴子】
ちょっとあんた、いい加減におしよ!
うちはそこまでの店じゃないんだ。

九頭くず幸則ゆきのり
貴様、嫌がってるだろ!
止めないか。

わめく男】
うるせぇ!
お前らは関係ねぇだろ!
引っ込んでろ!!

わめく男】
俺はな、変わったんだ!
銀座幻燈会げんとうえに行ってからな!
もう今までの俺とは違うんだ!
やりたいことをやりたい時に!
そうだよ、それで人生の道がひらく。
ウハハハハ、俺は、今やるんだ!!

《バトル》

わめく男】
うげげ……グプッ……
あああ、さっき食った天婦羅てんぷらが……
【女給鶴子】
あら! ユキさま!
ユキさまがにらみつけただけで、
あの狼藉者ろうぜきものは……
さすがですわ!
帝国陸軍将校さま!
【そのほかの女給たち】
ユキさま、お強いですこと!
九頭くず幸則ゆきのり
ま、そういうわけだ風魔ふうま
【女給幸子】
ユキさま、私、幸子です。
覚えておいでですか?
珈琲コーヒーでも飲みましょう!
如月きさらぎ鈴代すずよ
幸則ゆきのりさん、
私たちはここで失礼します。
ごゆっくりなさってください。

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん……
さっきの怪人、気になることを。
銀座幻燈会げんとうえ――
そういうもよおしがあったんでしょうか。
そのもよおしでそそのかされて怪人になった、
十分に考えられます――
【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん、セヒラ観測する前に、
戦いになったみたいですね。
怪人化、ものすごい速さでした。
怪人の成り立ち、これまでとは
違う気がします――
鈴代すずよさんをご自宅にお送りください。

第四章 第二話 灯台下暗し

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

純喫茶の怪人が口にした銀座幻燈会げんとうえ。それが思わぬ波紋はもんを広げつつあった。
銀座幻燈会げんとうえめい打ったもよおしは、銀座八丁目のビルヂングで開かれた、幻燈げんとうを観るつどいであった――
だが、銀座幻燈会げんとうえに参加した客のうち、何人もが、会終了後の足取り知れずで、警察に捜索願そうさくねがいが出ていたのだ。

喪神もがみ梨央りお
今のところ、二十人です。
銀座幻燈会げんとうえで行方不明になった人。
帆村ほむら虹人こうじん
参加したのは何人くらいなんだ?
喪神もがみ梨央りお
わかりません――
ただ雑誌の案内だと六十名定員と。
猟奇グラフに載った案内です。
会の主催は帝国幻燈げんとう倶楽部。
住所は小石川こいしかわですが――
電話は通じませんでした。
もしかすると、これも帥先そっせんヤの仕業、
そうじゃありませんか?
いたづらに怪人化をそそのかす連中ですよ。

行方不明者については警察に届けが出るが、そうでない参加者について、情報を得るのは至難しなんの業だった。

帆村ほむら虹人こうじん
いっそラヂオで呼びかけるとか……
――ダメかな……
喪神もがみ梨央りお
参加者は山王さんのう機関へご一報を!
――そんなの無理です。
ちょっと待ってください、兄さん!
――探信儀たんしんぎがセヒラを観測!!
物凄い値です!!
溜池通ためいけどおり一ツ木通ひとつぎどおり清水谷しみずだに公園、
それに山王さんのう近辺も!
帆村ほむら虹人こうじん
どうやら幻燈会げんとうえ組のお出ましか?

山王さんのうホテル前〕

帆村ほむら虹人こうじん
おお、何だ何だ、もうこんなことに!
梨央りおの言うとおりだな、
界隈かいわいのあちこちで同時発生している。

帆村ほむら虹人こうじん
風魔ふうま、ここは二手に別れよう!
まず山王さんのうの地は死守しないとな。
風魔、お前は一ツ木通方面だ。
僕は溜池通ためいけどおりの方をあたる!

一ツ木通ひとつぎどおり

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラの増大はなおも拡大中。
赤坂各地で怪人化が発生しています。
市民への被害、それに伝染も
懸念けねんされます!
怪人を鎮定ちんていしてください。

【赤坂署の巡査】
おい、貴様ら!
しずまれ、騒ぐんじゃない!
【八丁堀の客】
俺が気に入らないんだろ?
前からそうだよな、お前の目付き。
フハハハ、俺は力を得たんだ!
【なじる男】
何の力だ? 言ってみろ!
お前はヘマばかりだ!
力なぞ聞いてあきれる!

巡査の仲裁ちゅうさいもどこ吹く風で、男たちは互いにいがみ合い、今にもつかみかからん勢いであった。

【赤坂署の巡査】
何だ、貴様!
こいつらの身内か?

あっ! これは特務中尉殿!
失礼しました!
この者達が見境みさかいなく争い立て、
治安を乱すがゆえ、
指導仲裁ちゅうさいしておるのですが……
如何いかんせん、
意味不明なことばかり口走り、
らちが明かないのです。

【八丁堀の客】
何だ? 巡査の次は軍人崩れか?
【なじる男】
お、お前……
誰に怒ってるんだ?
【八丁堀の客】
誰でもいいだろ!
俺の邪魔をする奴は皆だ。
ち、力を見せてやる!!

【八丁堀の客】
上等だ!
俺に歯向かうとはな!

《バトル》

【赤坂署の巡査】
ん? 何だ?
何が起きたんだ?
おい! 急にどうした?
【なじる男】
こいつ、いきなり倒れたぞ。
銀座に幻燈機げんとうきもよおしに出掛けて、
以来、行方ゆくえ知れずになっていたんだ。
【赤坂署の巡査】
そうか! 銀座幻燈会げんとうえの客か!
それで、何を見たんだ?
会場で何を見た? 言ってみろ!
【なじる男】
自分は……行かなかったんだ。
だから、よく知らない……
でも、何か、変だ……頭が痛い……

鬼龍きりゅう豪人たけと
なんというざまだ、
喪神もがみ中尉!
ここは貴様ら山王さんのう機関の管轄かんかつ
それでこのような騒動とは、
情けないにも程がある!
【赤坂署の巡査】
ううううう……
帝都の治安を乱すのは、お前か!!
いよいよもって成敗せいばいだ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
喪神もがみ中尉、ここは俺に任せておけ。
お前は山王さんのうの地を守るんだ。
急げ!!

月詠つくよみ麗華れいか
風魔ふうまさま、やはり出動されて……
私の勘はえていましたわ!
豪人たけとさまの後を追っていたら――
風魔ふうまさまの街がこんなことに!
私、お力になれそうですわ!
品川しながわでは、私、ひどいことを……
でも抑えられなかったんです。
私はあれから飛躍ひやくしましてよ!
私、麗華れいかはさらなる高みへと、
自分を昇らせることにしたのです!
豪人たけとさまの召喚術、拝見して、
私の器は一杯になりました。
もう一つの器も一杯にしたいのです。
風魔さまの帰神きしん法、拝見できれば、
そして私も参加できれば、
器は一杯になるはずです!
二つの器が一杯になれば、
私は高みへと昇れるのです――
きゃぁ~
【錦糸町の客】
女というのは不思議な生き物だ!
私の理解を超えている。
だから、もっと教えてくれよ――

月詠つくよみ麗華れいか
来ないでください!
やめてください!!
【錦糸町の客】
女とは何者ぞ! ああん?
女とはぜんたい、何者、何者だぁ!

男が麗華れいかの体に触れようとした。
その刹那せつな、男の体はものすごい勢いで、
その場からはじき飛ばされてしまった。

月詠つくよみ麗華れいか
どうしましょう!
私の内側から、力が湧くのです!

《バトル》

月詠つくよみ麗華れいか
あああ、神さまが……
私の求めに応じてくださる!

月詠つくよみ麗華れいか
豪人たけとさま!
力……私の力、まだわずかですが、
出来たのです!
鬼龍きりゅう豪人たけと
巡査までが怪人化した!
この一帯、どうなっているんだ?
セヒラが異常なんだな?
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聞こえますか?
通信障害がありました。
セヒラの値、依然いぜん高いままです!
鬼龍きりゅう豪人たけと
中尉、その娘、隊で預かる。
まだ闘いにあたわずだ。
だが、可能性は感じる――
月詠つくよみ麗華れいか
――私の力……
これは本物、なのですか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
麗華れいかさんですか?
そこに麗華さんが……
もう一人は――
鬼龍きりゅう豪人たけと
ここは私と来るんだ!
もう十分得ただろう――
月詠つくよみ麗華れいか
私には、まだわかりません……
鬼龍きりゅう豪人たけと
喪神もがみ中尉!
ここの事態、しずめないと、
山王さんのう機関はお役御免やくごめんだろう!

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラの漏出ろうしゅつゲート からのものと
判明しました。
ですが、
対応にあたっていた新山にいやまさんと、
先ほどから通信が途絶とだえています。
至急ゲート へと向かってください!

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、警戒して下さい!
ゲート 周辺のセヒラ濃度は今、
異常な状態にまで達しています。
そんな中に身をさらすのは危険です。
あまり時間をかけられません!
迅速じんそくにお願いします。

ゲートからセヒラが漏出ろうしゅつするという。目には見えぬセヒラが、河の奔流ほんりゅうのように感じられた。

新山眞にいやままこと
フウウ、見たんですよ――
弟の和斗かずと浅草あさくさ今木いまきてるさんに、
渡そうとしたメモを!

新山眞にいやままこと
照さんの新しくした髪型、
とてもお似合いだとかなんとか、
おべっかでその気にさせようと――

《バトル》

新山眞にいやままこと
あああ、何か変なこと……
寝言でもしていた気分です。
――私はもう大丈夫ですよ。
あっ、そうです、このゲート
早く何とかしないと!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

新山眞にいやままこと
喪神もがみさん、これを見てください――
ご覧になるのは、はじめてでしょう。

ゲートを安定化させて、機関本部に戻った新山にいやまは、一枚の設計図を取り出した。
そこには釣鐘つりがねのような装置が描かれている――

新山眞にいやままこと
この釣鐘状の装置が、
ゲートのセヒラを調整していたのです。
喪神もがみ梨央りお
それが、セヒラを安定させていた、
そうなんですね?
新山眞にいやままこと
はい。安定と言っても、
を扱えるだけの値が必要、
高い値で安定させていたのです。
帆村ほむら魯公ろこう
去年の秋、ホテルで大工事があった。
もしやその時に、運ばれたのか――
その釣鐘とやらは……
新山眞にいやままこと
そう思われます。
セヒラが安定し始めた頃とも
合致していますから。
ホテル地下のスケートリンク脇の、
資材置き場で図面を見つけました。
図面は裏返しに折られていたんです。
新山眞にいやままこと
図面をよく見ると、釣鐘のすそ
薄く、鉤十字ハーケンクロイツが描かれています。
独逸ドイツ製なのかも知れません。
この装置が不安定になった、
それがセヒラ湧出ゆうしゅつの原因だと、
そう考えるのが自然かと――
喪神もがみ梨央りお
他に思い当たる原因は、
ないんですよね――
帆村ほむら魯公ろこう
今、セヒラは安定しておるな。
それにしても……釣鐘か……
まったく聞き及んでおらん――
喪神もがみ梨央りお
隊長、その釣鐘は、どこでしょうか?
山王さんのう機関の地下にそんなものが、
収まる場所はなさそうですが……
帆村ほむら魯公ろこう
秋の工事では、車寄せのあたりを、
掘り返しておったな……
いつも円タクが客待ちする辺りだ。
新山眞にいやままこと
私も引き続き調べます。
この近辺にあることは確かです。
車寄せの地下かもしれません――
帆村ほむら魯公ろこう
わしらもそれとなく、
ぎまわってみるか……
だが、あまり目立つようなことは、
差し控えるのだ。
新山眞にいやままこと
了解しました。
これまで通りに振る舞います。
喪神もがみ梨央りお
ホテルの地下に謎の場所がある、
そう考えればいいのですね。

第四章 第三話 李王邸の恨

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

相変わらず、帝都の怪人騒動、やかましいが、怪人出現にはうねりのような波があった。波の静かなときこそ深刻な事件が持ち上がる。
山王さんのう機関本部に月詠つくよみ麗華れいかの姿があった。
いつもとは異なり、その顔はこわばっている。

月詠つくよみ麗華れいか
皆さん!
大変なことが起きてしまいました!
喪神もがみ梨央りお
どうしたんですか、麗華さん。
月詠つくよみ麗華れいか
総督府そうとくふやかたに怪人出現です!
今、鈴代すずよさんが――
喪神もがみ梨央りお
ええ? 総督府そうとくふやかたって、
紀尾井町きおいちょう李王邸りおうていのことですか?
そこに鈴代さんがいるのですか?
月詠つくよみ麗華れいか
今日、王邸おうていうたげがありまして――
そこで、お茶、お花の披露ひろうのために、
私たちが招かれていたのですが……
帆村ほむら魯公ろこう
なるほど!
それで鈴代女史じょしが――
月詠つくよみ麗華れいか
今、なんとか、怪人が
王邸おうていの外に出るのを防いで――
でもさすがに倒すなど無理です!
喪神もがみ梨央りお
隊長!
鈴代さんの安全確保が優先です!
帆村ほむら魯公ろこう
ああ、勿論もちろんだ!
風魔ふうま李王邸りおうていだ、場所はわかるな。
月詠つくよみ麗華れいか
風魔さま! 私もご一緒します。
先に様子を見て参ります!
喪神もがみ梨央りお
あっ!
麗華さんはここに残って――
うーん、もう、行っちゃいました!

山王さんのうホテルまえ

霞町かすみちょうの紳士】
今日は李王邸りおうていもよおしがあるようです。
そのせいか、山王さんのう辺りも、
何だか華やいでいますね。
遠縁に総督府そうとくふ勤めがいましてね、
次のうたげには呼んでもらうよう、
計らってみようかと――

小日向台こひなただいの婦人】
ホテルの方じゃないのかしら?
――土耳古トルコの記念切手の売出、
今日じゃなかったかしら?
イースタンブールで開かれた、
国際婦人会議を記念した切手よ。
――あなた、何も知らないの?
月詠つくよみ麗華れいか
風魔ふうまさま、
この人は怪人じゃありません!
急ぎましょう!!
小日向台こひなただいの婦人】
あら、何ですの!
随分と失礼ですこと!!

【怯えた女性】
はぁはぁはぁ……
――こっちは……
――ダメだ!
月詠つくよみ麗華れいか
今の人……
確か、さっき王邸で見かけましたわ!

李王邸りおうてい

明治43年、日韓併合によって、李王朝最後の王、純宗じゅんそう皇帝が廃位となり、皇太子である李垠リ・ギンは日本へと渡った。
そして李垠リ・ギン29歳のとき王位を継承すると、日本皇族梨本宮なしもとのみやの長女万子まさこ様を妻に迎え、居を構えた。それがここ李王邸りおうていである。
李家は皇族に準じる地位となることから、屋敷の設計は宮内くない省が執り行い、チューダー・ゴシック様式を取り入れ、スパニッシュ様式で内装をあしらうなど、典雅てんがたたずまいを誇る西洋館である。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
王邸の方に強いセヒラ反応が!
王邸の中ではなく……
表ですね、表に観測します。
怪人が出てきたのでしょうか?
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
怪人が市中に出たなら、
それは後で対処する。
今は鈴代すずよ女史じょしの安全確保が先決だ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
麗華れいかさん、いらっしゃいますよね?
王邸は危険な状態です。
鈴代さんを連れて退避してください。
月詠つくよみ麗華れいか
私なら平気ですわ!
風魔ふうまさまとご一緒なので、
なおのこと――
【着信 喪神もがみ梨央りお
麗華さん……
もう!
【侍従 宋慶武ソンギョンム
あいつはね、私をして、
朝鮮族の恥さらしと罵倒ばとうしたんです。
侍従長の姜環載カンファンジュですよ。
私からすべてを奪っておいて――
誰にも相談できずに悩んでいました。

【侍従 宋慶武ソンギョンム
ラヂオから聞こえてきた、
人生よろづ相談の案内に目が覚めた。
どうしてくれようとの思いでね、
新宿の相談所まで円タク飛ばして――
ん? まだ手に血が付いてますか?
あごだけね、残してやりましたよ!!

《バトル》

【侍従 宋慶武ソンギョンム
新宿の相談所はね、二時間待ちです。
鉄道病院の向かい、鉄道局経理課の
バラックの隣りにあるんです……

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん、良かったですわ!
私ではこれ以上、持ちこたえること、
できません……
【女官 金兒暎キムヨアン
カン侍従長が死んだ。
殺されたのだ、頭をつぶされてな。
それで物事は簡単になった。
気に入らなければ排除する。
だから、私もそうした。
私に恥をかかせた女官長李叔炫イスクヒョン
あの女は腹に何かをまわす。
腹をく以外にすべはなかった。
いた腹から子宮を取り出し焼いた。
月詠つくよみ麗華れいか
風魔さま、強いものを感じますわ!
いざとなたら、私もお手伝いします!
如月きさらぎ鈴代すずよ
麗華れいかさん……
そんなこと……
月詠つくよみ麗華れいか
私なら大丈夫ですわ。
――それに……
いよいよ強くなってきましたわ!!
【女官 金兒暎キムヨアン
物事は、簡単なのだ。
お前らもすぐわかることだ。

《バトル》

月詠つくよみ麗華れいか
ああ、来ています、来ています――
私の力、みなぎってきますわ!
できましたわ!
これで……私も……
風魔ふうまさまや豪人たけとさまのお仲間!!

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、低下しています。
すぐ通常の値になるでしょう。
鈴代すずよさん、麗華れいかさん、
大丈夫ですか?
如月きさらぎ鈴代すずよ
私なら大丈夫です。
――麗華さんが……
月詠つくよみ麗華れいか
やりましたわ! 風魔ふうまさま!
私、この麗華、とうとう!!
――体の芯が震えておりますわ!
【女官 金兒暎キムヨアン
モノゴト……は……
カンタン……
如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔さん、お願いしてよろしいですか?

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

公務電車で鈴代すずよ麗華れいか四谷塩町よつやしおまちにある
セルパン堂に送り届けた後、風魔ふうまは本部へ戻った。
麗華の振る舞いに懸念けねんを示す鈴代であったが、麗華の覚醒がまことのものかを見極めるすべはなく、いまはただ成り行きを見守るだけである。

喪神もがみ梨央りお
兄さん、お疲れ様でした。
お二人は無事に戻られたんですね。
それにしてもいきなりでした――
李王邸りおうていでセヒラが強くなったわけを、
少し調査してみます。
あの釣鐘が何か関係しているかも――
李王邸は山王さんのうホテルのすぐ近くだし。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、調査は続けてくれ。
あの侍従と女官、ひときわ深く、
恨みを抱いていたようだ。
ハンとはままならない自分を嘆くこと。
朝鮮人に固有の感情だ。
それがセヒラに狙われる――
いや、むしろ逆かも知れん。
ハンがセヒラを招いたのかもな。
ゲートの影響、山王さんのうだけではなく、
赤坂全体に広がっているような、
そんな気もしてきた――
赤坂御所に探信儀たんしんぎの設置、
いよいよ必要かも知れん。
具申ぐしんするので資料を頼む、梨央りお
喪神もがみ梨央りお
承知しました!
本日の波形記録をまとめます。
兄さんも確認お願いします。

第四章 第四話 鈴代の行方

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
どうしたんですか、麗華れいかさん!
月詠つくよみ麗華れいか
皆さん、
助けてください!!

先の怪人騒動に続き、またもや月詠つくよみ麗華れいかが、山王さんのう機関へと飛び込んできた。
今度は血相けっそうを変えている――

喪神もがみ梨央りお
麗華さん、どうしました?
すごい慌てようですが……
月詠つくよみ麗華れいか
大変です、鈴代すずよさんが……
さらわれたんです!!
グリル四谷よつや珈琲コーヒーを飲んでいたら、
店の前に軍の車が何台か停まり、
将校が一斉に店に入ってきて――
帆村ほむら魯公ろこう
鈴代女史じょしが、さらわれただと?
将校とは一体どこの隊だ?
鈴代女史じょしの何を狙うというのだ……
もしや……歩三の部隊か?
鬼龍きりゅう率いる九九小隊か。
可能性としてはあり得るが――
月詠つくよみ麗華れいか
えりの連隊番号、ありませんでした。
九頭くずさんと同じですね……
帆村ほむら魯公ろこう
九頭中尉は遊軍みたいな扱いだがな。
それでは、風魔ふうまや、これは歩三ほさんだ。
我等、正面切って行くとしよう!
喪神もがみ梨央りお
麗華さん、今回はここで、
おとなしくしていただけますか?
月詠つくよみ麗華れいか
ええ……
そういたしますわ。

第三連隊だいさんれんたい前庭まえにわ
【第三連隊第九九小隊召喚師】
貴様ら!
歩一ほいち、特務の連中か!!
山王さんのう機関か!!
この先、進むことならん!
帆村ほむら魯公ろこう
やけに警戒が強いな――
この様子、探られたくない腹が、
あると見て間違いないだろう。
風魔ふうま、ここはわしに任せ、
お前は先に行け!
【第三連隊第九九小隊召喚師A】
貴様らの古臭いまじないで、
我々に勝てると思うのか!
何故だ!?
貴様、どうやってここまで来た?

《バトル》

【第三連隊第九九小隊召喚師A】
フフフ……
まだ研鑽けんさんの余地があるな!
うううっ……
【第三連隊第九九小隊召喚師B】
審神者さにわだと?
歩三ほさんの召喚師部隊を
なめてもらっては困る!!

《バトル》

【第三連隊第九九小隊召喚師B】
力……及ばずか……

第三連隊だいさんれんたい兵舎内廊下へいしゃないろうか

一五市にのまえごいち
やっと来たか!
何を手こずっているのだ、
山王さんのう機関、喪神もがみ風魔ふうまよ!
貴様らと戦いをまじえることで、
俺は多くを学んでいるのだ。
自惚うぬぼれるなよ……
俺は自分自身に学ぶんだ。
貴様らは教材にすぎない!
さぁ、ページを開こうではないか。

《バトル》

一五市にのまえごいち
喪神もがみ風魔ふうま、貴様の勝ちだ。
そして俺はまた学んだ。
アハハハ、練度に磨きがかかった!!
常田つねだ松柏しょうはく
こんなところで、
一体何の騒ぎだね?
一五市にのまえごいち
常田つねだ大佐!
お戻りになったんですね!
常田つねだ松柏しょうはく
そんな事はどうでもよい。
ここで何をしているのかと
いておるのだ。
帆村ほむら魯公ろこう
それはこちらがお尋ねしたい
台詞せりふでありますな!
常田つねだ松柏しょうはく
これはこれは、帆村ほむら殿まで。
さて、一体、我が連隊に
如何いかなるご用でしょうかな?
帆村ほむら魯公ろこう
如月きさらぎ鈴代すずよ、この名はお聞き及びが、
ありますかな?
軍人風情ふぜいさらわれたというんです。
常田つねだ松柏しょうはく
さらわれた? 軍人に?
ほほう、それで我が連隊を
お疑いなのですかな?
帆村ほむら魯公ろこう
他に思い浮かばんのですがね。
貴連隊の鬼龍きりゅう小隊長は、
東雲しののめ流のこともあり、
鈴代女史じょしには恨みをお持ちです。
小隊が何を企図きとされたのか、
是非ともお聞かせ願いたいですな!
常田つねだ松柏しょうはく
鬼龍大尉であれば、不在だ。
現在、歩三ほさんの演習に出ておる。
帆村ほむら魯公ろこう
ではにのまえ少尉殿は何故にここに?
鬼龍大尉殿と同じ隊のはず。
一緒に演習に出ないのですかな?
一五市にのまえごいち
じ、自分は独断で……
擅権せんけんの大罪を犯して、
この場所に……
【着信 喪神もがみ梨央りお
白ノ……隊長、大変です。
青山墓地で急激なセヒラの増大を
観測しました!
かなり深刻な状況かと。
急ぎ、対応が必要です。
帆村ほむら魯公ろこう
了解した!
風魔、青山墓地だ。
急行するぞ!
常田つねだ松柏しょうはく
いや、帆村隊長!
隊長はお残りください。
わしはまだ事情がよく、
飲み込めておらんでな、
ご説明いただきたいのじゃ。
帆村ほむら魯公ろこう
承知しました、大佐殿。
では、風魔、青山墓地だ、
急いでくれ!
何が待ち受けるやわからん、
気をつけるのだ。
常田つねだ松柏しょうはく
では改めて、帆村隊長、
事情を説明くださらんか。
にのまえ少尉にも同席してもらう。

第四章 第五話 覚醒の人

第三連隊だいさんれんたい前庭まえにわ

如月きさらぎ鈴代すずよが軍人に攫われた――
その解決の糸口も掴めないまま、青山墓地でセヒラの増大が観測された。
常田つねだ大佐が帰還したことにより、小隊の召喚師達は、鳴りを潜めたようである。風魔ふうまは青山墓地へ向かうべく隊舎を出た。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
青山墓地ですが、先程に比べて、
セヒラが強くなっています!
墓地周辺にも影響の及ぶ懸念が――
墓地に着くまでに怪人に遭遇そうぐうする
おそれもります。
――今観測する波形ですが、
以前に見たことがあります。
記録、あたってみます!

青山街路あおやまがいろ

【怯える巡査】
ヒッ! いきなり……
あっ、失礼しました!
おかしな連中がいるとの通報で――
ああ、もう嫌です、
ヒィヒィヒィヒィ~
もう勘弁かんべんです……
みんな、みんな、
怪人なんじゃないですか!?

直階ちょっかい信者】
――聞いていいですか?
あなたは何をさつしましたか?
ハァハァハァ……
私は欲をさつしました。
欲が芽生えた瞬間に摘むんです。
お腹が空く前に食べ、
眠くなる前に眠り――
でも欲深よくぶかの母だけはなくなりません。
だからね、母をさつしました!
薬店で買った昇汞水しょうこうすい飲ませてね……
すると私の欲がどんどん膨らんで――

1人の男が近付いてくる。
男の表情は、心ここに在らずといった様子で、足元も覚束おぼつかなかった。

【犬憑きのT男】
こうして出歩くとね、
やっぱりりくの言う通りだなって。
りくりくですよ,愛犬のりく号です!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
その人物、何かに強く心を奪われ、
セヒラに侵されておるようです!

【犬憑きのT男】
生前、りくはね、散歩の度に言うんだ。
人も犬も器の大きさは同じだって。
何を盛るかの違いしかないそうだ――
人気は余計なものを盛りすぎる。
だから私はりくと器を入れ替えたんだ。
私には余計なものしか見えないぞ!!

《バトル》

【犬憑きのT男】
はぁはぁはぁ……
りくはいつもこんな辛い目に……
可哀想に、可哀想になぁ――

青山墓地あおやまぼち

鬼龍きりゅう豪人たけと
ようやく来たか、喪神もがみ風魔ふうま
我が小隊と派手にやりあったとか?
――フフフ、いい時間稼ぎができた。
貴様の勘、決して外れてはいない。
如月きさらぎ鈴代すずよ、あの女はここにいる。
――そうだよ、いるにはいる。
もはや如月鈴代をどこまで残すか、
それは保証の限りではない。
あの女はカタリサトール、
つまり触媒となった。
神秘をもたらす触媒だ――
もう貴様らの好きにはさせない!
喪神風魔、しばらく大人しく
していてもらおうか!!

《バトル》

鬼龍きりゅう豪人たけと
フフフ――
勝ったつもりか、それで。
貴様一人の勝敗など意味が無い!
もはや意味が無いのだよ、喪神もがみ風魔ふうま
あの女のおかげで、
我々は神秘の力を得ようとしている。
如月きさらぎ鈴代すずよはアルベドの触媒として、
黒化ニグレドした思念を蘇らせるのだ。
あの女にわずかに残った霊力は、
しかし、凄まじく純粋なものだ。
その純粋さが力となるのだ。

薄暗い墓地の中から、どこからともなく、つぶやくような声が響いてきた。
それは読経どきょうのように唱える神曲の一節だった。
われが向かうところわれが見る限り、新たなるさいなみを受くる者の他に無く――
我は第三の地獄にあり、ここは永遠のしげき冷たき雨の地獄、大粒のひょう、水はにごれり、雪降りしきる――

神子柴みこしばはつゑ】
またお会いしましたね。
確かに私はみずからもたらした、
金神こんじんと合一できませんでした。
たけ異形いぎょうの魔獣チェルベロ、
地獄にてさいなみ受くる者に向かい
三つののどを鳴らしてゆる――
――まだ力が及ばなかったのです。
しかし今、すべては満ちました。
如月きさらぎ鈴代すずよ白化アルベド触媒しょくばいとなり、
黒化ニグレドの思念を呼び集めています――
私には多くの信者を招いた、
その責務せきむがあるのです――
思念となった者たちをよみがえらせ、
賢者の石として永遠の存在にする、
その役割があるのです。
そのあかつきには、私は、新しき天地あめつちの母、
真の創造主となるのです。
さぁ黒化ニグレドの思念を招きましょう!
さぁ、貴方も、ご自分を試しなさい。
白化アルベド触媒しょくばいたくして、
無限とも言える力を得なさい――

如月きさらぎ鈴代すずよ
…………
鬼龍きりゅう豪人たけと
如月鈴代は黒化ニグレドの段階を飛び越え、
いきなり白化アルベドへと進んだ。
純粋であるからこそ成し得た――
帝都中から、いやこの世から、
黒化ニグレドした思念が集まり鈴代を介して、
白化アルベドの段階へ進む――
これはこれは、帆村ほむら先生。
先生にとって、如月鈴代は用済み、
そうではありませんか?
帆村ほむら魯公ろこう
たとえどんな力を得ようとも、
人に犠牲をいるなど、
断じてゆるさん!!
風魔ふうまよ――
真白ましろき雪は何色にも染まらん。
いさぎよく真っ白である。
鬼龍きりゅう豪人たけと
一体、何のまじないだ?
東雲しののめ流の成れの果て、
さては迷信に傾いたのか?
帆村ほむら魯公ろこう
錬金術の理論ロジックを用いたつもりか?
だが落ち度があるようだな。
付け焼き刃では所詮しょせん無理というもの。
風魔よ、鈴代女史じょしに憑く
これをすべてはらうのだ。
まだ間に合うぞ!!
鬼龍きりゅう豪人たけと
仕方がない。
この女の覚醒かくせい、完全ならしめよう!
如月きさらぎ鈴代すずよ
あ……ぁ…………

《バトル》

鬼龍きりゅう豪人たけと
触媒しょくばいとしてすべてを消尽しょうじんしたか――
如月きさらぎ鈴代すずよ
私……は………
鬼龍きりゅう豪人たけと
何? まだ自分を残すのか……
如月きさらぎ鈴代すずよ
…………風魔ふうま……さん……
鬼龍きりゅう豪人たけと
こらえたのか!
――あの霊異りょういの嵐の中で……
それとも……
喪神もがみ風魔ふうま、貴様が何かほどこしたか?
この女のうちに……
如月きさらぎ鈴代すずよ
……私…………
鬼龍きりゅう豪人たけと
ある程度は想定の範囲だ。
アーネンエルベはホムンクルスの
製造に成功したという。
そして山王さんのう機関は
アーネンエルベに擦り寄り、
その技術を得ようとしていると聞く。
対策を考えている私に、
ある提案が寄せられた――
それを実践したまでのことだ。
帆村ほむら魯公ろこう
鬼龍きりゅうの奴、いておるな。
召喚師部隊、順調ではなさそうだ。
だからといって、神子柴みこしばの入れ知恵、
何の疑いもなくに受けるとはな。
――奴は、焼きが回ったか?
独逸ドイツで召喚術を修得した者として、
あるまじき行いではあるな。
鬼龍の奴、少し様子が違ったな。
あいつもまた一つのこまかもしれない。
辺りのセヒラも落ち着いたようだ。
鈴代女史じょしを送り、本部へ帰還しよう。

何故、鬼龍は神子柴みこしばよこしまな計略に一枚んだのか――
その理由はわからずじまいであった。
鬼龍のひきいる召喚師部隊であるが、計画通りに召喚師の育成が進んでいない、その噂もある。彼の焦りが滲出しんしゅつしていた――

第四章 第六話 日本橋狂舞騒動

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

第三連隊玄理げんり派の鬼龍きりゅう豪人たけとが、如月きさらぎ鈴代すずよに犠牲をいる形で、力を集めようとした――
鈴代は無事に保護されたものの、山王さんのう機関には重苦しい空気が立ち込めていた。
鬼龍を好敵手こうてきしゅと呼べなくなった空気である。

九頭くず幸則ゆきのり
鬼龍の奴、部隊作りが運んでいない、
それで焦っているに違いない。
喪神もがみ梨央りお
鈴代さんは自宅で静養中です。
昨日はお元気そうでしたよ。
九頭くず幸則ゆきのり
そうか!
後でお見舞いにでも行くとするか。
しかしなぁ……
何だかに落ちないよな。
鈴代と鬼龍の間には、
俺達の知らない確執かくしつがあるみたいだ。
――まぁ、あって当然か。
鈴代が流派を閉じるだの何だのって、
その時は、鬼龍は京都だろ?
京都の第十六師団付きの少尉だ――
喪神もがみ梨央りお
鬼龍……あの人、半年に一度ほど、
如月家を尋ねて来ていました。
でもなんだかすごく横柄おうへいで……
帆村ほむら虹人こうじん
おい! 機関員の諸君、
何を呑気のんきにやってるんだ?
喪神もがみ梨央りお
隊長! それに虹人こうじんさんも。
帆村ほむら魯公ろこう
心配ごとはいろいろあろうが、
悩んでいるいとまはないぞ。
九頭くず幸則ゆきのり
ということは、また事変ですか?
今度はどこで?
帆村ほむら虹人こうじん
銀座、日本橋にほんばしにかけての一帯だ。
突然、踊り狂う者が現れ、
街に混乱をきたしていると――
九頭くず幸則ゆきのり
踊り?
そりゃまた酔狂な!
帆村ほむら虹人こうじん
警察、憲兵、特高とぐるぐる周り、
結局、山王さんのう機関の出番となった。
怪人かどうかはわからないんだが――
帆村ほむら魯公ろこう
銀座、日本橋にほんばし界隈かいわい
セヒラの値はどんなんだ?
梨央りお、ちゃんと観測しているか?
喪神もがみ梨央りお
あっ、はい!
隊長、すぐ観測します!
帆村ほむら魯公ろこう
おそらくセヒラにやられた、
そう考えて間違いないだろう。
その者らが怪人化すると厄介やっかいだ。
九頭くず幸則ゆきのり
帆村ほむら先生、それなら俺も一緒に!
帆村ほむら魯公ろこう
いや、中尉、君は鈴代女史じょしの警護に
あたってくれ。家は知っているな。
連中、諦めが悪いかも知れん。
帆村ほむら虹人こうじん
僕たちは接近しないほうがいい。
回復を早めるには、審神者さにわや流派、
そういうのから距離を置くことだ。
喪神もがみ梨央りお
隊長! 銀座、日本橋にほんばしのセヒラ、
多くを怪人化させるほどではなく、
やや高めといったところです。
帆村ほむら虹人こうじん
なるほど。これは勘だけど――
銀座幻燈会げんとうえの客なんじゃないか?
まだ残党がいて、街に繰り出した……
喪神もがみ梨央りお
釣鐘に誘われて山王さんのうに集まったのも、
銀座幻燈会げんとうえの怪人でした。
不明者は二十人くらいいました。
九頭くず幸則ゆきのり
なんだ、おい!
そんな怪人がいたのか!
一体、会場で何を見せられたんだ?
喪神もがみ梨央りお
帝国幻燈ていこくげんとう倶楽部くらぶの主催……
おそらくこれも帥先そっせんヤの仕業かと。
中尉もお気をつけ下さいね。
九頭くず幸則ゆきのり
大丈夫だよ、先取せんしゅの精神発揮せよ!
幻燈げんとうなんて興味ないさ、活動キネマだよ。
じゃ、鈴代んちに行ってくるよ!
帆村ほむら魯公ろこう
中尉、頼んだぞ。
風魔ふうま、まずは銀座だ、向かってくれ。

銀座四丁目ぎんざよんちょうめ

【京橋署の巡査】
もしや、山王さんのう機関の方ですね。
最初、署に連絡があり、それが
憲兵司令部に行き、また署へ――
京橋きょうばし署の特高課で検討して、
結局、警邏けいらの方に降りてきました。
第一連隊に連絡済みとのことで――
通行人の中に踊り出すものが現れ、
みるみるるいは友を呼ぶとなり……
今は大体しずまっています。
連中を見ていると、ふと、
自分も踊ろうかという誘惑に……
その誘惑に……
ああ、自分、勝てないのであります!

そう言うや巡査は、大通りの彼方かなたを見やり、何かに心奪われたようになった。

【浜松町の客】
はぁはぁはぁ……
くたびれました、もうしたいです。
体が勝手に動いてなりません。
身体中の筋肉が意思とは関係なく、
反応するのです――
医者である私だから言えます。
これは病気なんかじゃない、
もっと強い何かが作用していると。
そもそもは銀座幻燈会げんとうえでした――
会場を出た瞬間、私は自分の家が
何処どこなのかわからなくなり……

茗荷谷みょうがだにの客】
――銀座の舞台が君を待つ!
はぁはぁはぁ……
アタシ、すっかり気分になっちゃって
でも……幻燈会げんとうえで何を観たのか、
まるで思い出せないの。
それに何日も寝てないのよ!
あんなに寝坊さんだったアタシが、
こんなにも元気で、おまけに楽しい!
それは私が可愛いからかしら~♪

【代々木の客】
――君こそ銀幕スタアだ!
その案内が代々木よよぎの駅前にあったの。
銀幕って活動キネマのことでしょ?
省線しょうせん乗って、有楽町ゆうらくちょうで降りて――
銀座幻燈会げんとうえの会場は人がいっぱい。
猟奇グラフ持ってる人もいたわ。
帝大の学生さんもいたわね……
みんな目を輝かせていた。
私だって! 負けちゃいません!
必ずや、銀幕に……
あああ、頭が……痛いぃ~

茗荷谷みょうがだにの客】
楽しいの! 楽しいの!
銀座の舞台に立てたことで、
人生薔薇ばら色ね!
さぁ、もっとダンスよ、
ダンス、ダンス――
これがレビューね!

【代々木の客】
歌って、踊れる、スタアなの!
何日だって、踊り続けられる!
次は歌の時間ね!

【浜松町の客】
あああああ~
気付くと神田かんだにいました、そして、
あの夜から幾日いくにちも街を彷徨さまよって……
次に気付くと谷中やなかの墓地に、
次は小石川こいしかわ造兵廠ぞうへいしょうの前でした――
そして今日、ここに初演デビューするのです!
私はエンターテーナーになるのだ!
わははは、医者なんて駄目だ、
医者に心は治せないっ!!

《バトル》

【浜松町の客】
医者には心は治せない……
私は自分の仕事を疑い続けている。
その思いが私を押しつぶすんだぁぁ~

銀座の大通りに繰り出した人々は、思い思いのことを話すも、一様に茫然ぼうぜんとし、心ここに在らずのていだった。

日劇前にちげきまえ

柴崎周しばさきあまね
これは奇遇きぐうですね、喪神もがみ風魔ふうま君。
私のことはご承知おきですね……
独逸ドイツ国在勤帝国大使館の
柴崎周しばさきあまねです。
皆はなぜ踊るのでしょうか?
ヘロデ王の前で踊り、その報酬として
ヨカナーンの生首を欲した娘――
そんな逸話を思いこさせてくれます。
私はオーブリー・ビアズレーの
あの版画をことほか愛してやまない。
踊り子の報酬――
銀盆に載ったヨカナーンの生首から、
赤い血がしたたり落ちている。
その赤が版画の漆黒によって
見事に表されているのですよ!
――あの黒ほど美しい色はない。
さて、皆は何の報酬を求めて
いるのでしょうか?
あるいは――
セフィラのせいで踊らざるをえない?
それはそれでユニークですね。
――おや!
そこの女史じょしはどうかされたかな?
様子が変ではありませんか?
――これ以上長居は無用ですね。
私は失敬しっけいさせてもらいますよ。

【三番町の客】
貴方、そこで何してるの?
ぼんやり突っ立ってちゃダメよ、
ダンスショウの開幕なのよ!

【三番町の客】
ほら、大勢のお客さんが……
わらってるわ! ねぇどうして?
貴方が木偶でくぼうだからね、きっと!!

《バトル》

【三番町の客】
頭が……痛いわ……
でも脳楽丸のうらくがんがあるから、平気ね。
でしょ……違うかしら……あああっ!

興亜百貨店前こうあひゃっかてんまえ

【怯える少女】
みんなどうしちゃったの?
急に踊ったり歌ったりして……
昨日、日比谷ひびや公園にお出かけした時、
やっぱり踊ってる人がいたわ。
でも楽しそうじゃなかったわ!

【本郷の客】
たった一晩で踊れるようになった。
君、これは奇跡だよ――
タップダンスだよ、すっかりできる!

【本郷の客】
もう法科になんか戻らない。
華麗なステップで皆を楽しませるさ!
さぁ、ダンスの時間だ!
勿論もちろん、君も一緒に踊るよな!

《バトル》

【本郷の客】
おかしいぞ、急に疲れが……
はぁはぁはぁ、疲れが来た!
ああ、僕はもう駄目だ~

帆村ほむら虹人こうじん
無事だったか、風魔ふうま
何か街中が大変なことになってる――
キリがないよ。
銀座幻燈会げんとうえの客だけじゃないな。
伝染したみたいだな――

虹人こうじんは以前の公務で受けた傷が痛むのか、腕を抑えるしぐさを見せて顔をしかめた。

帆村ほむら虹人こうじん
なぁに、大したことはないさ。
ちょっとしたかすり傷ってね。
一旦、本部に引き上げるぞ。
対策、らなきゃ!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、お帰りなさい。
あっ、虹人こうじんさんも!
新山にいやまさんがセヒラの波形を調べて、
それでわかったんです。
帝都満洲に同じ波形がありました!
帆村ほむら虹人こうじん
やはりな……
憎む相手を手に掛けたとか、
そういう感じじゃないんだよな。
喪神もがみ梨央りお
銀座幻燈会げんとうえに行って、
踊れるようになった、
そういう学生さんもいましたよ。
新山眞にいやままこと
思うにですよ、
心の奥に仕舞い込んだものが、
ひょんなことから表に出るんです。
帆村ほむら虹人こうじん
なるほど! 
本心があらわになる、そんなことか……
自我がき出しになるとか――
喪神もがみ梨央りお
虹人さん、お怪我けがは大丈夫ですか?
兄のこと案じ、
日本橋にほんばしに駆けつけてくださって――
元を断たないかぎり、解決できない、そうですよね、新山さん!
いくら帝都で怪人を倒しても――
新山眞にいやままこと
容易たやすく怪人化する人が増えるばかり。
今、ちょっと新装置をこしらえます。
少し時間をください。

第四章 第七話 日本橋佳木斯異変アリ

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

悪意をたぎらすまでもなく、本音を吐露とろすれば、そのまま怪人化する現象も顕著けんちょになってきた。その原因は帝都満洲にあるとわかった。
陸軍飯倉いいくら技研の新山にいやま技師は、特有のセヒラ波を調整する装置を開発した。霊式れいしきヘテロヂン変調器へんちょうきというものだった。

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
観測でわかりました!
日本橋にほんばしに対照する場所……
帆村ほむら魯公ろこう
梨央りおはずっと鉄道時間表を……
よく見飽きないものだな!
それは去年の時刻改定版だな。
喪神もがみ梨央りお
はい、勿論もちろん、飽きません! 
兄さんが次に行くのは佳木斯チャムスです。
哈爾浜ハルピンから北東方面、図佳とか線の駅です。
帆村ほむら魯公ろこう
図佳とか線か……計画路線と聞いたが、
梨央りおの時間表には載ってるのか?
新山眞にいやままこと
それもセヒラのせいかと。
人々の思うものが現れるのです。
たとえ鉄道時間表の上にでも――
さて、装置が出来ましたよ。
霊式れいしきヘテロヂン変調器へんちょうきです。
こちらをお持ちください――
帆村ほむら魯公ろこう
そいつを日本橋にほんばし佳木斯チャムスに設置する。
それで、安易な怪人化は防げる、
そう考えてよろしいですな。
帆村ほむら虹人こうじん
風魔ふうま、今回は僕も行くよ。
喪神もがみ梨央りお
虹人さん、腕の怪我けがは大丈夫ですか?
帆村ほむら魯公ろこう
まだ痛むのか?
それとも――
帆村ほむら虹人こうじん
兄上、ご心配には及びません。
審神者さにわとして、問題ありません。
帆村ほむら魯公ろこう
まぁそう言うなら――
今回は難題かもしれない。
二人いれば安心だろう。
帆村ほむら虹人こうじん
兄上、任せて下さい。
さ、行こうか、風魔!
新山眞にいやままこと
いいですか、装置を置くのは、
なるべく建物のそばでお願いします。
では、ゲートへ参りましょうか。

ゲートを抜けて2人は帝都満洲へ着いた。
帝都満洲にあるはらえの間である――

ゲート

帆村ほむら虹人こうじん
ああ、もう、この感覚……
一旦、体がバラバラにされて、
また合わさるような――
【着信 喪神もがみ梨央りお
転送は完了しました。
お二人の無事、確認しています。
帆村ほむら虹人こうじん
まぁ、無事といえば無事だよ。
頭から足が生えているわけじゃなし。
【着信 喪神もがみ梨央りお
――何ですか、それ?
日本橋にほんばし佳木斯チャムス方面にアストラル反応、
急ぎ、向かってください!

風魔ふうま虹人こうじんの2人は、赤坂哈爾浜ハルピンから、帝都満洲鉄道で日本橋にほんばし佳木斯チャムスを目指した。列車の外では轟々ごうごうと風が鳴っていた――

帆村ほむら虹人こうじん
僕達が乗っているには、展望車だな。
もっともこの列車には展望車しか、
接続されていないみたいだ――
展望と言っても、表は真っ暗だ。
何も見えやしない――
しかし何だな……
ここでお前と差し向かいというのも、
何だか気詰まりだな――
雑誌でもあればな。冒険少年とかな。
何だ、どうした?
僕は意外にロマンチストなんだ。
求めるものがいろいろあってな!
兄……隊長は現実主義者リアリストを気取る。
でもな、あれは親の反動なんだよ。
親父は超絶変人だったからな!
僕が生まれた時に、既に僕の人生を、
全部計画していたそうだよ。
今の僕も親父の計画通りなんだ――

突然、列車が停まった。

帆村ほむら虹人こうじん
何だ、おい!
表に何かいるぞ!
あいつがせいで、列車が停まった!

時空じくう狭間はざま

【猟奇人Mのアストラル】
雑誌猟奇グラフに案内を載せた――
――およ尋常じんじょうならざる容貌ようぼうの人をつのる、するとすぐに応募があったんだ。
帆村ほむら虹人こうじん
おい、邪魔だ。
僕達はここを調べなきゃならない。
【猟奇人Mのアストラル】
応募者は沼田なる人物。
首から下にびっしりうろこが生えていた。
恒例こうれい猟奇会は大盛り上がりだ!
帆村ほむら虹人こうじん
おい! 聞いているのか!
邪魔なんだよ!!

《バトル》

【猟奇人Mのアストラル】
でもね、会衆の目前で沼田は、
手にした包丁でうろこぎ始めたんだ!
あたり一面にうろこが飛び散るんだよ!
帆村ほむら虹人こうじん
えて話に同調しなかったが、
うろこの男はどうなったんだ?
――寒いな。
風魔ふうま、列車に戻るぞ。

帝都満洲鉄道は、再び進み始めた。ときおり風景の中に、輝く光点のようなものが混ざる。光点は次第にその数を増してくる――

帆村ほむら虹人こうじん
本当に奇妙な風景だな。
僕達の見る風景はまことのものなのか?
それともすべてが幻覚だったら――
なぁ、風魔……
お前が鈴代すずよと戦ったときのことだ、
どんな気持ちだったんだ?
敵と思ってたおそう――
そう思ったのか?
あるいは加減があったのか――
いや、答えにくいならいいいんだ。
忘れてくれ――
あれ? どうした?
また何かいるのか?

再び列車が停車した。

帆村ほむら虹人こうじん
今度は何だ?
まさかうろこの野郎のお出ましか?

時空じくう狭間はざま

【猟奇人Fのアストラル】
沼田うろこは、
物凄い臭いがするんだ――
帝都ホテルの会場は阿鼻叫喚あびきょうかんさ!
帆村ほむら虹人こうじん
またか!
風魔、頼む!
僕は装置を護る。

《バトル》

【猟奇人Fのアストラル】
帝都ホテルは宴会場の掃除に、
一週間かけたそうだよ。
帆村ほむら虹人こうじん
そうか、新橋の帝都ホテルだろ。
宴会場が利用できないって、
新聞に案内が載ってたな。

帝都満洲鉄道は、その後は妨害にうことなく順調に進み、日本橋にほんばし佳木斯チャムスに到着した。

〔日本橋佳木斯チャムス

いよいよ空は不思議な様相ようそうを見せる。光は空からではなく、どこか別のところからあたりを照らしているように見えた。帝都満洲の他の場所とは異なり、幾分、陰鬱いんうつさは薄らいでいるようだった。

帆村ほむら虹人こうじん
ここは……
想像していたのとは違うな……
空気の中に脈動する力を感じる。
巨大な怪物の体内にいるようだ。
この力が帝都に及んでいるのか?
――その元はどこにあるんだ?
アストラルがいるよな。
あいつらから話を聞いてみるか。

【猟奇人Tのアストラル】
でもね、ただじゃ済まないのが、
猟奇人たる者だよ。
沼田うろこ、皆拾い始めた。
油紙買ってくる者もいてね――
帆村ほむら虹人こうじん
油紙?
うろこを包むのか?
【猟奇人Tのアストラル】
そうさ!
皆がうろこを持って帰ったんだ!
ひゃははは、これぞ猟奇人の矜持きょうじさ。
中にはうろこを煮出して、
漢方かんぽうの要領で飲んだ奴もいる!
帆村ほむら虹人こうじん
争うような素振りはないな。
それにしても、猟奇倶楽部くらぶって、
一度査察ささつの必要があるな。

【帝都ホテルのホール係】
猟奇倶楽部くらぶには二度と貸出かしだしならん!
そうお達しが出ましたよ。
でもね、私もうろこ、持ち帰ったんです。
会が引けた後ね、落ちていたの三枚。
うろこ布巾ふきんに包んで納戸なんどに置きました。
――するとどうでしょう……
帆村ほむら虹人こうじん
ん? どうなったんだ?
【帝都ホテルのホール係】
せがれの背中にうろこが生え出したんです。
左の背中です、今やもうてのひらくらいの
大きさにまで広がりました!
帆村ほむら虹人こうじん
怪異が伝染するって聞いたけど、
これもそのうちなのか?
よし、風魔ふうま――
この辺りなら平気そうだ。
装置を設置するぞ。
この装置で怪異の伝染が消えるのか。
まぁ結果を待つしかないな。
無線で本部に連絡しておくか――
【着信 ………】
ザー……ビュルビュルビュル……
帆村ほむら虹人こうじん
あれ、無線が使えないぞ、
これは装置のせいなのか?
それともここのセヒラが強くて……
どっちにしろ危険だな。
無線無しで探索するのは危険過ぎる、
風魔、ここは引き上げよう。
おい、風魔――
なんか音しないか?

地響きを伴った大きな音がした――

帆村ほむら虹人こうじん
何だよ、おい!
心なしかセヒラが強くなったようだ。

〔日本橋佳木斯チャムス・南〕

これまでとは異なる巨大なアストラルが、ふわふわと宙に浮いていた。それはただならぬ気配をかもしていた――

帆村ほむら虹人こうじん
感じるぞ――
セヒラが、波動になって押し寄せる。
【???】
私は呼ばれたように思うのです――
【沼田
本当はね、顔にもうろこがあるんです。
ああ、私、沼田です――
顔はね厚塗りで隠すんですよ。
体のうろこ、すっかり生え変わってね。
一度ぐと、前より分厚くなる。
てらてら光って立派なもんです!!
帆村ほむら虹人こうじん
あんたの思念がここに及んで、
帝都にまで影響しているんだな!
これは打ち倒すしか無いぞ、風魔ふうま
【沼田
私の身の上の怪はね、
いろんな人にも起こるんです。
まるで多くを導いているようですよ!!

《バトル》

帆村ほむら虹人こうじん
多くを導くだと?
まるで教祖様気取りだな。
しかしあいつ、帝都の何処どこかに……
そうだよな、ここにあるのは思念だ。
今も帝都の何処どこかで暮らしてるんだ。
さしずめ、うろこ怪人か……
そんなのが現れたら、
沼田が近くにいる証になるな。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
虹人こうじんさん、大丈夫でしたか?
兄さんも――
帆村ほむら魯公ろこう
おう、ご苦労だったな。
今回はけっこう大変だったろう……
帆村ほむら虹人こうじん
装置はこうそうしていますか?
新山眞にいやままこと
おそらくは……
少なくとも波形は変わりました。
問題となる波形が消えたのです。
もうあのような……
ひょんなことで怪人化する事案、
起きないと思いますが。
今後、似たような事案、
皆無かいむだとは言い切れませんが。
帆村ほむら魯公ろこう
日本橋にほんばしの騒乱は一段落したようだ。
元をつ作戦はひとまず成功ですな。
新山眞にいやままこと
最後の巨大アストラルが倒れ、
それで波形が消えたとも言えます。
あの霊式れいしきヘテロヂン変調器へんちょうき
まだまだ試作の段階ですので、
もっと性能を上げていきます。
帝都満洲は帝都から降りた思念と、
アラヤ界からのセヒラが出会う場所。
それがまた帝都へと戻ってくる――
そういう構造ははっきりしました。
これをふさぎ切るのは困難です。
うまい活用法があるはず――
帆村ほむら虹人こうじん
参謀本部もセヒラの活用を考えて、
山王さんのう機関を作ったわけだよな。
を指揮するのも、
セヒラを扱うことと同じだ。
そうでしょう、新山にいやまさん。
新山眞にいやままこと
帥士すいしを通じセヒラに向き合い、
私は波形を見てセヒラを知る――
そういう住み分けです。
喪神もがみ梨央りお
私は……
波形の方でしょうか?
帆村ほむら虹人こうじん
梨央りお帆村ほむら流、試してみれば?
なんたって風魔ふうまの妹なんだから。
喪神もがみ梨央りお
でも……
私、あまり霊異りょういを現せる、
気がしません。
帆村ほむら虹人こうじん
人は変わっていくんだよ、きっと――

第四章 第八話 猟奇倶楽部の謎

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
あっ、兄さん……
兄さんあてに手紙です。
それが、差出人不明なんです――
すごく上等の封筒で、
封蝋ふうろうもついています……
――ふぅ~
帆村ほむら魯公ろこう
どうした、梨央りお
調子が悪いのか?
喪神もがみ梨央りお
ええ、ちょっと……
頭が重いんです、風邪でしょうか?
兄さん、封筒です。

梨央から渡された封筒は、立派なものだった。封蝋ふうろうを破るとはく押しのある便箋びんせんが見えた。

九頭くず幸則ゆきのり
見せてくれ。
何だって? 猟奇倶楽部くらぶにご招待?
喪神もがみ梨央りお
いきなり何ですか?
どこからいたんですか?
九頭くず幸則ゆきのり
くって、俺は虫か何かか?
――猟奇倶楽部くらぶって、アレだよな……
喪神もがみ梨央りお
猟奇グラフを発行する会社です。
でも倶楽部くらぶは編集部とは別だと、
そんな話を聞きました。
九頭くず幸則ゆきのり
ええ? そうなんだ?
梨央ちゃん、耳さといね!
どっからそんなネタ仕入れるの?
それにしても猟奇倶楽部くらぶって、
何だか秘密めかしてるよね!
喪神もがみ梨央りお
どうしてここがわかったのか……
日本橋佳木斯チャムスに猟奇人の
アストラルが大勢いました――
九頭くず幸則ゆきのり
それが何か関係あるの?
喪神もがみ梨央りお
アストラルを介して、
兄さんたちの思念が漏れたのかも。
それで猟奇倶楽部くらぶがここを知った――
九頭くず幸則ゆきのり
ええっ? そんなことあるの?
でも、そうか……
思念は考えたりすることだし――
九頭くず幸則ゆきのり
不意に漂い出すなんてことも……
ひぇ~、何だかおっかないなぁ……
ねぇ、梨央ちゃん!
喪神もがみ梨央りお
新聞では猟奇倶楽部くらぶも、
帥先そっせんヤの一つと考えているようです。
この間、そんな記事がありました――
九頭くず幸則ゆきのり
まぁ読者連中は昭和の猟奇人を
気取っているんだろ?
高等遊民のはしくれだよな――
雑誌もそうだけど、
案内を利用している連中こそ、
帥先そっせんヤなんじゃないのか?
喪神もがみ梨央りお
結構、まともなこと言いますね、
幸則ゆきのりさん!
――ふぅ~
九頭くず幸則ゆきのり
あれ? 梨央ちゃん、どうした?
何か具合悪そうだけど――
ちょっと休んでいれば?
喪神もがみ梨央りお
そうですね……
でも……猟奇倶楽部くらぶ、どうします?
九頭くず幸則ゆきのり
風魔、どうする?
向こうがこっちを知ってるって、
何か気になるよな。
喪神もがみ梨央りお
今のところ、市内の探信儀たんしんぎには、
強いセヒラ反応はありません。
九頭くず幸則ゆきのり
梨央ちゃんは休養した方がいいい。
無線は頼れないぞ、風魔。
でもまぁ、行ったほうがいいな。
お前を名指しで来たんだろ、招待状。
相手の意図を掌握しょうあくした方がいい。
きっと何かあるはずだ。
帆村ほむら魯公ろこう
ユキ坊の言い分にも一理いちりある。
風魔、ここは誘われてみるか?
喪神もがみ梨央りお
兄さん、気を付けてください。
無線できませんが、
危険がせまったら警報が鳴ります。
九頭くず幸則ゆきのり
警報って、ここで鳴るのか?
最悪の事態は避けられるってことか。
市ヶ谷見附で同伴者を待てだと?
同伴者って、誰なんだ?
――風魔、油断するなよ!

市ヶ谷見附いちがやみつけ

手紙に指定されていた市ヶ谷見附いちがやみつけまで、公務電車で向かった。同伴者もこの場所に来るとのことだった。

月詠つくよみ麗華れいか
時間どおりですわね、風魔ふうまさま!
招待状にありましたわ、
風魔さまと一緒に来るようにと。
――ちょっとドキドキしています。
でも、不思議ですわ。
風魔さまと私にだけ
招待状が届くなんて――
さて、お迎え、そろそろですわ。
【黒服の男】
お待たせしました。
月詠つくよみ麗華れいか様、喪神もがみ風魔ふうま様。
猟奇倶楽部くらぶまでご案内します。
月詠つくよみ麗華れいか
よろしくお願いします。
【黒服の男】
此処ここより先では、
お名前をお呼びする事は致しません。
お嬢様、ご主人様とお呼びします。
【猟奇人Ωオメガ
申し遅れました、私はΩオメガです。
倶楽部くらぶでは希臘ギリシャの名を付けます。
さぁ、こちらを、どうぞ――
月詠つくよみ麗華れいか
それは、目隠しですか?
【猟奇人Ωオメガ
はい。ご不便をお掛けしてしまい、
誠に申し訳ございませんが、
倶楽部くらぶは所在地も非公開となり……
倶楽部くらぶに着くまでは、
そちらをおめしになって頂けますか?
月詠つくよみ麗華れいか
その車がそうですね?
窓掛けがあるのに、
目隠しするのですか?
【猟奇人Ωオメガ
はい。念の為、
そのようにさせて頂いております。
月詠つくよみ麗華れいか
いたかたありませんわね――
では、おっしゃるようにいたします。
風魔さまも、目隠しですわよ。
【猟奇人Ωオメガ
有難うございます。
それではご案内させて頂きます。

車は滑るように走った。
まるで魔法の絨毯じゅうたんのような乗り心地だった。
だが目的地へ真っ直ぐ向かうことはせず、同じ場所を何度も走っているようであった。
角を曲がり、速度を上げたその時――
車は急ブレーキをかけて停止した。車の前に1人の男が倒れていた。男をねる寸前で車は停まったようだ。

市ヶ谷街路いちがやがいろ

月詠つくよみ麗華れいか
この人は……
大丈夫なんですね!
気を付けないといけません――
【猟奇人Ωオメガ
申し訳ございません。
あちらの男性が急に飛び出して。
危うくねるところでした。
【暗い表情の男】
あなた達が捕獲した怪人を、
すみやかに返してもらいましょうか。
私は防疫研ぼうえきけん、総務課の林です。

《バトル》

【防疫研総務課の林】
怪人を手に入れて、何をする?
お前達には……扱えない……
無理……だ……
【猟奇人Ωオメガ
一体、何の話をしていることやら――
さぁ、お車にお戻りください。
月詠つくよみ麗華れいか
防疫研の怪人とは何ですの?
猟奇倶楽部くらぶに怪人がいるのですか?
【猟奇人Ωオメガ
いえ、あの者の戯言ざれごとにございます。
さ、参りましょう。
またこちらをおめしになって――
倶楽部くらぶの決まりにございます。
月詠つくよみ麗華れいか
仕方ありませんわ。
運転にはどうか、
お気を付け下さいませね。

車は小一時間ほど走った。
坂を登り角を曲がった先で車は停止した。門扉もんぴの開く音がして、車は再び走り始め、やがて車寄せのような場所で停まった。

【猟奇人Ωオメガの声】
それでは屋敷の中へご案内します。
私にお手をお預けになり、
ゆっくりお進みください――
お足元、お気を付けて――
段差にございます……

広いホールには乳香をいたかのような、神秘的な芳香ほうこうが漂っていた――

【猟奇人Ωオメガの声】
もうよろしゅうございますよ。
目隠しをお外しになり――
随分、ご不自由をおかけしました。
さて、ここからはご自身について、
ご身分、お名前、お住いのこと等、
一切ご法度はっとにございますよ。
月詠つくよみ麗華れいか
あら、どうしてですの?
それも決まりですの?
【猟奇人Ωオメガ
はい、当倶楽部くらぶでは現実から離れ、
一猟奇人としておすごしいただきます。
身分の貴賎きせんもございません。
月詠つくよみ麗華れいか
私たちにも希臘ギリシャの名前を付けますの?
【猟奇人Ωオメガ
ゲストの方はお付けしません。
後ほど、お声がけ致します。
それまでホールでおくつろぎください。

猟奇倶楽部りょうきクラブ・ホール〕

倶楽部くらぶホールでは着飾った紳士しんし淑女しゅくじょが、思い思いに立ち話をしていた。皆、胸のところに希臘ギリシャ語の刺繍ししゅうを付けていた。

月詠つくよみ麗華れいか
ここ、とても良い香りがしますわ。
私……うっとりしてしまいます。

【猟奇人Θシータ
……

【猟奇人Λラムダ
あら、ゲストの方ですね。
お名前が……ありませんもの。
今日は帝都の流行の最先端を、
堪能たんのうできるものですって!
月詠つくよみ麗華れいか
え? これから何かあるのですか?
【猟奇人Λラムダ
ウフフフフ……
ここアーカム館では、
いつも何かが起こるのよ!

【猟奇人Σシグマ
私はね、自分の中に、
こんなにも可能性が眠るとは、
最近までついぞ知らなかったんだ!
猟奇グラフを読むようになるまで、
そういう連中のこと、敬遠していた。
普通、そうですよね――
私は目覚めたんですよ。
少年のようにはしゃぎたい気持ちで、
毎日を楽しくやってます!

【猟奇人Δデルタ
ここアーカム館では、
不定期にエベントが開かれるのよ。
今日のは特別ですって――
いったいどんなのかしらねぇ。
あそこにいるメイドさん、
あの人も猟奇人なのかしらねぇ?

さらわれたホムンクルス】
車ニ、乗セラレ、気ガ付クト、
ココニイタ……
何故ナゼダ? 何故ナゼコウナル?
【猟奇人Ωオメガ
くつろぎいただけましたか?
実は当倶楽部くらぶの会長がご挨拶をと。
会長のところへご案内いたします。
月詠つくよみ麗華れいか
私はどうしましょうか?
【猟奇人Ωオメガ
申し訳ございません。
お嬢様はこちらでお待ち下さい。

【先ほどの女性の声】
ご来館の皆様、お待たせしました。
ここにいる人造メイドが、
恐ろしき怪人と勝負します――
【猟奇人Ωオメガ
それでは、こちらへ――

【猟奇人Ωオメガ
会長はを見たいと仰ります。
審神者さにわ、召喚師、ホムンクルス、
それに怪人はを扱う――
それらの者以外はが見えない。
それをなんとか見られないか――
実は当館に一人の怪人がいます。
防疫ぼうえき研究所から脱走した被験者です。
何故かそれをけられました――
倶楽部くらぶ会員には憲兵もおります。
そこは抜かりなく手を回して
逃げた被験者を捕獲したのです。
これよりホールにて、
ホムンクルス対怪人の戦いが、
まさに実演されるのです。
賓客ひんきゃくの中にはが見える者が、
一人くらいはいるかも知れない――
会長はそれを期待されているのです。
猟奇人は普通の人間にはない感覚を、
そなえるかも知れませんから。
実は会長は猟奇人ではないのです――
それでは参りましょうか――

お、お前!
何故ここにいる?
戦う相手はホールだ!
【被験者チ】
うるせぇ!
相手は俺が決めるんだ!

全身に怒りをたぎらせる男は、猟奇人Ωオメガを物凄い力で突き飛ばした。

【被験者チ】
へへへへ、
俺はな、自由を得たんだ!

《バトル》

【被験者チ】
ヘヘヘ――
やっと……自由に……なれる……
【聞き憶えのある声】
喪神もがみ風魔ふうま
まさか、貴様もこの会合に?
鬼龍きりゅう豪人たけと
ふん……
審神者さにわと召喚師とが招待受けた、
そういうことなんだな。
怪人を戦わせて、客の中に、
の見える者がいるか調べる……
主宰者しゅさいしゃ魂胆こんたんはそんなところだろう。
要は客そのものが実験材料、
その中に俺達も含まれているのか――
あまりいい気分じゃないな……
探られているようだ。
月詠つくよみ麗華れいか
豪人たけとさま!
豪人たけとさまもおいでになって
いたのですね!
鬼龍きりゅう豪人たけと
麗華れいか! お前も呼ばれたのか?
――連中、一体何を知っている?
月詠つくよみ麗華れいか
豪人たけとさまにも招待状が?
鬼龍きりゅう豪人たけと
もう充分だ、風魔。
麗華、ここに長居は無用だ、
あの男に車を用意させる。
このやかたからは勝手に出られない。
どこもかぎがかかっていてね。
風魔、お前も帰るむね伝えるんだ。
この件、一度、事情を調査する。
その時は貴様も協力するんだ。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

来た時と同じように、風魔ふうまは目隠しをされ、黒服の男の運転する車で市ヶ谷見附まで戻った。市ヶ谷見附から公務電車で本部へ帰還した。

九頭くず幸則ゆきのり
何だ、早かったじゃないか!
それで、どんなだ、猟奇倶楽部くらぶ
おかしな連中の巣窟そうくつか?
ああ、梨央りおちゃんは風邪みたいだ。
家に送って今戻ったところだよ。
千本屋せんぼんやに行って水菓子でも調達する。
熱にはアレが一番だろ?
帆村ほむら魯公ろこう
先ほど、歩三ほさん玄理げんり派の常田つねだ大佐から
電話があってな――
報告書を上げるので、
お前にも目を通して欲しいと。
いつになく殊勝しゅしょうな様子だったな。
もう今日は切り上げて、
梨央の面倒でも見てやれ。

第四章 第九話 浅草の昇龍

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
この間、浅草あさくさで起きたという、
集団ヒステリーのことだが、
新聞に専門家の寄稿きこうがあったな。
大連ダイレン医科大学の神経の先生だ。
場所が浅草あさくさ伝法院でんぼういんなら、
充分に集団ヒステリーはあり得ると。
喪神もがみ梨央りお
私も読みました。
場所にたくわえられた記憶が作用して、
とか、そんな話でした。
土地の記憶のことは残留思念と、
そう書いてありました。
土地に思念が残留するのですか?
帆村ほむら魯公ろこう
読んで字のごとしだな。
伝法院でんぼういんの金龍伝説はつとに有名、
多くの参拝客も知っておる――
それらの者の思念がただよい出て、
伝法院でんぼういんの辺りに貯まる――
満月の夜になると――
喪神もがみ梨央りお
隊長、今夜は満月です!
またなにか現れるかも知れません。
怪人が出ないとも――
帆村ほむら魯公ろこう
念のためだ、風魔ふうま
浅草、伝法院でんぼういん巡視パトロールを頼む。

浅草寺雷門せんそうじらいもん

【着信 喪神もがみ梨央りお
浅草界隈かいわい、人出が多く、
公務電車は一旦柳橋やなぎばしまで回送、
そこで留置しておきます。

吾妻橋あづまばしの旦那】
君! 君も興亜日報こうあにっぽうを読んだ組か?
満月に龍が昇るとかじゃないか。
今夜がまさに満月!
吾妻橋あづまばしの奥さん】
集団ヒステリーってありましたよ。
なんだか怖いですわ。
吾妻橋あづまばしの旦那】
なぁに、心配いらんさ。
皆に見えればそれが事実だ、
たとえヒステリーでもな!

【三高女い組の女学生】
父上はせと申されました、
今日、
伝法院でんぼういんに来るのを。
でも、抑えきれなかったんです!
先週、隣のクラス、狐狗狸こっくりさんで
集団ヒステリーになったんです。
泡吹いて倒れる子も出たんですよ。
ちょっと怖いです……
でも、好奇心には逆らえない、
とう言うじゃありませんこと?
狐狗狸こっくりさんが示したのは、
智子さとこさんの死んだお姉さんのこと……
教室の入り口にまで来てるって!

【着信 帆村ほむら魯公ろこう
今のところセヒラはないようだ。
――それにしても、
充分におかしなのがつどってるな!
そのまま仲見世なかみせを進んでくれ。

浅草寺仲見世せんそうじなかみせ

浅草寺せんそうじ表参道に立ち並ぶ仲見世なかみせは、東京で最も古い商店街だ。のきを連ねる商店は関東大震災から復興し和風のたたずまいを残しつつコンクリート製となり通りはかつて以上のにぎわいを見せている。

田原町たわらちょう若女将わかおかみ
先月でしたね、満月の夜、
金龍が天高く昇ったとか――
そのうわさで持ちきりです。
谷中やなかの婦人】
でも、見た人いるんでしょうか?
伝法院でんぼういんの池に、まさか龍がむとは、
思えませんし。
田原町たわらちょう若女将わかおかみ
それが日が経つにつれ、
増えてくるんですよ、見た人。
二度見たという人まで現れて。
谷中やなかの婦人】
そういう気になってるだけよ。
だから集団ヒステリーなんて、
妙な扱いになるのよ!
田原町たわらちょう若女将わかおかみ
ヒステリーが伝染うつると、
見えるのでしょうか、金龍が。

【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
フーマもここへ?
満月の夜に龍が昇る――
そして今夜は満月です。
新聞の記事、分局でも話題です。
一応、何が起きるか確認するために、
私、ここに来ました――
フーマが邪魔でなければ、
一緒に池を見に行きましょう!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、現在の接触、
アーネンエルベのユ……
隊長から同行の許可降りています。
注意して向かってください。
【ユリア・クラウフマン】
この通りは日本の伝統を、
今に伝えるものばかりですね――
仲見世なかみせに売られているものすべてが、
ユリアにとっては新鮮に映るようだ。
何かを見つけるたびに、店先へと歩み寄る。
【ユリア・クラウフマン】
あっ! フーマ!
変わったマスクが売っていますよ!

ユリアはお面売り場を指差して言う。そこには能面や人気漫画天草あまくさ仮面の面など、さまざまな面が売られていた。

【ユリア・クラウフマン】
いろんな……仮面マスクが……
あるのですね……

2人は浅草寺境内せんそうじけいだいへと踏み入れた――

浅草寺境内せんそうじけいだい

【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
あれは……何ですか?
あので何かを燃やしています――
もしかすると、あの煙、
何か意味がありますか?
宗教的な意味が――
キリスト教の教会でも、
ミサの時には香炉こうろを使います。
浅草寺せんそうじの僧侶】
献香けんこうというものですな。
香をいて敬意を表するのです――
日本では香は、
むしろその煙によって
厄除やくよけとすることが多いですね。
参拝の前に心身をきよめる、
それが大香炉だいこうろの煙なのです。
【ユリア・クラウフマン】
火や煙に神秘的な力を見て取る、
そういうところは同じですね。
日本では満月にも、
やはり神秘的な力がそなわると、
信じられているのでしょうか?
浅草寺せんそうじの僧侶】
満月ですか――
それはまたどうして?
【ユリア・クラウフマン】
満月の夜に金の龍が昇る、
多くの人がそう信じているならです。
浅草寺せんそうじの僧侶】
最近、にわかやかましいですな。
なるほど、金龍の伝説、
ここ伝法院でんぼういんにあります。
金色の龍が空から舞い降り、
ご本尊の聖観音しょうかんのん様を守護した、
その言い伝えがあります。
千三百年も前から、
伝わるのです――
それだけ長い間、
人々に受け継がれてきたのです。
【ユリア・クラウフマン】
千三百年……
ドイツではフランク王国の頃、
カロリング朝時代ですね――
浅草寺せんそうじの僧侶】
あくまで言い伝えです。
実際に龍を見た人はいません。
それなのに、ここにきて急に……
【ユリア・クラウフマン】
多くの人が龍を見たという……
そういうことですね。
伝説のこと、ありがとうございます。

浅草寺境内せんそうじけいだい

【ユリア・クラウフマン】
フーマ、とても神秘的な感じです。
心が洗われるようです。
フーマ、先ほどの龍のこと、
やはり気になります。
言い伝えは多くが知るものです――
ドイツにもニーベルングの指環ゆびわで、
主人公のジークフリートは、
巨大なドラゴンと戦います。
そのドラゴンは、
ファフニールと呼ばれています。
元は北欧神話のドラゴンでした。
世界のいろんな場所に、
龍の神話や伝説はあるのですね。
蔵前くらまえの少年】
異人の姉さん、
今、龍がどうのって、
言わなかった?
俺、天に昇る龍、見たんだ!
嘘じゃないさ、本当に見たんだ!
【ユリア・クラウフマン】
信じてもいいのでしょうか?
今、判断するのは危険ですね――
そんな気がします。

浅草寺仲見世せんそうじなかみせ

すっかり夜のとばりが下りた。空には大きな月が上ったばかりであった。

【ユリア・クラウフマン】
まだ何も起きていないようですね。
とても静かです――
夜の浅草あさくさも、素敵ですね!
池の様子、見に行きましょうか?

浅草寺境内せんそうじけいだい

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
先程から境内けいだいで弱いセヒラを観測。
強まる気配はなさそうですが……
龍の噂を信じて、
人が集まっているようですね。
浅草寺せんそうじの僧侶】
今宵こよいは満月……
巷間こうかんには良からぬうわさが、
広まっているようですな。

淡路町あわじちょうの男性】
おい! 今日はお得意との会食を、
延期にしてまで来たんだ!
さぁ、龍はどこだ?

御徒町おかちまちの男性】
私がここに来るのは内緒です。
でも会社で話題になってましたよ、
こっそり来てる同僚がいるかも。

両国りょうごくの婆さん】
うちの爺さんがね、
見た見たって言い張るのよ。
見なきゃ、悔しいじゃない!

言問橋ことといばしの女】
姉にはちっともロマンがないのよ。
この話、まったく信じちゃいない。
ヒステリーって馬鹿にするの!

岩本町いわもとちょうの男】
同僚はね、京都で龍を見たそうだ。
祇園白河ぎおんしらかわ悠々ゆうゆうと泳ぐんだって!
僕だって負けちゃいないさ!!

【ユリア・クラウフマン】
人々の気が立ってきています。
少し危険な様子です、フーマ。
碑文谷ひもんやの男】
ウハハハハ~
俺は見たぞ、天に昇る金龍をな!
それも何千という数だ!!
空一面を金龍が埋め尽くし、
まさに明星みょうじょうの輝きだ、明星ルシファー降臨だ!!
大いなる堕天使がやってくる~
浅草寺せんそうじの僧侶】
し、しずまりなさい!
【ユリア・クラウフマン】
あの人は何かにかれています!
池に向かったようです、
フーマ、後を追いましょう!

伝法院池でんぼういんいけ

碑文谷ひもんやの男】
空の暗示が新たなる天地あまつち
創造を予言するのだ!!

《バトル》

碑文谷ひもんやの男】
俺は……生まれ変わる……
明星ルシファーの導きにより……
うぐぁ!

満月の夜――
伝法院でんぼういんの池端には多くの人がいた。
皆、昇龍の噂を聞いてやって来たのである。
風のない夜、池の水面には波一つなく、龍の昇るのを今や遅しと待ち構える、見物人たちの息遣いさえ聞こえそうであった。

馬喰町ばくろちょうの男】
どうしたんだ!
なにも起きやしないじゃないか。

本郷ほんごうの老人】
なんだ、なんだ、
やっぱりデマだったのか!
つまらないことになったもんだ。

須田町すだちょうの女】
ええ?
何も現れないんですか?
そんな……

蔵前くらまえの少年】
あはは、人が沢山だね!
みんな、待ってるんだよ――
【ユリア・クラウフマン】
あなた!
さっき、龍の話した子ね!
蔵前くらまえの少年】
ああ、そうだよ!
金の龍さ! 天に昇る金の龍だよ! 
ここで遊んでいるうちに、
人に言わなきゃってなったんだ。
金の龍のことだよ!
【ユリア・クラウフマン】
じゃ、見たわけではないのね。
あなたは嘘をついたのね?
蔵前くらまえの少年】
知らないよ!
言わなきゃってなったんだ、
まるで教えられたみたいにね。
【ユリア・クラウフマン】
自分を見失っちゃだめよ!
蔵前くらまえの少年】
俺に指図さしずするな!
見たか見ないかなんて関係ない、
言うか言わないかだ!!
一回話したら、みんなも、見たって、
同じこと言うじゃないか!
それでいいんだろ、広がれば!
須田町すだちょうの女】
だまされたみたいでしゃくだわ!
そもそも龍だなんて!
こんなの、いやですわ!
馬喰町ばくろうちょうの男】
なんとくだらない法螺ほら話だ!
ぜんたい、信じるほうがおかしい。
ああ、帰ろ、帰ろ、馬鹿馬鹿しい!
【ユリア・クラウフマン】
嘘とまことはいつも背中合わせです。
この子を責めてはいけません――
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
強烈なセヒラ反応を検知!
一体何が起きているのですか?
蔵前くらまえの少年】
何だよ、おい!
誰かがやって来たよ……
――嫌だ、嫌だぁぁぁ~

蔵前くらまえの少年】
はぁはぁはぁ、
人のこと、嘘つき呼ばわりして、
もうどうにでもなれ!!
ぎゃぁぁぁぁぁ~
――頭が……割れるようだぁぁぁ~
【ユリア・クラウフマン】
落ち着くのよ、
私たちを見て!

《バトル》

蔵前くらまえの少年】
ふぅふぅふぅ……
――どうしちまったんだ、俺は?
何か、寒いよ、寒くなった……
【ユリア・クラウフマン】
あの子はこの場所で遊ぶうちに、
この場所にあるものに影響受け、
龍が見えると考えるように――
そんな自分を認めるために、
誰かに話したんですね。
するといつの間にかその話が、
ひとり歩きして、多くに広まった――
それにしてもルシファーを語った人、
あの人はかなり深く影響され、
妄想の中にはまったようですね――
自分の妄想にはまり込む――
これまで考えなかった事象です。
ちょっと考えたいこと、できました。
フーマ、今日は有難うございました。
ここでお別れしますが……
またお逢いしましょう!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
辺りのセヒラ、収まりました。
先ほど、特異点に似た波形が……
でも今は影も形もありません。
本部へ帰還してください。
これにて公務は終了です。

第四章 第十話 自潤会アパートの怪人

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

震災からの復興により明治時代のよそおいを新たにしつつある帝都・大東京市だいとうきょうし
西洋式にリビングやダイニングをそなえた、アパートメントはその代表格である。そこにある近代生活モダンライフは東京市民のあこがれである。そんな近代生活の象徴でさえ、怪人騒動とは無関係でいられなかった。

九頭くず幸則ゆきのり
麻布あざぶ連隊司令区に用があってな、
その後、渋谷に向かって、
歩いていたんだ――
喪神もがみ梨央りお
そしたら、怪人に襲われた、
そうなんでしょ、中尉?
――それでお怪我けがは……
九頭くず幸則ゆきのり
ああ、いきなりな!
はたして怪人なんだか……
小難しいこと、叫んでたよ。
アナーキストのようでもあった。
でも怪人だよな、きっと。
自潤会じじゅんかいアパートメントの近くだ。
喪神もがみ梨央りお
自潤会じじゅんかいアパートなんですか?
あそこって、芸術家や作家とか、
先進の生活する人ばっかりでしょ?
九頭くず幸則ゆきのり
先進ねぇ……
それも過ぎると、落ち着かないよ。
新山眞にいやままこと
先取せんしゅの精神を発揮せよ!
それが帝国陸軍なのでは?
先進のもお得意でしょう。

のっそりと姿を見せたのは、新山眞にいやままことである。飯倉いいくら技研の軍属にしてセヒラ研究の一人者。ほぼ山王さんのう機関に入りびたっていると言ってよい。

九頭くず幸則ゆきのり
そういう新山にいやまさんは、
もうすっかり山王さんのうの一員ですね。
新山眞にいやままこと
うほん、えーっとですね……
――中尉が襲われた付近ですが、
奇妙な波形を観測します。
喪神もがみ梨央りお
奇妙な波形ですか――
モダンアパートメントに現る怪人、
はたして如何いかなる存在であるか!?
九頭くず幸則ゆきのり
自潤会じじゅんかいにはプロレタリアートや、
アナーキストの連中も巣食うらしい。
それじゃ怪人の巣窟そうくつなのか?
新山眞にいやままこと
何だか気になりますね――
どうでしょうか、
私も、同行しましょうか。
今、出ている波形、
少し気になるのです。
もう少しくわしく調べるためにも、
きちんとした値を取っておきたくて。
九頭くず幸則ゆきのり
だったら、俺も一緒にいく!
怪人のいた場所、案内するよ――
イテテテテ~
喪神もがみ梨央りお
幸則さんはじっとしていてください。
かえって足手纏あしでまといになりますよ!
九頭くず幸則ゆきのり
クゥゥ~
俺は怪人にやられっぱなしだな!

青山街路あおやまがいろ

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
新山にいやまさんの……
には……充分……ちゅ……
……てくださ………
も……し……ま……すか?
新山眞にいやままこと
通信状況が良くありません。
もしや、おかしな波形と、
関係しているかも知れませんね。
携行式けいこうしき探信儀たんしんぎは問題ないようです。
本部の誘導はありませんが、
なんとか切り抜けましょう!

【穏健派M】
我が文民社ぶんみんしゃの活動も第三期です。
帝大の連中とはたもとを分かち、
今、新文民社しんぶんみんしゃ旗揚はたあげです!
葛木かつらぎ素朴そぼく先生の遺志いしを正しく
継承するのは我々の方です。
帝大の連中はまだ青いんです。

【急進派S】
新文民社しんぶんみんしゃはこの近所だろ!
韮山にらやま儀礼ぎらいなる人物が勝手に新派を!
だんじて許せない!
帝大生もまだゆるいのだ!
アナーキストはもっと激しく、
国家と戦うべきなだ!

【急進派H】
秋毫ノ異しゅうごうのいの最新号読んだけどさ、
話せば分かる派を作るだって?
それが新文民社しんぶんみんしゃだって?
話してもダメだからアナーキズム、
それがあるんでしょ?
兄はね、赤門あかもん出版会の長老なの――
新山眞にいやままこと
喪神もがみさん、私の探信儀たんしんぎ
反応しています――
この人、もしかすると……
【急進派H】
帝大法科の八年生!
ねぇ、何年大学行ってるの!
家のことみんなアタシがやるのよ!!

【急進派H】
――アタシが言いたいのはね、
生ぬるいことはダメってことよ!
あんたたちもわかってんの?
新山眞にいやままこと
ふむふむ……まだそれほど、
深い憑依ひょういは見られないようです。
廓清かくせいは容易かと。
【急進派H】
話せば分かる派だなんて、
ふざけないでよ!
話したって分かりゃしない!!

《バトル》

【急進派H】
何をムシャクシャしていたのかしら?
それがわからないと――
すごくムシャクシャするわね!!
新山眞にいやままこと
流石ですね、
いくら憑依ひょういが浅いとはいえ、
綺麗に廓清かくせいなりましたね!
自潤会じじゅんかいアパートもすぐ近くです。
例の波形、はっきりしてきましたよ。

自潤会渋谷じじゅんかいしぶやアパート〕

自潤会じじゅんかい――
震災復興の旗印はたじるしとして内務省により設立された財団法人だ。
鶯谷うぐいすだに江戸川えどがわ三ノ輪みのわ柳島やなぎしま――
自潤会じじゅんかい千軒長屋せんげんながややトンネル長屋の風景を、モダンアパートによって塗り替えていった。このモダンアパートの前にも怪人は現れ、まさに第三連隊第99小隊の召喚師が、鎮定ちんていに当たろうとしていた。

【急進派F】
話せば分かる穏健派。
そんなものはいらない!
真のアナーキストはもっと鋭い!
鋭角のトンガリ、新進気鋭しんしんきえいの先、
俺はそういう気概きがいが好きなんだ!
一五市にのまえごいち
去れ! 目障めざわりだ!
貴様は家で行水ぎょうすいでもしてろ!!
新山眞にいやままこと
第三連隊、第九九小隊――
召喚師部隊の将校か?
一五市にのまえごいち
貴様は、喪神もがみ風魔ふうまか!
この界隈かいわいの治安維持、
我が第三連隊にまかされている。
新山眞にいやままこと
このおよんで縄張り争いですか?
してください、セヒラの異常、
継続して検知しているのですよ!
早く対処しなければ、
大勢の怪人化を招く恐れもあります。
少尉、ご理解ください!
一五市にのまえごいち
ふん、軍属ではないか、お前は?
飯倉いいくらで機械いじりでもすればよい。
新山眞にいやままこと
少尉!
依然いぜん、異常事態なのです――
……この波形……近いぞ!!
一五市にのまえごいち
一体、どういうことだ?

【仮面の男】
フフフ……
一五市にのまえごいち
新手あらてか?
まさか貴様ら歩一ほいちの……
新山眞にいやままこと
喪神さん、かなり危険です――
撤退てったいしましょう!
【仮面の男】
ウハハハハハハ!
この街に憎しみの花を咲かせよう!
一五市にのまえごいち
う、うわあああああ!
【仮面の男】
色とりどりの花だ!
百花繚乱ひゃっかりょうらんの憎悪だ!!
新山眞にいやままこと
仮面の……
この人物は、一体……
【仮面の男】
たおれた者よ、
再び憎しみの力を得て、
立ち上がるのだ!!

【仮面の男】
ハッハッハッハッハ~
新山眞にいやままこと
さらなるセヒラを検知!
倒れた怪人が復活します!!

新山にいやまが叫ぶやいなや、一五市にのまえごいちの倒した怪人が、まるで戦いなどなかったかのように、相次あいついで起き上がった!

【急進派M】
文民社ぶんみんしゃたもとを分かち、
新文民社しんぶんみんしゃを立ち上げた韮山にらやま儀礼ぎらいは、
あるすじから金をもらっているんだ――
おそらくは内務省のとある機関だ。
アナーキズム運動を金でつぶす、
それが奴らの手口なんだ。
韮山にらやま儀礼ぎらいは裏切り者だ!
私がこの手で始末する。
――その前に、お前だな!
新山眞にいやままこと
喪神さん、この怪人は、
強い怒りに支配されています。
憑依ひょういも深い、気を付けてください!
【急進派M】
これより、
不満分子を粛清しゅくせいする!!

《バトル》

【急進派M】
くそっ!
まだやるべきことは山積さんせきしている!!

【急進派W】
分民社ぶんみんしゃ運動の創始者、
葛木かつらぎ素朴そぼく先生はな、
病死なんかじゃないんだ――
先生は憲兵隊になぶり殺しになった!
そうだよ、何日にも渡る拷問ごうもんでな。
私は先生の苦悩を味わったんだ。
時を越え、場所を超え、
素朴そぼく先生の苦悩が私に届いた!
お前らは先生の宿敵しゅくてき!!

《バトル》

【急進派W】
あああ、先生……
私の苦悩など、まだ小さい!
新山眞にいやままこと
あの仮面の男が、
倒れた怪人に再び力を与え――
いや、より強くさえしました!
仮面の男、何者でしょうか?
先程から観測していた奇妙な波形、
あの仮面の男が発しているようです。
仮面の男の去った今、
もう同じ波形は観測しません――
私にはまるで、あの仮面の男、
セヒラそのものにさえ思えます。
まるで歩くセヒラ……
ああ、いえ、すみません、
一人でいろいろ言い立ててしまって。
ちょっと興奮しています!
早速、戻って値を調べます。
いくつか思いつきもあって、
忘れないうちにですね――
これは!
一体、どういうことですか?
一五市にのまえごいち
喪神もがみ風魔ふうま
この失態しったい、どう釈明しゃくめいする気だ?
さぁ、公務電車とやらを、
歩三ほさん本部まで回してもらおう。
我が隊より伍長ごちょう二名が同乗する。
新山眞にいやままこと
何をするおつもりですかな?
こんな勝手が許されるとでも――
これは場合によっては、
擅権せんけんの罪ではないですかな?
上官の命令なく争うのは大罪です。
軍法会議を覚悟されたほうがよい。

第三連隊だいさんれんたい前庭まえにわ

一五市にのまえごいち
喪神もがみ風魔ふうま
貴様があの仮面の男を呼んだのか?
新山眞にいやままこと
私たちは、ただセヒラの波形を
調べるために、あの場所で――
一五市にのまえごいち
セヒラなど我々も計っている。
あのような不可解な事態の、
説明を求めているのだ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
少尉!
これはどういうことだ?
貴様、何をしている!?
一五市にのまえごいち
隊長!
山王さんのう機関の連中が、
我々の管轄かんかつを断りもなく――
うぐっ!!
鬼龍きりゅう豪人たけと
貴様!
命令無く勝手に行動を起こすなど、
これは擅権せんけんの大罪だ!
――失礼した。
部下が敵愾心てきがいしんつのらせたばかりに、
誤ったことを――
事態、胸三寸むねさんずんに収めてくれないか。
――それとも公式な謝罪が必要か?
新山眞にいやままこと
随分と殊勝しゅしょうですね、鬼龍きりゅうさん。
如月きさらぎ鈴代すずよさんを拉致らちして、
錬金術を真似まね禍々まがまがしい、
新宗教の儀式を執り行った人だ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
あなたは……
確か飯倉いいくら技研の……
セヒラに携わる技手ぎて――
新山眞にいやままこと
飯倉いいくら技研の新山にいやまです。
鬼龍きりゅう豪人たけと
覚えておこう、新山にいやま氏。
それにしても――
私は軍属にまで指図を受けるのか?
新山眞にいやままこと
大尉に指図など――
そのようなつもりはありません。
鬼龍きりゅう豪人たけと
私の謝罪は済んだはずだ。
さらに求めないなら、
もうお引き取り願おうか。
新山眞にいやままこと
喪神さん、参りましょう。
ここに長居は無用です。
それに私はちょっと疲れました――

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
玄理げんり派め、これは明らかに越権えっけんだ。
少尉の擅権せんけん罪も揺るぎないな!
喪神もがみ梨央りお
無事に解放してもらって、
大事にならずに済みましたね。
九頭くず幸則ゆきのり
新山にいやまさんはどうしたんだ?
喪神もがみ梨央りお
なんかお疲れのようでした。
今は記録室においでかと――
帆村ほむら魯公ろこう
仮面の男か……
いやはや、その動機、はかれないな。
何のために姿を見せたのか……
九頭くず幸則ゆきのり
そいつも帥先そっせんヤの一人なんじゃ?
あっちこっちでそそのかしてまわって、
混乱を広げているやからではないですか?
帆村ほむら虹人こうじん
新山にいやま技師が波形を解析すると、
仮面の男のことも、
少しはわかるんじゃないかな?
帆村ほむら魯公ろこう
仮面の男の調査、
虹人こうじん、やってみるか?
帆村ほむら虹人こうじん
いいですよ、やってみましょう。
喪神もがみ梨央りお
日本橋にほんばし興亜百貨店こうあひゃっかてんに行くはずが、
新山さんのお手伝いしなきゃ……
九頭くず幸則ゆきのり
まぁ、今度、噂のお子様洋食ランチでも、
馳走ちそうしてあげるよ!
喪神もがみ梨央りお
それは楽しみであります、
歩兵第一連隊不明小隊、
九頭くず幸則ゆきのり中尉殿!

第四章 第十一話 帝大サマナー

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうまや、このところ、
政府を転覆てんぷくさせようとする動きが、
活発になってきた。
連中の中に、くすぶり、たぎる思いが、
これまた怪人を生み出すこともある。
――つまりは怪人予備軍だな。
セヒラに狙われるのは、
何もしき心ばかりじゃない。
強く心を奪われるようなことも――
喪神もがみ梨央りお
それじゃ、感動したりしても、
怪人になってしまうんですか?
日曜の夜とか、活動キネマが引けた後、
六区なんかには、主人公気取りの人、
沢山たくさんいますよ!
そういう人も、
怪人予備軍になるのでしょうか?
帆村ほむら魯公ろこう
それはわからん……
心を常に同じく保てば、
何に触れても大丈夫だろう。
第三連隊の常田つねだ大佐の雅号がごう
松柏しょうはくも、まつひのきのように、
常に緑を保つという意味なんだが……
歩三ほさん、なかでも玄理げんり派の連中に、
そのことが伝わっているとは、
言いがたいなぁ……
喪神もがみ梨央りお
隊長!
セヒラを観測しました!
本郷ほんごう区……
これは……帝大の近辺です。
もう少ししぼり込んでみます。
帆村ほむら魯公ろこう
帝大だと?
生らにも運動好きがおるからな!
それにつた博士も心配だ。
風魔、急ぎ向かってくれ!

帝大ていだいキャンパス〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、帝大キャンパスで、
セヒラ上昇しています。
注意して進んでください。

【文科生T】
最近、キャンパス内が、
いろいろ騒がしい――
この間も特高が入ったって……
そんな噂が飛び交ってるよ。
内偵ないていに違いないよ。

【工科生R】
な、何だ、あなたは……
軍か? 憲兵?
――さては、間諜スパイなのか?

【小声の男】
知ってるか?
文民社ぶんみんしゃの方針についていけないと、
新文民社しんぶんみんしゃおこした奴がいるって。
【聞く男】
穏健派の韮山にらやま儀礼ぎらいのことか?
あれは叩けばほこりが出るって。
いや、小耳にはさんだだけだけどな。
【小声の男】
文民社ぶんみんしゃの学生を中心に、
急進派が勢いづいているらしい。
本郷ほんごう署特高課も内偵ないてい始めるってよ。

【天婦羅学生】
帝大は東洋一を謳いながら、
その実、最近じゃ満洲帝国大学に
抜かれているんですよ、いろいろ。
満洲でやっていく資力さえあれば、
僕もそっちにくら替えするんですが。

【法科生Y】
あなたは……
まさか特高じゃないよな――
【理科生J】
秋毫ノ異しゅうごうのいに記事がってから、
いつも監視の目を感じるんだ。
【法科生Y】
発端ほったん素朴そぼく先生のご遺族の手紙だ。
我等が師たる葛木かつらぎ素朴そぼく先生は、
病死じゃなかったんだ――
【工科講師M】
おおやけには獄中ごくちゅうで病死と、
されていいますけどね!
【文科生W】
東京憲兵隊こうじ町分隊に連行されて、
酷い拷問ごうもんを受けたそうだ。
それも三週間にわたって――
【法科生Y】
二十年前の事実を記事にしたんだ!
秋毫ノ異しゅうごうのいの巻頭特集でね!
――以降、周囲が騒がしくなり……

【法科生Y】
僕達の前進を邪魔する者が、
このキャンパス内を徘徊はいかいする!
フフフ、特高の犬風情に、
好き勝手やられてたまるか!!

《バトル》

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、帝大キャンパス、
依然いぜんセヒラを観測しています――

帝大廊下ていだいろうか

帝大法学3号館の廊下ろうか内には、奇妙な笑い声が響いていた。

【法科生K】
この三号館に文科の連中が来て以来、
ちょくちょく妙なことが起きる。
【文科生A】
今日もそうだ、あの声……
あれは西亜細亜アジア研究室の博士だろう。
地獄の魔獣チェルベロがどうしたこうしたと、
今朝からおかしなことを言い続けだ。
【法科生K】
突然、頓狂とんきょうな声立てて笑い出すし、
吃驚びっくりするんだよな!

廊下ろうかにはなおも奇妙な声が響く。心なしか先程より大きくなっている――

【文科生D】
君! 君は学外の者ですか?
最近、つた教授のもとに出入りが多く、
何かと心配なのです。
何しろ僕達の研究、大東亜だいとうあを超え、
広く西亜細亜にしあじあまでを見通すもので、
貴重な資料も数多いですし。

新田にった
ここに何の用だ?
あんたは……
出入りの業者か? 違うようだな。
ははぁ~ん、つた教授のもとに日参し、
研究を阻害そがいする下級将校だな!
僕の計画にはつた教授の研究が、
不可欠ふかけつだ! 遠く亜剌比亜アラビヤまでを
一つの国家とするのだからな!

新田にった
この根本理念を文民社ぶんみんしゃの連中に
話したが、理解されなかった!
奴等はいかにも偏狭へんきょうだな!
あんたのような下級将校が
彷徨うろつくからちっとも話が進まない!
そうだよ、目障りなんだよ!!

《バトル》

新田にった
ううう……約束の地プロミストランドより……
東の全域を……治める……
大、大、大……
大東洋帝国の建設を……
――うぐゎっ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝大のセヒラ、まだ下がりません!

蔦博士研究室つたはかせけんきゅうしつ

研究室の中に高揚こうようした調子の声が響いていた。

【???】
そうだ、そうだ……
来るぞ、来る、来る――
おーほほほほ~
この感じは……
――ん、どうした?

つた博士】
誰だ!
――ん、君か、山王さんのう機関の……
あと一歩だったのだが……
――いやいや、ちょいとした実験!
試してみようと思ってな。
あの、夢の啓示けいじをな――
君になら話すが――
ゴエティアの解読に疲れて、
普段は飲まない酒を飲んだんじゃ。
さいが実家でもらってきた葡萄酒ワインをな。
そうしたら、前後不覚におちいって、
居間で寝てしもうた――
気付くと、ああ、夢の中でだが、
私は野火くすぶる荒野を彷徨さまよっていた。
天国から追放された罪人のように。
そこへ箴言しんげんのように聞こえてきた、
一節がある――
たける異形の魔獣チェルベロ、
地獄にてさいなみ受くる者に向かい
三つの喉を鳴らしてゆる――
これは……
ダンテの神曲の一節なんだよ。
そしてわかったんだ、悪魔の召喚、
そのすべがな!!
あああ、試したい……
試したい……その誘惑が……
あと一歩だった、そうだ、あと少し!
ん? また私は取り込まれるのか!
今も……見えるぞ! そうだ!
来るぞ、来る!!
あああ、素晴らしい!
この境地に……私は……
至った!

《バトル》

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
キャンパス内からセヒラ反応が、
なくなりました。
つた博士】
はぁはぁはぁ……

つた博士は何が起きたのかを理解しようとつとめている様子であった。

つた博士】
まさに……
我が魂をさぶる体験じゃった!
だが、もうおしまいじゃ。
夢の啓示けいじたちまち失せてしまった。
――力をなくしたようじゃな。
あのような啓示けいじを得る者があると、
悪魔、いやを降ろす者が
新たに出てくるかも知れんな――
うむ……これからも古書の鑑定、
それがゴエティアなら
ひたむきに解読を進めるとしよう。
ゴエティアの解読が続く限りは、
私の身の安全も保たれるだろうて。
ふふふふ……

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

つた博士とのやり取りを確認しながら、帆村ほむら魯公ろこう懸念けねんの表情を浮かべた。

帆村ほむら魯公ろこう
つた博士が夢で得たという啓示けいじだが、
あれは神子柴みこしばも同じ一節を、
語っておった――
喪神もがみ梨央りお
はい。
たける異形の魔獣チェルベロ――
神曲の地獄編、第六曲です。
帆村ほむら魯公ろこう
ゴエティアに精通せいつうした博士だから、
召喚できたのかも知れんが……
神曲の決まった節を唱えて、
が召喚されるとなると、
ちょっと厄介やっかいだな……
喪神もがみ梨央りお
審神者さにわや召喚師以外でも、
召喚できるようになるかも……
そうなんですね?
帆村ほむら魯公ろこう
怪人もを召喚するが、
やがて自滅するさだめにある。
そうではなく召喚できるとなれば……
今のところ、神子柴みこしばつた博士、
これ以外に例がないので、
経過を観察することにしよう。

第四章 第十二話 上野怪獣事件

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
暹羅シャムから象が来た時は大騒ぎだった。
昼間の移動は危険だとかで、省線しょうせん汐留しおどめから上野うえのまで歩かせた――
沿線は黒山くろやまの人だかり――
あんな時に怪人が出なくてよかった。
山王さんのう機関にも警護の打診だしんがあったが、
話を有耶無耶うやむやにしてしまったなぁ……
もう落ち着いただろう。
ひとつ、鈴代すずよ女史じょしを連れ出し、
上野におもむくというのはどうだ?
何でも自宅にこもりっぱなしとか……
あのような目にったから、
仕方ないのかも知れんがな。
喪神もがみ梨央りお
暹羅シャムから来た象、ワンリーです。
日本名は花子に決まったそうです。
大正六年生まれだそうですよ。
一昨年も独逸どいつの動物商から、
キリンやマントヒヒを買っています。
動物園、気晴らしにもってこいです。
兄さん、
鈴代さんを元気づけてあげて!
――まずはお迎えですよ。
鈴代さんの家、電停で言うと、
塩町しおまちの先、大木戸おおきどです。
公務電車で行くの、初めてですね!
帆村ほむら魯公ろこう
しっかり頼むぞ。
女史じょしに教えをうこと、
まだあるやも知れんからな。
梨央りお、公務電車の運行計画は、
どんな感じで組めそうだ?
喪神もがみ梨央りお
大木戸おおきどで鈴代さんを拾います。
それから溜池通ためいけどおり新橋しんばしまでくだり、
一番の線に乗り入れ、上野公園へ。
帆村ほむら魯公ろこう
それでは頼んだぞ。
本部でも観測は続けるからな、
安心してくれ。

上野恩賜公園うえのおんしこうえん

公務電車は四谷よつや区の大木戸おおきどで鈴代を乗せ、再び溜池通ためいけどおりくだり、新橋ッしんばしから上野うえの公園前へ。電停は上野恩賜おんし公園下にあった。

如月きさらぎ鈴代すずよ
広々として、気持ちいいですわ。
まだ本調子とはまいりませんが――
あの夜……青山墓地で……
私、強い霊異りょういを感じました……
でも、私が現すものではなく、
外から来たもののようでした。
帝都中から集まってくるような……
あの巫女みこ黒化ニグレドと言いました。
おそらくそそのかされて自殺した人の、
その死ぬ直前の思念が集まった……
私、寒くて、体を固くしていました。
そうすることで自分を守っていた……
もし私が何かをしたなら、
私のもとに集まった強い思念によって、
おぞましいことが起きたでしょう――
何も出来なかったことで、
あの巫女みこの思惑が実現しなかった――
そんな風に考えています。
私がもし……
――いや、もうしましょう。
せっかく誘っていただいわけですし。
動物園、楽しみですわ!
二人が公園の奥へと進もうとすると、
慌てふためいた人達が向かってきた。
如月きさらぎ鈴代すずよ
どうしたのかしら?
――風魔ふうまさん!
皆さん、様子が変ですわ。
おびえを強く感じます……)

人々は恐怖におののきながらも、口々に叫んでいた――

【着信 喪神もがみ梨央りお
動物園方面でセヒラ上昇です。
せっかくの日なのに……
警戒してください!

【逃げ出す男】
動物園のおりを破っている奴がいる。
物凄い力なんだ、素手で破るんだ!
もう何頭もの猛獣が逃げ出した!
如月きさらぎ鈴代すずよ
おりを破るだなんて……
どうして、そんなことを……

【怯える男】
あろうことか動物園のおりを、
破って回る奴がいるんだ!
それも猛獣のおりばかり破るんだ。
猛獣、こっちにも来るぞ! 逃げろ!

【混乱する女】
く、熊が園内を走ってますの!
大きな黒いのが、なんと二頭も!
腰抜かして動けなくなりましたの!
そのうちいなくなりましたわ――

【叫ぶ男】
虎、ひょう、チーター、みんな逃げた!
どうするんだよ、おい!
ガラガラ蛇ににらまれたって人も……
グズグズしていると襲われるぞ!

上野動物園前うえのどうぶつえんまえ

【混乱する男】
素手でおりを破るなんて。
鉄のおりだよ、考えられないね……
最近流行はやりの怪人ってやつなのか?
鉄のおりがまるであめみたいに、
ぐにゃっと曲がってるんだ!

【叫ぶ少年】
象が逃げたそうだ。
しかも三頭ともだって。
暹羅シャムから来たワンリーも逃げたんだ。
僕は黒豹くろひょうらしいのを見た、
そうだよ、おりの外でだよ!

【慌てる老人】
おっかないのが牙をしにして、
園内を走り回っておったぞ!
わしゃ、必死で逃げた!
命の蝋燭ろうそくが燃え尽きそうじゃわい!
先の旅順リョジュン総攻撃の時より、
こりゃ大変じゃわい!

【叫ぶ少女】
虎に追われている人がいたの!
絶対無理よ、逃げきれないわ。
きっと食べられちゃったのよ!

如月きさらぎ鈴代すずよ
鉄のおりを破るなんて……
風魔ふうまさん、怪人かもしれませんわ!
混乱が広がっている……
そういうのも危険です。
【恐怖のあまり振り切った男】
あのガキはどこだ!
どこ行きやがったんだ?
【捕まった男】
おい、頼む、離してくれ!
俺は関係ないだろ!
如月きさらぎ鈴代すずよ
どうしましたか?
乱暴はしてください!
【恐怖のあまり振り切った男】
うるさい!
俺に指図するな!
こいつを獣様にわせるんだ!
如月きさらぎ鈴代すずよ
どういうことですか?
何をするつもりなんですか?
【恐怖のあまり振り切った男】
獣様が目覚められた!
そうだよ、ここは獣様の支配する地、
今日からそうなったんだ!
こいつを生贄いけにえにすれば、
他の大勢が助かるってもんだ!
獣様には逆らえないんだ!

【恐怖のあまり振り切った男】
獣様のめいそむいてはならん!
俺の中にもあるぞ、恐怖がな!
それは獣の姿をしているんだ!!

《バトル》

【恐怖のあまり振り切った男】
俺の中の……獣……
どこへ……行くんだ……
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ反応、まだ観測します。
――揺らぎが大きくなっています。
引き続き警戒をしてください!

上野動物園うえのどうぶつえん

【飼育員】
ここは危ない!
早く逃げて下さい!
【取り乱した母親】
うちの子、見かけませんでしたか?
はぐれてしまったんです!
如月きさらぎ鈴代すずよ
それは大変!
お子さん、おいくつくらいなんですか?
【取り乱した母親】
尋常じんじょうの三年生です。
あの子、毎日ここでライオンと――
お話するっていうんです!
如月きさらぎ鈴代すずよ
ライオンと、お話を?
そのライオンとは……
【飼育員】
アリ号だと思います。
エチオピアから贈られてきました。
そのアリ号、様子が変なのです――
如月きさらぎ鈴代すずよ
続けてください――
【飼育員】
落ち着きがなく何かにおびえている、
この二三日、ずっとそんな様子です。
また私に牙をきました――
アリ号はおとなしい性格なんです、
人を威嚇いかくするなんて信じられません。
【取り乱した母親】
それじゃ、うちの子が、
ライオンをけしかけたとでも、
そうおっしゃりたいのですか?
【飼育員】
いえいえ!
お子さん、いつもおりの前で、
アリ号を見つめておいででした……
さぁ、安全な場所へ。
園内、虎やひょう徘徊はいかいしています!
急ぎましょう!

そこへ1人の少年がやってきた。少年は透き通った眼をしている。知恵のある者にはない透明さであった――

如月きさらぎ鈴代すずよ
あなたね……
ライオンとお話したというのは。
お母さまがお探しよ。
【ライオン好きの少年】
アリ号は案じているんだ。
自分の事だけじゃないよ、
奥さんのこと、みんなのことさ。
如月きさらぎ鈴代すずよ
エチオピアからつがいで来たのね。
アリとカテリーナ……
平和の大使として贈られたのよね。
【ライオン好きの少年】
お前達の言う平和はいつまで持つ?
本土決戦にでもなれば、我らのこと、
危険動物として処分するだろう!
如月きさらぎ鈴代すずよ
あなた――
もしかして……
【ライオン憑きの少年】
ぬしらの夢は何だ?
我ら、はるか草原の夢を見る。
満天の星空の夢を見る。
お主らは欲にまみれて憎しみ、
いさかい、殺し合う――
我らはその犠牲ぎせいにはならん!
如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん!
瘴気しょうきです、とても強い瘴気しょうきです。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
怪人の反応です。
ただ、普段とは波形が異なります。
如月きさらぎ鈴代すずよ
この子、ライオンにかれています。
きの状態です――
それで怪人化したようです。

《バトル》

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさん!
この子が……
【???】
僕は……
アリ号……ねぇ、どうしちゃったの。
アリ号は、どこ?
如月きさらぎ鈴代すずよ
ねぇ、大丈夫?
お母様がお探しよ。
【???】
――私の……アリを……
夫を……どうにかしたのか?
如月きさらぎ鈴代すずよ
あなた……
もしかして……カテリーナ?
――風魔さん……
二頭目のライオンがいています。
十分、気を付けてください!
【ライオン憑きの少年】
アハハハハ~
私をして廓清かくせいせんとするか?

《バトル》

【ライオン好きの少年】
アリ!
カテリーナ!
――僕を置いて行かないで!
如月きさらぎ鈴代すずよ
大丈夫よ、心配しないで。
アリもカテリーナも、
きっと戻ってくるわ……
この子も無事に廓清かくせいできて、
ライオンたちも大人しくなったはず。
動物園の獣たちを危険動物として、
処分する……そんな事態を、
招かないようにしないと……
ライオンのおそれが少年の心に伝わり、
やがてライオンが少年にいた――
それで少年は怪人になったのです。
私はこの子をお母様のところへ。
もう瘴気しょうきは感じられません。
【着信 喪神もがみ梨央りお
上野うえの一帯でセヒラ反応が消えました。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしは帰還してください。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
いやぁ、大変な騒動であった!
まさかな……ライオンがくとは……
鈴代女史じょしには、
とんだ気晴らしになったものだ!
喪神もがみ梨央りお
逃げたライオンは見つかりました。
他の動物たちも、無事戻りました。
帆村ほむら魯公ろこう
あのライオンはエチオピアの
ハイレ・セラシェー皇帝から
我がくにに贈られたものだ。
平和のつかい……だからこそ、
何かを危惧きぐしておるのかもな。
喪神もがみ梨央りお
動物がそんなふうになるのも、
やはりセヒラのせいでしょうか?
帆村ほむら魯公ろこう
うむ、さもありなん。
いろんなものが影響されよる――
喪神もがみ梨央りお
ライオンきの子供、
うまく探信たんしん出来ませんでした。
鈴代さんがおいででよかった!
お疲れかと思い電話したのですが――
お声には張りが戻っていましたよ!

第四章 第十三話 百貨店の怪

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

日本橋にほんばしに本店を構える興亜百貨店こうあひゃっかてんは東洋一を誇るデパートメントストアだ。その典雅てんがな場所にも怪異はせまりつつあった。

周防すおう彩女あやめ
彩女あやめは小耳に挟んだのです。
マネキン人形さんがしゃべったと、
そう守衛しゅえいさんが話すのを。
喪神もがみ梨央りお
マネキンが、ですか?
しゃべったんですか……
兄さん、どう思います?
興亜こうあ百貨店のマネキン……
この怪談話、気になりますよね。
周防すおう彩女あやめ
あら! 怪談じゃありませんわ!
ニュースですのよ!
デパートメントの怪!
新聞がぎつける前に、
調べる価値、大有りですわ!
喪神もがみ梨央りお
興亜こうあ百貨店、満洲国の皇帝も、
買い物したんですよ!
周防すおう彩女あやめ
それなら尚更なおさらですわ、喪神もがみさん!
是非、調査なさって、
怪異の正体をあばいてくださいな!
喪神もがみ梨央りお
兄さん、巡視パトロールお願いします。
公務電車、夜だし、新橋しんばしまで下り、
日本橋にほんばしまで最短で進めます!
調べた結果、ただの噂だったら、
それはそれでいいじゃないですか。
周防すおう彩女あやめ
彩女もご一緒したいところですが、
何分なにぶん、時間も時間ですし……
興亜百貨店こうあひゃっかてんには守衛しゅえいさんがいます。
守衛しゅえいさんが詳しいかもですわよ。

興亜百貨店前こうあひゃっかてんまえ

【ヨシムラ守衛】
はっ!
自分、守衛しゅえいのヨシムラです。
先月の泥棒騒ぎ以来、夜勤を増員!
現在、二名体制で警備中です。
――同僚のヨネダが言うには、
夜中に人の気配があると……
それは泥棒なんかではなく、
もっとこう、おっかない……
自分、断じて怪談など信じません!

【ヨネダ守衛】
今晩は……
あれ、もう話が伝わりましたか?
いやね、実に妙なんですよ。
催事さいじの準備している階でね、
人もいないのに声がするんです。
今、日劇でかかっている活動キネマ
それにちなんでね、
輝く街、モダン洋装展、
いよいよ、明日から始まるんです。
七階はその準備で大わらわ。
声がするのはそこです――
夜中、見回っているとね、
フロア中に置かれたマネキンから、
人の声がするんです……

興亜百貨店こうあひゃっかてん婦人服ふじんふく売り場〕

静まり返った深夜の百貨店デパート
催事さいじの準備中である売り場には、物言わぬマネキンが無造作むぞうさに置かれている。

【着信 喪神もがみ梨央りお
興亜百貨店こうあひゃっかてんでセヒラ反応です!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
近くに誰かいますか?

【まちこマネキン】
――あなた……私を見ていますか?
違いますよね、マネキンですよね。
私は中に宿やどる者です――
ヒトガタは宿やどりやすいと。
でも、動けないのは辛いです。
できれば、あなたに……宿やどりたい!

《バトル》

【まちこマネキン】
――また漂うのですね。
終わりなき漂流です。
何もない無の世界へ戻るのですね。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、セヒラが消えません!
近くに何かありませんか?

興亜百貨店こうあひゃっかてん倉庫そうこ

周囲に動く影はない。しかし、何者かの気配は確かにあった――

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラが一段と高まりました!
――注意してください!

【やすこマネキン】
ここはどこだ……
女のマネキンの中にいるのか?
こりゃ傑作けっさくだな!
麹町こうじまち署の特高課にしょっぴかれ、
ひどい拷問ごうもんを受けた――
その最中さいちゅうに私は自失した。
暗闇を漂って、気が付くとここに……
お前も当局の人間だろう!
私は絶対に屈しない!!

《バトル》

【やすこマネキン】
離れていく……
あそこには戻りたくない……
嫌だ、嫌だ、い、や、だ――

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
かなり強いセヒラ反応です。
――近くに……何かいます!

美禰子みねこアストラル】
私たちは女ばかり六人で、
望洋館ぼうようかんという下宿に暮らしています。
その中に私を憎む女がいるのです!

《バトル》

美禰子みねこアストラル】
私を憎む女はなおといいます。
――いつか私は殺されるのでは……
ならいっそ、先に殺しましょうか。

【着信 喪神もがみ梨央りお
セヒラ反応、消滅です――
あ、いや、まだ残っています……
ほんのわずかに観測します。

興亜百貨店こうあひゃっかてん呉服ごふく売り場〕

【着信 喪神もがみ梨央りお
セヒラ反応、わずかに残ります――
脅威きょういというほどではありませんが。

【ナオミマネキン】
私が入水じゅすいしてから、
伊豆いず一碧湖いっぺきこで後追いが続いたとか。
私、ちっともそんなつもりじゃ……

【ときこマネキン】
望洋館ぼうようかんって、女ばかり暮らす下宿ね。
会津あいづ栄螺堂さざえどうみたいな建物よ、
今流行の新しい女なんだって!

【なおこマネキン】
これは女のヒトガタか!
けったいな具合じゃな、
このわしが女の体になっておるとは!

【ひろみマネキン】
夜の海を航海するみたいにして、
漂っているとね、ヒトガタは、
灯台のようにこうとして見えるんだ。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
おう、風魔ふうま
どうであったか、興亜百貨店こうあひゃっかてんは。夜のショッピングちゅうのは?
喪神もがみ梨央りお
隊長!
百貨店デパートの売場には、アストラルまで
出たんですよ!
周防すおう彩女あやめ
彩女あやめが余計なことを言ったばかりに、
喪神もがみさんが危ない目にわれ……
帆村ほむら魯公ろこう
いや、これでよかったのだ。
――確かにな、梨央りおの言うとおり、
アストラルの出たのが気になる。
おそらく、マネキン、
つまりはヒトガタの内側にまで、
入り込んできたということだ。
ヒトガタは中ががらん堂だからな、
アストラルには都合がいいのだ――
喪神もがみ梨央りお
なんだかちょっとせつないです。
帆村ほむら魯公ろこう
セヒラで勢いを得た思念が、
帝都満洲を彷徨さまよい、ついに帝都に
こうと輝くヒトガタを見つけたのだ。
周防すおう彩女あやめ
それがしゃべるマネキンさんなのですね。
彷徨さまよって辿たどり着く……
彩女、とてもわかりますわ!
帆村ほむら魯公ろこう
そういう周防すおうさんのこと、
わしもよくわかるよ。