第五章 第一話 狩り・前編

山王機関本部さんのうきかんほんぶ


市民から怪人情報を受け付ける部署が、参謀本部第八分課である。
通称、ハチブン。
今日、そのハチブンにこれまでにはない情報が続々と寄せられていた。
それは怪人が倒されているというものだ――

【喪神梨央】
兄さん、
八分課ハチブンのこと、聞きましたか?
怪人が倒されているって――
一体、どういうことなんでしょうか?
【帆村魯公】
怪人倒されたわけじゃなく、
怪人倒されているんだな?
【喪神梨央】
確かにセヒラは観測されています。
上野うえのの辺りですね――
第六探信儀たんしんぎの様子が変なんですが。
【帆村魯公】
六探は確か小石川こいしかわ伝通院でんつういんだな?
――うまく探信たんしんできないのか?
【喪神梨央】
通信網に繋がらない時があって、
時々、波形が消えるのです。

【九頭幸則】
おはようございます、
歩一の九頭くずです。
【喪神梨央】
八分課ハチブンからしらせがあったんです――
【九頭幸則】
聞いたよ、怪人だろ?
怪人が倒されているって、
六人から通報があったって。
【喪神梨央】
へぇ、幸則ゆきのりさん、
耳が早いんですね!
【九頭幸則】
これでもね、
帝国陸軍将校だ、
先取せんしゅ気質きしつなり~ってね!
【喪神梨央】
六探、どうしましょうか?
【帆村魯公】
梨央りお、今日は九頭中尉もおいでだ、
伝通院でんつういんまで様子を見に行くのは、
どうかな?
【喪神梨央】
大賛成です!
早速、公務電車、手配します!
【九頭幸則】
え? 伝通院でんつういん
それって小石川こいしかわ伝通院でんつういんですか?
【帆村魯公】
伝通院でんつういん境内けいだいに六探があるのだ。
そいつの調子が悪いらしい。
それに八分課ハチブンのこともある。
【九頭幸則】
上野うえの市ヶ谷いちがや日本橋にほんばしでしたね、
怪人が倒されている場所って。
――通報、あったんでしょ?
【帆村魯公】
セヒラは市ヶ谷で観測された。
市ヶ谷なら伝通院でんつういんへの道すがらだ、
段取りもいいだろう。
【喪神梨央】
公務電車、赤坂見附あかさかみつけ四谷見附よつやみつけを経て
市ヶ谷見附いちがやみつけへ向かう経路、
抑えました!

〔市ヶ谷見附〕

【九頭幸則】
倒された怪人なんて、
どこにもいないぞ。
【喪神梨央】
見た人はいませんか?
兄さん、尋ねてみましょうか?
【新宿の客】
暑いなぁ……暑い!
もうふらふらだ……
幻燈会げんとうえの会場出てから、
もう何日も歩き通しだ。
――疲れたよ!
【九頭幸則】
何日も家に帰っていないのか?
【新宿の客】
そういうもんじゃないのか!
ええ、どうなんだ、答えろ!!
【九頭幸則】
おいおい、そう気色けしきばむな。
――それとも……
【喪神梨央】
幸則ゆきのりさん、大丈夫です。
セヒラは増えていません。

【天現寺のモガ】
あら、将校さん?
ねぇ、部隊はどちら?
【九頭幸則】
ええ?
ああ、自分、第一連隊であります!
【天現寺のモガ】
あらまぁ!
素敵ですこと!
たくの兄も職業軍人ですのよ。
兄は関東軍に身を置きますわ。
関東軍哈爾浜ハルピン殺戮さつりく大隊銃剣じゅうけん中隊!
【九頭幸則】
じゅ、銃剣?
――そんな部隊があるのですか?
それに……殺戮さつりくって……
【天現寺のモガ】
オホホホホホ~
おかしいですわ、そのお顔!
【喪神梨央】
大丈夫です――
怪人じゃありません。
【九頭幸則】
どうしたんだ、ここは?
妙な奴らばっかりだ。
【法科生S】
あんたらがうろつくせいで、
当局ににらまれた!
目付きの鋭いのが学内にいる。
きっと特高か憲兵の内偵ないていだ!
あああ、修正が必要だ!
【喪神梨央】
兄さん!
探信儀たんしんぎを!

【法科生S】
修正だ、修正だ、
抜本的ばっぽんてき修正が必要だ!!

《バトル》

【法科生S】
僕は……あきらめない……
……国民を解放するまで……
【九頭幸則】
取り締まりを強化すると、
この連中、地下に潜りそうだな――
風魔、場所を変えてみよう!

〔市ヶ谷街路〕

【九頭幸則】
見ろ、人が倒れてるぞ!
おい、どうした?
怪人にやられたのか?
【息も絶え絶えの男】
……ううう……
よろづ相談で……
行かなきゃ……よかった……
【煙草商の丁稚】
気を付けなよ、
そいつ、怪人だよ!
そこのビルヂングから飛び降りた。
屋上から一気にだよ!
なのに怪我けが一つしていない。
【九頭幸則】
それがどうして倒れてるんだ?
【煙草商の丁稚】
追ってきた奴がいたんだ。
黒い背広の男だよ、
外国語話してた。
その黒い背広のが、
そいつを一瞬で倒したんだ。
【喪神梨央】
兄さん、セヒラ観測しました。
急速に高まっています!
【九頭幸則】
ん? こいつなのか?
――違うのか!
何か混乱するな!
【煙草商の丁稚】
あっ、あいつだ!

【執事型ホムンクルス】
狩りヤークトの態勢……
準備……攻撃アングリフ……開始!
【喪神梨央】
兄さん、気を付けてください!

《バトル》

【執事型ホムンクルス】
エースト……アインス――
ツヴァイト……フィーア――
――アインス、フィーア……
【喪神梨央】
今のは……
何だか独逸ドイツ語の数字みたいでした。
【九頭幸則】
今のが怪人を倒して回ってる?
――どういうことなんだ?
【着信 帆村魯公】
上野でセヒラ観測したぞ。
かなり高い値だ、向かってくれ!
梨央りお探信儀たんしんぎの確認だ、頼む!
【喪神梨央】
承知しました!
私、伝通院でんつういんへ向かいます。
飯田橋いいだばし大曲おおまがり経由です。
兄さんたちは上野へ……
気を付けてくださいね!

〔上野広小路〕

【九頭幸則】
また人が……
やつらも怪人なのか?
珍しく兵が出ているな!
【坂田二等兵】
中尉殿!
歩一第一〇三中隊、
坂田二等兵であります。
上野にて不可思議な怪人騒動のこと、
到着時には既に遅しと――
【林二等兵】
自分、同中隊、
林二等兵であります!
ここに倒れる者らが怪人なのか、
見極めつきかねているところで
あります!
【九頭幸則】
怪人を倒して回る奴がいる、
そういう話だ。見なかったか?
黒い背広の男だ。
【坂田二等兵】
林、もしや先ほどのが……
【林二等兵】
ああ、確かに!
黒い背広の男だったな。
御徒町おかちまちの方に駆けていったぞ!
【坂田二等兵】
電車通でんしゃどおりですれ違ったな!
奴は何者なんだ?

【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
ここで、何がありましたか?

〔上野街路〕

【九頭幸則】
ユリアさん!
まさか貴女あなたが……
ホムンクルスを仕掛けたのですか?
【ユリア・クラウフマン】
クルトが……
クルト・ヘーゲンが狩りヤークトをすると、
ホムンクルスを市内に放ちました!
十体のホムンクルスをです。
全部、執事型です。
【九頭幸則】
狩りって……
怪人を狩ろうっていうんですか?
【ユリア・クラウフマン】
怪人だけではありません。
他の召喚師もそしてフーマたちも……
【九頭幸則】
何の目的で、そんなことを……
【ユリア・クラウフマン】
クルトはこの帝都のセフィラを、
自分一人で扱いたいのです。
他の者がいると弱くなると――
【九頭幸則】
つまりは、セヒラのひとめ?
――それが狙いなんですか?
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ反応です!
【九頭幸則】
おお! 梨央りおちゃん、
今どこなんだい?
伝通院でんつういんに着いたのかい?
【着信 喪神梨央】
はい! 第六探信儀たんしんぎの通信室です。
四探よんたんに接続したら、
強いセヒラ反応を観測しました!

【執事型ホムンクルス】
目標ダスツィル……確認!
……攻撃アングリフ
【ユリア・クラウフマン】
フロイライン!
応戦、お願い!
【メイド型ホムンクルス】
承知ショウチシマシタ……
迎撃アップファン、開始!

迎撃アップファン、終了シマシタ……
セフィラ反応、アリマセン……
【着信 喪神梨央】
ええ? すごい!
ホムンクルスが自分でセヒラを、
観測できるんですね!
【ユリア・クラウフマン】
この子はセフィラを観測できます。
技術は日々進化しています。
【九頭幸則】
そう言えばさっきのホムンクルス、
独逸ドイツ語で数字を伝えようと。
なぁ、梨央ちゃん!
【着信 喪神梨央】
――ええ……
数字のようでした……
【ユリア・クラウフマン】
ホムンクルスは激しいダメージで、
刷り込みアプドロックの解けることがあります。
そんなとき、ひょっとしたら……
【着信 喪神梨央】
記憶の中に仕舞しまんだ
何か大切なことを伝える、
そういうこともあるんですか?
【ユリア・クラウフマン】
五年ほど前、エッセンの研究所で、
似たようなことがありました。
手違てちがいで高電圧を浴びた一体が――
深い領域に記憶させられた言葉を、
やおらしゃべり始めたんです。
所長の妻がのこした言葉でした――
【九頭幸則】
その所長の奥さんは、
亡くなったんですか?
【ユリア・クラウフマン】
ええ、それが起きる半年前に。
長患ながわずらいのすえでした。
奥さんは聖書の一節をのこしたんです。
ホムンクルスはそれを所長ではなく、
所長の娘さんの前でしゃべったんです。
話す相手を選んだようです――
【九頭幸則】
まるで感情を持つみたいだ……
【ユリア・クラウフマン】
そのように見えますが、
ホムンクルスに感情はありません。
【九頭幸則】
――何だか美しい人が、
冷徹れいてつに話すなんて……
ちょっとしびれるなぁ~
【着信 喪神梨央】
気を付けてください!
セヒラ、確認!
反対方向です!

【執事型ホムンクルス】
標的ツィール……
……捕捉エルファスン

《バトル》

【執事型ホムンクルス】
エースト……アインス――
ツヴァイト……ツヴァイ――
――アインス、ツヴァイ……
【ユリア・クラウフマン】
アインス……ツヴァイ……
【九頭幸則】
なんと言ったんですか?
――やはり数字でしたか?
【ユリア・クラウフマン】
一と二です……
一番目、二番目と断っていたので、
連続する一と二ですね。
何の数字でしょうか?
――何かの番号でしょうか……
一と二、覚えておきましょう。
【九頭幸則】
ユリアさん、
狩りに出たホムンクルスは、
全部で十体でしたか?
【ユリア・クラウフマン】
ええ、十体です。
執事型は全部で十八体います。
八体は大使館倉庫で確認しました。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
日本橋興亜こうあ百貨店前でセヒラ確認!
――おそらく麗華れいかさんです!
ホムンクルスを追って、
日本橋に向かったものと思われます。
急ぎ、現地を確認してください。

第五章 第二話 狩り・後編

月詠つくよみ麗華れいかがホムンクルスと戦っている。梨央からのほうを受け、一行は日本橋へ向かう。はたして如何いかなる戦いなのであろうか――

【九頭幸則】
麗華さん、大丈夫かなぁ?
――ぜんたい、どこにいるんだい?

〔興亜百貨店前〕

【ユリア・クラウフマン】
フロイライン、
何か感知しますか?
【メイド型ホムンクルス】
……探信たんしん開始……
【ユリア・クラウフマン】
――フロイライン……
どうしたのでしょうか?
――いつもと挙動が違います。
【九頭幸則】
彼女――
執事型を感知しているんですか?
【本郷の学生】
今、執事って言いましたか?
ねぇ、兵隊さん。
【九頭幸則】
ああ、言ったが――
君、もしや見たのかい?
黒い背広姿の男だぞ。
【本郷の学生】
見るも何も、
すごい勢いで走って行きましたよ!
【九頭幸則】
どっち方向へ行ったんだ?
【本郷の学生】
来たのは銀座方面からです。
僕を突き飛ばしそうになって、
――そこの角を曲がって行きました。
でもね、逃げていたように見えます。
【九頭幸則】
逃げていた?
黒い背広の……執事がか? 
【本郷の学生】
そうです、
確かに逃げていました、
着物姿の若い女性から。
【九頭幸則】
まさか……
麗華さんが、追いかけていた?
そんなことがあるのか?
【メイド型ホムンクルス】
確認ベステーティグン……
捕捉エルファスン
【ユリア・クラウフマン】
フロイライン!
確認できたのね、どこなの?

【執事型ホムンクルス】
……標的ツィール……
捕捉エルファスン……
攻撃、開始スル!
【ユリア・クラウフマン】
フロイライン、応戦お願い!
【メイド型ホムンクルス】
……
【ユリア・クラウフマン】
フロイライン!
――どうかしたの?
【九頭幸則】
様子が変です、壊れでもしましたか?
【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
フロイラインが動きません。
ホムンクルスと戦ってください!

《バトル》

【執事型ホムンクルス】
エースト……
ツヴァイト――
【着信 喪神梨央】
ユリアさん!
記録がありました、さっきの独逸ドイツ語。
アインス、フィーアです。
最初がアインス、次がフィーアです。
【ユリア・クラウフマン】
一と四ですね。
一体目が一と四、二体目が一と二。
二つの数字の組み合わせです。
【九頭幸則】
何のまじないなんだ、いったい?
数字のお遊びか?
【着信 喪神梨央】
興亜百貨店こうあひゃっかてん周辺、
セヒラはすっかり消えました。
少し待機をお願いします――

【月詠麗華】
私、一体は倒したのです!
【九頭幸則】
麗華れいかさん!
大丈夫なんですか?
――ホムと戦っただなんて……
【月詠麗華】
そうですの!
最初、山王さんのうでした――
梨央りおさんに止められたんですの。
【九頭幸則】
ええ、梨央ちゃんが?
伝通院でんつういんから戻った時だな、きっと。
【月詠麗華】
お出かけだったみたいです。
私、その時は戦いませんでした。
――でも……
【九頭幸則】
追いかけてきたんですか、
日本橋まで?
【月詠麗華】
同じ黒い服の人が二人、
三宅坂みやけざかの方から降りてきて、
やってきた市電に乗ったんです。
【ユリア・クラウフマン】
ヘーゲンの放ったホムンクルスです。
【九頭幸則】
ホムも市電に乗るんですね!
――麗華さん、それで日本橋へ?
ここで戦ったんですか?
【月詠麗華】
私は戦うということと無縁でした。
まさか自分が、こんなにできるなんて
嘘みたいです!
私、戦うとはもっとがむしゃらな
ものかと思っておりました。
むしろまされるのですね――
【九頭幸則】
なるほど……麗華さんは戦うことが、
お好きなんですね?
――そうお見受けしますが。
【月詠麗華】
いけませんかしら?
兵隊さんが鉄砲や大砲で戦う、
私は神様を降ろして戦うのです。
でも、私は我流にすぎない、
そう考えると躊躇ちゅうちょしてしまいます。
このまま続けていいのかと――
【ユリア・クラウフマン】
東京のセフィラ、とても強いです。
レイカさんのように感受性が鋭いと、
召喚できたりするのですね!
我が国でも部屋カンマーと呼ばれる場所で
セフィラを管理しています――
我が国のセフィラは不安定なのです。
部屋カンマー付きの研究者もいますが……
成果を出せていません。
【九頭幸則】
帝都のセヒラを観測したのが
ユンカー博士ですね?
【ユリア・クラウフマン】
はい、博士はすぐさまセフィラと同定
したのです。ナチ党本部へ至急電を。
――ヒムラー長官にててです。
ヒムラー長官の動きは迅速じんそくでした。
アーネンエルベ構想を実現に移す、
絶好ぜっこうのチャンスだと考えたのです。
博士の報告を知り、ここでなら
私の研究も前進すると考え、
東京行きを志願しがんしたのです。
私、皆さんと、
いろいろ情報を交換したいのです。
ホムンクルスが人間の兵士に
取って代わる日がきっと来ます。
これはアーリア人の叡智えいちなのです――
【月詠麗華】
独逸ドイツの人のお話によく出てくる、
アーリア人って何ですの?
【ユリア・クラウフマン】
優生ゆうせい民族のひとつとされています。
太古たいこの昔は、超能力のような異能いのう
備えたと信じられています。
【着信 喪神梨央】
その力を取り戻すために、
兄さんに近づいたりするんですか?
【ユリア・クラウフマン】
フーマの黒いひとみ
とても素敵じゃありませんか?
【着信 喪神梨央】
それじゃ答になっていません!
あっ!
セヒラ急上昇です!
これは……退避してください!!
【九頭幸則】
梨央ちゃん、ただならぬ様子だな!
麗華さん、ユリアさん、風魔ふうま
ここを退くぞ!!

【月詠麗華】
まだいたのですね!
私がやっつけます!!
【九頭幸則】
麗華さん、したほうがいい!!
なぁ、梨央ちゃん、確認できるか?
【着信 喪神梨央】
セヒラの波形が異常です――
これまで見たことのない形!
急速に値も高くなっています!
【ユリア・クラウフマン】
ここを離れましょう、フーマ!
クズさんも、急いで!
フロイラインも、早く!!

〔時空の狭間〕

【クルト・ヘーゲンアストラル】
この忌々いまいましい小国に、
何故このようにセフィラが湧くのか!
古臭ふるくさい迷信や呪術に頼っていても、
充分に召喚し、戦えている――
このセフィラをなんとか、
本国にまで届けられないか――

怪人を倒した瞬間に、
セフィラが放たれる。
それをホムンクルスに吸着さす。
ホムンクルスの香腺こうせんを改良して、
セフィラ吸着能力を持たせる――
フハハハ、いい考えだ!
まずは倒れた怪人から放たれる、
セフィラの量を測定する。
計画に一点のかげりがあるとすれば、
ユリア、あの女こそが阻害そがい要因だ、
日本側にっている。
――お前達呪術師どもにな!!

《バトル》

【クルト・ヘーゲンアストラル】
お前がそこにいるのはわかっている。
遠くにいても、わかるのだ――
【バール】
なんかえらいことになってるニャ!
ヘーゲンの思念にセヒラが宿って、
アストラルになったニャ!
しかし並外れた強い思念だったニャ!
できれば避けたい人物だニャ!

【日本橋佳木斯】
行旅人こうりょにんアストラルH】
北陸ほくりくの町に住むのは初めてです。
富山から二時間――
ここは因須磨洲いんすますという町です。
省線因荒線いんこうせんの終点です。
駅前には一軒の旅館と食堂、
それに三本の電信柱が立つのみです。
私、漂い流れて、この町へ来ました。
もう八年になります――
汽車は一日に四本ですよ。
因須磨洲いんすます駅、午後四時に最終が出て、
後は次の日までありません。
朝も夕も、汽車に乗る人はなく、
来る人もほとんどいません。
三ヶ月に一人は行旅人が来ますが。
ここ因須磨洲いんすますの名物、
それは斑鱶まだらぶかずしです。
――いやぁ、みつきになりますよ。
私もね、最初は無理でした。
とても人の食うものじゃない、
そう思いましたね。
なにしろ臭いがすごいんです、
おけふたを開けた途端とたん、パァーッとね。
斑鱶まだらふかは釣り上げた時から臭いますね。
因須磨洲いんすますは一丁目から四丁目まで、
でも三丁目はないんです――
みさきの方にあった三丁目は、
昔の大地震で海に沈みました。
今でも能楽堂のうがくどうが見えますよ、海底に。
【着信 新山眞】
喪神もがみさんですね?
飯倉いいくら技研の新山です、
私も帝都満洲におります。
セヒラの濃い場所には進めないので、
大変申し訳ないのですが、
こちらに来ていただけませんか?

〔日本橋佳木斯〕

【新山眞】
以前、ゲートが不安定になり、
濃厚セヒラが赤坂に流れ出ました。
その時と似た状況です――
私はゲートそばにいて、突然ここへ。
ここは日本橋佳木斯チャムスですね。
喪神さん、
日本橋で何があったのですか?
このセヒラの異常な乱れ、
何かの介入を予想させますよ――
無線で梨央りおさんが話してた、
月詠つくよみ麗華れいかさんですか、
その人に原因があるのでは?
以前、セヒラ異常が起きた時も、
月詠さんがおいででした。
まるでセヒラを増幅ぞうふくするようだ――
もう落ち着いたようですね。
戻りましょう――

〔興亜百貨店前〕

【九頭幸則】
風魔ふうま
どこ行ってたんだ、
急にいなくなって!
麗華れいかさんもホムンクルスも、
いなくなったんだ――
メイドのホムンクルスもだ。
【ユリア・クラウフマン】
おそらくセフィラが急速に強まり、
その影響でどこかに飛ばされた――
ドイツでも同じ事故がありました。
何人もが違う場所へ飛ばされました。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
気を付けてください、
セヒラ上昇です!
【ユリア・クラウフマン】
あっ!

【クルト・ヘーゲン】
ユリア、ここで何をしている。
何故、この連中と一緒なんだ?
【ユリア・クラウフマン】
あなたこそ、どうして狩りなんか!
そんなこと許されるはずないわ!
【クルト・ヘーゲン】
私はこの忌々いまいましい小国の、
セフィラを手に入れようと、
努力しているだけじゃないか!
【ユリア・クラウフマン】
この国のセフィラは、
この国の人達の資源です。
うやまってしかるべきです。
【クルト・ヘーゲン】
私が? 日本人を?
いや、実につつしみ深い人達だよ、
私達とすれ違うたびにお辞儀じぎをしてね!
セフィラは日本人にはあつかえまい。
彼らは迷信めいしんの中に身をしずめている。
迷信めいしんは弱者の宗教なんだよ――
【ユリア・クラウフマン】
日本人は精神的な民族です。
深くれいと向き合い、神を知り、
自らの居場所を見出すのです――
【クルト・ヘーゲン】
神霊しんれいに教わらなくても、
私達は自分を見つけている。
ここは、私達にゆだねればどうかね?
この国の連中は無理することはない。
【ユリア・クラウフマン】
クルト、私たちだって、
うまく行っているとはかぎらないわ。
エッセン、ブレーメン、ハーゲン、
カッセル、リヒャルトガルテン……
いずれも――
【クルト・ヘーゲン】
だまるんだ! もういい!
お前達と話しても、らちが明かない、
来い!
さぁ、日本の審神者さにわとやら、
楽しませてもらおう、フーマよ!

《バトル》

【クルト・ヘーゲン】
ユリアが気にかけるはずだ、フーマ、
お前は力以上の力を備えている。
誰かもう一人いるみたいにな!
【ユリア・クラウフマン】
みなさん、申し訳ありません!
この失態しったい、必ずあがなってみせます!
【九頭幸則】
しかし、何だ、あのえらそうは!
アーリア人は優生ゆうせい民族だと?
これじゃ我国わがくにはやりにくいわけだ!
【ユリア・クラウフマン】
……
……

第五章 第三話 仮面の男

銀座日劇前ぎんざにちげきまえ

雑誌、猟奇グラフが別冊を刊行かんこうした。
『帝都の魔神』というタイトルである。
何故、「魔神」について言及げんきゅうがあるのか――
参謀本部で緊急会議が開かれることになり、帆村ほむら魯公ろこう招集しょうしゅうされ三宅坂みやけざかに出向いている。会には橘宮慶和たちばなのみやよしかず参謀総長も参加されるという。

参謀本部第八分課には多くの情報が寄せられ、いずれもが「魔神」を見たという通報だった。風魔ふうまは通報者の多い銀座へ出撃した。日劇前には多くの市民が集まっていた。皆、そわそわした様子である――

【着信 喪神もがみ梨央りお
猟奇グラフには魔神とあります。
を見た者はいないはずだと、
隊長はおっしゃっていました。
日劇近辺、
セヒラがやや高くなっています。

白金しろかねのモガ】
もしや、参謀本部の方ですか?
八分課ハチブンに電話したの、私です。
実は、義兄あにが魔神のことを口に――
父と義兄あには折り合いが悪く、
先週、大喧嘩おおげんかになったんです。
酒の席での話ですが――
義兄あには、自分は魔神から力を貰う、
邪魔立じゃまだてはさせないと叫び、
そのまま店を出たんです――
以来、義兄あには勤め先の銀行も休み、
行方ゆくえがわかりません。
姉に頼まれ、方々ほうぼうを探すも……
先日、猟奇グラフの別冊読んで、
魔神のことがありましたので。
姉は憔悴しょうすいしきっています……

【大久保の客】
上京学生はたちまち純な心を失うね!
工科のT君がいい例だよ。
T君と銀座幻燈会げんとうえおもむいたんだ――
ねた後、西銀座のカフェーに行き、
T君、すっかり上機嫌になって、
もう本郷ほんごうの下宿には戻らないって――
それで、どうするんだいって訊くと、
未来への階段ステップを昇るんだとか、
そんなことを言いはじめて……
店を出た途端、T君は駈け出した!
銀座の路地に下駄げたの音を響かせ、
T君、どこかに消えてしまった――
初めてカフェーに行った時、
恥ずかしそうにほほ赤らめていたのに、
随分ずいぶん豹変ひょうへんぶりだ、感心したよ!

【落ち着きのない少年】
うちの兄ちゃん、絶対に魔神を見る、
そんな風に息巻いてたよ!
猟奇グラフに書いてあったけど、
魔神が見えるのって一瞬なんだって。
怪人化の過程プロセスで見えるらしいよ。
――神経激昂げっこう最中さなか、魔神現れたり。
でも、すぐに見えなくなるんだって!
その後、突然力がいてくるんだろ?
ほとんどの人は魔神が見えないまま、
怪人になっちゃうんだそうだよ。
兄ちゃんは、どうなんだろうね――
さっきの人も、魔神、見えた組かな?
なんか、仮面して、変だったよ。
仮面してるとずっと見えるのかなぁ?

【京橋署の巡査】
京橋きょうばし署ではおたっしが出たんです。
人生よろづ相談はご法度はっとだって。
そう言われると余計よけいに……でしょ?
りょうで考えるうちに決心したんです!
それで非番ひばんの日にね、行きましたよ!
――そうです、新宿の相談所にね!!

【京橋署の巡査】
アハハハハ~
そしたらどうでしょう!
日頃のうらみつらみが一切いっさいなくなって、
私、とっても元気になったんです!
この元気、分けてあげたい――
そうだ、貴様に味わわせてやろう!!

《バトル》

【京橋署の巡査】
うぷっ……お稲荷いなり、戻しそうだ……
私は……自分をおさえられない……
……相談所に行ってこうなった!!
奴は私に言った……すれ違いざま……
思うままにやれと……奴は……
仮面の男……銀座四丁目の方だ……

銀座四丁目ぎんざよんちょうめ

興味津々きょうみしんしんの女性】
さっきのは、映画の撮影ですよね?
暗黒仮面……そうではないですか?
おいが夢中になってる読物よみものです。
月刊冒険青年に連載れんさいしている――
それが映画になるのは知っています。
仮面の人、俳優さんですよね!

雑司が谷ぞうしがやの客】
私ね、今度で三回目なんですの、
銀座幻燈会げんとうえに行くの。
一回目はすごく幸せな気分になり、
二回目はひどく落ち込みました……
だからね、三回目に期待するんです!
今度は有楽町ゆうらくちょう荘月しょうげつ会館ですって!
あそこなら千人は入るわね、
ああ、今から待ち遠しいわ!
でも、ねた後、三日も四日も、
市内を彷徨さまようのは、そろそろ辛いわ。
暑い日和ひよりならなおの事よ……
だからといって、幻燈会げんとうえに行かない、
そんなことあり得ませんわ!
何よ、私を邪魔じゃましようっていうの!!

《バトル》

雑司が谷ぞうしがやの客】
あら、私……
どうしたのかしら……
何日も同じ着物を着てるわ!!

【第百六十三銀行銀座支店の守衛】
あの男、仮面を被った男が、
わきを走り抜けた時、私の中に、
何か嫌なものがこみ上げて来て――
今まで見て見ぬを決めていたもの、
そのたぐいのものですよ、きっと。
身体検査で肺病が陽性だったりとか、
妻が知らない名刺めいしを隠していたり、
親父に借金があるとわかったり……
――私、どうすればいいんでしょう?
なやみ相談にでも行きましょうか……

果たして仮面の男はそこにいた。
いや、見えたというべきか――
世界に一切いっさい関与していない風でもあった。仮面の男の手によるのであろうか、周囲には兵らが倒れていた。歩三第99小隊の兵士達である。隊を率いる鬼龍きりゅうも仮面の男に屈したのか、顔をゆがめてうずくまっていた――

鬼龍きりゅう豪人たけと
貴様は……もしやフィンケか?
リヒャルト・フィンケ……
トゥーレのやかた領袖りょうしゅう――
【仮面の男】
ウハハハハ~
私に名など無い!
ただるのみである。
鬼龍きりゅう豪人たけと
いや、フィンケは常に黒い仮面。
貴様……一体、何者だ!?
トゥーレのやかたの召喚師なのか?
【仮面の男】
くどいな!
私は私だ、何者でもない!
いて言えば憎しみの種だ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
ふざけるな!
帝都でそのような振る舞い、
私が許さない!
【仮面の男】
そうだそうだ、その調子だ、
憎め、憎め、泣き虫豪人たけとくん!
鬼龍きりゅう豪人たけと
貴様、何を求めている?
【仮面の男】
おや、闖入者ちんにゅうしゃのようだ。
帝都の英雄ヘルトのお出ましか!
鬼龍きりゅう豪人たけと
何?
喪神もがみ風魔ふうまか!
――余計よけい真似まねをするんじゃない!
【仮面の男】
余計よけいかどうかは、私が決める。
さぁ、喪神風魔よ、整えよ!

《バトル》

【仮面の男】
前哨ぜんしょう戦でいろいろ消耗しょうもうしたようだ。
本来の力を出しきれなくて、
君には申し訳ないことをした。
またお手合わせいただくとしよう。
今日はこのくらいにさせてもらうよ。
私も君との戦いは楽しみである!
次は万全ばんぜんのぞませてもらうよ、
ワハハハハハハハ~

鬼龍きりゅう豪人たけと
あの召喚術、トゥーレのやかた流……
だが、総裁のリヒャルト・フィンケ、
常に黒い仮面だったはず――
【着信 喪神もがみ梨央りお
辺りのセヒラ濃度、低下しました。
もう大丈夫でしょう、
本部に帰還してください!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
仮面の男、一体何者なんですか?
トゥーレのやかたの総裁かも知れません。
仮面の色が違うからといって――
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうま鬼龍きりゅう
二人の帥士すいしを相手にして、
なおあの余裕……
帆村ほむら魯公ろこう
近くにいる市民にも動揺どうようをもたらす、
それほどの何かをかもしているようだ。
――新たな脅威きょういとなるのか……
帆村ほむら虹人こうじん
あの男の意図いとはかりかねるな。
でも、また姿を見せるはず――
再戦したがっていたようだし。
帆村ほむら魯公ろこう
梨央りお、波形はちゃんと記録できたか?
おそらく、特有の波形を見せるはず、
観測を続けるぞ!
喪神もがみ梨央りお
隊長、波形はこれから解析します。
観測の件、承知しょうちしました!

第五章 第四話 諍いの場

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
猟奇グラフ、どこの本屋さんでも
売り切れなんです。
帝都の魔神の別冊ですよ――
九頭くず幸則ゆきのり
記者の中に怪人になった奴でも
いるんじゃないのか?
それで体験談をせたんだよ。
喪神もがみ梨央りお
猟奇グラフは猟奇倶楽部くらぶ編集部が
出しているんですけど――
住所がころころ変わるんです。
前は本郷ほんごう、次に京橋きょうばし
その後が小石川こいしかわなんです。
先月号は下谷したやで、今はまた小石川こいしかわ
九頭くず幸則ゆきのり
何だそりゃ?
まるで漂流編集部だな!
喪神もがみ梨央りお
市内にたくさん編集部があって、
いつも違うところを載せているとか。
九頭くず幸則ゆきのり
猟奇人の考えることは、
俺達、普通の人間にはわからんよ!
それにしても審神者さにわや召喚師しか
見えないを記事にするなんて。
他に見える奴を探そうって魂胆こんたんかな。
喪神もがみ梨央りお
隊長、今日も参謀本部で会議です。
麗華れいかさんのことも報告したみたい。
九頭くず幸則ゆきのり
麗華れいかさん、いまだ行方知らずだ。
鈴代も心配だろうな……
まして召喚したりするんだ――
喪神もがみ梨央りお
帆村ほむら流でも東雲しののめ流でもない、
独逸ドイツ式召喚術でもない……
そういうのって、何流なんですか?
九頭くず幸則ゆきのり
自己流さ!
喪神もがみ梨央りお
もう、幸則ゆきのりさん!
まじめに話してるんですよ!
九頭くず幸則ゆきのり
でもほかに流派はないんだろ、
帰神きしん法の流派って……
喪神もがみ梨央りお
あっ、携行式探信儀けいこうしきたんしんぎが!
――青山方面にセヒラ観測です。
あの辺、探信儀たんしんぎの空白地帯なんです。
九頭くず幸則ゆきのり
それは心配だ。俺も同行するよ!
公務電車を頼む。
歩くにはちょっとあるからな!
喪神もがみ梨央りお
気を付けてください!
この間の仮面の男の時と、
似た波形が出ています。
九頭くず幸則ゆきのり
仮面の男だって?
また新手あらてが出たのか!
喪神もがみ梨央りお
周囲の人にも影響を与えるんです。
普通の怪人とは違うようです。
九頭くず幸則ゆきのり
ひえっ!
じゃ、風魔の影になって見てるよ!

〔青山街路〕

【日本橋の老人】
八丁堀はっちょうぼりの孫、章三郎が不甲斐ふがいのうて。
援助して帝大の文科にやったのに、
友達から借金して踏み倒すわ、
んだくれる、曖昧あいまい屋に入り浸る、
まともに学校へ行きやせん!
肺病の妹、るわけでなし……
わし、相談しようと省線しょうせんで新宿まで
出向いたのに、相談所、休みじゃ!
人生よろづ相談じゃよ。
――当面、しめます
貼り紙一枚あるきりじゃ。
そしたら急に、気分悪ぅなって……
うげぽっ!
ぐぐぐぐ……
ぐ、ぐるし、い……何か出てきた……
九頭くず幸則ゆきのり
大丈夫か、じいさん。
医者でも呼ぶか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
本部で医者を手配します。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラの原因、さぐってください!

【新宿から来た男】
そのおじいさん、大丈夫ですか?
新宿の鉄道病院の前から一緒で、
省線しょうせんの中でもふらふらしてましたよ。
三日前に病院行った時、
病院の向かい、人生よろづ相談所に、
憲兵が大勢いましたね。
九頭くず幸則ゆきのり
憲兵がいた?
じゃ、相談所の人、
しょっぴかれたのか?
【新宿から来た男】
あの様子だと、そうですよ。
今日は閉まってましたしね、相談所。
よからぬ思想でも吹き込む、
そうにらまれたんじゃないですかね。

【神田の大学生】
あなた、見ませんでしたか?
仮面を被った人物ですよ。
さっき若い派出婦はしゅつふと話していて、
すると、急に派出婦はしゅつふの人、
卒倒そっとうしたんです!
あの仮面の人物、何者ですか?

【メイド型ホムンクルス】
私の……シュタインが……
四石のうち……一つが破壊され……
……動けない……
シュタインが……壊れた……
……シュタイン無くして……動けない……
九頭くず幸則ゆきのり
おい! こいつは、ユリアの……
ホムンクルスなのか?
どうした、何があった?
【メイド型ホムンクルス】
むこう……ユリアさま……
フーマ……至急シキゅう、支援……
支援を……
シュタインは……残り三石……
残り……三石……
九頭くず幸則ゆきのり
この匂いは……
アーモンドの匂いだ!
――ホムンクルスの匂いなのか……

【赤坂署の巡査】
自分は尋ねたんです。
アーユーオーケー、とね?
そう言うんでしょ、西洋式は。
でも、あの西洋人、
ただ首を振るばかりで
何にも答えない――
自分のエゲレス語、
通じないんでしょうか?

田町たまちの婦人】
そこの方、大丈夫かしら?
――何だかお悪そうよ……
しゃくでもおきたのかしら……

【洋行帰りの男】
あすこにいる西洋人、
欧羅巴ヨーロッパの人じゃないかな……
透き通るような白い肌……
きっと独逸ドイツ白耳義ベルギーじゃないかな。
だとすると我が国の夏は、
こたえると思うな、気温に湿気、
その両方が高いからね。

〔青山街路〕
ユリア・クラウフマンは、どこか優れない様子であった。怪我をしているわけではなさそうだ。風魔ふうまの近づくのを見て、ユリアは安堵あんどの表情を浮かべた。

【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
――どうして、ここが……
セフィラを……
強いセフィラを観測したのですね?
【九頭幸則】
仮面の男の時と同じだと――
……それにしても、大丈夫ですか?
【ユリア・クラウフマン】
実は、仮面の男と遭遇したのです。
せっかく戻ったフロイラインが……
とても強いセフィラでした――
【九頭幸則】
戻ったって……
興亜百貨店の前で消えた、
あのホムンクルスがですか?
【ユリア・クラウフマン】
そうです……
レイカの行方に繋がる記録、
残していないか調べていたら――
この場所へ私を誘導しました。
そこへ仮面の男が現れて……
【九頭幸則】
ホムンクルスは、石がどうのと……
壊されたのですか?
【ユリア・クラウフマン】
フロイラインは四つの石で動きます。
その一つが破壊されたようです。
――そしてレイカさんの記録は……
【九頭幸則】
なかったんですか?
麗華さんの行方はわからない?
【ユリア・クラウフマン】
別々の場所に飛ばされたようです。
フロイラインは暗闇の中にいたと……
それがどこかはわかりません。
【九頭幸則】
あのセヒラ異常の背後に、
仮面の男がいるとうのか……
【ユリア・クラウフマン】
フロイラインも仮面の男特有の
波形を感じて、ここへ私を
導いたのかも知れません――
先ほど、これを拾いました。
指輪のようです――

周囲に謎めいた文様もんようきざまれた指輪だ。世界を破滅はめつに導く魔力を秘めた指輪のように、強く、そして鈍い光を放っていた――

【ユリア・クラウフマン】
その指輪。セフィラを発している、
そう考えていいでしょう。
――調べてみてください。
【九頭幸則】
ひぇ~、そんなの持ってたら、
即、怪人になっちまうよ、
風魔、お前が運ぶんだぞ!
【ユリア・クラウフマン】
フーマ! 気を付けてください!
【メイド型ホムンクルス】
フーマ……
攻撃対象……確認……
攻撃……開始シュタート……スル……
【ユリア・クラウフマン】
やめなさい、フロイライン!
別な刷り込みアプドロックされたの?
【メイド型ホムンクルス】
解除不可能……攻撃アングリフ……開始スル
【ユリア・クラウフマン】
フーマ!
この子はフーマを攻撃するように、
指示を受けています!
【メイド型ホムンクルス】
フーマ……攻撃……最終確認……
攻撃開始シュタート

《バトル》

【メイド型ホムンクルス】
……フーマ……
攻撃……終了エンデ……
【ユリア・クラウフマン】
大丈夫よ、シュタインは壊れてはいない、
すぐに回復できるわ。
フーマ――
クルトが仮面の男を追いヨツヤへ。
市民の安全を確保してください!
私はこの子の面倒を――
どうやって上書きしたのか、
少し調べてみます。

四谷よつや街路〕

仮面の男が、いよいよその姿を見せた。辺りにはすき無く仮面の男の脅威きょういが満ちている。今、その足元に倒れ伏しているのは、クルトと配下はいかのホムンクルス達だ。

【クルト・ヘーゲン】
ウグッ……
これが、お前のすべてか?
……これが……お前の……
【仮面の男】
だとすれば、満足なのか?
クルト、ヘーゲン――
ほう!
これはまた!
喪神もがみ風魔ふうま、君と再会できるとは!
ちょうどよかった。
私の達、やや退屈していてね。
私の犬達も、
ようやく出番が来たと喜んでいる!

《バトル》

【仮面の男】
実に素晴らしいね!
喪神もがみ中尉、いや、喪神君――
君はどんどん開花しているようだ。
戦いは勝敗だけではない、
美しくあることだ――
その点、君は充分に及第きゅうだい点だね。
日本に君のいることを、
私は誇りに思うよ。
また高みにいたる君を見せてくれ。
今日はこれにて失敬しっけいだ!

【ユリア・クラウフマン】
クルト!
なぜ単独で行動したの!
【クルト・ヘーゲン】
そのほうが効率的だ。
奴は強力なセフィラを放っている。
格好の研究材料じゃないか!
仮面の男を捕獲ほかくできれば、
ユリア、君の研究もはかどるのでは?
ヒムラー長官もさぞ安堵あんどされるぞ。
【ユリア・クラウフマン】
仮面の男が何者かも知れないのよ!
――それに……
友人の一人が行方知れずなの。
おそらく、仮面の男の影響で……
【クルト・ヘーゲン】
なら、なおさら捕獲にて、
全てを自白させることだな!
【ユリア・クラウフマン】
私は、なぜ、いさかいの種をくのか、
そのわけを知りたいの――
仮面の男は、悪戯いたずらに憎しみを、
憎しみを受け付けて回っている……
そう思えて仕方ないの。
【クルト・ヘーゲン】
憎しみなど、くまでもないだろう。
――地球は憎しみで回っている。
私はそう思うがね!
【ユリア・クラウフマン】
――クルト……
あなたは……
今にも壊れそうなのね……

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
兄さん、指輪ですが、
セヒラをびていないか、
調べてみます。
あと、指輪の報告が他にないかも。
参謀本部の八分課ハチブンは、
通報の資料を見せてくれますよね?
帆村ほむら魯公ろこう
わしに聞いておるのか?
――いろいろ疑義が解けたんでな。
何故、市中の雑誌にに触れた
記事が出てしまうのか、解はナシだ。
怪人記者がいるとは信じられんが――
帆村ほむら虹人こうじん
参謀本部で調べたんですよね?
帆村ほむら魯公ろこう
ああ、噂では間諜かんちょうまで動員したとか。
猟奇グラフ、編集部の所在さえ、
つかめなんだそうだ。
帆村ほむら虹人こうじん
もしかすると帝都満洲にあるかも――
そんな感じ、しませんか?
それにしても、あの仮面の男、
動機は何でしょうね?
仮面の男をめぐっては、
アーネンエルベも一枚岩じゃない、
それがはっきりしました。
利用価値、あるかも知れませんね!
帆村ほむら魯公ろこう
ユリア女史は研究を大義としておる。
うまく話をつければ――
帆村ほむら虹人こうじん
アーネンエルベに、
俄然がぜん興味がいてきました。
帆村ほむら魯公ろこう
虹人こうじん、独断で動くんじゃないぞ。
相手はナチの秘密結社だ。
決してくみやすい相手ではない。
梨央りお独逸ドイツ大使館近辺、
麹町界隈こうじまちかいわいのセヒラ探信たんしんに、
今以上に注意してくれないか。
喪神もがみ梨央りお
はい、承知しました。
独大使館は四探でギリギリです。
時には巡視パトロールも必要ですね。

第五章 第五話 力求める者

人は闇を恐れる――
恐れるがあまり、光に頼り、やみをますます深くしてしまう。心から恐れが去らないかぎり、人がやみを照らす光を求めるはやまず、やみは深く濃くなるばかりである。深いやみの中で1人の男がもがいていた。もがくほどにやみはますます深くなる――

【くぐもった声】
一体、どこへ行くつもりだ?
あるいは逃げようとしているのか?
クルト・ヘーゲン……
お前のうちには何がある?
【クルト・ヘーゲン】
うるさい!
気安く名を呼ぶな!!
【くぐもった声】
お前はうろでできている。
わかるか、うろだ、こごえるうろだ。
黒い森シュバルツバルトでお前は育った。
郭公カッコウ時計を作る職人の息子として。
ある陰鬱いんうつな冬の午後、
お前は納屋なやで首をった――
だが、死ねなかった!
【クルト・ヘーゲン】
黙れ!
貴様、誰だ!
【くぐもった声】
教えてほしいんだ、切実にね。
お前は、自分を棄てたのか?
それとも取り戻したのか?
可哀想かわいそうな少年は、力を得た。
少年はその力に翻弄ほんろうされた――
【クルト・ヘーゲン】
上出来だな!
――私の力を恐れるのか?
恐れるがあまり……
【くぐもった声】
祝福と呪いでできた人生を、
お前は歩み始めた――
先のない道とは知らずに。
【クルト・ヘーゲン】
判ったふうに言うな!
貴様は、私の何を知る!
――名乗れ!
【くぐもった声】
私には見えるぞ、小さな妖精が。
お前の中に飛ぶ妖精だ。
【クルト・ヘーゲン】
そんなものは、ない!
【くぐもった声】
妖精はお前の前進をこばんでいる。
お前は妖精を飼う限り、
前には進めない――
【クルト・ヘーゲン】
黙れ!
私に構うな!
【くぐもった声】
お前の名を呼ぼう……
クルト・ククックカッコウ・ヘーゲン!
【クルト・ヘーゲン】
やめろ!
やめるんだぁ!!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

山王さんのう機関本部では、いつになく緊張した空気が支配的であった。歩兵第三連隊が襲撃しゅうげきを受けているという――

喪神もがみ梨央りお
兄さん、波形から見て、
歩三をおそうのはホムンクルスです。
それもクルト・ヘーゲンの!
帆村ほむら魯公ろこう
これは奴の擅権せんけんか?
アーネンエルベのめいを受けず、
勝手な判断でやっているのか?
喪神もがみ梨央りお
わかりません。
アーネンエルベの規律に、
擅権せんけんの罪はないのかも知れません。
帆村ほむら魯公ろこう
規律があってもなくても、
奴ならやりかねんがな。
歩三で迎え撃つは、
第九九小隊、鬼龍きりゅう隊か?
帆村ほむら虹人こうじん
彼らだけでは間に合いません。
一般の将兵も出ているはず……
とても手に負えないでしょう。
それで、梨央りお
クルト側のホムンクルスは、
何体くらい出てるんだ?
喪神もがみ梨央りお
確認出来るだけで三十、
いや、もっと多いです!
帆村ほむら魯公ろこう
いずれにせよだ、
これはアーネンエルベに
さぶりをかけるいい機会だ。
クルトをたたけば、奴も今の立場を、
守るのは難しくなるだろう――
喪神もがみ梨央りお
クルトは帝都のセヒラを、
独り占めにするつもりなです!
そんなの無理です。
帆村ほむら虹人こうじん
すこしらしめるか。
それで帝都で権勢けんぜいほこれなくなる――
独逸ドイツ本国も苛立いらだちをつのらせるだろう。
帆村ほむら魯公ろこう
そうとわかれば、風魔ふうまよ!
ただちに歩三へ助太刀すけだちに向かうぞ!
帆村ほむら虹人こうじん
今回は僕も行く。
クルトのほしいままにはさせない!
やつは往生際おうじょうぎわが悪すぎるんだ。
帆村ほむら魯公ろこう
襲撃しゅうげきは間違ってもユンカー所長の
命令ではないはずだ。
梨央りお、公務電車を頼む!
喪神もがみ梨央りお
はい! 溜池ためいけから六本木ろっぽんぎ
第一連隊前まで軌道きどう確保しました!

第三連隊だいさんれんたい前庭ぜんてい

魯公ろこう虹人こうじん帆村ほむら兄弟と風魔ふうまは、公務電車により第一連隊前の電停に着いた。
すぐ第三連隊本部へ踏み込んだ。第一連隊に向き合うように第三連隊はあるが、第一連隊は赤坂区、第三連隊は麻布あざぶ区に属す。ゆえに、第三連隊は麻布あざぶの連隊としょうせられる。連隊本部内では、ホムンクルスに立ち向かい、その怪力に倒された将兵の姿があった。将兵らはホムンクルスを人造人間と呼んだ。

【第二三小隊曹長】
ハァハァハァハァ……
奴らは人間ではありません!
――小隊、壊滅かいめつにあります……
うぐっ……
人造人間の集団に……
そうです……
人造……人間……です
帆村ほむら魯公ろこう
ホムンクルス相手では仕方ない。
奴らは怪人ばりの怪力だ。
勿論もちろん、弾も効果あるまい。

【第八小隊伍長】
無念であります……
撃てども効かず、奴らは封鎖ふうさ突破とっぱ
相次あいつぎ本部へと……
兵ら、斉射せいしゃするも効果なく……
たちまたれる始末しまつ
銃剣じゅうけんさえもろともせず……
あの怪力に立ち向かうのは無理です!
帆村ほむら虹人こうじん
僕たちなら大丈夫だ、
取っ組み合いをするわけじゃないさ!

【執事型ホムンクルス】
戦闘開始カンプビゲン……

《バトル》

【執事型ホムンクルス】
敗北……アウスファイル

【怯えた犬】
グーウググググググ~
グヮン! グヮン! グヮン!
帆村ほむら魯公ろこう
犬すら気配を察しておるな!
ホムンクルスの!

【執事型ホムンクルス】
戦闘開始カンプビゲン……
帆村ほむら魯公ろこう
こいつはクルトの指揮しき下にある。
ここはわしにまかせて、
二人は先に進んでくれ!
帆村ほむら虹人こうじん
兄上、お願いします!
帆村ほむら魯公ろこう
鬼龍きりゅうを探すんだ、頼んだぞ!

第三連隊だいさんれんたい廊下ろうか

【執事型ホムンクルス】
戦闘開始カンプビゲン……
帆村ほむら虹人こうじん
人造召喚師めが!
――こいつら、皆、同じなのか……
性能の差はありそうだな――
よし、風魔ふうま
ここは僕にまかせてくれ!
お前は奥へ進むんだ!

一五市にのまえごいち
ぐぅ……喪神もがみ風魔ふうま……特務中尉、
わらいに来たのか?
九九小隊も出撃したが……
……このていたらく……
人造人間ごときに――
……中尉……
はじしのんで頼む……
隊長を……
頼む!
――隊長を!

第三連隊だいさんれんたい兵舎へいしゃ

鬼龍きりゅう豪人たけととクルト・ヘーゲン。
二大召喚師の激突は、熾烈しれつきわめていた。共にトゥーレのやかたで修練を積んだ者同士。たがいの術策は知り尽くしている――
この戦いの行方は予断を許さない。両者の術が交錯こうさくし、周囲にただならぬ妖気をもたらしていた。霊異りょういひらく魔の空間である――

【クルト・ヘーゲン】
私のうちに何があるだと――
そうだよ、黒い森シュバルツバルトが広がるんだ!
果てしない森がな!
鬼龍きりゅう豪人たけと
貴様は、一体、何を……
求めている?

クルト・ヘーゲンが鬼龍の霊異りょういふうじた。召喚師同士の勝負はついた――

【クルト・ヘーゲン】
我々が求めるものは、
純粋な力に他ならない!
純粋であればこその力だ!
先史せんしアーリア人の霊異りょうい為す力だ。
その力を求めるため、
この国の霊異りょうい掌中しょうちゅうに収める!!
あきらめろ、お前は不純だ。
シノノメに頼る限りな!
お前は、終わりだ!!
鬼龍きりゅう豪人たけと
あっ!!
――クルト……
貴様、その力……いつ……
【クルト・ヘーゲン】
お前の不純さが、私の目をにごらす。
だがもう案じることはないようだ。
さて、私もいそがしくなってきたな!
喪神もがみ風魔ふうま君――
君には一点のくもりもないようだ。
素晴らしいじゃないか!
そうだよ、それでこそ、
私の好敵手というものだ!

《バトル》

【クルト・ヘーゲン】
フーマ、君の森はどれほど深い?
私は森を抜けようとしている――
あと、少しだ!

【クルト・ヘーゲン】
君から学ぶところも、あるようだな、
自分でもそう思うだろう、フーマ……
君たちがどうあろうと、
私は森の出口を見つけた――
暗闇を抜けたのだ!
さぁ、私を……
しかるべきところへ帰すのだ、
光よ、私はここに待つ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
セヒラが増大しています!
これまでにない波形です!!
【クルト・ヘーゲン】
おお!
おおおおお!!
【謎の声】
フフフ――
さしずめ迷える子羊ストレイシープだな……
鬼龍きりゅう豪人たけと
まだいるのか……
――あるいは……
誰だ! その声は……
【謎の声】
お前にも道を示すぞ、鬼龍きりゅう豪人たけと
鬼龍きりゅう豪人たけと
どうして私の名を?
貴様に名を呼ばれる筋合いはない!
さては……
蒸し暑い帝都を彷徨さまよう思念か?
――だとすれば、あわれだな!
【謎の声】
お前は自分をいつわっている、
あわれとはそういうものだ。
鬼龍きりゅう豪人たけと
何だと!
貴様、何者だ!
名乗れ!
【謎の声】
京都にいたお前に届いたのは何だ?
素敵な木箱だ、中にあったのは、
京都発伯林ベルリン行きの一等切符チケットだったな!
それでお前はドイツ行きを決めた。
東雲しののめ流に見限られた思いを残して。
――お前のことは見ているからな。

一五市にのまえごいち
隊長!
ご無事でしたか!
喪神もがみ中尉、
ここはひとまず礼を言う。
鬼龍きりゅう豪人たけと
何だと、少尉?
貴様が助けを求めたのか?
――余計なことを……
私は奴の本性を引きずり出し、
白日はくじつのもとにさらけ出してやろうと――
純粋であることが強い――
フフ、一理あるとしておくか。
如月きさらぎ鈴代すずよも純粋であったからな!
一五市にのまえごいち
大尉!
自分が、差し出がましいことを――
申し訳ございません!
鬼龍きりゅう豪人たけと
ここはもういいだろう、喪神中尉。
貴様には貴様の場所があるはずだ。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

喪神もがみ梨央りお
アーネンエルベで、
何かあったんですか?
第三連隊をおそったところで、
帝都のセヒラの独り占めなんて、
絶対無理です――
帆村ほむら虹人こうじん
それはクルトの言い訳に聞こえるね。
奴は……変わろうとしている――
そんな感じがするよ。
帆村ほむら魯公ろこう
何かの啓示けいじでも受けたか?
それとも誰かにそそのかされたか……
帆村ほむら虹人こうじん
そういや帥先そっせんヤの摘発てきはつが始まったよ。
人をそそのかして怪人化させるとか、
そんな噂の連中だよ。
帆村ほむら魯公ろこう
憲兵特高が動いているとかだな。
警察の特高課ではなく憲兵だ。
まず人生相談所がやられたみたいだ。
帆村ほむら虹人こうじん
悩みを聞き出して、そこにつけ込み、
恨みを晴らすように仕向けたり……
それが治安維持法ちあんいじほう違反なんだそうだ。
帆村ほむら魯公ろこう
相談受けて、似たような連中が
街に繰り出すから結社とみなされた。
国体変革こくたいへんかくを目的とした結社だ。
喪神もがみ梨央りお
摘発てきはつされたの、新宿の相談所でしょ。
他はどうなんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
どうも同じ系列じゃないみたいだ。
だが、他の摘発てきはつも時間の問題だろう。
本音を吐露とろするのも容易よういではないな。
喪神もがみ梨央りお
そうそう、鬼龍きりゅうも言ってましたね、
奴の本性を引きずり出すって。
奴って……クルトのことですよね?
帆村ほむら虹人こうじん
いや、クルトは先に去ったはず、
あの謎の波形のセヒラとともに。
でも他に人のいた気配はないし――
帆村ほむら魯公ろこう
クルトの動向どうこう、要観察だな。
アーネンエルベにもさぐりを入れる。
――今日はこれで解散だ。

第五章 第六話 虹人の挑戦

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

興亜こうあ日報にっぽうが号外を出した。
――人生よろづ相談主催者逮捕たいほ
憲兵渋谷分隊が熱海あたみ身柄みがら拘束こうそくしたという。この頃、知人、友人に、よろづ相談所に、でかけたという市民も増えてきており、この号外に市中は少しざわめいているようだ。
また仮面の怪人を見たという報告もあり、山王さんのう機関本部では神経をとがらせていた。

帆村ほむら魯公ろこう
渋谷憲兵分隊とはぜんたい何なんだ?
渋谷区を巡察じゅんさつする専門の隊なのか?
逮捕したのは新宿の主催者だよな。
喪神もがみ梨央りお
新宿相談所は鉄道病院の斜向はすむかい、
東京鉄道局経理課のバラックの隣、
あそこは渋谷区なんです。
帆村ほむら魯公ろこう
そうか……あそこは渋谷区か……
豊多摩郡とよたまぐん豊島郡としまぐん以前の府下一帯、
東京憲兵第六管区の管轄かんかつのはず……
いつ自分がいもづる式に挙げられるか、
考えただけでぞっとするなぁ……
同じあつまりと見なされているからな!
喪神もがみ梨央りお
神田かんだの相談所には長い行列が
できているそうです。
みんな、おびえているとか……
帆村ほむら魯公ろこう
そういうところに仮面の男が来ると、
怪人化する市民も出そうだな……
それで、虹人こうじんの奴はどうした?
喪神もがみ梨央りお
いまだ所在不明です――
無線でも応答ありません。
スイッチが切れているみたいです。

このところ、機関本部の指令を待たずに、巡視パトロールに出ることの多い虹人であった。
今回は無線も繋がらないという――

帆村ほむら魯公ろこう
梨央りお直近ちょっきんの記録で、
仮面の男の通報は、いつの事だ?
第八分課に寄せられた報告だよ。
喪神もがみ梨央りお
一昨日おとといです――
虹人さんが確認した形跡があります。
場所は……神田かんだです。
九頭くず幸則ゆきのり
失礼します、歩一の九頭くず中尉です。
――あれ、どうしたの、梨央ちゃん、
浮かない顔して!
喪神もがみ梨央りお
――虹人さんと連絡付かなくて……
仮面の男の通報があって、
相談所通いが押しかけていて――
どれから手を付けていいやら、
悩んでいたんです。
九頭くず幸則ゆきのり
仮面の男の件は、まぁ大丈夫だ。
喪神もがみ梨央りお
え? どうしてですか?
九頭くず幸則ゆきのり
歩一の刑部おさかべ大佐が、仮面の男探しに、
歩一の将兵を出すっておっしゃって、
今、作戦会議が終わったところさ!
捜査範囲は三十五区全域だよ。
虹人さんの捜索そうさくも頼めばいい。
帆村ほむら魯公ろこう
よし、早速、刑部おさかべ大佐に電話しよう。
九頭くず幸則ゆきのり
帆村ほむら先生、我々も手分けしましょう。

喪神もがみ梨央りお
賛成です!
私も参加していいですか?
帆村ほむら魯公ろこう
うむ。ではこうしよう――
まずは風魔ふうま、お前は神田方面だ。
何が待ち受けるかわからんぞ!
九頭中尉は銀座方面を頼む。
梨央りおはわしと一緒に赤坂だ。

それぞれの方面に分かれ、虹人を探すことに。すでに市中には歩一の将兵が展開していた。

神田街路かんだがいろ

人生よろづ相談、神田かんだにも相談所があった。そこはまだ憲兵特高の手入れを受けていない。風評ふうひょうを気にしながらも人々が集まっていた。

【着物の男】
市中に兵が出てますね。
東京市も何かと物騒ぶっそうになりました。

【洋服の女】
さっき兵隊さんが来て、
人を探してるって。平服の軍人とか。
お兄ぃさんも、そのクチかしら?

【悩み多きサラリーマン】
神田かんだの相談所が平気なのか、
心配でならないよ!
僕なんかもう二十八回も通うんだ。
いやね、課長の娘さんとのお見合い、
ちっとも気が進まなくてね。
種子っていうんだけどね、
猟奇婦人っていう雑誌を愛読あいどくする。
――そんな人、嫌だよ、僕は。
その方面、ダメなんだよ!

【不安そうな婦人】
新宿相談所、逮捕たいほされたって……
わたくし、新宿にも通いましてよ。
名簿に名前書きましてよ!

【関東軍砲兵】
あんたもそうなのか、平服の軍人。
違う? それ、制服っぽいもんね。
すると将官さん……失礼しました!
自分、関東軍第十三師団、
砲兵第六六六連隊所属であります!
連隊は牡丹江ボタンコウにあります!
はぁはぁはぁ……
何分、牡丹江ボタンコウから延々と陸路で、
下関しものせきからも三十時間、汽車で……
これより靖国やすくににお参りしたのち、
英気えいきやしなうであります。

【古書あさりの男】
怪人だの何だの迷惑千万めいわくせんばん。あんなのが
出ては落ち着いて古本屋巡りも
出来やしないじゃないかね、キミ。
で、ナニかい、平服の軍人とやらが
矢鱈滅多やたらめったら強いのかい? 
それで兵らが探してる……
図星ずぼしだろう!
いやね、怪人をひとにらみしただけで
ぶっ倒した男がいるらしい。
それが平服の軍人なんだろ?
――へっへっ、やはりね、図星ずぼしだ。

【暑がりの法科生】
ああ、暑い暑い……
こう蒸し暑いと勉学なんか、
ちっともやってられない。
アンタは良くそんな服を
着ていられますね!
さっきの歩一の兵ですよね、
知った顔がありました。
連中なら御茶ノ水おちゃのみずの方ですね!

【憂いている書生】
下女のゆきだけどね、
僕は好きになったんだ――
雪は頭がね、ちょっと弱いんだ。
円周率えんしゅうりつを覚えない。
59――
となえてもね、困った顔をする。
ゆきのこと家長おとうさんも気に入っている、
いや、あれはそれ以上だ!
家長おとうさんはゆきをいやらしい目で見る!
家長おとうさんは、熱海あたみ旅行を計画した。
ゆきと二人で行くそうだ――
ああ、何だかやるせない!!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、セヒラ確認です!
急激に高まっています。

【憂いている書生】
どうしてくれよう!
考えあぐねて、相談所に来たんだ!
――さっき、相談、終わったね!
フフフフ、
僕の決心は変わらないさ!
何しろ後押ししてもらったからね!!

《バトル》

【憂いている書生】
ふぅ……
これで良かったんだよね、
アンタも後押ししてくれたから!
昇汞水しょうこうすい、二びん買ったんだ!
今晩、ゆき家長おとうさんに飲ませるよ、
たちまち僕は自由になれる!
【着信 喪神梨央】
山王機関は怪人鎮定ちんていが目的です。
犯罪の取り締まりまではできません。
一応、警察に通報はしておきます――

大日本正教会だいにほんせいきょうかいの東京復活大聖堂――
通称ニコライ堂を臨む聖橋ひじりばしに、ぐったりとした虹人こうじんの姿があった。

神田川かんだがわ聖橋ひじりばし

帆村ほむら虹人こうじん
随分ずいぶんと兵が出ているな!
あれは、もしかして歩一なのか?
――いやぁ、ちょっとしくじった!
なぁに、大丈夫さ!
僕はこの通り、なんともない!
わかるよ、皆に心配かけた……
そこは面目めんぼくない!
【着信 喪神もがみ梨央りお
金ノ七号帥士きんのしちごうすいし
いったい連絡もせずどうしたんです?
帆村ほむら虹人こうじん
昨日、怪人とやりあった時に
油断してね、無線を壊したんだ。
無線もセヒラの影響受けるからな。
昨日の相手っていうのが、奴だよ、
帝都を騒がす仮面の男さ!
僕は奴を追い詰めたんだ――
一戦まじえた後、奴のさそいに
乗る振りをして、僕は得るものが――
――この話は後回しにしよう。
まだ近くに奴がいるぞ!
まだ警戒は解けないぞ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
依然いぜん、セヒラの値、高いままです。

【砂糖商の丁稚でっち
うわさの仮面の怪人って、
あいつのことか!
格好いいなぁ!
御茶ノ水おちゃのみずの大学生】
おい、小僧、
大概たいがいにしておけ!
【砂糖商の丁稚でっち
何だよ、怖いのかよ!
大学生にもなって怪人が怖いのかよ!
御茶ノ水おちゃのみずの大学生】
そ、そうじゃない!
――そうじゃないんだ……

世故せこけた若者】
仮面怪人だなんて、
所詮しょせん帥先そっせんヤの仕業だろ。
しょっぴいて仮面げばいいのさ!

白山はくさんの女学生】
興亜日報で読みましたわ!
仮面の怪人、真似まねする人がいるって。
本郷ほんごう下谷したや四谷よつや牛込うしごめ……
その四区に出るそうよ!
――本物より気味悪いわね!

【仮面の男】
ウハハハハ~
私はちょいといい気分だ。
市中に私の模倣犯もほうはんが現れるという。
なかなか傑作けっさくじゃないか!
だが、いくら真似まねをしたところで、
私にはなれない!
私は誰でもないのだ――
誰でもない者を真似まねするなど、
所詮しょせん不可能な話だろう!
その点、君は実に君らしい。
いや、真にもって君は君だ!
さぁ、もっと見せてくれないか!
君の君たる所以ゆえんをだよ!!

《バトル》

【仮面の男】
君は日増しに素晴らしくなっている!
これは実に驚くべきことだ!
実はせんだって、虹人こうじん君とまじえてね――
同じ山王さんのうの者でも、
君達には、大きな違いがある。
これまた、興味が尽きない!
ワハハハハ!
君はあの人物の何を知るのだ?
――帆村虹人だよ!
実に興味深い人物だ。
山王機関には人材が豊富だな!
ワハハハハハ~
【着信 喪神もがみ梨央りお
辺りのセヒラ、低下しています。
怪人の脅威きょういは去ったようです。
仮面の男、逃げちゃいましたね……
でもお二人が無事で何よりです!
帆村ほむら虹人こうじん
風魔ふうま! 奴に勝ったのか!
――奴はどうやらお前が苦手らしい。
そんなことを話していたよ。
その相手と戦い、お前は何を得た?
僕はね、おおいに得るところがあった!
奴の誘惑に乗る振りをして、
僕は心の旅をしたんだ――
そして出会った――
そうさ、僕自身とだよ。
そんな僕を見て奴は言い放ったのさ。
衝動しょうどうこそが全てだってね。
それは僕が目をそむけていたものだ――
衝動しょうどうの根本には感情がある。
そうだよ、感情に従順でいることが、
今の僕には必要なんだよ。
僕は感情を抑え込みすぎていた――
感情を殺して生きてきた、
でもそれは間違いなんだ!
僕のあわれな感情は、
翼を痛め、飛ぶことが出来ない。
でも必ず復活をげるよ!!
そして気付いたんだよ。
風魔、お前に言っていないことが、
じつにたくさんあるってね!
アハハ、いきなりだったかな!
語りすぎたよ、かたじけない。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
金ノ七号帥士きんのしちごうすいしれ事は
帰ってからいくらでも聞いてやる。
すぐに帰還するのだ。
帆村ほむら虹人こうじん
はい、兄上様、直ちに実行します。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
いい加減、常に符号コードを使う
習慣を身に付けたらどうなんだ?
【着信 喪神もがみ梨央りお
両名、急ぎ帰還してください。
帆村ほむら虹人こうじん
あゝ風魔ふうま……僕はお前に……
れたなんて言わない……
【着信 喪神もがみ梨央りお
え? 今、何を……
帆村ほむら虹人こうじん
何でもないさ、梨央りお――
これより帰還する!

第五章 第七話 増上寺の怪異

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
昨日、第八分課に通報があってな。
しば増上寺ぞうじょうしに怪異があると――
前に好事家こうずか宮武みやたけ國風こくふうが興味をいだいた
古書を預かりに訪問しただろう。
あの増上寺ぞうじょうじだよ。
この怪異とやらは、
まだ新聞ネタにはなっておらんが、
噂を聞きつけ人が集まっておる――
喪神もがみ梨央りお
隊長、兄さん、そういえば、
四探にわずかにセヒラ反応が――
ちょうど増上寺ぞうじょうじのあたりです……
帆村ほむら魯公ろこう
増上寺ぞうじょうじといえば徳川の菩提寺ぼだいじ
代々将軍の霊廟れいびょうがある――
参拝客もよく知っておることだろう。
それだけに思念の残留も多い。
何かがいずる可能性もあるだろう。
参道の客に話を聞くんだ。
梨央りお、公務電車の準備はいいか?
喪神もがみ梨央りお
はい、今の時間は三番の軌道で、
赤羽橋あかばねばし増上寺ぞうじょうじの最寄りです。
少し、歩きますが……
帆村ほむら魯公ろこう
まぁよい、いきなり大門に
公務電車を乗り付けるより、
目立たなくて済むからな!

芝増上寺大門前しばぞうじょうじだいもんまえ

公務電車は、山王さんのう下から溜池ためいけとらもんを経由、左手に愛宕山あたごやまを見ながら赤羽橋あかばねばしへ着いた。風魔ふうましば公園を抜けて増上寺ぞうじょうじへ。参道には怪異の噂を聞きつけてか、普段より人出が多かった――

婿入むこいりの酒造会社社長】
私はね、婿むこ入りの身なんでね、
よめの一族には頭が上がらんですわ。
だからね、月に一遍いっぺんはこうしてね、
和宮かずのみや様の墓所にお参りを――
皇女和宮かずのみや様、静寛院宮せいかんいんのみや様ですよ。
徳川とくがわ家茂いえもち降嫁こうかした皇女様です。
天皇家から将軍家へとついで、
慣れない御殿ごてん暮らしに戸惑いながら、
正室としてつとめを果たされた。
二十歳そこそこで立派なもんです。
そんな皇女様にあやかろうとね、
お参りするんですよ。
和宮かずのみや様の墓塔の前に立つとね、
なんだか力がもらえそうで。

しゅうとめと打解けない旧家の嫁】
私の身の上、和宮かずのみや様に重ね合わせ、
なんとか辛抱しんぼうする毎日です。
嫁入よめいりした家に馴染なじめない……
旧家だから大変よと母は申しました。
でも誠意を込めてやっていればと、
自らに言い聞かせるのですが……
徳川家にお下りになった和宮かずのみや様、
きっと同じ思いでいらしたんだわ!
今日もお参りをいたしました。

高輪たかなわの老婦人】
今、お墓参りのとき、噂を耳に……
――ええ、なんでもおかしな光が……
高輪たかなわの若奥様】
斜向はすむかいの辛坊も言ってました!
石灯籠いしどうろうが昼でも光るんだって!
高輪たかなわの老婦人】
まぁ、辛坊って、あの金物屋の?
あの子は法螺吹ほらふきで有名よ。
さぁ、帰って水羊羹みずようかんでも頂きましょ!

【寺の庭師】
旦那が調べられるんですかい?
怪しい光ってのはね、
和宮かずのみやの墓塔前にあった石灯籠いしどうろうです。
今、植木の入れ替えでね、
霊廟れいびょうの門前に移してあるんです。
その石灯籠いしどうろうがね、
何やら光るとか光らないとか、
いろいろ忙しいわけで!

芝増上寺境内しばぞうじょうじけいだい

【寺の小僧】
確かに怪異は現れています。
静寛院宮せいかんいんのみやの墓塔前にあった灯籠とうろうです。
そこに怪しい光が宿やどるのです。
二年前、興亜こうあ日報の特集があって、
和宮かずのみや内親王の生涯しょうがいを取り上げました。
将軍家に下った皇女様ですよ――
周りに理解者のいない中で、
将軍の正室として気丈きじょうに振る舞い、
大義を果たした女性としてね。
落ちて行く 身を知りながら紅葉もみじばの
人なつかしく こがれこそすれ
――降嫁こうかの際にまれた一句です。
記事以来、墓参者が増えたのです。
全国から人間関係で悩む人が、
和宮かずのみやにあやかろうと訪れるのです。

【寺男】
静寛院宮せいかんいんのみや、つまり和宮かずのみやの墓塔だけ、
家茂いえもち公の隣に建つんです。
代々将軍の正室、側室は、
皆、合祀ごうしされているというのに。
元皇族、それだけではないような――
そんなお墓なので、お参りの方も、
思いは一入ひとしおではないかと――
けどね……
あんまり思いが強いっていうと、
怪人になっちまうって、
新聞で勉強しました!

義文律師ぎもんりっし
拙僧せっそう、ここにお勤めして十年、
このような怪異は初めてです。
怪光の現れた石灯籠いしどうろうは、
静寛院せいかんいんの墓塔前にあったものです。
植木の入れ替えで動かして……
それがいけなかったのでしょうか?

良生律師りょうじょうりっし
思うところあって、朝の速い時間、
静寛院せいかんいん灯籠とうろう前に立つんです。
――するとですね……
ふーっと何やら現れて、
胸の中に、こう、入ってくる……
瞬間、体が軽くなるんです。
まるで体の重さを感じなくなり、
ふと見ると、足が地面から浮いて、
風でも吹こうものなら、スーッとね、
右へ左へと流されてしまいそうに……
その時です、頭の中に声がする。
最初、皆目かいもくです、わかりません。
そのうち、声の主は静寛院せいかんいん、いや、
まだ降嫁こうか前の和宮かずのみや様とわかる――
なぜだか、わかるんです……
まだ京都においでで、
有栖川ありすがわ熾仁たるひと親王が許婚者いいなずけだった頃の、
第八皇女、和宮内親王かずのみやないしんのうです。
和宮かずのみや様は京都叡山えいざんの桜の上る様を
こよみの代わりに見立てられたり、
山端やまばなの新緑をでられたりします。
それが最近、様子が変なのです。
まるで不協和音のようにして、
和宮かずのみや様らしくない言葉が――
日々うるさくなっていく言葉は――
破局革命! 実行の時!
アナーキズムの新展開!
お前達があらぬことをするので、
和宮かずのみや様を差し置き、かようなことに!
――そうでは、ないのか!

良生律師りょうじょうりっし
アハハハハ!
御厨みくりや車夫しゃふ先生のご決断!
今ぞ、訪れぬ!!
腐敗しきった国体を解体し、
我が比類舎ひるいしゃを中核として、
新大国家を樹立するのだ!

《バトル》

良生律師りょうじょうりっし
やはり……お前らか……
あらぬ言葉を……呼び寄せるのは!
御厨みくりや車夫しゃふとは、何者か?
……雑音を……消してくれ……
それにつけても……和宮かずのみや様は……
近代的モダンなお方でいらっしゃる!
……もっと、おしたいしたい!
【寺の小僧】
皇女和宮かずのみやは、おそらく参拝者の思念、
幾多いくたの思いが一塊ひとかたまりになったものかと。
それゆえに近代的なのでしょう。
しかし、せないのはもう片方です、
あれは何なのでしょうか?
どうぞ、じかにお確かめください。
怪異の灯籠とうろうへ、ご案内します。

増上寺霊廟ぞうじょうじれいびょう

【寺の小僧】
見えていますね……
参拝者の思念が集まり、和宮かずのみやとなり、
さらに、何か別の念がおよんでいます。
念が念を呼ぶような、
そんな現象が起きているようです。
――実に不可思議ふかしぎですね……

【カラス】
カア!
カァカァカうつせみの……カァカァカァカァからおりごろも
カァカァカなにかせん――

【黒猫】
ウニャニャニャあやもきぬも
ニャニャニャニャニャきみありて
ニャンこそ
【バール】
やっとたどり着いた!
風魔ふうま、我輩だ、バールだニャ!
この辺り、ものすごいセヒラだニャ!
まるで帝都満洲みたいだニャ!
我輩がこんな風に風魔としゃべれるのは、
きっとそのせいだニャ!
一体、どこからいてくるニャ?
このセヒラの流入を止めないと、
帝都はおかしなことになるニャ!
我輩らには天国だけどニャ、
人間には辛いことだニャ!
まずはあの光だか炎だか、
あいつをなんとかするニャ!

【怪異の炎】
……こ……ん……に……ち……は!
――今は、うまく話せないの……
先程、良生律師りょうじょうりっしの仰るように……
何者かが、私を邪魔するのです……

【怪異の炎】
それは日増しに強まっています……
私を通して、あらぬ言葉を、
参拝者に投げかけるのです――
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、急上昇しています!
【怪異の炎】
参拝者のうち、ある者は驚き、
またある者はその言葉を受け入れ……
受け入れた者は様子が変わります!
ああ、またです……
今日、もう十八回目です、
助けて……ください……
……
――いよいよだ、破局革命の時!
――比類舎ひるいしゃの総力を結集だ!
――まずは帝都を滅ぼす!
――我々は畏怖いふすべき力を備えた!

《バトル》

【怪異の炎】
――帝都を解体せよ!
――国家を解体せよ!
――腐敗の温床おんしょうを取り除け!
……助けて……ください……
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝都満洲から強力なセヒラが、
その場所に届いておるようだ!
波形が!
見たこともない波形が現れました!
――物凄い流れです!

【寺の小僧】
消えたと思ったあの炎、
また蘇りました――
【バール】
風魔ふうま
我輩はよく考えたニャ!
――つまりあのアストラルは……
繰り返し何度も現れるニャ!
というのも残留思念とは違い、
生きた思念として意志を持つニャ!
帝都の何処どこかにいる人間が、
強い意志とセヒラと絡めて、
ああして帝都に湧出ゆうしゅつさせているニャ!
その大元、おそらく帝都満洲ニャ!
誰かの意志が帝都満洲を経由して、
また帝都に現れているニャ!

【怪異の炎】
……
――いよいよだ、破局革命の時!
――比類舎ひるいしゃの総力を結集だ!
――まずは帝都を滅ぼす!
――我々は畏怖いふすべき力を備えた!

《バトル》

【怪異の炎】
――帝都を解体せよ!
――国家を解体せよ!

【寺の小僧】
同じことの繰り返しですね。
あの声の出処でどころは……
――私には見当も付きません!
【怪異の炎】
……助けて……ください……
【バール】
風魔ふうま、ここは切り上げるニャ!
元をつことニャ!
帝都満洲におもむき、
セヒラの流入を断ち切るニャ!
それしか救うすべはないニャ!

第五章 第八話 アストラルの凝集

はらえの

増上寺ぞうじょうじに眠る皇女和宮かずのみや静寛院宮せいかんいんのみや。彼女をしたう参拝客の思念が一つの人格をす。そこへ過激思想の思念が合わさった――
参拝者のいくらかは、和宮かずのみやから言葉をさずかった、そう信じ込み、過激思想に染まるおそれも――
セヒラの流入阻止が火急の要であった。

帆村ほむら魯公ろこう
妙なこともあるものだ――
参拝客の残留思念が和宮かずのみやを生んだ、
どうもそうらしいな。
墓地や霊廟れいびょうにはセヒラがある、
そのつてでいくと、そこに残留思念が
加わり、さも人のように振る舞う。
いや、むしろ一等多い残留思念が、
あの場所にセヒラを招いたか――
そうも考えられるな。
それに帝都ではアナーキスト連中が、
何やら準備を始めておるようだ。
その影響も少なからずあるはずだ。
いずれにせよだ、あそこに流れ込む、
大量のセヒラを止めねばならん。
梨央りお、次の満鉄の駅はどこだ?
喪神もがみ梨央りお
しばあたりに照応するのは……
哈爾浜ハルピンの南西、つまり牡丹江ボタンコウです。
浜松牡丹江ボタンコウです!

赤坂哈爾浜ハルピンから浜松牡丹江ボタンコウに向かうべく、帝都満洲鉄道の列車に乗るも、一向に発車する気配がない――

【満鉄車掌】
前方に何やら大きなものが……
当列車の行く手をふさいでおります。
そのものを退しりぞけないかぎり、
列車はこれより進めません。
――まるで怒りのかたまりのような、
そのような様相を示しております。

時空じくう狭間はざま

比類舎ひるいしゃ幹部アストラル】
御厨みくりや先生の右腕として、
この十年、やってきた!
今、私は満ちている!
ここ新橋しんばしの帝都ホテルにて、
愈々いよいよ、無政府元年を迎えるのだ!
それにつけても、ああ、情けない!
比類舎ひるいしゃの新参どもは根性がない!
何故だ? なぜ新宿旭町あさひまちなのだ?
あんな木賃宿きちんやどの並ぶ見窄みすぼらしい街で、
破局革命の狼煙のろしを上げるなど、
私には信じがたいことだ!
もう逃げ隠れはせん!
私は奴ら腰抜けとは違うぞ。
フフフ、お前は特高か、憲兵か?
あるいは崩れ者か!
革命の邪魔はさせん!!

《バトル》

比類舎ひるいしゃ幹部アストラル】
う……
――革命、頓挫とんざか!
いや、まだある、手はあるぞ!
【満鉄車掌】
やりました!
障害が取り除かれました。
当列車、出発進行です。

〔浜松牡丹江ボタンコウ・北〕

帝都満洲鉄道の着いた先、浜松牡丹江ボタンコウ。街は廃墟のようなたたずまいを見せ、幾多いくたのアストラルたちがおぼろに浮かんでいた――

【バール】
うンニャ!
ここは帝都満洲の新しい街ニャ!
といってもちっとも
新しい感じがしないニャ……
――むしろ廃墟だニャ!
本物の牡丹江ボタンコウは、駅がこの七月開業、
街もまっさらぴんの新しい街だニャ!
去年末に図寧トネイ線が開業、
今年、牡丹江ボタンコウまで延伸えんしんになって、
八月に図佳トカ線 が予定されてるニャン!
満洲の地に鉄路は繋がるニャ!
【バールの帽子】
鉄道敷いて、言わば
陣取りみたいなもんだゲロよ!
陣地と陣地とがぶつかると、
たちまち戦争になるんだゲロ!
【バールの帽子背後】
土地にはそもそも限りがある。
誰か一人が欲張ると、
せっかくの調和が乱れてしまうのう。
【バール】
このへんは何もないから、
速いもん勝ちニャんか!
【バールの帽子】
本当に何もないのか?
地面掘ったらお宝ザクザク、
なんてことがあるかもゲロ!
【バールの帽子背後】
フォフォフォッ!
なかなか夢のある話じゃな!
まぁ土地はあるに越したことはない!
【バール】
結局、欲張りじいさんだニャ!
さて、風魔ふうま、セヒラの流れ込み、
断ち切りに行くニャ!

比類舎ひるいしゃ革命隊Mアストラル】
今、武相屋ぶそうや旅館の御岳おんたけの間にいる。
他の隊員はどうだろうか――
ついに決行の時が来た!
今、昇汞水しょうこうすい茶碗ちゃわんそそいだ。
こいつを一息に飲むことで、
思念を極大化できる――
すべては革命のためだ。
我が生命を新しい国体に捧げる!
――腐敗した世界ともお別れだ。

比類人ひるいじん編集アストラル】
御厨みくりや先生は下谷したや谷中やなかに越された。
今年、八度目だな、引っ越しは。
そして今日が革命実行の時――
いや、私は実力行使はしない、
新宿にいる六名の革命隊が決行する。
今日、帝都に何かが起きるぞ!!

比類舎ひるいしゃ革命隊Sアストラル】
死というのは昇華しょうかである。
死の直前に命は強い力を出すからだ。
その力を集めて、革命を起こす――
こう考えると戦場で死ぬなど、
犬死いぬじに以外の何者でもないと思える。
御厨みくりや先生の教えは素晴らしい!
この見窄みすぼらしいこの三畳さんじょうの宿から、
国家を転覆てんぷくさせるなんて、
ああ、胸が高鳴るではないか!
昇汞水しょうこうすい茶碗ちゃわんを前に座るだけで、
命の勢いの増すのがわかる。
その頂点を外すまい!

【寺の小僧アストラル】
おそらくどこかに身を潜めている……
稀代きだいのアナーキスト、御厨みくりや車夫しゃふ
身を潜め、思念を送っている。
和宮かずのみやしたう参拝者の思念は、
アナーキストどもの思念を、
引き寄せたに違いない――

まずはあつまった思念のかたまりを、
なんとか解体せねばならない。
御厨みくりや探しは、その後だ!

比類舎ひるいしゃ革命隊Wアストラル】
帝大の奴ら、今頃、眼を白黒させて、
泡吹いているだろう!
僕は出し抜いてやったんだ!
――破局革命、本日決行!
赤門出版会に貼紙はりがみをしてきたんだ!
僕が比類舎ひるいしゃ鞍替くらがえするとは、
奴らも想像だにしなかったろう。
どうせ奴らは財閥会社に就職する、
アナーキズムなんて茶番なんだよ!
父様、母様、僕は革命にじゅんじます。
峰子の輿入こしいれには立派な衣装を、
あつらえてやってください――
峰子は妹ながら立派な女だ。
新生なった国体で活躍するだろう。
さぁ、そろそろ決行の時だ――

比類舎ひるいしゃ革命隊Kアストラル】
死んで思念を残す――
最初、意味がわからなかった。
――それは霊魂のことですか?
御厨みくりや先生に何度も食い下がったよ。
先生は帝都の下層には思念の流通する
世界が広がっているとおっしゃる……
人は生まれた時と死ぬときに、
その思念を極大化するという。
いよいよ、革命特攻の時だ。
死して我が思念により、
世紀の革命をすのだ!!

〔浜松牡丹江ボタンコウ・西〕

増上寺ぞうじょうじの大門に相応する場所に、はたしてアストラルが凝集ぎょうしゅうしていた。まるで巨大な壁のようである。

比類舎ひるいしゃ主幹アストラル】
ん? この気配は……
またアンタか!
――もう戦うつもりはない。
我々は新宿旭町あさひまち武相ぶそう屋旅館につどう。
ここが破局革命の拠点なのだよ。
六名の革命隊員ははらを決めたはずだ!
隊員たちはこれより昇華しょうかする!
強い思念でセヒラの流れを作るのだ。
そうだよ、セヒラだ――
私たちが何も知らないとでも?
人をして怪人化させる霊的な力を、
革命に使おうと言うのだよ!

【寺男のアストラル】
あの小僧……
どうも普通じゃないな。
奴はいつからここにいる?
ここにつかえて長いが、
あんな小僧は見たことがない――
奴は見てくれは小僧なんだが、
その実、違うのではないか?
――何よりやけに訳知わけしりだ!

比類舎ひるいしゃ革命隊員Aアストラル】
カルモチンをびん半分飲んだ……
ああ、意識が……遠のく……
反面、思念はまされる!!
――けれども……
ほんとうにこれで良かったのか?
肉体を捨てて思念を残す選択が……

比類舎ひるいしゃ革命隊員Hアストラル】
悪しき心を狙う力、それがセヒラだ。
それくらい、我々も知っている。
そのセヒラを革命に使うのだ!
御厨みくりや先生の着眼点は素晴らしい!
私もここに死して、強い思念を送り、
セヒラの流れに加わろうと思う!

比類舎ひるいしゃ革命隊長Gアストラル】
ここ新宿旭町あさひまち武相屋ぶそうや旅館は、
アナーキズムの聖地となるだろう。
明日には六名の革命隊員の遺骸なきがらが……
御厨みくりや車夫しゃふ先生は何でもご存知ぞんじだ!
思念とセヒラをもちいて、
国家こっか転覆てんぷくを実現するとは!
この決死革命を決行することで、
帝都にセヒラの奔流ほんりゅうがもたらされ、
薄皮のような秩序は消滅する!
それにしても……
武相屋ぶそうや沈丁花ちんちょうげの間においでの、
御厨みくりや車夫しゃふ先生はどんなご様子だ?
先生は最後に自死すると――
迷いがしょうじてはいけない!
お前だ、お前の存在が迷いを生むぞ!

《バトル》

比類舎ひるいしゃ革命隊長Gアストラル】
車夫しゃふ先生!
この者が、先生の邪魔立てを……
私にはふせげませんでした!

革命隊のおさ退しりぞけても、なお、アストラルは凝集ぎょうしゅうを続けている。その中に御厨みくりや車夫しゃふのアストラルがいるようだ。

御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
あなたは……特高ではありませんね。
私は一旦戻らねばなりません!
けれど、ここを動けないのです!
私を解放してください!
すればここを開きます――
やり残した仕事があるのです!!

そう言うや御厨みくりや車夫しゃふのアストラルは、
凝集ぎょうしゅうするアストラルの中にもれてしまった。

【バール】
思うにだニャ、風魔ふうま
御厨みくりや車夫しゃふは死ぬのをやめたい、
そうなんじゃニャいかニャ!
おそらくだニャ、
和宮かずのみや思慕しぼする大きな思念が、
御厨みくりやの思念を放さないんだニャ!
一度、帝都に戻り、
向こうの様子をさぐることニャ!

第五章 第九話 和宮の句

浜松はままつ牡丹江ボタンコウにはアストラルが凝集ぎょうしゅうしていた。そのせいで、セヒラが帝都へと流れ出ていた。それが増上寺ぞうじょうじに怪異をもたらしていた。アストラルの凝集ぎょうしゅうの原因である、アナーキストの領袖りょうしゅう御厨みくりや車夫しゃふ――
そのアストラルは場を離れたがっていた。
しかし御厨みくりや車夫しゃふのアストラルを、とらえて離さない思念があるという。それはおそらく和宮かずのみやしたう思念である。

芝増上寺大門前しばぞうじょうじだいもんまえ

【着信 喪神もがみ梨央りお
兄さん、
御厨みくりや車夫しゃふのアストラルですが、
もしや宗旨替しゅうしがえでもしたんですか?
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
何かやり残した仕事があると言う。
だが、奴を離さない思念とは――
それは和宮かずのみやしたう思念なのか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
皇女和宮かずのみやしたう人は多いです。
その思念は相当な力のはず――
和宮かずのみやの思念を解き放てば、
御厨みくりや車夫しゃふも離れられるかも……
そうすると――
アストラルの凝集ぎょうしゅうも消えるはず。
兄さん、和宮かずのみやの思念と話せますか?
――増上寺ぞうじょうじ石灯籠いしどうろうです。

【相手にされない若旦那わかだんな
先代が亡くなって家業継いだけど、
大番頭おおばんとうも番頭も、丁稚でっちまで、
ちっとも言うことを聞かない――
ああ、むしゃくしゃする!
そんな時は和宮かずのみや様をもうでます。
何事も辛抱しんぼうが大事ですからね!

村八分むらはちぶの芸者】
あねさんたち、アタシのこと、
とことん無視するんです。
アタシの生まれがいいからって――
先だっての恐慌で没落したのに。
くやしい時は、和宮かずのみや様にご相談です。
気持ちがうんと晴れやかになります。

【品川の男性】
うちのさいがですよ、
ご先祖の墓参りに来たときのこと、
そのとき、見たんだそうで――
灯籠とうろうに火の玉が浮かぶのを。
そんな、この近代生活モダンライフの帝都に、
火の玉なんかあるもんですか!
そう言ってやりました。
さいはね、小日向こひなた切支丹坂きりしたんざかでも、
火の玉見たことがあるそうです。

【寺の庭師】
妙な噂が広がるといけないんでね、
和宮かずのみや霊廟れいびょうには近付けないように、
さくを張ったんです。
ちゃんと千代紙ちよがみふうをしてね。
いやぁ、あっしの趣味なんで、
京都の千代紙集めがね!
でもね、何者かがふうを破いた、
何者かが和宮かずのみや霊廟れいびょうの前に……
そんなこと、誰がするんでしょうか?

芝増上寺境内しばぞうじょうじけいだい

【寺の小僧】
参拝者の思念が集まり、
和宮かずのみやの思念として振舞っている、
そのことは疑いようがありません。
問題はそこに合わさっている、
もう一つの思念なのです。
和宮かずのみやの思念は何を語るか、
とても気になるのですが、
もう一つに打ち消されてしまい――
今は石灯籠いしどうろうに現れています。
あれは和宮かずのみやでしょうか、
それとももう一つの方でしょうか?

【寺男】
あのおかしな光、
今日もまた出てるんだ。
ふとね、光で思い出してね、
前の新聞、引っ張りだしたんだ。
そしたらあったよ、記事が!
市ヶ谷いちがやの病院で、
おかしな光が出たっていう記事。
そん時、現場にあんたがいたんだ。

【寺男】
陸軍特務から派遣された隊員、
それってあんたのことじゃないか?
あんた、和宮かずのみや灯籠とうろうに、
何か仕掛けたんだろ?
あんたが張本人じゃないのか?

《バトル》

【寺男】
さては小僧と一緒にたくらんでるな……
――そうに違いない、違いない、
あああ、俺は、何で気付かなかった!
【寺の小僧】
私はなんでもありませんよ――
どうやら今日は和宮かずのみやが出ている、
いや、参拝者の思念でしょうが……
邪魔がないのかもしれません。
さて、向かいましょうか。

増上寺霊廟ぞうじょうじれいびょう

【寺の小僧】
わかっていてもですよ――
和宮かずのみやの思念、本物のようにも、
思えてくるんです。
古今ここん東西とうざいの思念ということでは、
本物の和宮かずのみやであっても、
不思議はないのですが……
【カラス】
カァ~カァ~
――何、見テイル?
カラストテ、シャベルトキハ、
シャベルノデア~ル。
デテコイ、トクジロウ!

【バール】
ビョーンと出てくるバールだニャ!
この辺は、ことほかだニャ!
セヒラが濃い濃いニャ!
それがためか、和宮かずのみやの思念、
元気だニャ!
話しかけてみるニャ!

皇女こうじょ和宮かずのみやの思念】
こんにちは!
今日は何だか気分がいいわ!
沢山の人とお話しなくちゃ!
もしかして……
貴方があの人を遠ざけてくれたの?
――御厨みくりや車夫しゃふって言う人。
おかしな名前ね!
あの人、突然、ここにやってきて、
お参りの人に変な言葉を投げるのよ。
【寺の小僧】
――なるほど……
確かに和宮かずのみやですね。
今は不在ってわけですか、御厨みくりやは。
【バール】
帝都満洲で御厨みくりやアストラルは、
動けないと言ってたニャ!
きっとそれで手一杯なんだニャ!
和宮かずのみやに事情を聞いてみるかニャ!
今のうちニャよ。
【寺の小僧】
御厨みくりやがいないから、
和宮かずのみやが出られるわけですね。
その理屈、とくと理解しました。
【???】
――私を、呼ぶのか?
いいか、私を退しりぞけるのだ!
それで私は開放されるはずだ!

《バトル》

【???】
だめだ!
私はいまだ解放されない!
急ぎ、戻らねばならぬのに――
【バール】
御厨みくりや、また引っ込んだニャ!
今のうちに和宮かずのみやに話を聞くニャ!
皇女こうじょ和宮かずのみやの思念】
あの人、御厨みくりやっていう人、
句をんだのにちっとも良くないと、
なげいておいででしたわ。
私のんだ句を届けてくださる?
そうすれば、あの人は満足よ。
どう、いい考えでしょ!
私ね、人を喜ばせたいの。
困っている人を放っておけない――
さぁ、句をむわよ!
しまじな
君と民とのためならば
身は武蔵野むさしのつゆゆとも

その句は和宮かずのみやが江戸に下るに際して、孝明こうめい天皇にいとまを申し出た際にんだとされる。

【バール】
聞いたニャ、聞いたニャ、
今の句を御厨みくりやに届けるニャ!
それで奴は解放されるニャ!
【???】
ううう、戻らねば!
私は戻らねばならない。
辞世じせいの句を完成させねば!
【怪異の炎】
――帝都を解体せよ!
――国家を解体せよ!
【バール】
これじゃ堂々巡どうどうめぐりニャン!
早く、帝都満洲に行くニャン!

山王機関本部さんのうきかんほんぶ
帆村ほむら魯公ろこう
ふむ……アストラルが、
多大なるセヒラを溜め、
それを思念の強い場所へ流すとは……
ある小説にこんな記述がある――
この息苦しい濛気もうきの中に、昔から
今まで至る場所で至る瞬間にされた
何かに一念に凝った人の姿が
数限りなく跡をとどめ、それが渦巻き
相寄り集まって、ぼうとした幽気とな
り、ほのかな陰惨な命に蘇って、
ぼんやりと立ち現われ、
ふらふらと彷徨ほうこうし始める――
喪神もがみ梨央りお
陰惨な命……
それがアストラルなのですね!
帆村ほむら魯公ろこう
そのアストラルが徒党ととうを組んで、
帝都へセヒラの奔流ほんりゅうをもたらした。
――うーむ、せないなぁ……
やはり生きた人間の、
余程よほどに強力な思念が作用して、
そのような事態を招いたのか……
喪神もがみ梨央りお
死ぬ間際には思念が強くなる、
ちまたではそう噂されています。
帆村ほむら魯公ろこう
しかし、浜松はままつ牡丹江ボタンコウの様子だと、
御厨みくりや車夫しゃふは死ぬつもりはない、
そうも受け取れたがな。
奴は辞世の句を作りそこねて、
急いで帰りたがっている。
和宮かずのみやはそれを知って――
自分のんだ句を届けようとして、
でもその術がなかったわけだ。
そういうことだな?
喪神もがみ梨央りお
兄さんが句を届けるのです。
そうすれば和宮かずのみや様は、
御厨みくりやを解放するはずです。
帆村ほむら魯公ろこう
よし、風魔ふうまよ、
もう一度、帝都満洲だ、
浜松はままつ牡丹江ボタンコウおもむくのだ。

第五章 第十話 浜松牡丹江セヒラの奔流

はらえの・帝都〕

御厨みくりや車夫しゃふは辞世の句をんだ。
しかし作りそこねて戻りたがっている。それを知った和宮かずのみやの思念は、自らむ句を贈ろうとするもすべを知らない。そこで和宮かずのみやの思念から句を聞き出し、再び、浜松はままつ牡丹江ボタンコウへ向かうことになった。句を届ければ、和宮かずのみやの思念は満足して、御厨みくりや車夫しゃふのアストラルを解放するだろう。それでセヒラの奔流ほんりゅうむはずである。

【着信 喪神梨央】
増上寺ぞうじょうじでは、依然いぜん
強いセヒラを観測しています。
帆村ほむら魯公ろこう
御厨みくりや車夫しゃふのアストラルがいなくなれば
セヒラの凝集ぎょうしゅうも消えるはずだ。
これ以上、帝都にセヒラが流れると、
何が起きるやも知れん。
頼んだぞ、風魔ふうま

〔浜松牡丹江ボタンコウ・北〕

帝都満洲鉄道は、さしたる妨害もなく、浜松はままつ牡丹江ボタンコウへ到着した。帝都の喧騒けんそうとは異なり、静けさを保っている。

【バール】
御厨みくりやは句が不出来ふできで、
死に切れないってことなんだニャ!
和宮かずのみやからもらった句、
早く御厨みくりやに届けるニャ!
【バールの帽子背後】
奴は何だかんだ言って、
死ぬ気なんぞこれっぽっちも、
持ちあわせておらんじゃろ。
【バールの帽子】
句がダメだからなおしたい、
そういうことだゲロ!
単なるロマンチストなんだゲロ!
【バールの帽子背後】
なぁに、弱虫なんじゃよ!
【バール】
それにしても他の隊員たち、
比類舎ひるいしゃの連中はどうなったニャ?
【バールの帽子】
二人、旅館で死んだゲロ!
そのうち死ぬ間際の思念が、
ここいらに漂い現れるゲロよ。
【バール】
思念はここじゃすぐにアストラル!
それらがまたぞろ凝集ぎょうしゅうに加わると、
いよいよ面倒なことになるニャ!
風魔ふうま
御厨みくりやアストラルのところへ急ぐニャ!
【バールの帽子】
それにしても和宮かずのみや頑固がんこだゲロ!
御厨みくりやなんか放っておけばよいものを。
【バールの帽子背後】
あれはな、事態を憂慮ゆうりょして、
御厨みくりやを捕まえておったのだよ。
そして風魔を待っておったんじゃよ!
【バールの帽子】
和宮かずのみやに捕まってるうちに、
御厨みくりやはすっかり決起けっきが失せた……
そういうことゲロな!
【バールの帽子背後】
御厨みくりやが強がるのをやめれば、
アストラルの凝集ぎょうしゅうは消えるはずじゃ。
和宮かずのみやは全部お見通しなんじゃよ!
【バール】
さ、急ぐニャ!
比類舎ひるいしゃの連中がやって来たニャ!

比類舎ひるいしゃ幹部アストラル】
革命隊長が知らせてくれたが、
すでに二名の隊員が自死したという。
きっと強力な思念が生まれただろう。
さて、私はどうしたものか……
ここ帝都ホテルは居心地がいい。
ルームサービスで葡萄酒ワインを頼んだ。
この快適さは死しては得られない――
ああ、そう考えをめぐらすうちに、
私の思念は……薄くなる気が……

比類人ひるいじん編集アストラル】
御厨みくりや車夫しゃふ先生が移られた、
谷中やなかの下宿館、花館はなのやかたと言う。
――下宿にしては不思議な名称だ。
先生が滞在される武相屋ぶそうやの部屋も、
沈丁花じんちょうげ、花にちなむ名だ。
他の部屋は大山おおやま高雄たかおなどだが……
そういえば、
沈丁花じんちょうげの花言葉は……
――不死ではなかったか!!

比類舎ひるいしゃ革命隊Wアストラル】
結局、剃刀かみそりのどいた。
予想に反し、痛くはなかった……
むしろ体が軽くなり、浮かぶようだ。
私の体は武相屋ぶそうやの二階だ、
今頃、血の海に沈んでいるだろう。
今の私は死ぬ前の私――
しかしだ、死ぬ前で止まっている、
そういう訳じゃないようだ!
なんだ、こんなことだったのか!
思念として永遠の存在になれる!
――ただし、邪魔が入らねばの話だ。
お前は私にとり異物だ、除去する!!

《バトル》

比類舎ひるいしゃ革命隊Wアストラル】
去ってくれ、もういい!
わけがわからなくなってきた!!
こんな状態で永遠に存在するのが、
果たして幸福なのか……
もうわからない!!

比類舎ひるいしゃ革命隊Mアストラル】
茶碗ちゃわん一杯の昇汞水しょうこうすいを飲んだ!
体内に焼けた鉄を流されたようで、
苦しむ間もなく、私は飛んだ!
私は思念となった!
さぁ、どこに向かえばいいのだ?
セヒラをまとい、帝都に戻る、
それで革命が起きるのだろう?
それにしても,他の隊員はどこだ?
御厨みくりや先生はまだなのか――

比類舎ひるいしゃ主幹アストラル】
すでに隊員二人が自死して、
思念を飛ばしたという。
残るは隊員四人と御厨みくりや先生だ……
先生は、思念でしか行けぬ場所に、
多大なセヒラがあると仰る。
革命を起こすに十分な量だそうだ。

比類舎ひるいしゃ革命隊Sアストラル】
昇汞水しょうこうすいを入れた茶碗ちゃわんは、
ずっと目の前にある――
死を前にして、
私には思念の高ぶりが訪れない――
むしろ昔のことを思い出し、
その思い出にひたるようなていたらく。
――私は死ねないかも知れない……

〔浜松牡丹江ボタンコウ・西〕

比類舎ひるいしゃ革命隊Kアストラル】
自死すると思念を飛ばすと言う。
思念は中界のような場所を漂う。
それが革命の力になる――
だが自死では姉さんに会えない――
姉は日光にっこうのサナトリウムで死んだ。
私が人生において死を迎えるのは、
まだ随分と先のような気がする――
悩ましいな……
自死して革命をすか、
あの世で姉に会うか――
カルモチンにベロナールに、
ヂエアールもそろえたのだが……
あゝ、続く命のなんという長さよ!!

比類舎ひるいしゃ革命隊Hアストラル】
自死して生まれた思念は、
セヒラの運び役となり、
帝都に多大なセヒラをもたらす――
御厨みくりや先生の計画が成功すれば、
帝都は無秩序状態アナーキーに陥る!
我々が直接手をくださずとも、
国家は転覆てんぷくするだろう。
さぁ、決行の時だ!

比類舎ひるいしゃ革命隊Aアストラル】
カルモチンを飲んだが……
……まだ致死量には……
……なんだか……眠く……
なって……き……た……
眠っても思念は飛ぶはずだが……

比類舎ひるいしゃ革命隊長Gアストラル】
今、沈丁花ちんちょうげの間を見に行ったが、
御厨みくりや先生、うたた寝をしていた――
あれは死を決意した顔じゃない!
――一体、どういうことなんだ?

御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
私は……辞世の句を損じた!
――そういうの、許せないんです。
だって、ずっと残りますよ!
【バール】
風魔ふうま和宮かずのみやから預かった句、
教えるニャよ!
言うニャ、言うニャ、今だニャ!
しまじな
君と民とのためならば
身は武蔵野むさしのつゆゆとも
御厨車夫みくりやしゃふアストラル】
ああ、思い付いた!
新しい句をだ!
しまじな 君と民とのためならば~
ああ、動けるぞ、動ける!
ようし、この句をしたために、
一旦、花館はなのやかたに戻るとする!

感嘆の声を残して、御厨みくりや車夫しゃふのアストラルは消えた――
それに続きアストラルの凝集ぎょうしゅうも、やがて消え始めた――

【バール】
消えたニャ、消えたニャ!
これで帝都へのセヒラの流れ、
収まるはずだニャ!

【バール帽子】
おい、風魔ふうまさんよ、
触らぬ神にたたりなしだゲロ!
そう思うゲロね!
【バール】
なんか出たニャ。
あれは、セヒラが知るもの
きっとその全てだニャ。
【バール帽子】
セヒラは全てを含むゲロ。
ある時代、ある場所に限らない――
全部といえば全部だゲロ。
【バール帽子背後】
おいおい、もしやそいつは……
宇宙ユニバースってのか? アンタ、
宇宙ユニバースと喧嘩でもする気かい?

【バール】
ここはどこだニャ……
赤坂にして赤坂にあらず――
【バール帽子】
ゲロゲロ、ここはおそらくだ、
誰かの記憶ではないか、ゲロゲロ。
記憶がこしらえた街だゲロ。
【バール帽子背後】
俺達が出てこられるってことは、
帝都じゃないな、そうだろ、
風魔ふうまさんよ。
もしや……
ここは、アンタの記憶かもな!
【???】
風魔……
そこにいるのね……
【バール】
ニャ、ニャんニャんだ、あの声は?
女の声だニャ……
知らない声だニャ!
【???】
風魔……
私のこと忘れたの? 淑子としこよ……
――そばに来て頂戴ちょうだい
【バール】
ニャンニャン、あの声は?
淑子としこって、誰ニャン?
いい人ニャんか?
【着信 喪神もがみ梨央りお
繋がった!
兄さん、声は淑子としこ姉さんじゃない!!
まやかしよ、気をつけて!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
淑子としこさんはお前が中学五年生の時、
肺病で亡くなった……
事実から目をそむけるな、風魔!
【???】
私は……まだ最中さいちゅうなのよ、風魔……
――ずっと……最中なの……
迎えに来て、風魔……
【バール】
そっちは、危険だニャ!
行っちゃダメニャ!!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
風魔よ、惑わされるな!
お前は自分の記憶に取り込まれようと
しておる! 行くんじゃない、風魔!!
【バール】
こうなったら、ありったけの
アストラルを呼ぶニャン!
目には目をだニャン!
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
風魔!
気を確かに持つんだ!
惑わされるんじゃないぞ!
【バール】
呼ぶニャン、呼ぶニャン、
アストラル、たくさん呼んで、
惑わしを吹き消すニャン!
【バール帽子】
そんなことしたら、
すこぶるゲロゲロだぞ!
どんな奴が現れるや知れん――
【バール帽子背後】
ものは試しだ、やってみるだよ。
――用意はいいな、ども!

権化ごんげのアストラル】
――痛いっと思った直後、
全身が硬直しました。
その時、私は飛んだのです――
帝大工科の研究工廠こうしょうで、
私は千ボルト、四十アンペアという、
高圧電流に感電してしまいました。
こうして漂ううちに、
いろんな人が集まってきました。
電気は人を寄せるのですね――

おれは電気総長だよ。
ただの電気ではないさ。
つまり、電気のすべての長、
長というのはかしらとよむ。
とりもなおさず
電気の大将ということだ。

皆さん、電気には可能性が一杯です。
将来は、電気で声や歌を届けたり、
電気で景色を送ることもできます。
また電気は絵や文を書くなんて芸当も
いとも簡単にやってのけるのです。
二十世紀は電気の時代なのです!

変わった名だね。君は何人なにじんかね?
フッ、まぁいい、どうせわかる。
それにしても酷い虫歯だ――
この鉗子かんしには電流が流れている。
まずは二百ボルトからだ。
失神したら起こしてあげるよ――

あああ、だめです、
邪悪な思念が混ざっています!
一度、解散しないといけません!
――貴方! 力を貸してください!!
私たちを離してください!

《バトル》

権化ごんげのアストラル】
やっと、離れました……
――私の体はどこでしょうか……
まだ見つかっていないようです。
【バール】
やったニャ!
アストラルが吸い込んだセヒラは、
方々に散ったニャ!
【バール帽子】
これでもう大丈夫だゲロ。

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
――よかった……
――あれは確かに姉さんの声でした。
亡くなったの、私が十歳の時。
兄さんは中学五年だった――
でも……どれもみんな、
兄さんの記憶からつむぎだされたもの。
だから、まやかしじゃないのね。
でも……
あのまま行ってたら、絶対戻れない。
――だから、よかった……
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
おい、風魔ふうま! 梨央りお
何を油売ってる?
早く戻ってこい!

セヒラの奔流ほんりゅうが現した記憶の世界。そこへやまいで亡くした姉の声がした――邪心は記憶のよみがえりさえも操るというのか。

第五章 第十一話 渋谷の戦い

そのとき、鬼龍きりゅう豪人たけとは混乱し、進むべき道を見失っていた――
召喚師として心を強くして、を降ろし、それを指揮する修練、積み重ねたはずが、それがらいでいる。
鬼龍の中で何かが壊れようとしていた。
壊れて、また新しく作られる――
その円環の始まりのようであった。

【くぐもった声】
お前の前に、もはや道はない!
鬼龍きりゅう豪人たけと
道は私が見つける!
貴様の指図さしずは受けない!
【くぐもった声】
思い込みの強さは、
生来しょうらいのものか?
――それともそう振舞っているのか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
私は事実を言うまでだ。
しかるべき道が私を導く――
その時を待つ!
【くぐもった声】
辛抱強しんぼうづよいのだな、見かけによらず――
それは東雲しののめ流の教えか?
それともトゥーレのやかたで学んだか?
お前は自分の可能性に、
まだ気づいていない。
それを邪魔するものがあるようだ。
鬼龍きりゅう豪人たけと
そのような言われ方をする、
筋合いなど無い!
自分を最も知るのは、
この私だ――
【仮面の男】
そうであるといいんだが、
鬼龍きりゅう豪人たけとよ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
貴様!
一体、私に何を望む?
【仮面の男】
私の望むもの?
ハッハッハ!
――それは君の真の姿だ!
鬼龍きりゅう豪人たけと
フフフ――
私は決して一人ではない。
そのことを忘れるな。
【仮面の男】
どういう意味だ?
一人ではないとは?
鬼龍きりゅう豪人たけと
今にわかる、今にな――

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

増上寺ぞうじょうじの怪異もしずまり、帝都のセヒラは、比較的安定した値を示していた。際立きわだった怪人騒動も起きていない――
帝都に6基ある探信儀たんしんぎの値を総合して、増上寺ぞうじょうじのセヒラが如何いかに異常であったか、関係者が集まり改めて確認された。
その際、渋谷しぶやにある一探の値に異常があり、飯倉技研いいくらぎけんの技師が調査に出向いた。梨央りおも見学がてらそれに同行した。

帆村ほむら魯公ろこう
なぁに、梨央のことは心配いらん。
歩一から八名の護衛が付いたし、
セヒラの値も安定しておるからな。
それにしても軍属の移動に、
皇軍兵士が八人もまもりに付くとは――
参謀本部のはからいとはいえ、
なかなかの厚遇こうぐうであるな!
九頭くず幸則ゆきのり
失礼します!
歩一の九頭くず中尉です。
帆村ほむら魯公ろこう
おう、中尉!
歩一から大勢、護衛に出たそうだな。
九頭くず幸則ゆきのり
ええ――
増上寺ぞうじょうじの影響、まだ残るようです。
げんにホテルの近くでも――
九頭が言うには、山王さんのうホテル近辺で、
怪人の目撃があったとのことだ。
山王さんのう機関でセヒラの観測はなかった。
六基の探信儀たんしんぎに調整が入っている、
その影響であるかも知れなかった。
帆村ほむら魯公ろこう
すぐに対応してくれ、風魔ふうま
しばらくは携行式探信儀けいこうしきたんしんぎが頼りだ、
慎重には慎重をすんだ。
九頭くず幸則ゆきのり
さっきホテル前に人が集まっていた。
その中に怪人がいるかも知れん、
行こう、風魔!
帆村ほむら魯公ろこう
移動するなら公務電車がいるな!
運行課に手順を尋ねておく。

山王さんのうホテルまえ

まるで真夏のような日が照るホテル前。何人かの市民が気もそぞろという風で、たたずんでいた。

九頭くず幸則ゆきのり
風魔、何度かお前と一緒するうちに、
俺も怪人がわかるようになった……
てなことはないな!
でも、ここにいる連中に、
一人くらいまぎれてるだろ、怪人!
それくらいは、俺でもわかる。
第六感がな、ピーンとな、
ピーンとするんだ!

【噂好きのサラリーマン】
もしや怪人騒動ですか?
――いやね、新宿しんじゅくの安宿で、
集団自殺があったとか。
学生、文筆家、銀行家に雑貨商……
死んだのは四人だとか。
共通しているのは、
皆アナーキストだったことです。
連中、怪人になろうとしたんですか?
その辺のことはわかりませんがね……
警察ではこの事件、封印だそうで。
新聞にもりませんよ、きっと!

【書芸家】
総督府そうとくふの第八回書芸しょげい展の会場は、
このホテルでよろしいですか?
――あなた、ホテルの方ですな?
九頭くず幸則ゆきのり
帝国軍人の士官を見て、
何かのおふざけですか?
【書芸家】
ああ、これは失礼した!
いや、私の作品が選にれてね、
一体、どういう絡繰からくりなんだと――
九頭くず幸則ゆきのり
今日はそのようなもよおし、
見かけませんがね――
もしや、あなた……
【書芸家】
あー、いやいや、ならいいんです。
事務部の方にけあってみますので。
九頭くず幸則ゆきのり
――書芸って、あれだよな、
朝鮮の書道だよな。
ハングルに似せた国字こくじを作って、
全部を漢字で表すんだよな。

【浮世離れした文科生】
特務機関がこの近くだと聞いた。
あんたがそうなのか?
大学で騒動を起こすのは、あんたか?

【浮世離れした文科生】
毎日、本を読んで暮らそうと――
今は落ち着いて勉強もできない!
怪人とかアナーキストとか知るか!

《バトル》

【浮世離れした文科生】
どうした……
とうとう自分を見失ったのか、僕は。
アハハハハ~
【九頭幸則】
大学で騒ぎを起こすのは、
あれだな、赤門あかもん出版会だな。
すでに特高の内偵ないていが入っているって、
そんな話だったはず――
【着信 帆村魯公】
いるか、二人!
至急、代々木よよぎ練兵場に向かえ!
一探にいる梨央りおからの依頼だ。
公務電車、九番の路線は無理だった。
溜池ためいけ六本木ろっぽんぎ経由で渋谷しぶやに行く、
六番の路線を確保したぞ!
【九頭幸則】
梨央ちゃん、何を観測したんだろう?
とにかく急ごう!
何が待ち受けるかわからんが。

代々木練兵場よよぎれんぺいじょう

北支ほくしの平原を思わせる広大な練兵場で第三連隊の将兵たちが訓練をしている。将校の訓示くんじを聞き入る隊のそばまで来た。

九頭くず幸則ゆきのり
連中、九九小隊じゃないか?
歩三の……だとすると鬼龍きりゅうか!

【第九九小隊二等召喚兵】
第九九小隊は、
本日より歩兵第三連隊召喚小隊です!
九頭くず幸則ゆきのり
この近辺でセヒラが観測された。
心当たりはないか、二等兵!
【第九九小隊二等召喚兵】
二等召喚兵であります、中尉!
セヒラの心当たりはございません!

【第九九小隊二等召喚兵】
本日は歩三召喚小隊の演習日です。
鬼龍きりゅう隊長の指導の元、
訓練に精を出すであります!
九頭くず幸則ゆきのり
召喚師の養成は
順調に進むのか、曹長そうちょう
【第九九小隊二等召喚兵】
召喚曹長そうちょうであります!
はい、召喚師は増えております!
隊長のところへご案内します。

【第九九小隊二等召喚兵】
隊長、お客様です。
一般歩兵中尉と特務中尉であります。
鬼龍きりゅう豪人たけと
歩一士官と特務機関員か!
――我が隊に何用だ?
九頭くず幸則ゆきのり
大尉、この近辺で、
セヒラが観測されています。
貴隊に原因があるのではないですか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
フン、言いがかりは止せ!
我が隊は召喚師部隊だ、
隊に怪人などいない!
九頭くず幸則ゆきのり
それはどうだか……
部隊作り、捗々はかばかしくないと、
もっぱらの噂ですがね――

広大な演習場を風が渡る――
聞こえてくる音は他になかった。

九頭くず幸則ゆきのり
鬼龍大尉――
大尉は新宗教のおかしな教義に加担かたん
鈴代すずよの命を危険にさらしたではないか!
鬼龍きりゅう豪人たけと
命に危険がおよんだか?
彼女とて刺激になったのではないか?
確かに神子柴みこしば錬金術れんきんじゅつ
はなはだしく曲解している。
――もしや私が信じたとでも?
九頭くず幸則ゆきのり
あなたが何を信じようが、
そんなことはどうでもいい!
問題は何をしたかです!
鬼龍きりゅう豪人たけと
私はただ道を求めている。
それだけだ。
九頭くず幸則ゆきのり
ご自身が求めるもののために、
鈴代に犠牲をいたのですか?
それがどういうことか――
鬼龍きりゅう豪人たけと
中尉は如月きさらぎ鈴代すずよの強さを知らない、
そうではないかな?
確か尋常じんじょうの同級と聞くが。
九頭くず幸則ゆきのり
鈴代のことならよく知っています。
彼女は力など求めてはいない――
強さなど関係ないんです!
鬼龍きりゅう豪人たけと
ここにもいたのか、ロマンチストが!
彼女が霊異りょういを現せないというのは、
彼女がそれを望んでいるからだ。
九頭くず幸則ゆきのり
他にすべがないのなら、
選びようがないのではないですか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
彼女は何かを恐れている、
私にはそう見えるがね。
鬼龍きりゅう豪人たけと
東雲しののめ流宗家としての彼女は、
稀代きだい審神者さにわとしての資質を備え、
その開花が待たれていたのだ。
九頭くず幸則ゆきのり
あなたの存在が、彼女を阻害した、
それこそが事実なのではないですか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
フフフ、私は道に迷っているのでな!
喪神もがみ風魔ふうま! いい機会だ、
私に道を示してはくれないか!

《バトル》

鬼龍きりゅう豪人たけと
喪神もがみ中尉!
私はまだ未熟者だ――
だが、未熟者には未熟者のすべがある!

鬼龍きりゅう豪人たけと
いいだろう、少し自分が見えた――
九頭くず幸則ゆきのり
見えなかった道でも見えましたか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
――フフフ……
……私は……捨てるべきなのか……
……ウッ……
……ウグッ!

鬼龍きりゅう豪人たけと
京都時代、私は東雲しののめ流に打ち込んだ。
自ら神意に向き合う喜びに満ち、
そして恋をしていた――
【仮面の男】
輝ける過去というやつだな!
――私には過去など無用だがな!
鬼龍きりゅう豪人たけと
西陣にしじん商家しょうかの娘だった。
師団街道で乗せた円タクが事故に
彼女は死んだ。あっけなく死んだ――
【仮面の男】
お前は心の半分を、
京都に置き去りにしているのか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
置き去りになどしていない。
穴が開いているだけだ。
何をもってもまらない穴が――
【仮面の男】
小娘の死んだのが、
それほどショックというわけか?
鬼龍きりゅう豪人たけと
フフフ、何もわかっていないようだ。
確かに娘の死がきっかけだが、
穴とは東雲しののめ流を受け入れる穴だ。
【仮面の男】
なるほど――
それはお前らしい考え方だ。
流派が閉じられ、穴は空いたままか。
【仮面の男】
だがお前はトゥーレのやかたで修練し、
その穴をめたのではないか?
それがお前の尊厳をすのでは――
鬼龍きりゅう豪人たけと
愚鈍ぐどんな貴様もようやく理解したか。
穴を抱える私と、穴をめた私、
その二人がいるということを!
【仮面の男】
二匹の迷える子羊ストレイシープか――

九頭くず幸則ゆきのり
鬼龍きりゅう大尉!
どうされましたか?
――あなたがしっかりしないと……
【第九九小隊召喚曹長】
隊長! 隊長!
衛生兵を呼ぶ、
ここはお引き取り願えますか?
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、セヒラは消えた。
本部に帰還してくれ。
梨央りおも戻ったぞ。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
セヒラの出処でどころ、結局、
鬼龍きりゅうの部隊じゃなかったわけか?
九頭くず幸則ゆきのり
連中、昇格でもしたんですか?
第九九小隊を改め召喚小隊に
なったと胸を張っていましたよ。
帆村ほむら魯公ろこう
常田つねだ大佐、本腰を入れるつもりか。
だが隊の規模は変わらんからな――
梨央りお、一探の方はどうであった?
喪神もがみ梨央りお
セヒラの観測、間違いないのですが、
何分、揺らぎが酷くて……
また妙な波形も出ています――
九頭くず幸則ゆきのり
通信網を介さずに、
探信儀たんしんぎじかに測ると微細なセヒラも、
逃すことはないんだな?
喪神もがみ梨央りお
あら、中尉……
いつの間に探信儀たんしんぎのこと、
そんなに勉強されたんですか?
九頭くず幸則ゆきのり
いやぁ、勉強だなんて……
アハハ、梨央ちゃんにめられると、
なんだか照れくさいなぁ~
喪神もがみ梨央りお
(ちょっと言ったまでですけど)
帆村ほむら魯公ろこう
ところで、梨央、
妙な波形というのはどの辺りなんだ?
喪神もがみ梨央りお
はい、青山方面です。
あの辺、一探でギリギリなんです。
じかに計測して確認できました。
帆村ほむら魯公ろこう
うーむ……
探信儀たんしんぎ隙間すきま、やはり由々ゆゆしき問題、
なんとかせねばな――

第五章 第十二話 思念の顕在

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
どうしましたか?
――今、どこにいるんですか?
青山墓地でまたあの波形です。
鈴代すずよさんがきにされた時と
同じ波形が観測されました。
至急、青山墓地へ向かってください。
――黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聞こえますか?

青山墓地あおやまぼち

薄暗い墓地の中から、どこからともなく、つぶやくような声が響いてきた。それは読経どきょうのように唱える神曲の一節だった。
われが向かうところわれが見る限り、新たなるさいなみを受くる者の他に無く――
われは第三の地獄にあり、ここは永遠のしげき冷たき雨の地獄、大粒のひょう、水はにごれり、雪降りしきる――

神子柴みこしばはつゑ】
またお会いしましたね。
確かに私はみずからもたらした、
金神こんじんと合一できませんでした。

むご異形いぎょうの野獸チュルベロは
に浸る民のう
みっつのどにて犬のうに吠える――

――まだ力がおよばなかったのです。
しかし今、すべては満ちました。
如月きさらぎ鈴代すずよ白化アルベド触媒しょくばいとなり、
黒化ニグレドの思念を呼び集めています――
私には多くの信者を招いた、
その責務せきむがあるのです――
思念となった者たちをよみがえらせ、
賢者の石として永遠の存在にする、
その役割があるのです。
そのあかつきには、私は、新しき天地あめつちの母、
真の創造主となるのです。
さぁ黒化ニグレドの思念を招きましょう!
さぁ、貴方も、ご自分を試しなさい。
白化アルベド触媒しょくばいたくして、
無限とも言える力を得なさい――

神子柴みこしばはつゑ】
鬼龍きりゅう豪人たけとさん――
貴方は自身から目をそむけている――
鬼龍きりゅう豪人たけと
私が?
自分から目を……
どういうことだ?
鬼龍きりゅう豪人たけと
私は自分をよく知っている――
神子柴みこしばはつゑ】
貴方の求めるもの、
手に入るかも知れません。
保証はないのですが――
鬼龍きりゅう豪人たけと
何をするというのだ?
神子柴みこしばはつゑ】
自ら異能を封じ込めた人物――
如月きさらぎ鈴代すずよを目覚めさせるのです。
鬼龍きりゅう豪人たけと
目覚めさせる?
もう一度、霊異りょういを現すように、
説得でもするのか?
神子柴みこしばはつゑ】
錬金術の過程を進めて、
如月鈴代に触媒しょくばいの働きを持たせ、
眼前に霊異りょういを現すのです。
鬼龍きりゅう豪人たけと
錬金術……
よくは分からないが、
試す価値はありそうだな。

神子柴みこしばはつゑ】
終末はせまっています。
貴方もお力をお貸しください。
貴方には素晴らしい霊力があります。
眼を見張みはるほどの力です――
――素晴らしい、その力……
私は感じています――
さぁ、早く!
終末はそこまで来ていますよ。
貴方! もう時間がないのです!
早く、お力を!!

《バトル》

神子柴みこしばはつゑ】
素晴らしいお力です!
そうです、これです、
最後の扉が開き――
――私は思念として漂い、
こうして貴方に向き合い……
しかし、何かが食い違っています――
如月きさらぎ鈴代すずよ
…………
……
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
現在、どちらにおいでですか?
青山墓地で帥士すいしを確認できません!
――セヒラは依然、高いままです。
如月きさらぎ鈴代すずよ
――風魔ふうまさん……
私……
身辺に危険が迫ると言われ、
兵らに連れられてここへ来ました。
――鬼龍きりゅうさんが……
鬼龍さんが招いたのです。
不思議そうな顔して私を見るんです。
そして……
いろいろと不可解なことを口に……
――彼は、自分を見失っていた、
私はそう考えています。
何かの力が及んで、
鬼龍さんを変えた――
いや、変えようとしたのかも……
私、わかるんです。
闇雲やみくもに力を求める叔父とは違う……
鬼龍さんが求めているものは、
もっと違った姿をしています。
――けれど、それが何かまでは、
まだ見えていません……
【バール】
また変なところに来たニャ。
ここはどうやら帝都じゃないニャ……
おそらくだニャ、
鈴代さんの記憶の中ニャ。
――手っ取り早くここを出るには、
ショックが必要だニャ!

丁稚でっち
お兄さん! オイラ、見たんだよ!
怪人だよ! 怪人が出たんだ!
どっかそのへんだよ……

問屋とんやの使用人】
なんだぁ……おい!
今日はやけにまぶしいな!
天道様てんとさまがいくつも見えるぅ~

問屋とんやの使用人】
きゃはははははは!
俺はなぁ、力を得たんだ!
力だ力だ力だ、きゃはははは!

《バトル》

問屋とんやの使用人】
アハハハ!
お前も執念深いな。
しつこい奴は嫌われるぞ!
【バール】
しつこいかどうかは
わからニャいが、
ここもまごうことなき記憶の中だニャ。
ここは――
風魔、風魔の記憶だニャ!
鈴代さんの記憶から繋がったニャ!
【バールの帽子】
よっぽど赤坂に思い入れが
あるのかいな、ゲロゲロ。
感傷センチメントの地ってか?
【バールの帽子背後】
風魔ふうまさんよ、お前さんがはじめて
山王さんのう下のオウルグリルに行ったのは、
確か八年前だったよな。
淑子としこ姉さんに連れられて――
お前さんはビフテキを平らげた。
姉さんが亡くなる前の年だ。
【バール】
ニャるほどニャ!
まぁ、ここニャら無線も入るし、
自力で戻れるニャ。
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聞こえますか?
帥士すいしの存在、すぐ近くに観測します。
青山墓地のセヒラは、
現在、小康状態にあります。
任務終了、本部に帰還してください。

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
ふむ……
きにされて、なお冷静に
鈴代は鬼龍を観察していたのか。
鬼龍の敵愾心てきがいしんは、山郷やまごうの腹黒さとは
別モノということか……
だが、その向こうに何があるのか――
それが気がかりではあるな。
喪神もがみ梨央りお
それにしても――
鈴代さんの記憶の中に入るなんて……
これもセヒラの影響なんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
ああ、先だってのセヒラの奔流ほんりゅう
あれが 何かを変えてしまった。
強い思念さえあれば時空がゆがむ、
そんな事態を招いているようだ。
肉体に痛みを感じなくなると――
要注意ということだな!
喪神もがみ梨央りお
え? どうしてですか?
痛みを感じなくなるって……
帆村ほむら魯公ろこう
心に悩みがあるときは、
肉体の痛みを感じなくなる――
リア王に出てくる台詞だよ。
喪神もがみ梨央りお
――それじゃ、
思い詰めたりすることだって、
危ないかもしれないんですね。
帆村ほむら魯公ろこう
ああ、そういうことだな。
でも我ら機関員は心をきたえておる。
そうだろ、風魔。
喪神もがみ梨央りお
――さっきの溜池通ためいけどおりでは、
兄さんの位置が確認できなかった。
こんなに近いのに、変です。
さっきのは……
溜池通ためいけどおりなんでしょ?
――兄さんの心の中の……

帝都はまたひとつ、新たなるかいの扉を開く。思念の元へ、記憶の中へ、現世が繋がる――
世界のその全てを含むセヒラによって。

第五章 第十三話 指輪の怪異

山王機関本部さんのうきかんほんぶ

帆村ほむら魯公ろこう
少し探りを入れてみたんだが、
山郷やまごう一派にいろいろ動きがある――
刑務所の囚人をきにして、
人籟じんらい量産を狙っておるしな。
このままでは気圧けおされかねない。
喪神もがみ梨央りお
噂をすれば、ですよ!
帆村ほむら魯公ろこう
ん? 誰か来たのか?
喪神もがみ梨央りお
市ヶ谷の方でセヒラ観測です。
――市ヶ谷見附の辺りです。
市ヶ谷刑務所が近いです。
帆村ほむら魯公ろこう
ふむ……
梨央ちゃん、言葉がちょっと
違うようだけどな。
喪神もがみ梨央りお
――はい……
以後、改めます。
兄さん、市ヶ谷見附の方です。
喪神もがみ梨央りお
セヒラの値は安定しているので、
人籟じんらいではないように思います――

市ヶ谷見附いちがやみつけ

牛込うしごめ署の巡査】
あっ! これは、特務中尉殿!
小官の観察でありますが、
妙な指輪の人がこの辺りに集まり――
何やら嫌な予感がします!
指輪を手にしたら、
力がみなぎってきたんだとか……
そんなことを話すそうです。

【スーツの男】
いつぞやは先生がとんだ失態を……
先生、同僚に先越されて、
よっぽど腹に据えかねたんですよ。
あの先生ですが、私も厄介に思い、
つい力を込めてしまいました……
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、急上昇です。
探信儀を使ってください!!

【スーツの男】
そしたらね、先生、うふふふ……
はらわたがはみ出しちゃってね、
手で戻そうとするんです、傑作だ!
お前も同罪だ!
いよいよ、我慢ならない!
のたうち回って、死ね!!

《バトル》

【スーツの男】
はぁはぁはぁ……
私、ひどく動転していますね……
この指輪……これのせいでは?
あの人から預かって以来、
自分を抑えられなくなるんです。
この指輪、あなたに預けます。

それは、ユリア・クラウフマンが、仮面の男から預かった指輪と似ていた――

【着信 喪神もがみ梨央りお
まだセヒラ反応があります。
――それにしても、指輪によって、
怪人化したんでしょうか?
指輪の研究、まだ進んでいません。
気を付けてください。

周旋屋しゅうせんや
あんさんは、軍人さんで?
――軍医さんじゃないですよね?
いやね、そこの子、なんか
具合悪そうで、脂汗あぶらあせダラダラ。
ちょっと見てやってくれませんか?

【まあくん】
薬師様やくしさまの竜水、効かなくなったんだ!
おっかぁ連れて行ったけどね、
ちっともうまくないんだ。
だから、おいら……おっかぁを……

【まあくん】
竜水の井戸に突き落としたんだ!
井戸は空だった……鈍い音がしたよ。
あの水、どっから来てるんだい?
兄さん、知らないよねぇ、
知るよしも無いよね!!

《バトル》

【まあくん】
おいら、どうしたんだろ……
おっかぁ! おっかぁはどこ?
ねぇ、教えてくれよう……

少年が去った後、そこに落ちていたのは、またしても指輪だった。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、辺りのセヒラは
なくなりました。
そのままセルパン堂へお願いします。
周防すおう彩女あやめさんが、
怪人に追いかけられたとか。
中之島ファンの怪人だそうです。

〔セルパンどう

式部しきべじょう
よく来てくれました、喪神もがみさん。
実は彩女あやめ君がですね――
周防すおう彩女あやめ
彩女から言います。
彩女、怪人を引き付ける力が、
ずっと強くなった気がします。
数寄屋橋すきやばしでじっと彩女を見る人が。
でも気にせず市電の十一番に乗って、
塩町しおまちまで来たんです……
式部しきべじょう
その男も、同じ市電に乗ったかい?
周防すおう彩女あやめ
多分……
だって、電停降りたら声かけてきて。
彩女、心臓が口から飛び出そうに――
式部しきべじょう
でも、その男が怪人だと、
どうして君にはわかったんだい?
周防すおう彩女あやめ
彩女、何度も怪人を引き寄せました。
だから、わかるんです……
怪人の傍ではすーっと寒くなります。
式部しきべじょう
まだ近くに気配を感じるかい?
――その、何怪人だったか……
周防すおう彩女あやめ
中之島歌劇団なかのしまかげきだんのファンの怪人です。
彩女のことテフはんとかなんとか、
そのように呼んでいました。
式部しきべじょう
というわけなんです、喪神さん。
怪人探し、協力してもらえますか。
私たちも手分けします。
彩女君と私はこの塩町しおまち近辺で、
喪神さんは……
周防すおう彩女あやめ
中之島なかのしま怪人は市ヶ谷いちがやです!
彩女が振り返ったら市ヶ谷いちがやの方へ、
てくてくしていましたから。
式部しきべじょう
それでは、喪神さんは
市ヶ谷いちがや方面をあたってください。
後ほど合流しましょう。

【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
若松町わかまつちょう界隈かいわいでセヒラ観測です。
注意して向かってください。

若松町わかまつちょう

【兵隊やくざ】
何だぁ、てめえも軍人かぁ?
気取ってんじゃねぇぞ、ゴルァ!
軍人なら、あの野郎を
とっととしょっ引けや!
独り言ほざく気色きしょく悪い間抜けじゃ!
【着信 喪神もがみ梨央りお
気を付けてください、
セヒラ上昇中です。
――今の人は口が悪いだけです。

【熱烈な中之島なかのしまファン】
わてのテフはんはな、大スタアや。
そやさかいな、なかなか
ねき寄せてもらわれへんねん。
ちぃーとな寂しゅうなってな、
わてのハァトの中はおしめりさんや。
まぁ、そうゆうもんやろ……けどな、
おんどれみたいなド阿呆あほがな、
わやにすんのはゆるされへん!
ほんま、いてこましたるわ!

【熱烈な中之島なかのしまファン】
ああ、なんぼでも笑え!
わてのこと、笑たらええねん!

《バトル》

【熱烈な中之島なかのしまファン】
はぁはぁ、
何やけったいな気ぃやな……
日劇の前で声かけられてな。
立派な銭取るゼントルマンの人や……
ひょひょひょ、おもろいやろ!
その人にな、この指輪渡されたんや。
ほならな、いろいろわかってん。
テフはんのことや、何やらカニやら。
――グプッ……オエ……
ああ、えずいてきたわ。
この指輪、アンタ、持っといてんか。

大阪弁の男が差し出した指輪は、またしてもあの謎多き指輪であった。

【熱烈な中之島なかのしまファン】
ほなもう、わてはな、
大阪いなせてもらいまっさかいに!

【ピアノ教師】
どこかで音楽、鳴っていませんこと?
あら、私、近くで洋琴ピアノ教室を。
洋琴ピアノ曲といえばラフマニノフの
前奏曲えいハ短調ですわよね!
――妙だわね……
音楽と一緒にオペラのような、
歌声の聞こえたように思うのですが。

【米海軍軍曹C】
リンカーン号の寄港した夜、
自分、見たんです――
ケイトさんが一人の日本人女性と……
【着信 喪神もがみ梨央りお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラの上昇を確認しました!

【米海軍軍曹C】
おそらくあれが蝶々夫人ちょうちょうふじん~♪
三年の間、港を見続け~♪
リンカーン号のはたを探した~♪
蝶々夫人ちょうちょうふじん、ひどく思い詰めたようで、
ケイト夫人を従えて、
暗い河口かこうの方へ向かいました――

《バトル》

【海軍軍医学校生S】
――フフフフフ!
蝶々夫人マダムバタフライの話に魅入ってしまった!
まるで劇中に入ったようです!
素晴らしい体験でした!
それもこの指輪の影響ですね……
指輪は省線有楽町しょうせんゆうらくちょう駅で、
声をかけてきた紳士しんしがくれました。
軍の方で調べるならどうぞ――

学生が差し出したのは、例の指輪だった。はたして指輪はいくつあるというのか。

〔セルパンどう

式部しきべじょう
先ほど山王さんのう機関から報せがあって、
この近辺は平定されたそうですね。
周防すおう彩女あやめ
彩女あやめが引き寄せた中之島なかのしま怪人、
すっかり平定されたのですね!
彩女、どうなることかと――
式部しきべじょう
もう心配はいらないよ、彩女君。
ただ、気にはなるよね。
――何しろ指輪と来たもんだ。
周防すおう彩女あやめ
あら、その指輪、彩女がしたら、
どうなります?
式部しきべじょう
彩女君が彩女君でなくなってしまう、
そんな恐れもありますよ。
――違いますかな、喪神もがみさん。
指輪については山王さんのう機関で十分に
調査をなさってください。
優秀な技術者の方もおいでなので。
周防すおう彩女あやめ
喪神さん、今日は私達、
あまりお力になれませんでした。
彩女、ちょっぴり残念です……
式部しきべじょう
いや、そんなことはない。
彩女君の引き寄せの力、
少なからず影響を及ぼしている――
周防すおう彩女あやめ
彩女、怪人を呼ぶなどと言っておき、
半端なことになったのではと、
そう考えると居ても立っても――
式部しきべじょう
そもそも、この界隈かいわいで怪人騒動は
しばらくありませんでした。
それがこの段になり湧いて出た――
その点からも、やはり、彩女君の、
怪人を引き寄せる力が働いた、
そう考えるのが妥当だとうだと思いますよ。
【着信 帆村ほむら魯公ろこう
牛頭ごず機構は今のところ
鳴りを潜めておるようだな。
ひとまず終了だ、帰還してくれ。

善良なる市民をして怪人ならしめる、何らかの力を秘めた謎の指輪――はからずも彩女の力がそれら怪人を招いた。仮面の怪人が指輪を用いて、憎しみの種を植え付けているのだろうか?山王さんのう機関での指輪の解明が待たれる。