ドッペルゲンガー

〔山王機関本部〕

【帆村魯公】
ああ、なげかわしや!
最近の風俗は乱れきっとる!
よりによって梨央まで――
梨央、浅草六区ろっくにいたそうだ。
歩一ほいちの連中が目ざとく見つけてな。
さしずめ活動写真なんじゃないか!
山王機関の通信士たるもの
活動キネマにうつつを抜かすなど……
あああ、実に嘆かわしい!
【如月鈴代】
あら、魯公ろこう先生、浮かないお顔で……
どうかされたんですか?
【帆村魯公】
梨央がな、任務を軽んじて
活動キネマに夢中らしいのだ。
浅草六区におったと――
【如月鈴代】
あら、それは何かの間違いですわ。
梨央ちゃんなら私と一緒でしたよ。
山王ホテルの喫茶室におりました。
【喪神梨央】
そうですよ、隊長。
鈴代さんとアールグレイ茶を……
【帆村魯公】
――なるほどだな……
何か臭うな……歩一の兵何人もが
六区で梨央を見たと言う。
【喪神梨央】
そんな……
私はずっと――
【帆村魯公】
風魔よ! ちょっと浅草を、
様子を見てきてくれないか。
梨央、君は浅草界隈の
セヒラを計測してくれ。
【喪神梨央】
了解しました!
――兄さん、活動キネマは後回しですよ!
【如月鈴代】
もう一人の梨央が現れたとか
そういうことなんでしょうか?
【帆村魯公】
わからん。わからんが、今の帝都、
何が起きても不思議ではない。
用心するんだぞ、風魔!

〔浅草六区〕

公務電車を走らせ、一路浅草へ。浅草六区は映画館や劇場が立ち並び帝都きっての賑わいを見せていた。

【泰南洋行の社員】
いやぁ、今度の映画は楽しみです。
なんたって、満映の二大女優共演!
麻美マーメイ蘭暁梅ラン・シャオメイ林黛玉リン・タイギョク薛宝釵セツ・ホウサ
――素晴らしいじゃないか、君!
【磯村家の令嬢】
憧れですわ、満鉄映画社の女優……
今度の封切りで来日するんですって。
二大スタアが揃って
この浅草で舞台挨拶だそうよ――
んもぅ絶対来なくちゃ!
【甘味処今木の主人】
紅楼夢こうろうむのかかる映画館だけどね、
あすこの支配人、万丈左門ばんじょうさもんなんだよ。
ほら、元聖林ハリウッドのスタァだよ!
サモン・バンジョーならどうだい?
ダークメモリーって探偵映画の
マイクヤマギタ役が有名じゃないか!
【永楽堂のいとはん】
えらいぎょうさんの人ですなぁ。
そやさかい、佐助とはぐれてもうて、――わて不案内やし往生おうじょうするわぁ~
【淑明女学院の女学生】
病弱でどこか影のある女性……
林黛玉リン・タイギョクに惹かれますわ、私。
――あら、紅楼夢こうろうむの話よ。
【山種家の書生】
恋をするなら林黛玉リン・タイギョク
妻にするなら薛宝釵セツ・ホウサってね。
僕は良妻賢母型の薛宝釵セツ・ホウサがいいね!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士すいし
浅草界隈、セヒラ反応ありです。
場所は……仲見世……いや……!
兄さん!
すぐ側です! 発生源が、近い!

【???】
……

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし、異常ありませんか?
いつもとは違う反応が出ています。
【着信 帆村魯公】
気を付けるんだ、風魔!
いつもの怪人とは違う何かだぞ!

【???】
……

浅草六区にいる風魔の前に、喪神梨央がひょっこりと姿を見せて――
しかしは風魔を認めてはいないようだ。その固まった表情に梨央らしさはない。どうやらこれはのようである。

《バトル》

【着信 帆村魯公】
風魔よ、それは怪人ではないな!
信号を総合すると……それは梨央りおだ!
なぜ、どうして……梨央りおが!
【着信 喪神梨央】
兄さん! 私はここにいます。
山王機関の通信室で隊長と一緒です。
惑わされないでください!

もう一人の廓清かくせいされたようだ。

【着信 喪神梨央】
兄さん、セヒラ反応が消えました。
――でも……
今度はセルパン堂で――
【着信 帆村魯公】
セルパン堂から電話があってな。
風魔、が店前にいる、
四谷で何か事件なのと問う――
それでわかったぞ。
分身だ、お前たちの分身が出たんだ。
風魔よ、セルパン堂に急いでくれ!

〔セルパン堂前〕

【周防彩女】
やはりです。先ほど梨央さんから
お電話頂きましたの。
私の見たのは喪神もがみさんの分身……
――で合っていますか?
今、彩女あやめの前においでなのが
本物の喪神もがみ風魔ふうまさん、ですよね?
何だか彩女、混乱してきました――
【満洲栄華大学の学生】
神洲大八島しんしゅうおおやしまか……
よく言ったものだね。
茫洋ぼうようたる満蒙まんもうの大地からすると
はなはだちっぽけな――
うん? あなた、さっきの人……
――同一人物なのか?

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
すぐ近くにセヒラ反応です!

【???】
……

風魔はもう一人のと対峙していた。風魔自身の分身が現れたのである。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
かなり強いセヒラです!
【着信 帆村魯公】
そいつは、お前ではない!
お前ではない! お前ではないぞ!

【???】
――

《バトル》

【着信 喪神梨央】
兄さん……
兄さん! 兄さん!
――兄さんには兄さんって呼ぶの。
よかった!
兄さん、大丈夫よね?
セヒラ反応、消えました。

〔セルパン堂〕

【周防彩女】
喪神もがみ風魔ふうまさんに喪神もがみ風魔ふうまさん……
――まるであわせ鏡のよう……
そうじゃありません?
【式部丞】
彩女あやめ君はいたく興味を持っているね。
気に入りましたか?
【周防彩女】
彩女もときどき……
もう一人の自分がいるように
思う時がありますの。
【式部丞】
喪神さん、この現象、いささか
ユニークですね。誠に――
これは独逸ドイツ語でドッペルゲンガー。
まぁ分身たんです。
分身は本人にゆかりのある場所に現れる。
――喪神さんはこのセルパン堂に
何か思いをお持ちなんでしょうか?
【着信 帆村魯公】
風魔! 悪い、すぐ戻ってくれ。
梨央が……

〔山王機関本部〕

【帆村魯公】
梨央はショックだったみたいだが、
もう大丈夫だろう。
気丈な子だ。
【新山眞】
いやしかし、不思議な現象です。
これもおそらくはセヒラの仕業しわざ――
時空のゆがみのような現象が、
起きていつのかも知れませんね。

新山眞――
陸軍飯倉技術研究所の軍属技師である。セヒラを電気的に扱う技術を確立した。

【帆村魯公】
式部氏はドッペルゲンガーだと、
そう言っておったぞ。
【新山眞】
はい、その分身現象自体は、
前世紀末から報告があります。
【帆村魯公】
新山君はただセヒラに触れて、
分身が現れたわけではないと、
そうお考えかな?
【新山眞】
セヒラが原因なのは確かでしょう。
ただ、裏に何か絡繰からくりがある――
そう思えるのです。
【帆村魯公】
どんな絡繰りですかな?
【新山眞】
例えば世界が複数あるとか――
普段は絶対に出会わない世界が、
セヒラのせいで図らずも――

帝都の瘴気しょうきというべきセヒラ――
それを電気的に究明する新山でさえ、ドッペルゲンガーは初めての体験だった。強いセヒラは人智を越す現象をもたらす。セヒラは人の心ばかりか、世界のようにも影響を与えているようだ。

鈴代の決意

けたたましい警報が鳴り響いていた。それは何かおぞましいものの到来とうらいを告げるかのようであった。

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
兄さん!
異常なセヒラを観測しました!!
――見たことのない値です。
帆村ほむら魯公ろこう
何だったんだ、今の警報は?
喪神もがみ梨央りお
セヒラです、異常なセヒラです。
値がとても大きくて!
変動もすごくて!
帆村ほむら魯公ろこう
わかった、わかった、梨央りお
それで、まだあるのか?
その、異常なセヒラは。
喪神もがみ梨央りお
いえ、今は観測していません。
でも――

新山眞にいやままこと
失礼します、
飯倉技研いいくらぎけん新山にいやまです。
帆村ほむら魯公ろこう
ちょうどよかった……
今しがた、セヒラの異常を観測した。
――何があったんだ?
新山眞にいやままこと
もしかすると……
博士が――
しでかしたかもです。
帆村ほむら魯公ろこう
博士?
――銀河ぎんがゼットー博士がかな?
新山眞にいやままこと
ええ、そうです。
以前、博士からわれたんです。
――ある装置をこしらえるので、
新山眞にいやままこと
霊式れいしきヘテロヂンの理論が知りたいと。
波形合成の理論と解法を求められ、
私の研究ちょうをお渡ししました。
喪神もがみ梨央りお
それって、セヒラに関係する、
そういうたぐいの装置ですか?
新山眞にいやままこと
どうも、そのようです。
何でも画期的な装置だそうです。
それが作動して異常なセヒラを――

喪神もがみ梨央りお
兄さん、その博士から、
是非とも調整室に来て欲しいと。
――何があるんでしょうか……

〔山王機関魔課調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
いやぁ~来たかね、君!!
驚天動地きょうてんどうちの大発明が完成したのだ!
世紀の、まさに世紀の大発明っ!!
落ち着くんだ、君!
ここにらせしは~
――夢玄器むげんきなりぃぃぃ~!

不可思議な眼鏡のような物が、銀河ゼットー発明による夢玄器むげんきであった。夢玄器むげんきは何かと繋がっているようである――

銀河ぎんがゼットー】
おーほほっ!
そうだ、夢玄器むげんき!!
大完成した我が夢玄器むげんきである。
こいつはアラヤ界の思念を吸い出し、
仮想的劇的空間を作り出す装置マシーンだ。
その空間を夢玄域むげんいきと呼ぶことにする。
先程、ボクも夢玄器むげんきを着けて、
夢玄域むげんいきに入ってみたんだ――
見えたよ……いや、ボクは訪れたんだ。
我が故郷……我が父、銀河Y太郎わいたろう
ボクは尋常小学校五年生だった……
あの夏の日、蒼天そうてん下の八月一日、
我家の木戸に父とペンキを塗った……
脳天を刺す日射熱を今も感じる。
数年後、父は実験でウランに被爆した――
さてだ、君も出かけたいだろう?
早速、こいつを着けて夢玄域へむげんいき!!
よぅし、準備はいいな、勿論もちろん!!
夢玄器むげんきを着け、君が行くのは、
愛と妄想に溢れる夢玄域むげんいき!!

〔夢玄域〕

皇紀2592年、昭和7年3月――
如月きさらぎ鈴代すずよはある決意を胸に、
帆村ほむら魯公ろこうもとを訪れていた。

如月きさらぎ鈴代すずよ
先日のことです……
銀座を歩いていて、一人の学生さんと
すれ違ったのです――
すれ違いざま、その人は振り返り、
ものすごい形相で
私をにらみつけました――
その人は気付いていたのです……
私の霊異りょういすことに――
あるいは想像したのかも知れません。
私のを呼ぶさまを――
帆村ほむら魯公ろこう
その学生は、おそらくを呼ぶ者。
流派にない者でもを呼ぶ例が、
どうやら増えてきておる――
如月きさらぎ鈴代すずよ
にらまれた私は何もできませんでした。
ただ、その場に立ちすくみ、
身を硬くするばかりでした。
――その時、悟ったのです。
もう私には霊異りょういは現れないと。
東雲流を守るほどの霊異りょういは――
先生、東雲しののめの流派を閉じようと……
これ以上、こだわっていても、
良い方向に向かうとは思えません。
帆村ほむら魯公ろこう
うむ……
鈴代さん、お前さんがそう思うのなら
そのようにすれば良い。
東雲流帰神法しののめりゅうきしんほう、わしが受け継ぐ。
お前さんが流派に戻りたければ、
いつでも戻れば良い。
如月きさらぎ鈴代すずよ
心強いお申し出、感謝します――
帆村ほむら魯公ろこう
ちょうど軍の方からも話があって、
帰神きしん法の流派をまとめてくれと。
そう頼まれておったところだ。
軍は軍で調査をしておったという。
わしら審神者さにわ帥士すいしと呼ばれておる。
ひきいる士官ということだな――
ただ流派を閉じるにしても、
一朝一夕いっちょういっせきには運ばないぞ。
しばらくは協力してもらうことになるな。
如月きさらぎ鈴代すずよ
勿論もちろん、協力は惜しみません。
帆村流帰神法ほむらりゅうきしんほうとしてお整えください。
帆村ほむら魯公ろこう
風魔ふうまの奴もめきめきと、
上達しておるからな!
如月きさらぎ鈴代すずよ
そうですわね。
とても頼もしく存じます。

年初に帝大のつた博士がセヒラを同定。並び発表されたに関する論文により、陸軍参謀本部では特務機関の設置を決めた。
喪神もがみ風魔ふうま、20歳――
陸軍士官学校予科の卒業を目前にしていた。卒業後は、本科進学に先立ち伍長ごちょうに任官する。

夢玄域むげんいき近代的モダンなビルヂングが現れた。それは東京新宿にある東洋ホテルだった。
一室人8えんの高級ホテルである。

麻美マーメイ
ここは新宿の東洋ホテルですね。
界隈かいわいきっての高級ホテルです。
外国人も多く利用しています。
実はこのホテル、鈴代さんの叔父おじ
山郷やまごう武揚ぶよう常宿じょうやどなのです。
山郷やまごう武揚ぶようは山梨から上京する毎に、
この東洋ホテルに投宿とうしゅくします。
彼は鈴代さんが流派を閉じることを、
良くは思っていません。
今、彼の思念が強く働いています――
ゆかりのある人の思念が、
縁のある場所を出現させるのです。
怪人もその場所に由来しています。
ホテルならホテルの従業員、
あるいは宿泊客もいるはずです。
残留思念から怪人が生まれるのです。
それでは慎重に取り組んでください。
期限が来ると思念はすべて
消えてしまいます――

《バトル》

山郷やまごう武揚ぶよう
あろうことか、鈴代すずよによって、
我が東雲しののめ流が閉じられようと――
そのような擅断せんだん、私はゆるさない!
研鑽けんさんを積めば、
いくらでも霊異りょういは得られるのだ。
おい、小森こもり
お前は荒木町あらきちょうの酒屋として、
如月きさらぎ家に用聞きをしているな?
小森こもり時夫ときお
――はい……
山郷やまごう武揚ぶよう
お前にも力を授けよう。
その代わり、如月きさらぎ家のこと、
細大漏らさず伝えるのだ。
小森こもり時夫ときお
承知しました。
おおせの通りに。

〔山王機関魔課調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
むむむむむ――
君はすこぶる安定しておったな!!
――反してボクはダメだった……
夏空が真っ黒になり、父が消え、
世界の像がいちじるしーく乱れてしまい、
気付くとここに戻っていた――

君の場合は大丈夫なようだな!
君の働きに恐れをなしたか、
夢玄域むげんいきが観測できなくなった!
そうだよ、夢玄域むげんいきが消滅したんだ!
次に夢玄域むげんいきが現れたら、
赤札あかふだ特務を申請しておくぞ。
ひとまずゆっくりしてくれ!

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
博士の発明、何かすごいですね。
あの異常なセヒラは夢玄器むげんき
せいだったんですね!
帆村ほむら魯公ろこう
アラヤ界から思念を集めて
ひとつの空間が仮想に再現された……
不思議な事もあるもんだ。
ゼットー博士は、同様の仕組みで、
も作られているのではと、
考えているようだな。
喪神もがみ梨央りお
じゃ、夢玄器むげんきのようなもの、
他にまだあるんですね?
帆村ほむら魯公ろこう
帥士すいしの前にを現すのだ、
夢玄器むげんきとはまた異なる原理だろうな。

銀河ゼットーがひらいた仮想の世界、夢玄域むげんいき。そこでは人々の思念が形を成していた。まるで心のうちを見かすかのようである。

霊異の発現

〔調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
再び我が夢玄器むげんきを試すのだな!
よぅし! 準備はいいな、勿論もちろん!!
さぁ、夢玄器むげんきを着けるのだ!!

〔思念空間〕

九頭くず幸則ゆきのり尋常じんじょう小学校時代を思い出していた。
鈴代すずよ、九頭、それに風魔ふうまが通ったのは、四谷塩町よつやしおまち尋常小学校であった。

九頭くず幸則ゆきのり
あれは確か尋常五年の夏だった。
鈴代と風魔と三人で、
成子富士なるこふじに登ったんだ――
四谷の塩町から十一番の市電で新宿へ、
そこからは歩いて行った。
成子なるこ天神の境内を抜けると、
新宿近辺でも結構な富士塚がある。
俺たちは息せき切って登ったよ。

すると頂上に着物姿の男が――
今思うとあれは十二社じゅうにそう幇間ほうかんだな。
物凄く陰気臭い感じの男だ。
そいつ、急に頓狂とんきょうな声上げて、
俺達に向かってきたんだ!
おっかなかったよ……

つかまると思って観念した時、
鈴代が男の前に立ち塞がった。
その刹那せつな、男はぶっ倒れた――
鈴代は何もしちゃいない……
それに……妙なことに、
風魔がガタガタ震えだした――
あの時が最初かな……
風魔に霊力が備わったのは。
――俺はそんな気がしてるよ。

〔四谷塩町尋常小学校〕

夢玄域むげんいきに現れたのは尋常じんじょう小学校の校舎だった。
風魔たちが通った四谷塩町よつやしおまち尋常小学校である。

麻美マーメイ
ここは三人が通った小学校ですね。
学校には沢山の思い出があるから、
それだけ残留思念も多くある――
そう考えられています。
訓導くんどう、つまり先生が怪人化している、
そう予想できます。

《バトル》

〔思念空間〕

如月きさらぎ鈴代すずよ
風魔ふうまさんに霊異りょういが現れたのは、
たしか尋常じんじょう小学校五年の時……
お日様の照りつける、
何もかもが真っ白に見えた夏の日、
富士塚の上ででした……

あの時、私は意識をなくした……
私の代わりに風魔さんが、
襲ってきた男を倒したのです。

小学校入学前から、
魯公ろこう先生の道場を遊び場にしていた、
風魔さんだからこそ――
あの日以来、私は歩むべきみちから、
れてしまったのかも知れません。
でも、それがことわりではないでしょうか?

伊豆の想い出

〔調整室〕

銀河ぎんがゼットー】
再び我が夢玄器むげんきを試すのだな!
よぅし! 準備はいいな、勿論もちろん!!
さぁ、夢玄器むげんきを着けるのだ!!

〔思念空間〕

梨央りおは、姉淑子としこを伊豆に見舞った時のことを、思い出していた。
淑子としこは肺病で修善寺しゅぜんじのサナトリウムにいた。

喪神もがみ梨央りお
朝、八時一〇分東京発の沼津行き、
それが私たちの乗った電車です。
秋晴れの朝でした――
汽車の煙が真っ直ぐ上っていました。
私が尋常じんじょう五年の時です。

電車は三島に一〇時一〇分に着き、
三島から駿豆すんず鉄道に乗り換え、
修善寺しゅぜんじに着いたのはお昼前でした。

――姉さんとは久しぶりだったから、
色んな話をしました。
先生は病気は亢進こうしんしたと言いましたが姉さんは元気そうでした。

でも、姉さんはオウルグリルのこと、
すっかり忘れていたんです。
三人で通った溜池通ためいけどおりの洋食屋さん……

思念空間が白く輝き、梨央の姿をかき消したが、程なく元の状態に戻った。

喪神もがみ梨央りお
伊豆から戻った次の日、
私、確信したんです――
サナトリウムで会ったのは、
淑子としこ姉さんじゃないって。
誰か別人だって――
姉さんの左手の甲には
小さな黒子ほくろがあるんです。
でも、あの人にはありませんでした。

〔東京駅〕

夢玄域には東京駅が姿を見せた。鉄道が好きな喪神梨央の思念から繋がった。

麻美マーメイ
ここは省線の東京駅ですね。
梨央ちゃんは鉄道が好きなんですね。
満鉄のこともよくご存知です――
駅には大勢の人が出入りします。
そのため残留思念も多くあります。
十分に気をつけてください。

《バトル》

〔思念空間〕

喪神もがみ梨央りお
私、この間、兄さんが、
オウルグリルから出てくるところ、
見かけたんです――
きっと淑子としこ姉さんのこと……

――お姉さん……
いつ、どこで亡くなったんですか?
私はまだ子供だったから……
兄さんならきっと――

風魔の流儀

〔思念空間〕

帆村ほむら虹人こうじんは赤坂の怪人騒動の記録を調べて、気になることがあると、兄魯公ろこうに持ちかけた。

帆村ほむら虹人こうじん
兄上……
赤坂の怪人騒動の記録、
少しあたってみたんですが……
帆村ほむら魯公ろこう
ん? どうかしたか?
赤坂の怪人騒動があったのは、
ちょうどお前が京都にいる頃だな。
帆村ほむら虹人こうじん
はい……
怪人が風魔ふうまめがけて車を投げ、
風魔はそれをかわしています。
その後、戦となり、
結果、風魔が勝利しますが……
帆村ほむら魯公ろこう
そうであった、あの騒動以降、
怪人の噂が一気に広まったのだ。
帆村ほむら虹人こうじん
風魔は勝つのですが、
戦闘中、一度、風魔自身が
怪人の攻撃を受けています。
それが原因なのか、
風魔は自失しかけているのです。
携行探信儀けいこうたんしんぎにもその記録が……
帆村ほむら魯公ろこう
虹人よ、あれは自失ではない。
――風魔一流のそなえだ。
帆村ほむら虹人こうじん
そなえ、ですか?
でも変です。怪人には勝てたのです。
自らにそなわる力で勝ったのです。
僕には自失しかけたようにしか――
梨央りおもそのように受け止めている、
違いますか?
帆村ほむら魯公ろこう
龍蛇之蟄りゅうじゃのかくれるは  
以存身也もってみをありするなり
支那しなに伝わる言葉だ――

〔山王ホテル〕
夢玄域には山王さんのうホテルが現れた。赤坂は溜池通に面して建つ瀟洒しょうしゃなホテルである。地下に山王さんのう機関が本部を置く。

麻美マーメイ
虹人さんも帥士すいしですね。
符号は金ノ七号帥士きんのしちごうすいし――
でも公務出動はしないようです。

虹人さん、山王さんのう機関には、
梨央ちゃんと同じ軍属として加わり、
時に公務の手助けをするのです。
山王さんのう機関本部のあるこのホテルに、
ことほか、強い思い抱くようですね。

虹人さんは繊細で複雑なのです。
そのことは喪神さんもご存知ですね。
それがの強さでもあるのです。

《バトル》

〔思念空間〕
帆村ほむら虹人こうじん
龍蛇ノカクレルハ、
モッテ身ヲアリスルナリ

龍や蛇が身を隠すのは、
そのそなえる力を万全にするため――
そういうことみたいだ。
僕にもそなえるものがあるというのか。

――あの朝、鏡の前で僕は……
自分のどうにもならない体を見て、
抗いようのない現実に向き合った。
小刀を手にして――
しるしを刻もうと……戒めのしるしを。
でも叶わなかった――

梨央にすべてを見られた!
僕は一体何をそなえているのだ?
自分が自分じゃなくなっていく、
でもその先にきっと確かな僕がいる!

古式東雲流

山王機関スタッフ以外で夢玄器を使ったのは麻美さんだけです。そして麻美さんはとある特務機関員ということまではわかっています。そこでどんな役割だったのか、まだ調査中です。
この空間には風魔さんに近しい人たちの思念が現れています。そして麻美さんがかつて赴任していた樺太の地が作戦地図に。そこは樺太の庁都豊原、現在のユジノサハリンスクですね。
〔思念空間〕

【如月鈴代】
如月きさらぎ家では霊異りょういは女性にあらわる、
そう伝えられています。
女系にょけいに継承されるものなのです。
祖母には男子しか生まれなかった――
それが私の父、宗達そうたつです。
本来なら父の代で流派の継承はえ、
東雲しののめ流は閉じられいるはずでした。
けれど、父は父なりに努力し、
霊異りょういを現すことができたのです。
ただ力のおよばないことも多く、神経にさわるようなこともあったと――

東雲しののめ流そのものは、
平安時代からあったと聞きます。
それが古式こしき東雲しののめ流――

長い間、閉ざされていた古い流派を、
曾祖母そうそぼが受け継いだのです。
古式こしき東雲しののめ流での神降ろしは、
今とは随分ずいぶんと様子の違うものだった、
そんな話が伝わります。

豊原とよはら市街〕

麻美マーメイ
ここは樺太からふと庁都ちょうと豊原とよはらです。
明治三十八年、日露にちろ戦争に勝利して、
日本は樺太からふとの地を回復しました。
同じ年、北樺太からふと露西亜ロシアに譲渡し、
以来、北樺太からふと薩哈嗹サガレンと呼ばれます。
この薩哈嗹サガレンの譲渡は、
平和外交による相互発展を、
目的としたものでした。

明治四十年、北海道樺太からふと庁が発足。
日本人の入植にゅうしょくが進み、町も整備され、樺太開拓からふとかいたくは本格化しました――

樺太からふとでは林業、製紙業が盛んです。
石炭、石灰の産出量も豊富で、
水揚みずあげ世界有数を誇る漁場も近くに。
風光明媚めいび樺太からふとは旅人にも人気で、
宮沢みやざわ賢治けんじ北原白秋きたはらはくしゅう斎藤さいとう茂吉もきちなど、
著名人も多く訪問しています。
帝政露西亜ロシア時代、
樺太からふと流刑地るけいちでした。

【着信 喪神梨央】
豊原とよはらには赤軍せきぐん兵士が潜入しています。
連中は、樺太からふと奪還を企てています。
特別赤旗あかはた極東きょくとう軍と呼ぶそうです。
間宮まみや海峡を挟んだ樺太からふとの対岸、
ソヴィエツカヤ・ガヴァニに、
本拠ほんきょを置く、第四十八軍です。
皆、怪人化している様子です。
注意してください!

《バトル》

〔思念空間〕

【如月鈴代】
本来、審神者さにわ神憑かみがかりがあったとき、
その神を見定めて、託宣たくせんを得る、
そういう霊能力者のことです。
やがて神を降ろす者、見定める者、
邪神をはらう者に役目が分かれます。
古式こしき東雲しののめ流は、神を降ろす術をみがき、
多くの神降ろしを可能としました。
降ろした神々はとは違い、
八百万やおよろずの神であったと考えられます。
その神々ですが、
ときに顕現けんげんしたと言われています。
つまり目前に現れたのです――

今、古式こしき東雲しののめ流がよみがえると、
人にをけしかけるようなことも、
できてしまうかもしれません。

ゴエティア偽典の謎

〔思念空間〕

式部丞しきべじょう
陰陽五行いんようごぎょうを表す五芒星ごぼうせいに対し、
正三角を逆にかさねた星が六芒星ろくぼうせいです。
いわゆるダビデの星です。
そのダビデの息子がソロモン、
稀代きたい猶太ユダヤ王として知られています。
ソロモンは約束の地とされる、
カナンの地で信仰されていた神々を、
皆、悪魔として追放しました。
それがソロモン七十二柱ですね――
その七十二柱のうち、
最高神とされたのがバール神です。
バール神は朝鮮半島の牛頭山ごずさんで、
牛頭天王ごずてんのうと同体となり日本へ――
今、京都祇園ぎおん社にまつられています。
ソロモン七十二柱について、
その召喚呪文や印章いんしょうしるしたのが、
ゴエティアの書とされているのです。

しかし――
帝都にもたらされるのは偽典ぎてんです。
何者かが書き改めたものなのです。

一体、誰が?
如何様いかような意志をもって――
とある写本に謎がありそうです。

豊原とよはら市街〕

麻美マーメイ
樺太からふとへは船で渡ります。
代表的なのが稚泊ちはく航路です。
稚内わっかない樺太からふと大泊おおとまりを結びます。
稚泊ちはく航路が開かれたのは大正十二年。
関釜かんぷ航路と同じ鉄道連絡航路です。
約九十海里かいり、八時間の船旅です。

別に樺太からふと庁命令航路というのもあり、
大阪から横浜、東京、小樽おたる経由で、
大泊おおとまりに向かう貨客かきゃく航路です。
小樽おたるからは二十時間かかり、
主に物資の輸送に使われています。

大泊おおとまりからは樺太からふと庁鉄道樺太東からふととう線で、およそ一時間の行程となります。
樺太東からふととう線の前身ぜんしんは軍用軽便けいべん鉄道です。この辺りは梨央りおちゃんがくわしそう――
コルサコフ、ウラジミロフスカ間に、
軍需ぐんじゅ輸送目的で敷設ふせつされたのです。
明治三十九年のことです。

そうそう、コルサコフ、
ウラジミロフスカというのは、今の大泊おおとまり豊原とよはらの旧露西亜ロシア名ですね。

【着信 喪神梨央】
豊原とよはらには赤軍せきぐん兵士が潜入しています。
連中は、樺太からふと奪還を企てています。
特別赤旗あかはた極東きょくとう軍と呼ぶそうです。
間宮まみや海峡を挟んだ樺太からふとの対岸、
ソヴィエツカヤ・ガヴァニに、
本拠ほんきょを置く、第四十八軍です。
皆、怪人化している様子です。
注意してください!

《バトル》

〔思念空間〕

【式部丞】
今年三月、波斯ペルシア伊蘭イランへと国名を変え、新聞でも大きくほうじられました。
波斯ペルシアのほうが馴染なじみがありますが。

その波斯ペルシアのダレイオス大王が残した、
ベヒストゥン碑文ひぶんという遺物があり、
そこに大王の半生がしるされています。
アケメネス朝波斯ペルシア時代ですから、
紀元前五百年くらいのものですが、
十世紀、第二の碑文ひぶんが発見されます。
それを書き写したのが、
ベヒストゥン写本なのです。

第一の碑文ひぶんとは違い、
悪魔召喚しょうかんに関する記述で、
くされているのです。

写本にはゴエティアに関する
記述もあります――
ゴエティアを書き改める者こそ、
真の王なり、混沌こんとんの王なり――
そうしるされているのです。

写本自体、碑文ひぶんと同じ
古代波斯ペルシア語で書かれていますが、
そのほとんどが血でしたためられているのです。

過去の帥士

〔思念空間〕

【帆村虹人】
山王さんのう機関では、
機関員の符号ふごう納音なっちんで求める。
僕は一九〇九年十一月六日生まれ、
納音なっちん路傍土ろぼうど、土の属性だ。
土属性の色は金だ。
だから僕の符号は、金ノ七号帥士きんのしちごうすいしだ。

同じ理屈りくつで、風魔ふうま納音なっちん泉中水せんちゅうすい
水属性の色は黒だから、
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいしとしている。
風魔ふうま納音なっちん泉中水せんちゅうすい陰徳いんとくの性格だ。
人知れず徳を積み、世の役に立つ――
温厚篤実おんこうとくじつで直感力が抜群ばつぐん
言い得てみょうだな――

僕の場合、責任感が強く真面目まじめ
だが融通ゆうずうかず頑固一徹がんこいってつとある。
泉中水せんちゅうすい風魔ふうまとの相性は、
価値観が違うため、たがいを尊重する、
それが発展の秘訣ひけつとある――

確かにそうだな――
あいつと僕とはおおいに違う。

それにしても――
帆村ほむら流をひらいた兄上が白ノ六号帥士しろのろくごうすいし
それ以前にもいたのか、帥士すいしが……
この話、兄上にしても、
よくわからないらしい――
数からすると五人いたことになるが。
過去の機関帥士すいしはどうなったんだ?

豊原とよはら市街〕

麻美マーメイ
明治四十一年、樺太からふと庁が
大泊おおとまりから豊原とよはら町に移転いてんしました。
豊原とよはら名実めいじつともに、
樺太からふとの中心地として、
さかえる基盤きばんができたのです。
以来、市街しがいの整備が進んで、
現在のような整然せいぜんとした街並みが、
誕生したのです。

札幌さっぽろをお手本として、
南北に走る通りには、
東一条ひがしいちじょう西一条にしいちじょうと名付けて、
東西の通りは北一丁目のようになり、
樺太旅荘からふとりょそうなら東三条南ひがしさんじょうみなみ四丁目という、住所表記になります。

豊原とよはら駅から東へ、旭ヶ丘あさひがおかつ、
樺太からふと神社までびる通りは、
神社通りとしょうされています。
洋風建築の商店がのきつらね、
電気ランプの街灯がいとうが並び、
七竈ななかまど並木なみきが秋に色をえます。

北の町外れには旧市街きゅうしがいが残ります。
その大字追分おおあざおいわけの周辺は、
露西亜ロシア流刑人るけいにん開墾かいこんした地域です。

【着信 喪神梨央】
豊原とよはらには赤軍せきぐん兵士が潜入しています。
連中は、樺太からふと奪還を企てています。
特別赤旗あかはた極東きょくとう軍と呼ぶそうです。
間宮まみや海峡を挟んだ樺太からふとの対岸、
ソヴィエツカヤ・ガヴァニに、
本拠ほんきょを置く、第四十八軍です。
皆、怪人化している様子です。
注意してください!

《バトル》

〔思念空間〕

【帆村虹人】
山王さんのう機関の設立は一昨々年さきおととしだ。
兄上と僕はその時から加わる――
それ以前に帥士すいしがいたとなると……
山王さんのう機関じゃない所で活動していた、
そういうことになるな――

独逸ドイツのユンカー博士が、
帝都のセヒラを同定したのが、
その同じ年の一月――
博士の発見から山王さんのう機関設立まで、
二ヶ月少々か……
いくらなんでも早すぎるな。

兄上はこの話をあまりしたがらない。
今度、参謀さんぼう本部に出向いたら、
記録を当たってみるとするか。

僕は時々不安になる――
自分たちは予定されていた存在、
計画されていた存在なのではと――
今、こうして考えていることも、
すべて計画の中にふくまれている、
そんな気がしてくるんだ――

とある工廠の噂

〔思念空間〕

【九頭幸則】
ゼットー博士の話によると、
風魔ふうまたちが降ろすは、
兵器をそなえている――
は兵器と融合ゆうごうしていて、
への攻撃は兵器にて行うのだ。
決して自然のものではないな。

は人の手で作られている――
俺はそう確信しているんだ。

だがその裏付けは何もない。
小石川こいしかわの東京工廠こうしょうや、王子おうじ火工廠かこうしょうにそれとなく訪問したが
何も怪しいところはなかった。

もしや、
大國屋おおくにやからんでいるのだろうか――
大國屋おおくにやのナナオセンジロウは、
まるで金属と会話するみたいに、
自由自在に切削せっさくできるんだ――
独逸ドイツのルガー銃を全自動に改造し、
周囲を驚かせたこともあったな……
しかも設計図もなしにだ!
でも……が扱えるかというと、
それは違う気がする。

帝都の何処どこかにあるはずだ、
隠された工廠こうしょうが。

豊原とよはら市街〕

麻美マーメイ
豊原とよはらで私が最も好きな場所、
それは樺太からふと神社です。
正しくは、官弊大社樺太神社かんぺいたいしゃからふとじんじゃ
出雲大社いずもたいしゃなどと並んで、
最も格式かくしきの高いおやしろなのです。

樺太からふと神社は豊原とよはらの東、
旭ヶ丘あさひがおか山麓さんろくに建ちます。
大きな鳥居とりいからは、
豊原とよはらの町を一望いちぼうできます。

私は秋の深まる頃、
朝早くに町をながめるのが好きです。
市中に立ち込める紫色のもや
家々の煙突えんとつからまっすぐにのぼる、
ルンペンストーブの煙――
遠く、豊原とよはら駅から、汽笛きてきが聞こえ、
りんと冷えた朝の大気をふるわせます。
愈々いよいよ、新しい一日が始まるのです。

【着信 喪神梨央】
豊原とよはらには赤軍せきぐん兵士が潜入しています。
連中は、樺太からふと奪還を企てています。
特別赤旗あかはた極東きょくとう軍と呼ぶそうです。
間宮まみや海峡を挟んだ樺太からふとの対岸、
ソヴィエツカヤ・ガヴァニに、
本拠ほんきょを置く、第四十八軍です。
皆、怪人化している様子です。
注意してください!

《バトル》

〔思念空間〕

【九頭幸則】
歩一の部隊に向島むこうじま出身の……
そう、山本だ、山本少尉がいた。

山本は荒川あらかわ蛇行だこうでできた、
出島でじまみたいな場所に、
妙な工場のあるのを見たという。
それは帝国モスリンの工場で、
三年前に竣工しゅんこうなったそうだ。
窓の一つもない巨大工場は、
煙突えんとつからせっせと煙を出すのに、
出入りする職工を見かけないのだ。
帝国モスリンは興亜こうあ毛織を買収ばいしゅうして、大きくなったんだ――

興亜こうあ毛織……興亜こうあ毛織……
そうだ、興亜こうあ毛織で思い出したぞ!

御用ごよう外国人が踏切ふみきり事故にった――
新聞の早版では波斯ペルシャ人技師だったが、
遅版では露西亜ロシア人通訳になっていた。

なぜ変わったんだ?
あの日、大雪で新聞の配達が遅れ、
早版はほとんど配達されなかったな。
波斯ペルシャ人だと何か都合つごうが悪いのか――
そういうことなのか?

鎌倉で起きたその事故のことは、
唯一ゆいいつ帝都日日ていとにちにちだけが報じたが、
その帝都日日は去年倒産した――

失われた龍脈

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
兄さん!!
異常事態発生です!
帆村ほむら魯公ろこう
ぜんたい、どうしたんだ?
またサイレンが鳴っていたぞ!
喪神もがみ梨央りお
セヒラの値、
いつになく高まっています――
場所は……この山王さんのうです!
帆村ほむら魯公ろこう
なんだと?
――さてはゲートがおかしくなったか?

九頭くず幸則ゆきのり
歩一の九頭くずです――
風魔ふうま、大変だぞ、ホテルの地下で、
何か大きな音がしたと報告が――
帆村ほむら魯公ろこう
そういえば、振動もあったぞ。
何があったんだ?
異常事態と関係あるのか?
喪神もがみ梨央りお
兄さん、ゼットー博士がお呼びです。
研究室へ向かってください。

〔山王機関魔課〕

銀河ぎんがゼットー】
オーホホホッ~
来たな、君ィ!
な、な、な、なんと!
大変事たいへんごとが起きてしまったぞ!
――別な時空へと繋がったのだ!
ん? 理解できんか?
別な時空とは、別な時代と別な場所、
そこへ山王さんのうが繋がったのだ!!
繋がった先だがな――
ボクの見立てでは……
かなり未来だな、未来と繋がった!
一九九七年だ、計算が正しければ、
その時代とここ山王さんのうが繋がったのだ!
遠い未来……場所は……
オーホホホ! こいつはまさに……
ホーンコーン、香港ホンコンだっ!!
さぁ、夢玄器むげんきを着けるのだ!
君は愛と希望の大未来へ行く!
時空を超えて香港ホンコンへ旅をするっ!!

新山眞にいやままこと
波形、波形、波形――
あまりにも多くの記録によって、
嗚呼ああ、私は混乱する!
波形のささいな違いが、
現実で大きな差となって現れる。
――まったく不可思議な世界だ……
私は信じている――
森羅万象しんらばんしょう、全てを波形化できると。
時や空間さえ、波形になるだろう。
先月からわずかに見える不思議な波形、
あれは、計算からすると随分先の、
そう、未来の波形にほかならない――
未来の香港ホンコンという解が出たのだが。
その座標に当てはまる波形だ。
なぜ、そんな波形が現れるのか?

九龍クーロンフロント〕

夢玄域むげんいきに現れたのは、まさに九龍城クーロンじょうである。九龍クーロン電脳中心でんのうちゅうしんの近辺と思われる。幾多いくたのネオン看板がやみを照らしていた――

【えびき屋の子供】
俺、見たんだ。
九龍クーロンフロントの路人ろじんが、
おかしな声上げて走って行ったよ。

えびき屋の子供。海鮮中心かいせんちゅうしんの奥で、日がな一日、生えびをいている。同業ではねぎき屋というのもいる。

【えびき屋の子供】
きっと、九龍クーロンフロントにも、
邪気じゃきが流れ込み始めたんだ。
そうに違いないよ!
【フリーダイップ
帝都の瘴気しょうきに似た悪い気脈きみゃく
九龍城クーロンじょうでは邪気じゃきと呼んでいます。
路人ろじんとはここに暮らす人です――

続いて現れたのはフリーダようである。渋谷しぶや駅前で霊雀館れいじゃくかんという占いの店を営む。ここでは香港ホンコン名のイップを名乗っている――

【フリーダイップ
路人ろじんだけど、邪気じゃきに触れて、
おそらく怪人になった――
よくない状況よね。
【えびき屋の子供】
怪人って何だよ?
そんな強そうじゃなかったよ!
あいつ、古靴屋ふるぐつやなんだよ!
【フリーダイップ
あなたは……
帝都じゃなくて九龍クーロンにいたのね?
【えびき屋の子供】
何言ってんだよ、おばさん!
俺はずっとここにいるんだ、
九龍クーロンフロントのすみでえびいている。

【フリーダイップ
……
そうね……
ねぇ、喪神もがみさん、聞いてくれる?
帝都に未来の香港ホンコンが繋がったの。
ここは一九九七年の香港ホンコンね。
それも普通の香港ホンコンじゃないの――
繋がった先は九龍城クーロンじょうと呼ばれる、
陰界いんかいただよ魔窟まくつのようなところよ。
世界には陰と陽の二つがある――
九龍城クーロンじょう陰界いんかいに存在しているの。
陽界ようかいからはとっくに姿を消したわ。
実は一九九七年の五月に、陰界いんかい九龍城クーロンじょう陽界ようかいに姿を見せた、いわゆる陰陽交合いんようこうごう事件があったの。

中国返還を間近に控えた1997年、香港ホンコン陰界いんかいから九龍城クーロンじょうが姿を見せた。陰陽の秩序ちつじょを乱す陰陽交合いんようこうごう事件であった――

【えびき屋の子供】
あれは大事件だったよ!
ちょうど半年前の五月だよ。
結局、風水師ふうすいしが収めたんだ――
【フリーダイップ
その風水師ふうすいしの人は、
陽界ようかいから来たのね?
【えびき屋の子供】
そうだよ、超級風水師ふうすいしだってさ!
それ以来、陰界いんかい陰界いんかいのままさ。
【フリーダイップ
今度は帝都と九龍城クーロンじょうが繋がった――六十二年先の九龍城クーロンじょうね。
これは陰陽交合いんようこうごうじゃないけれど……
何か問題があってこうなったのね。
多分、風水ふうすいに関わることよ。
【えびき屋の子供】
神獣しんじゅうの見立てが出来ていないと、
おかしなことになるんだ。
【フリーダイップ
神獣しんじゅうとは、何をして見立てるの?
【えびき屋の子供】
見立てを受ける宿命しゅくめいを持った人、
そういう人を探すんだよ。
九七年の時みたいにね!

生き別れになった姉を探すヒロイン小黒シャオヘイ。97年の陰陽交合いんようこうごう事件では、小黒シャオヘイ神獣しんじゅうのひとつ、朱雀すざくの見立てを受けた。

【えびき屋の子供】
五月の時みたいにね、
神獣しんじゅうの見立てを受ける人が、
どこかで待ってるんだよ。
【フリーダイップ
それがどこだか、心当たりはあるの?
【えびき屋の子供】
わからないさ――
けどここの邪気じゃきはらわないと、
何も進まないよ。
【フリーダイップ
喪神もがみさん、ここ九龍クーロンフロントの
怪人を鎮定ちんていできるかしら。
風水ふうすいのことはその後ね。

《バトル》

九龍クーロンフロントで怪人化した路人ろじん鎮定ちんてい、周囲の邪気じゃきは消え、路地に活気が戻った。夢玄域むげんいきに神妙な顔つきのフリーダがいた。

【フリーダイップ
喪神もがみさん――
私、あなたに是非ぜひとも
お伝えしたいことがあるの――
私、この時代の人間ではないの。
つまり一九三五年ということだけど。
びっくりしたでしょ?
こんな話を切り出されて、
普通、驚くわよね――
私は二〇一五年に生きているの。
その時代の光明路コウミョウろという街よ。
そこで文鳥占いの店を開くの。
店はプリンスパークの霊雀館れいじゃくかんよ。
帝都では省線渋谷しぶや駅前に店があるの、
喪神もがみさんも知っているでしょ。
光明路コウミョウろ陰陽交合いんようこうごう事件の時、
陽界ようかいに現れなかった街なの――

97年の陰陽交合いんようこうごう事件では、九龍クーロンフロントの他、龍城路リュウジョウろ龍津路リュウシンろ西城路サイジョウろ大井路オオイろ、それに妄人路ワンニンろが出現した。
九龍クーロンフロントに繋がる街ながら、光明路コウミョウろ陰陽交合いんようこうごう事件で浮上ふじょうしなかった。その時、光明路コウミョウろは切り離されたのである。

【フリーダイップ
二〇一五年の光明路コウミョウろで暮らし、
私はゲームをするのよ。
ゲームってわかるかしら?
剣と魔法の世界に生きる人物になり、
モンスター討伐とうばつして物語を進めるの。
私がプレーするのは、
ガリギアスオンラインと言うゲーム。
ゲーム内では周瑜シュウユと名乗るわ。
三国志の武将名ね。
職業は戦士ウォーリアーよ――
ある日行商人ぎょうしょうにんからかぎを買ったの。
トスタリアの森にある図書館の鍵よ。
その図書館は持っている鍵で、
入れる閲覧室えつらんしつが違うの――
私はエリオットの書斎しょさい銘板めいばんのある
閲覧室えつらんしつに入れることになったの。
書棚しょだなかこまれたせまい部屋……
入ってきた扉から出ると、
この街、帝都の鍛冶橋かじばしだった――

ゲームを通じて時空が繋がると言う。2015年の光明路コウミョウろと1935年の帝都――
帝都側は鍛冶橋かじばしにあるビルが時空の出入口だ。

【フリーダイップ
エリオットって、光明路コウミョウろ
陰界いんかいの謎に取り組む研究者と同じ名、
エリオットラウというのよ。
エリオットには双子の娘さんがいる。
お姉さんは美鈴メイリンっていうんだけど、
満映の麻美マーメイと友達なのよ。
麻美マーメイ、知っているでしょ?
美鈴メイリンは私と一緒に帝都に来て、
来日中の麻美マーメイと会ったのよ。
美鈴メイリンのお父さん、行方不明なの。
彼女が過去に興味を持ったのも、
お父さん探しが目的よ。
また九龍クーロンフロントに怪人が――
なかなか邪気じゃきが取れないわね。
喪神もがみさん、後で麻美マーメイさんに会ってね。

《バトル》

夢玄域むげんいきに姿を見せたのは満鉄映画社の麻美マーメイだ。彼女はある使命をびていると言う。そのことで風魔ふうまに協力を求めているのだ。

【フリーダイップ
ねぇ、麻美マーメイ――
あなたは東京で生まれたのよね?
麻美マーメイ
そうです、明治四十一年、
一九〇八年、東京の本所ほんじょ生まれです。
本名は高山たかやま麻美あさみと言います。
【フリーダイップ
それで満鉄映画社には、
いつからいるの?
麻美マーメイ
十年前です、映画社ができる前、
満鉄映画協会の頃からです。
風魔ふうまさん……
お願いがあります――
満鉄映画社に、
蘭暁梅ラン・シャオメイという女優がいます。
暁梅シャオメイとは紅楼夢こうろうむで共演しました。
暁梅シャオメイ薛宝釵セツ・ホウサ役、私が林黛玉リン・タイギョク役。
でも、先日観た映画の予告編では――
薛宝釵セツ・ホウサは全く別の女優さんでした。
【フリーダイップ
それはなんだか嫌な感じね……
麻美マーメイ
おそらく過去がどこかで、
入れ替わっているのです――
暁梅シャオメイ陰陽交合いんようこうごう事件を経験し、
その後、一九二〇年の上海シャンハイ
戻っているのです――
【フリーダイップ
きっと、一九二〇年の上海シャンハイに、
戻れていないのよ。
まだ九七年の九龍クーロンにいるのよ!
麻美マーメイ
私は、一九二九年、大恐慌だいきょうこうの年に、
上海シャンハイ仏蘭西フランス租界そかい暁梅シャオメイに会い、
私が女優へと誘いました。

蘭暁梅ラン・シャオメイ――
1920年の上海シャンハイで超級風水師ふうすいしを迎えた。天童式てんどうしき神獣しんじゅう朱雀すざくの見立てを受けるも、その宿命にはなく、見立ては完遂かんすいしない。しかし蘭暁梅ラン・シャオメイの存在が朱雀すざく龍脈りゅうみゃくを、上海シャンハイに導くことになるのだ。

麻美マーメイ
今、過去がずれたようになって、
私たちは知り合えていないことに――
風魔ふうまさん、暁梅シャオメイが戻るのを、
手伝ってくれませんか?
一九二〇年、上海シャンハイです。
【フリーダイップ
九龍クーロンフロントには陰陽師おんみょうじがいるわ。
彼は時を越えて人を飛ばせる――
でも決まった人だけだけど。

時空を操る術師、陰陽師おんみょうじ
彼は渾天儀こんてんぎを使い、さだめのある時空へと、人を転送させている。

【フリーダイップ
陰陽師おんみょうじ渾天儀こんてんぎという装置を使うの。
でも邪気じゃきが強くて、うまく、
飛び先がセットできないのよ!
麻美マーメイ
風魔ふうまさん――
お願いします、九龍クーロンの怪人をしずめ、
暁梅シャオメイが戻れるようにしてください。

《バトル》

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
夢玄域むげんいきとは交信は出来ないけど、
記録は残っています。
事情はよくわかりました――
サイレンが鳴ったということは、
また九龍クーロンフロントにセヒラが……
邪気じゃきでしたっけ、増えています。
帆村ほむら魯公ろこう
九龍クーロン城砦じょうさいというのは清朝シンちょうの飛び地、確かそんな場所だったような――
そこがセヒラを呼び込むとはな!
人がひしめいて、店もたくさん――
ものすごい発展ぶりだな!
喪神もがみ梨央りお
ずっと未来の話です――
六十二年後のことです。
でもその未来が今に繋がっている……
そうなんですよね?
霊雀館れいじゃくかんのフリーダが未来の人だなんて
ちょっと驚きです――
二〇一五年に暮らすだなんて。
帆村ほむら魯公ろこう
それで活動キネマの方はどうなんだ?
女優の名前、調べたか?
喪神もがみ梨央りお
紅楼夢こうろうむですよね――
薛宝釵セツ・ホウサ役は蘭暁梅ラン・シャオメイでした!
ちゃんと戻れたんですね。
帆村ほむら魯公ろこう
蘭暁梅ラン・シャオメイは一九二〇年の上海シャンハイに戻り、九年後に麻美マーメイと出会う――
これで歴史が正しく繋がったな!
だが、またぞろのサイレンだ――
喪神もがみ梨央りお
兄さん、ゼットー博士の研究室へ、
急いでください。
まだ終わっていないようです。

〔山王機関魔課〕

銀河ぎんがゼットー】
どうかな、君!!
時空を超えて繋がった先は?
めくるめく未来の光景は!!
九龍クーロンフロント!
なかなか素敵な名前じゃないか!
――ボクももっと英語を使おう。
ところで向こうには、
陰陽師おんみょうじなる人物がいるんだな?
時空を操るんだとか……

陰陽師おんみょうじとやら、絶妙ゼツミョーに気になるぞ、
なるなる、大いに気になるのだっ!!
ボクも負けじといろいろあやつる!
さぁ、君はこの夢玄器むげんいきで飛ぶんだ!
準備はいいな、勿論もちろん!!

新山眞にいやままこと
飯倉いいくら技研の裏は我善坊がぜんぼうの谷……
それを降りずに宮邸みやてい沿いに行く、
ちょうどその辺りに特異点がある――
セヒラの特異点……
一度訪れたが、ただへいがあるのみ。
特異点と言うにはあまりにも小さい。
あの宮邸みやていは……確か……
東久邇宮ひがしくにのみや、それと聖宮ひじりのみやのはず。
その昔は静寛院宮邸せいかんいんのみやていだった。
皇女和宮かずのみやが暮らした屋敷だ――
宮邸みやてい脇の表通から下る御組坂おくみざか
その坂を見下ろすかぎ状の路地には、
永井ながい荷風かふう先生の偏奇館へんきかんが建つ。
麻布あざぶ市兵衛町いちべえちょう――
あそこには何かがある、
継続して観察するとしよう。

九龍クーロンフロント〕

夢玄域むげんいきに現れたのは、九龍クーロンフロントの南側、龍城飯店リュウジョウはんてんのエントランスを含む一帯だ。双子中心ふたごちゅうしんの他、剥製屋はくせいや阿片屋あへんやのきつらねる。

麻美マーメイ
風魔ふうまさん!
暁梅シャオメイですが映画の予告編に
ちゃんと登場していました。
ずれてしまった歴史が、
元通りに戻ったのです。
【フリーダイップ
よかったじゃない!
これで蘭暁梅ラン・シャオメイはあなたと一緒に、
紅楼夢こうろうむ挨拶あいさつで日本に来るのね。
麻美マーメイ
ええ、そうです――
紅楼夢こうろうむ浅草あさくさでかかります。
暁梅シャオメイも一緒に訪日ほうにちします。
【フリーダイップ
――多分、蘭暁梅ラン・シャオメイかぎになるはず。でもまだわからないわね……
ねぇ、麻美マーメイ
あなたに紹介した美鈴メイリン
彼女、風水ふうすいに関係していなかった?
エリオットの書斎しょさい
度々たびたび使ってる形跡けいせきがあるんだけど。
麻美マーメイ
ええ、美鈴メイリンは何度か来ています。
彼女のお父さんの名前も、
エリオットです――
【フリーダイップ
行方不明ゆくえふめいなのよね、彼女のお父さん、
確かエリオットラウだったわね。
風水ふうすいの研究をしていたとか聞くけど。
麻美マーメイ
ええ、そうです。
美鈴メイリンから聞く限りですが、風水ふうすい龍脈りゅうみゃくを未来へ繋ぐ研究です。
【フリーダイップ
何かの機械を作っているんでしょ。
確か老街ラオガイにあるのよ、研究室。
麻美マーメイ
気機ききという装置を作るそうです。
【フリーダイップ
その装置が風水ふうすいを正すの?
麻美マーメイ
龍脈りゅうみゃくと呼ばれる気の流れ、
それが過去から未来へ繋がることで、
風水ふうすいまもりは永遠となります。
気機きき風水ふうすい龍脈りゅうみゃくを受け止めて、
未来へと繋ぐ働きがあるそうです。
でも気機ききは開発の途中です。
まだ完成していないそうです。
美鈴メイリンのお父さんは、
さらわれたのだと思います。
【フリーダイップ
そんなことするの、
蛇老講オールドスネークくらいなものね……
手下は双子師ふたごしと呼ばれているわ。
麻美マーメイ
蛇老講オールドスネーク……
美鈴メイリンおそれていました。
風水ふうすい阻害そがいする一派だとか――
【フリーダイップ
連中、双子の響き合う力を利用する。
それは鳴力ミンリーっていうんだけど、
鳴力ミンリー風水ふうすい龍脈りゅうみゃくゆがめるのよ。
麻美マーメイ
そんなこと、できるのですね――
【フリーダイップ
そう言えば……
クーロネットで話題になっていた――
強力な鳴力ミンリーの実験計画があるって。

クーロネットとは九龍城クーロンじょう内にめぐらされた、通信ネットワークのことである。専用端末たんまつからアクセスできる。

【フリーダイップ
地下茎リゾームというネットワークで、
パピヨンという名のメンバーが、
双子中心ふたごちゅうしんでの実験情報を掴んだの。
麻美マーメイ
今、風水ふうすい途絶とだえでもしたら、
帝都は陰界いんかいへ、
飲み込まれてしまいます。
【フリーダイップ
喪神もがみさん、怪人鎮定ちんていをお願い。
双子師ふたごし邪気じゃきが少ないと、
思うようには行動できないのよ。

《バトル》

蛇老講オールドスネークの計画した強力鳴力ミンリーの発生は、双子師ふたごしの活動をふうじることで阻止そしできた。しかし風水ふうすいの危機が去ったわけではない。

【フリーダイップ
双子師ふたごしは、邪気じゃきが少なくて、
思うように動けなかったみたいね。
強力な鳴力ミンリーは起きなかった――
【えびき屋の子供】
ねぇ、おばさん!
今、双子師ふたごしがどうしたとか言った?

【フリーダイップ
……
【えびき屋の子供】
双子師ふたごしの奴らって、人間じゃないよ。
俺、見たんだ――
奴ら、仮面着けてるんだよ。
仮面はずすと、その下は真っ黒……
真っ黒のうずが巻いているだけだった!
【フリーダイップ
邪気じゃきに乗っ取られた人間もどきね。
人籟魔じんらいまの材料になる怪人も、
たしかそんな感じよね――
でもエリオットは行方ゆくえ知れずで、
気機ききという装置も完成しない……
未来のことが心配ね。
【えびき屋の子供】
未来って……
おばさんは確か……
【フリーダイップ
二〇一五年の光明路コウミョウろよ。
【えびき屋の子供】
随分ずいぶん先だね……
俺、いくつになってるんだ?
――えーっと……
【フリーダイップ
今の歳に十八年せばいいのよ。
【えびき屋の子供】
うん、そうだね!
もうすっかり大人だよ!
でも……
その頃には九龍クーロンフロントと光明路コウミョウろ
遠く離れてしまうんだろ?
どっちも陰界いんかいただようのは同じだけど。
【フリーダイップ
そうね、私の時代で、
あなたと会うことはないわね。
【えびき屋の子供】
それで、おばさんの時代で、
また龍脈りゅうみゃくが消えちゃうのか?
【フリーダイップ
せっかく過去から繋いだ龍脈りゅうみゃくを、
未来へ届けられないかも知れないの。
そのための装置が未完成なのよ。
老童ロウトンがあればいいとか、
そんな話だった――
又聞またぎきの又聞またぎきだけどね。
【えびき屋の子供】
ええ?
今、なんて言った?
ねぇ、おばさん!
【フリーダイップ
老童ロウトンのこと?
【えびき屋の子供】
おばさん、それだよ!
老童ロウトン、レナードが持ってるんだ!
またの名はサイラスだよ。

硝子ガラスうつわの中に謎の小動物の頭骨ずこつを収め、いくつもの電極を繋いだ霊的装置、老童ロウトン。気の流れを加速する作用があるようだった。

【フリーダイップ
またの名って……
サイラス・チャンは光明聯社コウミョウグループ親分ボス、そうでしょ?
【えびき屋の子供】
おばさんの時代でもボスなんだ!
そのサイラスだよ、まさに親分ボス
サイラス・チャンなんだよ。
【フリーダイップ
同じ人なの?
私の店に来るときは、
いつもレナードよ――
繊細せんさいでナイーブなレナード――
びんの中に黄金虫を飼っているのよ。
うちの文鳥ともお話するわ。
【えびき屋の子供】
レナードはサイラスの別人格なんだ、
毎日、午後二時にレナードになる。
【フリーダイップ
そうなのね。それじゃ……
レナードに頼むといいのね、
サイラスは老童ロウトンを知らないでしょう。
【えびき屋の子供】
サイラスなんておっかないよ、
あの人に会いたくなんてないね。
おばさんの時代もそうでしょ?

【フリーダイップ
そうね……
今じゃ滅多めったに姿を見せないけれど。
喪神もがみさん、私、光明路コウミョウろに戻るわ。
そしてレナードとお話してみる。
――老童ロウトンのこと、頼んでみる。
【えびき屋の子供】
その間、邪気じゃきが増えないように、
あんたは九龍クーロンフロントの怪人路人ろじんを、
やっつけるんだよ!
じゃないと、おばさん、
戻ってこれなくなるよ!

《バトル》

フリーダは2015年の光明路コウミョウろから戻った。レナードに老童ロウトンの相談をしたのだ。その光明路コウミョウろでは邪気じゃきが強まっているという。

【フリーダイップ
なんとか無事に戻れたわ。
レナードはこころよく了解してくれた。
――老童ロウトン、貸してもいいって。
でも不思議なの……
ねぎき屋の子供がいてね、
レナードの老童ロウトンのこと、知ってたの。
それを必要とする人に、
教えるんだとか……
いつ、知ったんでしょうね?
麻美マーメイ
老童ロウトンが見つかったってこと、
美鈴メイリンに伝えないと――
【フリーダイップ
今は無理よ。
麻美マーメイ
どうかしたんですか?
無理って――
【フリーダイップ
光明路コウミョウろ物凄ものすご邪気じゃきが強くなって、
とてもいられる状況じゃないの。
だから急いで戻ったのよ。
レナードは、私の店を出てすぐ、
サイラスに戻ったの。
危なかったわ――
また龍脈りゅうみゃくが弱くなった、
そういうことなんじゃない?
麻美マーメイ
暁梅シャオメイから聞いたのですが、
一九二〇年の上海シャンハイで、小黒シャオヘイという女性が朱雀すざくになります――

九龍クーロンフロントに暮らしていた小黒シャオヘイは、1920年の上海シャンハイにおいて、朱雀すざくの見立てを受ける宿命をびていた。

麻美マーメイ
それで未来へ龍脈りゅうみゃくが繋がるのですが、どこかで途絶とだえそうになっている、そうなのかも知れません――
今度こそ、暁梅シャオメイなのではと――
彼女が神獣しんじゅうになる宿命、そうじゃないかしら。上海シャンハイ朱雀すざくの見立ての場にいた――
それで彼女も宿命をびるように……
――そう思えてならないのです。
【フリーダイップ
あなたたちは映画の挨拶あいさつで、
帝都に行くんでしょ?
麻美マーメイ
そうです――
暁梅シャオメイ麻布あざぶにあるチョウホテルに泊まる、その予定だと聞いています。
近くに作家の永井ながい荷風かふう先生の家、
偏奇館へんきかんがあって、そこも訪れると。
【フリーダイップ
偏奇館へんきかん……ペンキりなのでその名前。麻布あざぶ市兵衛町いちべえちょうの高台に建つのよ。東久邇宮邸ひがしくにのみやてい聖宮邸ひじりのみやていのある町ね。

新山眞にいやままことがセヒラの特異点を見つけたのも、麻布あざぶ市兵衛町いちべえちょう宮邸脇みやていわきであった。遠くに見えるのが飯倉いいくら技研である。

【フリーダイップ
蘭暁梅ラン・シャオメイ麻布あざぶ市兵衛町いちべえちょうで、
神獣しんじゅうの見立てを受ける――
そういうことかしら?
麻美マーメイ
そうかも知れません――
神獣しんじゅう朱雀すざくの見立てですね。
今のところ、私たちは上海シャンハイで出会い、暁梅シャオメイは女優になり、帝都に行く――
正しい歴史の流れです。
【えびき屋の子供】
大変だよ、早く止めなきゃ!
【フリーダイップ
どうしたの、血相けっそう変えて?
【えびき屋の子供】
双子師ふたごし大挙たいきょして押しかける!
【フリーダイップ
どこに?
まさか……帝都に?
【えびき屋の子供】
たぶんそこだよ!
奴ら、風水ふうすい龍脈りゅうみゃくを邪魔しに行く、そのつもりなんだよ!
【フリーダイップ
帝都にはセヒラがあふれている――
双子師ふたごしが帝都に入ると、
見つけるのはとても困難よ。
【えびき屋の子供】
九龍クーロンフロントの怪人路人ろじんを倒して、
邪気じゃきを抑えるしかないよ。
今のうちだよ、あんた!

《バトル》

蘭暁梅ラン・シャオメイは帝都の麻布あざぶ市兵衛町いちべえちょうで、神獣しんじゅう朱雀すざくの見立てを受けた。
それを行ったのは1人の旅行者である。商用で香港ホンコンを訪れ、陰界いんかいちたのだ。その人物は光明路コウミョウろ美鈴メイリンと出会い、「生体通信」によって帝都へ飛んだ――
しかるべき時、しかるべき場所にいる、それで見立てがされたのである。

麻美マーメイ
光明路コウミョウろから邪気じゃきが消えたそうです。
――綺麗きれいさっぱりと。
【フリーダイップ
美鈴メイリンはレナードから老童ロウトンを借り、
気機ききを動かすことに成功したのよ。
大成功よ!
気機ききによって力強い龍脈りゅうみゃくが、
未来へと繋がったそうよ。
過去から来て未来へ繋がったって。
麻美マーメイ
おそらく――
暁梅シャオメイ神獣しんじゅう朱雀すざくに見立てられた――
そうに違いありません。
一九三五年、帝都で。
紅楼夢こうろうむの上映に先立ち、
私たち二人は、浅草あさくさの映画館で、
舞台挨拶あいさつをしました。
舞台挨拶あいさつの後、暁梅シャオメイ麻布あざぶに――
永井ながい荷風かふう先生の偏奇館へんきかんへ寄るのです。
私たちは日本橋でお別れしました。
紅楼夢こうろうむ大連ダイレンでも上映されるので、
明日、日本をちます。
横浜からえにせい丸に乗ります。
暁梅シャオメイも同じ船に乗るので、
今日、麻布あざぶのホテルに迎えに――
でも、彼女、
ホテルには泊まっていなかった――
投宿とうしゅくしていないのです。
【フリーダイップ
蘭暁梅ラン・シャオメイを見立てた人、
私の店に来たわ。まさにその人よ。
かりにAさんとしておく。
Aさんが美鈴メイリンを助ける感じで、
蘭暁梅ラン・シャオメイの見立てに行き着いたのよ。
ねぎき屋の子供が、
Aさんに老童ロウトンのこと教えたの。
麻美マーメイ
それで、美鈴メイリンはどうしていますか?
気機ききが無事に動いて……
【フリーダイップ
Aさんが手に入れた風水鏡ふうすいきょうに、
エリオットの思念が浮かんだそうよ。
美鈴メイリンのお父さんの思念が……
エリオットはね、
蛇老講オールドスネークさらわれたんじゃなく、
自分から深いところに入ったのよ。
【えびき屋の子供】
おばさん!
ぼやぼやしていると、
元の場所に戻れなくなるよ!
だんだん、離れていってるんだ――
【フリーダイップ
繋がりがはずれるのね!
【えびき屋の子供】
そうだよ!
ちょっとだけ見た帝都って、
なかなかいい感じだけど――
でも俺は九龍クーロンが好き!
海鮮中心かいせんちゅうしんでえびくんだ!
【フリーダイップ
心配しないで、私なら大丈夫よ。
どちらの時代にも行けるから。
【えびき屋の子供】
でも一九九七年には来ないよね!
【フリーダイップ
そうね、行かないわ。
【えびき屋の子供】
じゃ、これでお別れだね――
それから――
あんたも、気を付けなよ、
いつ邪気じゃきに襲われるやも知れない!
【フリーダイップ
さぁ、もう行って!
あなたの時代に戻るのよ!
【えびき屋の子供】
わかった――
最後だから……言ってみたかったことがあったんだ――
【フリーダイップ
どんなことなの?
【えびき屋の子供】
アディオス、あばよ!
麻美マーメイ
風魔ふうまさん、
また帝都でお会いすると思います。
そのとき、どこまで話せるか……
いや、このことを覚えているか、
それさえわかりませんが――
【フリーダイップ
私は霊雀館れいじゃくかんに戻るわ。
渋谷しぶやのお店よ、また寄ってね。
いろいろ仕入れておくから。

1997年陰陽交合いんようこうごう事件を経験した蘭暁梅ラン・シャオメイ。彼女も、小黒シャオヘイ同様、朱雀すざくとなる存在だった。1935年帝都、1997年九龍クーロンフロント、そして2015年の光明路コウミョウろ――
3つの時空が蘭暁梅ラン・シャオメイの宿命をつむいだのだ。

〔山王機関本部〕

喪神もがみ梨央りお
兄さん、お帰りなさい。
まさか、満映の女優さんが、
神獣しんじゅうの見立てを受けるなんて――
そんなこともあるんですね!
帆村ほむら魯公ろこう
しかし未来では、
風水ふうすいを機械で繋ぐのか……
まるで電波の中継ちゅうけいみたいだな!
喪神もがみ梨央りお
その装置を作った研究者の人、
エリオットって、エリオット手稿しゅこう
残した人ですよね?
今に伝わっているということは、
もっと昔に行ったんですか?
帆村ほむら魯公ろこう
おそらくエリオットなにがしは、
アラヤ界を彷徨さまよう思念なのだろう。
自らを思念に変えたのだ――
研究のためにな!
喪神もがみ梨央りお
双子の娘さんがいるんですよね?
お姉さんが美鈴メイリンさん、
それじゃ妹さんは……
帆村ほむら魯公ろこう
その姉妹についても、
少し調べる必要がある。
何より、フリーダの遊ぶやつ、
何だ、ゲームとか……
――そいつも気になる。
喪神もがみ梨央りお
ガリギアスオンライン――
フリーダさんは武将の名前なんですよ。
帆村ほむら魯公ろこう
鍛冶橋かじばしのビルとか言っておった。
時間のある時、巡視パトロールに出てくれ。
今日はもうよい、休むんだ。
喪神もがみ梨央りお
兄さん、お疲れ様でした!
紅楼夢こうろうむ、観に行かなきゃです!

アキラとレンザ 前編

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん……
ちょっと気になることがあります。
変わったセヒラ波形を観測しました。
日枝ひえ神社方面で、
これまで観測しなかった波形があり、
次第しだいに強くなっています。
どんな怪人とも召喚師とも違う、
見たことのない波形なんです――
公務ではないですが、
確認お願いできますか?

〔日枝神社〕

日枝神社――
溜池通から上る大階段を数名の参拝客が駆け下りていった。皆、一様に青ざめた顔をしている。階段の途中で着信があった。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ上昇しています!
怪人とおぼしきセヒラも混ざります。
警戒してください!

〔日枝神社境内〕

日枝神社の境内ではすでに怪人らしきが現れていた。左手に虚ろな目をした憲兵服姿。そして対峙するかのように西洋の軍服のような装束の若い男性。憲兵姿が全身にセヒラを纏う。おそらくそちらが怪人だ。そのとき1人の高女生姿の少女が走り込んできた。

【???】
あなたが――
山王さんのう機関の帥士すいしね!
だったら手を貸して!
レンザが押されてるのよ!

見ると西洋軍服を着た若い男性はセヒラをまとめようとするもうまくいかない様子だった。反面、憲兵怪人のセヒラはますます強くなっている。

【???】
ほら、早く!!
ああん、もう!!
レンザ!
将校怪人はこっちで引き受けるよ!

その声に憲兵怪人は風魔を捕えた。

【東京ゼロ師団西陣にしじん大尉】
山王さんのう機関は、
こいつらに加担かたんしているのか!
邪魔くさいことになったな!!
我々に何を求めるというのだ?
――いいだろう、問答はなしだ!
お前たちを我々の側に招待しよう!

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
どうしましたか?
異常な波形が出ています。

憲兵怪人との戦いが始まった。互いにを召喚する。そこへ西洋軍服姿の男性の声が割って入る。

【???】
もうやきもきしちゃってなりませぬ。
このレンザ、いや吉祥院蓮三郎きっしょういんれんざぶろう
とびきりの調達しちゃいます!
少しでも帥士すいしさまの
お力になれれば――

戦が見えるのか、高女生の声も聞こえた。

【???】
レンザ!
気を付けて!
新手のが来たよ!!

【吉祥院蓮三郎】
――っと!
あれれ、今度は私が襲われそうです!
帥士すいしさま、武運長久ぶうんちょうきゅう祈ります!!

《バトル》

〔日枝神社境内〕

【???】
なかなか見事だったね!

【能海旭】
私は能海旭のうみあきら、こっちはレンザ――
吉祥院蓮三郎きっしょういんれんざぶろう……もう知ってるね?
さっきの将校、東京ゼロ師団という、
よくわからないところの連中さ。
とにかく私たちが目障めざわりみたい――
レンザ――
お前はだいぶ押され気味だったね。
【吉祥院蓮三郎】
いささか勝手が違いました、
あきらさま――
【能海旭】
いつもよりセフィラ――
あっ、いや、
セヒラが高かったというのかい?

【吉祥院蓮三郎】
セヒラの値だけが問題なのではなく、
何分その……乱れておりましたから。
激しく……激しく……
【能海旭】
うーん……
お前自身もセヒラを乱す要因、
そうなんじゃないのかい。

【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、解消しました。
見慣れない波形も消えました。
あの……
一体、誰と話しているのですか?

【能海旭】
帥士すいしさん――
聞いてくれる?
私は自由サーベラス学園という、
アメリカに本学のある女高じょこうのニ年生。
今は日本の分校に通うの。
学校はね、鈴蘭すずらん女学園の中にある。
生徒は六人だけ、先生も六人よ――
魔法のことを勉強している。
私たちの学ぶのは星辰せいしん魔法なの。
そらの星々から力を授かり、
様々なことを為すの――
私はまだ道半ばだけれど――
ある夜、部屋で不思議な事が起きた。
机の上のプランシェットが光をび、
部屋の天井に何かを映し出した――
私はプランシェットを、
とっさに払ったの――
プランシェットは床に落ちた。
そして部屋の壁に、
より大きな光を映し出した……
光はやがてもやのようになって消え、
中からレンザが現れたの。
彼は悪魔よ――
グリモワールにしるされた、
序列じょれつ七十番目の悪魔、セーレ――

〔日枝神社境内〕

【能海旭】
悪魔セーレが何かの拍子ひょうしに、
人間に転生しようとして失敗した、
私はその瞬間に立ち会ったらしいの。
何で私のところに来たのかな。
もちろん、私が呼んだわけじゃない。
【吉祥院蓮三郎】
それは私にもわかりません。
以前のことは綺麗きれいサッパリ……
消えてしまったのでございます。
【能海旭】
悪魔に寿命はないんだけれど、
転生にしくじった悪魔には、
寿命が定められているらしいの――
だから……
レンザをにすれば、
寿命はなくなる。
そして探したの――
【吉祥院蓮三郎】
はどこかで作られている――
旭さまはそうお考えなのです。
【着信 喪神梨央】
工廠こうしょうのことですね。
噂だけが先行しています。
兄さん、
お二人と一緒に、
山王さんのうホテルロビーに来てください。

〔山王ホテルロビー〕

山王ホテルロビー。左手、フロントカウンターにレンザが肘を付いてもたれている。旭と風魔は右手のソファー近くで機関本部から梨央の来るのを待つ。

【喪神梨央】
能海旭のうみあきらさんですね――
あちらが……レンザさん……
私、喪神もがみ梨央りおです。
喪神もがみ風魔ふうまの妹です。
山王さんのう機関の帥士すいし、喪神風魔です。
【能海旭】
――喪神……風魔……
そう言うのね、喪神風魔さん。

【喪神梨央】
あきらさんが戦っていた相手ですが――
【能海旭】
あきらって呼び捨てでいいよ、
梨央さん、年上なんだし。
【喪神梨央】
そうね……
でもあきらさんって呼ぶわ。
あきらさんたちの相手、
さっきの東京ゼロ師団……
あの連中は何なの?

【能海旭】
実体の不明な組織よ。
学園長のブレナン博士の説だと、
魔の力の影響を受けていると――
【喪神梨央】
魔の力……
それってセヒラじゃなくて?
【能海旭】
仮構かこうされた存在とでも……
実体はないけれど、皆が存在を信じ、
誰もそれを疑わないのよ。
【喪神梨央】
まるでたぬきに化かされでもしたみたい。
【能海旭】
私の通う自由サーベラス学園も、
本当は存在しない仮構かこうの学校よ。
【喪神梨央】
ええ、そうなの?
【能海旭】
日本では女学園を仮構かこうするけれど、
アメリカでは丸々仮構かこうなのよ。

17世紀末に魔女裁判のあったセイラムでは、魔法や魔女に関する思念が強く残留している。
神智しんち学者のブレナン博士は、研究のためにその環境を利用して、学園をしたのだという。

【能海旭】
学園のこと、セイラム以外では、
誰もその存在を知らないの。
日本に分校を置いたのは――
【喪神梨央】
セヒラがあるから、そうじゃない?
【能海旭】
半分は正解ね。
もう半分は、この町にも、
仮構かこうの力が及ぶからよ。
仮構かこうの世界に通じている、
そんな私たちが脅威きょういなのね、連中は。

ホテル玄関から軽い足取りで九頭が入って来た。高女生姿の旭を見て尋ねる。

【九頭幸則】
皆さん、おそろいで――
って、どちらの高女こうじょさんですか?
その制服は……
【能海旭】
山王さんのう機関と行動を共にする将校、
それが君のことね。
【九頭幸則】
――えーっと、そうだけど……

あきら九頭くずは、互いに自己紹介した。
九頭は梨央から聞いた東京ゼロ師団の話に、興味があるようだった。

【九頭幸則】
怪人化した将兵で部隊を作る、
そんな噂はかねがねあるんだ。
ゼロ師団というのが、
それに当たるかはわからないけど。
【喪神梨央】
まだ調べが必要そうですね。
あきらさん、これを持って行って。
山王さんのう機関で使う探信儀たんしんぎよ。
敵の動向、ある程度はわかるのよ。
【能海旭】
ありがとう、梨央さん。

探信儀を手に、旭はレンザの前に歩み寄る。

【能海旭】
山王さんのう機関から探信儀たんしんぎを借りたよ。
これで不意を突かれることもないね。
【吉祥院蓮三郎】
そうでございますね、あきらさま。
左様さような機械、八方手を尽くしても、
見つかる様子はありませんでした。
【能海旭】
お前にも無理というのがあるんだ、
よく心しておくよ、レンザ。
風魔さん――
ゼロ師団の連中は私たちを、
とても警戒している――
でも引き下がれない――
核心にまで踏み込んで、
レンザをにする方法を探す。
になれば寿命なんかなくなるんだ。

〔山王機関本部〕

【新山眞】
探信儀たんしんぎは受け取ってもらえましたか?
一世代前のですが、性能は十分です。
【九頭幸則】
工廠こうしょうを自力で探すなんて、
あの子はなかなかやるね!
部隊に向島むこうじま出身の少尉がいてね、
奴が言うには帝国モスリンの工場、
あれは普通の工場じゃないって……
秘密兵器でも作ってるんじゃないか、
そんな勘ぐりを抱いていたな。
【喪神梨央】
それじゃ、そこが工廠こうしょうですか?
【新山眞】
どうでしょうか――
私たちが訪問しても、
門を開けるはずもないでしょう。
【九頭幸則】
風魔、お前が山王さんのう機関の公務で、
その工場こうばに踏み込むと、
また話は違うかもな。
【喪神梨央】
何も事変のないところへ、
公務として乗り込んだりできません。
それに返り討ちにわないとも――
【新山眞】
相手側から反撃があるのなら、
間違いなく工廠こうしょうですね、
そのモスリン工場は。

そこへ警告音が鳴り響く。

【喪神梨央】
探信儀たんしんぎの警告音です!
あきらさんの探信儀たんしんぎです――
【新山眞】
近くですね。
表に出てみましょう!

〔山王ホテル前〕

【九頭幸則】
おい、何だか町の様子が変だ。
【新山眞】
まるで戒厳令かいげんれい発布はっぷされたかのような。
【九頭幸則】
風魔!
見ろ、将校だ!
ちがう、奴ら、怪人だ!!

溜池通から2人の将兵が駆け上がってきた。

【東京ゼロ師団鞍馬くらま一等兵】
やはりここにもいたか!
皇国こうこく栄誉えいよ授かる我が師団!
見敵必殺けんてきひっさつ銃剣じゅうけんを食らわす!!

《バトル》

〔溜池通〕

溜池通はまるで封鎖されたかのように静まり返っていた。数台の軍用トラックが無造作に停まり、山王下電停よりさらに先で市電が足止めを食らっていた。今、将兵の姿はない――

【九頭幸則】
風魔ふうま、こっちだ!

そう言うや九頭は溜池通を渡り始めた。新山、風魔も後に続く。

【九頭幸則】
赤坂一帯に部隊が出ているぞ。
こいつら、みんなゼロ師団なのか?
【新山眞】
あの二人は大丈夫でしょうか?
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ観測、強い揺らぎです。
先ほどと同様ですが――
怪人の波形も多く観測します!!
【新山眞】
もしゼロ師団だとすれば、
波形に特徴が出るかも知れません。
私は本部に戻って観測します。

新山はきびすを返して機関本部へと戻って行った。

【九頭幸則】
風魔、行ってみよう!
この先だ、一ツ木通ひとつぎどおりの辺りだな。

料亭の間にある薄暗い路地を抜けて一ツ木通に向かう。

〔一ツ木通〕

一ツ木通には将兵姿、背広姿入り混じって6人の怪人が展開していた。道中央にレンザが対峙するように立つ。

【九頭幸則】
おい、見ろよ!
将兵に混じって民間人もいる。
あれは軍属か何かか?

料亭の軒先から旭が駆け寄ってくる。

【能海旭】
こいつらみんな、ゼロ師団の
将兵と軍属なんだ――
レンザ一人じゃどうにもならない……
仮構かこうの力、見くびれないよ、
風魔ふうまさん――
【九頭幸則】
闇雲やみくもに突っ込むのは危険だ、
作戦を立てなきゃ。
一旦本部に戻ろう。
あきらさんも一緒に!
【能海旭】
レンザ!
しばらく留めておくんだよ。
まだ戦っちゃダメだから!
【吉祥院蓮三郎】
承知しております!
今はまだ大丈夫であります。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
いくつもの波形が入り乱れ、
何が何やらわかりません。
あきらさん、レンザは大丈夫?
【能海旭】
まだ何とか――
連中は警戒を強めている。
【喪神梨央】
レンザ、先走らなければいいけど――
【能海旭】
転生にしくじった悪魔が、
私の元に来るなんて、
なんという皮肉だろうか――
魔法もろくに使えない私なのに。
でも――
だからこそ、私は試されている、
そう感じるんだ。
――風魔ふうまさん……
力を貸して――
【新山眞】
今、波形検出しました!
これ、レンザさんが戦っていますよ。
【能海旭】
んもう、あいつ!!
待てなかったの?

〔一ツ木通〕

一ツ木通に急行すると、すでにレンザはを降ろしていた。背広姿の怪人が風魔を捕えた。

【吉祥院蓮三郎】
すごいのでございます!
レンザ、すこぶる調子に乗ってます!!
なんと、私よりも格上の
調達できるなんて、夢みたいです!
私、セーレはソロモン七十番目!
それがそれが、うんと上の方々を!
栄光に身悶みもだえるのでございます!!
風魔さま、二人で手分けすれば――
きっとなんとかなるはずです!

《バトル》

〔山王ホテルロビー〕

山王ホテルのロビーは静まり返っていた。

【能海旭】
うまく退しりぞけたね――
なんて言うんだっけ、山王さんのう機関では。
【吉祥院蓮三郎】
確か、鎮定ちんてい――
そう言うのでございます。
【能海旭】
レンザ、お前の方はどう?
今回は本調子だった?
【吉祥院蓮三郎】
はい、上々でございました!
なんと、格上の悪魔を調達し、
もう何というか、最高でした!!
【能海旭】
レンザって呼ぶけど、
吉祥院蓮三郎きっしょういんれんざぶろうって名前、
ふと思いついたんだ――
ちょっと古風で、いい感じだよね。
【吉祥院蓮三郎】
このままもう、
人間になってしまえればと――
考えなくもありません。
【能海旭】
人間なんて弱いだけだよ。
になるか悪魔に戻るかさえすれば
永遠の存在でいられるんだよ。

【吉祥院蓮三郎】
私は誰かに呼ばれた気がするのです。
――それが途中で……
もしやと思うのですが……
【能海旭】
誰か人間を乗っ取った、
そう考えているんだろ?
【吉祥院蓮三郎】
私によってはじかれた人がいる、
そう思えてならないのです。
【能海旭】
レンザ、お前について考えると、
謎が深まるばかりだよ。

風魔ふうまさん――
この近くに私のアトリエがある。
今度、お誘いするね。
今日は、どうもありがとう。

レンザ、戻るよ!
【吉祥院蓮三郎】
喪神もがみ……風魔ふうまさま……
この町には、私のような存在が、
他にもいる気がします。
それは敵か、はたまた味方か――
自分に意味のある相手とは、
簡単に見つからないのでございます。

能海旭のうみあきら吉祥院蓮三郎きっしょういんれんざぶろうの登場は、山王さんのう機関の公務に新たなページを加えた。
そして帝都は更なる謎を含ませることになる。

アキラとレンザ 後編

〔山王機関本部〕

その日、山王機関本部では、梨央が浮かない顔で風魔を出迎えた――

【喪神梨央】
兄さん、あきらさんたち、
どこにいらっしゃるんでしょう……
探信儀たんしんぎが消えているようです――
【新山眞】
お渡しした探信儀たんしんぎですが、
セヒラ感極管かんきょくかんに用いているのが、
露西亜ロシア製の真空管なのです。
ベリンスキーという会社の製品です。
【喪神梨央】
露西亜ロシア製だと問題あるのですか?
【新山眞】
帝都のセヒラには、
実に様々な波形が観測されます。
当初考えていたよりも多く――
ベリンスキー管だと、
霊式ヘテロヂン生成の際に、
波形干渉を起こす恐れもあります。
【喪神梨央】
それじゃ真空管、交換しなきゃ……
【新山眞】
昨日、帝国電工製のが届きました。
新型のR5型です。
どんな波形にもえられます。

機関本部に信号音が鳴った。

【喪神梨央】
あっ!
あきらさんの探信儀たんしんぎの信号です。
今、市ヶ谷いちがやの方ですね――
【新山眞】
一旦いったん、機関本部に戻るように、
あきらさんに伝えてもらえますか?
【喪神梨央】
無線が届かないようなので、
兄さん、市ヶ谷いちがやにお願いします。
場所は市ヶ谷見附いちがやみつけの交差点です。

公務電車で市ヶ谷見附いちがやみつけに向かったが、新たに戸山とやま砲工学校が指定された。
能海旭のうみあきらから連絡があったという――

〔戸山砲工ほうこう学校中庭〕

ガランとした砲工学校構内に能海旭がいた。風魔の姿を認めて駆け寄って来た。

【能海旭】
あっ、風魔ふうまさん――
今、山王さんのう機関に連絡したところよ。

レンザがここに来たはずなの。
何かを感じるって言って――
彼、一人で出かけたの。
でもどこにもいないんだ。
探信儀たんしんぎは時々変な音出すし――

レンザが来たという戸山とやま砲工ほうこう学校。
しかし校内探せどレンザの姿はなかった。

校舎から1人の学生が出てきた。旭は歩み寄って話しかける。

【能海旭】
ねぇ、この辺で人を見なかった?
外国の軍服みたいな格好の人よ。
【種田砲工科生】
異人さんですか?
僕は偉人は苦手です。
【能海旭】
格好だけよ。
名前は吉祥院蓮三郎きっしょういんれんざぶろう
ね、日本人ぽいでしょ?
【種田砲工科生】
そろそろ実験の時間です。
【能海旭】
え? 何の実験なの?
【種田砲工科生】
新型の六十八センチ加農カノン砲です。
六百キロの強装薬を用いて、
七万二千メートルの射程を誇る巨砲です。
ここ戸山より七十一キロ七十五メートル先の霞ヶ浦かすみがうら湖中に着弾させます。

もう1人、学生がやって来た。

【助川砲工科生】
種田たねだ白粉おしろい屋はまだか?
やけに遅いな――
【能海旭】
白粉おしろい
白粉おしろいをどうするの?
【助川砲工科生】
炸薬の代わりに充填じゅうてんするのです。
つまりは白粉おしろい式練習弾ですね。
の流儀なんです。
ここは砲工二課の毛長けながに任せて、
種田たねだ、我々は駐退機ちゅうたいきの調整だ。
全然済んでいないんだ。
【種田砲工科生】
毛長けながは確か可変砲の班だな。
白粉おしろい屋は奴に任せよう。

学生らが去ると入れ替わるように3人目が来た。

【毛長砲工科生】
白粉おしろい屋を待つのですね――
待つのは大の得意です!

そういったまま毛長という学生は動かない。すでに眼が虚ろになっている。ふいに辺りが暗くなった。

【能海旭】
風魔さん!
気を付けて!
化けの皮がれたみたい――
【東京ゼロ師団寺町三等兵】
ハハハハハ~
飛んで火に入るだな、まさしく!
待った甲斐かいがあったと言うものだ!
【着信 喪神梨央】
黒ノ八号帥士くろのはちごうすいし
セヒラ、確認しました!
【東京ゼロ師団寺町三等兵】
ここはあり地獄だな!
あの独逸ドイツ帰りの気取り屋ともども、
土中で餌食えじきとなるがいい!!
【能海旭】
レンザの他に、
ここに来た人いるみたいね。
風魔ふうまさん!
まずは勝ち抜いて!

《バトル》

【能海旭】
よかった!!
鎮定ちんてい、出来たね!!

風魔ふうまさん――
ここ、絶対変だよ。
砲弾に白粉おしろい詰めるとか。
それに……種田タねだ助川スけがわ毛長ケなが……
次は誰?
もしかして寺岡テらおかとかかな。
【着信 喪神梨央】
あきらさんの探信儀たんしんぎ
修理の準備ができました。
山王さんのう機関へおいでください。
若松町わかまつちょう電停に公務電車が待機中、
その車輌を使ってください。
【能海旭】
風魔さん……
ここ、何だか怪しいよ。
レンザもそれに気付いたんだ。
私、探信儀たんしんぎ直してもらったら、
すぐ戻ってくるね!

旭は小走りになって構内を出て行った。風魔は砲工学校の校舎へ向かう。

〔戸山砲工ほうこう学校玄関ホール〕

玄関ホールに入ったとき、白衣姿の男性2人が、上体を拘束された囚人らしき男性を前後に挟むようにして列をなして廊下へと消えた。
ホールには他に3人の学生がいて、風魔に近寄って来た。

【ポモースキー留学砲工科生】
あなた、トルストイの小説、
技師ガーリン、読んだこと、
ありますか?
怪力光線について書かれています。
怪力光線は光線砲から発射されます。
【ギーナフ留学砲工科生】
光は電線の向こうをかすめている!

宙空を見つめ、学生が一人芝居を始めた――

【ギーナフ留学砲工科生】
どの電線の?
【ギーナフ留学砲工科生】
あれが見えないのか、
ヴオルフ君!
【ギーナフ留学砲工科生】
ハイーフは、光った真っ直ぐな、
糸のようなものを指した。
それはアニリン会社の方角へ、
向かって走っていた――

【チェロフ留学砲工科生】
その光線が過ぎ行くところ、
木の葉や鳥などがブスブスと、
燃えて落ちるのが見えた。
やがて光線はアニリン会社の
大煙突へと向かった!
煙突は苦もなく真ん中から折れ、
倒れ落ちたのだった!
次に光は五階建てのとうに当たり、
急にその全部の窓の電灯が消え、
上へ下へと電光型の火が走った!

玄関ホールに音もなく白衣姿の男性が入って来た。それを見た2人の学生は一斉に駆け出した。

玄琢げんたくマ号研究班員】
お尋ねしますがね――
あなたのたましいはどのくらいですか?
大きさとか、重さとか、
あるいは中身の具合ですよ。
沢山詰まるかスゥスゥするのか――
りは如何いかがです?
この間、照りのいい魂がありまして、
食付くいつき、抜群ばつぐんですな!!

さぁ、あなたも、
もういいじゃないですか、
魂を差し出しましょうよ!!
転生損ねの悪魔と、
独逸ドイツ召喚師気取りの将校、
そしてまじない審神者さにわの特務員!
三人揃って、
地獄の円柱インファーナルカラムの上で踊るがいい!!

《バトル》

〔戸山砲工ほうこう学校地下室〕

玄関ホールから地下室へと降りた。そこには鬼龍豪人とレンザがいた。2人は対峙するように立つ。

【吉祥院蓮三郎】
易々とこの私が信じるとでも?
【鬼龍豪人】
貴様にはおびえがある!
それが無用なうたぐりを生み出すのだ!
【吉祥院蓮三郎】
私の勘が言うのです、
迷わずに鎮定ちんていせよと。
あなたたちの言葉ですね、鎮定ちんてい――
【鬼龍豪人】
ふん、笑わせるな!

奥に立つ鬼龍と手前のレンザ、2人の間に稲妻のような光が走った。

【鬼龍豪人】
風魔ふうま
なぜここに来た?

その声にレンザが振り返る。鬼龍との間に現れていた光が消えた。

【吉祥院蓮三郎】
風魔さま!
この者とお知り合いですか?
ああ、私はなんということを――
ゼロ師団が行動を起こす前に、
先手を打とうとここに来たのです。
するとこの者がおり、
何やら怪しくて怪しくて、
ついついつい――

レンザは彼特有の勘を頼りに、この砲工学校にやってきた。
先にいた鬼龍きりゅうを敵と間違えたのである――

【鬼龍豪人】
ふん!
貴様の勘とやら、あてにはならんな!
いったい何を探しに来たのだ?
【吉祥院蓮三郎】
風魔さま――
いろいろわかってまいりました。
ここはに人の魂を食わせ、
人籟じんらいを作る、
その研究をしているようです。
私には見えました――
先程、中庭で戦った時、
色の抜けた白いがいたのです。
あれがおそらくは人籟じんらい――
人に由来するは、
扱いも容易、風魔さまのような、
修行なくして扱えるのでございます。
【鬼龍豪人】
すると――
御荷鉾みかぼもそのような研究を?
いや、奴に限ってそれはない!

鬼龍きりゅうは京都時代、同じ輜重しちょう部隊にいた、御荷鉾みかぼ大尉から手紙をもらい、ここ砲工学校に来たのだという。

【鬼龍豪人】
手紙には魂の重さについて、
書かれていた――
人の魂は四分の三オンスだという。
およそ二十一グラムだ。
十人だと二十グラムだ――
【吉祥院蓮三郎】
輜重しちょう科では人の魂も運ぶのですか?
【鬼龍豪人】
うるさい!
私は妙なことをしたためめる
奴のことを案じて――

鬼龍は顔を歪めた。それは激高したのではない、痛みに貫かれたのだ。上体をかがめている。

【鬼龍豪人】
うっ……
【吉祥院蓮三郎】
どうなさいましたか?
【鬼龍豪人】
何でもない!
【吉祥院蓮三郎】
私が早とちりしたばかりに――
【鬼龍豪人】
貴様ごときにやられる私ではない!
【吉祥院蓮三郎】
しかし……
【鬼龍豪人】
私に構うな!
もう大丈夫だ。

鬼龍は上体を起こし風魔に向き合った。

【鬼龍豪人】
御荷鉾みかぼの身に何が起きたのか、
私は調べてみる。
貴様らも用心することだ。
せいぜいな――

そう言うとゆっくりとした足取りで地下室を出ていった。

【吉祥院蓮三郎】
鬼龍きりゅう――豪人たけとさま――

レンザは鬼龍の出ていった方を暫く見ていた。
同輩付き合いの将校を案じて砲工学校を訪れた鬼龍大尉。レンザとの一戦、力の拮抗があったようだ。
それにしてもこの砲工学校――
やはりここにも、仮構の力が及んでいるようであった。

〔戸山砲工ほうこう学校中庭〕

【掃除夫】
お二人もアレですかな?
【吉祥院蓮三郎】
何でございますか?
――やけに静かですが……
【掃除夫】
今日は何やらまた部隊が……
あの部隊が展開するんですよ。
【吉祥院蓮三郎】
あの部隊とは?
それはもしや――
【掃除夫】
お二人ならご存知でしょう。
東京ゼロ師団です。
ここの上ですよ――
【吉祥院蓮三郎】
そうでしたか。
この砲工学校もゼロ師団の、
指揮系統にあるわけですね。

風魔ふうまさま――
にらんだとおりでございます。
ここは東京ゼロ師団の仮構かこう組織、
それでありながら砲工学校として、
実体も持っている――
どうもそのようにあります。
これは何というか……
悪魔のかんのようなものでして――
それでここへとおもむいたわけです。

そこまで言うとレンザは静かに目を閉じた――

【吉祥院蓮三郎】
私、あきらさまに呼ばれる前のことは、
何一つおぼえておりません。
悪魔セーレが転生を試みた――
そうとされているのは、
ブレナン博士の鑑定によります。

ブレナン博士は神智学しんちがくの権威だとか。
あきらさまの通われる学校、
自由サーベラス学園の学園長です。

私があきらさまのアトリエに現れた時、
壁に悪魔セーレの印章が浮かび、
それが決め手となりました――
グリモワールのひとつ、
ゴエティアの書にも同じ印章があり、
私はセーレなのでありましょう。

ゴエティアの書を紐解ひもとき、
セーレというのを調べてみたのです。
セーレは有翼ゆうよくの銀馬にまたがり、
二十六の軍団をひきいるとあります。
方位をつかさどる四大悪魔のひとつ、
アマイモンの配下のようです。
セーレは召喚されるや、
召喚師の要望に全て応え、
あらゆるものを手に入れるとか――
あきらさまにお仕えする私としては、
その点、納得が行くのでございます。

私の中に確かにセーレがいる――
しかし、なぜ、あきらさまの元に、
この私が現れたかは謎です。

あきらさまは、そのことで、いささかの責任をお感じのようでして――
――自責じせきねんと申すのでしょうか、
人間の考えは不可思議にございます。
私としては恐縮するばかりですが。

語り終えたレンザははにかんだような表情を浮かべていた。

【吉祥院蓮三郎】
さて、ゼロ師団はどのあたりに、
展開しているでしょうか……
【着信 能海旭】
レンザ!
市ヶ谷の先、麹町こうじまちあたりに、
セヒラを観測したよ!
【吉祥院蓮三郎】
風魔さま、参りましょう!

〔市ヶ谷見附〕

市内にゼロ師団が展開する――
砲工学校で仕入れた情報であった。
レンザと風魔は市ヶ谷見附へとやってきた。

電車通を数台の軍用トラックが塞いでいた。1人の将校が腰をかがめてうめいている。

【東京ゼロ師団栂ノ尾とがのお少尉】
はぁはぁはぁ……
自分は一体、どうしたのだ?

レンザと風魔が将校に歩み寄る。

【吉祥院蓮三郎】
何がありましたか?
【東京ゼロ師団栂ノ尾とがのお少尉】
あなたたちは――
自由サーベラス学園の……
能海旭のうみあきらの手下――
【吉祥院蓮三郎】
もしや、少尉は……
【東京ゼロ師団栂ノ尾とがのお少尉】
ええ……あっ、いや、違います!
自分、歩三第三〇八中隊附き――
それがどうして、こんなところに……

うわぁぁぁぁ~

将校は両手で頭を抱え、そのまま倒れ込んでしまった。そこへ1人の兵卒が走り来た。

【東京ゼロ師団清滝曹長】
今日の演習は格別だな!
さぁ、躊躇ためらうな、こっちへ来い!
俺たちの方へ呼んでやる!

《バトル》

〔市ヶ谷見附〕

辺りが静かになった。先程までの軍用トラックは消えていた。電車通を旭がやって来る。

【能海旭】
二人とも、大丈夫だった?
さっき無線で呼びかけたけど、
全然反応がなくて――
ちょっと歩こうか。

探信儀の部品交換を終えて合流した旭。
しかしどことなく
神妙な顔をしていた――

〔若松町〕

3人はそぞろ歩きながら若松町にやって来た。市電が行き交い通行人もいる。

【能海旭】
風魔ふうまさん――
何だか私たちのことに、
巻き込んじゃったみたいね。
【吉祥院蓮三郎】
私も、かたじけなく思います。

【吉祥院蓮三郎】
あきらさまの方は、
探信儀たんしんぎ、直りましたか?
【能海旭】
セヒラを電波に替えるなんとかが、
どうとかなってってことよ。

そこへ探信儀の警告音がする。

【能海旭】
あっ!
早速、反応してる!!

着物姿の中年男性がのっそりと姿を見せた。

【猫憑き】
隙間すきま、いっぱいこさえてるニャ!
帝都中、隙間すきまだらけニャ~
おいら、猫の種次郎たねじろうニャ!
さっきも兵隊にいたニャ、
隙間すきまこさえてるのが――
【吉祥院蓮三郎】
隙間すきま、ですか?
隙間すきま憑依ひょういするとでも?
【猫憑き】
おいらたち、防いでいるニャ!
無用な隙間すきまこさえると、
変なものくニャ!
そうならないように、
隙間すきまふさいでいるニャ!!
あんたも隙間すきまいたんか?
さてさて、散歩を続けるニャ!

そこまで言うと、男性は悠然とした足取りで歩き去った。レンザが神妙な面持ちで見送っている。

【吉祥院蓮三郎】
……
隙間すきま……私も……誰かの――
隙間すきまに……そうなのでしょうか?
【能海旭】
レンザ……
あんた、大丈夫?
今日はもうおしまいにしよう。
風魔さんも来て――
私のアトリエが山王さんのうにあるのよ。
ホテルのすぐ裏だよ!

〔旭のアトリエ前〕

そこは日枝ひえ神社に向かう車道に面した、古い石垣いしがきの前であった。
墨国メキシコ公使館のすぐ近くである。

【能海旭】
この中よ、アトリエは。
レンザには専用の部屋があるの。
そこの扉から入る――
来て。

〔旭のアトリエ〕

【能海旭】
どう?
気に入ってくれた?
――私のアトリエ。

レンザが現れたのは後ろの壁……
今はもう模様替えしたけれど。
セーレの印章も消えてしまったし――

私……魔女には向かないんじゃ……
前から思ってたことだけど、
風魔ふうまさんたち見てると――
余計にそう思うようになるんだ――

旭は目を閉じて魔法学校のことを語り始めた。心なしかアトリエが薄暗くなった。

【能海旭】
八歳になる年の二月、
インモラグの大サバトで入信したの。
聖油を使った儀式があった――
十三で信仰宣言をした――
グランドマスターに誓いを立てた。
あなたはわが神、
私はあなたの奴隷どれいです――
ここでの神とは、
勿論もちろん、悪魔のことよ。

十四の時、左肩にマークを入れた。
刺青いれずみで入れた青いスペードは、
見るたびにその形が変わるのよ。

でも……
スペードのマーク、十五の夏、
つまり去年だけど――
たった二日のうちに、
すっかり消えてなくなったのよ!

誓いは決して軽いものじゃなかった、
でも、私は認められていない――
そんな気がしてならないのよ。

語り終えると旭は顔を上げた。大きな黒い瞳で風魔を見つめている――

【能海旭】
私の学校は、ブレナン先生を、
グランドマスターにして、
コヴェンをしているのよ――
コヴェンとは神に親しく奉仕する、
グランドマスターと十二人の会衆かいしゅうよ。
先生が六人、生徒が六人ね。
何度も何度も祭儀を繰り返して、
ようやく悪魔との契約に進む……

そんな堅苦しい学園に比べると、
を指揮して戦を戦う、
風魔さんたちがすごく自由に見える。
悪魔との違いはあると思うけど。

レンザのことが一段落したら、
私、審神者さにわについて、
少し勉強してみようかな。

〔山王機関本部〕

【喪神梨央】
兄さん、
あきらさんのアトリエに、
招待されたんですね。
【帆村魯公】
くだんの自由サーベラス学園、
コヴェンの会衆かいしゅうを現したものとはな。
――それがこの帝都にあるとは……
【喪神梨央】
あきらさんたち、何かを知っている――
東京ゼロ師団のことを。
私、そう思います!
【帆村魯公】
うむ……
そうでなきゃ、あれほど戦いを
挑まれるわけはないわな。
ところで、ゼロ師団の連中、
皆、京都の地名を名乗っておる。
【喪神梨央】
寺町、玄琢、清滝……
丸竹夷ニ押御池まるたけえびすにおしおいけ

ノックの音とともに九頭が姿を見せた。

【九頭幸則】
歩一の九頭くずです。
【喪神梨央】
幸則ゆきのりさんは、大丈夫ですか?
仮構かこうされた部隊に取り込まれたり、
そんなことはありませんか?
【九頭幸則】
だ、大丈夫だと思うよ、
自分は歩一附きの……
【喪神梨央】
部隊不詳ふしょうの歩兵中尉殿!
【九頭幸則】
おいおい!
――しかしなぁ……
実体のある組織も取り込まれてる――
【喪神梨央】
砲工学校の露西亜ロシア人留学生ですが、
スキー、ナフ、ロフ、
合わせてポモーギーチェになります。
【九頭幸則】
ポモーギーチェ?
それって露西亜ロシア語なの?
【喪神梨央】
露西亜ロシア語で助けての意味だとか。
新山にいやまさんの解釈ですけど……
【九頭幸則】
取り込まれた実体の方は、
救いを求めていると――
何だかすごく気になるよ、その辺り。

能海旭のうみあきら吉祥院蓮三郎きっしょういんれんざぶろう――
2人の前に謎の東京ゼロ師団が立ちはだかる。
山王さんのう機関も手をこまねいてはおれなかった。