第七章 第一話 少年の死

〔山王ホテルロビー〕

この8月、ペルセウス流星群が見頃となる。最もいちじるしいのは11日から14日にかけてだ。そして幸運の惑星、木星が天秤てんびん座へ――
木星が天秤てんびん座に入ると、人々の動きが活発になると言われている。帝都にはどのような影響が現れるであろうか。

【喪神梨央】
遅いですね……
新山にいやまさんの弟さん、和斗かずとさん――
もう約束の時間、過ぎたのに。
伊豆いず一碧いっぺき湖で、
少年の死体が上がったんです――
それが怪人じゃないかって……
――和斗かずとさんは疑っています。
怪人について話を聞きたいそうです。
一碧いっぺき湖って伊豆いずですよ。
淑子としこ姉さんが入院していた、
サナトリウムの近くです――

【新山和斗】
遅くなって、済みません!
いろいろ調べることがあって――
【喪神梨央】
新山にいやま和斗かずとさん――
話が聞きたいって……
【新山和斗】
ええ、ちょっとした裏取りです。
【喪神梨央】
私が尋ねていいですか?
一碧いっぺき湖の死体が怪人だなんて、
どうしてそう思うんですか?
【新山和斗】
いやね、まだ決めたわけじゃない。
でも、すごくにおうんですよ、
普通の事件じゃないってね!
【喪神梨央】
一碧いっぺき湖で死んだ人、少年なんですね。
【新山和斗】
ええ、少年です――
十歳から十六歳くらいの少年、
死後二週間ほど経つそうです。
胸が真一文字にかれていて、
それが死因だろうと言われています。
――でも不可解ふかかいな点が……
【喪神梨央】
どんなことなんですか?
【新山和斗】
血が全部抜かれているんです。
それに……
内臓のつくりが人のそれではなく、
見たこともない臓器もあったと――
そういうことなんです。
【喪神梨央】
えええ!
それで、怪人だと?

【帆村魯公】
何だか騒がしいが、
どうしましたかな?
【新山和斗】
人は怪人になると、
体のつくりが変わってしまうのか、
そういう話を聞きたくて――
【帆村魯公】
残念ながら、
ここはその方面の専門外ですな。
【新山和斗】
でも怪人におくわしいのでは?
――日々、向き合っておいでだ。
【帆村魯公】
向き合ってなどおりません、
鎮定ちんていするのみですぞ。
誠実なる者の胸中きょうちゅうおだやか、
怪人なる者の胸中きょうちゅうは……
――して知るべしですな!
【新山和斗】
なるほど……
取材はまだやめませんよ、
何しろ引っかかる事件ですからね!

【帆村魯公】
風魔ふうま、公務の時間だ。
――巡視パトロールに出てくれ。
【喪神梨央】
今日はまだ通報もありません。
どの辺りにしましょうか、巡視パトロール
【帆村魯公】
追ってすぐに連絡を入れる、
梨央りお、公務電車の手配だ。
【喪神梨央】
あっ、はい!
承知しょうちしました!

魯公ろこうからの指示で、一碧いっぺき湖で見つかった、少年の遺体が運ばれた戸山とやま陸軍軍医学校へ。近辺にセヒラの反応もあるという――

〔陸軍軍医学校〕

【着信 帆村魯公】
ブンヤの奴、あながち見当外れではない。
少年の遺体、所見しょけんでは謎だらけだ。
五臓ごぞう六腑ろっぷ、てんでデタラメで、
とても人とは思えない、
そういうことみたいだ――
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、上昇しています。

【猟奇的な医者Λラムダ
あの標本を奪おうとする、
そういう不穏ふおんな動きがあるようです。
軍がここを警護するのですか?
何にせよ、あれは最高の標本です。
願ってもない収穫です!
――誰にも渡してはならない!

【猟奇的な医者Ωオメガ
私はね、あの少年は、
怪人として生まれ変わった、
そう見ているのですよ!
不可思議ふかしぎな内臓もそうだし、
ぜんたい、脳がどうなっているのか、
早く解剖かいぼうしてみたいです。

【猟奇的な看護婦Θシータ
死んだ子は人造人間だと思います――
海野十三じゅうざという作家の一篇いっぺんを、
この間読んだばかりです。
人造人間失踪しっそう事件といいます――
砧村きぬたむらの科学実験所が襲われて、
飛田とびた博士と人造人間が消えるんです。
その人造人間は怪力の持ち主で、
木に登ったりはりにぶら下がったり、
メートルへいに飛びついたりするんです。
人造人間が飛田博士を殺して、
逃走したに違いない――
警察はそう推測します。
結局、人造人間は軍が兵器にすべく、
兵器しょうに運び入れていたのですが。
襲撃は世人せじんの目をあざむ偽装ぎそうだった――そういうお話ですのよ。
あの子もきっと、
どこかで作られたんですわよ!
人造人間に違いないです!!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、引き続き上昇中です!

【猟奇的な医者Φファイ
聞いてください!
僕はね、感嘆したのですよ!
あんなに美しく脱血するとは!
まさに言葉を失うとはこのことです。
ライニンガー瀉血しゃけつ法に違いない――
ライニンガー医師は四人の少年から、
合わせて十二リットルもの血液を抜いた、
それも生かしたままやった……
少年たちの肌は、
白蝋はくろうのようになったそうです!
僕も試したいのです!
その権利はあるはずです!

《バトル》

【猟奇的な医者Φファイ
メスの刃が
とぎばなしを読むやうに
ハラワタの色を
うつして行くも
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
辺りのセヒラは消えました。
お話があります――
山王さんのう機関本部に戻ってください。

〔山王機関本部〕

【帆村魯公】
実はな、風魔ふうまよ、
この半年の間に二人の少年が、
相次あいついで不審死をげておる――
音羽おとわ西尋常小学校四年、内藤ないとう佐吉さきち
二人目は厨橋くりやばし尋常小学校、
五年の幹田みきた貞三郎ていざぶろうだ。
二人とも胸をかれていた。
死体は水中に投棄されている――
その手口が似ているのだ。
だが血は抜かれておらん……
警察では関連付けて、
捜査そうさを始めるとのことだ。
【喪神梨央】
隊長、兄さん……
そのことで新山にいやまさんがおいでです。
【帆村魯公】
またブンヤか!
【新山眞】
いえ、です。
【帆村魯公】
おう、新山にいやま君。
――それで……
エスペラント語は相変わらずか。
【新山眞】
ええ……不思議スチボーラスな気分です――
私はセヒラ球に飲み込まれた時、
実に様々なものに触れました。
【喪神梨央】
麗華れいかさんも言っていましたね――
すべてが見通せたって。
【新山眞】
ある一人の医者クラチーストの思念に触れました。
それはおぞましい体験でした――

医者は強い思念を飛ばしていたという。少年の薄く白い胸をメスでき、まだ暖かい中に指を入れるというものだ。

【新山眞】
見たわけではありませんが、
その医者クラチーストは触れた感触からすると、
おそらく外国人フレムドゥーロです――
【帆村魯公】
それで……
その思念はセヒラ球の中でしか、
確認できないのだな?
【新山眞】
ええ、普通はそうですが――
その同じ思念が現れたのです。
歪振器わいしんき反応レアクチーオしました。
それでお邪魔したのです。
【帆村魯公】
そうか!
なんとかという機械は、確か……
【喪神梨央】
高輪たかなわ延吉エンキツです。
以前、そこに置きました。
【帆村魯公】
よし、風魔ふうま
物は試しだ、向かってくれ。
高輪たかなわ延吉エンキツだ!

〔高輪延吉〕

【久作読者アストラル】
すれ違つた白い女が
ふり返つて笑ふ口から
血しした
いつまでもこうしていたいのに、
余計な邪魔が入った!
奴らだよ、
何をここに来てまで騒ぐのだ!
猟奇歌に浸っていたいのに……
昨日までと思うた患者が
まだ生きて
今朝の大雪みつめて居るも
【穏健派Tアストラル】
我ら、新文民社、
ここにきて危機にひんしている!
韮山にらやま儀礼ぎらい先生が危ない!
――まさに襲撃を受けようと……
なんとかしないといけない!
【穏健派Wアストラル】
青臭い帝大生連中とはたもとを分かち、
こころざし大きく旗揚げしたのだが、
嗚呼ああ、もうだめだ!
新文民社の活動拠点、
青山の自潤会じじゅんかいアパートは、
憲兵らに包囲ほういされている!
【穏健派Kアストラル】
頼まれて欲しいんだ――
自潤会じじゅんかいアパートを囲む憲兵に、
怪人が含まれている。
そいつを倒してくれないか。
【穏健派Tアストラル】
何者かが怪人をけしかけて、
韮山にらやま先生を襲おうとしている!
【穏健派Wアストラル】
帝大の連中が、
我々を潰そうとしているのか?
とにかく手を貸してくれ!
【穏健派Kアストラル】
憲兵怪人を排除してくれれば、
ここを通しても良い。
これは交換条件だ――
【着信 新山眞】
セヒラ歪振器わいしんきは、
継続ダウリーゴして思念波形を伝えます。
アストラルはそれを知って、
条件コンディーチョイを出してきたのだと思います。
まずは青山に向かってください。

新文民社のアストラルが条件を出してきた。まさに自潤会じじゅんかいアパートを襲撃せんとする、憲兵怪人を倒せば先へ通すということだった。

自潤会渋谷じじゅんかいしぶやアパート〕

佐々木ささき憲兵少尉】
公務、ご苦労様です!
韮山にらやま儀礼ぎらい自潤会じじゅんかいアパートの、
事務所にいると思われます。
奥田おくだ憲兵少尉】
本日の出動は聞いていませんでした。
差し当たり、不審な動きがないか、
監視しているところです。
米村よねむら憲兵少尉】
これまで、月に二度、
車中より監視三十分という目標、
今日になって逮捕たいほせよとは……
ややせないのであります!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ急上昇しました!
注意してください!
神呪かんのう憲兵大尉】
諸君!
監視、ご苦労であった!
これより韮山にらやま儀礼ぎらい逮捕たいほに移る。
諸君は退避してよろしい。
特務中尉!
貴様も退避せよ!
むむ……
さては韮山にらやまくみしたか!
ならば仕方なし、排除する!
私はめいに従うまでだ!!

《バトル》

神呪かんのう憲兵大尉】
何故だ?
――命令は……どうなっている?
【着信 帆村魯公】
新文民社の連中も、
これで通してくれるだろう――
【着信 新山眞】
聞いてください――
犠牲になった小学生ですが、
二人とも胸腺トロンポステーロを抜かれていました。
胸腺は成長ホルモンを分泌する、
子供にとっては不可欠な器官です。
遺体の胸がかれていたのは、
胸腺を抜くためのようです――

〔高輪延吉〕

【穏健派Fアストラル】
新文民社には学生ではなく、
勤め人が多くつどいます。
その中の一人に興亜こうあ貿易という、
貿易会社の社員がいます。
彼の会社は麹町こうじまちにあります。
彼は他に見ないほど没個性ぼつこせいなのです。
私はそれが居心地悪いほど気になり、
一度、退勤を待って尾行したのです。
半蔵門はんぞうもんから十一番に乗って桜田門さくらだもんへ、
その後、彼は内務省のビルへと、
入っていきました。
内務省とどんな関係があるのか、
いぶかしく思いながらも、
私はその場を去ろうとしました。
その直後、四人の男が私を取り囲み、
私は車に引き込まれたのです――
車中で目隠しをされ、
腕に注射を打たれました――
爾来じらい、こうして漂っているのです。
また来てください……
いろいろ調べておきます。
【着信 帆村魯公】
犠牲になった子供が通った小学校に、
保健医として勤務した医者がいる。
独逸ドイツ人のオットー・ヘルマン医師だ。
現在、ヘルマン医師は、
四谷塩町よつやしおまち尋常小学校に勤務する――
何と、お前たちの母校だぞ!

【着信 新山眞】
セヒラ歪振器わいしんきによって、
明瞭めいりょうになってくる波形オンフォルモがあります。
――それがヘルマンの波形オンフォルモです!
今、物凄く明瞭めいりょうになっています。
近くにアストラルはいませんか?
【着信 帆村魯公】
風魔ふうまよ、ヘルマンの思念を、
なんとしても揮発きはつさせるんだ!
吹き飛ばしてしまえ!
そうすることで、
ヘルマンは自分を保てなくなる。
自分の意志で行動できなくなるのだ!

【ヘルマン医師のアストラル】
私は自分が早老症プロジェリアではないかと、
ひたすら疑い、案じていた。
ひ弱な二十代の頃だ――
検査を繰り返すも疑念は晴れない――
そんなある日、私は導かれたのだ。
それは失血死した少年の死体だった。
埋葬まいそうするのが惜しいくらいの死体だ。
私はメスを取り、少年の胸をき、
まだ温かな胸腺を取り出した……
それをワインで煮て食べたよ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
物凄いセヒラです、
最大の警戒をしてください!
【ヘルマン医師のアストラル】
この国に来て私は僥倖ぎょうこうに恵まれた。
快活で素晴らしい少年たちよ――
だが、一人目の少年は仕損しそんじた――
恐怖に目を開いたまま死んだのだ。
その子の胸腺は、
青く萎縮いしゅくして苦い味がした。
舌触りも悪かった――
しかし二人目は大成功だった。
私たちはポートワインに酔い、
あの子は安らかに眠ったのだ――
少年たちの命のエッセンスが、
私に生きる使命を与えてくれる。
遺憾いかんながら、
君たち大人の胸腺には興味がない、
そう、興味がないんだよ!!

《バトル》

【ヘルマン医師のアストラル】
この間の少年には……
――胸腺がなかった!
どうしてだ?
――体を開くと、そこは異様な様子、
それに……
あの匂い……
アーモンドの匂いがした!
私は……混乱の極みにいる!
――だめだ、自分をたもてない……
これ以上、無理だ!!
【着信 新山眞】
思念はきれいになくなったようです。
――消し飛びました!

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい!
ヘルマン医師の身柄、
四谷よつや署の特高課が確保しました。
【新山眞】
ヘルマンは自分のコールポを――
コールポをひたすら痛めつけ始め、
全身血まみれサンガサラートンだそうです。
拘束具でなんとか抑えているとか。
【喪神梨央】
まだ邪悪さを残すんですか――
怪人化しないか心配です。
【新山眞】
特高に捕まっている限り、
大丈夫ボーネだと思います。
【喪神梨央】
私たちの母校ですよ……
ヘルマン、そこにいたんです、
考えるとゾッとします!
【新山眞】
これはフラートから仕込んだ話ですが……
ヘルマンの足取りから、
ある場所が浮上しました――
【喪神梨央】
どこなんですか?
【新山眞】
銀座にあるという美少年ベーラユネーツォ倶楽部です。
【喪神梨央】
美少年……倶楽部……
【新山眞】
ヘルマンはその倶楽部でも、
少年クナーボを物色していたようです。
それにしても――
【喪神梨央】
一碧いっぺき湖の少年、そこの倶楽部の?
――そうなんですね!
【新山眞】
そうです。
他にもたくさんいます、倶楽部には。
――皆、同じビザーゴだそうです。
【喪神梨央】
それで……なんですね……
隊長は参謀本部に詰めています。
今回の件で何か情報がないかと。
兄さん、
もしかすると、ホムンクルスじゃ……
ユリアさんに聞いてみましょう!

第七章 第二話 カグツチ

ユリアとアーネンエルベに向かった。ホムンクルスについて詳しく話したい、ユリアがそう申し出たのである。

〔アーネンエルベ極東分局〕

【ユリア・クラウフマン】
イズの少年、断定はできませんが、
ホムンクルスの可能性はあります。
ホムンクルスは体の組成が、
一体ごとに異なるのです――
共通するものもあります。
皆、シュタインを内蔵しています。
シュタインはホムンクルスの
判断力をつかさどっているのです――
このメイド型は四石です。
シュタイン自体は改良版を使っています。
こちらの執事型は八石です。
この型にはクルト・ヘーゲンが、
指示を出しています。
シュタインの他に香腺こうせんという器官があり、
さまざまな指示を記録します。
その記録を刷り込みアプドロックと呼ぶのは、
もうご存知ですよね。
刷り込みアプドロックによってこの子たちは、
命令どおりに動きます。
でも、少年の形のホムンクルスは、
まだ見たことがありません。
十二石のホムンクルスを作る、
そういう話は聞いていますが……
【着信 帆村魯公】
どうだ、話は聞けたか?
沈静化しておったカグツチ騒動、
また再燃しておるようだ。
青山に大勢がもうでておる――
皆、カグツチから生まれた、
月詠つくよみ麗華れいか嬢が目当てだという。
セヒラもちらほらある――
ちょっと見てきてくれんか?
【着信 喪神梨央】
鈴代すずよさんが向かいました。
青山通、明治めいじ神宮前じんぐうまえ電停で、
落ち合ってください!
【ユリア・クラウフマン】
コウジンも巡視パトロール中ですが、
今日はボクトウ地区です。
アオヤマとは逆ですね。
私は研究室へ行きます――
【武装SS隊員】
ハイル――
【ユリア・クラウフマン】
ここではいいのよ。

〔青山街路〕

風魔ふうまの向かった青山通りは、渋谷方面に向かう人がそぞろ歩く。普段寂しい通りが人であふれていた――

【着信 喪神梨央】
今のところセヒラは観測しません。
ただ予兆はあります、
注意してください。
【赤坂署の巡査】
何の人出かと署ではいぶかっています。
青山通は別名陸軍通りくぐんどおり……
何か行軍でもあるのですか?
【如月鈴代】
この人たちが……
まさか、麗華れいかさんの元へ?
――そうなんでしょうか?
【九頭幸則】
おい、風魔ふうま
公務電車くらい出せよ!
中尉殿御一行は市電で――
梨央りおちゃんも水臭いな!
鈴代すずよもそう思うだろ?
【如月鈴代】
遅くなってごめんなさい、風魔ふうまさん。
市電、赤坂見附みつけから乗ったのですが、
青山一丁目で終点なんです――
【九頭幸則】
通りに人が多くて危ないからって、
電気局から指令が飛んだらしい。
公務電車なら平気だったのにな!

【薄荷売りの少年】
おいしい薄荷はっか水だよ~
一口スッキリ薄荷はっか水だよ~

【新聞売り】
号外だよ~
号外号外~
カグツチ再臨~
月詠つくよみ様ご降臨~

【九頭幸則】
月詠つくよみ様って……
つまり麗華れいかさんのことだな!
【如月鈴代】
麗華れいかさん、青山せいざんホテルね。
部屋を取ったって聞きました。
ホテルはこの先ですわ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、注意してください。
セヒラ観測しました――
もっとも基本的な波形ですが。
【九頭幸則】
基本的って何だよ?
緩い怪人ってことなのか?

【逓信局の職員】
お前たちか!
――ええ、そうなんだろ?
【九頭幸則】
落ち着け!
何があったんだ?
【逓信局の職員】
娘を返せ!
糸子いとこを返せ!
【如月鈴代】
娘さん、どうかなさったの?
【逓信局の職員】
あんな妙な新宗教にそそのかされて、
四日も家を空けたままだ!
お前たちが元凶だろ!
【九頭幸則】
娘さんは青山ホテルに行ったのか?
【逓信局の職員】
ホ、ホテルだと?
ますます、許さん!!

《バトル》

【逓信局の職員】
糸子~糸子~
どこにいるんだぁ……
【如月鈴代】
麗華れいかさんが……
彼女が会派をひきいているのですか?
【九頭幸則】
いや、回りが騒ぐだけだ。
鈴代すずよ風魔ふうま、青山ホテルへ急ぐぞ!

青山せいざんホテル〕

【九頭幸則】
すごい人出だな――
【如月鈴代】
麗華れいかさん、いるのかしら……

【本郷の学生】
僕はね、いつにない可能性を感じる。
何しろカグツチときたもんだ、
近代モダンカグツチは何をもたらすのか――
本郷ほんごうからね、足代あしだいはずんで、
今日で三日も通い詰めだ。

【小石川の婦人】
良人おっとの母の妹の姉の息子の嫁……
つまり私ですけれど――
思うところあり、参っております。
近頃、頭の中で声がしますの――
菊子の女学校時代のおねえさまの妹、
つまり私を呼ぶのです。
参りなさい、参りなさいと……
ですから、参っております。

【着信 喪神梨央】
わずかにセヒラを観測します――
ですが、脅威にはなっていません。
【如月鈴代】
麗華れいかさんが霊異りょういを現すと、
周りに影響を及ぼすのかも……
風魔ふうまさん、幸則ゆきのりさん、
私、ここで麗華れいかさんを待ちます。
【九頭幸則】
そういや歩三でも、
麗華れいかさんを持ち上げる動きがある、
そんな話を聞いた――
そろそろ歩三の召喚小隊、
演習の始まる時間だ。
風魔ふうまのぞきに行ってみよう!
じゃ、鈴代すずよ
麗華れいかさんによろしく!
【如月鈴代】
手に負えないことがあったら、
山王さんのうの本部に連絡を入れます。
お二人とも、お気を付けて。

鬼龍きりゅうが率いた歩三召喚小隊。その中に月詠つくよみ麗華れいかあがめる一派があり、予断よだんを許さない状況だという。風魔ふうま九頭くずは、演習が行われている、歩三本部へと向かった。

〔第三連隊本部〕

【九頭幸則】
見たところ、問題なさそうだな――
【常田松柏】
何やら良からぬうわさがあるが――
歩三はいたって平静だ。
歩一の方はどうかね?
【九頭幸則】
問題確認されておりません!
怪異に屈することなく、
励精れいせいこれつとむるにあります!
【常田松柏】
よかろう――

その時であった。
一陣の冷たい風が吹いたかと思うと、連隊本部の前庭に影が射した――

【叫ぶ声】
あっ! あれは――
【裏返った声】
カグツチ様だぁぁ~
【感嘆する声】
おおお! 月詠つくよみ様だ!!
【むせぶ声】
はぁぁぁ~
ついにご降臨こうりんあそばされたぁ~
【九頭幸則】
おい、風魔ふうま
――セヒラ球だ……
いや、カグツチか――違う!

【九頭幸則】
風魔ふうま
連中、怪人化したんじゃないか?
【常田松柏】
鵜野森うのもり少尉!
しずまれ!
――少尉! 聞こえんのか!!
【召喚小隊鵜野森うのもり少尉】
私を呼ぶのです――
早く参れ、早く参れと……
小隊の兵ら、皆、月詠つくよみ様をあがめ、
互いに引き合ったのです――
私は愈々いよいよ成るのです――
月詠つくよみ世界粛清しゅくせい親衛隊長に!
弱小極東小国など殲滅せんめつせんとす!
【常田松柏】
少尉! 少尉!!

《バトル》

鵜野森うのもり月詠つくよみ世界粛清しゅくせい親衛隊長】
列強国に並び立とうとする貴様らは、
やがて灼熱しゃくねつの炎に焼かれるだろう――
末代まで禍根かこんを残すのだ!!
貴様らの行く末は、
黒いきりに閉ざされている――
その闇はどこまでも深い!
【九頭幸則】
大佐――
ご無事でいらっしゃいますか?
【常田松柏】
ううう……
――今のは、何だ?
【九頭幸則】
怪人同士の戦いが繰り広げられ、
大佐もそれに巻き込まれたのです。
【着信 喪神梨央】
観測したところ、
大佐も一瞬だけ怪人に……
怪人になった模様です。
セヒラ球ですが、
白金しろかね方面へ向かいました!
【九頭幸則】
一瞬だけ、大佐も怪人に……
――そんなことがあるのか……
大佐、隊の衛生兵を呼びます。
動かないでください。
【常田松柏】
た、大尉は……まだか?
鬼龍きりゅう大尉だ……
京都をつとのしらせが……
【着信 喪神梨央】
鬼龍きりゅう大尉が上京するのですか?
幸則ゆきのりさん、事実確認をお願いします。
日程を調べてください!!
【九頭幸則】
了解した!
風魔ふうま、俺はここに残る。
お前はセヒラ球を追ってくれ!

清正公せいしょうこう前〕

第三連隊本部上空に現れたセヒラ球。そのせいか、隊の将兵らは怪人化した。セヒラ球は白金しろかねに向かったという。

【新山眞】
この場所はカグツチの聖地として、
あがめる市民も出始めています。
勿論もちろん、カグツチなどではなく、
邪悪マルボーナなセヒラの塊です――

【歓喜する声】
おいでです! おいでになりました!
月詠つくよみ様! あああ、感激ですわ!!

【驚嘆する声】
おお、何ということだ!
まさに、ここはまさしく聖地だ!

【祈る声】
お願いします、お願いします、
どうかお聞き入れくださいませ~

【新山眞】
あの中では帝都中の思念が流通し、
中にいる月詠つくよみ麗華れいかなる者は、
全てを見通せています――

【新山眞】
このまま思念を集め続ければ、
月詠つくよみ麗華れいかなる人物は――
まさしく全知全能チオスチオカイチオポーボの存在へと――
そこで急遽きゅうきょこしらえました――
思念増幅アンプリファード器です。
こいつで思念を増幅アンプリファードすれば、
セヒラ球の中ではうるさく響き合い、
何が何だかわからなくなる――
【着信 喪神梨央】
新山にいやまさん!
思念を増幅して聞き取れないように
するのですね!
【新山眞】
その通りです、聞き取れません!
さぁ、思念増幅アンプリファード器の、
スイッチを入れますよ!

そう言うや、新山にいやまは、手にした通信機のような装置の、スイッチを入れた。

【月詠麗華の声】
ここは母胎なのです――
そう教わりましたわ。
――誰にかというと……
それはわかりません。
私の中に響いてくるのです――
神さまのお声かも知れません。
この帝都にはいろんな考えが、
あるのですわね――
興味深く拝聴はいちょうしました。
大変、いきどおる方がおいでですわ。
新文民社で穏健派を標榜ひょうぼうする方――
憲兵に捕まって大変なことに!
でも私が探しているのは、
もっと別のことなのです――
それがちっとも聞けやしません。
豪人たけとさまは京都においでなのですね。
私、豪人たけとさまから継がねばと思い、
いているのですが……

京都は遠すぎるのですわ!
母胎にはもっと栄養が必要――
どうもそのようですわ。
先程は混乱してしまいましたわ。
いっそ、人をそのまま吸い取ると、
そうなるようですわ!

【着信 喪神梨央】
鬼龍きりゅう大尉が京都をつと――
詳細は調査中です。
麗華れいかさんはまだ知らないようです。
【新山眞】
鬼龍きりゅう大尉は……狙われていますか……
月詠つくよみ麗華れいかに……
――ここは手を打たねば!

うわぁぁぁ~

〔時空の狭間〕

【新山眞】
こう何度も飛ばされると、
慣れっこになりますね――
いや、なりません!
おや、イオか来ますよ……
アストラルです!

【満鉄列車長の使いアストラル】
見ませんでしたか?
【新山眞】
見るって、イオをですか?
【満鉄列車長の使いアストラル】
列車長が困っています。
重たいのがいて列車運行できないと。
【新山眞】
重いペーザ
それはぺ……ペ……言葉が出ない……
――重量のことですか?
【満鉄列車長の使いアストラル】
気分的に、重いのです。
――それは憤慨ふんがいする者ですよ。

【穏健派Fアストラル】
どうやら私はめられたようです。
あの興亜こうあ貿易の社員です、
私が尾行した相手です。
彼は内務省の建物に入ったのです。
彼は私が疑っていることを、
はなから知っていたようです。
それで私が尾行するようにした――
ある日、新文民社の集会があり、
彼も参加していました。
彼は手帳を机上に置いたまま、
ほんの五分ほど中座ちゅうざしたのです。
手帳には私の名前がありました。
その手帳がわなだったのです。
私が盗み見するよう仕向けたのです。
【新山眞】
その人物はスパイだったんですね?
――それで、あなたは今、
どこにいるのですか?
【穏健派Fアストラル】
私は今、一ツ橋の憲兵司令部の地下、
談話室という汚れた部屋にいます。
壁の茶色い染みは血液ですね――
先程、今日、三本目の注射を打たれ、
私の意識は遠のいていきます――
反して思念はかように明瞭めいりょうなのです!
あなたもあの男と同じ臭いがします。
――組織の人間の臭いです!
【新山眞】
喪神もがみさん、注意してください!
話し合える様子はないです。
【穏健派Fアストラル】
ああ……遠のいていく……
部屋がぐるぐる回り始めた……

《バトル》

【穏健派Fアストラル】
目の前にいきなり光が射して……
田舎のおっかぁが見えた!
ああ、おっかぁ~おっかぁ~
おっかぁの顔が……
ゆがんで……色まで変わって……
――歯がボロボロ抜け落ちる!!
【新山眞】
何とか障害はのぞけたようです。
――ところで、彼をめた人物、
調べる価値はありそうですね。

【満鉄列車長】
ありがとうございました!
重いのがなくなり、運行開始です。
当列車、青山新京シンキョウ品川しながわ図們トモンを結ぶ、
青品線最終となります。
【新山眞】
私たちは品川しながわ図們トモンに向かうのですね?
向こうにはどんなアストラルが、
いるのですか?
【満鉄列車長】
よくはわかりませんが、
新しく接続した場所では、
新しいアストラルを見かけます。
では、当列車、
品川しながわ図們トモンに向けて出発します。

時空の狭間を出発した帝都満洲あじあ号は、一路、品川しながわ図們トモンを目指した。果たしてそこは荒涼こうりょうとした場所だった――

品川しながわ図們トモン第一街区〕

【新山眞】
何とも荒涼こうりょうとした場所ですね。
アストラルもいますよ。
――連中、新しいのでしょうか?
【着信 喪神梨央】
品川しながわ図們トモンに思念増幅器を、
設置しますか?
安全な場所を探しましょうか?
【新山眞】
いえいえ!
ここでそんなことしたら大変です。
今、装置は切っています。
喪神もがみさん、アストラルは正直です。
歩三のアストラルがいれば、
鬼龍きりゅう大尉の予定を尋ねてみます。
大尉はいつ東京に着くのか――
歩三に乗り込んだところで、
絶対に口外しないでしょうから。
品川しながわ図們トモンに来られたのは幸いです。
歩三のアストラルさえ捕まえれば、
月詠つくよみ麗華れいかさきんじられます!

【新文民社構成員Tアストラル】
青山の拠点に憲兵が踏み込んだ?
ふん、そうなることはわかっていた!
韮山にらやま儀礼ぎらいは当局から金をもらい、
内部情報を渡していたに違いない!
【新山眞】
韮山にらやま氏が音頭おんどを取って、
帝大の文民社から分離したんですね?
【新文民社構成員Tアストラル】
穏健な活動を目指してね。
でも、そこに当局が付け込んだ。
内側から瓦解がかいさせる魂胆こんたんなんだ!
こうなったら仲間をつのって、
新たな会派を作るしかない!
【新文民社構成員Eアストラル】
新文民社が分裂しないよう、
結束を呼びかける構成員もいる。
興亜こうあ貿易の影森かげもり愁一しゅういちさんだ。
影森かげもりさんは新文民社の名簿を作り、
皆に結束を呼びかけるようだ。
文民社の名簿も同時に作ると言う。
【新山眞】
名簿なんか作ると、
かえって危ないのではないですか?
【新文民社構成員Eアストラル】
そ、そうなのか?
――考えても見なかった!
本名と住所を教えてしまった!

【新文民社構成員Dアストラル】
新文民社を離れて、
カグツチさまの霊異りょういに頼る、
そういう動きもあるようです。
【新山眞】
アナーキズムの精神は、
どうなるのですか?
【新文民社構成員Dアストラル】
カグツチ様から新たなる力を得て、
それを国家転覆てんぷくに利用する、
そういう考えのようです――
私もこれから白金しろかねへ……
カグツチ様にお願いしに行きます。
【新山眞】
アナーキスト連中も、
霊異りょうい魅了みりょうされていますね。
歩三のアストラルを探しましょう。

品川しながわ図們トモン第三街区〕

【新山眞】
おそらく歩三のアストラルでしょう。
尋ねてみます――
こちら、第三連隊召喚小隊ですか?
――みなさん、おそろいで……
【召喚小隊S一等兵アストラル】
ええ、自分、小隊一等兵、
そこに同軍曹、あちらに同大尉です。
【新山眞】
それではお尋ねしますが、
貴隊の鬼龍きりゅう大尉は、
いつお戻りになりますか?
【召喚小隊S一等兵アストラル】
K隊長……ですか?
――今更戻っても……
【新山眞】
小隊はどうなりましたか?
【召喚小隊S一等兵アストラル】
今、自分は隊舎の二階から、
中庭を見下ろしておりますが……
もう隊は持ちません!
皆、あのカグツチ様とやらに――
あれこそ求めていた力だと、
部隊を抜ける者もいます。
陸軍刑法第七十五条、逃亡罪――
ゆえナク職役ヲ離レル者ハ処断しょだんス!
――火急かきゅう処断しょだんすべし!!

【新山眞】
お尋ねします軍曹、
隊長の鬼龍大尉は戻られましたか?
【召喚小隊T軍曹アストラル】
隊長が戻られたから、どうなる?
召喚小隊などとしきりと喧伝けんでんするが、
その実、三割ほどは怪人が混ざる。
【新山眞】
ええ!
本当ですか――
かねがねうわさはありましたが……
【召喚小隊T軍曹アストラル】
古株のUはまったき怪人だった――
先日、とうとう魂をわれた。
まともな召喚師などおらんのだ!
【召喚小隊M大尉アストラル】
隊舎の屋上からカグツチが見える。
あれは清正公せいしょうこう前のあたりか――

【新山眞】
大尉、鬼龍隊長は、戻られますか?
【召喚小隊M大尉アストラル】
おお、K大尉か!
この一週間、京都の山端やまばなホテルだ。
――だが今日は泊まらん。
【新山眞】
え?
それでは、今日、東京に……
【召喚小隊M大尉アストラル】
そう聞いている。
夜一二時前の夜行だそうだ。
K大尉、奴は悩んでいる――
審神者さにわとしての自分、
召喚師としての自分……
二人の自分が互いを排除する……
修練を積むほどにみぞが深まる、
どちらかを手放すべきなのではと――
【新山眞】
それは……術を封印する……
いや、むしろ奥義を伝授する、
そういうことでしょうか?
【召喚小隊M大尉アストラル】
くわしくは知らないが、
そのようなことだ――
問題は誰に伝えるかだ。
奴の悩みはそこにあるのだ。
機根きこんもって術を継ぐ者があるのか……
【新山眞】
喪神もがみさん、鬼龍きりゅう大尉の上京、
今晩の夜行とのことです。
明日朝には東京に着きます。
増幅器、あと二台あります。
三台の増幅器を使い、
清正公せいしょうこう前を囲む結界を張ります。
さぁ、急ぎましょう!
帝都に戻るのです!

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい!
兄さん、帝都満州の様子ですが、
少し変わってきたみたいです。
人の名前を語るアストラルが、
出始めているようですね。
新山にいやまさんが気付かれました――
その新山にいやまさん、あの機械を抱えて、
大急ぎで出ていきましたよ。
品川駅前、目黒駅前、一の橋電停と、
セヒラ球の浮かぶ清正公せいしょうこう前を囲む、
三角形に機械を設置するそうです。

新山は3台の思念増幅器を用いて、清正公せいしょうこう前を囲む結界を張るという。

【喪神梨央】
それで思念増幅の結界を作って、
雑音だらけで思念を確かめられない、
そういう仕組みだそうです――
東海道線の時間ですが……
京都今夜一一時四五分の夜間急行、
東京着が明日朝九時三〇分です。
朝、八時、東京駅構内に、
歩一の二個小隊が待機し、
鬼龍きりゅう大尉を確保するとのことです。
白山はくさんの方に歩一の集会所があります。
そこは電話も通じていなくて、
勿論もちろん、住所は非公開です。
鬼龍きりゅう大尉の身柄、
しばらくそこに留め置くようです。

月詠つくよみ麗華れいかの現す霊異りょうい如何程いかほどのものか、市民の多くはそれを知らない。しかし宙に浮くセヒラ球がすべてを語る。その霊異りょういにあやかりたい組が続出している。アナーキストの一派、それに第三連隊、召喚小隊も月詠つくよみ麗華れいかあがめ立て始めた――

第七章 第三話 ユーゲント

京都発の夜行で東京に戻った鬼龍きりゅうは、東京駅に待機した歩一の将兵らに連れられ、白山はくさんにある秘密集会所になかば幽閉された。鬼龍の術武伝承を希求する月詠つくよみ麗華れいかとの、距離を稼ぐ措置そちであった。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
麗華さんは、渋谷の青山せいざんホテルと、
清正公せいしょうこう前を行き来しているようです。
でも、その姿を見た者はいません。
歩一の兵ら百人が監視しているのに。

【新山眞】
よろしいですか?
【喪神梨央】
新山にいやまさん!
結界はうまく働いていますか?
思念増幅器で作った結界です。

【新山眞】
品川、目黒、一の橋に設置しました。
この三角形で清正公せいしょうこう前を包囲して、
なんとか収まっています。
セヒラ球が清正公せいしょうこう前に現れても、
そこで思念をることは不可能、
なにせ雑音だらけですからね!
それで肝心の鬼龍きりゅう大尉は、
第一連隊が白山はくさんかくまうのですね。
【九頭幸則】
ええ、歩一秘匿ひとくの集会所です。
住所も電話番号も明かしていません。
――勿論もちろん、俺も知らない……
【喪神梨央】
あれ?
幸則ゆきのりさん、いつの間に出たんですか?
【九頭幸則】
出た?
まるで、ぼっかぶりみたいだな――
最前からこの本部にいたよ!
【喪神梨央】
ええ?
幸則さん、いつの間に、
京都の言い方、覚えたんですか?
【九頭幸則】
――いや……
最近の流行りだよ、流行り!
そんなことより聞いてくれ、風魔よ。
歩一の御荷鉾みかぼ大尉と話したんだ。
大尉は鬼龍と昵懇じっこんの中だった――
鬼龍は機根きこんを備える者は誰か、
しきりと悩んでいたそうだ。
――機根きこんというのは……
【帆村魯公】
機根きこんとはこれまた自惚れだな!
――機根きこん……仏の教えを受ける者の、
器量や素養のことだ。
【九頭幸則】
奴が鈴代すずよに犠牲をいたのは、
その機根きこんを確かめようとした?
――そうなんですか?
【帆村魯公】
わからん!
はばかりなく手を尽くすのだろう。
それで、中尉――
先の御荷鉾みかぼ大尉だが、
――失踪しっそうしたぞ。
【九頭幸則】
ええ?
いつのことですか?
【帆村魯公】
昨日、隊舎の屋上にいたまでは、
確認されておるが――
その後、姿を消した。
【喪神梨央】
お話中、失礼します。
【九頭幸則】
どうしたんだい?
またぼっかぶりでも、出たかい?
【喪神梨央】
山王さんのうホテル前で、
ユリアさんが戦っています!
【帆村魯公】
何?
ユリア嬢が?
【喪神梨央】
はい!
セヒラも急速に高まっています!
【九頭幸則】
行こう、風魔ふうま

〔山王ホテル前〕

ホテル前ではユリアが奮闘ふんとうしていた。ちょうど右翼、左翼にメイド型を展開し、執事型を迎え撃つ格好だった。

【ユリア・クラウフマン】
フロイライン、応戦お願い!
来たわよ!
【メイド型ホムンクルス】
応戦オウセン……了解リョウカイシマシタ!
【ユリア・クラウフマン】
よくやったわ、フロイライン!

【ユリア・クラウフマン】
どうしたの?
――シュタインがまだ馴染なじまないのね……
【九頭幸則】
危ない!
右手だ、ユリアさん!!
【ユリア・クラウフマン】
フロイライン、お願い!
なんとか防いで!

【ユリア・クラウフマン】
――フロイライン……
後できちんとするわ。
フーマ――
おそらくヘーゲンよ。
すべての使いと戦うように、
執事型ホムンクルスに、
刷り込みアプドロックをしたみたいなの。
彼はすごく警戒している――
何にそんなに警戒するのかしら?
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
再びセヒラ急上昇です!

【執事型ホムンクルス】
――排除アンシュルスする……
戦闘開始カンプビゲン!!
【帆村虹人】
卑怯ひきょうだろ、二人がかりは!

【ユリア・クラウフマン】
コウジン……
あなた――
離れた相手と戦う、
合焦ツイール能力を身に着けたのね……
【帆村虹人】
ははは……
アーネンエルベは科学と魔術の巣窟そうくつ
いろいろあるわけですよ!

【クルト・ヘーゲン】
我が方から、
色々と盗んでいるようだな。
【帆村虹人】
あなたは可哀想なほどに、
自分を憎んでいる――
自分を憎み、人を憎み、
世界を憎んでいる。
憎しみがあなたの力だ、違うかな?
【クルト・ヘーゲン】
自分を憎むのは誰しも同じだろう。
その感情に気付かない振りをする、
それで善人ぶっているのだ。
【帆村虹人】
僕は気付いているさ!
僕は自分が憎い、憎くて仕方ない!
だが、その向こうに救済きゅうさいがある。
【クルト・ヘーゲン】
さとりでも開いたのか?
フフフ、まだ自分を知らないようだ。
合焦ツイールすれば力のおとろえることをな!!
【帆村虹人】
何?

うう……
不意を突かれた……
――風魔ふうま……
【クルト・ヘーゲン】
ホムラの術とはその程度か!
この町でレーベンクラフト型の、
ホムンクルスを見た。
お前たちが扱うのか?
私の許可なく――
なぜレーベンクラフト型を、
この町に放つのだ?
【ユリア・クラウフマン】
サンノウにレーベンクラフトを、
扱う権限はないわ。
【クルト・ヘーゲン】
ほう!
さてはお前が連中に入れ知恵したか?
私のあずかり知らない
レーベンクラフトなど、
ただの阻害要因そがいよういんに過ぎない!
阻害要因そがいよういんは除去しなければな。
お前も同感だろう、モガミフーマ!

《バトル》

【クルト・ヘーゲン】
フフフ……
お前の成長、目覚ましいものがある。
――だが……不思議だ……
私の中に……
まだ力は残されている――

【賞賛する声】
クルト、ヘーゲン!
ククック、ククック~
郭公かっこう時計が正午を告げます――
【クルト・ヘーゲン】
――何の話だ?
貴様、いったい誰だ?
【賞賛する声】
伏目がちの少年クルトは、
バーデン国家青年団に入隊した。
さぞかし誇らしかったであろう!
のりの効いたシャツ、それにネクタイ。
すべてお前が初めて身に着けるもの。
着古した羊毛のシャツしか知らない
伏目がちの陰気な少年が、
一気に凛々りりしくなったのだ――
【クルト・ヘーゲン】
うるさい!
私の何を知るのだ!
【賞賛する声】
私はお前の全てを知っている。
如何いかにお前が素晴らしいかも!
【クルト・ヘーゲン】
素晴らしいだと?
――何を根拠にそう言うのか?
【賞賛する声】
求めよ、さらば与えられん。
尋ねよ、さらば見出さん。
お前は小さな恋をした。
青白き少年ハンスに恋をした――
【クルト・ヘーゲン】
……
【賞賛する声】
ハンスの白くて長い脚に、
細く華奢きゃしゃな指に、腕に浮く血管に、
お前はすっかり魅了された。
ハンスの一つ一つがお前をがした。
あの夏の日のことを、
お前は忘れない――
フルトヴァンゲンにある、
ドナウ源泉近くの小川で、
お前たち二人は水浴をした――
ハンスとは別組のお前は、
その時初めてハンスの裸を見た。
すぐにお前はさとった!
ハンスの背中に縦横無尽じゅうおうむじんに走る、
赤黒い鞭打むちうちのあざを見て!
ハンスの胸にられた、
巨大な十字架の刺青いれずみを見て!
お前は全てをさとったのだ!!
ハンスは父親のなぐさみものだったと。
かつてお前がそうであったようにな!
【クルト・ヘーゲン】
黙れ!!
ハンスは強い男になった!
【賞賛する声】
そうだろう、素晴らしいことだ。
ハンスはナチ党突撃隊員となり、
数々の功績を上げたからな!
共産党員を殺害して手柄を立てた。
だがハンスが憎んでいたのは女だ。
売春婦ばかり六人を殺害した。
いつも手口は同じだった――
売春婦の腹に深々とナイフを立て、
鮮やかな十字架を描くのだ。
【クルト・ヘーゲン】
――奴は道を間違えたのだ。
去年、親衛隊にて粛清しゅくせいされた。
私はサディストではない。
女を殺すなど微塵みじんも考えない。
――私は……
【賞賛する声】
そうだなクルト。
お前は女など憎んではいない、
憎んでいるのはお前以外の全てだ!
お前の名を呼ぼう……
クルト・ククックカッコウ・ヘーゲン!

クルト・ヘーゲンはレーベンクラフト型を討ち倒す狩りヤークトの準備に入った。ユリア・クラウフマンは、メイド型のシュタインを調整するという。虹人こうじん風魔ふうまは赤坂料亭街にいた。

一ツ木通ひとつぎどおり

【帆村虹人】
どうも僕は、
大勢での戦いが苦手なようだな――
一ツ木通にセヒラがあるって、
梨央りおは言うけど――
どうなんだい?
【着信 喪神梨央】
気を付けてください!
セヒラ濃度、高まっています!

【赤坂署の巡査】
往来おうらいの邪魔をする者らがいる、
その通報あって来たわけですが――
この者らに不審尋問ふしんじんもんしたわけですが、
皆、一様に何日も帰っていないやら、
うそぶくわけです――
幻燈会げんとうえの客に一致した言動でして、
引こうか否か、検討しておりました。

半蔵門はんぞうもんの客】
有楽町ゆうらくちょう荘月会館しょうげつかいかん出てから、
もう何日もほっつき歩くのよ。
おかしいわね、ちっとも眠くないし、
お腹もかないのよ――
変でしょ、アタシ、変でしょ?

【レーベンクラフト六八三】
雷……ドナーシュトゥルム!!
ヴィント!!
半蔵門はんぞうもんの客】
はぁ~
これで……帰れますわね……
家にね……

【帆村虹人】
あいつ、お前を捕捉ほそくしたぞ!
ホムンクルスは一旦捕捉ほそくすると、
解除できないんだ――
戦うほかない、風魔!
【レーベンクラフト六八三】
――目標ダスツィル……目標ダスツィル……
――排除!アンシュルス 排除!アンシュルス

《バトル》

【レーベンクラフト六八三】
凍るフリーレン……凍るフリーレン……
トート! トート! トート
【帆村虹人】
これは……
――アーモンドの匂いがする。
ホムンクルスの香腺こうせんだ――
まるで梅の実のようだな。
今の奴が落としたのだろう。
香腺こうせんを硫酸にひたすと、
模様が現れるんだ。
それで記録を読み解くことができる。
アーネンエルベで試してみるよ。
今の奴がどんな命を受けていたか、
それが判ればいろいろはっきりする。
風魔……
距離を置き、僕は自分が見えた。
――そのように思うんだ。
そして何が大切かも判った。
これは自信というやつかもな――
僕の人生になかったものだ。

一ツ木通ひとつぎどおり

近富士ちかふじの女中】
今日は朝から大わらわね――
丸々、貸し切りなのよ。
何でもナチの偉いさんが来るとかで。
酒屋の西陣屋にしじんやなんか、
シャトーワインの注文受けて、
帝都ホテルに買いに行ったわよ。
一本、三十円もするんですって!
割ったら大変!
さぁ、錦屋にしきやでお菓子買わなくちゃ。

【ゲルハルト・フォス】
君がそうかね……
我がヘーゲン一等召喚師を、
きたえてくれているというのは?
実に心強いことだ、
モガミフーマ!
――楽にしたまえ。
今日はアカサカのレストランで、
晩餐会ばんさんかいがあるという――
ところで君たちは
既に聞き及んでいるだろうか?
我が方に新しい組織が誕生した。
新型ホムンクルスの開発、
セフィラの工業化などを手がける。
例によってやや長い名称だがね――
アーリア人とドイツの超越した歴史・文化がヨーロッパを実存化する――
頭文字はAGKDEA、
最初の三文字でアーゲーカーと呼ぶ。
ミュンヘンにあるナチ党本部、
褐色館ブラウネスハウスの地下を本拠とする――
この国、日本とも、
益々ますます密な繋がりを持てることを、
大いに期待するばかりだ。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
銀座で怪人同士が戦っていると――
山王下さんのうしたに公務電車を回します。
急行してください。

〔銀座四丁目〕

【着信 喪神梨央】
セヒラ、更に上昇です。
これは執事型です、狩りの状態です!

【執事型ホムンクルス】
狩りヤークト――
標的ツィール……
捕捉エルファスン――

《バトル》

祇園丸ぎおんまる
後ろから来るとはね。
でも大丈夫だよ、
僕が倒した――
君にはお礼をしなくちゃいけない。
僕たちの仲間を殺した医者、
君がたおしてくれたからね。
可哀想な西京極丸にしきょうごくまる――
あの子はシュゼンジの冷たい池に
ゴミのように捨てられた。
西京極丸にしきょうごくまるに酷いことをした奴に、
何とかして報復したい――
でも僕たちにはできないんだ。
僕たちは憎しみという感情を、
ほとんど持たないからさ!
代わりに君がやってくれた。
犯人のヘルマンは本性しで、
監獄かんごくの壁をひたすらなぐるという。
自分の手足の肉をみちぎるので、
すべての歯を抜かれたんだ――
さて、そろそろ行かなくちゃ。
次に会うときは、
君と一戦まじえることになるかも。
その時はよろしくね!

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい!
兄さんを助けた少年、
新型のホムンクルスでした。
【ユリア・クラウフマン】
ミュンヘンのアーゲーカーで開発され、
早速日本に連れてこられたのです。
【喪神梨央】
それって……
フォス大佐と一緒にですか?
【ユリア・クラウフマン】
何体かはレーベンクラフト型と共に、
先遣隊せんけんたいとして来日していたようです。
そのうち一体が殺害された――
【喪神梨央】
殺されたのは……西京極丸にしきょうごくまる……
変わった名前なんですね。
【ユリア・クラウフマン】
キョウトの地名だそうです。
あの子たちは十二石で動きます。
今のところ最も優秀です。
ユーゲント、それが型名です。
レーベンクラフト型は、
フォス大佐の護衛で来ました。
【喪神梨央】
それじゃ……
ユーゲントは何の目的で日本へ?
【ユリア・クラウフマン】
アーゲーカーが性能を試したいのでは……
あそこ、父の助手だった人が、
今は所長に収まっているのです――
ユルゲン・フェラー――
それが助手だった人です……
【喪神梨央】
ユリアさん、何か心配事でも?
【ユリア・クラウフマン】
……
いえ……
少し考えさせてください――

ナチSS親衛隊大佐が来日した。
町は歓迎かんげいムードであったが、隠しようのない不安が随所ずいしょ滲出しんしゅつしていた――

第七章 第四話 新たな動き

清正公前せいしょうこうまえ

清正公せいしょうこう前を囲むようにして、新山眞にいやままことが3台の思念しねん増幅器ぞうふくきを設置した。その影響で、「結界」の中は市中から、幾多いくたの思念が集まり、怪人予備軍を招いた。怪人化の兆候ちょうこうを得て公務出動となった。

【遠い目をした女性】
渋谷橋しぶやばしから乗合に乗って、
ここまで来たんですわ――
朝からずっと声がするのですわ――
フト立ち止まる
人を殺すにふさはしい
煉瓦れんがへいの横のまひる日
昼日中ひるひなかが人殺しにふさわしいなんて、
とても近代的モダンじゃありませんこと?
【着信 喪神梨央】
セヒラ観測します……
でも波形がさだまりません。
――怪人予備軍かも知れません。

【澄んだ目をした男性】
ふとね、真理の扉が開いたんです。
ある言葉が去来きょらいしてね――
自殺しても
かなしんでれる者が無い
だから吾輩わがはいは自殺するのだ
正しく真理ですよ、真理。
自死してね、生き残った者に、
辛い思いをさせてやろとか、
そう思ううちはだめなんです。
そんな当てつけみたいに死んじゃ、
せっかく命が勿体無もったいない。
――そうでしょ?
死ぬときは少しずつ縁を切っていく、
そして最後にぽつねんと一人になり、
すーっと深呼吸して死ぬんです。
――私はだいぶ整理がつきました。
猫のリルだけが心残りでね……
まだお別れできていないんです。

【着信 喪神梨央】
セヒラ観測します――
物凄く妙な波形です。
経過を見てください。
【猫憑き】
ニャー、あんたはここで何するニャ?
おいら、猫の千次郎せんじろうニャ~
リルなんてハイカラな名前、
おいらには縁がないニャ。
この人、おっきな隙間、拵えてニャ、
今にも何かにかれそうニャ。
おいらがふさいだニャ!
今日は早めに風呂にでも行くニャ!
【着信 帆村魯公】
猫め、核心かくしんを突いておるな!
憎しみをたぎらす者より、
心に空隙くうげきを持つ者のほうが、
に深くかれてしまうようだ。
もっと猫がたくさんおれば、
いいのににゃ!

【虚ろを見やる男性】
僕はね、言葉にいざなわれてここへ来た。
本郷ほんごうからずっと歩いてね、
今ここに着いたところさ!
青空はブルーブラツク
三日月は死のうたを書く
ペン先かいな
太陽は命、月は死……
僕の感性に寸分すんぶんたがわずはまるんだ。
――美しいじゃないか、君!

【武装SSヴェルケ一等兵】
この者らは我が方で処置します。
貴方たちはお引き取りください。
これはフォス大佐殿の命令です。
アーゲーカーで詳しく調べます。
ドイツ大使館地下に、
アーゲーカー連絡室があります。

【執事型ホムンクルス】
――標的ツィール
破壊ツェストゥルンク――
開始シュタート

《バトル》

【着信 喪神梨央】
クルト・ヘーゲンの執事型、
何体も帝都にはなたれたみたいですね。
日本人の拉致らちに関しては、
外交筋に連絡を入れておきます。
山王さんのう機関ではどうにもできません。
【着信 帆村魯公】
八号帥士はちごうすいし
渋谷しぶや練兵場に向かってくれ!
歩三の召喚小隊に変事が起きている!
【着信 喪神梨央】
公務電車で目黒に向かってください。
鉄道連隊の演習列車が大崎にいます。
それで原宿まで進めます。

代々木よよぎ練兵場〕

それは異様な光景だった――
練兵場には兵が倒され横たわり、将兵と民間人が鳥合うごうしているのだ。

【第三連隊山田二等兵】
え、演習の準備をしていたところ、
突然、連中がなだれ込み……
阻止そしするもこの有様で――
【第三連隊中村二等兵】
今日は夜行演習が予定されて……
――ああ、脚の感覚が……
【着信 喪神梨央】
歩兵第三連隊第八八大隊、
第三八中隊第八小隊の、
夜行演習が予定されています――
わずかにセヒラを観測します。
十分、注意してください。

一五市にのまえごいち
喪神もがみ中尉!
――我が召喚小隊は解散なった。
新たに軍属をまじえて組織する。
名付けて暁光ぎょうこう召喚隊だ!
この隊は霊異りょういす者を集め、
帝都の怪異を鎮定ちんていするばかりか、
日本の国力を外に示すものだ。
鬼龍きりゅう隊長不明の今となっては、
私がひきいるほかないのだ。
さいわい、召喚術において、
素養そよう高き連中が揃っている。
貴様も隊に加わりたいなら、
考えなくもないぞ。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ急上昇です!
セヒラが異常値を示しています!
大変危険です、退避してください!!

〔時空の狭間〕

【バール】
バーンと飛び出すバールだニャ!
またすごいセヒラ異常だニャ!
三人が同時に戦ったりしたニャ!
そのせいだニャ!
【バールの帽子】
そりゃセヒラ異常も起きるゲロよ。
近いところで三人同時に戦うなんて、
無謀むぼうに決まってるゲロゲロ!
ん?
何だゲロ、どうしたゲロ、
じいさんが何か言いたそうだゲロ!
【バールの帽子背後】
第三連隊の召喚小隊が解散になって、
それをよく思わない連中がいるのう。
連中、アストラルになって、
帝都満洲を彷徨さまよっておるぞ。
逆恨さかうらみする奴もいるじゃろうて。
【バールの帽子】
なーんだゲロ、そんなことかゲロ!
出来損ないのアストラルなんぞ、
ぶっ飛ばしてしまうゲロね!
【バールの帽子背後】
現世でだめな奴ほど、
こっちでは強くなったりするんじゃ。
気ィ付けることじゃよ。
【バールの帽子】
噂をすればか?
――何か来るゲロ!
【バール】
あれは……
――強いニャ、強いニャ、
すっごく強いニャ!
月詠つくよみ麗華れいかの思念だニャ!
【バール】
呼んでみるニャ、呼んでみるニャ!
【バールの帽子】
何が起きても知らないゲロよ!
【バールの帽子背後】
軽い気持ちで、
思念を呼んだりするんじゃないぞ!
【バールの帽子】
知らないゲロよ!
【バール】
呼ぶニャ!
――麗華さーん、
こっちこっち、こっちだニャ!

【月詠麗華】
私はぜんぜん至っていません――
いくら戦っても、戦っても、
豪人たけとさまに教えをうまでは、
出来上がらないのです――
東雲しののめ流の奥義……
きっと私にいでくださいまし。
風魔ふうまさまのなされる帆村ほむら流も、
根は東雲しののめ流であるはず――
風魔ふうまさまと同じところに立てる、
そう思うとぞくぞくしてきます!
鈴代すずよさんがお認めになるか、
それが気がかりですわ――

品川図們しながわトモン第二街区〕

【元召喚小隊H一等兵アストラル】
陸軍省から通達つうたつがあって、
我が召喚小隊は解散になった。
歩兵として部隊に残るか、
あるいは除隊するかを選べという。
――自分、答えなど出ません!
【元召喚小隊A上等兵アストラル】
召喚小隊、解散になったんだ!
せっかくを降ろして戦う、
その術を習得したのに!
いまさら一般歩兵なんかに戻れない!
僕は除隊を選ぶ、絶対に。
そして暁光ぎょうこう召喚隊に参加するんだ!
【元召喚小隊M曹長アストラル】
鬼龍きりゅう大尉が姿を消してから、
小隊はまとまりがなくなった。
あの月詠つくよみ麗華れいかという女は、
大尉から奥義をさずかろうと狙う。
当分、大尉は姿を見せないだろう。
【元召喚小隊F中尉アストラル】
鬼龍大尉はおそらく京都の師団。
そう考え十六師団に連絡するも、
連中、だんまりを決め込む――
歩一の連中、
何か知っているはずが、
おくびにも出さない!
【元召喚小隊D大尉アストラル】
独逸ドイツのアーネンエルベも、
一枚岩ではないな――
あそこのヘーゲン召喚師、
フォス大佐と反目しているようだ。
フォス大佐の来日以来、
手下の召喚師どもが躍起やっきになって、
新参の召喚師と戦っている。
しかし……
連中の手下は人にあらずとも聞くが、
歩一の連中なら詳しいのだろうか?

品川図們しながわトモン第四街区〕

【元召喚小隊C二等兵アストラル】
S中尉は朝から焼酎しょうちゅうを、
浴びるように飲んで寝ている――
小隊の解散が気に食わないんだ。

【元召喚小隊Y二等兵アストラル】
S中尉、第三六小隊長の頃、
新兵を自殺に追い込んでいる――
難癖なんくせをつけては懲罰ちょうばつの繰り返し。
ある日、茶をこぼした懲罰ちょうばつとして、
腕立て伏せ一六三七回もさせたんだ。

【バール】
びょびょ~ん、バールだニャ!
酷い上官もいたもんだニャ!
腕立て伏せを何回だって?
噂のそいつが来るニャ!
そうとう怒りまくってるニャ!
現世では閑羅瀬しずらせみき中尉殿ニャ!

【元召喚小隊S中尉アストラル】
鬼龍きりゅう大尉は負け犬だ!
この大事な局面で雲隠れするとは、
情けないにも程がある!!
それに――
歩三の腑抜ふぬけ連隊長め!
麻布あざぶ連隊区のくそ司令め!
陸軍省の穀潰ごくつぶし将官どもめ!!
参謀本部の――
うぬぬ……気配を感じる、感じるぞ!
何者だ、貴様!
この俺をわらいに来たか!!

《バトル》

【元召喚小隊S中尉アストラル】
くそ! くそ! くそ
どいつもこいつも、
勝手なことばかりしやがって!!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
やっと探信たんしんできました!
品川図們トモン、安定しています。
帰還してください。

〔山王ホテルロビー〕

ホテルロビーでは、多加美たかみ宮司ぐうじ鈴代すずよと話し込んでいた。月詠つくよみ麗華れいか霊異りょういを現し、鬼龍きりゅう豪人たけとからの奥義おうぎ伝授でんじゅを狙うとあって、鈴代すずよも新たなる決意をしたようである。

【如月鈴代】
風魔ふうまさん、私、決めました――
麗華さんが霊異りょういを現して、
今、とても不安定な状態です。
もし鬼龍さんから東雲の奥義おうぎを継ぎ、
新しい東雲しののめ流が興るとすれば、
今の私たちでは太刀打たちうちできません。

東雲しののめ流は鈴代の祖母の代で絶えている。古式帰神法は神々を降臨させ、眼前に現すのだという。

【多加美宮司】
鬼龍大尉は古式東雲しののめ流を極めた、
そう伺っております――
【如月鈴代】
大尉が京都の師団においでの頃です。
でもほどなくして流派を閉じました。
すぐさま大尉は独逸ドイツへ――
古式ではセヒラを用いないのです。
降ろすのもではなく神々です。
それを改めたのが帆村ほむら流なのです。
帆村流ではを指揮する、
そういう術武じゅつぶに進化させました。
もし今、古式がおこれば……
【多加美宮司】
帆村流に対抗し得る力となる――
そういうことかも知れません。
【如月鈴代】
を現前に現し、
市民を襲わせるということも……
そうなってしまっては手遅れです。
【多加美宮司】
今、正しく古式東雲しののめ流を再興すれば、
色々の懸念、払拭ふっしょくできます。
【如月鈴代】
私、東雲しののめ流を再興します。
麗華れいかさんより早く古式東雲しののめ流をおこし、
対抗できるよう、準備を整えます。

【九頭幸則】
風魔、通報があったぞ!
広尾橋ひろおばしに仮面の男が現れた――
こちらは?
【多加美宮司】
宮司ぐうじ多加美たかみです。
東雲しののめ流の神器である鏡を授かりに、
京都に向かいます。
【九頭幸則】
それじゃ、東雲しののめ流を……
【多加美宮司】
そうです、東雲しののめ流を再興します。
そのためには神器の鏡がいるのです。
鏡は京都の神社に収めてあります。
【如月鈴代】
京都の方には私から、
伝えておきます。
少し時間をください――
【多加美宮司】
わかりました。
いつでもてるようにしておきます。
【九頭幸則】
梨央りおちゃんに公務電車の手配を頼む。
風魔、広尾橋だ、向かってくれ。
【如月鈴代】
古式東雲しののめ流がおこれば、
風魔さんに継いでいただきたく、
存じます。

広尾橋ひろおばし

【着信 帆村魯公】
おかしいぞ、
今さっきしばの方で
仮面の男が目撃された。
丁度ちょうど、省線田町たまち駅の近くだ。
どうなってるんだ?

【仮面の男】
ワハハハハハ~
愉快ゆかいなことになってるな!
こいつらは前菜だ!
この女は一週間も市内を彷徨さまよった。
銀座で妙な上映会があったそうだ。
この男は国家を転覆させようと、
韮山にらやまなんとやらに従い、
あらぬ妄想を膨らます――
ここでお前と交えれば、
セヒラが繋がる――
いい按配あんばいにな!

《バトル》

【仮面の男】
ワハハハハハ~
いいぞ、その調子だ!
私は次に向かう!!

【着信 新山眞】
仮面の男の目的、わかりました!
私の作った結界を、
打ち破ろうとしているのです!
田町たまち駅前と広尾橋ひろおばしを底辺として、
市内に大きな三角形が描けます。
その頂点は――
五反田ごたんだ方面です!
結界に重なる逆三角を描き、
セヒラの流れを作るつもりです。
聞いたことがあります――
ツアイヒヌンの術と言います。
訳すと絵を描くということですが。

新山にいやまの結界に重なる逆三角形は、田町たまち駅前、広尾橋ひろおばしを結び、その頂点、大崎あたりに位置していた。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
結界に重なる逆三角形ですが、
大崎にその頂点を結びます!
五反田ごたんだまで、
公務電車で移動してください。

向かった先は大崎広小路おおさきひろこうじであった。そこには第3セヒラ探信儀たんしんぎがある。三探は独逸ドイツ駐在武官、是枝これえだ大佐邸に建つ。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
三探に強力なセヒラ反応です。
ただし――
仮面の男とは異なる波形です。

是枝邸これえだてい前〕

【月詠麗華】
風魔ふうまさま――
私……どうすればよいか……
あの仮面の男から、
誘いを受けているのです――
ともに力を極めようと。
私は純粋に戦うよろこびを求めている、
ただそれだけなのに、
そうさせてはいただけません――
私をしたう人たち、私を求める人たち、
私を退しりぞける人たち――
幾多いくたの思いが私をめぐるのです。
私……
どうすれば……
風魔さま……
【着信 喪神梨央】
今、歩一に出動要請しました。
衛生班も同行します。
到着まで現場を保全ほぜんしてください。

程なくして歩一のトラックが到着した。月詠つくよみ麗華れいかは歩一にて保護することとなり、連隊本部に運び込まれた。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい――
麗華れいかさん、無事に保護されたんですね。
【帆村魯公】
それにしてもだ、
仮面の男、愈々いよいよ放置はできんな。
麗華嬢まで引き込もうとするとは!
【喪神梨央】
仮面の男が兄さんや怪人と戦って、
セヒラの道が出来たと、
新山にいやまさんは仰っていました。
それであそこに麗華さんが来た……
あのとき、セヒラ球に似た波形、
大崎方面で確かに観測していました。
【九頭幸則】
すると、月詠つくよみさんは、
セヒラ球に乗って移動しているのか?
――まるでセヒラの申し子みたいだ。
【喪神梨央】
幸則ゆきのりさん!
今はセヒラ球の波形、
帝都のどこにも観測しませんよ!
鈴代すずよさんも古式東雲しののめ流の再興、
決心されたわけだし……
――私たちのそなえは十分です。
【九頭幸則】
ならいいんだけど――
それはそうと、フォス大佐が、
是枝これえだ邸を訪問したらしい。
あの二人はどういう関係なんだ?
【帆村魯公】
腹の探り合いだよ。
駐独武官としてナチに通ずるのは、
当然の責務だからな。

仮面の男は何を思い月詠つくよみ麗華れいかいざなうのか。古式東雲しののめ流の再興を決めた鈴代すずよの胸中は――
さまざまな思惑おもわくが夏の帝都に錯綜さくそうしていた。

第七章 第五話 乙亥文書

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん、
前に執事型のホムンクルスが残した、
一四、一二の数字、解明できました。
ユリアさんが、
ホムンクルスの記録を調べて、
見当つけたんです。
この件で、
式部しきべさんが来てくださいました。
【式部丞】
その数字、聖書なのではと聞いて、
意味のありそうな書をあたりました。
以賽亞イザヤ書、十四章、十二節です――
ちた明星みょうじょうについて書かれています。

あしたの子明星みょうじょうよ 
いかにして天よりおちしや 
もろもろの国をたふし々者よ
いかにしてきられて
地にたふれしや

明星みょうじょうたる者が何故なぜに天からちたか。
幾多いくたの国を倒したほどの者が、
何故なぜられて地に倒れたのか――
以賽亞いざや書で語る明星みょうじょうとは、
堕天使だてんしルシファーのことです。
【喪神梨央】
ルシファーって、ですか?
【式部丞】
最高位の悪魔とされています。
もしセヒラに触れると、
最も強いになるでしょうね。
【喪神梨央】
そのルシファーのことを、
ホムンクルスが語ったのですね?
――何か意味があるのでしょうか?
【式部丞】
大いに謎ですね――
少し調べたいことがあります。
私はこれで失敬しっけいします。
【九頭幸則】
今、すれ違ったの、式部しきべさんだね。
何しにここに来たんだい?
【喪神梨央】
幸則ゆきのりさんこそ、
どうやってっていたんですか?
【九頭幸則】
ふ、っていた?
随分だなぁ、梨央りおちゃん――
あ、いや、梨央。
渋谷しぶや道玄坂どうげんざかにできた近代建築モダンビル
あれは憲兵隊の本部だって。
それも渋谷憲兵大隊だそうだ。
渋谷憲兵分隊を大幅に強化したって。
【帆村魯公】
渋谷憲兵分隊は桜ヶ丘さくらがおかにあった隊か。
東京憲兵隊とは別組織なんだな。
それが強化されたと?
しかも大隊だと?
そんな大きな部署なのか?
どの辺りなんだ、ぜんたい?
【九頭幸則】
ちょうど玉川たまがわ電車の道玄坂どうげんざか上駅、
そのすぐ側に建っています。
ものすごく立派なビルヂングです。
【喪神梨央】
渋谷って、再来年には地下鉄道が、
やって来るんですよ!
【九頭幸則】
へぇ……
駅はどのへんに出来るんだい?
【喪神梨央】
何でもデパートの三階をくり抜く、
そんな計画のようです。
【九頭幸則】
地下鉄の駅が空中に?
そんなことあるのか、本当に?
【帆村魯公】
――そうか……
新宿の憲兵、その渋谷大隊か……
【喪神梨央】
どうしたんですか、隊長?
【帆村魯公】
いやな、今日、
新宿で大勢の憲兵が出動しているが、
渋谷の隊ではないかと思ってな。
【喪神梨央】
でも……
新宿は管轄かんかつが違いますよね――
渋谷の隊が出るのは変です。
【帆村魯公】
前に人生よろづ相談の、
新宿相談所が摘発てきはつされただろ?
【九頭幸則】
知ってます!
省線の鉄道病院の向かい――
葵橋あおいばしの駅の近くです。
あっ! そうか!
あそこは渋谷区だ!!
――駅は新宿だけど……

人生よろづ相談新宿相談所は摘発てきはつを受けた。鉄道省病院の向いに位置していた。この界隈かいわい、行政区では渋谷区に属している。

【帆村魯公】
今日、新宿に押しかけた憲兵、
もしや渋谷の隊ではないか?
――渋谷憲兵隊……
【喪神梨央】
兄さん!
その新宿にセヒラ反応です!
【九頭幸則】
おお、なんか臭うな!
俺も同行するよ、風魔ふうま
【喪神梨央】
それでは公務電車を用意します。
赤坂見附みつけ、四谷見附みつけ経由で、
新宿駅前に向かってください。

〔新宿駅前〕

【九頭幸則】
新宿はいつものにぎわいだなぁ……
憲兵なんて何処どこにいるんだ?
――姿を見ないぞ?
【着信 喪神梨央】
憲兵隊のこと、少しわかりました。
渋谷しぶやの部隊はすべて憲兵特高です。
特高といっても警察ではありません。
憲兵特高課をひきいるのは、
血洗島ちあらいじま憲兵少佐だそうです――
【九頭幸則】
ち、ちあらいじま?
――すごい名前だな……
さて、新宿は何でもないようだから、
戻るか、風魔ふうま――

【洋行帰りの女】
洋行帰りのこの私が、
べったらづけなんぞ食すものですか!
私、巴里パリでは毎日のように、
リードボーを頂きましてよ!
ご存知かしら、リードボーって。
【九頭幸則】
ぜんたい、どんな食い物ですか?
【洋行帰りの女】
あらら、将校さんもご存じない?
――リードボーは仔牛の胸腺きょうせんですの!
育ち盛りの仔牛は、
大きな胸腺きょうせんを持っていますの。
それをワイン煮にするのですわ!
よく見ると、あなたたち、
ステュウシチューの具みたいなお顔だこと!
――オーホホホホホ~
【九頭幸則】
何だか嫌な予感がしてきたぞ。
【着信 喪神梨央】
今の人、先頃、
市ヶ谷見附みつけで戦った怪人です。
今、記録と照合しましたが――
今度会ったら、あんたもステュウシチュー
具にしてやるからね!
そう言って立ち去りました。
【九頭幸則】
じゃ、その時には、
廓清かくせいされなかったんだな?
何か、ますます嫌な予感がしてきた。

【憂いている書生】
下女の雪と家長おとうさんに、
昇汞水しょうこうすいを飲まそうとした夜、
警察が訪ねてきてね――
僕の計画はご破産さ!
結局、二人は熱海あたみ旅行に行ったよ。
その夜、僕は眠れなかった――
【九頭幸則】
梨央りおちゃんが通報したんだっけ?)
【憂いている書生】
熱海あたみから帰った二人、
前とは何だか様子が違う――
ある日、雪のなじる声を聞いたんだ。
の鳴くような声で許しを請うのは、
家長おとうさんの方だった――
家長おとうさん、雪の口座作って、
二千円も入れたんだって。
雪は何か考えているに違いない。
納戸なんどに大きな砒素ひそ薬缶やかんがあった。
あれ、十キログラムは入っているよ!
【九頭幸則】
砒素ひそって飲んですぐには死なない――
これは通報するほどじゃないか。
【着信 喪神梨央】
今の書生は神田かんだでした――
神田で戦いました。
新宿のセヒラ、依然いぜん高いままです。
それにいざなわれて市中から、
廓清かくせいされない人が来るんでしょうか?

〔新宿駅前〕

【メカノフィリアの男】
弾条ぜんまいを巻くんだ、ギリギリ巻くんだ!
でもな、今回は巻きすぎた!
欲張りすぎたんだ!
弾条板ぜんまいいたが大きくけて、
私はね、一気に弾き飛んだ!
あああ、もう巻けない!
弾条ぜんまいが使えなくなった~

【九頭幸則】
あなたたちが――
渋谷憲兵大隊所属の隊ですか?
自分、歩一の九頭くず中尉です!
鬼相良おにさがら憲兵中尉】
鬼相良おにさがら憲兵中尉です。
ここは自分らにまかせ、
お引き上げください。
【着信 喪神梨央】
渋谷憲兵大隊のこと、
更にわかりました。
隊には五城目ごじょうめという大尉がいます。
鬼相良おにさがら憲兵中尉】
貴様、詮索せんさくするのか!
軍人の風上かざかみにも置けぬ卑怯ひきょう
断じてゆるさん!

《バトル》

鬼相良おにさがら憲兵中尉】
ハハハハハ~
山王さんのう機関、流石に腕が立つ!
よかろう、喪神もがみ中尉、
また手合わせを願うとするか。
【九頭幸則】
何がよかろうだ、偉そうに!
風魔ふうま、こいつら片っ端から、
なぎ倒してやろうぜ!
【着信 喪神梨央】
先程の五城目ごじょうめ大尉ですが、
宮内庁くないちょう陰陽寮おんようりょうの所属です。
聖宮ひじりのみや殿下のご同輩です。
【九頭幸則】
そんな人物が、
憲兵隊にいるのか?
――何だか妙だな……

〔新宿駅前〕

【九頭幸則】
なんだかんだ言って、
連中、引き上げたんだな――
歩一でも憲兵隊のこと調べてみるよ。
――風魔ふうま、何か視線を感じるぞ。
気のせいか……いや、違う!
【思い詰めた女】
寝ている佐竹の胸に、
名前をったんですが、
つづりを間違えたことを思い出し、
荒木町あらきちょうの待合に誘ったんです。
また会いたいと伝えたのです。
【九頭幸則】
それはいつのことですか?
【思い詰めた女】
今日です、さっきです――
今日は佐竹の会社は記念日でお休み、
だから、さっきです。
【九頭幸則】
それで……
またったんですか?
【思い詰めた女】
らないわよ、そんなこと――
【九頭幸則】
――ふぅ……
よかった……
【思い詰めた女】
きざんだのよ、深くしっかりと!
待合の布団が真っ赤に染まるまで、
きざんだのさ!!
【着信 喪神梨央】
これではきりがありませんね。
帝都満洲を探信たんしんすると、
大きなセヒラのよどみがありました。
――おそらく、そのせいでは?
今、新宿界隈かいわいしずまっています。
帝都満洲におもむいてください!
【九頭幸則】
了解したよ。
梨央りお、今の女の件、通報頼んだよ。
【着信 喪神梨央】
既に四谷よつや署に通報済みです!

セヒラにおかされ、廓清かくせいすることのない市民が、次々と押し寄せる新宿界隈かいわい――
その原因、帝都満洲にあるとしておもむくことに。

【満鉄列車長】
日本橋佳木斯チャムスに到着しました。
この列車の終着となります。
日本橋佳木斯チャムスにお客様とは、
これまた珍しいこともありますね――
ここに辿たどり着く者、
その多くは因須磨洲いんすますにいるのです。
北陸の小さな港町です。
確か省線の終着駅ですね。
富山から二時間かかります――

〔日本橋佳木斯〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラのよどみ、
先程より少し大きくなっています。
新宿には相変わらず、
市中から人が集まります――
皆、怪人化寸前です!

行旅人こうりょにんアストラルR】
因須磨洲いんすますの町に来た覚えがない……
ある日、目覚めたらここにいた。
帰るにも汽車に乗れない――
汽車は見るが駅で待つと来ない、
半日待っても一向に来ない。
時間表はあるけど、
その通りには走らない日が多い――
わんの奥にあるこの町からは、
歩いて行く道は一本もなく、
海は高波続きで小舟では出られない。
もう三年も足止めを食っている……

【行旅人アストラルV】
不思議です……
因須磨洲いんすますには殆ど人がいないのに、
にはいるんです――
私たちとは毛色の違う人が、
急に増えました。
皆、軍人のような口を利きます。

【憲兵少尉Sアストラル】
あの文書の出処でどころはどこだ?
参謀本部なのか?
乙亥きのとい文書――
明治期の霊能力者がしたためた本だ。
今年、乙亥きのといの年に、
悪魔なる者の化身が現れるという。
化身は帝都に現れる――
文書にはそう記されていた!

【憲兵中尉Fアストラル】
悪魔の化身だと?
伽話とぎばなしみたいな話、信じられるか!
だが、軍は本気だ。
化身を探せ、それが軍命だ!
俺は上官に具申ぐしんした。
先ずはよろづ相談を摘発てきはつすべしと。
ああいうところにいるんだ――
真っ先に新宿相談所を探った。
あそこは渋谷区だ、渋谷大隊の所轄しょかつ
現場は鉄道病院の向いだ。
東京鉄道局経理課のバラックが並ぶ、
その隣に新宿相談所はあった。
主催者は熱海あたみとらえた。
たちまち俺は中尉に特進だ!
――これも化身とやらのおかげだな。

【憲兵中尉Nアストラル】
乙亥きのとい文書には、こうあった――
乙亥きのといヲ迎ヘシ都ニ
荒神あらかみヲ現ハス霊異りょういアリ
乙亥きのといの年は六十年に一度ある。
前回、明治八年には荒神あらかみは降りず、
愈々いよいよ今年を迎えたわけだ――
軍では荒神あらかみを悪魔と称している。
これはまさにだのを操る、
あのおかしな連中の影響に違いない。
乙亥きのとい文書を記したのは、
明治中期の霊能力者、北枕宣一きたまくらせんいちだ。
いくら調べても、
その人物の存在は不明のままだ。

【着信 喪神梨央】
憲兵隊員たちの思念ですね。
ところで、化身の現れる場所、
予言書に書かれていたんでしょうか?
憲兵らは新宿を調べているようです。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
帝都満洲から新宿にセヒラを送り、
わざわいを呼ぼうとしている、
そう考えられませんか?
いつまでっても現れない化身、
ごうを煮やし、呼ぼうとしている、
そうじゃないでしょうか?
新宿のセヒラ、
一向いっこうに下がる気配がありません。

【憲兵大尉Kアストラル】
悪魔の化身なる者、一向に現れず。
だがしかし、私たちは僥倖ぎょうこうを得た!
アザトースなる化物を呼び覚ませば、
強力な瘴気しょうきの生じるを得、
化身招聘けしんしょうへいこれに成功するはずである。
ここの連中は一様に恐れておるな、
そのアザトースという化物に。
化物は眠っておるというぞ!
【行旅人アストラルX】
だめだ!
そんなことしてはいけない!
アザトースは万物の造り主だ。
今、眠りの中にいる――
【憲兵大尉Kアストラル】
ならば、それを起こすまでだ。
【行旅人アストラルX】
わからないのか!
我々のこの世界は、
アザトースの微睡まどろみの中にあるんだ!
アザトースが目覚めれば、
世界など一瞬で消えてしまう!
まるで揮発きはつするようにね!
【憲兵大尉Kアストラル】
世界が消えるだと?
忠勇無双ちゅうゆうむそう益荒男ますらお蟠踞ばんきょする、
神洲大八洲しんしゅうおおやしま、消えなどせんわい!
【行旅人アストラルX】
だから軍人はだめなんだ!
三八サンパチで武装しても理論ロジック武装が、
からっきしできていない!
【憲兵大尉Kアストラル】
黙れ!
貴様はいったいどこに住む?
必ずや探し出してやる!
【行旅人アストラルX】
うわぁぁぁ~
【憲兵大尉Kアストラル】
ん?
何だ? どうした――
何が起きたのだ?

【アザトースアストラル】
私を呼んだのは君なのか?
君の全身にみなぎる力は何だ?
君は神と戦うつもりなのか?
【着信 帆村魯公】
まどわされるな!
そいつは神なんかじゃない、
人間の恐怖が生んだものだ!
【アザトースアストラル】
お見通しということか――
確かに私は生み出された。
私が造った人間によって、
生み出されたものだ。
なるほど私は空想上の存在だ。
――時にこんな言葉を知っているか?
現実の恐怖など、
空想の恐怖の足元にも及ばない――
魔女にそそのかされ、ダンカン王を殺害した
マクベスがいた言葉だ――
君の恐怖はこれから始まるのだよ!

《バトル》

【アザトースアストラル】
あああ……
もう眠りは訪れない――
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
新宿界隈かいわいでセヒラ減少しています。
ひとまず帰還してください!

〔山王ホテル前〕

帝都に戻るや、ホテル前にセヒラ観測、その報を受けて、急ぎ、山王さんのうホテル前へ。はたしてそこには憲兵隊が展開していた。

【渋谷憲兵大隊五城目ごじょうめ大尉】
乙亥きのとい文書――
あのような代物しろもの捏造ねつぞうだ。
私の眼はごまかせない。
乙亥きのとい霊異りょういは間違いなく起きる。
そのために準備をしてきたのだ。
だが、私はあの文書を見抜いた。
あれは私たちを探る目的で捏造ねつぞうされ、
私たちに提供されたものだ。
――それで、何を探ったのかね?
私たちは真実を知っている。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
異常なセヒラ波形を観測!
注意してください――
【渋谷憲兵大隊五城目ごじょうめ大尉】
私たち部隊を新宿に展開させた。
多大なセヒラを呼び込み、
悪魔の化身を迎える手はずだった。
だが、成せなかった!
貴様らが邪魔だてをするからだ!
もう一度、組み立て直しが必要だ。
乙亥きのとい霊異りょうい、手中に収めるは、
とうとき軍命なのだ!!
【聖宮成樹】
喪神もがみさん!
私が抑えます!

ともに宮内庁くないちょう陰陽寮おんようりょうに属する2人。いずれも陰陽師おんみょうじである。聖宮ひじりのみや五城目ごじょうめの力をふうじようとしているのだ。

【着信 喪神梨央】
セヒラの波形、
通常のものに戻りました!
【渋谷憲兵大隊五城目ごじょうめ大尉】
フフフ――
従七位上の大允だいじょうだけのことはある!
ここはセヒラを集めて戦うとする!

《バトル》

【渋谷憲兵大隊五城目ごじょうめ大尉】
無念だ――
人生とはまるで熱病だ。
ようやくその熱が冷める時が来た。

【聖宮成樹】
大尉は陰陽師おんみょうじにして怪人だった――
二つの力を同時に使おうとした。
とても危険なことです。
ここはもう大丈夫でしょう。
機関本部へ戻りましょう。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
殿下、ありがとうございます!
【聖宮成樹】
まさか陰陽寮おんようりょうの者が、
怪人化していたとは――
油断もすきもありません。
【帆村魯公】
憲兵隊の連中、
乙亥きのとい霊異りょういを信じておるようだが――
何かお耳に入っていませんか、
殿下の方では?
【聖宮成樹】
瑛山会えいざんかいでということですね?
【帆村魯公】
ええ、左様ですな。
いかがですか?
【聖宮成樹】
瑛山会えいざんかいでは特段、そのようなことは、
伝わってはいません――
ただ、全てがつまびらかではありません。
少し深く調べてみます。
【喪神梨央】
乙亥きのとい文書を記した人って、
北枕宣一きたまくらせんいちと言うんですよ――
なんだか嘘くさくないですか?
【聖宮成樹】
その文書はおそらく偽物です。
憲兵隊が乙亥きのとい霊異りょういについて、
どこまで知るかを探るためのもの――
【帆村魯公】
つまりは陽動ようどうですな。
一体、誰が仕込んだのでしょうか?
【聖宮成樹】
深く事態を知る者です。
参謀総長に掛け合ってみます。
あの憲兵隊自体が、
どうもまっとうではないようです。
【帆村魯公】
それにしてもよく名付けたな、
北枕宣一きたまくらせんいちとは……
【喪神梨央】
ええ? すごく嘘くさいですよ!
【帆村魯公】
明治期はな、そういう皮肉ひにくれ者が、
大勢おおぜいいたんだよ。そのでんで行くと、
その名前、あながち悪くはないな。

乙亥きのとい文書に記された悪魔の化身。文書が偽物であったとして、はたしてすべてが捏造ねつぞうなのか――
ひとまず新宿の町は平静を取り戻した。

第七章 第六話 美少年倶楽部

〔山王機関本部〕

聖宮ひじりのみや諸々もろもろの件をたずさえ京都へ向かった。朝9時東京発の特急つばめ号である。車2台という最小の警護であった。

【喪神梨央】
殿下は当然一等ですよね?
【九頭幸則】
何だい、梨央りお、一等がうらやましい?
【喪神梨央】
そんなんじゃないです!
――一等ならよく知ってます。
【九頭幸則】
へぇ、いつの間に、
一等の客になったんだい?
【喪神梨央】
写真で見て知ってるんです。
東京、京都間なら、
特急料金は六円です。
【九頭幸則】
へぇ~
オウルグリルのオムライス、
十二杯分だな!

【喪神梨央】
あっ、ユリアさん!
聖宮ひじりのみや殿下は京都にたれました。
今朝の特急です。
――あれ?
ユリアさん……
どうかしたんですか?
【ユリア・クラウフマン】
ヘーゲンが狩りヤークトを、
やめようとしないのです――
【九頭幸則】
彼もしつこいですね!
――今、帝都に、何種類の、
ホムンクルスがあるんですか?
【喪神梨央】
メイド型、執事型、
レーベンクラフト型、そして……
ユーゲント型……ですよね?
【九頭幸則】
ヘーゲンの奴、自分の以外、
みんな敵だと思ってるんじゃ――
きっとそうでしょう、ユリアさん!
【ユリア・クラウフマン】
ユーゲントを目のかたきにしています。
彼の扱う執事型より性能がよく、
それが気に入らないようです。
【喪神梨央】
強いを呼べるということですか?
――性能がいいというのは?
【ユリア・クラウフマン】
ホムンクルスの性能は、
その自律じりつ性で決まるのです――
父の助手だったフェラーは、
新しいシュタインの生成に成功しました。
ユーゲントに使われているシュタインです。
ユーゲントの自律係数は三・八。
最高が五なので、かなり高い値です。
【喪神梨央】
自律係数……
そういうのがあるんですね?
【九頭幸則】
ちなみに人間は……
人間の自律係数っていくつですか?
【ユリア・クラウフマン】
八以上です……
もっとも人によりけりですが。
【喪神梨央】
ユリアさん、
今日、狩りはどこで行われますか?
【ユリア・クラウフマン】
ギンザ方面です。
【喪神梨央】
そうですか……
先程からセヒラを観測します。
狩りが原因でセヒラを集めている、
そういう状況かもしれません。
兄さん、念のためです、
巡視パトロールをお願いします。
――ユリアさんは……
【ユリア・クラウフマン】
実は、フロイラインが一体、
行方ゆくえ知れずなんです。
いなくなって時間が経っています――
【喪神梨央】
狩りに巻き込まれたりしていないと
いいんですが――

クルト・ヘーゲンの狩りの影響なのか、銀座界隈かいわいでセヒラを観測するという。探信たんしん範囲をしぼり、銀座二丁目に向かった。

〔銀座二丁目〕

【着信 喪神梨央】
セヒラはそれほどではありません。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
ニュースがあります――
その近くに――
美少年倶楽部クラブがあるそうです。
ユーゲントは、
美少年倶楽部に関係している、
そうではないでしょうか?
化野丸あだしのまる
君は祇園丸ぎおんまるの友だちだね!
よろしく、僕は化野丸あだしのまるだよ!
じゃ、これで!

【着信 喪神梨央】
美少年倶楽部は、
あの独逸ドイツ人の医者のヘルマンが、
少年を物色ぶっしょくした場所です!

【執事型ホムンクルス】
目標ダスツィル……
確認ベステーティグン
――破壊ツェストゥルンク

《バトル》

【執事型ホムンクルス】
――終了エンデ……

化野丸あだしのまる
僕をはさみ撃ちしようとした――
けど、おかしいな……
君に気付いていなかったみたいだ。
自分の前に君がいたから戦った――
僕にはそう見えたよ。
君には助けてもらったね。
話したいこともあるんだ、
僕たちのクラブにお誘いするよ。

〔銀座美少年倶楽部〕

化野丸あだしのまる
ここは僕たちがもてなし役ガストゲバーの店、
お客は皆、あだ名シュピツナームで呼び合うんだ。
しばらくゆっくりしてね、
後で声かけるから!

【ヘル中立売なかだちゅうり
あなたは、新入りですか?
オホホホ、私はここでは中立売なかだちゅうり
そう呼ばれていますな。
皆、京都の通りの名ですよ。
そちらのお方は独逸ドイツ帰りだそうで。
独逸ドイツは美少年倶楽部の本場だと、
そういうじゃありませんか?
オホホホホホ~

【ヘル西洞院にしのとういん
ところで、ヘル蛸薬師たこやくし――
伯林ベルリンは美少年カフェが盛んだとか。
実際、どうなんですか?
【ヘル蛸薬師たこやくし
伯林ベルリンはなるほど本場ですな!
美少年カフェ、実に七十けんです。
紳士ゼントゥルマンは目移りがみません。
【ヘル西洞院にしのとういん
それはうらやましい限りですな!
ぜんたい、制服などはありますか?
【ヘル蛸薬師たこやくし
いい水兵服を着た少年、
幼年学校生徒服をつけたもの、
白粉おしろいをつけてべにをさしたのは勿論もちろん――
赤い細いネクタイにどうを締めた上着、
ズボンはよく折り目立って、
それはそれはもう端正たんせいですな!
【ヘル西洞院にしのとういん
やはりアレですかな、
お客は我々のような――
【ヘル蛸薬師たこやくし
もう少しよわいが行きますな。
白髪、ごま塩、鼻眼鏡――
ほおに決闘のあとのある男も見ました。
【ヘル西洞院にしのとういん
ほう、なかなか豪の者も、
お客にはいるようですな。
アハハハ、愉快にやりましょう!

【ヘル丸太町まるたまち
貴殿はお一人であるかな?
寂しそうにお見受けしたものでな。
この絵は聖セバスチャン殉教図じゅんきょうずだ。
伊太利亜イタリアの画家グイド・レーニ作――
彼はボローニャ派に属する画家で、
ラファエロ風の古典主義的な画風、
それが何よりの特徴だ――
深い陰影と計算された劇的な構図、
レーニはカラヴァッジョの影響を、
強く受けているとされる。
この絵の前に一人たたずむと、
異教徒の神殿に踏み入れたかのごとく、
目眩めくるめく神経の奔流ほんりゅうを体験するのだ。
見給え、矢に射られた肉体を!
肉体の鋼のうちにはたぎる情念をみとむ。
あの刺さる矢をこの手に握れば、
たちま火傷やけどするであろう――
火の痛みはわれぬ快感だ。
死期を迎え、愈々いよいよ溌溂はつらつと輝かんとす、
官能の肉体へのえざる賛美!
何物にもえがたい崇高すうこうさである!
死に対面する時にのみ昇華する美、
それこそ益荒男ますらおの散り際なのだ。
ひ弱な書生の自死とは違う!
傷口から流れ出るのは血ではない、
それは魂のほとばしりなのだ!!
ヒィー、ヒィー……
息が……出来ない……
ヒィー……ヒッ――

化野丸あだしのまる
お待たせしました、
喪神もがみ風魔ふうまさん――
貴方のことを調べました。
問題はないようです。
――ご相談があります、こちらへ。

化野丸あだしのまる
喪神もがみさん、相談したいというのは、
祇園丸ぎおんまるのことなんです。
祇園丸ぎおんまる、この三日ほど、
姿を見ません――
南禅寺丸なんぜんじまる
祇園丸ぎおんまるとはユウラクチョウで別れた。
僕たちはギンザを散策したんだ。
祇園丸ぎおんまる、省線に乗ると言っていた。
化野丸あだしのまる
僕たちユーゲントは、
ある程度自由に行動できる――
存知ぞんじでしょう、そのことは。
上賀茂丸かみがもまる
西京極丸にしきょうごくまるのこともあるし、
心配なんだ、祇園丸ぎおんまるのことが。
僕たちのこと、
良くは思わない人もいるようなんだ。
化野丸あだしのまる
喪神さん――
アーネンエルベで、
祇園丸ぎおんまる香腺こうせん、見つかったんです。
香腺にはいろいろな記録が残る。
調べれば祇園丸ぎおんまるの行動がわかる、
そう思うんです。
祇園丸ぎおんまる捜索そうさくをお手伝いください。
このお願い、大使館を通します。
ただ、捜索そうさくを急ぎたいのです。

【ヘル松ヶ崎まつがさき
おお、わがヒュアキントスよ!
さぁ、始めてくれ――
いつものやつだ。
鳴滝丸なるたきまる
ヘル松ヶ崎まつがさき
おお、アポロンの神、ヘル松ヶ崎まつがさき
【ヘル松ヶ崎まつがさき
そうとも! そうとも!
――私の投げた円盤えんばんは、
ゼピュロスの起こした横風にあおられ、
ヒュアキントス、お前の額を打つ!
嗚呼、私のお前は赤き血を流し、
大地に倒れ伏せる――
鳴滝丸なるたきまる
僕のひたいから流れ出た血、
それは大地を染め、
真紅しんくのヒヤシンスが生える――
【ヘル松ヶ崎まつがさき
倒れたお前を抱きかかえ、
私は大いになげかなしむのだ!
嗚呼、愛しのヒュアキントスよ!!
鳴滝丸なるたきまる
ヒヤシンスの花言葉、
それは悲しみの向こうにある愛――
【ヘル松ヶ崎まつがさき
嗚呼、ヒュアキントスよ!
嗚呼、嗚呼、嗚呼――
私の、私の、私の命よ!!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
アーネンエルベに、
一人のユーゲントが向かいました。
向こうでは金ノ七号帥士きんのしちごうすいしが迎えます。

行方知れずの祇園丸ぎおんまる香腺こうせんが見つかり、風魔ふうまはアーネンエルベに向かった。

〔アーネンエルベ〕

【帆村虹人】
ここに来て、
まるで僕は研究者みたいだ。
香腺の解読、二個目だからね!
レーベンクラフト六八三だけど、
何の記録も見つからなかったんだ。
僕のやり方がまずいのかな――
いやむしろセヒラを感じると、
相手構わず反射的に攻撃する、
そう仕込まれているのかも――
祇園丸ぎおんまるの香腺については、
一部しか解読できないんだ。
フォス大佐の命令だよ。
きっと何かに使うつもりだ――

【ゲルハルト・フォス】
コウジンはよくやっているよ、
実に大したものだ。
まさに研究者はだしであるな!
【帆村虹人】
大佐、祇園丸ぎおんまるの香腺、
別な方法で解読するのですか?
【ゲルハルト・フォス】
ユーゲントの香腺はユーゲントに。
そういうことだよ、コウジン。
一体のユーゲントを呼んである。
紫竹丸しちくまると言う名前だ――
紫竹丸しちくまる祇園丸ぎおんまるの香腺を入れ、
その行動を観察する。
それで、いろいろわかるはずだ。
さて、コウジン――
祇園丸ぎおんまるの香腺、その一部をけずり、
そこから何か読み取れたかね?
【帆村虹人】
祇園丸ぎおんまる四谷見附よつやみつけにいました。
その後、どこかに向かった――
そこまでです、わかったのは。
【ゲルハルト・フォス】
十分だ、ヨツヤミツケだな。
そこにレーベンクラフトを派遣する。
露払つゆはらいのようなものだな。
それにしても――
この絵には情緒が不足している。
致命的にな!

【帆村虹人】
紫竹丸しちくまるの準備ができたら知らせるよ。
フォス大佐はああいう人だが、
内心、お前に頼みたいに違いない。
大使館に上げるとも言っていた――
どうする?
四谷見附よつやみつけ、行ってみるか?
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
戸山とやまの陸軍軍医学校で、
セヒラ観測しました。
軍医学校には、
ヘルマンが収容されています。
――なぜかはわかりません!
【帆村虹人】
ヘルマンか!
ユーゲントを殺した殺人鬼だ。
尋常じんじょうの子供も二人、手をかけている。
奴は少年の胸腺を食う。
さらったユーゲントには胸腺がなく、
腹いせにずたずたにしたんだ!
暴れて手がつけられないと聞くが……
行ってみてくれ。
紫竹丸しちくまるの件は連絡入れるよ!

〔陸軍軍医学校〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし! 
セヒラ、急上昇しています!
周りからセヒラを集めている、
そんな印象です。
警戒してください!

【武装SS軍曹】
ここは立入禁止カイナインラスです――
わかりますか、立入禁止です。
――キンシです!
なぜ、日本人というのは、
こうも言うことを聞かないんだ!
こんな極東フノースト、来たくもなかった!
僕はローデンブルクに生まれ育った!
中世の宝石ともたたえられる、
ヨーロッパで最も美しい町だ!
波のようにうねる赤い屋根屋根、
窓辺には色とりどりの花がわり、
まるでメルヒェンそのものだ!
それがこんな極東フノーストの小国で、
なぜ哨戒しょうかい任務に就かねばならない!
お前たちは世界から退席すればいい!

《バトル》

【武装SS軍曹】
僕は……帰るんだ……
ローデンブルクに……
うううっ――

【武装SS曹長】
私たちは協力すべきですヴィゾルテン ディ ツーザンマンアルバイツアイン
私たちは協力すべきですヴィゾルテン ディ ツーザンマンアルバイツアイン
アルバイト マハト フロイ!!

稗貫ひえぬき軍医少尉】
お騒がせしました、
けれど、もう大丈夫です。
ヘルマン医師は確かにここにいます。
フォス大佐のご厚意により、
軍医学校の標本として授かりました。
彼には前頭葉白質切截術ロボトミーという、
新しい医療をほどこす予定です。
前頭葉ぜんとうようの一部を切除せつじょすると、
まるで人が変わったかのようになる。
米国アメリカで開発された画期的医療です。
学会誌、健全なる精神五月号に、
くわしい記事がありましたよ。
暴れるチンパンジーの前頭葉ぜんとうよう切截せっさいで、
見違えるほど従順になったとか。
猿で成功です、愈々いよいよ人に試すのです!
何より私の目をいたのは、
その手術に用いる鉗子かんしですね。
雑誌を持って町工場に出向きました。
向島むこうじまの貧しそうな鉄工所が、
見よう見まねで鉗子かんしを作りました。
それが実に見事な出来栄できばえなのです!
もう、すっかり麻酔ますいが効いた頃、
私は手術オペに入りますよ。
【着信 喪神梨央】
今の医者は敵かどうかも不明です。
ヘルマン医師の最後の念が、
周りからセヒラを集めたのです。
日本への配属をこころよく思わない、
あの若い兵士を怪人化させたのです。

上賀茂丸かみがもまる
喪神もがみさん!
紫竹丸しちくまるが出かけました。
コウジンさんの無線機、
具合が悪くて、僕が来たのです。
紫竹丸しちくまるはヨツヤミツケに向かいました。

祇園丸ぎおんまる香腺こうせんを体内に納めた紫竹丸しちくまるは、その香腺こうせん記録に従って出かけた。出かけた先は、四谷見附よつやみつけだという。

四谷見附よつやみつけ

【高等会員Λラムダ師】
私は猟奇倶楽部に入って八年、
まっとうな猟奇人でありたいのです。
あんな異端いたん連中とは付き合えない!
一様いちように黒い頭巾ずきんなんぞを被り、
ヒソヒソと何かを話す。
その声、つたわったのを聞くに――
奴らは愈々いよいよ食人に傾くという。
――なげかわしい、猟奇をいっしている!
ん、そう言うんだろ、
猟奇をいっしているって――
とにかくだ、
私はもう御免被ごめんこうむりたいね!

【高等会員Ωオメガ師】
先程の最高会員Σシグマ師の言葉が、
頭から離れない――
人肉はこれを調理塩梅あんばいすれば
すこぶる美味にて
つ動植物のごと
起死回生きしかいせいの妙薬となし得られる――
【高等会員Δデルタ師】
英吉利イギリスの医者、
ボーネストが書き残したそうです。
【高等会員Ωオメガ師】
まだあるぞ!
人肉の調理方法と、
味わいについて書いてあったと言う。
死せる強壮なる少年の肉
三四ポンドり取り
格好の玻璃器はりきに入れ
これに酒精しゅせい
三四日を経て取り出しこれを塩に
ふたさずして日陰に置き
度々たびたび器のままにて表裏転倒し
く干しぐべし 
実に非常の好味こうみにしてつ良薬なり
【高等会員Δデルタ師】
黒頭巾を被る連中は、
これをけているのです。
しかも、会に入るには、
毎月五円の会費を払えと来た!
あり得ないだろう!!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
紫竹丸しちくまるですが移動しています――
現在、青山通を進行中!
墓地に入りました!
紫竹丸しちくまるは青山墓地です、
急ぎ、向かってください!

〔青山墓地〕

【最高会員Σシグマ師】
飛んで火に入るとはこのことです。
あのユーゲントには、
なんと、犠牲ぎせいの精神がそなわる。
実に見上げたものですな――
おや、選ばれしΚカッパ師様、
この闖入者ちんにゅうしゃに何か用ですかな?
【選ばれしΚカッパ師】
お兄さんはリードボーをご存知?
仔牛の胸腺のことですよ――
育ち盛りの仔牛は、
大きな胸腺を持っていますの。
それをワイン煮にするのですわ!
オホホホホホ~
【最高会員Σシグマ師】
流石さすがですな、
階位五十三位ともなれば、
洋行歴ようこうれきも豊富ですな!
私などこれでも階位七十八位です。
まだまだ上があるのです。
ゆえに、今日のことを功績とし、
さらに上を目指すのです。
駆け上るのです!
もう私の邪魔をしないでください!

《バトル》

【最高会員Σシグマ師】
あなたたちは……可哀そうです……
人生を楽しもうとしない……
どうしてですか?

【歩一石川いしかわ少尉】
歩一、石川少尉であります!
参謀本部命により独逸ドイツ大使館まで、
我々で彼の警護にあたります。
青山通に一個小隊が控えます。
独逸ドイツ大使館からも警護の武装SSが。
如何いかがされますか?
【着信 喪神梨央】
ユーゲントの警護はまかせましょう。
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしは帰還してください。
公務電車が待機しています。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい!
兄さん、ユーゲントの紫竹丸しちくまるは、
無事、アーネンエルベに戻りました。
でも祇園丸ぎおんまる行方ゆくえは、
まだわかっていません。
【ユリア・クラウフマン】
祇園丸ぎおんまるは殺された西京極丸にしきょうごくまる香腺こうせん
見つけて自分に入れたのです。
それで西京極丸にしきょうごくまるを得たのです。
揮発きはつする前に自分の香腺を入れ
西京極丸にしきょうごくまるの記録を写した――
【喪神梨央】
それをアーネンエルベに残した、
そうなんですね?
西京極丸にしきょうごくまるの記憶を伝えるために。
【ユリア・クラウフマン】
祇園丸ぎおんまるは再び、
西京極丸にしきょうごくまるの香腺を入れて、
の記憶を辿たどっているようです。
【喪神梨央】
やはり猟奇倶楽部……
黒頭巾の一派がからんでいるのですか?
【ユリア・クラウフマン】
彼らはユーゲントをさらって、
香腺を食べようとした――
そうじゃないでしょうか。
【喪神梨央】
リードボーって言った人、
あの人、前にも会っていますよ。
仔牛の胸腺のことですよね――
【ユリア・クラウフマン】
イズで殺された西京極丸にしきょうごくまるは、
香腺ではなく胸腺を狙われたのです。
ヘルマンは人間だと思っていた――
【喪神梨央】
それじゃ祇園丸ぎおんまるも、
帝都を出たのでしょうか?
【ユリア・クラウフマン】
自分では帝都を出られないはずです。
西京極丸にしきょうごくまるの香腺に残されている、
行動記録次第ですね。
【喪神梨央】
祇園丸ぎおんまるの波形、あまり標本がなく、
探信たんしんだけでは発見が難しいですが、
努力はしてみます。

猟奇倶楽部の一派とされる黒頭巾の集団。彼らはホムンクルスの拉致らちを試みた。その香腺を求めた――ユリアはそう懸念けねんする。今なお行方ゆくえ知れずの祇園丸ぎおんまる。彼は西京極丸にしきょうごくまるの記憶を辿たどるという。果たしてどこで何を見ているのだろうか?

第七章 第七話 化身降臨

〔山王機関本部〕

またしても新宿で騒動が持ち上がった。悪魔の化身とされる荒神あらかみが降りたという。憲兵が急行し物見遊山ものみゆさんの市民も集まっていた。

【喪神梨央】
兄さん、新宿に荒神あらかみが現れたって、
もっぱらの噂ですが、
本当なんでしょうか?
【九頭幸則】
歩一への連絡だと、
渋谷憲兵隊が出動したらしい。
【喪神梨央】
また渋谷の隊なんですか?
【九頭幸則】
そうみたいだよ――
よろづ相談所の件以来、
渋谷が所轄しょかつを広げたんだよ。

鉄道省病院の向い、人生よろづ相談所。摘発てきはつを受けたその場所は渋谷区にあった。渋谷憲兵隊の権益けんえき拡大の契機けいきとなった。

【九頭幸則】
渋谷憲兵大隊の本部、
ものすごく立派なんだよ――
【喪神梨央】
幸則ゆきのりさん、行ったんですか、
渋谷憲兵大隊の本部に。
【九頭幸則】
この間、渋谷に出向いたついでにな。
公務入口というのがあったから、
そこから中へ入った――
【喪神梨央】
ええ?
幸則さん、勝手に憲兵隊本部に、
入って行ったんですか?
【九頭幸則】
公務としてだな……
そうしたら――
【喪神梨央】
逮捕たいほされて処置室送りですか?
【九頭幸則】
梨央りおちゃん――
係員に部屋に通されたんだ。
英吉利イギリス洋館みたいな優雅ゆうがな部屋だ。
そこに憲兵大隊安寧あんねい課少尉係長、
そういう肩書の憲兵がやって来て、
渋谷大隊の案内を受けたんだ。
【喪神梨央】
どんな案内を受けたんですか?
――憲兵隊本部の施設とか?
ついこの間、麹町こうじまち竹平町たけひらちょうに、
新築なった東京憲兵隊本部には、
すごい施設があるそうです――
くるぶしまで水の貯まる独房とか、
弱い電流の流れるベッド、
それにガラスびんを割る音波装置――
タボナール剤を一斉噴霧ふんむができる、
シャワー室もあるそうです。
【九頭幸則】
何だい、そのタボナール剤って?
【喪神梨央】
陸軍軍医学校が開発した、
強力な睡眠剤らしいです。
三週間も眠り続けるそうです。
【帆村魯公】
おう、中尉、来ておったか?
【九頭幸則】
先生、新宿で――
【帆村魯公】
うむ、荒神あらかみ騒ぎだな?
軍では悪魔と称しているぞ。
【九頭幸則】
憲兵も出ています。
例によって渋谷大隊です。
【帆村魯公】
前は陰陽師おんみょうじの憲兵まで繰り出し、
ねずみ一匹、出てこなかったな――
今日はどうなんだ?
【喪神梨央】
らぎはありますが、
セヒラを観測します。
公務に向かいますか?
【帆村魯公】
そうしてくれ、風魔ふうま
梨央、公務電車だ。
中尉はどうする?
【九頭幸則】
憲兵のこと、気になります。
風魔に同行します。

〔新宿駅前〕

【九頭幸則】
憲兵なんて見当たらないぞ、風魔ふうま
ここにいる人はどうなんだ?

【四谷の小間物商】
――あの噂は本当なんでしょうか?
アレですよ、悪魔の化身――
そう言うんでしょ?
悪魔の化身が新宿に出るって。
【九頭幸則】
なぜそんなにくわしいんだ?
新聞には荒神あらかみとあったぞ。
【四谷の小間物商】
ひょひょひょ~
新聞ですか!
新聞なんぞ嘘っぱちです!
うちはね、東京憲兵隊におろします、
購買課長の大尉様がですね、
こっそり教えてくれたんです。
【九頭幸則】
何? 誰だ、その大尉は?
情報の漏洩ろうえいか!
【四谷の小間物商】
んまぁ~吃驚びっくり
いやね、金の工面くめんを頼まれましてね、
百円ばかりね、大尉様にお渡しを――
その引き換えに悪魔の化身のこと、
教えてくれました!
猟奇グラフにでも投稿します!
投稿大賞もらうと、賞金百円ですわ!
【九頭幸則】
――情けない……
規律が……なっていない!

【中野の書生】
僕を書生として預かる親父さん、
代々、職業軍人です。
今、陸軍憲兵学校の副校長です。
【九頭幸則】
階級は何だ?
【中野の書生】
親父さんですか?
少佐ですよ――
乙亥きのとい文書というのがあるんでしょ?
小耳に挟みましてね!
【九頭幸則】
その親父さんが口を滑らせたか?
【中野の書生】
お上さんには内緒の二号さんがいて、
それ、実は僕の姉なんです――
だから、しとねの話、筒抜けなんですよ。
姉は話を聞き出すのがうまくて、
おかげで僕は日本の将来まで、
すっかり見通せていますよ。
【九頭幸則】
どういうことなんだ?
【中野の書生】
日本は米英と全面戦争になり、
帝都も商都もみな空襲で焼け野原、
新型爆弾で完全降伏ですよ!
【九頭幸則】
貴様! 
何を根拠にそのようなことを言うか!
【中野の書生】
露西亜ロシアに調停を頼むと失敗します。
不可侵条約を破りますよ、連中は。
僕は先を見通している――
今からせっせと資金を貯めて、
焼け野原の銀座に土地を買いますよ!
【九頭幸則】
焼け野原――
初めて聞いたぞ、そんな言葉……

荒木町あらきちょう女将おかみ
うちの店は陸軍省の常連さんがいて、
すっかり耳達者みみだっしゃになりましたわ!
【九頭幸則】
おそらくまた情報の漏洩ろうえいだな――
荒木町あらきちょう女将おかみ
六十年に一度、
乙亥きのといの年に魔物が出る、
そういうんでしょ?
【九頭幸則】
風魔、聞いたか?
魔物だってよ――
この人はあまり詳しくはないようだ。
荒木町あらきちょう女将おかみ
前の明治八年には現れなかった、
そうなんでしょ?
うふふふ~
北枕宣一きたまくらせんいちの文書はでっち上げ、
そういうことになってるそうですわ!
【九頭幸則】
何だか妙に詳しいな……
もっと聞き出すか?
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ急上昇です!
警戒してください。

化女沼けじょぬま憲兵大尉】
貴様が山王さんのう機関の召喚師か!
それと歩兵中尉だな!
【九頭幸則】
大尉!
新宿はどういう状況ですか?
化女沼けじょぬま憲兵大尉】
悪魔の化身が降りた!
ハハハハハ~
文書は予言的中させたんだ!
【九頭幸則】
北枕宣一きたまくらせんいちの書いた乙亥きのとい文書は、
偽物だと言われています!
悪魔の化身がやって来るなど――
化女沼けじょぬま憲兵大尉】
アハハハ~
やって来などしない!
降りたのだ、この俺にな!

《バトル》

化女沼けじょぬま憲兵大尉】
ううう~
魔導の書があれば悪魔と合一ごういつする、
そのはずじゃないのか……
大日本おおやまと 神代かみよゆかけて伝へつる 
雄々おおしき道ぞ たゆみあらすな

【九頭幸則】
本だ!
これは……ゴエティアじゃないのか?

憲兵怪人が落とした古書は、まさにゴエティアの偽典ぎてんであった。

【九頭幸則】
さっきの憲兵は魔導の書と――
風魔、これゴエティアだよな!
【着信 喪神梨央】
辺りのセヒラ、ほぼなくなりました。
ゴエティアの偽典ぎてん
見つかったんですね!
つた博士に届けないと――
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝大方面、わずかにセヒラ観測!
急ぎ、向かってください!
【九頭幸則】
風魔、行こう!
帝大だ!

〔帝大キャンパス〕

【九頭幸則】
何だか落ち着かない様子だな!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ確認しました!
一般中尉も用心してください!
【九頭幸則】
一般って!
これでも歩一の――

【法科生D】
新文民社の連中、
芋蔓式いもづるしきに特高に検挙けんきょされた!
長崎の実家に逃げ帰った者は、
長崎県警察部の特高課に逮捕たいほされた。
特高は実家で待ち受けていたという。
貿易会社の影森かげもりなる人物が、
会員の名簿を作っていたらしい。
我々の名も載っているという。
【九頭幸則】
影森かげもり
まさか影森愁一かげもりしゅういちか?
【法科生D】
何だ、あんたらも仲間だろ!
頽廃たいはい国家を立て直す我々を、
非国民扱いしやがって!
【九頭幸則】
おい、早まるな!
――って、もう遅いか!

《バトル》

【法科生D】
影森かげもり……愁一しゅういち……
そいつが内務省の間諜かんちょうだ、
間違いない……ううう……
【九頭幸則】
影森かげもり愁一しゅういちって、
一時いっとき、俺のお目付け役だった人だ。
一度も会ったことはないんだ……
報告書を一通、上げただけだ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
あたりのセヒラは消えました。
つた博士の元へ、お願いします。

つた博士研究室〕

【蔦博士】
ほほ、喪神もがみ君!
久しぶりに顔を見るな!
【九頭幸則】
博士、ゴエティアの書、
また見つかりました!
【蔦博士】
ほう!
もう見つからないかと――
どれどれ、拝見しよう。

九頭くずは大切に抱えてきた、
ゴエティアと思しき古書を差し出した。

【蔦博士】
ほう!
なるほど――
これは……
【九頭幸則】
博士、ゴエティアの偽典ぎてんですか?
【蔦博士】
まさしく、これは本物じゃな!
今までのどれよりも状態が良い。
大切にされてきたんじゃな!
【九頭幸則】
憲兵怪人が持っていました。
魔導書で力を得たと言って――
【蔦博士】
魔導書!
ふむ、あながち間違いではないがな。
しかし綺麗だ、まるでさらじゃな!
【九頭幸則】
博士!
何か落ちましたよ!
【蔦博士】
何じゃこれは……
――ふむ、誰かのメモランダムじゃ、
何と書いておるかのう……

そのメモには几帳面きちょうめんな字が認められていた。そして、H、SCHARBAUのサインが。外国人が書いた日本語のようであった。

【九頭幸則】
博士、何と書いてあるんですか?
【蔦博士】
間断かんだんなき波動をみとむ。
新しき天地の生まるるがごとく。
【九頭幸則】
波動……
それってセヒラの波動でしょうか?
【蔦博士】
サインにあるシャルボー氏は、
仏蘭西フランスから招いた気象学者じゃ。
氏は地震観測を優先すべきとした。
明治八年、内務省地理寮内に、
地震計を設置、観測を始めた――
【九頭幸則】
それじゃ、シャルボー氏の言う、
間断かんだんなき波動とは地震のことですか?
――博士!
どうかされましたか?

【蔦博士】
我々は宇宙の意志を継がねばならん!
我らが支配者アヌンナキに従い、
金を掘るのだ! 盛大せいだい掘るのだ!
金の蒸気でニビルの星をおおうのだ!!
【九頭幸則】
博士!
落ち着いてください!

【着信 喪神梨央】
新宿の淀橋よどばし自失じしつした書生を保護!
書生、予言めいた言葉を吐き、
戸山とやま衛戍えいじゅ病院で保護しています!
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
戸山に向かってください!

【蔦博士】
――おお、何だ、今の音は?
そうか、わしが……
【九頭幸則】
博士!
大丈夫ですか?
ゴエティアの解読、お願いします!
【蔦博士】
ああ、わかった……
しっかりと読み解こう。

〔陸軍戸山とやま衛戍えいじゅ病院〕

【九頭幸則】
何だか随分ずいぶんと物々しいな……
【第一連隊死人沢しびとざわ二等兵】
はっ!
自分、歩一第六〇中隊、
死人沢しびとざわであります!
【九頭幸則】
歩一の九頭だ。
淀橋よどばしで保護された書生、
ここにいるのか?
【第一連隊死人沢しびとざわ二等兵】
いえ……
あの……その……
――ここにはおりません!
【九頭幸則】
それは変だな?
誰がいないんだって?
【第一連隊死人沢しびとざわ二等兵】
はっ、自失した書生であります!
【九頭幸則】
予言めいたことを言う書生だな?
【第一連隊死人沢しびとざわ二等兵】
はっ!
あ、いえ、その……
どうしようもないんです!
父が借金まみれで田畑を売っても、
焼け石に水で!! あああああ!!

《バトル》

【第一連隊死人沢しびとざわ二等兵】
はぁはぁはぁ~
もう、何も売るものがない……

【式部丞】
お二人、ちょっとよろしいですか?

〔陸軍戸山とやま衛戍えいじゅ病院〕

【式部丞】
新宿に悪魔の化身が現れるとか、
そんな噂が飛び交う中で、
一人の書生が保護されました。
【九頭幸則】
その書生が悪魔の化身なんですか?
【式部丞】
わかりません――
ただ、予言めいたことを口走り、
すぐ、昏睡こんすい状態になったとか……
山王さんのう機関からの要請で、
書生の言葉を研究するため、
この病院に来たのですが――
【九頭幸則】
直接は聞けなかったんですね?
すでに昏睡こんすい状態になっていた……
【式部丞】
ええ、そうなんです。
書生が語ったのは、
次のようなことです――

世界は光と闇の天秤てんびんによって
計られるであろう
――芽府めふ須斗夫すとおが語った第5の予言である。

【式部丞】
第五の予言を申します、
そう宣言して言ったそうです。
【九頭幸則】
へぇ……そうなんですね!
それで世界が二つに分かれる……
そう言うんですか?
【式部丞】
まぁ、そのようです。
これだけではいたって普通ですね。
【九頭幸則】
え? 本当ですか?
世界の分裂が普通に語られている?
――それはどこで?
【式部丞】
世界の多くの宗教、文化に共通した、
終末のイメージです。
世界を支配する闇、混沌こんとん到来とうらい
そして悪魔の出現――
あの書生が語るのは、
終末の予言だと思うのですが、
もう少し聞き出さないといけません。
一般に、神託しんたくを得た者が語るのは、
言葉を預かると書いて預言、
あの青年の場合は言い当てる方です。
【九頭幸則】
未来を言い当てるわけですね。
未来は悪魔が支配するのですか?
悪魔というのは、
もっと、人をあやめたり、
わざわいをもたらす存在なのでは?
【式部丞】
それは違います。
悪魔は混沌こんとんを好むのです。
直接、手出しはしないのです。
秩序ちつじょを失った世界では、
人は本性をあらわにします。
悪魔はそれを望むのです、
【九頭幸則】
つまりは、たがが外れると?
悪魔の目的はそれなんですか?
【式部丞】
ええ、そうですね――
人に危害を加えるのは人間なのです。
悪魔は人の心にこそ潜むのです。

ほら、見てください、
東京憲兵隊のトラックです。
書生を本部に移送するようです。

【式部丞】
保護された書生は不思議な名です。
芽府めふ須斗夫すとお――
芽府めふが名字で須斗夫すとおが名前、
そう扱われています。
書生のズボンに入っていた、
手巾ハンケチにその名の刺繍ししゅうがあったのです。

〔山王機関本部〕

【帆村魯公】
淀橋よどばしで見つかった書生、
浄水池の土手に座っていたらしい。
何時間もそうしていて、
不審ふしんに思った係官が通報した――
【九頭幸則】
予言のようなことを言ったとか。
【帆村魯公】
書生は東京憲兵隊の本部だ。
式部しきべ氏を向かわせた。
予言が続けばしめたものだ。
【喪神梨央】
芽府めふ須斗夫すとおなんて、変な名前ですね。
【九頭幸則】
手巾ハンケチ刺繍ししゅうがあったらしい。
【帆村魯公】
芽府めふ須斗夫すとお、その名から、
悪魔メフィストフェレスに通じる――
参謀本部ではそうとらえているようだ。
独逸ドイツの作家、ゲーテの手になる戯曲、
ファウストに登場する悪魔、
メフィストフェレスだ――
【喪神梨央】
ファウスト博士は悪魔と契約します。
魂と交換に快楽の人生を手に入れる、
そんなお話ですね。
【九頭幸則】
梨央りおちゃん、よく知ってるね!
だとすると……
その書生自身が……
――悪魔の化身ですか?
【帆村魯公】
わからん――
かれておるだけのようにも思える。
あるいは――
思念が形を成した――
和宮かずのみやのときのようにな。
今後の調査を待つしかないな。

淀橋よどばし浄水場で保護された謎の書生――独逸ドイツ戯曲の悪魔に通じる名を持ち、予言めいた言葉を口にする。書生は東京憲兵隊本部に移送され、式部丞しきべじょうにより調査が始まろうとしていた。

第七章 第八話 凌雲閣

〔山王機関本部〕

立秋りっしゅうを過ぎてもなお酷暑こくしょが続く帝都――真夏の昼下がりの陽炎かげろうのような怪異かいいが、せまりつつあった。

【帆村魯公】
件の淀橋よどばしの書生だが、
式部しきべ氏が張り付きで見ている――
【喪神梨央】
今はまだ第五の予言だけなんですね?
【帆村魯公】
ああ、そうみたいだ。
それにしても――
【喪神梨央】
第四まではどうしたんでしょうか?
【帆村魯公】
そうじゃよ、それだ、
第四までは失念したそうだが……
この先、第六があるのかどうか。
【喪神梨央】
でも書生さん、
渋谷憲兵隊に捕まらなくて、
よかったですね!
【帆村魯公】
ちょっと調べてみたんだが、
あそこは何だか実体がない。
渋谷道玄坂どうげんざか上の憲兵隊本部だよ。
【喪神梨央】
え? そうなんですか?
――国立防疫研究所みたいですね。
【帆村魯公】
うむ……
人によってはあそこは、
帝国薬業の倉庫だという――
構内にトラックが何台も停まり、
荷物を積み込んでいたとな。
トラックに会社名があったそうだ。
【喪神梨央】
憲兵隊の本部じゃないんですか?
幸則ゆきのりさんは確か――
【帆村魯公】
中に案内されたと言っておったな。
もう少し調査が必要だな。
【喪神梨央】
兄さん、今日の公務は上野方面です。
特にセヒラは観測されません。
【帆村魯公】
うむ……
だがな、用心に越したことはないぞ。
【喪神梨央】
承知しました。
公務電車、手配しますね!

不忍池しのばずのいけ

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
近辺、セヒラの観測はありません。

吾妻橋あずまばしの客】
無残なる異形の獣、
三つの咽喉いんこうのあるチェルベロは、
犬のごとくに、ここに沈みて――
アハハハハ~
僕はすっかり愉快になったよ!
もう一週間以上も彷徨さまようのさ!!
有楽町ゆうらくちょう荘月しょうげつ会館での銀座幻燈会げんとうえ
立派なもよおものだったね!
うち伏せる人人の上にぞゆる――

【着信 喪神梨央】
今のはダンテの神曲です――
神子柴みこしばが語ったのとは、
出処でどころが違うようです――
セヒラは観測しません。

駒形こまがたの客】
まるで活動キネマみたいでしたわ!
荘月しょうげつ会館の幻燈会げんとうえ――
大きな螺線形らせんけいの渦巻きが、
ぐるぐる回るのですわ!
不思議と目は回りません。
そしてつぶやくように声がする――
目は赤く、髪あぶらじみ、かつ黒く、
腹太く、手には爪あり。
霊たちをつかみとり、
くだき、きにせり――

蔵前くらまえの客】
蔵前くらまえの下宿には何日も帰っていない。
フフフ、そもそも帰路を忘れた――
まるで見当識けんとうしきを失いっぱなし、
そんな感じさ。それが愉快なんだ。
見慣れたはずの町すら新鮮だよ。
この間の幻燈会げんとうえ新機軸しんきじくだそうだ。
銀幕には渦巻きが映し出され、
いろんな色に変わるんだ!
憂愁ゆうしゅうの領土のみかど、その胸の
なかばより上を氷の外に出せり。
その腕に巨人らの及ぶにまさり――
脳楽丸のうらくがんを飲んでも、
こんなに爽快そうかいにはならないさ!

浅草あさくさの客】
一人の巨人ぞわれに近くあるべき。
されば知れ、かかる部分にそぐひたる
全体のいかばかり大いなるかを――

【着信 帆村魯公】
憂愁ゆうしゅうの領土のみかどというのは、
地獄に落ちたルシファーのことだ。
地獄の底でその巨大な体は、
氷漬けになっているんだ。
そのことを言っておる――

浅草あさくさの客】
ああ、いかに摩訶不思議まかふしぎと見えぞしや
われ、彼の頭に三つの顔を見し時。

《バトル》

浅草あさくさの客】
ささやけき球体の上にあるなり。
かしこにて夕なる時、ここは朝なり。

湯島天神町ゆしまてんじんちょうのご隠居いんきょ
昨日までは誰もおらんかったのに――
あの人らは浅草辺りの人らしいのう。
【猫】
ニャ~
湯島天神町ゆしまてんじんちょうのご隠居いんきょ
何日も家に帰っとらんとか言うのう。
味噌みそ屋の留吉を思い出したわい――
留吉の奴、脳楽丸のうらくがんの中毒になって、
自分の家もわからんようになった。
何度も家の前を行ったり来たり……
それなのに帰れんのじゃ。
そのうち、姿を見んようになった。
大連ダイレン連鎖街れんさがいで留吉そっくりな、
靴磨くつみがきを見たというが――
どこへ言ったやら、留吉の奴……
【猫】
ニャー、ニャー、
ニャンニャニャー
湯島天神町ゆしまてんじんちょうのご隠居いんきょ
直次郎なおじろうが腹減ったとな、
そうかそうか、家に帰ろうな。
【着信 喪神梨央】
申し訳ありません!
先程、セヒラ観測、れていました!
【着信 帆村魯公】
今はもう大丈夫だ――
にわかには信じられん事が起きた。
風魔ふうま、浅草に向かってくれ!

浅草雷門あさくさかみなりもん

【着信 帆村魯公】
浅草に着いたな!
いいか、落ち着いて聞いてくれ、
浅草に十二階が姿を見せたんだ。
震災で倒壊して、軍が爆破解体した、
あの十二階だ、凌雲閣りょううんかくだよ。
そいつが何故なぜか蘇ったんだ!

【煙草屋の主人】
いやぁね、もう吃驚びっくりですわ!
なんせ、十二階が、一晩のうちに――
震災でぶっ倒れたのに、
誰がどんな手で作ったんだか!

【羊羹屋の丁稚】
十二階のことは、おいら、
じかには知らないんだ!
けどね、魚屋の松兄から仕入れた!
十二階にはエレベーターがあった。
東京百花美人鏡という美人比べも!
――どっちも日本初なんだってさ!
上の階には万国の品が売っていて、
虎が露西亜ロシア美人に変わる重ね器とか、
珍しい品でいっぱいだったそうだよ。

〔仲見世〕

仲見世なかみせの通行人たちは、立ち止まり、浅草十二階の方を見やっていた。12年前、1923年の関東大震災で、浅草十二階こと凌雲閣りょううんかくは8階以上が倒壊した。それが再び姿を見せたのだった――

【乱歩の愛読者】
乱歩らんぽ先生は、
書いていらっしゃいますわ――
あなたは、十二階へ御昇おのぼりなすった
ことがおありですか。
アア、おありなさらない。
それは残念ですね。
あれは一体どこの魔法使が
建てましたものか、
実に途方とほうもない、
変てこれんな代物しろものでございましたよ。
階の中には、
戦争画が飾られていたのです――
乱歩先生の御本で知りました。
まるで狼みたいな、
おっそろしい顔をして、えながら、
突貫とっかんしている日本兵や、
剣つき鉄砲に脇腹わきばらをえぐられ、
ふき出す血のりを両手で押さえて、
顔や唇を紫色にしてもがいている
支那しな兵や、
ちょんぎられた弁髪べんぱつの頭が、
風船玉の様に空高く飛上っている所や
何ともえない毒々しい、血みどろの
油絵が、窓からの薄暗い光線で
テラテラと光っているのですよ。

【渋谷憲兵大隊神湊こうのみなと中尉】
貴様らの行動、全て監視していた。
さぁ、新宿の書生を寄越せ!
【渋谷憲兵大隊出灰いずりは中尉】
書生覚醒かくせいなれば、
その力、貴様らには到底とうてい扱えん!
【渋谷憲兵大隊神湊こうのみなと中尉】
お前たちが書生を連れ回すのは、
わかっているんだ!
見ろ、あの凌雲閣りょううんかくを!
【渋谷憲兵大隊出灰いずりは中尉】
書生あるところ、異変ありだ。
ここにいないなら案内を願うまでだ。
【渋谷憲兵大隊神湊こうのみなと中尉】
これ以上、帝都に混乱をもたらすな!

一五市にのまえごいち
怪人あるところに戦いあり!
元、第三連隊召喚小隊少尉、
今は暁光ぎょうこう召喚隊隊長一五市にのまえごいちだ!
【元新文民社社員草千里くさせんり
新文民社はあえなく内部崩壊した!
社員たちは皆捕まった、
お前たち憲兵にな!
一五市にのまえごいち
戦いに純な魂の燃焼を覚える!
召喚小隊の精神、暁光ぎょうこう召喚隊にも、
しかと受け継ぐ!!
【着信 鬼龍豪人】
少尉! 聞け!
一五市にのまえごいち少尉、私だ、鬼龍きりゅうだ!
今、貴様達が戦えば、
その場所にセヒラの異常をきたす!
その界隈かいわいは尋常ではない、
今は退くんだ、これは命令だ、少尉!
一五市にのまえごいち
ウワォォォォ~

【渋谷憲兵大隊神湊こうのみなと中尉】
戦いを目的とする者は、
必ず敗れる――
そうではないか、喪神もがみ中尉!!

《バトル》

【渋谷憲兵大隊神湊こうのみなと中尉】
帝都市民の根性を叩き直さねばな!
渋谷の我が憲兵大隊本部をして、
東横電車の建物だという者がある。
フハハハハ~
綱島温泉祭りのポスターが、
何枚も貼ってあったとな!!
どいつもこいつも、
愚か者揃いだっ!!

【着信 喪神梨央】
大尉には電話越しに、
しゃべってもらったんです。
辺りのセヒラ、解消しました。
十二階を確認してください。
浅草公園の方です――

〔浅草十二階〕

浅草十二階を見やる浅草公園。十二階出現の噂を聞きつけ、人々が集まっていた――
人々は、江戸川乱歩の『押絵おしえと旅する男』の、登場人物になりきっている。一帯のセヒラが影響しているようだった。

【押絵と旅する男】
あの頃、私も兄も部屋住まいで、
日本橋通三丁目に暮らしました。
今から三十年ほど前のことです。
一時いっとき、兄は毎日のように、
家を空けるようになりました。
兄を案じた母に頼まれて、
私は出かける兄の後をつけたのです。
兄は浅草十二階に昇っていきました。
欄干らんかんだけの頂上は見晴らしがよく、
兄はそこで遠眼鏡を使うのです。
兄が言うには、遠眼鏡で見染みそめた、
美しい娘があるとのことです。
もう一度、その娘を探したい――
その一心で、毎日、
十二階の頂上で遠眼鏡を使う、
そういうことでした。
兄は恋煩こいわずらいだったのです――
兄が遠眼鏡で見染めた少女は、
観音様境内けいだいのぞ絡繰屋からくりやの中の、
押絵おしえの少女、八百屋のおしちでした。
大火で避難した駒形吉祥寺こまがたきっしょうじの書院で、むつまじく寄り添うおしち小姓こしょう吉三郎きちざぶろう、その場面を表した押絵おしえです。

【兄】
たとえこの娘がこしらものであっても、
私はあきらめがつかない。
たった一度でいいから、
押絵おしえの男となって、
この娘さんと話し合いたい――

【押絵と旅する男】
暮れなずむ観音様境内けいだいで、
兄は遠眼鏡を私に差し出し、
頼むのです――

【兄】
お前、お頼みだから、
遠眼鏡をさかさにして、
私を見てくれないか?
【押絵と旅する男】
何故です?
【兄】
まあいいから、そうしておれな。

【押絵と旅する男】
私は言われる通りにしました。
遠眼鏡をさかさに持って、
兄をのぞいたのです。
二三げん、向こうに立つ兄の姿は、
レンズの中で一尺くらいになり、
すぐに闇に消えてしまいました。
どこを探しても兄の姿はありません。
もしやと思い――
そうです、兄は押絵おしえの中に入り、
しなだれかかるおしちを抱きとめ、
満足そうな顔をしていたのです。
あれから三十余年――
娘はこしらえ物で年はとりませんが、
兄はしわだらけの老人になりました。
この三十年、富山に暮らしますが、
兄に帝都を見せてやろうと、
押絵おしえを持って上京したのです――

【兄】
久方の帝都は秋雨しゅううけぶる!
宮城の玉砂利たまじゃりは皆れていた。
しちは一度も押絵おしえを出たことがなく、
帝都のこの表の空気に触れれば、
きっとおしちの時間も進むはずだ――
私は意を決して押絵おしえから出て、
さらにおしちを表に引きずり出した!
しちは驚いた顔をしたものの、
抵抗することなく引き出された。
お前も私と同じように老いるのだ!

《バトル》

【渋谷憲兵大隊藍住あいずみ少尉】
表に出たおしちは急に燃え出した!
慌てた私は火を消そうと、
しちれた玉砂利たまじゃりの上に投げた。
緋鹿子ひがのこの振り袖は、
じっとり水を含んで黒ずむも、
火の勢いは収まらない。
それどころか、
愈々いよいよ勢いを増してお七を焼き尽くす。
私はおしちの時を進めてしまったのだ。
はからずも! はからずも!
寺の吉三郎に会いたいばかりに、
しちは家に付け火をし、
鈴ヶ森すずがもり刑場で火刑になった。
紅蓮ぐれんの炎に焼かれるおしち――
その眼は怖いほどっていた!!

【江戸川乱歩】
いやはや、帝都の人たちは、
創作意欲が盛んですな!
それにしても――
あの十二階、はたして実物ですか?
私には蜃気楼しんきろうのように思えます。
それも人工の蜃気楼しんきろうですよ。
何でも大気のレンズを電気でゆがめ、
人工の蜃気楼しんきろうこしらえる、
そのような装置があるようです。
蜃気楼しんきろうは人を狂わせる、
そう言うので用心おこたるべからずです。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん。
またしても乱歩らんぽ先生の愛読者が、
物語をこしらえたんですね!
【帆村魯公】
押絵おしえと旅する男、
結末が書き換えられておったな!
【喪神梨央】
八百屋のおしちは、また火事になれば、
寺に避難して吉三郎に会える、
そう考えたんですね。
【帆村魯公】
ああ……これは実話だそうだ。
しちが火刑になったのは天和三年、
今から二百五十年ほど前だな。
井原いはら西鶴さいかくが好色五人女で取り上げ、
歌舞伎かぶき浄瑠璃じょうるりで人気になった。
実話ではおしちは、火を付けすぐに、
見櫓みやぐらを叩いたとされているがな。
【喪神梨央】
それじゃ火は消し止められて――
それでも火刑になったんですね。
【帆村魯公】
世のあわれ 春ふく風に 名を残し 
おくれ桜の けふ散りし身は
――おしちの辞世の句だな。
【喪神梨央】
今度のこと、
乱歩先生の言うように、
蜃気楼しんきろうが人に影響したのですか?
【帆村魯公】
浅草十二階の辺り、
新山にいやま君が計測しておる。
まだ値が足りないらしいが――
【喪神梨央】
浅草十二階ですが、
建物に近付くと消えるというから、
やはり本物じゃないんですね!

帝都にその威容いようを蘇らせた浅草十二階。これも帝都に渦巻くセヒラの産物であろうか?
浅草公園にははやひぐらしの声が鳴り響いていた。

第七章 第九話 芽府須斗夫

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん……
今日、歩一の警護車両が東京駅に。
要人でも来るんでしょうか?
【帆村魯公】
先ごろから車両運用は車両課で
管理するようになったからな。
車両課の計画は我々にも伝わる。
それで、どんな様子なんだ?
【喪神梨央】
乗用車二台、トラックは……ナシ。
今日の午後に予定されています。
この後だと特別急行さくら号です。
京都を八時四一分に出て
東京には午後四時四〇分着です。
【帆村魯公】
梨央りお、思うんだが、
省線しょうせん時刻ダイヤにやけに詳しいな!
【喪神梨央】
去年十二月に時刻改定がありました。
丹那たんなトンネル開通で東京大阪間は二〇分短縮されたんです。

【式部丞】
どうにもらちきません――
【帆村魯公】
淀橋よどばしで見つかった書生のことですな。
それで、どうなりましたかな、
――芽府めふ須斗夫すとおは。
【式部丞】
彼は今、深い眠りにいています。
【帆村魯公】
憲兵隊本部に移送されて以来、
一度も起きていないと?
【式部丞】
何度か目は覚ましたようですが、
すぐ、深い眠りに落ちてしまう、
そんな様子だそうです。
【喪神梨央】
無理やり起こしちゃダメなんですか?
【式部丞】
彼は半覚半睡はんかくはんすいの状態でこそ、
あの予言を語るようです――
目覚めた時、何もおぼえていないと。
米国にエドガー・ケイシーという、
予言者がいるのですが、
ほとんど同じ様子だと思います。
【帆村魯公】
つまり半覚半睡はんかくはんすいで予言する?
【式部丞】
ケイシーの場合は深い催眠さいみん状態です。
静かに横になり、威厳のある声で、
様々なことを語ります――
ケイシーは相談者の悩みを聞き、
想像だにしなかったことを語り、
相談者の人生をひらいていきます。
【喪神梨央】
――何だか人生よろづ相談みたい……
【帆村魯公】
これ、梨央!
茶化ちゃかすんでないぞ。
【式部丞】
ケイシーのその能力は、
主に病気の治療にあてられました。
近年は霊能力者として活躍します。
【帆村魯公】
淀橋よどばしの書生は、質問に答える恰好かっこうで、
予言を語るのかな?
【式部丞】
予言を聞いた者によると、
特に質問はしないそうです。
勝手に語り始めたとか。
でも質問で聞き出すことも考え、
ある医者を呼んでいます。
アレクサンダー・ヨネダという、
日系米人の医者です。
彼はケイシーの研究家でもあります。
【帆村魯公】
覚えのある名のような――
さて、何をした人じゃな?
【式部丞】
今年、本を出しました。
宇宙よりの意識という題名です。
新聞に書評も載りましたよ。
【喪神梨央】
その書評、読みました!
瞑想めいそうして宇宙の意識を呼び込むと、
人生が変わるんです――
【式部丞】
一ツ橋の憲兵司令前で、
ドクターヨネダと落ち合います。
喪神もがみさん、ご一緒されますか?
【帆村魯公】
うむ、是非ぜひにな。
予言とやらがいらぬ連中に、
知れては困るのでな。
【喪神梨央】
東京憲兵隊本部はこの七月、
麹町こうじまち竹平町たけひらちょうに移転したばかりです。
最寄もよりの電停は一ツ橋ひとつばしです。
早速、公務電車を手配します。
さっきの要人ですが、
なんとなくわかりました――
【帆村魯公】
ほう、誰なんじゃい?
【喪神梨央】
聖宮ひじりのみや殿下だと思います。
京都から殿下が戻られる、
きっとそうです!

〔東京憲兵隊本部〕

【式部丞】
この憲兵隊本部、
新しくできたんですね。
以前は大手町おおてまちにありました――
麹町こうじまち憲兵分隊も移ってきたようです。

憲兵司令部、憲兵練習所、東京憲兵隊本部は、この7月、それまで所在した大手町おおてまちから麹町こうじまち竹平町たけひらちょう竣工しゅんこうした新庁舎へと移転した。麹町こうじまち憲兵分隊。大震災の混乱に乗じ逮捕たいほしたアナーキストの大杉栄おおすぎさかえ、内縁の妻伊藤いとう野枝のえを、尋問室で殺害して裏井戸に投げ入れた――
いわゆる甘粕あまかす事件のあった場所である。当時、分隊が麹町こうじまち大手町おおてまちにあったため、麹町こうじまち分隊と称されていた。

【雪ヶ谷の娘】
町内の善三ぜんざさま、憲兵少尉におなりに。
すっかり素敵な青年将校さまですわ。
でもおかしいの――
渋谷憲兵大隊の本部ってところ、
まるで活動キネマ館みたいでしたわ。
【式部丞】
つまり映画館のようだと?
そこも憲兵隊の本部ですよ、
場所違いではないですか?
【雪ヶ谷の娘】
玉川電車の渋谷道玄坂どうげんざか上電停前、
ちゃんとうかがいましてよ。
さらのビルヂングはありました――
でもやはりあれは活動キネマ館ですわ。
紅楼夢こうろうむのぼりがずらーっと並んで、
それはそれは華やかでしたわ!
甲楽城かぶらぎ善三郎ぜんざぶろう憲兵少尉……
一目ひとめでもお姿拝見しとうございます。

【噂好きの学生】
東京憲兵隊本部、立派なもんです!
いやね、ちょっと小耳に、
挟んだんですけどね――
お堀側に秘密の隧道すいどうがあるってね。
【式部丞】
あまりそういう風評に流されるのは、
好ましくないですね。
場所が場所ですよ、学生さん。
【噂好きの学生】
え? そうなんですか――
その隧道すいどうは地下牢に繋がっていて、
常に入るきりの一方通いっぽうとおりだそうです。
わぁ、にらまないでください!!

【アレクサンダー・ヨネダ】
式部しきべさんですね?
アレクサンダー・ヨネダです。
【式部丞】
ドクター・ヨネダ!
足労そくろう頂き、感謝します――
ここはすぐわかりましたか?
【アレクサンダー・ヨネダ】
新しく立派な建物です。
道でお二人の様子をうかがっていました。
それで我がリーダーはこの中ですか?
【式部丞】
リーダー?
それはひきいる者ですか?
【アレクサンダー・ヨネダ】
読み解くリーディングという意味です。
変性意識によって宇宙と繋がり、
あらゆる真理を読み解くのです。
【式部丞】
それならこの中です。
尋問室の隣で眠ります。
【アレクサンダー・ヨネダ】
まず目覚めさせましょう。
そのとき、二人くらいがいいです。
あまり大勢だと困惑させます――
【式部丞】
わかりました――
喪神もがみさん、ドクターと私が、
彼を目覚めさせます。
その後、お呼びします。

【渋谷憲兵大隊恋瀬川こいせがわ少尉】
探したぞ! 
貴様!
山王さんのうの山猿めが!
藍住あいずみのおかしくなったのは、
貴様のせいだろ!
渋谷憲兵大隊藍住あいずみ少尉のことだ!
乱歩らんぽ三文さんもん小説なぞに夢中になり、
四肢ししを失いある須永すなが中尉が
どうしたこうしたとつぶやく――
酒も飲まぬにあらぬことばかり
口走るようになり、
今や常にうつろの状態だ!
幼年学校も士官学校も首席だった、
あの聡明そうめい藍住あいずみの面影は微塵みじんもない!!
貴様がせいで藍住あいずみが……
――あああ、くそっ!!
我が友を返せ!!

《バトル》

【渋谷憲兵大隊恋瀬川こいせがわ少尉】
玉の外側に水銀を塗って、
その内側を一面の鏡にすること――
あああ、私の正気が失われるぅぅぅ~

〔憲兵隊本部尋問室前〕

【式部丞】
ここで待ちましょう。
先程、ドクターが起こしました……
じきにここへ来るはずです。
【芽府須斗夫】
向かいの公園からの風が、
心地いいね――
【式部丞】
向かいのとは……
つまりは宮城きゅうじょうのことかな?
【芽府須斗夫】
池の向こうにある公園だよ。
この部屋には風が吹かない――
【式部丞】
ところで、今、気分はどうかな?
よく眠っていたね――
【芽府須斗夫】
この世には哲学でさえ、
及ばないことがある――
【式部丞】
ん?
それは……
ハムレットの台詞かな――
この天地にはお前の哲学さえ、
及ばぬことがあるぞ、
ホレイシオよ――
ハムレットが友人である、
ホレイシオに言った台詞です。
芽府めふ君……
君は沙翁さおうが好きなのかね?
英吉利イギリスの劇作家の――
【芽府須斗夫】
ふと浮かんだんだ。
ここに来て四回目覚めた――
いろいろのこと、わかってきた。
【式部丞】
いろいろの?
それは、何についてだい?
【芽府須斗夫】
君たちはを召喚して戦う。
この町にはセフィラが豊富で、
それを狙う勢力もある――
君たちの国の軍隊は、
を人にけしかけられれば――
そういう淡い希望を抱いている。
でもまだ実現できていない。
【式部丞】
短い時間で随分とわかったんだね。
それも、頭の中に浮かんだのかな?
【芽府須斗夫】
すでに知っていたとする方が、
適切かな、この場合は。
町のセフィラが強くなると、
市民の恐怖心から出たものが、
いつの間にか実体を持つ――
それでますます恐れが蔓延まんえんして――
繰り返しているんだよね。

【式部丞】
何でしょうか、今の音は?
【芽府須斗夫】
多分、あの医者だよ。
僕が目覚めた時、何かを感じた、
そうなんじゃないかな?
【式部丞】
ドクター・ヨネダはどこですか?
姿が見えませんが――
【芽府須斗夫】
向かいの監視室なんじゃないかな?
ひとごと言いながら、
尋問室出ていったから――
あの医者、
手が小刻こきざみにふるえていたよ!
【式部丞】
ドクター、大丈夫でしょうか――
風魔さん、お願いできますか?

〔東京憲兵隊本部〕

【アレクサンダー・ヨネダ】
彼は途方とほうもない――
ものすごく深いところに繋がる!
その奥底を私は見てしまった!

彼はあらゆる者だ、
時を超越した存在だ!

彼は転生を繰り返す――
ソドムの衛戍兵えいじゅへい、ゴリアテの愛弟子まなでし
カペナウムの百卒長ひゃくそつちょう、ウルの神官――
時を越えたおののきが、
私を、私を、私を満たしていく!!

《バトル》

【アレクサンダー・ヨネダ】
ついに私は満たされた――
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
帝都満洲にセヒラの特異点です。
はらえのに来てください!

〔山王ホテル前〕

はらえのに向かうべく山王さんのうホテルに戻った時、ホテル前にセヒラ異常が発生していた。

【帆村魯公】
帝都満洲どころじゃないぞ、
帝都にセヒラ異常が起きた!
風魔ふうま
セヒラ球の中に何か見えるぞ!

【バーナードチャンのアストラル】
何かの勢いが私を押した――
現世の私は長い眠りに就く。
私はフリーダイップの同業だ――
香港ホンコンの風水師だ。
帝都満洲に蟠踞ばんきょするものがある。
とてもとても大きい――
私がめている。
しき気の脈筋みゃくすじを築いた。
さぁ、私を退しりぞけ、わだかまりを解くのだ。
しき気脈きみゃくの向かう先、うしの方位だ!
【着信 新山眞】
皇女和宮かずのみやのときは、
帝都満洲にてセヒラの壁を崩し、
帝都へのセヒラ奔流ほんりゅうを防ぎました。
今度は違います!
帝都にセヒラを流すというのです。
そんなことをしたら――
【バーナードチャンのアストラル】
案じるな!
しき気脈きみゃくは流れ込む先がある。
私はもう限界なのだ!!

《バトル》

【バーナードチャンのアストラル】
風水の龍穴りゅうけつは陽の気に満ちる。
だがこれは陰の気――
しき陰の気脈きみゃくだ。
その気脈きみゃくそそぐ先、うしの方位、
距離、およそ二十四町だ――
【帆村魯公】
アストラルだ――
まことに……アストラル……
まさか現出するとは――
目の錯覚さっかくではあるまい。
おぼろな命に蘇る息吹いぶき……
なんとも美しい……はぁ……
風魔ふうまや、聞いたか!
セヒラの流れ込む先、ここより北北東に、およそ二キロ半――

【???】
ニャンニャンニャ~
【バール】
ここは帝都かニャ?
それにしてもすごいセヒラだニャ!
――何だか体がムズムズするニャ!

うわぁ、何だニャ!
びっくりするニャ!

何だ? 何だ? 
ニャニャニャ?

【進化バール】
バールは俺だ、
よろしく頼むぜ!

〔山王ホテル前〕

【帆村魯公】
ここより北北東に、およそ二キロ半――
その方角と距離だと、
ちょうど憲兵隊本部の位置だな!
そこにセヒラが流れ込むのか!
芽府めふ須斗夫すとおがセヒラを求めるのか――
そうとしか考えられんな!

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
赤坂の方々で同時にセヒラを観測!
見附! 一ツ木通! 李王邸りおうてい
清水谷しみずだに公園でも――
セヒラは一ツ橋にある憲兵隊本部へ、
流れ込んでいる模様です!
【帆村魯公】
すると、界隈かいわいには漏れ出てはいない、
そういうことか?
【喪神梨央】
探信儀たんしんぎではそううかがえます。
新山にいやまさんがくわしく計測すると、
先程、出ていかれました。
【帆村魯公】
アストラルとなった風水師が、
気脈きみゃくを繋いだので、セヒラが
帝都に氾濫はんらんするのを防げておるわけだ。
【喪神梨央】
向かう先は芽府めふ須斗夫すとおですね。
予言を語るには強いセヒラがいる、
そういうことなんですね。
【帆村魯公】
ふむ……彼は果たして日本人か?
――日本のことを知らなかったぞ、
宮城きゅうじょうを公園と呼んだりしてな。
【喪神梨央】
お堀を池とも言っていました。
【帆村魯公】
外国の思念が実体化したりすると、
ややこしいことになりそうだ。
【喪神梨央】
でも隊長、さっきのアストラルも、
外国人です、きっと香港ホンコンの人です。
ようさんの知り合いと言っていました。
【帆村魯公】
確かに、そうであったな……
香港ホンコンの……アストラル……
いやはや――
アラヤ界に繋がるのは、
何も我が方だけではないな――
世界中が繋がっておるのだな!
今は式部しきべ氏からの連絡を待とう。
じき、来るだろ。

程なく式部しきべから1通の電報が届けられた。
ダイロク ノ ヨゲン カタレリ
電報には第6の予言語れりとあった。

第七章 第十話 釣鐘

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん、式部しきべさんがもうじき、
機関本部にいらっしゃいます。
第六の予言って、
どんな内容なんでしょうね。
淀橋よどばしの書生さん、
強いセヒラの影響で半覚半睡はんかくはんすいになり、
予言を語ったのですね、きっと。

【式部丞】
遅くなりました。
【喪神梨央】
式部しきべさん!
書生さんの予言、どんな内容ですか?
【式部丞】
ちゃんと語りました。
ちょっとぼんやりしていますが――
無垢むくな力が導くという内容です。

無垢むくなる力が
真の導きを為すであろう
――芽府めふ須斗夫すとおが語った第6の予言である。

【喪神梨央】
無垢むくな力って何でしょうね?
けがれのないということでしょうか?
【式部丞】
よこしまな考えを持たない、
あるいは誇示こじするようなことのない、
そういう力じゃないでしょうか。
【喪神梨央】
式部さん、書生さんの語るの、
目の前で聞いたんですか?
【式部丞】
芽府めふ君の寝る部屋にマイクがあって、
離れた所で録音するのです。
それを再生して聞きました。
【喪神梨央】
そうでした!
憲兵本部には最新式のマイクがある、
新山にいやまさんが言っていました。
ダイナミックマイクロフオン――
振動板を持たず、音波の強弱で、
直接発電する仕組みです。
振動板がないので、
湿気に強くてどこでも使えるって。
【式部丞】
くわしいですね!
米国アメリカでトーキー映画の撮影で、
使われるようになったと聞きました。
くだん芽府めふ君ですが、
今はまた深い眠りに就いています。
セヒラの方はどんな按配あんばいですか?
もう弱くなりましたか?
【喪神梨央】
ええ、弱くなっています。
赤坂一帯で観測しますが。
怪人の兆候ちょうこうも少しだけ……
【式部丞】
やはりそうですか……
ここに来る時、ホテル前に、
そのような人を見ました。
背広姿と学生、
二人は兄弟のようでした。
激しく口論していましたよ。
【喪神梨央】
歩三の召喚小隊……じゃなかった、
暁光ぎょうこう召喚隊でも対応できそうですが。
一応、巡視パトロールお願いします、兄さん。

〔山王ホテル前〕

【麹町の銀行員】
財布の五円、どこ行ったんだろう?
あの晩、酔っていたからなぁ……
でも、五円も使うわけがない!
【麹町の学生】
兄様あにさま、それはおかしいですよ、
きっと計算違いしています!
【麹町の銀行員】
そんなわけない!
銀行屋のこの僕が計算違いなんて、
金輪際こんりんざいするわけない!
【麹町の学生】
何です、その目は。僕を疑いますか?
…………あんまりです!
兄様あにさまこそ銀行の金に手を付けて――
【麹町の銀行員】
黙れ!! お前はいちいち生意気だ!
何でも俺の足を引っ張りやがって!
こ、こ、殺してやる!
【着信 喪神梨央】
急激にセヒラが高まっています!
注意してください!
【麹町の銀行員】
銀行の金なんぞ、しょせん
誰のものでもないだろうが!
お前まで邪魔じゃまするのか、ちくしょう!

《バトル》

【麹町の銀行員】
ふん! それしきか!
絶対にバレないようにしてやる!
【麹町の学生】
何でもかんでも僕のせいだ! 
子供の頃から、ずっとそうだ!
はぁはぁはぁ……
妹の絹代きぬよを池に突き落としたのは
兄さんなんだ……それなのに……
くそ! くそ! くそ!! もっと力を付けて
今度こそは兄さんを殺す!!
絶対にな!

【着信 喪神梨央】
隊長がお呼びです。
ホテルロビーにお願いします。

〔山王ホテルロビー〕

【帆村魯公】
じき、聖宮ひじりのみや殿下がおいでになる。
風魔ふうま咲世子さよこさんは知っているな――
【是枝咲世子】
私、殿下から是非ぜひにと言われ、
やって来ました。
【帆村魯公】
是枝これえだ大佐は独逸ドイツ国在勤帝国大使館の
駐在武官だ――
いろいろ情報をお持ちだ。

【聖宮成樹】
是枝これえだ咲世子さよこさん、
足労そくろう頂き、感謝します。
それに山王さんのう機関のお二人も。
【帆村魯公】
殿下、京都の方はいかがでしたか?
例の乙亥きのとい文書もんじょについて――
【聖宮成樹】
京都に情報はさほどありません。
あるのは歴史です。
参謀局の資料が残っていました。
明治八年にしたためられた、
地震観測要項という冊子があります。
仏蘭西ふらんすの気象学者がまとめました。
【帆村魯公】
例のシャルボー氏ですな。
乙亥きのといの年、波動を観測したという。
【聖宮成樹】
麹町こうじまち三宅坂みやけざかに、
参謀本部陸地測量部が置かれ、
その第八課が観測を引き継ぎました。
年を追うごとに波動は小さくなり、
四十年後の一九一五年、
大正四年には消えたようです。
【帆村魯公】
その八年後に関東大震災だ――
波動は地震とは無関係なようですな。
【聖宮成樹】
私もそう思います。
波動が消えた翌年、
大正五年、観測は中止になりました。
帝大の学者が考案した、
新型の地震計による観測は
続けられたのですが――
【帆村魯公】
ふむふむ……
その地震計ではセヒラは測れない、
そうなんですな!
【聖宮成樹】
シャルボー氏は乙亥きのといの年にこそ、
大きな波動が現れると言いました。
破滅的な力だとも伝わります。
シャルボー氏のそうした建言けんげんは、
忘れ去られていたようです。
乙亥きのとい文書の元だとも考えられます。
【帆村魯公】
それがゴエティアにはさまっていた――
なんとも奇遇きぐうとしか言いようがない。

魯公ろこうはシャルボーのメモ発見のいきさつを、手短に話した。そして淀橋よどばしで保護された、芽府めふ須斗夫すとおのことも語った。

【聖宮成樹】
なるほど、なるほど――
事態はある方向に
向かいつつあるようですね。
なおのこと、
お目にかけたいものがあります。
咲世子さよこさんにも是非ぜひ
【是枝咲世子】
それは父に関係することですか?
【聖宮成樹】
そうとも言えます。
さぁ、エレベーターへ。

聖宮ひじりのみやはエレベーターの階数ボタンの最下、真鍮しんちゅうふたを開き、みずのととあるボタンを押した。その時、かごの電気が消えた――

【帆村魯公】
このホテルには地下三階に、
スケートリンクがあります。
そのさらに下へ行くんですな?
【聖宮成樹】
山王機関よりもさらに深く、
地下六十八階に相当します。

そこは不思議な場所であった。高い天井の空間に釣鐘つりがね状の物がしつらえられているのだ。

〔釣鐘の間〕

【帆村魯公】
ここは一体……
目の前にある釣鐘つりがねみたいなのは、
あれは何ですか?
【聖宮成樹】
まさに釣鐘つりがねそのものです。
ナチが開発した量子兵器です。
デーグロケと呼ばれるものです。
咲世子さよこさん、昨年お父上が一時、
音信不通になられましたね。
釣鐘つりがねの移送の時期だったのです。
【是枝咲世子】
アルプスの方に行っていたと、
それだけ伺っていました。
この釣鐘つりがねはアルプスから?
【聖宮成樹】
アルプスにある光 の 庭リヒャルトガルテン――
その名の研究所で開発されました。
【帆村魯公】
この釣鐘つりがねは、一体、
何に使うのですかな?
【聖宮成樹】
釣鐘つりがねは高電圧で稼働かどうさせると
非常に強い量子場を形成します――
それがセヒラに影響します。
【帆村魯公】
つまり何ですかな、
セヒラを安定させるとか、
そういうことですか?
【聖宮成樹】
その通りです。
釣鐘つりがね稼働かどうによってセヒラが安定し、
利用が促進そくしんするのです。
【帆村魯公】
去年のホテル大工事、
この釣鐘つりがねのためだったのですな。
その頃から召喚の精度も上がった――
【是枝咲世子】
殿下、釣鐘つりがねの日本への移送いそうは、
ナチ上層部の決定なのでしょうか?
【聖宮成樹】
いえ、そうではありません――
ナチも一枚岩ではないのです。
親衛隊中将のシュタインベルク伯爵はくしゃく
反ヒトラー派であり、ナチ、独逸ドイツ
行く末を案じておられます。
やがてナチは倒され、釣鐘つりがねの技術、
英仏、挙句には露西亜ロシアに渡る――
そうなる前に日本へ運ぶことに。
【是枝咲世子】
父はその移送いそう計画に関わった、
そうなんですね?
【聖宮成樹】
陸海の垣根かきねを超えてご尽力じんりょくされ、
極秘裏ごくひり搬送はんそうまっとうできたのです。
【帆村魯公】
しかしまぁ、こいつをどうやって、
運んだのですか?
【聖宮成樹】
号第五潜水艦せんすいかんの飛行機格納筒を
改造して釣鐘つりがねを収めました。
【帆村魯公】
それは技術ですな!
それで、京都の方で管理されるのは、
この釣鐘つりがねなんですな?
【聖宮成樹】
釣鐘つりがねには四ヶ所の発電所から、
電気を送っています。
それを遠隔えんかくで管理するのです。
独逸ドイツにもセヒラを観測します。
ただ、濃度、純度――
要は質がよろしくないと。
日本のほうがはるかにすぐれている、
ユンカー博士はそう告げています。
【帆村魯公】
アーネンエルベも設立になり、
セヒラを狙う動きもあります。
【是枝咲世子】
先日、フォス大佐が父に会いに――
大佐は何か壮大な計画を持つと、
父が申しておりました。
【聖宮成樹】
あの人物は曲者くせものですね――
いや、ロマンチストと呼んでもいい。
そういう人物が事を起こすのですが。
【着信 喪神梨央】
新山にいやまさんがはらえのに来て欲しい、
そう仰っていますが――
向かえそうですか?
【聖宮成樹】
お願いします、喪神もがみさん。
瑛山会えいざんかいでは引き続き釣鐘つりがねを管理し、
その秘匿ひとくを守ります。
咲世子さよこさん、N計画の方も、
しっかりやってください。
【是枝咲世子】
ありがとうございます。
大連ダイレン特務の中条忍なかじょうしのぶさんとも協力して、
進めていきます。

〔祓えの間〕

【新山眞】
喪神もがみさん、セヒラの噴出ふんしゅつは、
今は収まっていますが、
またぶり返します。
大波のように間を置いて、
やってくるのです。
依然いぜん、セヒラ特異点があるからです。
ホテル前に現れたアストラルの言う
わだかまりですが、場所がわかりました。
戸山とやま海拉爾ハイラルです。
新しい拠点ですね。
――行けば何かがあるはずです。

赤坂哈爾浜ハルピンから帝都満洲鉄道に乗り、列車は市ヶ谷斉斉哈爾チチハル駅を通過した。

【満鉄列車長】
お知らせします。先程、定刻ていこく通り
市ヶ谷斉斉哈爾チチハル駅を通過しました。
あと、およそ十分で戸山とやま海拉爾ハイラル――
戸山とやま海拉爾ハイラルは希望の沃野よくや
しかし何かが居座ります。
遠い古い記憶です――

戸山海拉爾とやまハイラル・中央〕

そこはこれまでの帝都満洲とは異なり、希望の沃野よくやの呼び名にふさわしい場所だ。

黒手組ツルナルカБアストラル】
フェルディナント皇太子の車列、
車の数は四台だった。
狙撃銃を構えるエムは狙い定まらず――
黒手組ツルナルカДアストラル】
結局、一発も撃てなかったのだ。
大セルビア、統一か死か!
同志Чチェはフェルディナント皇太子の
車めがけてダイナマイトを投げ込む。
しかし導火線が燃え続け遅爆だった。
黒手組ツルナルカШシャアストラル】
皇太子の付き人の乗る後続車が、
爆発に巻き込まれたのだ。
大セルビア、統一か死か!
フェルディナント皇太子は、
怪我けがした付き人を見舞うべく、
市庁舎を出ると予定を変更した。
皇太子の車はラテン橋のところで、
道を誤り、バックで戻った――
大セルビア、統一か死か!

黒手組ツルナルカЧチェアストラル】
同志Пは素晴らしい!
遂にフェルディナントをはいしたのだ!
セルビア人の宿敵をな!
奴は、同志П咄嗟とっさの判断で、
見事に目的を果たした、
素晴らしい――
だが、俺はどうだ?
投げた爆弾は遅爆になり、
その後、青酸を飲むも自殺に失敗!
俺はその時で止まっている!
俺はセルビアの英雄にすらなれない!
そんなことがあっていいのか!!

《バトル》

黒手組ツルナルカЧチェアストラル】
俺は……俺は……
どうなるのだ?
大セルビア、統一か死か!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
近くにセヒラの塊を観測します。
警戒してください!

黒手組ツルナルカФエフアストラル】
同志Пはラテン橋近くのレストラン、
リベ・イ・メサでサンドウィッチを
食べようとしていた――
その時だ、皇太子を乗せた車が、
店の前をゆっくりバックしていく。
同志П躊躇ためらうことなく撃った!
皇太子と皇太子妃が倒れた。
大セルビア、統一か死か!

黒手組ツルナルカЖツェアストラル】
同志Пの銃にはダムダム弾が
装填されていた――
ハーグ陸戦条約で禁止された弾だ。
ダムダム弾は人体に入ると、
中で大きく破裂して致命傷ちめいしょうを与える。
大セルビア、統一か死か!

黒手組ツルナルカЮアストラル】
同志Пにダムダム弾を渡したのは、
ダミアン・イリッチという男だ。
その弾は柔らかな水銀でできていた。
同志Пはイリッチに会うのは初めてで、
いぶかしく思ったが水銀弾を渡され、
皇太子暗殺の意欲が湧いたという。
イリッチは歳の頃三十代半ば、
三つ揃えのスーツを着こなし、
ベネチアンマスクを着けていた――
同志Пはそのように語っていた。
大セルビア、統一か死か!

黒手組ツルナルカПアストラル】
暗殺の後、俺はとらえられた。
青酸は効かなかったのだ。
収監しゅうかんされた俺は結核を悪化させた――
結核菌が右腕のずいに入り腕を切断、
その瞬間に俺は飛んだ。
以来、ここを彷徨さまよう――
暗殺以降、オーストリアはセルビアに
宣戦布告して戦争が始まる。
俺の希望は統一だ、戦争ではない!
まるで世界大戦争の原因となった、
そのような言われようは許しがたい!
大セルビア、統一か死か!!

《バトル》

黒手組ツルナルカПアストラル】
――教えてくれ……
あのラテン橋、名前が変わったと……
どう呼ばれているんだ?
俺が皇太子を撃った、
そのそばかっていた橋だ!
――なんと呼ぶ……
【着信 喪神梨央】
セヒラの特異点は解消したようです。
本部へ帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
記録を確認中ですが……
ちょっと混乱します。
【帆村魯公】
無理もない。
なにせサラエボ事件の話だ。
サラエボ人青年団の思念だろう。
【喪神梨央】
最初の爆弾で付き人が怪我けがして、
見舞うため予定変更したんですね、
皇太子夫妻は。
それで道を間違えたところに、
暗殺犯が居合わせた――
ガヴリロ・プリンツィプです。
【帆村魯公】
黒手組ツルナルカПアストラルがその本人だな。
他は黒手組ツルナルカの仲間に違いない。
――気になることが……
暗殺犯に水銀弾を渡したのは、
三つ揃えの背広の男と言っていたな。
どこかで聞いたことがある。
【喪神梨央】
アナーキストの葛木かつらぎ素朴そぼくのときです、
彼にクロポトキンの本を渡した人物、
三つ揃えの背広姿の紳士でした。
一九〇五年のことです。
サラエボ事件は一九一四年――
同一人物でしょうか?
【帆村魯公】
当時三十五歳くらいとして、
今年、六十五……
そんな老人が何かに関わるのか?
葛木かつらぎ素朴そぼく幸徳秋水こうとくしゅうすいに本を貸し、
秋水しゅうすいはアナーキストになる――
そして大逆たいぎゃく事件を企てる。
【喪神梨央】
サラエボ事件は、
世界大戦争の引き金になった――
【帆村魯公】
どちらも、
混乱や破滅への道筋を描く――
背広男が同一人物であるなら、
同じような動機の存在が伺えるな。
【喪神梨央】
プリンツィプの思念が言ったこと……
ラテン橋は事件後に名前が変わって、
プリンツィプ橋になりました。
彼はセルビア人の間では、
英雄視されています。

帝都満洲ではサラエボ事件に関わる思念が、いくつも集い、セヒラのよどみを生んでいた。大波のようによどみから発する強いセヒラ――
強いセヒラは、同時に芽府めふ須斗夫すとおに作用して、彼を半覚半睡はんかくはんすい状態とし予言を語らせる。そして地下深くに鎮座ちんざするナチの秘密兵器。さまざまな事柄をからませながら、帝都は静かに晩夏ばんかを迎えていた。

第七章 第十一話 忙しい一日

〔山王機関本部〕

式部しきべは再び芽府めふ須斗夫すとおの元で待機となった。予言を求めるには強いセヒラが必要となる。変異があるとされる乙亥きのといの年、愈々いよいよ秋である。

【喪神梨央】
式部さんからはまだ連絡がないです。
強いセヒラの兆候ちょうこうもありません。
【帆村魯公】
今年についていろいろ言われるが、
まだ秋口あきぐちだ――
焦ることもない。
【喪神梨央】
予言っていくつまであるんでしょう?
今年中に全部分かるんですか?
【帆村魯公】
今年中に出きらないときは、
何も異変が起きないということじゃ。
枕を高くして眠れる。
【喪神梨央】
隊長! 
帝都の怪異は増えているし、
いろいろたくらむ人もあります!
【帆村魯公】
それはそうだが……
あの釣鐘つりがね鎮座ちんざまします限り、
帝都は安泰あんたいだろうて。
あの釣鐘つりがね以来、召喚も安定した。
ナチの技術も捨てたもんじゃない。
【喪神梨央】
私は何だか嫌です――
機械に管理されているみたいで。

【フリーダ葉】
ごめんなさい、遅くなったわね。
【帆村魯公】
足労そくろう済まないね、フリーダ。
フリーダ、お前さんに一つ頼みだ。
腕の立つ風水師ふうすいしを紹介して欲しい。
【フリーダ葉】
お安い御用よ――
だけど山王さんのう機関の依頼だから、
普通じゃないわよね、当然。
【喪神梨央】
ホテルの前にバーナードチャンという、
風水師ふうすいしが現れたんです。
――アストラルとして……
【フリーダ葉】
そうなんですってね。
バーナードは香港ホンコンの病院よ。
もう八年も眠り続けるの。
彼は風水ふうすいの見立てに失敗したの。
四神獣ししんじゅうが消え去り邪気じゃきに支配された。
彼は邪気じゃきから逃れて自失したのよ。
【帆村魯公】
その思念が帝都満州を彷徨さまよう――
だが彼のお陰で助かった。
セヒラがあふれずに済んだからな。
また再び、気脈を繋いで欲しい。
一ツ橋の憲兵隊本部に。
【フリーダ葉】
つまりバーナード並みの腕前がいる、
そういうことなのね?
――なかなか難しそうね……
でも一人いる――
アンドリューよ。
アンドリューワンというの。
【帆村魯公】
ほう!
それはどのような人物かな? 
【フリーダ葉】
香港ホンコン最高風水ふうすい会議の一員よ。
肺癌はいがんの手術で医者が麻酔をあやまって、
もう二年も意識がないの――
【喪神梨央】
それじゃ、帝都満洲のどこかを、
彷徨さまよっているんでしょうか?
【フリーダ葉】
アンドリューの声やら何やら、
録音とかがあるから、
それらから、波形、割り出せない?
【喪神梨央】
多分できると思います。
声の録音って録音盤ろくおんばんですか?
【フリーダ葉】
うん、まぁ、そのような物ね。
【帆村魯公】
それでは二人、頼んだぞ。
その風水師ふうすいしをどうにか見つけたい。
風魔ふうま、お前は巡視パトロールに出てくれ。
今日の巡視パトロールはどの辺りだ?
【喪神梨央】
銀座方面です――
セヒラの反応も少しあります。
気を付けてください。

〔銀座四丁目〕

【着信 喪神梨央】
銀座界隈かいわいでセヒラを観測します。
この波形、安定しています……
怪人になって長いと思います。
【夢見心地のサラリーマン】
いやぁ、あなた、読みましたか?
興亜こうあ日報の特報ですよ、
桃源郷とうげんきょうの話!
実にロマンがあるなぁ……
蒙古もうこの西、支那シナ新疆シンキョウ省省都、
烏魯木斉ウルムチのさらに西!
蟻走痒感府ぎそうようかんふという、
新発見の都があるらしいです!
そこの臣民しんみんありと共生するんです!
【ロマンチストなモガ】
蟻走痒感府ぎそうようかんふの人々は、
青斑せいはんびた白色陶質とうしつ皮膚ひふで、
火にも水にも強いのですわ。
でも蟻酸ぎさんには弱く、触れると死ぬ、
だからありと仲良くするのですわ。
最も色白で青斑せいはんの多い女王が、
カーンと呼ばれ、みやこ君臨くんりんするのです。
ハァ~想像が膨らみますわ!
【空想家の旦那】
華氏かし財団辺疆へんきょう弁理公司鉄路建設局
臨時調査部隊――
桃源郷とうげんきょうを発見した調査隊ですよ。
辺疆へんきょうの地にこそ未来ありですな!
経度八〇乃至ないし八三度、
緯度四三乃至ないし四五度の辺り、
我が桃源郷とうげんきょうはそこにあるのです。
いやぁ、行ってみたいですなぁ。
白楊ポプラの並木の続く道――

〔銀座街路〕

【独逸語専科生】
フォス大佐から銀座で号外、
もらうように言われて来たんだ。
――あなたのこと、大使館で見たよ。
フォス大佐には壮大な計画がある。
なんと、第四帝国建設!
驚いたかい? そりゃそうだろう――
総統フューラーを差し置きの新国家建設ときた。
僕も将来を大いに嘱望しょくぼうされていてね!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ上昇しています。
ホムンクルスではありません!
【独逸語専科生】
僕は独逸ドイツ大使館で働いているんだ。
だから事情に通じている!
君たちも働いてARBEIT自由になればいい!

《バトル》

【独逸語専科生】
沈 黙シュヴァイゲン……沈 黙シュヴァイゲン……沈 黙シュヴァイゲン
【着信 喪神梨央】
独逸ドイツ語らしきを確認しましたが、
波形から通常の怪人と思われます。
ホムンクルスではありません。

【聖宮成樹】
やはり怪人でしたか!
赤坂で怪力にて人を突き飛ばし、
十番の市電に乗ったのです。
私も銀座への道すがら、付けました。
半蔵門はんぞうもんで十一番に乗り換え銀座へ。
電停からは巻かれてしまったのです。
喪神もがみさんがいらして幸運でした――
この近くの純喫茶じゅんきっさで、
ある人物と約束しています。
喪神さんもご一緒ください。

〔純喫茶青蘭せいらん

【女給鶴子】
あら、いらっしゃいませ~
【聖宮成樹】
あちらの方と待ち合わせです。
【李景明】
殿下!
お早かったんですね。
赤坂の菓子屋は……
【聖宮成樹】
わけあって、今日はしました。
さんにご紹介しようと思い、
喪神もがみさんもご一緒願いました――

聖宮ひじりのみや景明けいめい風魔ふうまを紹介した。は東亜文化調査局の調査員だと自己紹介した。

【聖宮成樹】
さん、こちらの方には、
満鉄調査部と名乗っても大丈夫です。
なにせ参謀本部直轄ちょっかつですから。
【李景明】
なるほど――
それは頼もしい限りです。
【聖宮成樹】
喪神さん、さんは、
北満の発展をたくされ、
種々の調査をなさっておいでです。
【李景明】
喪神さん、私は支那シナ生まれです。
両親は日本人ですが、満洲では、
リー景明チンミンを名乗っています。
近い将来、独逸ドイツは欧州を戦禍せんか
巻き込むに違いありません。
独逸ドイツは全欧州を敵に回すでしょう。

2年前――1933年、独逸ドイツではヒトラー内閣が誕生。
同年8月、ヒンデンブルク大統領死去によりヒトラーが独逸ドイツ国家元首に就任した独逸ドイツ欧州ヨーロッパ全域を手中に収めようと目論もくろむ。ソビエトは独逸ドイツにとり後方の脅威きょういである。

【李景明】
日本は欧州の戦争には関わらず、
極東地域を愈々盤石いよいよばんじゃくにし、
揺るぎない構えを築くことです。
【聖宮成樹】
先の世界大戦争では、
青島チンタオに攻め独逸ドイツ退しりぞけました。
今後、独逸ドイツとの関係は如何いかに?
【李景明】
むしろ今後を占うのは露西亜ロシアです。
露西亜ロシアの助長を抑えるべきです。
史大林スターリンは冷酷で強欲な人物です――
それに、露西亜ロシアが唱える共産主義は、
今後、世界の脅威きょういとなるでしょう。
――まるで新宗教のようにです。
露西亜ロシアの南下を防ぐことは、
世界の安全にとってかなめとなります。
とりわけ米国アメリカにとり重要です。
【聖宮成樹】
そのために北満なのですね?
【李景明】
今、北満の発展を進めれば、
日本は国際的にも有利な切り札カードを、
手の内にすることができます。
【聖宮成樹】
独逸ドイツ露西亜ロシアを攻めてもらえば、
北満発展の機会が生まれますね。
露西亜ロシアの勢力が分化しますから――
【李景明】
独逸ドイツは攻めますよ、間違いなく。
我々はN計画を急ぐことです。
【聖宮成樹】
喪神さんも計画に関わります。
【李景明】
そうだったんですね!
参謀本部のお墨付すみつきを得ましたか!
【聖宮成樹】
N計画を阻害そがいする動きがあり、
それをふうじる特務を遂行されます。
【李景明】
帝都の変異に乗じて、
さまざまな動きがあるようですね。
私はまだ日本におります。
殿下、喪神さんのご紹介、
ありがとうございました。
喪神さん、よろしくお願いします。
耳寄りな情報があれば、
すぐお知らせします。
【聖宮成樹】
お気を付けください、さん。
それでは参りましょう、喪神さん。
さんと協力しあえればいいですね。

【女給雪子】
あららぁ~カズさん……
カズさんは、まだよろしいんでしょ?
二人でソーダ水、いかがかしら?

日本橋に用のある聖宮ひじりのみやとは店前で別れた。その後、本部からの着信があった――

【着信 喪神梨央】
金ノ七号帥士きんのしちごうすいしから連絡です。
四谷見附よつやみつけに向かってください。
要請内容はわかりません――

〔四谷見附〕

【帆村虹人】
祇園丸ぎおんまるの香腺を調べて、
大凡おおよその居場所、見当がついた。
【ユリア・クラウフマン】
ヨツヤ、イチガヤ……
この二点から結ばれる三角形ドライエック――
【帆村虹人】
その二点から伸ばして、
丁度、戸山とやまあたりに結ぶ三角形、
その何処どこかにいるはずなんだ。
今、二体のホムが行方知れずだ――
祇園丸ぎおんまるとユリアさんのフロイライン。
彼らの行方不明には、
猟奇倶楽部クラブの一味が関わっている、
そうに違いないんだ。
【ユリア・クラウフマン】
猟奇倶楽部での会話記録に、
フロイラインとおぼしきものを
見つけたんです。
彼ら猟奇人はとても慎重です。
雑誌の編集部住所も次々変わり、
なかなか所在をつかめません。
【帆村虹人】
だが範囲は絞られた――
ユリアさんは市ヶ谷を、
僕は戸山を当たってみる。
風魔、お前は四谷の巡視パトロールを――
ホムンクルスの技術、
漏洩ろうえいする前に防ぎたいんだ。
それにまた犠牲者が出る前にな――
【ユリア・クラウフマン】
フーマ、お願いします。
それでは私はイチガヤへ――

【帆村虹人】
ユリアさんを見ていると、
僕はまるで道草みちくさをしているようだ。
もっと自分に芯をもたなきゃな!
そう言い聞かせているんだ。
――それじゃ、巡視パトロール、頼んだよ!

【渋谷の客】
あら、今の方、女優さんみたいね。
――そういえば、銀座幻燈会げんとうえ
いよいよ活動キネマに格上げですって!
しかもトーキーですって!
――楽しみだわ……
私、トーキー、まだ知らないのよ!

【履物商の男】
あんたは……憲兵とは違うのか?
憲兵と言ったって天麩羅てんぷらもいるって、
それ、本当なのか?
天麩羅てんぷら憲兵……こりゃ傑作けっさくだ!
衣だけで中身は空っぽ……
そう思えば怖くはないな!

下谷区したやくの学生】
帝大の連中、すっかり萎縮いしゅくしたよ。
秋毫しゅうごうは休刊になったと言うし、
特高の巡察パトロール頻繁ひんぱんだし……
たもとを分かった新文民社は、
解体されて跡形もないね。
新文民社の謄写とうしゃ版や美品を並べ、
展示会を開くそうだよ、憲兵隊で。
不敬ふけい反逆分子の実態展だって!

〔四谷街路〕

煉獄れんごくの評議員Ψプサイ師】
あのホムンクルスとやらは、
なかなか厄介やっかいなもんですな!
【マントヴァの枢機卿Ωすうききょうオメガ師】
命令者の言う事しか聞きません。
刷り込みアプドロックがない、刷り込みアプドロックがない、
その繰り返しです。
【東方の黒騎士長Δデルタ師】
前に猟奇倶楽部に、
おいでになりましたわね。
お話しましてよ!
倶楽部の外にいるときは、
正式名を名乗りますのよ、私ども。
倶楽部内ではただの猟奇人ですわ。
【太陽神殿の門番Λラムダ師】
私たちにはホムンクルスが必要です。
一体は確保、もう一体は逃亡中。
帝都にはたくさんいるのに――
全部で四体ほど必要です。
喪神もがみ風魔ふうまさん、手伝ってください。
ホムンクルスの捕獲ほかくをです。
煉獄れんごくの評議員Ψプサイ師】
倶楽部の高位の会員が、
たってのお願いと頼むのですよ。
【マントヴァの枢機卿すうききょうΩオメガ師】
こちらも刷り込みアプドロックされて、
言うことを聞かないのでは?
そう思いますけど――
煉獄れんごくの評議員Ψプサイ師】
仕方ないですね。
大司祭に来てもらいましょうか!

【初心の大司祭Γガンマ師】
このあたりはすこぶる危険ですよ。
セヒラが多く漂いますよ。
あなたがこれ以上踏み込まないよう、
私から言い聞かせてあげましょう。

《バトル》

【初心の大司祭Γガンマ師】
――あなたたちは……
そのうちきっと、
協力したくなるはずです、きっと――
【着信 喪神梨央】
巡視パトロール完了の旨、
金ノ七号帥士きんのしちごうすいしに通知しておきます。
こちらでは、
風水師ふうすいしの確認できました!
はらえのに来てください。

〔祓えの間〕

【帆村魯公】
アンドリューワンという風水師ふうすいし
波形が確認できたらしい。
梨央りおのやつ、やけに興奮してな。
何でも小さな活動キネマみたいなものに、
風水師ふうすいしが映っておったと――
【新山眞】
確かに波形はあるのですが、
他の波形と重なっていて、
うまく特定できません。
彼は身動きが取れない状態、
まわりに強いセヒラが漂います。
【帆村魯公】
帝都満洲のどの町かわかるのか?
【新山眞】
中野なかの満洲里マンチュリの方に記録が残ります。
新しい拠点になりますね。
ただ今は――
【帆村魯公】
どうした?
【新山眞】
ミスターワンですが、
今は時空の狭間にあるようです。
喪神さん、ミスターワンふうじるもの、
かなり強いセヒラを発しています。
十分に注意してください。

〔時空の狭間〕

【双子師アストラル】
双子作るなら双子中心ふたごちゅうしんに来ることだ。
双子中心ふたごちゅうしんなら質の高い双子が作れる。
双子の間には通じ合う力がある。
それを鳴力ミンリーと呼んでいる――
まだ本物の鳴力ミンリーは起きていない。
力を秘めた双子がいないからだ!
鳴力ミンリーが起きれば邪気じゃきを自在に操れる。
ここいらも随分と邪気じゃきが強まった。
また陰陽交合いんようこうごうが起きるぞ!
まさかお前が――
せっかくの邪気じゃきはらうつもりなのか!
――それは許さん!
あの風水師ふうすいし共々邪気じゃきに染めてやる!!

《バトル》

【双子師アストラル】
くそっ!
鳴力ミンリーがあれば……こんなことには……

【超級風水師AWアストラル】
ここを解いてくれたのか……
私はまだあの薄暗い病室で、
眠り続けるのだな?
あの光明路コウミョウろの小さな医院の――
手術前夜、ほとんど眠れなかった――
光明劇場クンミンシアターの赤いネオンが部屋を染め、
浅い眠りはすぐ覚まされたのだ。
バーナードがここを出たとき、
すべてのことがわかった……
私にもできることがあると。
その思いを邪気じゃきに察知され、
私は閉じ込められた――
私にはバーナードほどの腕前はない。
準備が必要だ、少し時間をくれ。
セヒラを送って知らせる。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、お兄さん。
フリーダさん、
すごい機械をお持ちなんです!
のぞ絡繰からくりみたいな小箱の中に、
小さな活動キネマが収まっているんです。
てのひらに乗る大きさなんですよ!
そこにワンさんが映っていました。
声もするんです、トーキーです。
しかも総天然色なんです!
あんなの見たの、初めて!
映写機はどこにあるんでしょうか……
――ちょっとびっくりしました。
【帆村魯公】
梨央りおにしては珍しく、
大はしゃぎだったな!
【喪神梨央】
すみません……
【帆村魯公】
いいんだ。
風魔ふうま朗報ろうほうだ、
例の祇園丸ぎおんまる、見つかったそうだ。
戸山とやま衛戍地えいじゅちだそうだ。
【喪神梨央】
よかったですね!
兄さん、戸山に行かれますか?
【帆村魯公】
今日はもう十分だろう。
祇園丸ぎおんまる虹人こうじんらに任せておこう。
まずは風水師ふうすいしだ、風魔。
【喪神梨央】
ワンさん、セヒラで教えると――
中野方面、感度を上げて観測します。

頼みの綱の風水師ふうすいしを探り当てることができた。行方不明の祇園丸ぎおんまるも見つかった。次に向かうは新しい町、中野満洲里マンチュリである。

第七章 第十二話 時空の歪み

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
虹人こうじんさんたち、祇園丸ぎおんまるのことを
調べているそうです。
怪我けがとかはないそうです。
猟奇倶楽部クラブが捕まえている一体、
ユリアさんのホムンクルスですよね。
――波形も何もわかりませんが……
兄さんが猟奇倶楽部に誘われた時、
私がちゃんと追跡できていれば、
場所はわかったのに……

【九頭幸則】
歩一の九頭くずです。
――あれ、梨央りおちゃん、
浮かない顔して、どうしたの?
【喪神梨央】
私が風邪を引いたばかりに、
猟奇倶楽部の場所、捕捉ほそくできなくて。
ユリアさんのホムンクルスが……
【九頭幸則】
何だ、そのことか。
逃げ出したのが見つかったんだろ。
猟奇倶楽部なんてすぐにわかるって!
それに無理して風邪こじらせたら、
もっと大変だったよ、梨央ちゃん。
【喪神梨央】
……
幸則ゆきのりさん、ありがとうございます。
【九頭幸則】
いや、なぁに、これしき――
な! 風魔ふうま

【新山眞】
セヒラを観測しました。
【喪神梨央】
え? 本当ですか!
【新山眞】
いやいや、焦らないで。
例の風水師ふうすいしです、きっと。
特徴的な波形でしたから!
それにものすごく微細です。
きっとあの風水師ふうすいしですよ。
【喪神梨央】
兄さん、巡視パトロールお願いします。
場所は中野満洲里マンチュリです。
【九頭幸則】
中野!
そんなところにもあるのか……
【新山眞】
満鉄の西の果てですね。
その先は西比利亜シベリア鉄道になります。
帝都では中野なんですね。
【喪神梨央】
満鉄では満洲里マンチュリから莫斯科モスクワまで、
一週間の旅程です。
【新山眞】
帝都満洲鉄道でも、
中野満洲里マンチュリより先はないでしょう。
はらえのに向かいましょう、
喪神さん。

〔祓えの間〕

【新山眞】
これから向かっていただく先、
中野満洲里マンチュリなんですが、
時間のズレを引き起こしています。
向こうでの一時間が、
こちらでの二時間……
いや、もっとかも知れません。
向こうでは時間がゆっくり進む、
どうもそういう現象が起きています。
抜かりなく観察は続けます。
時間のずれていること、
念頭に置いておいてください。
本部にも伝えておきます。

【満鉄列車長】
帝都満洲鉄道、これより、
市ヶ谷斉斉哈爾チチハル、戸山海拉爾ハイラルを経由、
中野満洲里マンチュリへと向かいます。
中野満洲里マンチュリ露西亜ロシア国境近くのため、
随分と国際的ですね!
支那シナの言葉に交えて、
英語を話す人も多く居ます。
不思議と露西亜ロシア語は聞こえません。
それでは当列車、出発いたします。

中野なかの満洲里マンチュリ北街区〕

【満鉄列車長】
中野満洲里マンチュリ~中野満洲里マンチュリ
長らくのご乗車、
ありがとうございました。
積もる吹雪ふぶきに暮れゆく町よ~♪
ここは雪国満洲里マンチュリ~♪

【路人Sアストラル】
あんた、どっから来たんだ?
九龍城クーロンじょうの住人じゃないようだな。
あんたも、何か端末持っているのか!
なら、大事なこと教えてやる。
クーロネットが新種のウィルスに
感染したんだそうだよ。
俺らのパスワードやメルアドが、
だだれになってるらしいぜ。
あんたも気をつけな。

【路人Tアストラル】
クーロネットのウィルス感染、
あれはオンラインゲームが、
原因になってるらしいね。
光明路コウミョウろ電脳中心でんのうちゅうしんで、
ゲームの中に吸い込まれた人がいる、
そんな噂だよ。
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
いったい何の話ですか?
聞いたことのない英語が聞こえます。
無線機、新山にいやまさんにも接続します。
今の記録も聞いてもらいますね。

【路人Zアストラル】
この九龍クーロンフロントのどこかに、
光明路コウミョウろに繋がる路地がある、
そんな話だ。
何でもえびの子どもが、
その路地を抜けて行ったらしい。
二三日、帰ってこないそうだ。
光明路コウミョウろは五月の陰陽交合いんようこうごう事件で、
陽界ようかいに現れなかった街だ。
まだそういう街があったんだな――

【路人Pアストラル】
陽界ようかい香港ホンコンは中国に返還された――
つい先月、七月の話だ。
けどここの住人はどうなるんだ?
陰界いんかいの住人も中国人なのか?
俺たちは九龍クーロンフロントにいる、
ただそれだけなんだけどな!

中野なかの満洲里マンチュリ東街区〕

【着信 新山眞】
香港ホンコン割譲かつじょうは九十九年の期限付き、
中国返還は一九九七年の予定です――
今から六十二年後のことですね。
そこはずっと未来の時空と、
繋がっているようです。
九龍クーロンというのは九龍クーロン半島のことかと。
今はそれしかわかりません。

【爆竹屋アストラル】
龍城りゅうじょう飯店のバーテンダー、
奴はなんて名前だったか――
ここ最近、奴の姿を見かけないが、
この近くで気配を感じたよ。
見たわけじゃない、感じたんだ。

【亀料理屋アストラル】
龍城飯店のリッチなら、
物に姿が変わったって話だ。
妄人ワンニンって言うんだけど――
五月に起きた陰陽交合いんようこうごう事件では、
窓男、携帯電話男、モーター男、
それに鍵穴男まで出たそうだ。
鍵穴だってよ!
鍵や錠前じゃなく、鍵穴なんだよ。
――すごく哲学的だと思わないか!

【海藻パック屋アストラル】
龍城飯店に住んでいた、
小黒シャオヘイって女の子が、
神獣しんじゅうとして見立てを受けたんだって。
そんな話がまことしやかに伝わるの。
人が神獣しんじゅうになるなんてね――
まぁ人が物になったりするから、
人が神獣しんじゅうになったくらいで、
驚いちゃダメよね。

【フカヒレ屋アストラル】
この辺は海鮮中心かいせんちゅうしんだ。
見ての通り、海産物を扱う。
でもな、それ以外にもあるんだ――
いったい何を扱うかって?
そんなこと、言えるわけないだろ!
常連になればそのうち分かるよ。

【歯科医アストラル】
五月の陰陽交合いんようこうごう事件では、
陰界いんかいを漂う九龍城クーロンじょう陽界ようかいに現れ、
世界の秩序が崩壊しかけました。
陰界いんかい風水ふうすいの守りがなかった、
それが陰陽交合いんようこうごう事件の原因でした。
陽界ようかいから来た風水師ふうすいしが、
陰界いんかい風水ふうすいを起こし、
陰陽交合いんようこうごうは解消されたのです。
風水ふうすい神獣しんじゅうの見立てにより起きます。
五月には宿命を備えた人が、
見立てを受け神獣しんじゅうとなりました。

【着信 新山眞】
九龍城クーロンじょうという地名が聞こえました。
英吉利イギリスの植民地である香港ホンコンの市中に、
清朝の領地があります。
九龍城砦クーロンじょうさいと呼ばれる一角です。
将来、おそらく、そこに人が住み、
街区を形成するのでしょう――
今はまだ人もまばらな、
郊外地と言った感じの場所です。

中野なかの満洲里マンチュリ西街区〕

【電脳中心店員アストラル】
光明路コウミョウろ電脳中心でんのうちゅうしんで事故があった、きっと、その話だよね!
ガリギアスオンラインだよ――
韓国のピーコックゲームという、
ベンチャー系のゲーム会社が
そのゲームをサービスしているんだ。
ガリギアスというのは神秘の力さ。
それをあがめる人、求める人、
悪用しようとたくらむ一派――
ガリギアスをめぐ思惑おもわくのそれぞれで、
クエストが展開されるんだよ。
光明路コウミョウろで起きた事故だけど……
僕も同じ事故にったことがある。
ゲームの中に吸い込まれるのさ!
気付くとトスタリアの森にいるんだ。
そこは聖域でモンスターも出ない。
森の中に古い図書館がある――
手に入れた図書館のかぎによって、
入れる閲覧室が異なる仕組みだ。
僕が手に入れたかぎで入れたのは、
エリオットの書斎という閲覧室さ。
周りを書棚に囲まれた小部屋で、
革の洋書ばかりが並んでいたね。
閲覧室から出ようと扉を開けると、
どこか別の町に出た――
まるでワープしたみたいだった。
そこが一九三五年の東京だと
わかるまで、少し時間がかかった。
――だって、仕方ないだろう?
そこは東京の鍛冶橋かじばしという街だった。
僕はその街をしばらく歩いたんだ。
通りすがる人が不思議そうに見る――
理由はすぐにわかったよ。
僕が首から下げたヘッドホン、
それが珍しかったみたいなんだ。
陰界いんかい九龍城クーロンじょうは、
そんなふうに時空を超えて、
別な場所に繋がるようなんだ。

【リゾーム会員Pアストラル】
龍城りゅうじょう飯店に住んでいた小黒シャオヘイ
彼女の思念が過去の上海で、
双子のお姉さんの念と合一したんだ。
小黒シャオヘイは過去で神獣しんじゅうとして見立てられ、この陰界いんかい神獣しんじゅう龍脈りゅうみゃくが及んだ――
そういうことだよね?
でもせっかくのその神獣しんじゅう龍脈りゅうみゃく
どこかで途絶えているようなんだ。
小黒シャオヘイの見立ては一九二〇年だ――
ということは、それ以降に、
龍脈りゅうみゃくが途絶えてるってことだね。

【リゾーム会員Zアストラル】
小黒シャオヘイは自分の宿命を知っていて、
ファイアの日に姉と会えると――
納音なっちんで求める火属性の日のことです。
宿命の、ファイアの日ですが、
一九九七年五月二十二日は、
火の属性じゃなかったんです。
納音なっちんで割り出すと、その日は、
霹靂火へきれきかではなく海中金かいちゅうきんなんです。
つまり金の属性、ゴールドの日です。
一九二〇の五月二十二日も、
納音なっちんでは白鑞金はくろうきんですね――
やはりゴールドの日なんですよ。

【リゾーム会員Jアストラル】
シャ先生はファイアの日を、
クーロネットで調べたのです。
それが間違っていた――
シャ先生がアクセスした時、
すでにクーロネットはおかしかった。
ウィルスに感染していたようです。

【かつら屋アストラル】
ちょっとよろしいですか?
龍城飯店のバーテンダーがいます。
こちらへお願いします――

中野なかの満洲里マンチュリ南街区〕

【かつら屋アストラル】
そこにいるのが龍城飯店の
バーテンダー、リッチです。
【龍城飯店バーテンRアストラル】
小黒シャオヘイの奴だろ?
あいつ、行方不明の姉さんを探して、
この街に来たんだ。
しばらくホテルに住み込んで、
バーを手伝うなりしていた。
あいつは双子の姉さんと引き合い、
神獣朱雀しんじゅうすざくの見立てを受けるという、
とんでもない宿命を背負っていた。
宿命の日、それがファイアの日だ。
ファイアとは火属性の日のことだ。
姉さんが残した言葉、
ファイアの日に会える――
あいつはその言葉を守っていた。
あいつは自分の身の上に振りかかる、
運命がどんなものかは知らなかった。
陽界ようかいから来た風水師ふうすいしが歯車を回した。
だがな、神獣しんじゅうとして見立てを受ける肝心の日付が間違っていたんだ――その日は五月二十二日じゃない。
正しいファイアの日は、
小黒シャオヘイの向かった一九二〇年だと、
五月十六日、十七日だという。
だから、あいつの龍脈りゅうみゃく朱雀すざく龍脈りゅうみゃくがその後、途絶えた――
せっかく神獣しんじゅうになったのにな。

【窓男のアストラル】
おい、気を付けるんだ!
双子師ふたごし四天王がやってくるぞ!
【龍城飯店バーテンRアストラル】
あんた、奴らには歯向はむかうな!
勝てる相手じゃないぞ!

【双子師四天王のアストラル】
私は憎しみをかてとして強くなった。
怒り、恨み、さげすみ――
それらは皆、私の力の源泉げんせんだ。
裏切りとあざむきの極彩色ごくさいしきが、
私をひときわ輝かせるだろう。
さぁ、君のうちに秘める、
その黒黒としたものを晒すがいい。
君の怒りは、
君自身がもてあそぶまやかしによって、
その力を失っている。
真の君と向き合えないのは、
残念至極だな!

《バトル》

【双子師四天王のアストラル】
自分に打ち勝ったつもりか、
喪神もがみ風魔ふうま――

【超級風水師AWアストラル】
私の本体は、まだあの薄暗い病室に
あるのだな――
光明路コウミョウろのあの医院の狭い部屋――
私はもう二度と目覚めないのか。
それならそれでよい。
目覚めれば世界の苦悩を負うだろう。
眠ったまま生きていくとしよう。
さて、龍脈りゅうみゃくを起こすのだな?
バーナードがしたように。
そのために君が来たのだろう。
ここ九龍クーロンフロントにはびこる邪気じゃき
それらをすべて陽界ようかいに流すぞ。
それでいいな?
強い邪気じゃきの流れが生まれるだろう。
後は君にまかせることにしよう。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、聞こえますか?
強いセヒラが流れ出ています。
セヒラは憲兵隊本部に――
憲兵隊本部に流れ込んでいます!!
一ツ橋の憲兵隊本部です。
――芽府めふ須斗夫すとおのいる場所です。

〔溜池通〕

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし……
今、帝都にいるんですか?
帝都満洲の巡視パトロール
やはり時間が経過しています。
ゲートをくぐってから四日も経ちます。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん……
すごく時間が経って、心配しました。
【新山眞】
帝都満洲に未来の時空が繋がり、
それがために時間がずれた……
どうもそのようですな。
【喪神梨央】
兄さんが帝都満洲に出かけたのは、
四日前なんです――
こちらでは四日経ったんです。
【新山眞】
向こうでは四倍、時間が遅くなる――
それが帝都満洲全域のことなのか、
まだわかっていません。
風水師ふうすいしが気脈を起こして、
強いセヒラが生じました。
今日未明のことです――
【喪神梨央】
兄さんにしてみると、
ついさっきだったのでは?
強いセヒラ、今は収まって、
特に怪人騒動の通報もありません。
【新山眞】
そろそろ芽府めふ須斗夫すとおが、
次の予言を語る頃でしょう。
この件かはわかりませんが、
弟に呼び出されていまして――
これから銀座に向かいます。
予言のことでしたら、
まだ記事にしないようくぎを差します。
それではこれで――
【喪神梨央】
さっきの九龍クーロン
本当に未来なんでしょうか……
でもちょっとワクワクしました!
ネット、オンライン、ゲーム……
想像するしかないですね。
ヘッドホンを着けて歩くって――
無線機に繋いだのでしょうか?
私もやってみようかな!

その夜遅くに式部しきべから電話があった。芽府めふ須斗夫すとおは第7の予言を語ったのだ。ただ、それは全文ではないという――
ヒククアケ――
式部はその言葉の意味がわからないと嘆く。また何か他に言葉が続くはずだとも。

第七章 第十三話 蠢動

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
あっ、兄さん――
兄さんが帝都満洲に行く度に、
時間が少しずつ遅れているとすると、
兄さんの一日が、
私たちの何日にもなってしまう……
新山にいやまさんが危惧きぐされていました。
そうなると、
私たち、どんどん歳を取る、
そうじゃありません?
【帆村魯公】
おう、風魔ふうま
ホテルに佐古田さこた氏がおいでだ。
三崎みさきの銀行で頭取やってる人だ。
【喪神梨央】
山郷やまごう……さんの……
右腕だった人ですね。
エレミヤ佐古田さこた――
【帆村魯公】
山郷やまごうにさん付けは不要だ、梨央りお
佐古田さこた氏は山郷やまごうの計略を阻害そがいし、
N計画の保全に一役買っている。
【喪神梨央】
牛頭ごず機構、最近、動きがありません。
むしろ不気味なんですが――
【帆村魯公】
山郷やまごうが満洲から指示を送っている、
そう考えるのが常だな。
佐古田さこた氏に会ってきてくれ。
氏はホテルロビーだ。

〔山王ホテルロビー〕

【エレミヤ佐古田】
喪神もがみさん!
ちょうどよかったです。
今、是枝これえだ咲世子さよこさんを待ちます。
近く、中条忍なかじょうしのぶさん、
大連ダイレンへ戻ることになると、
そう連絡ありました。
満蒙の大地に猶太ユダヤ人の入植、
愈々いよいよその大計画が動き出すのですね。
【是枝咲世子】
喪神さん――
皆さんは、お変わりありませんか?
佐古田さこたさん、
話しておきたいこととは、
どのようなことですか?
【エレミヤ佐古田】
牛頭ごず機構の山郷やまごうですが、
彼は猶太ユダヤの失われた支族しぞく末裔まつえいを、
懸命になって探しています――
今、私の仕込んだ情報を頼りに、
山郷やまごうは満洲の新京シンキョウにいます――
【是枝咲世子】
N計画で入植する猶太ユダヤ人の中に、
失われた支族しぞく末裔まつえいが含まれている、
彼はそう目論もくろんだのですか?
【エレミヤ佐古田】
山郷やまごうの目的はN計画の乗っ取りです。
計画の基礎は新京しんきょうにあると、
そう仕向けたのです。
さらに仰るようなことも、
匂わせておきました。
【是枝咲世子】
それじゃ霊異りょういを現す末裔まつえいが、
新京しんきょうで彼の手中に落ちることも?
【エレミヤ佐古田】
十の支族しぞくは世界中に散らばりました。
だから、末裔まつえいが満洲に行く可能性、
まったくゼロではありません。
【是枝咲世子】
でも、違うのですか?
【エレミヤ佐古田】
すでにこの日本にマナセ一族の末裔まつえい
いることがわかっています。
山郷やまごうの親戚です――
【着信 喪神梨央】
鈴代すずよさんのことですね。
以前、ユリアさんに、
打ち明けていましたね。

【是枝咲世子】
――如月きさらぎ鈴代すずよさんですね?
父からうかがっていました。
虹人こうじんさんからも……
【エレミヤ佐古田】
支族しぞくに伝わるとされる霊異りょういなす力、
それは女性にのみ受け継がれます。
マナセ一族については、
鈴代さんのお祖母ばぁさんの代で、
途絶とだえているのです。
【是枝咲世子】
それでは……
まだ他に、支族しぞく末裔まつえいがいると?
この日本に……そうなんですね?
【エレミヤ佐古田】
ええ、お伝えしたかったのは、
そのことです。
手がかりはさほどありませんが――
京橋区に志恩しおん会という会があり、
山郷やまごうとは別経路で末裔まつえいを探します。
【是枝咲世子】
お続けになって――
【エレミヤ佐古田】
如月鈴代さんとは別の家系の、
マナセ一族が日本にいるのです。

エレミヤは、6世紀中頃に、朝鮮半島より渡来したマナセ一族が、日本で系譜けいふを継いでいることを話した。マナセ一族に関しては志恩しおん会が調査している。もう一つのマナセの系譜けいふについては、山郷やまごうはまったく認知していないとのことだった。

【是枝咲世子】
見つかっていないマナセ一族のすえ――その現す霊異りょういというのは、
一体、どんな力なのでしょうか?
【エレミヤ佐古田】
ちし明星みょうじょう堕天使だてんしルシファーを、
召喚できるほどの能力です。
かなう相手はいないでしょう――
私、これから志恩しおん会に向かいます。
何でも哈爾浜ハルピンから荷物が着いたと。
哈爾浜ハルピン軍政署からだそうです。
山郷やまごうに関することかも知れません。
それでは、咲世子さよこさん、
喪神さん、これで失礼します。

〔山王ホテルロビー〕

景明ケイメイ
やはりおいででしたか――
今、ホテル玄関で、
エレミヤさんに会いました。
第百六十三銀行の副頭取ですね。あの方は上海軍閥シャンハイぐんばつと繋がっています。
いえ、私は彼とは面識めんしきがありません。
新聞で何度か拝見した程度です。
初めまして、景明けいめいと申します。
外地ではリー景明チンミンです――
【是枝咲世子】
リー……チンミン……
父が申していた方ですね。
確か満鉄の――調査部の――
景明ケイメイ
もしや、あなたは是枝これえだ大佐の?
――そうでしたか、お父上は日本に?
【是枝咲世子】
ええ、おります。
もうじき、独逸ドイツへ戻ります。
景明ケイメイ
ナチのフォス大佐のお宅訪問は、
もう済みましたか?
【是枝咲世子】
よくご存知ですね。
フォス大佐はおいでになりました。
父とは昵懇じっこんの間柄です――
さん……満鉄ではナチの動向、
どこまで掴んでおいでですか?
景明ケイメイ
独逸ドイツは両面攻撃を企図しています。
西へ英仏、東へ露西亜ロシア――
欧州は世界戦争の余儀よぎなしです。
【是枝咲世子】
やはりそうなのですね。
父の取り越し苦労ではなかった……
景明ケイメイ
ナチは羅馬ローマ帝国、神聖羅馬ローマに次ぐ、
第三帝国建設を妄想しています。
その中に露西亜ロシアも含まれるのだと。
そんなナチも一枚岩ではなく、
方々にひび割れを認めます。
来日中のフォス大佐もそうです。
【是枝咲世子】
そのフォス大佐ですが、北満に、
妙に執着されているようですが……
何があるのですか、北満に?
景明ケイメイ
北満ではなく、もっと西です。
新疆シンキョウ省の省都烏魯木斉ウルムチの付近に、
桃源郷とうげんきょうが発見されたのです。
【是枝咲世子】
興亜こうあ日報にあった記事ですわ!
でも大佐が宅においでのとき、
まだ記事は出ていませんでしたわ。
景明ケイメイ
記事によって大佐の情熱に、
火が着いたのではないでしょうか。
【是枝咲世子】
かねてより大佐は北満を含む、
欧亜ユーラシア大陸全域を第四帝国にする、
そう語っておいででした――
景明ケイメイ
烏魯木斉ウルムチ桃源郷とうげんきょうがあれば、
そこを中心として発展するでしょう。
さだめし立派な帝国が出来るでしょう。
【是枝咲世子】
――さん……
桃源郷とうげんきょうなんて、本当なのですか?
私、にわかには信じられません。
景明ケイメイ
新聞の言うことです、真実でしょう。
そう思うことです――
【是枝咲世子】
さん……作り話ですね?
フォス大佐を試す……
そうじゃありませんこと?
景明ケイメイ
ナチ将校をだますなんてできません。
――咲世子さよこさん、中条なかじょうさんは、
まだお宅においでですか?
【是枝咲世子】
ええ、いらっしゃいます。
もう大連ダイレンに戻られるそうですが――
さんは、外地へのご予定は?
景明ケイメイ
私は鮮鉄の京城ケイジョウに用があります。
釜山プサンから朝鮮に入る予定です。
【是枝咲世子】
では、ぜひ、しのぶさんを、
エスコートお願いします。
京城ケイジョウまでで構いませんので。
彼女、以前、怪人にされかけて、
それで用心深くなっています。
お願いします――
景明ケイメイ
わかりました。
今日はお会いできて幸いです。
後日、是枝これえだ家に電報打ちます。
喪神さん、ありがとうございました。
また連絡を取り合いましょう。
【是枝咲世子】
喪神さん……
こうさん……いえ、虹人こうじんさん、
恙無つつがなくお過ごしですか?
虹人さんは複雑で繊細、
それでいてはがねの強さをお持ちです。
虹人さん、おっしゃっていました――
小説を書く時の僕は僕じゃなくなる。
実際の虹人さんを知っていれば、
その言葉、わかる気もします。
秋宮あきみや、休載して久しいですが、
以前の連載分、お見せしますね。
それでは、喪神さん、
またよろしくしてください。

咲世子さよこを見送ってすぐ、梨央りおから着信があり、清水谷しみずだに公園でセヒラを観測したという。ホムンクルスの波形も現れたようだ。

〔清水谷公園〕

【着信 喪神梨央】
そういえば……
今日、清水谷しみずだに公園で猟奇人の会が
開かれるとか……そんな話です。
兄さんにはそんな猟奇趣味、
ないですよね?
――あったら、困ります!
猟奇りょうきグラフ社社員】
おっと、まさか特高じゃ……
えへへ、違いますよね?
ニィさんはそんなんじゃない。
そんな目で見ないでくださいよ。
もうね、お開きです、集まりは。
猟奇人の面々は吉原よしわらの方へ……
もうここにはほとんどいないはず――
さ、私もおいとまします。
【猟奇学生】
フフフ、ボクにはね、わかるんだ。
ほら、あすこ、あの男……
絶対に猟奇的だね。
見た目は普通だけどさ、
家にはきっとろう人形の許婚フィアンセがいる、
そうに違いないよ。
蝋の許婚フィアンセはね、
マーガレットって名前なんだよ。
呼ぶときゃメグってね!
【レーベンクラフト八二二】
邪悪ベーゼ! 邪悪ベーゼ! 民族フォルク! 
【着信 喪神梨央】
ホムンクルスの波形、確認。
――でもセヒラは弱いままです。
交戦の意図は……ありそうです!!

《バトル》

【レーベンクラフト八二二】
十字架クロイツ……十字架クロイツ……
凍るフリーレン――
【着信 喪神梨央もがみりお
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
豊川稲荷いなり方面でセヒラ観測です。
またホムンクルスのようです。

豊川とよかわ稲荷いなり前〕

【猟奇好きのサラリーマン】
いやね、どうも様子のおかしな人が
この通りにいるんです――
我々、猟奇人をはるかに超すような
そういうおかしな人が。
【猟奇好きの若旦那】
私ゃね、切支丹坂きりしたんざかでね、
雨の夜にぼんぼりを見たんだ。
宙に浮かぶぼんぼりだよ――
爾来じらいね、怪異のとりこになったんだよ。
さっき通りかかったのもね、
きっと怪異の一つだよ。

【レーベンクラフト六八〇】
――破壊!ツェアシュテールング……
――破壊!ツェアシュテールング……
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ急上昇です!
――波形は怪人です!!
【レーベンクラフト六八〇】
ドゥンケル
トート! トート
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、依然いぜん高いままです!

たっとばれし使徒Ωオメガ師】
妙な独逸ドイツ語を話すのは、
どうやら人造怪人のようですね。
連中、我々を恐れています――
何の恐れることがあるでしょう?
――私たちは求道者なのですよ。
道をふさぐもの、たとえ公務でも、
この私が退けますからね!!

《バトル》

たっとばれし使徒Ωオメガ師】
あなた方は……可愛そうです――
残念な人生ですね――
色のない人生ですね!

黒頭巾の人物が何かを落とした。風魔は拾い上げる――
それは1枚の便箋びんせんだった。猟奇倶楽部クラブの紋章が箔押はくおしされている。しかし便箋びんせんは白紙だった。

【着信 喪神梨央】
一旦、帰還してください。

一旦帰還という歯切れの悪いのは、まだセヒラを観測するからだという。セヒラは鍛冶橋かじばし界隈かいわいに観測するとのこと、黒頭巾の男が落とした便箋びんせんを預け、風魔は公務電車で鍛冶橋かじばしへと向かった。

鍛冶橋かじばし

【着信 喪神梨央】
鍛冶橋かじばし界隈かいわい、セヒラ上昇中です。
志恩しおん会のある日支にっしビルヂング近辺……
志恩しおん会には、
エレミヤ佐古田さこたさんが向かわれ――
今もおいでじゃないでしょうか?

【オフィスガール】
異人いじんさんみたいな顔の人でしたわ。
なかなかの男前さんですわ……
ふふふ、ついよこ恋慕れんぼしちゃいそう!

【呉服屋の店員】
今さっきの人……三崎みさきの方の……
――確か銀行の偉いさんですよ。
第百六十三銀行だったはずですな……

【経理係の男】
今すれ違った人だけど
新聞で記事読みましたよ……
第百六十銀行の頭取とうどりさんですよ!

【エレミヤ佐古田】
騒動を起こしている怪人は
おそらく囚人しゅうじんどもです。単純悪です。
――日支にっしビルを取り囲んでいます!
あああ、来ました! 奴らです!
私は……ああ、私が!!
わ、わ、わ……あああああぁ~
【えれみやさこた】
あわわわわ~
はぁはぁはぁ……
コロス、I KILL YOU!

ALL WORK ANDしごとばかりで
NO PLAYあそばない
MAKESだから JAREMIAHエレミヤ
AN EVIL BOYわるいこになった
ALL WORK ANDしごとばかりで
NO PLAYあそばない
MAKESだから JAREMIAHエレミヤ
AN EVIL BOYわるいこになった

《バトル》

【???】
……私を……どうか私を……
出してください……
この暗い部屋セルから……プリーズです!

ADIOS――
……サヨナラ……
FUMA SAN!

それはまたもや割れたアンプルだった。中条忍なかじょうしのぶを怪人化させたアンプルと同じである。出処でどころ哈爾浜ハルピン軍政署ということだが――

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし――
すべて終わりました、
本部へ帰還してください。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
お帰りなさい、兄さん――
【帆村魯公】
あのセヒラアンプルの出処でどころ
なんとか突き止めたいものだ。
哈爾浜ハルピン軍政署というが――
【喪神梨央】
軍政署って、今もあるんですか?
【帆村魯公】
それはあり得ないな。
明治末に民政に置き換わっている。
何者かが勝手に名乗っておるようだ。
それで、梨央りお――
佐古田さこた氏はどうなったんじゃ?
【喪神梨央】
おそらく……アストラルになった、
そう考えられます。
帝都満洲においでかと。
ずっと波形が残っていますから。
【帆村魯公】
セヒラアンプルの調査は、
飯倉いいくら技研に頼もう。
どこまでわかるか、だがな――
【喪神梨央】
兄さんが拾った便箋びんせん
黒頭巾の男が落としたやつ――
途中報告があります。
【帆村魯公】
何か出たか?
【喪神梨央】
塩化コバルトインキで印刷されていました。文字はあぶしになっています。
今、慎重に作業中です。
【帆村魯公】
わかった。
わしは諸々を参謀本部に相談する。
――ちょっと出るぞ。

参謀本部は哈爾浜ハルピン軍政署についての調査、関東軍への依頼を躊躇ちゅうちょした。情報の漏洩ろうえい危惧きぐしたのである。